龍次郎の写真に見る目黒界隈の今昔
貴重な写真を紹介しよう。
これは大正年間に発行された「日本園藝雑誌」の口絵。つまりグラビアである。写っているのは、目黒駅前にあった「菜花園」。その経営者は、土倉龍次郎だ。台湾から帰って来た龍次郎は、目黒駅前の上大崎に約2000坪の土地を取得した。今なら何十億円にもなりそうな一等地だが、当時は山手線ができてまもなく、目黒駅も田舎駅扱いだった。上大崎も丘になっていて川も流れる田園地帯。そこに温室を築いたわけだ。
この温室には、カーネーションのほかトマトとキュウリを育てたという。その記念撮影らしい。一部をアップすると、こんな具合。
顔までわからないのだが、おそらく右端の子供を抱いているのが龍次郎だろう。ほかのメンバーはわからない。7人いるが、全員が雇っている園丁ではなく、書生なども混ざっているのではないか。
私が注目したのは、背景の街並み。家もあるが、全体に木立が目立ち、煙が上がっている。暖房なのかもしれない。どちら方面からの撮影かわからないが、後ろの方が高く丘陵地だという点から、白金台辺りではないか。これが大正の始め、おそらく1915年ぐらい。
せっかくだから、当時の地図を見る。
1917年発行の地図だから、ほぼ写真と同年代。
せっかくだから現在の目黒駅前の写真も。変貌ぶりを眺めるのも悪くない。
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