絶望の次は矛盾?『矛盾の水害対策』
『矛盾の水害対策』 谷 誠著 新泉社刊 が届いた。
水文学者である谷誠氏の本である。本書の成立には、私も多少絡んでいる。
拙著『絶望の林業』や『虚構の森』などで、ところどころ水源涵養とか洪水など水害、あるいは利水、地下水、降雨の動向など水文学関係の分野を扱っている。だが、私は、基本的にこの分野が苦手なのである。それは学生時代からで、常に悪戦苦闘していた。
そこで、拙著の執筆の際にお世話になってきたのが谷先生。いろいろメールのやりとりを繰り返し、また文献を教えてもらい……と繰り返して、原稿チェックもお願いして、なんとか形にしている。
その谷先生が一般向きに本を書き下ろした。
まだ全部を読み終えていないが、最初の印象としては、表紙は穏やかな表情をしつつ、専門用語も多い科学書。しかし水文学的な理系の科学書というよりは、骨太の政策批判書であり社会科学的な本である。それも、常識になってしまっている国土交通省の論調を徹底的に砕くのだ。今の水害対策のダメダメさ加減を暴いている。河川問題やダム問題、水利問題に興味のある人には、これは押さえねばならない基本文献になるのではないか。
その点は、失礼ながら『絶望の林業』を連想した。
目次を紹介しよう。
はじめに
0・1自然災害の原因は地球活動である
0・2なぜ、水害はなくならないという前提に立てないのか
0・3水害対策に必要なふたつの提案
0・4水掛け論を超えた水害対策を探る
第1部 水害対策と対立の歴史
第1章 水害ではなぜ対立が生まれるのか
1・1災害復旧工事を繰り返して造られてきた風土
1・2川のもつ自然性からもたらされるふたつの困難
1・3大東水害裁判のかみ合わない対立
1・4医療裁判との比較から水害裁判をみる
1・5淀川水系流域委員会における議論の経過
1・6堤防強化とダム整備事業計画との相容れなさ
1・7改良を追求する大和川の付け替え事業
1・8江戸時代の淀川流域の複雑な利害関係
1・9瀬田川浚渫に対する下流の猛反対
1・10利害調整の結果としての天保のお救い大ざらえ
1・11河川事業がかかえる利害調整のむずかしさ
第2章 河川整備事業における苦悩の戦後史
2・1戦後の河川整備事業の出発点
2・2改良追求事業の基準を決める水文設計
2・3水害裁判における国の防衛ライン
2・4川に対して環境保全を要望する声の高まり
2・5長良川河口堰反対運動の衝撃
2・6環境保全問題への河川官僚の対応
2・7合意形成への河川官僚の対応
2・8河川法改正後も残された対立
第3章 基本高水流量の値に根拠はあるのか
3・1利根川の河川整備計画への疑問
3・2学術会議における基本高水流量検証
3・3森林の保水力向上について
3・4貯蓄関数法による流量推定方法を理解する
3・5洪水流量に及ぼす地質の大きな影響
3・6山地流域における洪水流量推定のむずかしさ
3・7はたして200年確率流量を推定できるのか
3・8やれることを目標に言い換えた河川整備計画
第4章 安全性向上の哲学では改善されない対立構造
4・1川の自然性から生じる水害対策の矛盾
4・2改正河川法の理想と矛盾する安全性向上の哲学
4・3ダムの放流操作の困難さ
4・4予測できない自然を人間が操作する矛盾
4・5河川整備事業への世論の後押し
第2部 対立緩和に必要なのは自然を理解すること
第5章 水循環を森林の蒸発散から考える
5・1水循環の普遍的な理解の必要性
5・2地球の水循環と水収支
5・3水のリサイクルが支える内陸の湿潤気候
5・4少雨年にも減らないカラマツ林の蒸発散
5・5森林放火事件をきっかけとした水文観測
5・6今も続けられる竜ノ口山試験地での水文観測
5・7森林損失による年間の水収支の変化
5・8日照りの年にも減らない森林の蒸発散量
5・9明らかになった森林放火の効果
5・10森林の蒸発散を通じた水資源への影響
第6章 緑のダムを再評価する
6・1流路システムに基づく水文設計の問題点
6・2はげ山の斜面で雨水はどう流れるか
6・3森林でおおわれた斜面で雨水はどう流れるか
6・4斜面の地下構造からみた流出メカニズム
6・5大雨時のピーク流量を低くする森林土壌層の効果
6・6土壌層の厚さによって異なる大雨時のピーク流量
6・7洪水流量緩和と土壌層の効果
6・8ダムは緑のダムの代わりができるか?
第3部 人新世の時代の水害対策
第7章 自然を理解して水害対策の方向性を探る
7・1自然災害を相互作用の視点から位置づける
7・2江戸時代をモデルとする限界点の検討
7・3治山事業の木に竹をついだ構造
7・4高度経済成長がもたらした社会のひずみ
7・5安全性向上の哲学と荒廃する日本
7・6改良追求から維持回復の水害対策へ
第8章 望ましい水害対策への道
8・1絵に描いた餅にしないための水害対策
8・3改良追求欲求と限界点越えの危機
8・3立場の死守と「木に竹構造」
8・4改良追求の自主的な抑制をめざす試み
8・5災害対策の展開をはばむ利己主義の問題
8・6遺伝子複製の原理からみた人間の利己主義
8・7主体的な欲求抑制とエゴイズム
8・8軸の時代に始まる有限な自己と無限の世界
8・9維持回復事業が優先される条件
8・10軸の時代Ⅱへの軟着陸
おわりに
文献一覧
長くなった(^^;)。ただ書籍としては250ページほどで一般書並である。つまり1単元が短い。その分、読みやすい。専門用語があっても途中でくじけずに済む。読者対象はあくまで一般人向けと思ってよいだろう。
ところでタイトルで思ったのは、「“絶望”の次は“矛盾”がいいかも」。
『矛盾の林業政策』という本でも書こうかなあ。イヤイヤイヤイヤ……
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田中淳夫様
すばらしい紹介ありがとうございます。
帯は、政治学者の中島岳志さんに「世界は一気に解決することなどできないのだ」と書いていただきました。
朝日新聞の九州で水害を取材している記者の方からは、「ダムは、問答無用の推進派と反対派しか発言しないので、なかなか議論になりません」とのメールをいただきました。このかみ合わない議論に取り組んだ本です。
具体的には、江戸時代から始まって、淀川流域委員会や日本学術会議での利根川治水での議論を経て現代の「流域治水」に至る歴史と、水文学による最新の自然理解の両方から、水害対策の問題点を深く考えています。
また、水源涵養機能や緑のダムなど、森林の機能の壮大で意外な科学的見方を林野庁の「木に竹をついだ森林政策」についても書いておりますので、森林を愛するみなさまにも興味をお持ちいただけることと思います。
新泉社は、絶望とか矛盾とか虚構の森とか、暗い名前?の本を出していますが、中身は、森や川を大切にしたいと考えるものですので、お読みいただけたらと思います。どうぞよろしくお願いします。 谷誠
投稿: 谷 誠 | 2023/12/01 10:36
著者ご本人が登場していただき恐縮です。
新泉社の暗いタイトルは、私の本ばかりかもしれませんね(^^;)。
投稿: 田中淳夫 | 2023/12/02 11:37