改めて「義烈く空挺隊と藤波健彰」は明日!
12日に告知したnewszeroの特集で「義烈特攻隊」を取り上げ、そこに撮影した藤波健彰氏に触れられる、という予定。千葉の大雨特別警報で流れてしまったが、明日の夜に放映されることが決まった。詳しくは、こちら。
newsZERO「義烈特攻隊と藤波健彰」
※正確には「義烈空挺隊」だった。
もし、もし、またもや特別警報が出るような災害や、トンデモな事件、ニュースが発生した際は、翌20日になる。
とまあ、これまでこれだけだと前回と同じことしか書けないので、余談を。
これまで私の終戦特集?みたいに日本軍の特務工作について紹介してきたが、もう一つニアミスしたことを触れておこう。
藤原機関というのをご存じF機関とも呼ぶが、藤原岩一中佐がつくったインド独立を支援する特務工作機関である。チャンドラ・ボースと結び、インド人が多くいるマレー半島(マライ、タイ)でインド国民軍の編成に動いた。中野学校の教官もしているから、日本のスパイの養成もしているし、戦後は自衛隊に属したから、別班立ち上げにも関わっているんじゃないか (゚o゚;) 。
その部下に、中宮悟郎という人物がいて、彼がタイで実質的な組織作りをしていたそうである。「藤原は単にいうだけ」だという(笑)。
で、彼は戦後、マレーシア連邦サバ州(ボルネオ)でビジネスをしていた。そして私がサバ州のサンダカンに行った際に会う予定だったのだ。これは当時の大学の教官の紹介。ところが、中宮の使いが私達の宿舎に現れたとき、私はいなかった。そして応対した者が、知らん、と言ってしまったらしい。私は帰ってから悔やんだが、住所も何も教えてもらっていないから連絡が取れずに会えなかったのである。
私と戦時中の特務工作員とはすれ違いで逃してしまったのであった。
せっかくだから調べてみると、Wikipediaに次のように記されている。
サバ州に森林伐採のトーア・キギョーを設立。ラハダト地区に2000ヘクタールの土地をサバ州政府から貸与を受け、森林伐採と同時に跡地にバナナ栽培事業を手掛ける。これはマレーシア初のバナナ栽培となった。マングローブに着目し、レーヨンパルプ材として利用する技術を開発。この頃中宮は常に「おれはジャパニーズマレーシアだよ」と語っていた[25]。1964年、中宮は亜細亜大学の学生8人を事前研修に呼び寄せ、現地に動物園設立を計画。目的はプランテーションを保護するとともに、その地域に生息する象、ワニ、オランウータンなどを保護することにあると中宮はロイター通信に語った。
1979年だったと思う。惜しかったなあ。ただ、ボルネオ遠征に絡んで、藤波氏と中宮氏に接点があったとは奇遇である。
写真は、サンダカンの日本人墓地。「サンダカン8番娼館」読んで、訪ねたなあ。
« 庭の池の獣害対策 | トップページ | マーベルウッドって、何? »
「取材・執筆・講演」カテゴリの記事
- Y!ニュース「…年間5万トン以上の死骸の後始末…」を書いた裏事情(2026.09.09)
- Wedge ONLINEに「クマが増えたのは日本だけじゃない!…」を書いた裏事情(2026.09.07)
- 種まき?それともおすそ分け?(2026.08.23)
- 改めて「義烈く空挺隊と藤波健彰」は明日!(2026.08.18)
- 陸軍中野学校で何を学んだのか(2026.08.14)






























コメント