お米の値段は感情で決まる
訪れたスーパーでお米の安売りをしていた。
もう5キロ3000円を切るのが当たり前になってきた。まだまだ下がるだろう。
私の予測は、昨秋の時点で米価は下がると思っていたのに外れた。次に今春から下がるだったのに、下がらない。とうとう夏前に下がると予測。これが的中(笑)。当たり前だ。
ちょっと数字を。
農水省の出す米の需要予測(7月から1年間)は、昨年9月時点で697万~711万トン(玄米ベース)。
今年3月に691万~704万トンに下方修正。
今月出た結果は、683万トン(速報値)。
25年産米の生産量は747万トン。先月末の民間在庫量は過去最大の243万トン。
これから収穫される26年産米生産量は、732万トンの見通し。
24年からの米不足と米価高騰に対応して、小泉農相が備蓄米を「米の流通量をジャブジャブにする」と発言して放出した。そして価格を下げる、と。ところが安くなったのは備蓄米だけで、民間で流通している銘柄米価格は下がらない。
なぜって、「高く買いつけたんだから安く売りたくない」と流通業者の感情が強かったからだろう。このままでは米の消費が減るとか、年を越せば米価が暴落するとか言われたが、他人はいざ知らず「自分の買いつけた米は高く売りたい・損したくない」からである。
結果的に年を越して、米が相当余っていると言われても業者は米価を下げずにきたが、今になって投げ売りし始めたわけだ。でも、そんなに売れ行きが伸びているわけじゃないらしい。今頃「米はジャブジャブ」になったのだが、安くても買わない。
消費者は、米を食べなくても困らない、どうせ米を食べるならもうすぐ出る新米を、と思っているのかもしれない。米は主食とされてきたが、食べない習慣がつけば、なくても平気。麺類、粉もの、パン……で十分。実は、米より高いパンだってあるのだが、そちらを選ぶ。
経済は感情で動いているのだ、と改めて感じる。需要と供給のバランス……なんて嘘だ、とこの数字から思う。動かすのは感情である。そして1億の国民の感情の動く方向を読み取るのは至難の業なのだ。
こりゃ、絶対に計画経済なんて不可能だわ。
格差拡大、環境問題などの解決法として「民主的な計画経済を」という主張があるが、絶対無理。と私は米の値段で感じたのである。
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