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森と林業と田舎の本

2020/11/16

違和感?ニュータウンの街路樹

今日は生駒の奥地を訪ねたのだが……そこにはニュータウンが広がっていた(^o^)。

もともと別荘地だったようで区画が広いが、車で走っていてふと違和感を感じたのは街路樹。この街路樹、何か不思議な様子……。

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一瞬、ヒノキ? とか思ったが、これはカイヅカイブキだろう。庭木や、垣根によく使われる。針葉樹だが、通常の葉は尖っていない。園芸品種になるのだろうか。

アップで見ると、わかりやすい。

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あんまり街路樹にするケースはないと思うのだが……。何か街路の光景として違和感がある。丸く刈り込んであるのも、街路樹ぼくない。
まあ、落ち葉の心配が少ないとか、冬でも緑を保つとか、火事に強いとか、それなりに効果はあるかもしれないが……。

もしかして開発業者が、庭木用に用意したのに余ったから街路樹に回した、ということはないだろうな。でも、この木は、剪定をしっかりしないと暴れ木になるよな。まんまるく刈り込んでいるうちはいいが、放置すると逆立った髪の毛のように枝葉がアチコチに飛び出す。そういや左側の街路樹にその気配がないでもない。

ニュータウンの中には、たまに開発業者の個性が出ることがある。いい方向かどうかは別として。ちなみにこの街の家は、やたら薪ストーブ率の高いことがわかった。

2020/11/15

謎の柑橘果樹園

夏の間、10月には台湾で登山だ、と思ってせっせと体力増強用に奈良県各地の山をいくつも登っていた。わざわざザックに水を詰めて荷重かけて……。

9月、渡航は無理となって一気に気が失せて運動量が激減……。仕事以外では買い物(それも店まで車で移動)で家を出るぐらいに堕落。

これではイカンなあ、と11月に入って少しずつ再び山を歩いたり、早足散歩などを始めた。

まあ、そんな一環で生駒山の大阪側を進んでいたのだが、突然山の中で出会ったのがこの果樹園だ。

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なぜか柑橘類ばかりが植えられている。この大きな実は何かな。

まあ、それはいいのだが、解せないのはこの果樹園に行き着く道のりだ。
私が歩いていたのは、ほとんど廃道のような荒れた道。ここまで30分くらいは歩いたか。しかもその道沿いにあるのではなく、少し逸れる。たまたま、そこに明るい土地が見えたので何かあるのかな、と思って一部藪をかき分けて入ったのだ。

しかしこの園地そのものは何も囲いの柵もない。そして何より不思議なのは、道がない。所有者は、どこからここまで到達するのか。車では来れない。私のように結構細くて荒れた道を進んで、さらにそこからかき分けて入るのか。ほかの別のルートがあるのかと探してみたが、見つからない。

とはいえ、草刈りはしているし、わりと世話はしているように見える。柵はないが、幸いイノシシにはやられていないようだ。

隠れ田ならぬ隠れ果樹園である。ここがその人物の土地なのか、本当に山を勝手に開墾して果樹を植えたのかわからないが、持ち主はここに通うまで相当大変だ。

生駒山には、まだまだ謎がある(笑)。

 

2020/11/06

ヒノキが枯れ始めたのはなぜ?

我がタナカ山林は雑木林に覆われているが、一部にヒノキも生えている。しかも天然もの。どこからか種子が飛んできたのだろう。
とはいえ、決して生長はよくない。ヒョロヒョロと数本固まって生えているだけだ。それでも、数年前に一帯を皆伐したときは残した。広葉樹ばかりでは面白くないと思ったのである。

そのヒノキが……たまたま間近に見る機会があったのだが、葉が枯れ始めている?

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それも幹に近い方から黄ばみ始めている。通常水分が足りないなどの理由なら、葉先から枯れると思う。
これは、何が起きているのか? 病気? 害虫? それとも生理的なものか?

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謎である。夏の暑さにやられたのが今頃症状に出たということはあるだろうか。最近は雨もよく降っている。

うちの山だけの現象か、それとも生駒山の他の地域にも起きているのか。ほかにヒノキの生えているところを探して確認しておくべきかも。

どなたか原因わかる人いますか。

 

 

2020/07/01

森のアジサイの効能

昨日だったかの朝日新聞の「天声人語」で、こんな内容を取り上げていた。

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内容は、岩手県一関市の「みちのくあじさい園」を紹介しつつ、アジサイの花に関するエッセイ風なのだがここには触れていない裏側がある。それは、この「アジサイ園」は立派なビジネスであり、しかも林業になっている点だ。
私も幾度か訪れて取材している。ここは、林業の新たな方向性を考えるのにも向いているからだ。ちなみに、そのうちの一つがフォレストジャーナルに記したこの記事

そもそもあじさい園を経営する伊藤さんも林業家である。それどころか指導林家なのだ。そしてアジサイの花園としての経営に加えて、記事にあるような〇〇〇〇〇フラワーの生産も手がけるようになった。林業の木材生産が長期利益を求めるのなら、あじさい園で中期利益、アジサイの花から生産する商品で短期利益を得ることができる。単なるアジサイの花を愛でているのではないのだよ。

 

実は私も影響を受けて、生駒山の一角にアジサイ栽培を行っている。林業ではないけれど、森のデザインとして何ができるか試みの一つである。

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私の場合は、タナカ山林をあじさい園にするつもりはなくて(下手にアジサイいっぱいにしたら勝手に侵入されて荒らされてしまいかねない)、雑木と交えてアジサイを増やしていこうという趣向だ。できるだけ道から見えないようにしている(⌒ー⌒)。ただ、私が内部に入って楽しもうというのが目的だ。森を美しくするのは、森に通う理由にもなる。
アジサイが大きく育てば、ササや草を抑えてくれるだろう。今の季節は虫だらけだけど、アジサイは害虫にも強い。しかし、植え始めて思うのだが、花が咲くことの満足感は大きいね。なんか下手な作物より楽しい。自分が植えて育ち、森の景観が変わっていくことは楽しい。そのうち「秘密の花園」にすることをめざしている。

ちょうど梅雨の今どきが植えるチャンス。雨のスキマを縫って挿し木をしていこう。

 

 

2020/06/23

10分の1しか白くないハンゲショウ

テレビで尾瀬の湿原の秘密を紹介する番組を見たので、私も生駒山の湿原が気になって見に行ってきた。ちょうど、夏前なら半夏生(ハンゲショウ)が茂っているはず……ほかにもキンポウゲも咲いているかな……とか想像していたのだが。

あらら。半分どころか10分の1も白くない。ハンゲショウじゃなくなるぞ。

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全然白くない。どうした、まだ早すぎたか。ハンゲショウは少しずつ葉を白くしていくのか。それとも湿原の異変か。

ちなみに昨年の湿原は、こんな風。半分以上白い。また2年前にこの湿原のハンゲショウを記事にしていた。昨年は「半分、なつぞら」という記事にしている。ハンゲショウ、毎年紹介してるやん(笑)。でも、今年は……。

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実際、今年の湿原は、全体に樹木化が進んでいるように感じる。高さ2メートルぐらいの灌木がそこかしこに生えているのだ。

乾燥して陸地化きた? いや、地表に水分は十分にあるように見えるのだが……。昨年は生えていた草花があまり目に入らない。湿原の植生は移り変わるものだが、たった1年で様変わりというのも早すぎる。

なかなか目が離せないぞ。

 

2020/05/29

生駒山のモミ

生駒山中腹にある宝山寺。いつも参拝に訪れる寺院だが、そのもっとも奥まったとところから山頂に連なる尾根に登るルートがある。急峻で滑りやすく、知る人の少ない登山コースだが、楽な道ではないものの、私は愛用?している。ここで他の登山客と会うことがないから。

それで、トレーニングがてらに登っていて、ふと気づいたのは、モミの木が目立つことだ。

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生駒山の植生はコナラ林が基本だが、それが徐々にシイ・カシなどの照葉樹林に成りつつある。おそらく照葉樹が潜在植生というか、元植生なのだろう。ところが、たまにモミが目に入るのだ。それも圧倒的に宝山寺の周辺に多い。

しかも、結構な大木がある。胸高直径で30センチを越す。これだけの木はスギやヒノキにはない。

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モミも生駒山の元植生なのだろうか。江戸時代は草山だった記録があるから、樹林はほとんどなかったはずなのに、そこにモミが残る余裕があったのか。もしかしたら宝山寺の境内ということで伐採を免れたのかもしれない。聖地扱いだ。

もしかしたら、植えた可能性だってある。モミの白い材質は卒塔婆に向いているから、お墓用に。

生駒山の歴史を、植生でたどって見られるかもしれない。

 

 

2020/05/07

ギャップから“休園地”を見る

相変わらずせっせと山を歩いているが、連休中は本当に人が多い。マイナールートでも先客ハイカーとすれ違ってばかり。

やはり、接触を避けるには道のないところを歩くしかない! というわけで道から逸れて斜面をトラバースして進む。

生駒山に関して言えば、道がなくてもわりと歩きやすい。なぜなら照葉樹林化が進んで、林内が暗くなり林床に下生えが少ないからだ。多くは低木にアオキなどがあり、その上にツツジやツバキが多い。そして高木のシイ・カシが広がる構造。コナラはナラ枯れでかなり減ったように思う。全体に森林の高齢化が進んでいる。一方で、昨今の台風などで倒木や土砂崩れを起こしたところも少なくない。倒木を避けたり乗り越えて進むのは、結構面倒だ。

それでも微妙な地形を読みながら自分の進む先に何があるか想像するのは楽しい。そして、何より他人と会わずに済む。

ところが、そんな中でも急に明るい一画がある。

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一瞬、道路か何かで切り開かれているのかと思うが、何もない。というか、倒木が転がっている。数本の大木が倒れて、それで林冠が開いたのだろう。典型的な「ギャップ」だ。森の中に開いた明るい空間。そこには草や稚樹が生え始めている。森の新陳代謝。極相に近づいた森は安定するのではなく、ギャップができることで若返るのだ。暗い照葉樹林では生えにくい、下草や落葉樹の稚樹が芽吹く。

同じようなところをナラ枯れ跡地でも見かけるが、そう考えると台風やナラ枯れのような被害も、森林の若返りに必要なんだろうな、と思ってしまう。短期的には「荒れた森」も、長い目で見て「森の世代交代」現象で必要ではないか、と。

 

さて、ここを抜けてしばらくすると、尾根の山道に出て、すぐ生駒山山頂であった。ここには山上遊園地があるのだが、時節柄、休園。入園料は採らないので中に入れるのだか、当然ながら人気は少ない。見る人のいないところで花壇の花が満開になっていた。来客を迎えるために昨年から植えて育ててきたのだろうに。

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遊具はみんな止まっている。駐車場と園地を結ぶケーブルカー「どんぐリス」は、今年完成したばかりなのに、一度も稼働させないまま休園だよ……。

でも、考えてみた。この休園も、長い目で見たら必要だったと言えるのかもしれない。いや、日本社会、世界の人間社会そのものが、コロナ禍のおかげで「立ち止まれた」という日が来るかもしれない。人類の世代交代、若返りのために。

2020/05/02

なぜ池に鯉がいる ?

相変わらず、毎日出かけている。外出自粛なんぞどこ吹く風、と出かける。

めざすは他人に会わない山。まあ、完全に誰もいない道は少ないのだけど、人のいないマイナールートを探す。これが毎日になると大変なのだ。メジャーな生駒山登山ルートや幾つかの森林公園内ルートは、常にハイカーが行き来している。まあ濃厚接触というにはほど遠いから気にしなくてもよいのだが、私自身が他人に会わないで歩きたい。結局、道のないところを歩くのが一番てっとり早いのだが……。

今回選んだのは、山というには低すぎて、しかも範囲も狭い矢田丘陵の北の端。標高は200メートル程度なのだが、結構谷が細かく、溜め池多い。そんな麓に隠れてある小さな寺の裏側から谷ををよじ登り、細い尾根をかき分けて行く。尾根には山道があったのだが、それが迷路のように枝分かれしている。でも、人影はゼロだった。

そんな山中をぐるぐる歩いて出くわした小さな溜め池。…そこで撮った写真がこれ。なかなかモネっぽくて水面の反射が美しい。

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注目してほしいのは、中央付近に何か赤いものである。水面が新緑を写す中で赤いアクセントとなる影……。

これヒゴイ、つまりニシキゴイである。池野恋、じゃなく池の鯉なのである。少なくても2匹いた。かなり大物。体長は50センチ級だ。こんな小さな池(奥行き20メートル程度)にコイが複数いて、餌に困らないだろうか。もっとも、放されたのは今日昨日ではなく何年も生きているのだろうが。

しかし、この溜め池には川はなく、そこに魚類がいるのは当然人間が持ち込んだわけだろう。とくにニシキゴイだから自然界にいるわけではなく、誰かが放流したと思われる。自宅では飼えなくなって放したのだろうな。
ただ、この池にたどり着くのは、結構大変だ。かろうじて道はあるのだが狭い山道で、それも枝道だから、誰もが通るところではない。わざわざ、池に放そうと持ち込んだとしか考えられないだろう。

ちなみにコイは、基本的には外来種とされる。最も縄文遺跡でも骨が見つかっているから、ほとんど在来、自生と言ってよいのだろう。
ただ、コイは日本の自然を破壊していると言われる存在だ。外来種だからというより、非常に貪欲な食欲でなんでも食べるからだ。在来魚類はもちろん、水棲昆虫も食べてしまう。狭い水域に放すと生態系を破壊すると言われている。

ただ赤い色は目立つので、よく鳥に狙われる。我が家の庭の池に話していた大型の金魚は全部サギにやられてしまった。しかしこのぐらいの大きさのニシキゴイは、大きすぎて狙われないのだろうか。

小さな山の、小さな池の生態系。このニシキゴイは池の主になれただろうか。

 

2020/04/29

ツイン・タケノコ

イノシシの落ち穂拾いのさらに忘れ物探し。

ちょいとタナカ山林を覗くと、またタケノコが顔を出している。2日前に30本近く掘ったが、目溢しというか、新たに伸びてきたタケノコがちらほら。急いで掘ったのが10本くらいだが、さすがにこれ以上いらない。結局、ラッキーガーデンや近所の家に配る。

で、気になるのが、このタケノコ。

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何、これ。2本並んで生えているのか?それとも1本が分かれてしまったのか。

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掘り出すと、内部で癒着というかつながっていた。いわばツイン・タケノコだ。頂きは2つあるが、皮は全体を1本として包んでいる。こんなタケノコは初めて見るが、そこそこ起こる現象なのだろうか。
しかし、幾重もの筍皮で包まれていると、その中が気になる(^^;)。早速剥いてみた。

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なるほど、地下茎から伸びる時点で密接していて、皮が巻く際に一体化したのだろうかね。面白い現象である。このまま生長したらどんな竹になるか。この竹にかぐや姫が入ったらどうする? と馬鹿なことを考える。それとも意外とつまらないフツーの竹として育つんだろうかね。。。

 

2020/04/27

タケノコ掘りのセカンドインパクト

先に、今年のタケノコは、イノシシにやられて全滅……という状況を紹介した。

が、密かに待ち構えていたことがあるのだ。

それは……イノシシの落ち穂拾い! いや、正確にはイノシシの見過ごしタケノコ掘り! イノシシ様が、残してくれた、かもしれないタケノコをおすそ分けしていただこうという低姿勢である。

3月に出たタケノコは見事に全滅させられたが、実は毎年、掘った後にもう一度生えてくる二番手タケノコがある。それを狙っていたのだ。イノシシも一度掘ったところにはあまり来ないんじゃないかな、来ないでくれ。何よりイノシシが見つける前に掘ろう、作戦である。

すると!

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ニョコニョコ、伸びてきているではないか。雑木林に伸びるタケノコ群という、いつも眺めているものの珍しい景色を見つつ、掘りまくる。少々伸びすぎも掘る。頭を少し出しただけのものもよ~く探して、見つけたらとにかく掘る。
ちなみに伸びすぎのタケノコも十分食べられるのだ。とくに穂先は十分柔らかくて美味い。地下茎に近いところも堅いなりに料理法によっては美味いのだが、とにかく大量に掘るので贅沢に切り捨てる。

ざっと20本、いや30本近いか。いつもより多い。今年は成り年だったか。残り物?二番手?のタケノコ掘りの割にはインパクトがあった。セカンドインパクトだ(笑)。

この調子ならサードインパクトも可能性があるかもしれない。5月の連休すぎを狙おう。

ところで、よくよくタケノコを探していると気づいたことがある。何本かはイノシシが掘った跡があるのだ。さらに齧ったものもある。いや堀り取って、そのままのタケノコも転がっていた。そして、堂々と糞をしていた。

20 イノシシの糞

20-3齧り痕のあるタケノコ

これから推察するに、イノシシは決して二番手のタケノコを見逃したわけではなく、見つけて一部は掘っているのだ。しかし、全部食べていない。いや掘るだけ掘って捨てているものもある。

どうやらこの季節、イノシシの餌はたっぷりあって、タケノコばかりを食うつもりはないぜ、という意思表示なのか。もっとも、タケノコ堀りだけは一部で行ったのはなぜか。食べないでも掘る。依存症か、趣味のタケノコ堀りなのか。

もともとイノシシは無意味に道端とか芝生などを掘り返しているときがある。一般に言われるようなミミズを探しているのではない。どうも土を掘るのが好きなようだ。何か別の理由があるのだろうが……タケノコ堀りも一緒ではないか。

私も、さすがにイノシシの齧ったタケノコは遠慮したが、掘ったものはしっかり食べるぞ。


なお一部をラッキーガーデンに納入というか上納。おかげでアイスティーとカレーパンをいただく。このカレーパンは絶品だ。

そして生駒銀座かと思うほどの人出。今日は一応平日なんだが。みんな休み(正確には自宅待機)を持て余して野外カフェならいいと思ってくるんだなあ。しかし、オーナーは「ゴールデンウィークは閉める」という。大阪から大量に人がやって来て感染させられたらたまったもんじゃないからだ。私は、連休中もタケノコ掘るか、ラッキーガーデンのリフォーム・ボランティアに参加するか。

 

 

 

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