「母の日」の黒歴史に寄せて
5月7日にYahoo!ニュースで「「母の日」提唱者と花卉業界が繰り広げた確執の黒歴史」を執筆したことを、ブログで告知するのを忘れていた(´_`)。
別に義務ではないが、拡散する気合が入っていない。まあ、明後日が今年の「母の日」だから、遅ればせながら紹介しておく。
ここでは母の日とカーネーションについて書こうと思っていたら、なぜかたどり着いたのが提唱者であるアンナ・ジャービスと花卉業界の確執なのであった。そもそもアンナが母の日制定に向けて動いた際は「白いカーネーション」をシンボルにしていたのに、花卉業界はそれで白いカーネーションの価格を30倍にも引き上げたとか、足りないから赤にしよう(城は亡くなった母)とか、結構いい加減なキャンペーンをしていたらしい。
もともとカーネーションは高貴な花としていたのが、今ではカジュアル・フラワーとして安く大量生産型になっている。別に悪いことではないが、花卉業界の都合に振り回された感はあるだろう。
話は変わるが、日本にも大正時代に入った頃から花卉業界が成立しだすのだが、その立役者の一人が土倉龍次郎だ。カーネーション栽培を大型温室でに取り組み、大量生産の基礎を築いた。
たまたま手に入れた資料に、龍次郎の名前が登場する。
2年前に、東京、大田区郷土博物館でこんな企画展があったらしい。そのパンフレットだが、その一部にかろうじて龍次郎の名が。
よく読んでほしい。龍次郎は目黒区の住人だからか、あまり大きく紹介していない(^^;)。それでも、先駆者だったことはわかるだろう。
ちなみに龍次郎探索をいよいよ復活させるが、後半生の園芸家としての龍次郎にはまだまだ謎が多い。
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