土倉庄三郎は吉野山の桜を守ったか
拙著『山林王』では、土倉庄三郎が吉野山の桜を買い取って守ったという逸話を紹介している。
明治初年に吉野山では廃仏毀釈が吹きあふれ、桜を見る人もいなくなったので伐って材木として売り飛ばす算段をしていた。それを聞いた庄三郎は、怒って売った金額と同等の金を渡して「今後、吉野山は海外からも人が来て見直される日が来るから、買い戻せ」と言った。だから吉野山の桜は庄三郎あってこそ現在まで残っているのである……という話である。
ただ、これは土倉家に伝わる伝承で、それを裏付ける話がない。とくに吉野町側からは出てこない。また明治時代の桜は、かなり今より小規模だったらしい。庄三郎は桜が伐られてから援助したのではないか、という見方もある。
だから私も、あくまで伝承として書いたのである。たまに取材を申し込まれる(テレビ局的には飛びつきたいネタらしい。とくに「これからは海外の客も来る」と言ったのが、インバウンドの予言になる。)が、私は本当かどうかわからんよ、と伝える。すると企画は消えてしまう(笑)。
だが、ついに裏付け証言を見つけた。
吉野山の桜を守る吉野山保勝会という組織があるが、その前理事長で竹林院という寺・宿坊の住職である福井良盟氏に話を聞いたら「ああ、本当だ」とあっさり言った。
なんと彼の祖母が土倉家のある川上村大滝の出身で、しかも庄三郎が生きていた時代に少女だった。竹林院に嫁に来てからも、ずっとその話をしていたらしい。それも微に入り細に入り。その中には「海外からの客」の話もあったそうだ。そのとき、庄三郎はドン!と机をたたき……とまで具体的な証言したという\(^o^)/。だから大滝の人には優しく、庭の観覧料金をとったら怒られたという。
素晴らしい。もちろん歴史学的な考証ではないが、両者から証言が取れたら確度は高いとして私的には認めるのである。
吉野山の桜は、土倉庄三郎が買い取った。これからは、ドンと大きく売り出していこう。






















































最近のコメント