「木の上の軍隊」とベララベラ島
映画「木の上の軍隊」を見た。
実はこの映画、6月に沖縄に行った際に現地で先行封切りしていたのだ。そのため地元のニュースでも流れて盛んに紹介されていたので、私も見ようかなと思っていた。ただ上映映画館が少し離れていたし、当日は帰宅する日で上映時間との兼ね合いが難しく諦めた。とはいえ、内地上映時には見に行こうと思っていて、ようやくかなったわけだ。
明るい沖縄の太陽の下で、森の中の木の上が舞台なのだが、画面は実はすすけている。とくに終盤に向けて緑や土、血の色など自然の色をギリギリまで落としてモノクロに近い映像にしたのは、映画の主張そのものだろう。
ちなみに「木の上」とは一種のアジール(隠れ場所・聖域)のの象徴であり、樹上にこだわった映画ではない。ただ戦争が終わってからも2年以上隠れ続けていた点に当時の軍隊教育による精神性を感じる。(映画では、終戦を知らなかったからとするが、実際はどうだろう。)
同じケースなら、グアム島の横井正一氏、ルバング島の小野田寛郎氏を思い出す。どちらも薄々終戦は知りつつも、投降せずに隠れ続けていた。彼等は戦後数十年も投降しなかったことから騒がれたが、2年、3年程度出てこなかったケースは各地にある。
ソロモン諸島のベララベラ島をご存じだろうか。
ここにも残留日本兵の噂はあり続けた。終戦になって数年経ってから出てきた兵士はたくさんいるのだが、まだ投降していない兵士がいる、と戦後30年程度まで言われ続けた。調査隊も幾度か送られた。年齢的に50~60歳までだったら生きていたかもしれない。
そこに私が訪ねたのは、今から40年も前になるか。ベララベラ島で旧日本兵探し!と言えば聞こえはいいが、実のところ「日本兵いる?」という報道の検証のような気分であった。本当にいるのかいないのか、ジャングルに入ってみよう。
若気の至りだ(^_^) 。
だが、ソロモンのジャングルは恐ろしい。グアムやフィリピンのルバングの比ではない。ミクロネシアんなどの島とはまったく違う。連日の豪雨で湿った木々、巨岩がゴロゴロする奥深い森は、迷うと元の土地には出てこれない。テントの中が川となり、身体にまで黴が生える。
ジャングルの中に張ったテント。このあと、テントの上にニッパヤシで屋根をつくり覆ったので、まったく外からわからなくなった。日本兵を探すどころか、日本兵に襲われるのではないかと恐れた。だから、これもアジールだ。

焚き火で炊事しようとするも、何から何まで湿っていて火がつかない……。
ロピ川上流の巨岩地帯。ここに日本兵は隠れている……と聞いたのだが。迷って死にかけた。
救いは、彼女らの笑顔だったかなあ。ランブランブ村の少女たち。
こんな体験をすると、ジャングルで何年も隠れ住むなんてのが非現実的だとよく感じる。森は怖いのだ。癒しなんか、ない。
詳しくは拙著『森は怪しいワンダーランド』、もしくは『不思議の国のメラネシア』参照のこと。
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