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森と林業と動物の本

2025/10/12

丹田呼吸法、鳥の声、蜂の羽音……

近頃、丹田呼吸法について調べたり考えたりしている。

ご存じの方もいるだろうが、丹田と呼ぶ胃の下の方の位置に神経を集中して呼吸する、腹式呼吸の一種なんだが、これが精神修養に結びつくとされているもの。ときにスピリチュアルな方向にも走ってしまうが、ここではあくまで肉体と精神の修養。一時期、流行ったんだけど。たくさんの流派があるので、それぞれやり方が違ったりする。

西洋医学的には謎の理論であるが、坐禅や瞑想、気功、それにヨガなどでもよく似た呼吸法を取り入れている。

別に、私がこの呼吸法で精神を鍛えようというつもりはないのだが、いかなる境地に達するのか説明できるようになりたいと思っているのだ。
呼吸とは、息を吸って吐くという肉体的な動きである。その呼吸の仕方によって体全体に何らかの影響を及ぼし、精神を操れるという発想をどこまで理解できるか。

4b2de313d6a4c22b2d09d121ffe13f93図を発見。

ほかにもヨガなどでは、肉体を通常ではしないようなポーズに置くことによって、精神的にも変化をうながす。

丹田はともかく、腹式呼吸という行為は、肉体への酸素の供給に関わる。欠乏させたら意識が飛び幻覚を感じるのかもしれないし、酸素を行き渡らせることで心を安定させたり集中力を増したりする効果は見込めるのか?


想像以上に、肉体と精神は連結しているのかもしれない。たとえは森林セラピー(これは商標登録されているから、森林療法というべきか)も、森の中を歩くという肉体的行為から、精神的な効果を求めるものだ。
これまで森林を歩くと体調がよくなる……という理論を科学的に説明するのは難しかったが、こうした切り口から攻められるかもしれない。

そんなときに、こんな論文を読んだ。

森の動物の音が若い女性の生理的および主観的反応に与える影響

日本の若い女性を対象に、森林動物の音が生理学的および主観的な応答に及ぼす影響を調査した研究論文の抜粋です。研究者たちは、鳥のさえずり(4種の異なる鳥)とオオスズメバチの羽音に対する参加者の感情(快・覚醒)と生理的反応(皮膚血流量)を比較しました。結果として、鳥のさえずりはスズメバチの音よりも有意に快く、覚醒度が低いと評価され、スズメバチの音にさらされた際には、交感神経活動の上昇を示す皮膚血流量の低下が観察されましたが、鳥のさえずりでは変化が見られませんでした。この研究は、異なる種の鳥のさえずりが同様にポジティブな影響をもたらす一方で、危険な動物の音に対しては適応的な生理的防御反応が生じることを示唆しています。

この実験、結果だけを見ると全然フツー。想定通りだ。鳥のさえずりは心地よく、大スズメバチの羽音は不愉快、というか危険を察知して緊張が高まる。なんだか当たり前すぎる。
ただ肝心の女子大生は、スズメバチ羽音はあまり気にしなかったそうだ。まあ、実験室で行ったのだから、本当にスズメバチが襲ってくることはないだろうし。だが、心は平気なのに、生理的には変化があったのだという。

続いてこんな動画も見る。「体に眠る太古の秘密」。

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こちらは8分ほどあるが、見るのは4分くらいからでよい(笑)。だって「ここからが本番ですよ」とナレーションが入るんだもの。

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ここで内容を全部明かすような真似はしないが、ようするに頭で(心で)感じる反応と、肉体の反応は違うということ。そして、こんな提起を行う。

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私の執筆した森林セラピーの本でも、「木に触っても別になんとも感じないと言う人も、測定すると脈拍が落ち着いたり血圧が下がるなど、ストレス反応は減る」という実験結果を紹介したな。無意識に肉体から心へ影響を与えていることになる。

 

2025/03/19

木育流行り

奈良県の三郷町(大阪との県境)に奈良おもちゃ美術館が明日、3月20日にオープンする。

東京おもちゃ美術館が全国展開するチェーン店の一つである。おもちゃと言っても木製が多くて、木に親しむ施設として全国的に広がっている。たしか全国に13くらいあって、そのうち幾つかは私も訪ねた。自治体など公的機関の運営が多いが、民営もある。岩手県の花巻おもちゃ美術館は林業会社の経営だ。

Topics_open奈良おもちゃ美術館(HPより拝借)

Dsc05718花巻おもちゃ美術館

奈良の施設も、刺殺じゃない視察したい希望はありつつも、オッサンが一人で入場料を払って入るのは恥ズすぎる。子供連れで一般目線で行くのがよいのか。あるいは「視察するぜ!」と上から目線で行くのがよいのか。誰か行く人の後ろにくっついていくのがいいな。男ばかりだとよりハズいけど。

もともと、ここは奈良産業大学のキャンパスだった。それが奈良学園大学に改名して奈良市に移転したので、その跡地に設立された施設だ。昨今、閉校した学校施設の使い道がいろいろ模索されているが、おもちゃ美術館も学校跡地に多い。三郷町の場合は、場所が山の上ではなかったか。

ところで、奈良に極めて近い大阪のイオンモール四條畷にも木育施設ができるようだ。

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すでにイオンモール大和郡山にも木育広場が作られている。

5_20250319121801イオン大和郡山

どちらも無印良品が運営しているようだが……そのほかスーパーマーケットなどでも木育的な子供を遊ばせる一角を設けているところもある。なんだか木育流行り? これらは無料だから、集客メインなのだろう。子供を連れてきた親は、無印かイオンで買い物をするから。

木育を否定するわけではないが、私はいま一つ効果面で限定的と感じている。木のおもちゃで遊ばせといたら木に親しみ、森に親近感持つだろう……なんてのは子供なめてんのか、と思う。それに木材から木、森へと意識を広げられるのか。

絶対に必要なのが、理念やマンパワーだ。インストラクター、ガイド抜きでは教育効果は弱く、そうした人員を配置するのはコストがかさむ。結局、ボランティア頼み。自治体運営が多いのもそのせいだ。
集客も、イオンのように買い物目当ての客がいないのなら、よほど頑張らないと時とともに厳しくなる。むしろ民営の方が真剣さがあるかも。

さて、どうなるかな。

2023/11/06

智頭の森林鉄道跡はいま

なんでも11月4日に、高知県田野町で「第1回全国森林鉄道サミット in 高知」が開催されたそうだ。こちらは魚梁瀬杉を運んだ森林鉄道が有名だが、なんだか森林鉄問うが密かなブームになっている模様。鉄オタが、現役鉄道に飽き足らず、その毒牙を林鉄に向けたか……なんて想像してしまう(^^;)。ちなみに私は昨日、智頭町の森林鉄道跡を歩いていたのであった。

智頭町で寄った森カフェ……というには大きすぎる巨大テーマパークレストラン(笑)、みたき園。その敷地を歩いていた際に受けた説明によると、ここに森林鉄道が走っていたそうだ。

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今は川岸の道であるが、洪水で水に浸かった際に、上部に道路を入れたので廃棄されたそうだ。何の変哲もない道も、ここに走ったトロッコを想像すると、不思議な光景が脳裏に浮かぶ。

そして、次に訪れたのが、智頭町の森林セラピー基地。その一つのセラピーロードである。

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これも森林鉄道跡だった。トロッコを走らせたのだから、傾斜はゆるやかだし、幅もそこそこある。ゆったり歩くことを旨とするセラピーロードに向いている。ちなみにトロッコは駆動車によって引っ張られて伐採奥地に上がったが、丸太を積んで運ぶ時は動力なしだったという。暴走はしないと思うが、ちょっと怖い。木馬と同じ発想か。

ところで森林鉄道と言っても知らない人もいるだろうから、見本の写真を載せておく。

こちらは宮崎県日之影町のかつての森林鉄道。

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こんな崖に縫うようにつくられた軌道を走った。

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そして日之影町の森林鉄道跡も、今は森林セラピーのセラピーロードになっている。

2022/07/16

献花と花卉産業

今日は甥が訪ねてきたのだが、用件を済ませた後にどうするか、となって「どこか見学する?」。

そこで訪れたのが大和西大寺駅前。。。まだ献花の列は続いているのだ。

私は送って行っただけだけど、現場写真をいただいた。

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若者が多い気がする。もはや連鎖反応的にバズッている感覚。我れも行かねば、という心理が漂う。

不謹慎?不謹慎なのは、安倍氏を利用する政治家だろう。いきなり安倍氏と並んで撮った写真やメールを公開し始めたし、あげくは国葬だそうである。ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相でさえ国民葬だったのに、随分敷居が下げたものだ。そのうち国会議員を一期でもした者は国葬にしようなんて言い出しかねない。

ところで献花とは何だろうか。本来の仏教にはない習慣だ。仏壇や墓に供えるのは供花。献花はキリスト教の葬儀に花を手向けるものだが、それを葬儀業者が取り入れて日本の新たな儀式にしたらしい。私も、身内の葬式で葬儀を案内した担当者の言われるままに棺桶に花を供えた記憶がある。
まあ、絵になるというか、一人一人が何か役割を得るのは儀式としては様になるのだろう。

献花はなんでもよいというが、基本は白い花だ。ユリやカーネーション、キクなど種類は多いが、花屋も頑張って集めたようだ。ちなみに奈良県は花卉の産地であり、多くの花を栽培している。ただ7月はわりと花の端境期ではなかろうか。小ギクなどは夏のお盆シーズンに向けて花を咲かせようと電照栽培していたから、今はまだ少し早いと思うのだが……。ユリも通常ならこれからだ。
それでも葬儀に季節性はなく、春夏秋冬いつでも供給してみせるのが、花卉産業なりの矜持かもしれない。

世間に必要とされたときに必要とされる分だけ提供してみせるというのは、ビジネスであるとともに、関わっているプロならではの誇りである。ウッドショックのこと言ってるんじゃないよ。

 

 

2022/06/22

触る樹木、触る木材 そして触る森

写真は、ニッポニア・ニッポン。トキの模型である。木製だ。

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大阪の国立民族学博物館に展示されていたもの。単なるデコイではなく、足元に書いてある通り「じっくりさわる」ための模型だ。

これを展示しているのは、「触る文化」を提唱しているかららしい。主催者は、盲目の文化人類学者広瀬浩二郎氏だという。

なるほど、盲人は触って対象を理解するわけだ。それは目が見えないからではあるが、この手法を健常者も応用すれば目で見る姿とは別のものを感じるはず。つまり目が見えようと見えまいと、触って理解できる・触った感触からつかめる対象の姿を捉えようというわけだ。

ふと、これを樹木でやってみたらどうなるか、と考えてしまう。樹木の全体像を触るのは難しく、それが森林となると不可能かもしれないけれど、目で見ても森どころか1本の木だって全部を子細に見て理解しているわけじゃない。おそらく全体のごく一部しか目に情報として入っていないはず。高い梢も、地中の根も見ないで、どうして樹木がわかる? 花も葉も一枚一枚違うかもしれないし、樹皮とその下の木肌の違いは?樹液に触ったらどうしよう……。

ようは、人の感覚器官なんぞ対象を全部捉えるわけではないのだから、触覚に頼るのもアリかもよ。加えて聴覚で捉えた森、嗅覚で捉える森もあるだろう。舌で感じる味覚の森も(^o^)。

 

木育は、ここからスタートしてもよいかもしれない。木を見て森を見ずというけれど、木を触って森を理解することもあるはずだ。

2022/06/21

雨の森を歩く

新しい雨具を買ったので、あえて雨の森に出かけることにした。使い心地と機能の確認のつもりで。

考えてみたら、これまで森歩き・山登り中に雨が降ってきたから(仕方なく)雨具を身にまとうことはあったが、あえて雨の日に出かけて歩いてみた経験はなかったような気がする。しかも傘なしカッパオンリー、足元はゴム長靴である。

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場所は生駒山だが、人目がなく、ちゃんと斜面を登り下りのできるルート。平坦な森を歩くだけでは機能は確認できないと思ったから。

さて、結果というと……それが意外なほど快適なのである。正確に言えば、手首の締めつけはきついなとか、長靴の中で足が動くなとか、汗をかけば内側がべとつきベント機能はイマイチかな、などと思うところはある(文句多い)が、森の空間が素晴らしい。そう、雨具ではなく森歩きが楽しかった(^o^)。

ガスで煙る木立、濡れて光る葉の紋様と景色もよいが、雨が身体に当たる音が頬かむり状態なので耳元に音が増幅される。それが幻想的。それに森の中は雨をあまり感じないのだが、時折、枝葉から大きな雨粒がどさり、と落ちてくる。足元の落ち葉混じりの泥も感触がよい。滑らないように注意はするが、カツンと跳ね返る舗装路よりよっぽどよい。急斜面もわりと登れる。草木をかき分けても、雨具がはじいてくれるから顔以外は平気。

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雨の森歩きというアウトドア・アクティビティーになりますな。梅雨シーズンならではの楽しみ方を考えてみたい。

あえて言えば、後の後片付けが大変。単に雨具を脱いで乾かすだけではない。やはり泥や草の葉などが跳ねてこびりついているから水でゆすぐが、脱水かけても効かないから面倒なのであった。

2021/02/02

鬼の国の森のようちえん(^o^)

某森のようちえんを取材に訪れたのだが、本日は2月2日、節分であった。そこで、特別ゲストとして鬼さんが呼ばれていた(^o^)。

鬼役(よーするに保護者が務めるのだけど)は二人いたのだが、なかなかの熱演。一人は裸足で野山を駆けめぐる。痛いし冷たいだろうなあ~。そして、もう一人はイギリス人であった。

Dsc06653鬼が出現!

みんなでマメ(代わりのどんぐり)を投げつける。かくして鬼滅に成功したのであった……。

さて、その後、鬼さんのイギリス人と少し話した。と言っても、私は片言の英語しか話せない。あちらも日本語は片言。なんだかんだとわかったようなわからん話をしていたが、だんだん集中力が欠けてくる。相手の英語を聞き取って、また英語の返事を考えるのは辛い。そこで取り出したのが、スマホの翻訳アプリ。これが楽でいいわ。

もっとも翻訳機能はイマイチで間違いも多いのだが、なんとか話を通じさせる。あちらも同じようなアプリを立ち上げたほか、いろいろ検索して見せてくれる。英語の文章だと少しわかりやすい。

「日本には森のようちえんが増えている。イギリスにはあるか」といった質問には、「たくさんある」という答え。そして検索して、なんとイギリスのネイチャー系学校のマップを見せてくれる。どこにどんな学校があるのかブリテン島で示してくれるのだ。とくにイングランドは多い。

ところが「授業料が高いのだよ」という話になって、わざわざ計算して日本円に換算してくれるのだが、なんと1日6300円という金額が出た。さすがにびっくり。1日その手の学校に通わせると6300円なら毎日通わせたら月にいくらになるのか。
ただ、ヨーロッパはみんな物価高で、全体に高いのだろう。その分、給与所得も高い。

ちょっと日本の森のようちえんのような内容というより、環境教育系の専門的な学校(でも、幼稚園や小学校の年代らしい)のようだ。

こんなところでイギリスの教育事情をちらりと知ってしまったよ。

 

2021/01/21

子どもの「遊び」と「遊び場」について

先日訪れた大阪城公園で見かけた施設に、「プレイヴィル」というものがあった。ようするに子どもの遊び場なのだが……。

株式会社ボーネルランドが経営している屋内と屋外の大型遊具を揃えた遊び場だ。このご時世だが、満員であった。ここでソーシャルディスタンスが……とは言うまい。ただ入場料がねえ(^^;)。子どもが30分で800円とか。付き添いの大人も600円取られるし。大人が遊んだ方がコスパがよいぞヾ(- -;)。

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大阪城公園そのものは広くて森林もあるのだが、そこで子どもを遊ばせるのではなく、遊具の揃った場所を求める親、保護者が多いのだろう。また子どもも単に公園内では何をしていいのかわからんのか。

そこで思い出すのが、この前取材にお邪魔した奈良の「森のようちえん ウィズナチュラ」。閉鎖中のキャンプ場を使っているのだが、保護者などがつくった手づくり遊具で遊んでいる。何を使ってどんな遊びをするかは、子どもが自分で考える。

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焚き火もできるし。木に登れるし。ナイフで木を削っている園児もいるし。火と刃物というのは、子どもにとって、どれほど魅力的か。まあ、それを見守る保護者にも、“覚悟”はいるけどね(笑)。それに安上がりだ。毎日がアウトドア\(^o^)/。いや木育と言っておくか。

 

遊び」はなぜ必要か。遊びは、人間だけでなく動物も子どもの時代に必ず行う。イヌ、ネコはもちろんもっと下等なネズミ以下の動物もするし鳥類にもあるようだ。爬虫類や両生類、さらに魚類はどうかわからないが、実は似たことをやっているのではないかと思う。

なぜなら「遊び」の役割は、一つには「訓練・練習」であるからだ。ケンカは敵対者と戦う訓練であるだけでなく、同類との争いでどの程度までなら相手に怪我させずに屈伏させるかという加減やテクニックを覚える意味がある。逆に攻撃を受けた際に身を守る方法も覚えるだろう。

同時に「ストレス解消」と「スキンシップ」の役割もあるはずだ。目一杯身体を動かしたり、わざと仲間にちょっかいを出したり。これを幼児時代に覚えないと、精神面のコントロールが難しくなる。性格形成にも響くだろう。

これらは大人が教えるのではなく体得していくべきなんだな。「子どもは未熟な大人」ではなくて「子ども」なのだから。ルソーのいう「子どもの発見」についても考えてみなければなるまい。「教育は消極的でなくてはならない」なんて言葉もある。

ま、そんなことを考えると、上記のどちらがいい?

 

 

2020/12/03

森のようちえんの焚き火力

森のようちえんにお邪魔した。

私は遠くからそっと見守るというか、眺めているつもりだったのだが、気づいたら子どもらとぐでんぐでんにと遊んでいた……。
思えば20年ぐらい前には私も娘とぐだぐだと遊んでいたのであった。保育園に迎えに行くと、ドトドと子どもらが集まってきて組んずほぐれつ格闘していた。それがフラッシュバックする。トラウマ 今と違うのは体力だな。昔は1時間ぐらい続けても平気だったが、もはや何分持つか。
コロナ禍も考えたら、濃厚接触はマズかったかなあ。まあ、森林療法で免疫力が高まっていたということで。。。

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森のようちえんを一応説明しておくと、屋内施設は使わず野外保育を行う保育活動。主に森というか、自然の中に未就学児童を連れ出して彼らの好きなように過ごさせる。保育スタッフや保護者も交えるが、なるべく、というかほとんど手も口も出さない。危険な行為も、ギリギリまでやらせておく。だからケンカもあれば、転んだり滑ったり、木から落ちたり……。それも、子どもたち自ら経験でルールを決めたり,何をどこまでやってよいのか学んでいくのだという。

で、こんなシーンもあった。

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自分たちで焚き火。ちゃんと燃えるものを集めてきて、マッチで火をつける。大人としては、つい口を出したくなる。「焚き火っちゅーうのはなあ、こうして薪をくべていくんやでえ」。誰も聞いていない(泣)。やっぱり「お口にチャック」なのであった。。。

それでも火は燃え上がり、サツマイモを放り込んで焼き芋にする。想像以上に子どもたちの焚き火力は高い。

森のようちえんの運営者は、「最初は野外保育をやりたくて始めたのだけど、子どもらと一緒に森について学んでいくうちに、日本の森の現状や林業にも興味を持つようになりました」。

私は日本の林業には絶望してしまった結果、これを建て直すには根本の教育からやり直さないといけないのではないか、と思いかけている。そしてそれは、子ども心に焼き付けねば身につかないのではないか、と。

正反対の立場から、同じ所に行き着く。

 

 

2020/10/08

森の幼稚園?森のようちえん?

先日の日曜日、生駒山の大阪側の「むろいけ園地」に出かけた。大阪府立公園の一つで森林公園である。

私はここにある湿原を定点観察の場としているので、ちょくちょく行く。通常は平日だが、今回は思い立ったのが日曜日だった。
いつもはのんびり一人もの思いにふけるのによい場所なのだが、その日はやたら人、それも親子連れが多い。湿原の木道を走り回るなよ……。

最近は湿原が草むらになっている。干上がったわけではないのだが、水かさが増していないのか、草が盛り上がるように繁っている。ツリフネソウとミゾソバの群落ができている。これで湿原としての将来はどうなるのかなあ。

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なんだか人影が多いと落ち着かない。それで早めに退散しようとしたが、「森の工作館」のところに案内板が出ていた。

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なんと、「森の学校」と「森の幼稚園」と「お母さんの自然学校」が開かれているらしい。それで賑やかだったのか?

まあ、それはいいのだが……「森の幼稚園」という名称もわりとポピュラーになったな、という感慨。

もともと「森の幼稚園」とはデンマークで始まりドイツや北欧に広がった野外教育だが、基本は教育機関だ。一般の幼稚園と同じく平日の昼間開かれるものである。ただ、日本の場合は保育園もあるし、無認可の様々な幼児教育・育児サークルもあるし、野外施設の環境教育プログラム、さらに森とは限らず田園や海など野外を使うものもある……ということで広がっている。だから全国ネットワークを作る際は「森のようちえん」と平仮名にしたようだ。

この「むろいけ園地」の場合は、月1回のイベント的な学習会らしい。でも「幼稚園」と漢字(^^;)。しかも保護者も参加するのか。お母さん(お父さんはどうなるんだ!)は別の場所で、改めて勉強?するみたい。森林公園の定期プログラムなのだろう。

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それが「森のようちえん」の理念に反しているとか間違っているとか流派争いをする気は毛頭ないのだが、なんだか定義が広がりすぎたなあ、と思った次第。今は試行錯誤しつつ、いつか収束するのだろうか。それとも、より拡散するのかも。

どちらにしても、指導者・講師の質が問われるね。単に自然と触れさせるだけのものから、自然の見方や環境の概念を身につけさせたり、遊びも児童自ら考えさせる理念のものまで。

その点、林業学校と同じ。

 

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