林業遺産のクスノキ林
林野庁の機関誌「林野」8月号を見ていたら、林業遺産に東京大学演習林「樹芸研究所」が選定されていた。
ここは南伊豆にあって「岩樟園」と名付けられたクスノキ林があるのだという。
詳しくはリンク先を見てほしいが、簡単な紹介は……
林業遺産のホームページなら、こちら。
100~120年生のクスノキ林が48ヘクタールもあるという。クスノキは、もともと群生しないはずなので、珍しいかも。行ってみたいねえ。
クスノキは、かつて日本の歴史を動かしたとも言われる。クスからは樟脳が採れるが、これが幕末の頃、西欧列強はこれを欲しがって高値で売れた。九州四国の雄藩は、その財政で倒幕をしたという……というのはちと大げさに感じるが、樟脳は火薬の原料になっかたらね。ほかフィルムやセルロイド、強心剤などの医薬品……と重要物資だった。
私が興味があるのは、土倉龍次郎が台湾で樟脳生産を手がけていたから。明治後半に入ると、そろそろ日本のクスノキは枯渇していたのだが、そこに領有した台湾はクスノキの宝庫だったのだ。(その点ではクスノキも群生したのか、と思ってしまう。)
1900年代初頭は、台湾の樟脳が世界を席巻していた。そんなクスノキだらけの山の風景を見てみたい。
龍次郎が台湾で1万町部の山林を租借して、伐採と植林を行っていたが、その資金は樟脳で得ていたとされる。(たいして高く売れる木がなかったので、木炭にしていた。木材では稼げなかったのだ。)
台湾博物館南館の樟脳に冠する展示。
台湾でクスノキを見つけたら、そこに小屋を築いて、伐採したクスを砕いて写真のような釜に入れて樟脳成分を抽出する。それが粗脳。そこから、様々な製品をつくった。
その頃、日本でもクスノキの植林を始めていたのだなあ。しかし樟脳を抽出するには、少なくても数十年かけてクスが大木にならないといけないのだから、気の長い話だ。その前に、合成樟脳が発明されてしまったため、クスノキは必要なくなってしまった。
この林業遺産のクスノキ林、今なら樟脳が採れますぜ。伐りませんか……( ̄∇ ̄) 。
« 蚊の季節 | トップページ | 暑い日には、熱帯仕様 »
「土倉家の人々」カテゴリの記事
- 土倉庄三郎は吉野山の桜を守ったか(2025.12.21)
- ばけばけとカーネーション(2025.12.10)
- 土倉家の家紋の植物を読む(2025.09.20)
- 龍次郎の写真に見る目黒界隈の今昔(2025.09.05)
- 林業遺産のクスノキ林(2025.08.30)
« 蚊の季節 | トップページ | 暑い日には、熱帯仕様 »
































コメント