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森と林業と動物の本

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2025年8月

2025/08/31

暑い日には、熱帯仕様

毎日、テレビのニュースでは暑い暑いと言い続けているが、そんなことわかっているからニュースにするな、と言いたくなる。

とはいえ、暑い(^^;)。奈良は、今期最高の38度を超えるとか。

そこで私が庭に出るときにかぶる傘を紹介しよう。

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顔を写さないように深くかぶっているのだが、ともあれ私が庭をうろうろしているときは、こんなものをかぶった姿なのである。

これは、実は40年以上前に購入したもの。場所はボルネオ。マレーシア連邦サバ州だ。地元の少数民族、おそらくカダザン族の帽子だ。かぶるのは女性だけなのか、男子もOKなのか忘れた。一応,お土産品なのである。これをぶら下げて帰国したら税関で感心された思い出がある。

長く、壁にかけて「お土産」として扱っていたのだが、今になって実用的に使うことにしたわけだ。実際、かなり効果的。布製の帽子をかぶったら頭に密着するが、これは涼しい。しかも日傘のように手で持たずに住むから両手が空く。カダザン族も農作業をする時にかぶっていたと思う。

思えば、始めて出た海外がボルネオだったわけだが、やはり暑かった。これが熱帯の日差しか~と感慨深かった。おそらく直射日光下では35度以上あった。今と同じだ。

それでも昼間は野外を歩き回っていたわけで、暑さに耐える体力があったのかと思う。しかし、それなりの熱帯的な過ごし方があった。傘はともかく、さらさらの風を通すTシャツ。当時の日本はすそをズボンに入れるものだったが、マレーシアでは出すものだった。それを真似ると、涼しいではないか。今は日本でもみんな手シャツなどのすそは外に出していると思うが。

それと、マンディ。これは水浴びのことだ。野外を歩いていったん帰ってくると、すぐに水を浴びる。そのための水のコンクリートの水おけがある。私は、これを真似て、すぐに水浴びをする。風呂も水に近い温度だ。それが気持ちよく、汗を流すと一気にすっきりする。

今日は、もう一つとっておきの涼み方を。

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滝に行く(^_^) 。ボルネオでは、常に川に行っていたなあ。多少濁っていても、そこに飛び込んで泳ぐ。

日本では泳ぐまではいかないが、車で20分も走ればあるこの手の滝場で、足をせせらぎに漬け、のんびり座っていると涼しい。水は相当冷たい。ここで読書でもしようかと思っていたのだが、日曜日はなんかチラチラと覗きに来る人がいるので落ち着かない。今度平日に行き直そう。

以上、熱帯仕様の酷暑の過ごし方であった。

 

2025/08/30

林業遺産のクスノキ林

林野庁の機関誌「林野」8月号を見ていたら、林業遺産に東京大学演習林「樹芸研究所」が選定されていた。

ここは南伊豆にあって「岩樟園」と名付けられたクスノキ林があるのだという。

詳しくはリンク先を見てほしいが、簡単な紹介は……

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林業遺産のホームページなら、こちら

100~120年生のクスノキ林が48ヘクタールもあるという。クスノキは、もともと群生しないはずなので、珍しいかも。行ってみたいねえ。

クスノキは、かつて日本の歴史を動かしたとも言われる。クスからは樟脳が採れるが、これが幕末の頃、西欧列強はこれを欲しがって高値で売れた。九州四国の雄藩は、その財政で倒幕をしたという……というのはちと大げさに感じるが、樟脳は火薬の原料になっかたらね。ほかフィルムやセルロイド、強心剤などの医薬品……と重要物資だった。

私が興味があるのは、土倉龍次郎が台湾で樟脳生産を手がけていたから。明治後半に入ると、そろそろ日本のクスノキは枯渇していたのだが、そこに領有した台湾はクスノキの宝庫だったのだ。(その点ではクスノキも群生したのか、と思ってしまう。)
1900年代初頭は、台湾の樟脳が世界を席巻していた。そんなクスノキだらけの山の風景を見てみたい。

龍次郎が台湾で1万町部の山林を租借して、伐採と植林を行っていたが、その資金は樟脳で得ていたとされる。(たいして高く売れる木がなかったので、木炭にしていた。木材では稼げなかったのだ。)

台湾博物館南館の樟脳に冠する展示。

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台湾でクスノキを見つけたら、そこに小屋を築いて、伐採したクスを砕いて写真のような釜に入れて樟脳成分を抽出する。それが粗脳。そこから、様々な製品をつくった。

その頃、日本でもクスノキの植林を始めていたのだなあ。しかし樟脳を抽出するには、少なくても数十年かけてクスが大木にならないといけないのだから、気の長い話だ。その前に、合成樟脳が発明されてしまったため、クスノキは必要なくなってしまった。

この林業遺産のクスノキ林、今なら樟脳が採れますぜ。伐りませんか……( ̄∇ ̄) 。

 

2025/08/29

蚊の季節

毎朝、食事前もしくは直後に庭に出て、金魚への餌やりと植木などへの水やりが日課だ。とくに水やりを怠ると、あっと言う間に萎む・枯れる。それに水打ちにもなって、多少とも暑さを和らげる効果も期待できる。

庭に出る前は、防虫剤を身体の露出部に吹きつけるのも日課だが、これまでさほど蚊に刺されることはなかった。ところが、ここ数日メチャクチャ刺される。防虫剤が足りないのか、吹きつけもれがあったのか。

気になるのは、このところの朝は少し暑さが緩んできたことだ。盛夏ほどではない。昼間はまだまだ酷暑なのだが……。

それが蚊の活動に影響を与えているのではないか。蚊の活動が多いのは、気温が20~30度辺りであり、30度を超すと動かなくなる。とくに最近の35度以上もの猛き気温になると、蚊は死ぬ。蚊は暑さに弱い。

我が家は朝からそこまで暑くならないが、暑いとボウフラの発生も減る。うちのバケツも、昼間は熱湯になってしまうので、ボウフラもゆで上がる( ̄∇ ̄) 。

つまり蚊は、真夏はおとなしい。むしろ気温が緩んできた8月下旬から9月が「蚊の季節」なのだ。とくに朝夕が蚊にとっての絶好の活動時間なわけである。

はあ。ため息が出る。昼間は暑い。朝夕は蚊に悩まされるのか。。。

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ベランダに育ったゴーヤとミカンの木。ミカンは昨年豊作だったのだが、今年は全然実がなっていない。不成り年だな、と思っていたが、2階から見下ろすと頂点にそこそこ実がなっていた。収穫が厄介だけど。夏の置き土産になるか。

 

2025/08/28

山地山林地帯に都市を移そう

中公新書『高地文明』を読んだ。

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文明の誕生について、なかなか斬新な切り口だ。いわる世界4大文明と言われるエジプト、メソポタミア、インダス、黄河文明は、いずれも大河のほとりで生まれた、だから大河が文明の誕生には欠かせない……とする通説に異議を唱えて、高地における文明の発達を論じている。

すぐに浮かぶのは、メキシコ高地に花開いたマヤとアステカ文明、南アメリカのアンデス高地に生まれたインカ文明である。さらにチベット高原、エチオピア高原も加えている。いずれも標高2000メートル以上、なかには4000メートルに達する地域もある。
それぞれ独自の文明を発達させたのは間違いない。文明とは、農耕であり牧畜が行われ、さらに宗教なども加えて国家を形成した世界を指す。

なぜ高地かと言えば、熱帯地域でも高地は気温が低く気候が穏やかで、暮らしに向いているから。年中春のような世界で、植物はほどよく茂り家畜も育てられた。

私なんぞは、それにニューギニア高地も加えてはどうかと思う。20世紀まで石器時代が続いていたとされるニューギニア高地を? と思われるかもしれないが、ここでは1万年前から灌漑施設をつくって農耕を行ってきたのだ。それは人類でもっとも古い農耕と栽培である。

残念ながら、農耕はイモ栽培であり家畜もいなかった。イモでは保存性が低くて食料の蓄積が進まず、クニに発達するような高度社会が生まれなかった。家畜も同じだ。乳製品もつくれなかったし、物資の輸送や人間の移動に使うことができなかった。それは穀物となる植物がなかったこと、家畜になる動物がいなかったためだ。だが独自の文化を生み出したのは間違いない。

とまあ、想像を膨らませたのだが、この地球沸騰化の時代、改めて高地に着目すべきではないか。

低地は暑すぎて、夏は農業も危うくなっている。加えて災害も多い。大雨や津波の心配が絶えない。だが、高地高原なら。日本は山だらけの国なのだから、この地形を利用すべきだ。とんがった山も、今の土木技術から住める。

我が家の標高は、スマホによると230~290メートルを指している。幅があるが、奈良盆地の底辺とは違う上流社会なのである(^_^) 。暑さも多少違う。奈良市では大雨です!とテレビでは言っているが,ここは降らない。津波警報だって怖くない\(^o^)/

戦前、生駒山上に都市を建設する計画があった。つくったのは、なんとブルート・タウト。ドイツの著名建築家だ。ナチスに追われて日本に来たのだが、そこで現近鉄に依頼されて高原都市を設計したのである。実際に標高642メートルの生駒山上に登ると、涼しいぞ。
これが実現していればなあ。実際は、近鉄は単なる別荘地建設に縮小してしまったのだけど。今も、多少は痕跡が残る。

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ならば標高500メートル、1000メートル以上の高地ならもっと暑くなくて、過ごしやすいのではないか?これからは、高地に町を移動させるべきではなかろうか。首都移転構想は、すっかり忘れられているが、新都市建設なら高原地帯の内陸部だ。紀伊半島から岐阜、長野、福島、宮城……などの高地に移すことを考えてほしい。

そして、山林都市構想もあった。

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こうなると、山林に新たな価値が生まれる。木材ではなく、樹林が立ち並ぶ山村に住んだ方が、酷暑に対抗できるはずだ。

……と、夢を見るのである。

 

2025/08/27

クズ対策ハンドブック

『新クズ対策ハンドブック』をいただいた。

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発行元は、NPO法人緑地雑草科学研究所。気になる方は、リンク先を見てほしい。監修者は、伊藤操子・京大名誉教授。

≪目次概要≫
  序 章 葛がクズになった歴史  
       第Ⅰ部 クズ対策の基礎知識  
  第1章 クズとはどんな植物か  
  第2章 クズを制御するには  
  第3章 有害雑草被害認定の必要性とクズ問題  
       第Ⅱ部 クズの場面別問題と対策  
  第4章 耕作放棄地のクズと獣害との関係  
     :回避に向けた家畜の放牧  
  第5章 鉄道敷におけるクズ問題の現状と対策  
  第6章 河川におけるクズ問題と対策の現状  
  第7章 道路におけるクズ問題と対策の現状  
  第8章 太陽光発電施設におけるクズ問題と対策の現状  
  第9章 クズの雑草化と戦った日本の林業史  
       資料編   
  クズを適用雑草とする除草剤一覧  
  クズに関わる文献のリスト

クズは、日本在来ながら世界の危険草本の一つとして知られている。日本の野山などで野外活動する際に、クズに触れないことはまずないだろう。それは雑草としてだ。

実は、クズは古来よりクズでんぷんを取り出して食用にするほか,繊維で布や籠などを編むことまで、実に幅広く利用されてきた植物だ。それが近年になって雑草として嫌われるようになる。とくに皆伐後の林業現場では、クズ対策抜きで再造林もむずかしいだろう。対策といっても、もはや除草剤を使うしかないが。

またクズの栄養たっぷりの根を餌とするイノシシなどの獣害にも広がっている。

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このハンドブックでは、クズと日本人の歴史もふれてあり、なかなかクズ愛(^^;)に満ちている。

先日のNHKの「サイエンスゼロ」でもクズは取り上げられていた。こちらはクズを利用してバイオマス燃料にする……研究とかが紹介されていたが。もっとクズの遺伝子を使って成長力のある植物を作れたらいいのに、と思ってしまった。

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気になる方は、リンク先から手に入れてほしい。

2025/08/26

センスオブワンダー~南大東島の大洞窟で思い出す

8月24日のNHKスペシャルで、「絶海に眠る巨大洞窟南大東島・驚異の水中世界▼絶景を世界初撮影」を見た。

沖縄の南大東島の地下に巨大水中洞窟が発見されたことは、知っていたのだが、それがかなり詳しく調査結果を番組化していた。なにしろスタッフは、この洞窟をもぐるために訓練としてフィリピンの沈没船まで行ったというのだから力が入っている。

それにしても世界から注目されるほどの大洞窟がこんな小さな島の地下にあったなんて。

今なら、NHKプラスで見られるよ。

昔、私もケイバー(洞窟もぐり者)だった私にとって、やはり見逃せない。もはや水中洞窟どころかフツーの洞窟だってきついのヤダーとなってしまっているが、新発見の興奮は強いのである。

洞窟は、地球最後の秘境と呼ばれている。探検し尽くされた地球で、未知の世界なのは地下しかないのだ。それに水中洞窟は、もっとも危険な場所としても知られる。とにかく、もぐると上下左右がわからなくなり、迷ったら死ぬ確率が異常に高い……。

私は、いくつかの新洞窟を発見しているが、そりゃもう、興奮しぱっなし(笑)。

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これは小笠原諸島の母島で石門カルストで発見した石門洞。元はブタ穴という名で、野ブタが住んでいたというのだが、単なるくぼみだった。その底に小さな三角穴があったので、石を動かしたら洞窟が出現。そこを縦に10メートルくらい下ると、いきなり巨大な空間に出て、そこは鍾乳石がびっしりのホールだった。針天井の間と名付けたが、その発見した興奮は忘れられない。

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こちらはソロモン諸島シンボ島のパツキオ山の火口。ここを降下して、洞窟を発見した。溶岩がつくった火口洞窟である。もっとも私一人では無理なので、数年後に探検部後輩たちを連れて行ってもぐる。地球中心への旅……のような気分だったが、内部はサウナのように暑く、コウモリだけでなくアナツバメも飛ぶ気色悪い洞窟だった。

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だが、最深部に到達すると、こんな結晶に包まれたホールに出て……これも興奮したのである。
石門洞にしろ、パツキオ洞にしろ、その誕生や内部の地質、生成物は謎だらけだ。

 

最近、この手の「驚きの体験」「驚きの感覚」が減っている。いわゆるセンス オブ ワンダーは、人がもっとも大切にすべき感覚だと思っているのだが。新しいことを知って、それを驚き、不思議がり、神秘さを感じて楽しむ。驚くとどもになぜ?と考え、もしかして……と想像の翼を広げる。また、それを検証する。それこそが人類の進歩の原動力だと思うのだが。

むしろ予想外のことが起きたら、嫌がり否定する人が増えていないか。感覚で「好き!」「嫌い!」、そして「腹立つ」などの感情に流される。あるいは無理やり短絡化した結論を出す。早く納得したいのだろう。誰それが悪い、誰それが仕掛けた……といった納得の仕方をしようとすると、それが陰謀論を生み出す。

もうすぐ夏は終わる(はず)だけど、自然に触れ合う、いや自然とガッツリ四つに組むことで、感じる経験をしないと、人類は滅ぶよ。

2025/08/25

ガラス瓶入り樽酒

ふと、某ショップで見かけたお酒。

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「杉樽酒」とある。上下は木桝。周囲も杉板だ。いずれも吉野杉製だという。500㎖入り2480円。

吉野の「やたがらす北岡本店」の商品であった。

しかし、樽そのものに酒を詰めておくと、木香が強くなりすぎて飲めないというけどなあ……と思って、よく見たら瓶入りであった(^^;)。

ちゃんと中はガラス瓶である。説明には、吉野杉の樽で香りをつけた純米樽酒だそうである。

飲むときは桝で飲むか。あるいはグラスで飲んで杉板をコースターとして使うか。

酒の銘柄を確認すると「たる酒かおりすぎます」だった。なんだ、木香がつきすぎると認めているのか……いや、杉と桝をかけているのであった(´Д`)。

吉野杉の、もっとも効果的な売り方かもしれないね。

2025/08/24

仏像になる木の変遷

仏像は何でつくられているか。大仏さんのような銅など金属、乾漆、塑像、あるいは石仏もあるが、日本ではほとんど木製である。

ただ、その樹種は時代によって変遷している。

それがわかる展示が、奈良国立博物館にあったので紹介。

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拡大しても文字は読みづらいだろうから簡単に紹介すると、左から

クス(7世紀飛鳥時代)、カヤ(8世紀奈良~平安時代)、ケヤキとヤマザクラ(9~10世紀平安時代)、ヒノキ(平安末期から現代まで)……である。

ちなみにケヤキの彫刻は難易度が高い。ヤマザクラもそんなに多くない。

クスとカヤの生木は柔かく、いい匂い。ビャクダンなど海外の仏像素材の代用になる。

ヒノキはどうか。実は群生し、大木も多くて大量に調達できるから。

これらは材料の調達のしやすさも絡んでいる。クスやカヤは、実は群生しないので大量に手に入りにくかった。ヒノキは建築材料として大量伐採されて運ばれてきたので手に入れやすくなったので使われた可能性がある。

もう一つ、刃物の切れ味も関係しているだろう。飛鳥時代は、まだまだよい刃物が誕生していなかった。鉄製のよい刃物がないと、硬いケヤキなどは扱いにくい。ヒノキも針葉樹材だから刃物がよくないと細かな部分を削れない。
鎌倉時代に入った頃から刃物がよくなったのかもしれない。ここんところは日本刀の変遷とも重なる。同時に砥石の存在も重要だろう。

スギやマツ材の仏像はあまり見ないのは、やっぱり木目の色がきつく木肌があまり細かく表現できなかったのかな。マツはヤニもある。ただし朝鮮半島などにはある時代以降、マツ製仏像が増えた。それは太い木はマツしか残っていなかったから……(^^;)。

とまあ、そんな風に想像していくと、林業が発達したことで、ヒノキ製仏像が増えたといえるのかもしれない。

 

2025/08/23

金魚を空間に描く

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これ、木桶に描いた金魚だよ。

大阪の阿倍野ハルカス美術館でやっている深堀隆介展に行ってきた。彼は金魚絵師とも呼ばれる金魚ばかり描いている画家。

正確にいえば、桶の中の樹脂に描いたのだが。

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こりゃ、たまらん。絵なのに立体。

描く対象を変えると一気に可能性が広がる。彼の技量や芸術性を疑うわけではないが、アイデア勝負でもある。

もはや彼は空間樹脂画法の創始者だ。

2025/08/22

『住宅建築』10月号は吉野特集

建築雑誌『住宅建築』の10月号をいただいた。

特集は「育まれる家」だが、特別記事として立てられているのは「吉野の山と生きる」である。

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かつて住宅雑誌を一生懸命に目を通していたことがあったが、それは『週刊住宅情報』に連載記事を担当していたために行うネタ探しであった。面白い家が紹介されていたら取材に行く(^^;)。二番煎じ記事である。切り口はまったく違うけど。
そのときに気づいたが、建築関係の雑誌でも、ときに林業を取り上げることだ。正確には建築材料としての木材を特集したりするときに、山元まで目を配るわけだが、それなりに面白く読んでいた。

さて、今回も吉野林業を取り上げている。そこで気づきもある。

一般に吉野と言えば銘木の産地で、しかも大径木が出ることを特徴とする。しかし、座談の中で「吉野は他の産地と違って、皆伐をしていないので小さな径から大きな径まですべて採れます」とあった。なるほど、吉野は面積的には小さな林業地だが、そこから様々な径級の材が調達できるということは、吉野ですべての木材を調達させることも可能というわけだ。

これは、もっと強調してもよいのではないか。もちろん、それぞれの木を製材など利用に合わせて加工するシステムも必要だろうが、パッケージにして窓口をつくり、一軒分の木材を全部提供してくれる仕組みができないだろうか。その方が安くつくように思うが。

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もう一つ。吉野といえば吉野杉、それに桧ということになってしまうが、量はともかく広葉樹材やモミ、トウヒ、マツなども出てくる。吉野山の桜でもよい。そうした素材も網羅して扱えるようになることで、「どんな木でもそろう産地」になり得る。場合によっては他産地から仕入れて揃えたっていいのだ。
一気通貫という言葉どおり、消費者からすれば一つの窓口で全部済むことが有り難い。そうすると浮いた手間賃だけ吉野材が高くてもいいと思えるだろう。外部から規制や圧力をかけて、「吉野の木材を買え!」と迫る……あるいは逆に助成金などで安くなるから……そんな売り方ではダメなのだ。

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付録?として、吉野の木によって建てられた建築物のカタログ。我が家で新築する予定はないけどね……。

 

2025/08/21

奈良の林業を木材生産量から読む

こんな表を見た。

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20年間の素材生産量の増減を示した統計のうち、下位10県だというのだが……なんと奈良県が半減している。1番は北海道だが、これは面積が全然違うので、増減率からすれば奈良県はダントツの1位だ。つまりもっとも減っている。

これを、どのように読み解くか。

奈良県の林業は壊滅的? もはや吉野林業は消えてしまうのか……。

いや、私は別の見方をしている。むしろ、この減産こそ、奈良県の林業が生き残れる証拠ではないか。よく吉野の大山主は、「材価が安いから100年寝かそう。その間、木は太る」と言っているではないか。

はっきりしているのは、どこの道府県も生産量は減っている。増加率トップは秋田県とか宮崎県などだが、いずれも生産量自体は減っている。
なぜ減るか。木材需要が減っているからだ。これまでは、それをバイオマスと輸出で誤魔化してきたが、そろそろ限界。

建築需要は、ずっと落ち続けている。これまでは、輸入木材による合板を国産材に置き換えることで国産材需要も保たれていたが、そろそろ限界だろう。置き換えられる分は置き換えた。住宅建築も人口減社会で増えるとは思えない。木造ビルを増やしても、木材の使用量的にはたいしたことはない。

増えているバイオマス燃料と輸出も、今後は怪しい。バイオマスは頭打ちだろう。国産燃料としては、今以上に増やせまい。輸出は今も伸びているが、将来的に明るくない。中国が主だが、中国も景気減退している。それに日本材など小さなシェアしかない。最初に切り捨てられる。

バイオマス、輸出とも九州が主立った生産地だが、はたして今後も素材生産量は伸ばせるか。そもそも山に木はあるのか。机上の計算では、「日本の山は太った」となるが、現実は違う。まず伐りだせる山がない。ほとんど皆伐で稼いできた木材生産量だが、機械を入れられる山は、どんどん少なくなっている。それでも出さないと林業事業体も製材所も破綻するから、盗伐もはびこる。

今頃、再造林に熱心になってきてているが、植えても40年~50年待てるのか。

需要はないよ。しかし需要がなければ行き詰まる。そろそろ林業全体の破綻が近いのではないか( ̄∇ ̄) 。

私は、ここで木材生産量の半減を主張したい。そうすれば出回る木材は減って価格は上がる。しかし林業従事者はどうする?

心配ない。林業従事者は実質4万人しかいないのだから、半分が失業しても2万人だ。そのうち半分は造林や育林、木材加工などに回せるだろう。流行りの里山で広葉樹林業!を取り入れたら、もっと吸収できるかもしれない。人手不足は農業や建設業もだから、十分に吸収できるだろう。そうした雇用の流動化をさせることこそ、国の仕事である。

伐採量を減らして、長く寝かして木材を太らせる。そして高く売る。これぞ、奈良の、吉野の戦略ではないだろうか。心配なのは、生産量の減少で従事者も減ると、技術の伝承は大丈夫か、という点だ。これこそネックである。吉野の大山主は、ここを頑張らないといけない。

以上、地元ヒイキ(^^;)の奈良の林業必勝論であった。

 

 

 

2025/08/20

庭のゴーヤ・続報

我が家のゴーヤが育ちすぎ。

とうとう2階のベランダに鈴なりになってきた。

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何本収穫しただろうか。次々と成る。写真だけでも、いくつ実っているかわかるだろうか。

以前、傷痍化した「天空のゴーヤ」も、どんどん太って、その重みで下りてきて、手の届くところまできた。ところが、そのまま収穫を怠ったので黄色くなってしまう。黄色いのを食べるのはむずかしいのだよ。仕方なく庭に捨てた。

さらに隠れたところに大きくなった実も知らぬうちに黄変……。

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ところでコンポストを引っくり返して、堆肥化した土を取り出したのだが、それを一角に積み上げると……。

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たくさん芽吹いてきた。これ、全部ゴーヤである。。。ゴーヤを料理する際に種子を取って生ゴミとするが、それをコンポストに入れると、堆肥の中に種子が播かれた状態となり、絶好の生長場所となっている。暑い夏は当分続くらしいから、みんな育ちそう……。

ゴーヤだらけの庭じゃ(泣)。

2025/08/19

地球の未来を「総力戦研究所」で

先週末のNHKスペシャル「シュミレーション」。昭和16年夏に敗戦を予言した総力戦研究所の物語を二夜連続で見た。

この総力戦研究所は以前より興味があった。だから見応えはあったが、なぜドラマにしたのか。どうせなら完全ドキュメントか、正確な再現ドラマとしてほしかった。妙なフィクション仕立てにしたために、内容がどこまで現実なのかと惑わせられる。実際、総力戦研究所所長だった飯村譲の孫の飯村豊氏から抗議を受けている。敗戦必至の結論を出すことを所長が邪魔したような内容に描いたからだ。現実は、邪魔どころか発表を後押ししている。

やはり驚くのは、見事なまでに戦局を予言したことだろう。たとえば日本本土への初の空襲は1942年3月に行われると予想した(現実は4月)。中立条約を結んでいたソ連の参戦も予言した。その他、もろもろの展開を、民間人も含めた研究所員は、たった数か月の研究で浮かび上がらせたのだ。忖度なく研究すれば、ちゃんと未来は予想できる。

それで思い出したのは、先にブックオフで目にして、購入したナショナルジオグラフィック誌2020年4月号。奇妙な造りになっているのだ。

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右から開くか、左から開くか。それによって、今後の地球の姿が変わってくる。

「傷つけられた地球」では、気候変動を止めることはできず、災害の蔓延した世界。温暖化ガスの削減ができなかったら、地球の気候はどうなるか。地球の居住可能地域は減っていくだろう。温帯諸国も、夏は暑すぎ、自然災害の多発で農業は壊滅、経済活動ができなくなる。難民続出、飢餓拡大、戦争多発。

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「守られてきた地球」では、危機を克服した世界。

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後者は、ちょっと嘘くさい(笑)。無理だろう、という楽観的な、いや必死で好転するネタを探したような。化石燃料を全部再エネ電気に変えたって、副作用がいっぱい出るはず。若者が頑張ってもねえ……あ、これは言っちゃダメか(^^;)。

でも、とりあえず二通りながら、予測はしている。問題は、そこで指摘されたことを世の中の為政者は活かせるだろうか、という点にかかっている。必敗を引っくり返す努力をするかどうか。

地球の未来は、エネルギーだけでなく森林政策も重要だ。ただし森林を林業なんて狭い世界で考えてはいけない。森林をいじることで気候変動が激甚化して農業の壊滅、漁業の滅亡、疫病の蔓延……と地球を狂わす引き金になるのだから。

ドラマ「シミュレーション」では、必敗の報告を受けて、東条英機首相も一応は開戦回避に動く。しかし空気に飲まれて開戦してしまう……と描かれていた。その解釈は面白いが、今の政治家は、そんな東条英機ばかりだ。その方向はダメだ、と思っても目先の事情に追われて政策を変える努力をしない。空気に逆らうことから逃げて、むしろ流されることを選ぶ。

私も、未来をシミュレーションをしてみるか。

2025/08/18

「このままでは国産割り箸が消える」を書いた裏事情

Wedge ONLINE、およびYahoo!ニュース(転載)に「このままでは国産割り箸が消える!原因は中国か?世界中で需要があるのに職人と工房が減る日本の身勝手な事情とは?」を書きました。

ほんの少し前に書いた『割ってある割り箸」の関税が統計を狂わせる』(Yahoo!ニュースエキスパート)とセットである。

下市町まで行って、箸祭りに参列したことから割り箸の記事を書こう思ったと思ったところ、内容がいっぱいありすぎて、一本にまとめると混乱すると思った。もともとWedge ONLINE用の記事を予定していたのだが、あえてYahoo!ニュースに関税問題の記事を書く。国産割り箸、とくに最高級の杉箸が危機的状態で、クラファンで資金を集めて職人養成をしようという話と、いったい日本の割り箸消費量はいくらなんだ、という問題が絡んでいるのである。

マニアックで、どうせアクセスを稼げない内容をYahoo!ニュースに持ってくるのはひねくれているから(^^;)。

この二つの記事を書いて気づいたこと。それは「割り箸は森林破壊だ」と喧伝された時期は、割り箸消費量の最盛期ということ。
一方で、「割り箸こそSDGs」と言われ始め世界では割り箸需要が伸びている昨今に、日本の割り箸消費量は減少している。これは輸入割り箸を含めての数字だ。皮肉というか、日本が世界の趨勢に置いてきぼりを食らっているかのようである。

もう一つ。拙著『割り箸はもったいない?』を出版した際は少数派だった竹箸が、こんなに増えるとは思わなかった。だが、竹は割り箸としてはイマイチだと思う。つるつるしているし、香りや肌触りも木箸ほどではない。とくに一本竹箸は使いにくい。

なお、タイトルに「身勝手な事情とは?」とあるが、これは編集部でつけたもの。ちょっと中身と相違があるなあ。基本、私は本文しかチェックしていないが、今後はタイトルにも気をつけるか。
同時に、「割ってある割り箸」というのも、よろしくない。なんと書けば伝わるだろう。業界的には一本箸と呼んでいるが、それでは一般人にはわかりにくい。簡潔に、箸が分かれた状態で完封している箸の呼び方も考えないと。

 

2025/08/17

今頃、各党の森林政策チェック!

参議院選挙が終わって早一カ月。今頃になって、各党の森林政策を見比べてみた。

きっかけは、選挙前はほとんど見なかったYouTubeの各候補、各党の演説を見たこと。今だからの面白さがある(^^;)。

とくにお気に入りは、チームみらい。安野党首の妻、リナクロこと黒岩里奈が抜群に面白い。彼女、演説が上手い、というより面白い。彼女の人生自体も面白い。現在も文藝春秋の編集者なんだが、ADHDであることも公言していて……という話はさておき、ここは森林政策だ( ̄∇ ̄;) 

そんでもって、こんなサイトを見た。

各党の森林政策ー参議院選挙2025各党政策から2025/7/30)

正直言って、どの党も内容が薄い。さすがに物量的にあるのは自由民主党なんだが、内容は従来のものと変わらない。「木の酒などのマテリアル利用」なんてくだらない極みの言葉もあった。かろうじて目が止まったのは、林業人材として、以下のような文が。

林業を支える多様な担い手・人材育成「緑の雇用」や緑の青年就業準備給付金により若い新規就業者の確保と定着を図り、森林総合監理士(フォレスター)、森林プランナー、オペレーター等林業技術者・技能者の育成を推進するとともに、外国人材の受入れに向けた取組みを推進します。また、森林組合、林業事業体、自伐林家など多様な担い手の育成、造林に係る林業経営体の新規立ち上げのほか、労働安全強化対策等を促進します。

これだって通り一遍なのだが、フォレスター、森林プランナーといった言葉が登場する。資格はたくさんあれど、ほとんど価値を認めないような扱いだったのだが、多少は力を入れるつもりか。いや、資格を取らせるため、天下り団体を潤わせるつもり?とか邪推する。

ただ、結果的に自民党がかなりマシなのだ。ほかの党の森林政策の薄いことよ。

立憲民主党は「違法伐採木材である可能性を否定できない木材流通の在り方について検討します。」……検討だけかよ。

日本維新の会は、完全に都会目線。国民民主党は「総合的な」「宝の山」なんぞのきらびやか?な言葉を羅列しているだけ。「間伐と主伐後の再造林の義務化と、伐採届け出の厳格化」という言葉もあるが、中身はない。

日本共産党は、結構詳しい。初っぱなが「政府の「林業成長産業化」路線を転換し持続可能な林業をめざします」とある。ただ政策としては、自民党とさして変わらないように見える。まあ、森林政策で新しいことを打ち出せる幅はあまりないのだけどね。基本理念を現在の成長産業から持続性に変えるという点は評価する。

れいわ新撰組も目立ったところはない。「民有林活用による里山保全のための土地法制を整備し、森林保護を徹底する 」。意味がわからない。

参政党では「30by30達成に向け、積極的に私有地を国で買い取り、自然保護区化を進める。」と踏み込んだ。30by30という言葉が出るのは斬新だ。ほかの政党にはない。自民党に「ネイチャーポジティブ」がある程度。それにしても、私有地を買い取るというのは国有地にしてしまうということ?

日本保守党は何もない。抜本的見直し、というだけ。社民党は記述ゼロ。

ここには入っていないチームみらいも調べてみると何もない。環境政策としては原発容認ぐらいか。ただ、全然別の意味で目が止まったのは、議員一人のチームみらいが参議院の委員会の所属を選ぶ過程の話。

この手の委員会は大政党ほど先に好きな委員会をとってしまう。残り物を弱小政党に回すわけだが、そこで残ったのが、この4つだったそうだ。

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環境と農林水産がしっかり残っていた(笑)。この手の委員会は人気がないのだろうねえ。国会の場で、第一次産業や環境問題はやりたがる議員が少ないのだろう。国土交通委員会は、枠の人数が多いのかな。安野さんは、ITや地方自治などを扱う総務委員会に入れたそうである。

さて、肝心の国会は減税だとか、奥行きのない薄っぺらな政策ばかりが目立つが、これからどうなりますやら。

 

2025/08/16

本当の終戦記念日とチモール

昨夜、『火垂るの墓』をテレビで見た。見たくなかったのに……。「二度と見たくない傑作」というヤツだ。

思うところはいろいろあるが、今回気になったのは、終盤、銀行で有り金を全部下ろすシーンで、清太が日本は降伏したことを知ったこと。これは、いつなんだろう。8月15日以降だろうが、2、3日遅れなのか、もしかして9月に入っていたのか……。

日本では8月15日が終戦記念日となっている。しかし、正確には前日の14日にポツダム宣言を受諾しているので、こちらが本当の終戦の日だろう。

だが、より正確には8月10日にポツダム宣言の受諾について連合国側に問い合わせている。いわゆる「国体の護持」ができるかどうか、だ。だから、その翌日の11日が実質的に終戦日になる。そして翌12日に世界に向けて「日本の降伏」が放送された。

それを知ったのは、私が東チモール(ティモール)の独立運動について取材しているときだった。当時、チモールに駐屯していた兵士から、連合国の放送を受信して聞いていたのだ。だから12日には日本は負けたことを知っていたという。この謎については、以前から気になっていたので調べたが、なんと10年も前に拙ブログに記していた。

ポツダム宣言受諾をいつ知ったのか

ただ、ややこしいのは、実際にアメリカが終戦記念日としているのは、戦艦ミズーリで日本が降伏文書に調印した9月2日である。

また当時のソ連は、8月9日に対日宣戦布告をして満州や樺太、北千島列島に攻め込んでいる。9月2日も戦闘は止まず続いていた。だから3日が終戦である。(さらに、その後日本人のシベリア抑留もある。)

つまり、8月15日を終戦記念日としているのは日本だけなのだ。

今、無性に東チモールに行きたいと思っている。
私は、40年以上前に東チモール潜入を企てて、あえなく失敗している。当時の東チモールはインドネシア軍の支配下にあり、おそるべき弾圧が行われていた。おそらく現在のイスラエルによるガザやヨルダン川西岸、なみ。住民統制は北朝鮮なみだった。その中で抵抗運動が送られていたのだが……。
潜入に失敗したおかげで、私は生き存えたのかもしれない。下手に潜入できていたら、軍に捕まって「行方不明」扱いされた可能性が高い。(実際に、そうして消えた外国人が数多くいる。)

だが、インドネシアのスハルト体制が崩壊して21世紀に入ると、東ティモールとして独立した。今なら、日本人も入れる。一応、観光コースもできているよう。今なら、行ける。40年前の雪辱を張らしたい……。観光客として(^^;)。

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これは、かろうじて潜入できた西チモール内の東チモールの飛び地であるオクシ。山がはげ山だが、これは気候がサバンナだったせいだ。

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こちらは飛行機から見たチモール島。こんな草原状態である。

80年前の戦争と、21世紀初頭まで続いていた独立戦争の地を、この目で見たい。そして考えたい。

 

2025/08/15

仏壇にカーネーション

お盆である。お盆と終戦記念日が重なっているのは偶然なのか必然なのか……。

ということを考えつつ、仏壇に花を供する。

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カーネーションにした(^_^) 。菊花は好きでないのでね。墓には、従来通りの菊花とほおずきなどの仏花にしたが、毎日目にする自宅の仏壇は、ちょっと華やかな西洋花の方がよい。このカーネーション束は色とりどりである。

✳️お茶犬もお供え。

実は、土倉龍次郎の葬儀はカーネーション葬だったそうだ。この夏、龍次郎研究が飛躍的に進んで、新事実が次々と明らかになり、静かに興奮している。とくにカーネーション栽培にかかわった空白の時代が、少しずつわかってきた。

龍次郎は、日本で最初にカーネーションを商業的に栽培して花卉ビジネスを成功させた。そのため非常な苦労をするのだが、問題は害虫や土壌の病気である。アカダニやアザミウマなどの害虫が発生するのだが、当時は有効な農薬もなく、水で洗い流すしかなかったそうだ。
そして土にはネトマーゼ(センチュウ類)などの微生物や菌類が発生する。今なら土壌消毒を行うのだが、なんと彼は土を全部入れ換えていたのだそうだ。ときに「ネトマーゼには馬糞が効く」と聞いて、馬糞を大量投入するも、逆に全滅させたり……(馬糞説は、農業試験場の意見だそうだ。当時の研究者はそんなことを言ったのか)。

また育種では、ドクラス・スカーレットなど25種の新種を生み出したという。生涯では50種以上の種類を開発した。

だが、そうした新品種は、現在一つも残っていない。これはカーネーションだけのことではなく、たいていの花は、新品種が出てくるたびに古い品種は忘れられていくのだそうだ。その遺伝子を残す試みは、現在でもほとんど行われていない。(育成母種になった場合のみ、残される。)

上記の写真のさまざまなカーネーション花も、いつまでも残っていないのかも。

龍次郎は、温厚でひょうひょうとした人柄だったというが、その人生は波瀾万丈であった。そこで悩まなかったわけではなく、苦悩の日々もあったらしい。その足跡も残さず消えてもよいのだろうか。できれば片鱗でもよいから記録しておきたい。

 

2025/08/14

「気候変動と戦う太平洋島嶼国の学生たち」を知った

今年年7月23日、国際司法裁判所(ICJ)は、気候変動に関する勧告的意見を公表した。これは国連総会の要請を受けて行われたもので、気候変動と国際法に関して初めての判断である。日本の報道は地味すぎたが、もっと注目すべきだ。

これは、国際法的に、世界各国が気候変動への対策に取り組まなくてはならないということ。それを“世界共通の基準”だとしたのだ。だから対策をとらないことは「法的な問題」として示したことになる。

 ICJは、気候変動を「人類にとっての緊急かつ存亡に関わる脅威」としている。すべての国家に温室効果ガス排出の抑制と適応策の実施という「法的義務」があると結論づけた。しかも、この義務は「条約に署名した国だけでなく、すべての国に及ぶ」としたことだ。つまり「気候変動に取り組まないことは人権侵害であり、倫理に反する」というのが国際基準だとした。

Obligations of States in respect of Climate Change
The Court gives its Advisory Opinion and responds to the questions posed by the General Assembly

詳しくは……読むのが辛い。一部を機械翻訳してみる。

(a) 不法行為または不作為が継続している場合、その停止。
(b) 状況に応じて、不法行為または不作為の再発防止の確約および保証を提供すること。
(c) 国家責任法の一般条件が満たされていることを条件として、賠償、補償および弁済の形で被害国に完全な賠償を行うこと。ただし、不法行為と損害との間に十分に直接かつ確実な因果関係が証明できることを含む、国家責任に関する法律の一般条件が満たされていることを条件とする。

裁判所の判断
裁判所はまず、要請された意見を表明する管轄権を有することを確認し、要請された意見を表明することを拒否する正当な理由はないと結論付ける(37~49項)。次に、裁判所は、決議77/276が採択された一般的な文脈と関連する科学的背景(72~87項)を検討した上で、提起された問題の意味と範囲を検討する。
問題(a)に関して、裁判所は、「国際法上の」義務への無条件の言及は、総会が国際法全体に基づき国家に課せられる義務について裁判所の意見を求める意図を示すものであり、裁判所の回答を特定の国際法源泉または分野に限定するものではないことに留意する。
問題(b)の範囲に関して、裁判所は、法的結果について一般的な観点から論じることが求められており、特定の国家または国家集団の法的責任を特定することは求められていないと考える。かかる責任の決定には、個々の事案ごとに行われるべき具体的な評価が必要である。問題(b)に関して、裁判所は、第一に、気候システムを保護する義務に違反した国家に対する国家責任の適用可能な法的枠組みを確立すること、そして第二に、そこから生じる法的結果を一般的な言葉で概説することのみが求められていると判断する(94~108項)。
「特に影響を受ける」または「特に脆弱な」特定のカテゴリーの国家に関する法的結果については、裁判所は、慣習国際法における国家責任に関する規則の適用は、被害を受けた国のカテゴリーまたは地位によって異なるものではないことに留意する。したがって、「特に影響を受ける」国または「特に脆弱な」国は、原則として、他の被害国と同じ救済を受ける権利を有する。特定の国が、その地理的状況および発展段階により直面する課題は、関連する国際法の基本的規則によって規律される。
裁判所は、問題(b)の後半部分は、気候変動の悪影響を受ける現在および将来の世代の人々および個人に関する法的結果について問うものであると指摘する。裁判所は、個人が国家の法的責任を主張する権利、または気候変動に起因する損害または危害を含む特定の状況において請求を行う権利を有するかどうかは、国家の関連する基本的義務に依存すると考える(109~111項)。

総会が提起した問題の範囲と意味を定義した上で、裁判所は次に問題(a)を検討し、最も直接的に関連する適用法を決定することから始める。裁判所は、以下のものをそのように特定している。
国際連合憲章、気候変動に関する3つの条約、すなわち、国連気候変動枠組条約、京都議定書、パリ協定、国連海洋法条約、オゾン層保護のためのウィーン条約、オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書、生物多様性条約、特にアフリカにおける深刻な干ばつ及び/又は砂漠化を経験している国における砂漠化の防止に関する国際連合条約、慣習国際法、特に環境への重大な危害を防止する義務及び環境保護のために協力する義務、中核的人権条約、そして慣習国際法の下で認められる人権。さらに、持続可能な開発、共通だが差異のある責任とそれぞれの能力、公平性、世代間の公平性、そして予防的アプローチまたは原則の原則は、最も直接的に関連する法的規則の解釈と適用のための指導原則として適用可能であると決定している(113~161項)。

 

私が驚いたのは、この勧告的意見を出すに至ったのは、どこかの国の政府が頑張ったからではないこと。太平洋島嶼国出身の南太平洋大学法学部27人の学生たちの運動によるものだったのだ。彼らは「気候変動と戦う太平洋島嶼国の学生たち(PISFCC)」というグループを2019年につくり、国連総会に働きかけ続け、とうとう国際司法機関を動かしたのである。

気候変動で怖いのは、単なる温暖化などではない。海水が膨張することで海面上昇すれば、多くの陸地が沈むことだ。とくに島嶼国は深刻である。だから、その国の若者は動いたのである。付け加えれば、意見を取りまとめたICJの所長は、日本人の岩澤雄司氏。

学生たちが属している国名は全部わからないが、バヌアツ、ツバル、ナウル、トンガ、フィジー……などのよう。(若干不思議なのは、メラネシア諸国が多いことだ。メラネシアは、火山が多くて山がちなので、海面上昇でも島全体が沈む心配はあまりないと思うのだが、危機感は共有しているらしい。)

国産裁判所の意見は、実際の各国の政策を動かせるだろうか。意見に法的な拘束力はない。しかし明確に法律違反と言われれば、政府の政策に加えて企業活動にも影響を及ぼすだろう。ならば政府も無視できないはず。

若者が世界を動かす。そんな動きも知っておきたい。

Icjハーグの国際栽培所

 

2025/08/13

宮崎県は年間どれほどはげ山をつくっているのか

宮崎県が、スギ丸太生産量連続34年日本一を達成したというニュース。

スギの丸太生産量 宮崎県34年連続で日本一

農林水産省の統計によりますと、宮崎県は去年1年間のスギの丸太生産量が、172万8000立方メートルで、34年連続日本一となりました。
前の年に比べ11万8000立方メートル減りましたが、2位の秋田県とは35万立方メートルの差となっています。

これでも減った方らしい。このニュースは,ようするに自慢しているのだろう。

これ、一体どれだけのスギ林を伐っているのか。宮崎県では、あまり利用間伐生産はしていないはずなので、全部皆伐によると仮定する。

スギ林の1ヘクタールの材積はどれくらいか。

林野庁の「森林資源現況調査」(令和4年3月31日現在)によると、全国累計から算出したものでは、36~40年生のスギ人工林の1ヘクタール当たりの幹材積を337立方メートル(樹高約20メートル、平均直径20センチのスギが1ヘクタールに1000本ある林分の材積量)としている。

宮崎県は、相当樹木の生長がよいし、伐るのも40年生以上の林分が多いから、とてもこんなものではないと思うが、計算をしやすくするために400立方メートルにしておく。また幹材積と丸太の材積は近いものとする。

すると単純に4320ヘクタールになった。もっと正確な各数値を見つければいいのだが、調べるのが面倒くさい。ここではこうしておく。これが皆伐面積? いくらなんでも……と思うが、どこか計算間違いしていない? 

このうちの7割に再造林しているから、1296ヘクタールははげ山のまま。この数字が34年続いていたら、4万4000ヘクタールのはげ山が誕生したことになる。今後、再造林率を上げると言っているが、こうした過去の跡地はどうなるか。

宮崎県のスギ人工林面積は、23万9113ヘクタール。はげ山率は18%になってしまう。

この計算の誤差がどれくらいかわからない。極めて大雑把だ(笑)。でも、お遊び的にでも、こうして数字を出すと、なんとなく宮崎県の林業の実態像が見えてくる。

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2025/08/12

「びっくり箸」って何? 

このところ割り箸関係の記事ばかりアップしているので、こんなのはどう?

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近くのイオンモールで出張販売していた箸屋。

びっくり箸とは、こんにゃくでも簡単につかめちゃう!というのが売り物の塗り箸らしい。実際にやってみると、力を込めなくてもスッとつかめるのであった。箸先の簡単な加工のおかげのようだが、塗り箸の世界も新たな挑戦をしているようである。

これは移動販売だけで扱っているらしい。誰が、どこで作っているのかわかりにくい。なんという箸メーカーなのか。そこで検索すると愛知県のアローズという会社が引っかかった。箸会社ではなく、民芸木工品などの企画販売をしているようだ。製造は、どこかに委託だろうか。

割り箸界には、こうした新たな商品づくりに販売ルートづくりが遅れているように思う。

むしろ、塗り箸と一緒に売っていくことも考えるべきでみないか。かつては塗り箸は割り箸のライバルというか、割り箸森林破壊説を巡って論争をした中ではあるが、今やプラスチック箸こそが、どちらの業界にとっても真のライバルだろう。また輸入割り箸、輸入塗り箸も増えている。国産塗り箸メーカーにも、海外生産(輸入)しているところがあるし、塗り箸の芯がプラスチックだったりもする。

そこを乗り越えて、国産割り箸・塗り箸同士が提携するような、斬新な動きをしないと、将来は切り拓けないよ。

2025/08/11

「突撃カネオくん」に出演した裏話

8月10日のNHK「有吉のお金発見 突撃!カネオくん」に出演した。といってもZoomだが。

テーマは割り箸なのだが……これ、あんまり見てほしくない(笑)。

割り箸を取り上げるというのだが、輸入割り箸のことには触れないというし、私がカネオくんらしく、お金からの切り口をいくつも提案したのに興味を示さず「お金のことは触れないです」と言われてしまった……。もはや番組趣旨はお金から社会を見る、ではなくなっているそうだ。

そんな中で私が仕掛けた唯一の手は……。

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私の紹介を森林ジャーナリストとするのだが、割り箸に関しても詳しいことを説明するのに著書を取り上げてもらった。

割り箸はもったいない?』は当たり前。『森林異変』にも割り箸の章を設けて語っている。だが、どちらも絶版に近くて、現在ではほとんと手に入らない本なのだ。それでは私にメリットは少ない。

そこで『絶望の林業』を加えた。今、書店で扱っている本も加えないと、見た人が購入につながらないではないか。ただこの本には、実は割り箸のことは数行しか触れていない(⌒ー⌒)。あくまで吉野林業との絡みである。

それでも、ちゃんと表紙を紹介してくれたから、ヨシとしよう。

2025/08/10

ジュンク堂の書棚とブックオフ書棚

気がつけばお盆入りの3連休中日。

こんなときは定点観測的に書店に行って、森林棚を眺めるに限る。

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これはジュンク堂書店難波店。私の本がかなり置かれていることに安堵。持っている本も多いなあ。つい森林関係の本は買ってしまう。読むのが大変だけど。

そして近隣のブックオフも覗くと、ついにこの本も出展されくようになったか。

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『山林王』である。ブックオフというか古本屋では初めて見た。若干複雑の気持ちなのだが、まあ、古本流通に回るのは売れている証拠と思っておこう。ちなみに、そんなに安くなっていなかった。まだ新刊に近い扱いか。

書棚を眺めて、世の移り変わりや流行り廃りを感じとれるのだよ。

2025/08/09

Y!ニュース『「割ってある割り箸」の関税が…』を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに『「割ってある割り箸」の関税が統計を狂わせる』を書きました。

先にブログに下市町の箸祭りに参加した際に知った割り箸輸入量の裏事情を深掘りしました。

これ、私的には結構ショックで、世界では割り箸需要が増えているのに日本では減っている……と思っていたのがひっくり返ったのである。もっとも、概算で200億膳というのは、20年前の250億膳に届いていないのだが。
しかし外食・中食産業はさらに拡大している(とくにウーバーイーツのような宅配が増えたことも影響している)から、需要としては300億食以上になっていると思う。つまり、その差分をプラスチック箸に持っていかれたのだろう。

ただし、本来はもっと別の割り箸最新事情の取材のつもりだった。そこで思いもかけず、竹一本箸という隠れた存在を知った。合わせて書こうかと思ったが、ちょっと散漫になるかと思って、まずは「割ってない割り箸」問題について。この後に、また割り箸記事を書く。しばし、待たれよ。

お盆の3連休中にアップする話題ではないかな、と思ったのだが、トランプ関税のおかけでタイトルに「関税」と付けば、ちっとは注目されるかも(^_^) 、というスケベ心も出した記事である。だからトップ写真も、「関税」(笑)

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2025/08/08

ベララベラ拾遺~焼き畑初体験

昨日記したベララベラ島における残留日本兵探しの記事を書くために、当時の写真を探したのだが、その中にちょっと面白いものを見つけた。

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ベララベラ島で行われている焼畑地である。私がジャングルから脱出した(というより助けられた)際に、最寄りの部落に寄ったのだが、そこにあった焼畑だ。わりと大木も切り倒している。

改めて写真の細部をよく観察すると、焼き畑の原初状態というか、南洋の焼き畑のあり方が読み取れる。

今頃気づいたが、わたしにとっての焼き畑初体験はソロモンのベララベラ島だったのだ。その後シンボ島でも見た。その時は、さほど意識しなかったが、その後、林業史をかじりだして、焼き畑が重要な役割を占めることを知った。そして椎葉村やボルネオの焼き畑民を訪ねて回ることになるのだ。

ここに植えるのは、主にキャッサバとタロイモ。タロイモよりキャッサバの方が美味しいらしく、キャッサバが増えていた。私も焼くとほこほこしたキャッサバは好きだった。ココナツミルクと混ぜて焼くと、ホットケーキのようになる。

ほかにキュウリのような瓜もつくっていた。私が、喉が渇いたと言ったら、その瓜をくれた。私はナイフで切って食べたのだった。

雨が降り出した。どこも雨宿りする場がない。すると、現地の人々は周辺の椰子の木などを伐って、小屋を組み立て始めた。ほんの10分ほどで小屋ができる。それがこれ。

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これが、なんと私専用だったのだ。みんなで入ろうと言っても、おまえのための小屋だと言って、私だけを入れてくれた。その時、私は風邪を引いていた。ジャングルの中に数日間いただけなのに、喉がやられて咳が出始めていた。それで、私だけを雨に打たれないようにしてくれたのだ。

その後、ランブランブの村に帰ったが、そこで完全に発病した。喘息である。それからまた地獄の始まり。翌日、カヌーで病院のあるギゾ島に渡ることになったのだが、途中で嵐に巻き込まれ、大波をくらいながら漂流したのだった……。

今となってはよい思い出(^^;)。オイオイ

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2025/08/07

「木の上の軍隊」とベララベラ島

映画「木の上の軍隊」を見た。

実はこの映画、6月に沖縄に行った際に現地で先行封切りしていたのだ。そのため地元のニュースでも流れて盛んに紹介されていたので、私も見ようかなと思っていた。ただ上映映画館が少し離れていたし、当日は帰宅する日で上映時間との兼ね合いが難しく諦めた。とはいえ、内地上映時には見に行こうと思っていて、ようやくかなったわけだ。

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明るい沖縄の太陽の下で、森の中の木の上が舞台なのだが、画面は実はすすけている。とくに終盤に向けて緑や土、血の色など自然の色をギリギリまで落としてモノクロに近い映像にしたのは、映画の主張そのものだろう。

ちなみに「木の上」とは一種のアジール(隠れ場所・聖域)のの象徴であり、樹上にこだわった映画ではない。ただ戦争が終わってからも2年以上隠れ続けていた点に当時の軍隊教育による精神性を感じる。(映画では、終戦を知らなかったからとするが、実際はどうだろう。)

同じケースなら、グアム島の横井正一氏、ルバング島の小野田寛郎氏を思い出す。どちらも薄々終戦は知りつつも、投降せずに隠れ続けていた。彼等は戦後数十年も投降しなかったことから騒がれたが、2年、3年程度出てこなかったケースは各地にある。

ソロモン諸島のベララベラ島をご存じだろうか。

ここにも残留日本兵の噂はあり続けた。終戦になって数年経ってから出てきた兵士はたくさんいるのだが、まだ投降していない兵士がいる、と戦後30年程度まで言われ続けた。調査隊も幾度か送られた。年齢的に50~60歳までだったら生きていたかもしれない。

そこに私が訪ねたのは、今から40年も前になるか。ベララベラ島で旧日本兵探し!と言えば聞こえはいいが、実のところ「日本兵いる?」という報道の検証のような気分であった。本当にいるのかいないのか、ジャングルに入ってみよう。

若気の至りだ(^_^) 。

だが、ソロモンのジャングルは恐ろしい。グアムやフィリピンのルバングの比ではない。ミクロネシアんなどの島とはまったく違う。連日の豪雨で湿った木々、巨岩がゴロゴロする奥深い森は、迷うと元の土地には出てこれない。テントの中が川となり、身体にまで黴が生える。

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ジャングルの中に張ったテント。このあと、テントの上にニッパヤシで屋根をつくり覆ったので、まったく外からわからなくなった。日本兵を探すどころか、日本兵に襲われるのではないかと恐れた。だから、これもアジールだ。

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焚き火で炊事しようとするも、何から何まで湿っていて火がつかない……。

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ロピ川上流の巨岩地帯。ここに日本兵は隠れている……と聞いたのだが。迷って死にかけた。

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救いは、彼女らの笑顔だったかなあ。ランブランブ村の少女たち。

こんな体験をすると、ジャングルで何年も隠れ住むなんてのが非現実的だとよく感じる。森は怖いのだ。癒しなんか、ない。

 詳しくは拙著『森は怪しいワンダーランド』、もしくは『不思議の国のメラネシア』参照のこと。

2025/08/06

「箸の日」に知った割り箸統計の誤算

8月4日は箸の日である。単に語呂合わせなんだが……割り箸発祥の地と言える奈良県吉野郡下市町には杉箸神社があって、そこで箸祭りが開かれる。割り箸への感謝をする日である。

そこに私は列席させていただいた。なんと玉串まで奉納し、お焚き上げ(製品にならなかった割り箸の供養)まで行った。

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これは感謝感激なのだが、その後現在の割り箸事情を聞いていて、大変な問題を知る。

今の割り箸の需要は、年間140億膳ぐらいとされている。これはコロナ禍で減ったときのものだが、それから回復したとしても150億、160億膳ぐらいじゃないか……と思われた。もちろん大半が輸入品である。しかも、竹箸が増えているという。

大雑把に木の割り箸の輸入は94億膳。それに竹割り箸が44億膳ぐらい。そこに国産割り箸がせいぜい1億膳。全部足したら140億膳に届くかな……というわけだ。

これだけでもショッキングなことだが、さらに重大なことがわかった。実は、隠れた輸入箸があったのだ。

それは竹の一本箸。既に割ってある1本の竹の箸を2本合わせて袋詰めした箸だ。これが増えている。なんと、56億膳ぐらい。Photo_20250806195401 2_20250806195401

なぜ、これが統計に現れなかったか。実は、一本箸は割り箸に分類されずに「スティック」扱いになる。すると関税が安くなるのだ。

そのため割り箸カテゴリーに大きな差異が出てしまっている。

全部足したら200億膳に達する可能性が高い。さらにプラスチック箸もこの10年で爆発的に普及したから、もしかしたら外食産業の箸は、300億膳ぐらいに達しているかも? というのだ。

関税の差による統計の読み誤り。ちょっと恐ろしいことになる。

まだ資料を精査している最中なので、詳しくは改めて。

 

2025/08/05

天空のゴーヤ どうする?

とんでもない酷暑である。日々大変なのだが、意外な利点もあった。

我が家のゴーヤが大豊作なのだ\(^o^)/。次々と成る。採っても採っても成る。毎日1本食べるようにしているのだが、間に合わない。
1階のゴーヤに気を取られていたら2階ベランダにも成っていた。収穫を忘れると大変なのだ。

そして、ついに。

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手の届かないところ(1階と2階の間)にも実っていた。これを収穫するには三脚を立てねばならぬ。いつ採ろうか。

そして、採り忘れも出てくる。繁った葉っぱの裏とか、ベランダの陰とか……すると、黄色くなる。

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今日だけで3本の黄変ゴーヤである。これをいかにすべきや。無駄にはしたくないので、なんとか食べたいのだが……。黄色くなっても軟らかくなり苦みが減るだけで、むしろ甘みが強いのだが……。ただ私は苦みあってのゴーヤと思っているので、できれば苦みを消したくない。

そこでせっせと佃煮やらお浸し、炒めものに煮物、カレー、天ぷら、から揚げ、酢の物……と思いつく限りのゴーヤ料理に挑戦中。日持ちをするメニューも選ばねばならぬ。ただ冷蔵庫の中がゴーヤ料理ばかりになるのだが。

それにゴーヤが繁って壁を覆うようになったので、多少は太陽光を吸収して室内温度を下げる(というより上がるのを抑えるぐらいか)効果もありそうだ。

庭の水やりもしっかりせねば。これだけ繁って実らせるためには水が必要だ。最近は朝と夕の2回の水やりが必要になってきた。

ただ、先日早朝に家を出なくてはならなかったので、水やりはしなかった。帰宅後(午後4時ごろ)に水やりをしようと思ったら……。

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植木鉢のカエデが枯れていた。丸々数日間水をやらなかったわけではないのだよ。朝やらずに夕方なのだよ。それなのに枯れるとは……。

地植えのゴーヤなどは大丈夫だったが、植木鉢は相当気をつけないと、今の高温の中、植物も耐久レース化している。

さあ、水やりするか。。。(疲れた)

 

2025/08/04

バイオマス白書2025を読んで考える

バイオマス白書(主にバイオマス発電)が発行された。そのサイト版は、こちら。

バイオマス白書2025 サイト版(本編)

毎年出されているが、年々暗くなるような気がする。当初は、まだバイオマス発電への希望も触れていた気がするんだけどなあ。

私も、数多くのバイオマス発電の記事を書いてきたが、暖簾に腕推しではないが、むなしくなる。なんと我が地元生駒市にも完成したのだ。
以前より計画があるのは知っていたが、コロナ禍もあって工事が進んでいる様子は見えなかった。何よりマスコミも市の広報もまったく取り上げなかった。私が情報提供したこともあったのだが、新聞社も動かないのだ。

メガソーラーなどは景観の問題もあって、反対の声が高まっているのだが、バイオマス発電に関してはあまり市民も関心を持たない。

一つは発電所自体は小さく、それほど目立たないこともある。一つ工場が建ったね、ぐらいの感想なのだ。ソーラーや風力のように目に大きく映る代物ではない。その背景に広大な森林が伐られるのだけど。

同時に、環境に悪いイメージが伝わらない。あれが動くためには、年間10万立方メートルの木材を燃やすんだよ、と言ってもわからない。

どれだけはげ山が増えるのか、あるいは海外からの輸入なら海の向こうで何が起きているのか伝わらない。林業とつながることでもあるが、林業そのものに関心を持たれない(-_-;)。

とまあ、私自身の忸怩たる思いもあるが、この白書では、カナダ、ベトナム、そして今度はインドネシアへと広がる木質ペレット問題を取り上げている。

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また、国際、故国内の動きも取り上げているので、有り難い。バイオプラスチック利用予想なんてのも出ている。

矢野経済研究所は、2030年のバイオプラスチック国内販売量(国内製造、輸入)は約8万tと予測している(図7)【*41】。大手石油精製メーカー各社が廃食油を原料とするSAF製造プラントを稼働する予定だが、副産物のバイオマスナフサがバイオマスプラスチック市場の成長要因となると指摘している。また同研究所では、木粉、デンプン、セルロース繊維、貝殻、卵殻など、バイオマス由来の原料(バイオマスフィラー)を、カーボンニュートラルやバイオエコノミーへの注目から、日用品や玩具、雑貨類などを中心に、従来使用していたプラスチックに高配合し、化石資源由来プラスチックの使用量を削減するという取り組みが進展しているとしている

どうだかなあ。可能性と実現性の乖離が甚だしい。

ともあれ、じっくり読んで脳内の情報をアップデートしたい。


2025/08/03

理解していなかった歌の真意

谷山浩子の歌に「ほおずきランプともして」という曲がある。なんとなく郷愁、ノスタルジーをそそる調べなので好きな曲の一つだが……先日谷山浩子のXで「かたつむりの歌です」という書き込みがあって仰天した。

え、かたつむり? ほおずきランプって、赤い果実を灯籠に見立てて、お盆などの死者を弔う行事に使われるが……だから、私も郷愁を感じていたのではないのか。この季節、花屋などの店先に、よく並んでいるではないか。それがかたつむり……?

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焦って「ほおずきランプともして」の歌詞を追いかける。すると……
ほおずきランプ 灯して待つ
あのひと待つ  静かな窓辺
から始まるのだが、その後に

あじさいの葉うらで
あたしのツノにくちづけしたよ
という文言があるではないか! カタツムリだったんだ!アタシはツノのあるカタツムリなのだ。
その後には「緑の娘」も登場するが、これはなんだ、えっヒゲが生えている? そのヒゲを食べた? いきなり不穏な光景が目に浮かぶ。まさに谷山ワールド!

思えばどんな歌を聞いても、その裏に秘めた内容を完全に理解しているかと言えば怪しい。メロディだけを聞き取って自分なりの解釈をしているだけではないか。歌詞だって目を通していても、十分に脳内咀嚼しているわけではない。人の理解力は、そんなに高くないのだ。

と、歌の真意に驚いたところで思い出したのが、小学生の頃に歌った(歌わされた?)「お山の杉の子」の歌である。私は、アンデルセンの「みにくいアヒルの子」とか童話「うさぎと亀」のような、最初は小さくても成長すると立派になるよ、ゆっくり進んでもちゃんと追い抜けるよ的な寓話のイメージを持っていた。なにしろ歌詞は、次のように1番が始まる。

むかしむかし そのむかし
椎の木林のすぐそばに
小さなお山が あたっとさ あったとさ
丸々坊主の禿山は
いつでもみんなの笑いもの
これこれ杉の子 起きなさい
お日さまニコニコ声かけた 声かけた

さらに
昔々の禿山は 禿山は
今では立派な杉山だ
とか
強く大きく逞しく
椎の木見おろす大杉だ 大杉だ

といった歌詞が続くのだから。はげ山に植林して、立派な大きな杉を育てようぜ、という歌。

2_20250803163501天然杉苗

そして5番にいたると

大きな杉は 何になる
お船の帆柱、梯子段
とんとん大工さんたてる家 たてる家
本箱 お机 下駄 足駄
おいしいお弁当 食べる箸
鉛筆 筆入れ そのほかに
楽しや まだまだ 役に立つ 役に立つ

となる。杉の利用法まで言及するとは。

杉は役に立つよ、椎の木などの雑木よりも、杉はいろいろ有用なのだ、という歌でもあった。

林業讃歌だったのか。

戦後の植樹祭が始まるときに歌われたらしい。今の世の中で、この歌をもう一度流行らせられないか。再造林の歌として(^_^) 。
皆伐進めてはげ山つくり、でも杉の子植えましょ、杉を育ててもう一度森をつくりましょ、と歌うのだ。再造林の裏側に、少子高齢化対策の意味を秘めた歌にするのも手か。

だが、そこで新たな事実を知る。実はこの歌も変遷があって、戦後歌われたのは改変されたものであった。なぜなら元歌はGHQに禁止されたからだという。それで調べると、歌詞がかなり変えられていた。

5番の元の歌詞は
大きな杉は 何になる
兵隊さんを運ぶ船
傷痍の勇士の寝るお家 寝るお家

である。そして6番は次のよう。

さあさ 負けるな 杉の木に
勇士の遺児なら なお強い
体を鍛え 頑張って 頑張って
今に立派な兵隊さん
忠義孝行ひとすじに
お日さま出る国 神の国
この日本を守りましょう 守りましょう

これは、かなり強烈な戦意高揚の歌だろう。杉の木に負けるな、とはどういうことか。傷痍の勇士である。勇士の遺児である。戦争行って大怪我おったり死んだ兵士の息子を動員する歌であった。子供向きながら、杉の植林を題材にしっかり忠君愛国を謳っている。

しかし、歌っていた当時の子供らは真意に気づいていたのか。
人間の理解力は、想像以上に低い、というのが私の持論だ。歌詞の何割を身につけたか。歌の真意は伝わっていないかもしれない。たとえば私の書く記事や本の内容を、読者がどれほど理解しているかと考えると、せいぜい3割ではないかと思っている。常にわかりやすく、理解しやすい構成と言葉づかいにしているつもりだが、それでも3割行かない可能性が高い。流し読みして記憶に残るのは、1割以下ではないか。

さらにネットなどでは冒頭しか読まない、いやタイトルだけで中身を判断する人が少なくない。読まずにコメントをつけることまで横行している。勝手に中身を想像して、それが文意だと信じ込む。脳にはそんな機能もあるのだ。もはや何を書こうが、どんなに苦心してわかりやすくしようが無駄。

付け加えると、読者の程度が低いと言いたいのではなくて、人間とはその程度だ、という意味だ。仮にじっくり読んで全部理解していたとしても、読後数週間でかなりの部分を忘れて残るのは3割がいいところ、いや1割でもよい方かも、と思っている。私自身も含めて。(このように書いておかないと、また誤読する人か出る。でも、読むかなあ。)

だから、頭に残る3割の中に、私の言いたい根幹の部分を入れることに注力する。細かな点は忘れても、理解できなくてもよい。ただ伝えたい根幹を忘れさせない。そんな覚悟で執筆している。誤解している点があっても瑣末な指摘をするのは、根幹の理解に棹さすからスルーする。

そう、人は他人の意見を全部理解できない。これを肝に銘じておく。

……それでも、カタツムリが「ほおずきランプ」で待っている「あのひと」とは何だ。カマキリかも泣)。。。

 

2025/08/02

「林業経済」誌に『盗伐』書評

林業経済誌78巻4号に『盗伐 林業現場からの警鐘』の書評が掲載された。

これは誰でも読めるよう公開されている。ダウンロードはこちらから『盗伐 林業現場からの警鐘』(鮫島弘光評)

ここにも張り付けさせていただく。

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出版して1年以上経つので、私は何を書いたっけなあ、と拙著を本棚から取り出して確認する有様である(笑)。

そうそう、こんなこと書いたんだ……と思いつつ、読み直しかけて、頭がカッカッとしてきた。また怒りが蘇る。

なお出版後に宮崎県だけでなく、各地に新たな盗伐事案が報告されている。九州は大分、熊本まで広がり相変わらず多いが、北海道でも大規模事案がある。ただ警察が捜査するか裁判の事案にでもならないと、表沙汰になりにくいのが実情だ。きっと盗伐被害を洗いざらい掬いあげたら、とてつもない件数と面積、そして木材量になるに違いない。

今更なので盗伐内容は繰り返さないが、出版後に強く感じたことは、結局、林業者および林業周辺の関係者の「甘さ」である。厳しいこと、不都合な事実は目をつむって見ない、読まない、考えない……傾向があること。宮崎県では、書店が本書を仕入れない、並べない。また読者の中には「読みかけたけど気持ち悪くなって止めました」なんて声もあった。これが一般市民ならともかく、林業関係者なのだ。

幸い、最近になって宮崎県では盗伐業者の摘発が続いているという。理由はわからないが、宮崎県検事正が交代したことも関係しているかもしれない。それが新たな潮流になればいいのだが……。

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といいつつ私自身も、この本を書いて以降、急速に林業への興味を失っている。正確に言えば、林業なんかにこれ以上関わったら人生台無しになる、ぐらいの意識になってきた。

本書評の冒頭では、過分なほめ言葉が並んでいるのだが、私の主張が林業界に影響力あるのかどうかはともかく、私のできることはやりましたよ、もういいでしょう、という気分なのである。余生は、もっと自らの感性に触れる、わくわくする分野にシフトしたい。

2025/08/01

奈良国立博物館の仏像

奈良国立博物館に行ってきた。

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この「世界探検の旅」を見てきたのだが……それは置いといて(^^;)。

いやあ、メソポタミアから古代中国、南北アメリカ大陸の文明、ニューギニア……とまあ、それぞれの逸品ぞろいなのだが、「どこが探検?」なんだもの。単に古代遺物や民俗的希少品の陳列。その秘宝を発見・収奪?するまでの探検ぽさが全然描かれていない。それならフツーの展覧会。

むしろ、ついでに見た仏像館に逸品があった。

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吉野山の金峰山寺山門の金剛力士像。ちょうど山門は長期修理中なのだが、その間、,こちらに来ているとは知らなかった。これはすごい。山門にある時は、そんな間近で見ることができない像を目の前にできるのだ。

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この足元をアップにすると、筋肉に加えて血管まで浮き出ている。そして踏みつける木材の描写も只事ではない。これ、一枚板のようだ。
高さ5mぐらいあるのだが、どれほどの巨木を使っているのか。しかも2体。

そこで参考になるのが、仏像の作り方。

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寄木造りの仏像の内部を示してくれている。これを見ると、仏像館の国宝的仏像も、ああ、内側はこうなっているんだな、と別の感慨に耽ることが出来る(^^;)。

「探検の旅」展も、このように展示物の裏側の事情を示してほしいなあ。すると、見る目が変わる。

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