仏壇にカーネーション
お盆である。お盆と終戦記念日が重なっているのは偶然なのか必然なのか……。
ということを考えつつ、仏壇に花を供する。
カーネーションにした(^_^) 。菊花は好きでないのでね。墓には、従来通りの菊花とほおずきなどの仏花にしたが、毎日目にする自宅の仏壇は、ちょっと華やかな西洋花の方がよい。このカーネーション束は色とりどりである。
✳️お茶犬もお供え。
実は、土倉龍次郎の葬儀はカーネーション葬だったそうだ。この夏、龍次郎研究が飛躍的に進んで、新事実が次々と明らかになり、静かに興奮している。とくにカーネーション栽培にかかわった空白の時代が、少しずつわかってきた。
龍次郎は、日本で最初にカーネーションを商業的に栽培して花卉ビジネスを成功させた。そのため非常な苦労をするのだが、問題は害虫や土壌の病気である。アカダニやアザミウマなどの害虫が発生するのだが、当時は有効な農薬もなく、水で洗い流すしかなかったそうだ。
そして土にはネトマーゼ(センチュウ類)などの微生物や菌類が発生する。今なら土壌消毒を行うのだが、なんと彼は土を全部入れ換えていたのだそうだ。ときに「ネトマーゼには馬糞が効く」と聞いて、馬糞を大量投入するも、逆に全滅させたり……(馬糞説は、農業試験場の意見だそうだ。当時の研究者はそんなことを言ったのか)。
また育種では、ドクラス・スカーレットなど25種の新種を生み出したという。生涯では50種以上の種類を開発した。
だが、そうした新品種は、現在一つも残っていない。これはカーネーションだけのことではなく、たいていの花は、新品種が出てくるたびに古い品種は忘れられていくのだそうだ。その遺伝子を残す試みは、現在でもほとんど行われていない。(育成母種になった場合のみ、残される。)
上記の写真のさまざまなカーネーション花も、いつまでも残っていないのかも。
龍次郎は、温厚でひょうひょうとした人柄だったというが、その人生は波瀾万丈であった。そこで悩まなかったわけではなく、苦悩の日々もあったらしい。その足跡も残さず消えてもよいのだろうか。できれば片鱗でもよいから記録しておきたい。
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母の日に白いカーネーションをさがしたらなかった。
これも品種の変遷でしょうか。
投稿: 岡本哲 | 2025/08/17 03:39
以前は、母が亡くなっている場合に白いカーネーション、としていましたが、今は区別するのはおかしいと言われるようになりました。
そのため白い品種は出荷されなくなったのではないかと思います。
投稿: 田中淳夫 | 2025/08/17 09:28