吉野杉⇒東濃檜⇒?
某者から聞いた話だが、「もう東濃檜は全然売れなくなったよ」。
うっ、と唸る。東濃檜とは、東美濃、裏木曽などと呼ばれる岐阜県の林業地で生まれたヒノキ柱の銘柄材である。一時は吉野杉・吉野檜より値が高くついた。実は格別歴史的に有名ではない林業地なのだが、それが昭和のある時期に、急速に姿を現し木材市場を席巻したのである。
それについては、『東濃檜物語 銘柄材はいかにつくられたか 村尾行一編著』に詳しい。
ようするに、産地とか木材そのものの美しさで生み出された銘柄ではないのだ。しっかり製材をした結果としての銘柄なのである。だから林地、林業家ではなく、製材所が主役だ。
それまで優秀な銘柄材とは、吉野杉や天竜杉、木曽檜……といった産地銘柄であった。どこそこの林業地は、歴史もあって技術がしっかり根付いており、よい種苗、よい育林技術によって非常に素地のよい木材をつくっている……ことを銘柄材とした。よく言われるきめの細かい木目に色とか無節、同心円の年輪、干満差の小ささ……という木だ。
産地銘柄、木質銘柄だろう。
だが東美濃檜は、製材銘柄をつくった。しっかり乾燥させて、正確な寸法にこだわり、表面をモルダーで磨き上げてきれいにする。また出荷の迅速さなども重要だった。言葉は悪いが、材質がそこそこであっても製材をしっかりすると銘柄になる。
私は、この変遷にわりとショックを受けたのである。同時に産地にこだわると、ロットを増やせず安定供給できない。材質も数十年かけて成立するものだから、供給に難がある。しかし、製材ならばすぐできる。乾燥期間を含めても数週間で並材が銘柄材になる。
これは木材革命だ、とさえ思った。
ところが、その嚆矢となった東濃檜が落ち目……。
まあ、理由はわかる。だって現在の建築は、木材の質どころか見映えも求めていないから。だって大壁工法だもの。柱の上にクロスを張ってしまうから木材は見えない。いや、そもそも柱を使わない壁工法の建築も増えてきた。
吉野杉から東濃檜と移る銘柄の変遷は、山(川上)から製材所(川中)だった。次は、どこへ行くか。川下だろう。つまりエンドユーザーに合致させた商品。より消費者へと舞台は移っているのである。
昨日に書いた「デザインや機能重視」である。建築にしろ家具、内装にしろ、いかなるデザインで、どんな機能を発揮できるか。もっとも機能は木材であるかぎり、ほぼ皆同じ。むしろプレゼンで決まる。売れ行きも価格も決まる。いわばデザイン銘柄。
残念ながら、そこまで進歩した林業地を私はまだ把握していない。個人レベルで、優秀な建築設計士と組んで斬新なデザインの家づくりを始めた林業家や、家具の製造に進出した林業家や製材所は知っているが、点が線、面になっていない。流通は、常に末端を意識して動く。
思えば世界中のマーケットは、より消費者へと移っている。エンドユーザーが求めるものが売れる。
林業界のデザイン銘柄材づくり。できるかな。と、私が言い出して、早20年(笑)。
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お弟子さんの荻大陸さんの本で東濃ヒノキのことを知りましたが、分切れ・規格外上等の時代に規格を守ったから銘柄になったので、エンジニアリングウッドが台頭してきた今の時代では売れないでしょうね...
投稿: 0 | 2026/02/05 09:14
集成材が台頭してきた時期に、製材所は次の飛躍の戦略を持つべきでした。進歩を怠ると、直ぐに転落してしまうのは、どこのビジネスも一緒ですね。
投稿: 田中淳夫 | 2026/02/05 19:53