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森と林業と田舎の本

2021/01/21

子どもの「遊び」と「遊び場」について

先日訪れた大阪城公園で見かけた施設に、「プレイヴィル」というものがあった。ようするに子どもの遊び場なのだが……。

株式会社ボーネルランドが経営している屋内と屋外の大型遊具を揃えた遊び場だ。このご時世だが、満員であった。ここでソーシャルディスタンスが……とは言うまい。ただ入場料がねえ(^^;)。子どもが30分で800円とか。付き添いの大人も600円取られるし。大人が遊んだ方がコスパがよいぞヾ(- -;)。

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大阪城公園そのものは広くて森林もあるのだが、そこで子どもを遊ばせるのではなく、遊具の揃った場所を求める親、保護者が多いのだろう。また子どもも単に公園内では何をしていいのかわからんのか。

そこで思い出すのが、この前取材にお邪魔した奈良の「森のようちえん ウィズナチュラ」。閉鎖中のキャンプ場を使っているのだが、保護者などがつくった手づくり遊具で遊んでいる。何を使ってどんな遊びをするかは、子どもが自分で考える。

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焚き火もできるし。木に登れるし。ナイフで木を削っている園児もいるし。火と刃物というのは、子どもにとって、どれほど魅力的か。まあ、それを見守る保護者にも、“覚悟”はいるけどね(笑)。それに安上がりだ。毎日がアウトドア\(^o^)/。いや木育と言っておくか。

 

遊び」はなぜ必要か。遊びは、人間だけでなく動物も子どもの時代に必ず行う。イヌ、ネコはもちろんもっと下等なネズミ以下の動物もするし鳥類にもあるようだ。爬虫類や両生類、さらに魚類はどうかわからないが、実は似たことをやっているのではないかと思う。

なぜなら「遊び」の役割は、一つには「訓練・練習」であるからだ。ケンカは敵対者と戦う訓練であるだけでなく、同類との争いでどの程度までなら相手に怪我させずに屈伏させるかという加減やテクニックを覚える意味がある。逆に攻撃を受けた際に身を守る方法も覚えるだろう。

同時に「ストレス解消」と「スキンシップ」の役割もあるはずだ。目一杯身体を動かしたり、わざと仲間にちょっかいを出したり。これを幼児時代に覚えないと、精神面のコントロールが難しくなる。性格形成にも響くだろう。

これらは大人が教えるのではなく体得していくべきなんだな。「子どもは未熟な大人」ではなくて「子ども」なのだから。ルソーのいう「子どもの発見」についても考えてみなければなるまい。「教育は消極的でなくてはならない」なんて言葉もある。

ま、そんなことを考えると、上記のどちらがいい?

 

 

2020/12/03

森のようちえんの焚き火力

森のようちえんにお邪魔した。

私は遠くからそっと見守るというか、眺めているつもりだったのだが、気づいたら子どもらとぐでんぐでんにと遊んでいた……。
思えば20年ぐらい前には私も娘とぐだぐだと遊んでいたのであった。保育園に迎えに行くと、ドトドと子どもらが集まってきて組んずほぐれつ格闘していた。それがフラッシュバックする。トラウマ 今と違うのは体力だな。昔は1時間ぐらい続けても平気だったが、もはや何分持つか。
コロナ禍も考えたら、濃厚接触はマズかったかなあ。まあ、森林療法で免疫力が高まっていたということで。。。

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森のようちえんを一応説明しておくと、屋内施設は使わず野外保育を行う保育活動。主に森というか、自然の中に未就学児童を連れ出して彼らの好きなように過ごさせる。保育スタッフや保護者も交えるが、なるべく、というかほとんど手も口も出さない。危険な行為も、ギリギリまでやらせておく。だからケンカもあれば、転んだり滑ったり、木から落ちたり……。それも、子どもたち自ら経験でルールを決めたり,何をどこまでやってよいのか学んでいくのだという。

で、こんなシーンもあった。

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自分たちで焚き火。ちゃんと燃えるものを集めてきて、マッチで火をつける。大人としては、つい口を出したくなる。「焚き火っちゅーうのはなあ、こうして薪をくべていくんやでえ」。誰も聞いていない(泣)。やっぱり「お口にチャック」なのであった。。。

それでも火は燃え上がり、サツマイモを放り込んで焼き芋にする。想像以上に子どもたちの焚き火力は高い。

森のようちえんの運営者は、「最初は野外保育をやりたくて始めたのだけど、子どもらと一緒に森について学んでいくうちに、日本の森の現状や林業にも興味を持つようになりました」。

私は日本の林業には絶望してしまった結果、これを建て直すには根本の教育からやり直さないといけないのではないか、と思いかけている。そしてそれは、子ども心に焼き付けねば身につかないのではないか、と。

正反対の立場から、同じ所に行き着く。

 

 

2020/10/08

森の幼稚園?森のようちえん?

先日の日曜日、生駒山の大阪側の「むろいけ園地」に出かけた。大阪府立公園の一つで森林公園である。

私はここにある湿原を定点観察の場としているので、ちょくちょく行く。通常は平日だが、今回は思い立ったのが日曜日だった。
いつもはのんびり一人もの思いにふけるのによい場所なのだが、その日はやたら人、それも親子連れが多い。湿原の木道を走り回るなよ……。

最近は湿原が草むらになっている。干上がったわけではないのだが、水かさが増していないのか、草が盛り上がるように繁っている。ツリフネソウとミゾソバの群落ができている。これで湿原としての将来はどうなるのかなあ。

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なんだか人影が多いと落ち着かない。それで早めに退散しようとしたが、「森の工作館」のところに案内板が出ていた。

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なんと、「森の学校」と「森の幼稚園」と「お母さんの自然学校」が開かれているらしい。それで賑やかだったのか?

まあ、それはいいのだが……「森の幼稚園」という名称もわりとポピュラーになったな、という感慨。

もともと「森の幼稚園」とはデンマークで始まりドイツや北欧に広がった野外教育だが、基本は教育機関だ。一般の幼稚園と同じく平日の昼間開かれるものである。ただ、日本の場合は保育園もあるし、無認可の様々な幼児教育・育児サークルもあるし、野外施設の環境教育プログラム、さらに森とは限らず田園や海など野外を使うものもある……ということで広がっている。だから全国ネットワークを作る際は「森のようちえん」と平仮名にしたようだ。

この「むろいけ園地」の場合は、月1回のイベント的な学習会らしい。でも「幼稚園」と漢字(^^;)。しかも保護者も参加するのか。お母さん(お父さんはどうなるんだ!)は別の場所で、改めて勉強?するみたい。森林公園の定期プログラムなのだろう。

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それが「森のようちえん」の理念に反しているとか間違っているとか流派争いをする気は毛頭ないのだが、なんだか定義が広がりすぎたなあ、と思った次第。今は試行錯誤しつつ、いつか収束するのだろうか。それとも、より拡散するのかも。

どちらにしても、指導者・講師の質が問われるね。単に自然と触れさせるだけのものから、自然の見方や環境の概念を身につけさせたり、遊びも児童自ら考えさせる理念のものまで。

その点、林業学校と同じ。

 

2020/08/03

林野庁は教育官庁になる、か?

林野庁は、今月中に「森林環境教育」を推進するための有識者委員会を立ち上げる予定だという。これまでも、森林のガイドになる森林インストラクターや森林セラピストの養成など、多少は教育ぽい分野もあったが、今度はもう少し前のめりの様子だ。
どうも新型コロナウイルス感染(COVID-19)対策から「3密」回避を持ち出したら、自然の中の保育が推進できると思いついたのではないか。

森林を舞台にした環境教育は、これまでもあった。ただイマイチ広がりに欠いているうえ、国レベルの教育分野としては、ちょっと傍流というか白い目で見られてきたと思う。野外体験なんて本来あるべき教育から外れるという声があるようなのだ。
教育とは、ちゃんとした施設の中で席について学ぶもの、という概念が抜けない人たちが多い。森の中で行うなんて、お遊びで教育じゃねえ、というわけだ。たから環境教育というか、「木育の敵は、教育者」(某大学教授の言葉)というわけだ。

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実際、林間学校、臨海学校などで野外に子ども達を出しても、単に遊んでいるだけ、何も学んでいない、と心の奥で思っている「教育者」は多いのだ。楽しく遊んでいては学べないという思い込みというか、自らの受験勉強で刷り込まれたのか。

林野庁としては、COVID-19が起きたのを機に「野外で教育しよう」という機運に乗ろうと考えたのかもしれない。ちょうど今年より始まった新たな学習指導要領でも、自然体験などの体験活動の充実が打ち出されている。

私は、林野庁よ頑張れ、とエールを送りたい。その代わり、もう林業に口を出さないでほしい。目先の対症療法的な政策を打ち出してボロを出すより、森林環境教育、木育を推進する方が似合っているし、効果的。深慮遠謀・長期展望を持って教育に取り組むのがよいのではないか。

そもそも絶望的な日本の林業だが、それを何とかする林業政策はあるのかと疑問に感じる。何をやっても上手くいかない。本気で建て直そうと思うのなら、遠回りでもよいから教育から始めないと無理ではないか、という思いがある。林業現場でも、(潜在的に)森林なんか愛していなくて林業を金づるとしか思っていない人が大半なのだから。打開策は、子どもたちから変えていくことだ。

実は、地方レベルではかなり進んできたのだ。森そのものを園舎とし、森で過ごすことから子ども自ら学ぶことをめざす「森のようちえん」も、全国に増えている。それを県あげて推進しているところも増えてきた。これまでの鳥取県や長野県、広島県に加えて滋賀県、岐阜県も動き出したのである。
面白いのは、これらの自治体では、いずれも最初は林務関係部署が動き出して実現したことだ。文科省につながる教育委員会がやろうとすると、必ず既成の教育者から横やりが入るから、外部の部署が手を出した方がよいのかもしれない。何より、森についての最低限の知識を持ったものがやるべきだろう。学校現場の教師には虫嫌い、土や泥嫌い、ようするに自然嫌い森嫌いが多いから。


もっとも、有識者会議の立ち上げねえ。森林教育の先進事例に関する文献調査や関係団体へのヒアリングから、効果や課題を検証するとか、具体的な教育プログラムの提案まで考えているらしいが……。
その時点で、なんだか自由度の低そうな内容になりそうだ。まあ、しぶしぶ取り組む学校関係者にとってはマニュアルがほしいのかもしれない。教科書なしでは教えられない教師も多いだろうから。

しかし年度末までに新たな教育プログラムを策定する予定らしいが、それだと実質半年、会議はせいぜい3回ぐらいしか開けないだろう。有識者の意見はアリバイ工作で、庁内で案をつくってしまう魂胆か。

なんだか自然観察会みたいな矮小化した森林教育に陥らなければいいけどなあ。思い切りはじけた内容を提案してくれたらよいが。まあ、「期待」しておこう(笑)。

 

2020/07/27

森林セラピー事業の失敗理由?

今、林野庁が力を入れているのは、実は木材生産の増大ではない。というと驚くだろうが、多分興味というかやる気は健康づくりや教育分野などで森林空間を活用する「森林サービス産業」に移っている。これまでの延長で頑張るより、新しいことをしたいという意識が強いのだろう。すでに企業の研修や福利厚生の受け入れ環境を整備するモデル地域も選定したところだ。

しかし、この「森林サービス」の中身を見る常に思い出すのが森林セラピー。約15年前に森林セラピーを提唱し、基地づくりやセラピーロード認定、そして森林セラピーガイドと森林セラピストの資格を作って認定ビジネスにも進出した。この点は、本ブログでも幾度も記してきたとおりだ。
ところが、たまたま目にした森林サービス産業の記事によると、森林セラピー事業が長続きせずに尻すぼみになったことに触れていた。そして昨年度には、有識者検討会で森林セラピーがなぜ上手くいかなかったのかを分析していたのだそうだ。

そんな検討会があったのか。検討会の委員は誰だ。なぜ、私を呼ばなかった(笑)。いかに森林セラピー事業がデタラメで裏がわて酷い現実があったのか告発して上げたのに。

あきれたことに検討会では、集客第一で「顧客が期待する水準に達しない段階からプログラム提供が行われ、参加者が十分満足できず結果として『負のブランディング』がなされた」からだと結論づけたそうだ。

おいおい、それは分析ではなく、言い訳だろう。正確に言えば責任を各基地になすりつけたにすぎない。

集客第一というほど集客できたところがどこにある? そもそも基地の認定取れば、客は幾らでもくる、送り込んでやる、と豪語したのは誰だ。森林地域の地域起こしの起爆剤的な宣伝したのではないか。あげくに森林セラピーの意味をトップがまったく理解していなかった。なんと「森林セラピー基地でリモートワークをしよう」という提案までしていたのだ。

負のブランディングをしたのは、何より森林セラピー研究会(現・森林セラピーソサエティ)ではないのか。藁をもすがるように認定を求めてきた自治体に対して、パワハラを連発し、金をゆすった理事は誰か。人を癒す力のある森か試験をすると称して愚にもつかない実験を実施して、結果が出なくても認定を乱発したのは誰か。上から目線で地元の状況を無視したプログラムを“開発”して押しつけたのは誰か。「マイナスイオンで癒される」というオカルトの宣伝までやった理事は誰だ。

付け加えると、現在の森林セラピーソサエティは、事務局や理事メンバーも入れ代わり、当時とは様相を一新している。そして林野庁の手を離れて地味にコツコツと(^^;)、森林セラピーの普及と運営をしている。
ま、逆に言えば林野庁とは関わりがなくなったから、林野庁は新たに森林サービス産業と名を変えた事業を展開しようとしているのだろう。だが、下手すると「森林サービス産業」事業が森林セラピーの顧客を奪いかねないということだ。なんだか自分らの思い通りに動かない森林セラピーを、切り捨てて潰しにかかっているように見える。

この森林サービス産業が、かつての森林セラピー基地のように利権まみれにならないことを願う。私は、今となっては生き残っている森林セラピー基地の方を応援するよ。

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某森林セラピー基地にある滝。

2020/06/28

森林体験と離職率

森林・林業白書に、こんなコラムがあったのだけど……。

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ようは、社員を森林内の野外活動(これを森林セラピーと呼ぶのはどうか? 林野庁自らが定めた森林セラピーの定義とずれていないか)をさせたら、離職率が下がったというのだが……。

具体的には2005年から2007年までの3年以内の新入社員の離職率は12%あったが、2008年から2014年までの期間では1%まで下がったというのである。

なんか、うさん臭い(笑)。この手の数字は、機能性食品を摂取したらナンタラカンタラの効果が出ました、というのと同じだ。森林セラピー基地側の宣伝パンフなどで使う程度なら目をつぶるとしても、白書で記すことか。不当表示にならないか。かろうじて囲みのコラムに納めているが、少なくても数字を出すべきではない。
森林セラピーの医学的エビデンスそのものが、かなりいい加減であるが、離職率の減少と結びつけるのは反則技というかサギ的論法のように思う。偶然の結果を必然に見せかけるのは、サイコロの目で株式投資先を決めるようなものだろう。

だいたい2008年はリーマン・ショックがあった年であり、その後数年間は雇用環境が極度に悪化した時期だ。その時にようやく正社員として勤められた人は、簡単に離職しないのは当たり前だろう。仮に年間何十日間は森林体験させているから、とでもいうのならまだしも、入社時の数日間の研修くらいでストレス発散方法を身につけたというのも無理筋。

それなら林業界の離職率の高さはどう説明するんだ(笑)。森の中にいてもストレス発散できない、ストレスたまるからか。

本当に離職率へ直接的な影響を与える要素は、給与の額と休暇取得日数、そして職場の人間関係である。コロナ禍中のリモートワークのように、他の社員と合わない環境をつくったら離職率が下がるかも。

2020/05/14

森の癒しには超高周波が必要?

拙著森を歩く 森林セラピーへのいざない』(角川SSC新書)という本を出版した(2009年)のだが、そこで森林セラピーを紹介した。

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当時の私は、森林療法にハマっていたのだが、それが森林セラピーになった途端にうさん臭くなったので、森林セラピーに関しては批判ばかりしていた。だから、この本の執筆に迷った記憶がある。
ま、そこは版元と妥協しつつ(^^;)書き上げたのだが、その中で森を歩くことの癒し効果をもたらす物質や行為を科学的にいかに説明するか悩んだ。

森林セラピー研究会(当時)では、大学生を使った実験で、森歩きの前後で有為にストレスホルモンが減少するなどの結果を示して「これがエビデンス」と主張していた。しかし、私には納得できないというか怪しげに感じていたのだ。統計的手法によるには検体が少なすぎる(10人、12人程度)し、統計的有意差以前に、肝心の癒しをもたらす原因を示せていないからである。もちろん完全な証拠を出すのは無理でも、それなりの仮説でもいいから、森の何が人間のどこにどんな影響を与えるのか説明できないと信頼性が低い。当時の「科学者」の説明は、“人類の進化の記憶”とか、“マイナスイオン”まで持ち出して、まるでスピリチュアルな世界に陥っている。

そこで、文明科学研究所の大橋力氏の研究で、熱帯雨林には超高周波音(100ヘルツ以上)が満ちているという事例を引っ張りだして、森に響く聞こえない超高周波音の影響も考えられるのではないかという仮説を紹介した。

さて、長々と昔話を記したが、実は昨夜Eテレで「又吉直樹のヘウレーカ」という番組を見た。テーマは「皮膚はすべて知っている?」である。

皮膚が触覚を持つのは当たり前だが、実は光も感じれば、嗅覚や味覚、そして聴覚もあることを紹介していた。その聴覚の中には、超高周波も入っているのである。耳では感じ取れない高周波を皮膚は感じることができること。そして、そのことで脳深部を活性化させ、免疫機能の増加やストレスホルモンの減少を引き起こすことを実験で証明したというのだ。さらに超高周波音が混じった音楽(ハイレゾですな)は感動が増すことも示している。

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10年以上前に考えたことだが、仮説が少しずつ前へ進んだ気がする(^o^)。

しかし、この森の超高周波の正体は何か。おそらく無数の昆虫など生物体の出す音、鳴き声ではないかと言われている。風ではこんなに超高周波は出ない。
ということは、「癒される森」では、多くの生命体が棲んでいなければならない。熱帯雨林ではなく、日本の温帯林ではどうだろうか。そして人工林では……残念ながら生物多様性はぐっと落ちるだろう。これまで森の癒しの正体を、草木の出すフィトンチッドとか、木洩れ光の視覚効果とか、単なる運動療法じゃないの? とか、いろいろ言われてきたのだが、虫の鳴き声となると、一気に見方を変えなくてはならない。その森に虫がどれだけ棲息するか? 超高周波音は響いているか? これが大切になる。

森を利用した癒しとか、教育とか、療養効果とか、期待したいことはたくさんあるが、それを科学的に説明するのは難しくもどかしい。

2019/11/06

診察前に、ちょっと森歩きを

朝から生駒駅前にある行きつけの医院に行った。高血圧の薬をもらうためである。近頃高いんだよね……。

ところが、ついて仰天。診察開始時間にすでに満員というか行列。これまで開始前に並ぶ人は5、6人くらいだったのだが、今日は20人近い。もはや座る席もない。「多分、1時間半以上かかります」と受付に言われて、医院を出た。

1時間半、どうして時間をつぶそうか。駅前を放浪しても仕方ない。百貨店は10時にならないと開かないし、喫茶店も空いているところは少ない。いや喫茶店で1時間半も座っているのは窮屈だ。最初は気になる近くの美術館に行ってみようかと思ったのだが、調べると開館時間は11時だった。それでは話にならない。そこで向かったのは山手である。

久しぶりに森の中歩くか、と思ったのである。ちょっと最近は森歩きをする余裕を失っていた。これを機会としよう。なんたって百貨店前から徒歩5分で森に入れるのは生駒の特権だね(⌒ー⌒)。

まずは公園などを抜けて、某お寺の境内に。そこでものんびりできるのだが、子供の声が響く。そこでさらに奥へと足を進める。ちょっと山道を歩くと滝が見えてくる。それを眺めつつ滝上に出て、さらに奥のキャンプ場にもなる森の広場へ。ここを舞台にして「森のようちえん」も行われているのだが、今日は人気がない。別の場所に行っているか。
そこからルートは無数にある。昔は全部把握していたのだが、最近来ていないので、ちょっと迷う。この小道を進むとどこに出るんだっけ。まあ、いいやと進む。さすがに道を外れるのは止めといたが、廃道ぽいところもあるし、結構な傾斜。

ぐいぐい登り、草をかき分け進む。ああ、森の中を歩いているんだな、という気持ちになる。汗ばみ、心拍数は上がるが、心地よい。

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医者に会う前に森を歩く、森林療法を施す。これで血圧下がってくれないか。そもそも血圧は心的ストレスの影響が大きい。森歩きは、その点セラピー効果が大きいのだ。

結局、1時間以上森の中をさまよった。その上で、また駅前に下りてきて医院にもどる。

なんと前より満員だわ。。。「あと30分くらい」と言われてしまった(´_`)。

その後、なんとか診察を受け、血圧を測る。これで下がっていてくれたら……期待もむなしく、イマイチであった。やっぱ、1時間ぐらいではダメか。毎日歩こう。

医院を出て思った。今日はこんなに並んで待ったのだから……「正倉院展に行こう」。

多分、混んでいると思うけど、もう並ぶのは慣れたぞ。今日は歩いて「待つ」日なのだ。

 

2019/10/10

古墳セラピーに挑戦

ホント、体調が悪い。とくにここ数日ひどいものだ。まず、風邪気味が続き、夜は鼻が詰まって眠れぬ有り様。次に目がしょぼつき、もはや市販の目薬では治まらない。さらにかなり昔の歯の詰め物が抜けたらしく、歯がしくしく痛みだした。そして昨日から急な腰痛。ぎっくり腰か?

結局、歯医者に行ったら、抜けた詰め物の奥に炎症があるらしく、まずは神経の治療から。そして目医者では「もうこれ以上強い薬はない」という抗アレルギー用目薬を2つも処方され、その足で整体院に足を運ぶ。ああ、風邪薬も忘れず飲まなければ……。

というわけで、満身創痍?なのである。

こんなときは、ゆっくり心を静めるのさ……と、訪れたところは、森ではなく古墳(^^;)。

森は必ずしも心を落ち着かせるだけでなく、心をざわつかせる効果もある。もっと静かに心を静める効果のあるところは……と思いついて、ふと石の部屋に籠もりたくなったのだ。

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これは生駒山系の平群(へぐり)町にある西宮古墳。かの古代豪族・平群氏の古墳群の一つだ。実は、この当たり古墳だらけで、さらに中世の山城も重なってあるという史跡の宝庫である。

中に入る。ここはいつでも勝手に入れる。

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石棺もそのままある。この周りは巨大な一枚岩に囲まれているのだ。なかなか精密な造りで石と石の隙間が見えない。

石棺の中に入ってみようかと思ったが、意外なほど小さい。長さ150センチあるかどうか。しかも浅い。深さは30センチないのではないか。
当時の日本人は慎重が150センチ以下だったというから、これでもよかったのか。そして棺桶と言っても、そのまま埋めるのではなく、石の蓋をして玄室に安置するのだから、遺体は寝かせる程度でよいのだろう。

というわけで、古墳に“安置”されて、心を落ち着けようという試みは挫折した(笑)。

とはいえ、暗がりの石の部屋でじっとたたずみ、悠久の時間を感じるのは、一種のセラピーになるかもよ。「古墳セラピー」、売り出せないか?

 

2018/03/20

異色の新セラピーロード

NPO法人森林セラピーソサエティが認定する新しいセラピーロードが決まったという。

それは……。
 
me-byo valley“BIOTOPIA”(株式会社ブルックス・ホールディングス)
(・・?) エッ
何、これ。。。。
今年認定されたのは、ここ1ヶ所で、これで認定数は、全国で63ヶ所(森林セラピー基地57ヶ所、セラピーロード6ヶ所)なんだという。
 
もう森林セラピーなんて忘れられた存在だと思っていたのだが(笑)、今度はちょっと異色だ。
 
説明文によると、
神奈川県では四カ所目の認定地となりました。県内では初の民間団体による森林セラピーロードとなります。ビオトピアは「未病」をテーマとした、ほかに例のない施設で、楽しみながら未病を知ることができるほか、自然豊かな広大な敷地を活かし、食、運動、癒しを通じた様々な未病改善の取組を実践できる施設として株式会社ブルックスホールディングスが整備・運営を担っています。3本の特色あるロードの他、こだわりの商品が集まるマルシェ、地産地消のレストランなどが開設します。多角的な癒しのフィールドとして4月にグランドオープンを迎えます
 
これまで基地にしろロードにしろ、ほとんどが自治体絡みで公共的な森林を対象にしていたが、今回は民間の土地。それもはっきり森林と言える場所ではないようだ。
場所さえはっきり示していない。ようやく神奈川県の小田原近郊とわかったが。。。
 
ブルックス・ホールディングスというのはコーヒー等飲料の通信販売をしている会社をメインにしているようだが、そこがつくった「未病」のテーマパーク?
 
そこが60ヘクタールの森を所有し、そこにカフェ、レストラン、運動施設に加えて散策道を設置したようだ。その道をセラピーロードの認定を受けたということか。面積は、これまででもっとも小さいかもしれない。そもそも森というより公園かも。
 
 
しかし、そのビオトピアのサイト に飛んでも、森の様子が全然説明されていない。具体的な写真もない。そもそもオープンが4月(笑)。まだできていないのか~。
 
 
いよいよ森林セラピーソサエティも、こちらの分野に乗り出したか。もう自治体で取りたがるところが減ってきたので、企業にターゲットを移したのかも。セラピーロードの認定を、企業価値につなげたらほしがるところは現れるかもしれない。
 
これまで民間の森としては、北海道の鶴居村・山崎山林が森林セラピー基地を取得している。ここは本気で森林セラピーを事業にしようと思ったようだが、社長が変わって事業としては無理と判断、すぐに閉鎖した。
ほか、群馬県の赤城自然園もクレディセゾン運営の民間の森だ。入園料を取って自然を見せる経営である。
 
 
しかし、今回はテーマパークのハク付けだから採算を考えないでもよいのだろう。セラピーロードにも認定されていますよ、という看板があればよい。ある意味、森林認証の取得に似ている。森のブランド化の手段である。
 
そういえば、吉野の清光林業もセラピーロードにエントリーしている。
 
森林セラピー、いよいよ認定ビジネスとなってきた。

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