南アルプス井川の森の思い出
特殊東海製紙グループの十全株式会社が管理している山が、南アルプスの井川地方にあると知った。その面積は2万4430ヘクタールにも及ぶ森だそうだ。
日本で何番目の大山主だろうか。
それを井川山林と呼ぶが、全域がユネスコエコパーク内にあり国立公園にも含まれる。また十山株式会社は、木材生産のほかJ-クレジットや、森林サービス産業、そして地元のミズナラ材も使用した樽によるウイスキーの熟成などを展開しているという。
これが目を止めたのは、ミズナラ材によるウイスキー樽を作っていることもあるが、私は井川という土地に思い出があるからだ。
というのは、私の学生時代、井川周辺は林学科の演習林(今は研究林と呼ぶのか。もっとも林学科~森林科学科がなくなったので、従来の意味の林学・森林科学を実習する場ではなくなったと思う)になっていて、私も通ったからだ。ただ大部分は借地と聞いていたので、所有者を知らない。もしかして、十全さんの山だったのかもしれない。
通ったといっても、授業の演習は1、2回で、後は私が勝手に通ったと言ってよい。それは卒論のための森林動物の調査であった。
最初はカモシカを狙ったのだが、ほとんど目撃できず。1週間キャンプ生活をして追いかけて、たった1度、数十秒見ただけであった。それでは卒論にできない・時間がない(> <;)ので、アカネズミとヒメネズミの分布調査に切り換えたが……。
今ならカモシカもシカのほか、さまざまな野生動物が見られるんじゃないかと思う。それほど増えており、獣害の心配をしなくてはならない。が、当時は、野生動物を目撃すること自体が極めて僥倖だったのだ。わずかにキャンプ場近くでイノシシの足跡を発見して興奮したことを思い出す。今なら「げっ」と思って目をそらすだろう。見たくないよ……日常的に見ているから。
もう一つ。この地域の林業開発の指導に土倉庄三郎が入ったことがあるという。これも詳しいことはわからないのだが、講演に呼ばれて現地を歩いたらしい。奥山から木を出すための大井川の活用と、伐採跡地の植林の必要性が中心だったと思う。当時は、まだ再造林が一般的ではなかった。
実はそれより100年ほど前になるが、紀伊国屋文左衛門もこの山で木を伐りだしている。かなりひどい伐り方をして山を荒らした。地元の人を使わずよそから(おそらく和歌山から)送り込んだらしい。自分の山でなければ平気で乱暴な伐り方をするのは世の常(-_-;)。将来に責任を持たないと、根こそぎ伐る。案外、そうした林業地が全国に広がっていたのではないか。庄三郎はそれを正そうとしていた。
とまあ、こんな思い出を抱えた地である。
ウイスキー樽は、スギによる日本酒用の樽や桶の製造より大変だろう。樹木のうち使えるところは少ないし、樽にしてもすき間でできてよく洩れる。そこで紙や布を詰めると聞いたが……。針葉樹樽とは似て非なる製造法である。
さて、井川山林はどんな経営方法をとっているのだろう。
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