山地山林地帯に都市を移そう
中公新書『高地文明』を読んだ。
文明の誕生について、なかなか斬新な切り口だ。いわる世界4大文明と言われるエジプト、メソポタミア、インダス、黄河文明は、いずれも大河のほとりで生まれた、だから大河が文明の誕生には欠かせない……とする通説に異議を唱えて、高地における文明の発達を論じている。
すぐに浮かぶのは、メキシコ高地に花開いたマヤとアステカ文明、南アメリカのアンデス高地に生まれたインカ文明である。さらにチベット高原、エチオピア高原も加えている。いずれも標高2000メートル以上、なかには4000メートルに達する地域もある。
それぞれ独自の文明を発達させたのは間違いない。文明とは、農耕であり牧畜が行われ、さらに宗教なども加えて国家を形成した世界を指す。
なぜ高地かと言えば、熱帯地域でも高地は気温が低く気候が穏やかで、暮らしに向いているから。年中春のような世界で、植物はほどよく茂り家畜も育てられた。
私なんぞは、それにニューギニア高地も加えてはどうかと思う。20世紀まで石器時代が続いていたとされるニューギニア高地を? と思われるかもしれないが、ここでは1万年前から灌漑施設をつくって農耕を行ってきたのだ。それは人類でもっとも古い農耕と栽培である。
残念ながら、農耕はイモ栽培であり家畜もいなかった。イモでは保存性が低くて食料の蓄積が進まず、クニに発達するような高度社会が生まれなかった。家畜も同じだ。乳製品もつくれなかったし、物資の輸送や人間の移動に使うことができなかった。それは穀物となる植物がなかったこと、家畜になる動物がいなかったためだ。だが独自の文化を生み出したのは間違いない。
とまあ、想像を膨らませたのだが、この地球沸騰化の時代、改めて高地に着目すべきではないか。
低地は暑すぎて、夏は農業も危うくなっている。加えて災害も多い。大雨や津波の心配が絶えない。だが、高地高原なら。日本は山だらけの国なのだから、この地形を利用すべきだ。とんがった山も、今の土木技術から住める。
我が家の標高は、スマホによると230~290メートルを指している。幅があるが、奈良盆地の底辺とは違う上流社会なのである(^_^) 。暑さも多少違う。奈良市では大雨です!とテレビでは言っているが,ここは降らない。津波警報だって怖くない\(^o^)/
戦前、生駒山上に都市を建設する計画があった。つくったのは、なんとブルート・タウト。ドイツの著名建築家だ。ナチスに追われて日本に来たのだが、そこで現近鉄に依頼されて高原都市を設計したのである。実際に標高642メートルの生駒山上に登ると、涼しいぞ。
これが実現していればなあ。実際は、近鉄は単なる別荘地建設に縮小してしまったのだけど。今も、多少は痕跡が残る。
ならば標高500メートル、1000メートル以上の高地ならもっと暑くなくて、過ごしやすいのではないか?これからは、高地に町を移動させるべきではなかろうか。首都移転構想は、すっかり忘れられているが、新都市建設なら高原地帯の内陸部だ。紀伊半島から岐阜、長野、福島、宮城……などの高地に移すことを考えてほしい。
そして、山林都市構想もあった。
こうなると、山林に新たな価値が生まれる。木材ではなく、樹林が立ち並ぶ山村に住んだ方が、酷暑に対抗できるはずだ。
……と、夢を見るのである。
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