樹木に人権を!ノンヒューマンツリー
カナダの小さな田舎町の議会が「樹木にも生きる権利を」という決議をしたそうだ。
なんのこっちゃ、と思うかもしれないが、環境思想の流れとして、私は重要な一歩だと思っている。
モントリオール西方に位置する人口約2000人の自治体、テラス=ヴォードライユ町議会は、2026年6月9日、木を「権利を持つ生物」として認める決議を全会一致で採択した。
これにより、町は木を単なる景観や資源ではなく、保護されるべき生物として位置づけ、生きる権利や自然に成長する権利などを認めたという。
この決議によると、樹木には「再生する権利」「自然に成長する権利」「健全性を保つ権利」、そして「生きる権利」を有するとされている。町は「木の権利に関する世界宣言」にも賛同し、木々をより手厚く保護するため、今後は既存の条例や規則の見直しを進めるとしている。
町は既存の規則や条例を見直し、木が適切に保護されるようにするとともに、やむを得ず伐採しなければならない場合には、確実に代わりの木の植樹が行われるようにしていくという。
そもそも「木の権利に関する世界宣言」とは何か。AIに聞く。
「木の権利に関する世界宣言(Universal Declaration of the Rights of the Tree)」は、木を単なる資源ではなく「生命体」や「法的主体」として保護することを目指す国際的な市民運動・宣言です。2019年にフランスで草案が作成され、環境保護団体や法学者らを中心に推進されています。
現在までに世界中で8万7000人以上の署名が集まっており、法制化に向けた動きも起きています。
私は、街路樹の問題にコメントを求められることが度々あるが、その際に言っているのは、街路樹は樹木という生き物であり、それが健全に育つ環境を与えなくては街路樹をつくる価値がない、ということだ。これは公園木なども含むが、人は緑がほしいと市街地に無理に木を植えるものの、真っ当な植物が生育する環境を与えていない。あげくに枯れて倒れるなどの騒動が起きる。一方で、街路樹や市街地の緑地を伐採しようとすると反対運動が起きる。身勝手すぎないか、と思っている。
まあ、いくら主張しても反応は弱いのだが…。
その前には「ノンヒューマンパーソンズ」という概念を紹介した。動物に法的に人格に近い権利を認めるものだ。すでにインド政府など幾つもの国家や自治体が認めている。まず『獣害列島』などに記し、Yahoo!ニュース(ノンヒューマン・パーソンズ~動物に“人格”が認められる時代がやってきた)でも取り上げた。やはり反応は鈍い。(ついでにAIにも聞いた。すると上記拙文を引用していた…。)
これの植物版と思えばよい。ノンヒューマンツリーだ。
なお、法的人格と言っても、その対象には家畜や実験動物が入り人間が利用すること、そして野生動物だって狩猟対象にすることは認めている。何も極端な動物愛護、植物愛護とは違う。人が肉を欲して食べることもあるし、木材や緑を求めて栽培するにしても、それなりの植物が生きる環境を整えるべきという思想だ。
日本人を「自然と共生してきた国民」と臆面もなく発言する人は、その精神を現代社会に示しているだろうか。

















































































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