ばけばけとカーネーション
NHK朝ドラ「ばけばけ」で、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルとしたレフカダ・ヘブンの半生が語られた。日本にお雇い外国人としてきたヘブンだが、実はギリシャ出身で欧米を転々とした貧乏な男だった……という。
このドラマでは、主人公のトキの家庭が没落士族で超貧乏であることは幾度も説明されてきた。そしてヘブンの女中となったわけだが、その給金は20円だという。ちなみにヘブンの給金は100円。
これが現在のいくらに当たるかは、ネットでも話題になっている。当時の旅館の女中が90銭なのだから、20円はざっと22倍! 今なら安月給でも15万円ぐらいはあるので、それでは300万円以上になってしまう。ヘブンにいたっては1500万円以上の給金なのだ(月給だぞ)。もちろん、比較する給金によって違うが、感覚的には80万円ぐらいかと。
ちなみにモデルの小泉セツが受け取っていた実際の額は15円だったというが……。現代の価値との換金は難しいが、当時の高級官僚並みではあったそう。ハーンの給料はいくらかわからないが、やはり外国人を招聘したのだから、1000万円以上のレベルになるだろう。
アメリカでは貧乏だったヘブンが、日本では金持ちになったのは、貨幣価値の違い、ようするに為替の問題が大きい。日本で受け取る100円をアメリカに持ち帰ってもたいした金額ではなかったろう。
そこで思い出したのが、大正末期にアメリカから日本に帰国した犬塚卓一のこと。
彼は、アメリカでカーネーション農園に働いていて、その栽培技術を持って帰った。そして土倉龍次郎と組んでカーネーションを日本に根付かせる役割を果たしている。だから龍次郎をカーネーションの父、犬塚をカーネーションの母と呼ぶのだ。
犬塚は小学校卒業後、1907年にアメリカに旅立つ。叔父がオレゴン州ポートランドで花の栽培をしていたからだ。そこで20年間働いて、温室のカーネーション栽培のほかさまざまな草花の栽培の技術を学んだ。500坪の温室があったという。
大正の末に帰国したのは、世界恐慌が発生し、経済が大混乱に陥ったから。ただアメリカ以上に経済が落ち込んだ日本は、為替相場が暴落したため、非常にドルが強くなっていた。当時、1ドルが4~5円になったというから、現在の価値なら1ドル5000円くらいだろうか。157円まで落ちた現在の円安とは比べ物にならない(笑)。
だから、アメリカで貯めたお金を日本に持ち帰ると、なかなかの大金持ちになったのだ。その金でアメリカから温室やボイラーまで一式の機材を持ち帰った。だから日本でアメリカ式の巨大温室栽培を始められたのだ。そして開いたのが「日本フローリスト東京」である。
当時は、土倉龍次郎もカーネーション事業を軌道に乗せていたが、犬塚ほどの金があったかどうか。
龍次郎は兄の鶴松の借金の肩代わりをさせられた。私の見立てでは、約10万円ぐらいになる(いくらか借用証書が残されている)。大正時代だから、現代の数億円にはなったかと思う。それを農園にしていた土地や家屋を売って返済したのであるが、果たしていくら手元に残ったか。そうした状況下でのカーネーション栽培だった。
……とまあ、そんなことを「ばけばけ」給金から考えたのであった(⌒ー⌒)。
« 『盗伐』が平積みに | トップページ | 森林環境税の免除規定改定か »
「土倉家の人々」カテゴリの記事
- 土倉庄三郎は吉野山の桜を守ったか(2025.12.21)
- ばけばけとカーネーション(2025.12.10)
- 土倉家の家紋の植物を読む(2025.09.20)
- 龍次郎の写真に見る目黒界隈の今昔(2025.09.05)
- 林業遺産のクスノキ林(2025.08.30)































コメント