巨木だけでない多様な森
東京大学大学院の研究。
森の木々の熾烈な競争と共存の謎を解く
―なぜ巨木が独占せず、多様な木々と共存できるのか?―
わりと昔からある命題なのだが、植生が遷移していけば、最後に残る木は何か、というのがある。進化論でも、なぜ弱肉強食なら強い者だけが生き残らないのか、と考えがちだ。
動物の場合は食物連鎖の発想で、ライオンばかりになったら餌がなくなってしまうじゃないか、と説明すれば、とりあえず納得されるのだが、植物で成り立つ森林の場合は困る。
巨木が光も水も栄養も全部独占しないのはなぜなのか。
背の高い木が常に勝ち続けるのであれば、成熟した森には一部の巨木しか残らないはずですが、実際の森では大小様々な木が共存しています
だが、わかったのは、高い木は樹冠を広げて光を邪魔されずに多く獲得するが、肝心の利用効率は低い、強い日光が当たると十分に光合成できないという、わりと単純な構造であることだった。
森の年齢(遷移段階)にかかわらず、背の高い木は背の低い木に比べて、「光獲得効率」が高い一方で、「光利用効率」は常に低いという明確なトレードオフが確認されました。背の高い木は、強すぎる光による光合成の飽和や、水分を吸い上げる水力学的ストレス、さらには大きくなると体を支える幹や根への投資割合が増加するため、獲得した光を成長に変換する効率が悪くなるのです。
そういや、夏の真昼は光合成をしないというなあ。木漏れ日の方が、光合成に向いた光の質なのだろう。土壌養分だって樹種によって必要とする差があるし、共生する菌根菌も違ってくる。菌によって吸収する成分や能力に差が出るらしいから、そこでも棲み分けができる。
もっと踏み込むと、異種同士の方か水や養分の交換をして両者共存・共栄できるのかもしれない。だから混交林の方が樹木の生長がよいとも聞く。
それが生物多様性を生み出す仕掛けなのか。
逆に見ると、スギやヒノキだけの単相林は、棲み分けができない偏った森ということになる。
森林林業を考える際に、この共生を可能とする理論は忘れないようにすべきだろう。
« 半夏生の生存戦略 | トップページ | 捻じれないネジバナ »
「森林学・モノローグ」カテゴリの記事
- 絵画の流通(2026.08.08)
- 今夏のセダムと私の体調(2026.08.06)
- 洞窟のコウモリの臭いで思い出す(2026.08.01)
- 択伐収穫試験林~その結果は?(2026.07.27)
- 3級ウイスキーの味(2026.07.26)






























コメント