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森と林業と田舎の本

2019/10/11

オオカミの聖地でみたオオカミ

超大型台風19号が日本列島に向かっているとのことで、メディアもてんやわんや。先の15号の際には、千葉の大被害をスルーしてしまい、その反省からだろうか。
しかし、あまりに「超大型台風が上陸する!」「早く対策を!」と連呼されるとしらけてくる。単に台風をネタに盛り上がっているだけじゃないか。あまり騒ぎすぎて「オオカミ少年」になってしまわないように。

と言っても、奈良は今のところ平穏です。おそらく生駒山の霊力に守られているからでしょう、知らんけど。


そこで今夜は、のほほんオオカミネタ。

先日、東吉野村を訪れた。ここは吉野林業だけでなく、もう一つの聖地だ。それはニホンオオカミ。1905年、マルコム・アンダーソンが現東吉野村小川で買い取った遺骸を最後に、ニホンオオカミは日本列島から姿を消したからだ。その後、福井等いくつかの地域でオオカミがいたという記録はあるが、公式には確認されていない。だから、東吉野村はニホンオオカミ終焉の地として聖地となったのだ。

そのことを記事にした。

大和森林物語48 幻の生きものたち① 謎だらけのニホンオオカミ

もっとも、ここでは記事ではなく、取材を通じて村内で発見したオオカミを。

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これは有名?なニホンオオカの銅像。実はイヌより小さい。

 

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こちらはモンゴルオオカミ(タイリクオオカミ)の毛皮。もちろん本物。聖地に奉納?した人がいる。比較的新しいが、モンゴルでもオオカミは希少種になっていたはず。密猟かな?オイオイヾ(- -;)

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これは村内喫茶店にあるトルコのオオカミの剥製。おそらく種としてはタイリクオオカミだろう。もちろん本物。剥製コレクターの遺族からの寄贈。やはり聖地には、各地からオオカミに関するものが引き寄せられてくるのだ。

ちなみにタイリクオオカミはでかい。ニホンオオカミの2倍くらいありそうで、生きた個体と向き合ったら震え上がりそう。これを野に放せ、と主張している団体もあるのだが。。。

なお毛皮も剥製も、どちらも間近に観察できる。並んで写真も撮れる。そして触れられる。オオカミファンよ。羨ましいだろう(⌒ー⌒)。やっぱり東吉野にオオカミは似合うのだ。

村内のどこにあるかは、リンク先の記事を読んでいただきたい、有料だけど。

2019/10/07

NHK番組を見て飢えるナラシカの将来を想像した

昨夜のNHK「ダーウィンがきた!」では、「奈良ならでは!古都のシカ 命つなぐ戦い」をやっていた。これはナラシカ(奈良の鹿)を取り上げた動物ドキュメンタリー。奈良公園で人と交わりながら生きるシカをテーマにした記録だ。メスを巡るオスの争いや、立派な角が危険すぎるので切り落とす「角きり」などを紹介していく。

その中で一部ひっかかった点。

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まず、夜も森に帰らないナラシカがいることの紹介。本来なら昼間は公園や寺社の境内など芝生が広がる街に出て草をついばみ、夜は背後の春日山の森に帰る。ところが最近は、夜でも街の中で過ごし、夜も餌を探しているところを描いていた。
たしかに餌も探しているだろうが、そもそも街の中で寝るようになったことが重要だ。安全を求めて森に帰らなくても公園内でも十分安全と感じだしたのかもしれないし、時間感覚を失いだしたともいえる。ようはシカの生態が変わってきたことに注目すべきだろう。

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ただ、餌不足問題は大きい。番組でも木の皮や落葉を食べる様子を映し出していたが、これは末期的である。あきらかに食べるものが足りない。なにしろ奈良公園内だけで1300頭を越え、春日山などを加えたら2000頭を越えるシカが生息するのだ。生息密度は自然界の100倍以上だろう。それに比して餌となる植物(主に芝なと草類)が足りないのは事実である。だから公園から飛び出し周辺の農地を荒らすことも起こすのだ。

この点を私も昨年、Yahoo!ニュースで「奈良の鹿は栄養失調?鹿せんべい食えたらイイわけじゃない」として記事にしている。
この時は、だったら餌を人間がやれ、という問題じゃない、餌を与えたら野生ではなくなるし、より生息数を増えて問題を大きくすると記したつもりだが、多くのコメントや反応は「栄養のある鹿せんべいを開発して与えろ」だった。。。

より問題なのは、増えすぎたシカの食欲が農地を荒らすだけでなく春日山の植生を壊していることだ。春日山は原生林であることが価値で天然記念物であり世界遺産でもあるのだが、どんどん植生が劣化している。次世代の稚樹が食われてしまって老木ばかりになっているうえ、シカの食べないアセビやナギ、それにナンキンハゼばかりが繁茂するようになってきた。

かといって、「それではナラシカの個体数調整(ようするに駆除)しよう」いうのも困る。あくまでナラシカは天然記念物であり、神鹿として宗教的に1000年以上守ってきた生き物であり、今や観光資源であり奈良のシンボルなのだから。

こうした点を昨年出版した『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』で考察したわけである。

私も考えた。考えて考えて、悩んで出した結論としては「ナラシカはこのまま保護し続ける」である。ただし、餌の給餌などは一切しない。簡単に言えば飢えてもよしとする。それも自然の営みである。そうすることによって、個体サイズは小さくなる現象も起きているし、自然淘汰を受けやすくなる。
一方で、春日山などの植生が荒れる点も享受しなければならない。完全に植生を保護しようとすることに無理がある。そもそもシカのいる森は、どこでも植生被害を受けるのだ。春日山も戦前は荒れ放題だった。結局、長い歴史の中では「豊かな自然」というものが本来の自然ではない、と気づいたのだ。常に自然界にはストレスが存在して、多少は傷みつつ存在するものなのだ。

ただし、森林の一部を柵で囲って、鹿の入れないエリアで現植生を守る。さもないと絶滅種を出して生物多様性を失われてしまう。いつか自然現象としてナラシカが減ったときに、再び植生を広げることに期待したい。それが精一杯の人間のできる「保護」ではないか。

今後、ナラシカはどうなるだろうか。草の餌が足りなくなって飢えたら、高い木の枝を食べようと首を伸ばすかもしれない。首が長いシカが生き延びて、そのうち首の長いシカばかりになる。ナラシカがナラキリンになってしまう。さらに木登りして高木の枝葉をむしりだすかもしれないし、木の幹をボリボリかじりだすかも。もしかしてに昆虫を食べて動物性タンパク質によって栄養つけるとか、池に飛び込んでサカナを食う、いやいやイヌやネコを襲って食べだすかもしれんよ。狩猟を覚えたら、次は芝を栽培し始めて農耕を行うかな。。。とまあ、そんなアホな想像も頭に浮かんだが、動物は環境に適応して生態を少しずつ変え、形態を変え、それが進化につながるものだよ(⌒ー⌒)。

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2019/07/13

クマと出会えるまち

群馬県のみなかみ町を訪れていたのだが……小雨が降り、そこで案内された森は、ガスに覆われて白く染まっていた。ちょっと幻想的な風景の森を歩く。ところが……。

「いかん、クマだ」

先導してくれていた人がきびすを返す。

えっ? 

思わず前進してしまう私。手にしていたカメラを構えて……いや、それはマズいだろうと気づいて、(しぶしぶ)私も引き返したのだが……。ああ、見られなかった。クマ(ツキノワグマ)、見たかった。

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体長1メートルくらいのクマが道を横断していたそうだ。「こちらに気づいていないから、むしろ危険」とのことだった。

少しもどって足元を見ると、あら、足跡があるじゃないか。

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ただ、別に珍しいことではないという。クマはしょっちゅう、町の中にも出没するらしい。「最近では横断歩道を渡っているよ」。

それではナラシカ(奈良のシカ)状態ではないか。人をこわがらず、でも手出しもしない状況か。近年は本当に増えたそうだ。実際、アチコチの山に「クマ注意」の看板などがある。幸いなことに人的被害は出ていない。ただ農作物などは荒らすようだし、山に入れなくなるのも困る。
いっそ、「クマに出会えるまち」を宣伝文句にしたら……と口走ってしまったが、さすがにそれはマズいな。ただクマが増えているのは間違いなさそうだ。住民はクマとのつきあい方を覚えて、なんとか棲み分けているようだ。もっとも温泉があり、登山やラフティングなどのアクティビティが豊富で訪問客も多い町だけに対策は難しいだろう。

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2019/06/22

奈良にもあった! ジビエソーセージ

ふと見かけた商品。

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ジビエのソーセージ。イノシシ肉と、シカ肉を使った2種類。どちらも奈良のジビエだ。

シカは間違っても奈良公園のシカではないが、流通に乗せるまで製造できたのは頑張った。実際、安定供給はジビエの最大の強敵。これも扱う店は絞り込んでいると思うが、とりあえず店頭に並んでいるのだ。

そのうち味わおう。今は、買わないけれど(^^;)。

 

2019/05/09

「クローズアップ現代+」のアーバン・イノシシ

昨夜のNHKクローズアップ現代+を見た方はいるだろうか。

タイトルが「アーバン・イノシシ物語」。都会に出てくるイノシシの話題だ。我が町でもイノシシは激増しているし、わりと身近なテーマだった。

詳しい内容は上記リンク先をたどれば、かなり詳しく紹介されているから任せるが、基本的には良番組だった。
イノシシが都会に出るのは、山で数が増えて、バッファーゾーンである里山の衰退により町に出やすくなったこと……これだけならありきたりだが、都会の餌が非常に高エネルギー食で、麻薬みたいな美味しさがあり、今更山にもどれなくなっているとまで紹介していた。しかも餌が豊富なので体格も山のイノシシより数回り大きくなっているという。山では成獣で体重80キロぐらいが限界なのだが、町に出没する中には150キロクラスまで生育しているのだ。

さらに出没しやすくした背景には、都会人が野生動物の怖さを知らずに近づき、馴化(人馴れ)を進めたことや餌を与える輩までいる点にも触れている。出くわしても追い払おうとしない人間は、むしろ襲っても良い対象と思っている。そして、目先の駆除では解決しない(駆除数以上の速度で増殖する)ことも説明した。

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都会の食事(残飯や、人を襲って奪う弁当・お菓子など)がイノシシにとっての麻薬と表現したのは上手い。その前にアーバン・イノシシという命名も上手いな。これで惹きつけられるし、ことの本質を伝えることができただろう。

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さらにこの写真は、なかなかショッキング。都会のイノシシは牙が山イノシシより数段長く鋭いのだ。横に飛び出しているから、接触するだけでザックリ切り裂かれる。しかも走ると2秒で時速40キロぐらいまで加速するそうだから、もはや人間が逃げるのは不可能ではないか。。。

ただコメンテーターがつまんない。人とイノシシは共生できないのか、とかキレイゴトしか語っていない。それにオオカミがいなくなってイノシシが増えたかとのような描写があるのも噴飯ものだろう。オオカミが消えて80年間は、イノシシは増えなかったよ。

むしろ私が気になったのは、こうした現象が日本だけでないことも示していることだ。

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ヨーロッパにトルコ、そのほか韓国でも町に出没するイノシシが問題になっているらしい。おそらく世界的な傾向なのだろう。つまり、里山の衰退、ハンターの減少などの日本的理由だけでは説明がつかないのは間違いない。もしやイノシシの“進化”か? 都会に順応し、都会の方が生きやすいと生息域を変え始めたのか?

実は拙著『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』で“奈良の鹿”を追いかけた際も、奈良の鹿とは山の鹿とは別の文化を持つ、いわば別種ではないか、と思ったことがある。遺伝子ではなく習性が別物になっているのだ。生態的亜種とでも言えるか。奈良の鹿も残飯あさって数を増やしているからね。(ただし、体格はむしろ小さくなっている。)

シカもイノシシも、人と人間社会に対する姿勢を変えつつある。人間側もこれらの野生動物との向き合い方を変えないと、エラいことになるかもよ。

 

 

2019/04/15

獣害のある自然

再びタナカ山林へ。今回もタケノコは見つからなかった。

だが、犯人の証拠を発見。

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このとおり、かじられたタケノコの穂先。さすがにイノシシだとわかる。地下茎の下をくぐるように掘り出して食べたか。

こんな置き土産もあった。

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しっかり糞をしていった。今年もタケノコ堀りはイノシシとの競争で厳しそうだ。今やイノシシは尋常でない増えようだ。

と書いて、ふと疑問に思った。イノシシ、そしてシカの激増で農作物だけでなく森林そのものも荒らされて生態系が乱されているというが、本当だろうか。乱されない自然とはどんな状態なのか。イノシシもシカもいない自然はおかしくないか。生態系は植物だけでなく動物も含めて成り立っているものだからだ。
これが外来種なら、本来いなかった動物が生態系を攪乱しているなどと言えるのだが、シカもイノシシも古来より日本の野山に生息していたわけである。そしてシカもイノシシも繁殖率は高い。なんでも食べて、たくさん出産する。増えて当然なのだ。オオカミが生息数を抑える効果は極めて小さい。ハンターだって農地を守るが精一杯で、生息数を左右する力はない。

たとえば江戸時代の山は自然豊かだったのか。いやいや、相当荒れていたようだ。風景画などにはスカスカだった状態が描かれている。一般には、人間が燃料にするため伐りすぎたせいだとされているが、そこにシカなども関わったのではないか。事実、里人は入れなかった聖域・奈良の春日山も同じだったからである。それなのに明治以降に植生が急速に豊かになって、今では「春日山原始林」として天然記念物であり、世界遺産に指定されてしまった。

むしろシカやイノシシに荒らされた自然の生態系が正常なのかもしれない。植物が繁茂して生物多様性の高い自然は異常と考えたらどうだろう。

明治期から昭和50年代までは、野生動物がひどく減少した異常な時代だった。そのおかげで植物が異常に繁殖し多様で豊かな森林になってしまった……このように解釈できないか。ところが自然を回復(この場合、シカやイノシシの生息数が以前にもどった状態)したために、また植生も昔の姿を取り戻そうとしている。。。

本来の自然は、植物が繁茂していなかった! 生物多様性の高い森林生態系はニセモノだ!

 

この仮説、誰か検証してみないか。(袋叩きになっても知らない。)

 

2019/03/23

動物行動学者の本

最近、動物行動学者の出版、それも一般向き体験談が増えているんじゃないか、と感じる。
私も何気なく手にとった幾冊かの本がその筋のものだったりする。
  
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動物と言っても結構千差万別で、扱うのは鳥類からバッタ、ウナギまで動物と言っても哺乳類から魚類、深海生物、昆虫、ときに植物もあるがバラエティに富んでいる。単に自身の研究内容を記したのではなく、むしろ研究のために自分のとった行動を記している。単に動物を扱うだけなら研究室でもできるのだが、行動を追いかけるとフィールドに出るし、相手は動きがあるから、一種の紀行文的な部分もあり、とくに海外とか無人島とかが舞台だと想定外の出来事も多くてハラハラドキドキできる。加えて研究内容のトピックをわかりやすく紹介しつつ著者の人生の歩みをたどる点も一般人の共感を得やすく読みやすいのだろう。
   
私の読んだ中でも、爆笑ものから感動した本もあれば、ちょっと無理しすぎ・文章下手・話題オモロナイ……な本もあって玉石混淆。
だが、なかにはヒットした作品もある。『鳥類学者だから……』とか『バッタを倒しに……』は、ものすごく増刷されているもんなあ。ちょっとしたベストセラー。おそらく、編集者はそれに味をしめたんじゃないかと思う(笑)。
     
私自身は、学生時代からサル学者とか民族学者とかの本をたくさん読んできたから馴染みがある。どちらかというと学者の本というより探検の本的な感覚で読んでいたが。専門的な知識もあるから教養的であるものの、実は目的に達するための行動を学ぶ意味もあったように思う。
最近は、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』を執筆のため、結構な動物、とくにシカ本を読んだが、多くは研究書だったので面白くなかった。書き手の人格が現れる文章が読みやすいよなあ。その点は狩猟系とか、獣害対策の本の方が面白かった。
   
この手の本自体は珍しいわけではない。昔から名著と言ってもよい本が出ている。たとえば野生のゴリラやチンパンジーを追いかける学者や、ときに幻の動物を探したり恐竜化石を探したり……という本もある。実は、私が学生時代にボルネオのジャングルに行ったきっかけも、「オランウータンの島」(岡野恒也著)を読んだからである。これはオランウータンそのものよりオランウータンを探しに独立間もないマラヤ連邦のボルネオ島を訪ねた話。 
ただ書き方は概して真面目である。それに対して最近の本は、最初から笑いを取りに来ているように感じるが……。
   
  
そういや昨秋のテレビドラマで「僕らは奇跡でできている」というのがあり、それが動物行動学者(主演・高橋一生)が主人公だった。これはよくできたドラマで、学者はちょっと変わった……というより発達障害を思わせる行動が繰り広げられ、それらに振り回される学生・同僚・家族など周囲の人々の驚きや苦悩まで描いていた。が、そこから何がよりよき人生なのかと考えさせられるのだ。残念ながら視聴率は取れなかったようで、あまり世間の話題にはならなかったが……。このドラマの企画も、動物行動学者の本が売れている影響でつくられたような気がする。
  
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『僕らは奇跡でできている』一場面
   
なんだか、世間が学者という面白い人種を発見したのではないか(笑)。  
   
   
ときに、こんなページもある。
  
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単に谷山浩子の世界の終末を描いた歌が脈絡なく登場している(笑)。(『カラス屋、カラスを食べる』)
  


2018/11/27

ひこばえの稔り

実は、ここ1週間ほど風邪を引きずっている。熱は出ないものの、身体が辛い。

だから最低限の仕事などをこなすほかは、できるだけ動かずごろごろ。ダイエットも休止して?ばくばく食べて栄養をつけねば……。
 
ようやく回復してきた。まだ咳もくしゃみも鼻水も出るのだが、脱力感は薄らいできた。
 
少しは身体を動かさないと、筋肉が落ちる。なまって老化が進む。と思って少し山歩きをしてみようと思った。と言っても、いきなり道なきところを登って、途中でバテたら大変。
 
そこで考えたのが、山下り。車で高台まで登って、そこから下り道をおりるという……。ま、下りたらまた車のあるところまで登らなくてはいけないわけで(^^;)。ちゃんと道のあるところを選ぶ。
もっとも、行ってみたら台風の傷跡は今も残っていたので、倒木をまたいだりくぐったりしなけばならなかったのだが。おかげでゼエゼエと咳き込んできつかった。身体、やっぱりなまっている。
 
 
そんな中で棚田に出たときに見かけたもの。 
 
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この季節、棚田も稲刈りは終わっているわけだが、刈り取られた稲の切株からひこばえが伸びている。
 
これを稲孫(ひつじ)というそうだが、よく見れば、そのひこばえには稲穂が稔っていた。これをひつじいね、ひつじばえというそうだ。こうした田んぼをひつじだ、という。
 
実は、この稔りの収穫量がバカにならないのだという。江戸時代の年貢には入らないから百姓にとっては貴重な収穫であった。今も、実はひつじいねの米の方が美味いという農家がいる。過剰な肥料が抜けて、味がよくなっているとか。。。
 
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が、通常はほとんど放置されて終わるのだが、これを喜んで食う輩もいる。
 
それが野生のイノシシやシカだ。ひつじいねこそ、冬の大切な餌となるわけだ。そして、それを農家の人は滅多に追わないため、田畑に野生動物が慣れて出没するきっかけとなる。文字通り、味をしめるというわけだ。 
 
ひつじいね、食べてみたいなあ(^o^)。

2018/10/31

害獣の統計とその数字

生駒山でニホンザルを見かけた、という報告が私のところに届いた。3年ほど前からサルが見かけられるようになっていたが、そのときはハグレザルが移動中に生駒山系に入り込んだのかと思っていた。
ところが、どうも定住している気配がする。どうも生駒山系は.シカがいない代わりにサルの楽園になってしまっているのだろうか。
 
 
そんなときに環境省の自然環境局が、2016年度末のニホンジカとイノシシの推定個体数(中央値)を発表した。それによると、ニホンジカ約272万頭、イノシシ約89万頭だった。
 
前年度は、それぞれ304万頭、94万頭だったから、減少傾向にあると言えよう。せっせと有害駆除を進めた成果といえるかもしれないが、2023年までに半減(11年度比)させる目標からすると、まだまだ遠い。とくにシカの増加率を考えると、到底追いつかないだろう。
 
ちなみにニホンジカは本州以南であり、北海道に生息するエゾシカは入っていない。こちらは50万頭以上いるだろう。しかも304万頭は個体数の中央値とはいうものの、90%信用区間は約224万~456万頭だ。(イノシシ90%信用区間は約73万~123万頭。)あまりに幅がありすぎる(^_^) 。
もっとも推定値の算定法は得られたデータによって変えることが少なくない。新しい方法で過去の数値もさかのぼって変える。だから古い統計と突き合わせるのは危険だ。本当に減ったといえるのか疑問はある。
 
さらに獣害も数字上は減っているが、実感としてはないはず。そもそも生息数と獣害件数は正比例しない。数が減っても被害は減らない・増えることもある。
 
またハンターの捕獲数は伸び悩んでいる。シーズン中のハンター1人当たりの捕獲数は、平均2頭以下なのだ。単に狩猟免許を持つ人を増やしても効果は薄いのだろう。ちゃんと生きた獣を仕留める訓練する場を設けた方がよい。林業大学校より狩猟学校作った方が、農林業には効果的かも。
 
 
一方で新たな狩猟支援策を始まるという。仕留めたシカやイノシシを処理加工施設に持ち込むと、2頭目から補助が受けられる仕組み。これは都道府県からだが、環境省は取り組む自治体を支援するそうだ。これは、有害駆除の支援ではなく、ジビエの利用拡大支援だろう。
 
 

2018/10/11

ナラシカ急増の謎

先日、奈良のシカの角きり行事を観覧してきた。

行われたのは奈良の鹿愛護会の鹿苑という角きりのためのような場所なのだが……思った以上に勇壮で、観客向けにブラッシュアップされていて面白かった。

江戸時代などは、こうした施設ではなく、街角でやっていたという。お金持ちは、自分の家の前でやってもらうためにお金をばらまいたとかいうが(そして桟敷席を設けて、縁者と見学して楽しんだ)、気持ちがわかるような気がした。 現代でも町中でもやってほしい(^o^)。
 
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オスジカを3頭離して、走らせてから角に縄をかけて押さえ込むのである。 
 
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ちゃんとシカを寝かせる場所には、ゴザを敷いて、枕まで用意している。そしてノコギリで切るわけだが……。
 
実は、気になったことがある。この角きり行事ではない。解説の中で、今年のナラシカ頭数調査では、奈良公園のシカは総数1360頭だったというのだ。メスが767頭、オスが355頭。性別不明の子シカは、238頭。(今年7月16日現在)
 
これは公園内だけで、山の中、原始林の中、あるいは調査中は繁華街に出歩いていたシカはカウントされていないわけだが、例年と比べるとかなり多い。
 
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昨年が1226頭なのだから100頭以上も増えたことになる。とくにオスが増えている。
 
問題は、この理由だ。単に昨年は森に隠れていたシカが公園に出てきてカウントされた、というのならよいが、ちょっと怪しい。かといって自然増もおかしい。
 
となると、外部から入ってきた可能性があるのだ。オスジカならテリトリーを離れて放浪するからあり得る。
 
奈良公園に行ったら、銃に撃たれないよ、鹿せんべいをもらえるよ、という甘言に引っかかったシカがいるのかどうか。
おそらく、周辺地域の山でもシカが増えすぎて、密度を増したから押し出されるように奈良公園に入ってきたのではないか。いわば都会に出てきた田舎シカ。最初こそおどおどしていたが、先輩たちを見習って、お辞儀したり愛想を振る舞うと鹿せんべいもらえることを知って居ついたのかもしれない。人を恐れなくてよいことも学習したのかも。
 
だが、甘い。奈良公園はそんなにシカの天国ではないのだ。何よりも食料不足。これまでも限界だったのに、100頭も増えたら飢餓が起きる可能性だってある。交通事故も多発するかもしれない。
 
若草山のススキがほとんどなくなった件も含めて、異常事態になっている可能性を想定すべきだろう。
 
 

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