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2025/09/04

いつはげ山になった?

暇つぶし的にスマホで漫画を読んでいた。女子高生が戦国時代にタイムスリップして、織田信長に仕えて農業の革新を行う……なんて、ありがちなシチュエーション。まあ、戦国時代に行って、武器をつくるのではなく農業だというのが新機軸なのだろうが。だが、こんな漫画でも勉強になる点がある。

そこで綿花栽培をする際に説明にあったのが、「日本人が敷布団や掛け布団で寝るようになったのは明治以降」という点である。

そうか、布団という言葉自体が新しかったのか。つい時代劇で、殿様が布団に寝ている姿が映されるが、あれは特殊ケースなのだろう。庶民や貧乏侍は自ら着ていた福やゴザをかぶる程度だったらしい。

そうした歴史を知ると、今ある日本の姿も変わって見える。

それと同じく気づいたのが滋賀県の田上山である。

ご存じかどうか、最近まではげ山だったのだ。なぜなら奈良時代の大仏など平城京を建設する際に、この山の木を全部伐ってしまったから……。表土は風化花崗岩なので、一度表土を剥がすと、どんどん崩れて緑化もままならず、石と砂の山のままだった。その景観から、標高は低いのに湖南アルプスと呼ばれる。

戦後、国が必死で緑化砂防を進めて、現在ではかなり緑がもどってきているが、それでも岩がゴロゴロしている。

だから森林破壊は怖いのである……という事例で、よく取り上げられる。

Photo_20250903122401以前、私が登ったときの様子。

2_20250903122401緑化工事

だが、これが嘘っぽいことがわかった。

先日参加した森林総研関西支所の講演会で、ベリリウム10を使った土壌の年齢測定という発表を聞いた。それに触発されて教えてもらったのが、田上山がはげ山になったのは、奈良時代ではないよ、ということだ。

はげ山の土壌が生成されたのは、せいぜい江戸時代の初め頃とのことである。

その頃、新規農地開拓がものすごく進められ、それこそ根こそぎ木を伐られたらしい。そのためにはげ山になった。平城京の建設で大木を伐ったのでははげ山にならない、ということが証明されたのであった。

 こーゆーのは、子細に見えて環境を語る際に重要なのだ。大仏殿用に巨木を伐るのと、農地開発で木を根こそぎ伐るのとは影響が違うのだ。

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森林学・モノローグ」カテゴリの記事

コメント

この手の話は概ね「禿山になったのは人間のエゴであり。その付けをみんなで償っていく」などと最もらしい美しい理屈をつくり、宮脇昭を代表するようにインチキな森づくり利権をむさぼる連中に利用されているだけです。

あと、ここは特殊な地質で、ほかのところは普通に緑は再生するもんじゃないでしょうか?

田上山の地質は風化花崗岩で、一度崩れだすととめどなく崩壊する性質です。それでも、植生が多少ともあれば回復しますが、全部剥がしてしまうと、もう駄目。
ただ風化した花崗岩なんて、どこにでもあるんですね。特殊なケースとは言えません。

環境史的には、以前から古代の森林伐採が、田上山をはげ山にしたとは考えられていません。1000年以上もギャップのある話ですから、直接原因にするのは無理があります。。この件については千葉徳爾が、江戸後期に、松根(アカシ)の採取の為のマツ株の掘り起こした影響を指摘してます。アカシは安価な夜間照明として高価な菜種油の代りに農民に多用されたとのこと。農民が多用した理由は、貨幣経済化の影響を受けた農村の夜なべ仕事・・・籠とかしゃもじ作りとか、手仕事が一村一品のような形で広がったためと説明されてます。もちろん、基本的には深層風化という地質の問題があると思います。

環境史には「伝説」がつきものですね(^^;)。
せっせと村おこしした結果のはげ山だと面白くない。大仏さんが原因だ、と言った方がわかりやすい。

イースター島ではモアイづくりが植生を破壊したという言説も、今や否定されていますし。わかりやすいドラマを求めるのでしょう。

ちなみに冒頭の女子高生が戦国時代に……という漫画も読み進めると、なんと近代的な武器づくりを始めて合戦を指揮するまでになっていく。どんどん阿呆らしくなるのでした。

>環境史には「伝説」が多い
その意味では、森林総研の見解「新規農地開拓がものすごく進められ、それこそ根こそぎ木を伐られたらしい。そのためにはげ山になった。」も、腑に落ちません。17世紀は新田開発に伴い里山の草山が拡大します。しかし田上山のような急な山の上まで、農地開拓の為に木を伐採するこに合理性を感じません。焼畑だって、やせた花崗岩地帯ではあまりしないでしょう。刈敷利用の為に江戸初期に草山化し、貧栄養なので松林あるいは小松原が拡大したというあたりが良さそうな気がします。

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