連休の推し活で発見!
連休で帰省中の娘が、同窓会の前に大阪に出て推し活グッズを買いに行くという。
推しは「お茶犬」だ。そのグッズを“大人買い”するというのだが……ならば私も推し活?に大阪の古書祭に出かけた。古書から珍しい本を探し出すのは、私の趣味であると同時に執筆活動の資料収集にもなる。
そして、なかなかよい資料を見つけ出すことができて“大人買い”してしまった。今回の掘り出し物の中でも珍しいのはこちら。
同志社大学出版部発酵の非売品『新島八重子回想録』。昭和48年発行である。(回想録は昭和3年筆)
どこが掘り出し物なのか。まず回想録とあるとおり、新島八重の肉声が記録されていること。内容はこれから呼んで確認するが、なかなか第一次資料はなかっただけに期待したい。と同時にタイトルに「八重子」となっていること。一般に会津戦争で活躍し、新島襄と結婚した人物は「新島八重」と呼ばれている。が、こちらでは八重子なのだ。
おそらく子は後に付けたのだろう。当時は女性の名に子を付けるのは流行りというか、オシャレだったのだ。現在は〇〇子と呼ぶのはむしろ古くさくて敬遠されがちだが、戦前は反対だったらしい。
実際、『山林王』の執筆の際に気づいたのだが、土倉家の女性には富子、政子、などの娘名が残るが、戸籍謄本を見ると「富」「政」であった。わりと気軽に改名している(^o^)。たとえば龍次郎も、戸籍では龍治郎だが、本人が龍次郎と記すし、ほかに辰二郎なんて表記もある。あまり名前に正確性は求めなかったらしい。
現代では、漢字表記を間違えると大騒ぎになる。私も記事にする際に間違ったことがあって(これは変換ミスのため)記事に訂正を出さねばならないし、詫び状を書かされた。その点、昔はおおらかだったのだ\(^o^)/。ちなみに私の名前の表記もしょっちゅう間違えられる(敦夫など)が、私は平気の平左である。
そんな面白さを、この回想録から感じた。
そしてこんな写真も掲載されていた。
キャプションに下村孝太郎結婚記念と書かれているが、写っている人の名は4人だけで「その他来客」となっている。この下村夫妻というのが、どういう人なのかまだ調べていないが、新島家に近しい関係なのだろう。また外国人二人は宣教師か同志社の教師だろう。
が、この2列目の右から二人目、立っている女性は土倉政子ではないか。また1列目で座っている左の女性は、おそらく土倉糸か土倉小糸だ。
そんなプライベートな記念写真に、当時の同志社女学校の学生である土倉家の二人が写っているのである。新島家と土倉家の関係性が読み取れるではないか。
この写真から、そんな点を知ることができる。土倉家探索の一助になる。
お茶犬グッズ。私もいくつか持っている( ̄^ ̄)。























































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