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本の紹介

林業・林産業

2018/04/15

ブラック林業はお好き?

先日、生駒を訪ねてきた林業人。話していてふと出た言葉が、「ここ何ヶ月か休んでいない」だった。そんなブラック職場だったのか!

 
とはいえ一応勤め人で、会社としては土日など休みはあるよう。ところが、その週末に個人的な林業の仕事を入れてしまうらしい。それも、ときに東北やら広島やらと遠方に泊まり掛けで行く。そして月曜日からまたルーティーンな林業……。
 
今回の生駒に来るのが、その貴重な休暇を潰していたのであった。いや、これこそ休暇であるはず……。
しかし、生駒で私と話すことと言えば、これまた林業なのであった。私が別の話題に話を振っても、いつしか元の林業にもどる。延々林業のこと考えて、話して、身体を動かしていることになる。これ、身体によくないんじゃない?やはり働き方改革が必要なんじゃないの? 
 
もっとも堪えている様子がない。疲れがたまって鬱になるとか、体調に異変をきたすとかないのか。どうやら頭の中が林業漬けらしい(笑)。
 
もっとも、他人のことは言えない。私も、完全オフの日はほとんどない。土日も、たいてい午前中はなにかしら原稿書いているし、休んでいない。もっとも平日に遊んでいることも多いから、単に仕事と休暇の境目がつかないだけかもしれん。
 
 
なぜ休みなしの環境でも平気なのか。その一つに雇われ仕事とはいえ、自分で全部仕切っているからではないか。忙しいように見えても自分で仕事の中身は取捨選択している。イヤな仕事は遠ざけてやりたいものから手がけるとか、同じ仕事でもやり方は自分で決める。
この主体性が、過労を防ぐのではないか。
 
たまに仕事が多岐にわたって忙しくなると、秘書がいて仕切ってくれたら……と思うのだが、実は全部自分で仕切るから楽な面もある。他人にやることを決められたら隷属的意識で仕事をしてしまいがちで、これがストレスになる。自分でやっていたら、テキトーに力を抜いて脱線できる。自己責任で仕事放棄もできる(笑)。
 
いわゆる「仕事を趣味にする」状況に近くなるわけだ。
 
残念ながら、現在の請負林業は、個別の作業を発注・受注して、言われた通りに作業することを求められる。とくに補助金絡みになると作業内容に工夫を加える余地が少ない。それが林業をブラックにする。
 
 
だが、自由に動けるのなら休みなしで働く林業人もいるのだから(笑)、10年、20年契約で山仕事を自由にやってよいように任せたらブラックなほど自分でよく働くのではないか。
そもそも自然相手の林業って、常に現場で考える仕事のはずだから。
 
逆に先の読めない長期管理を嫌がる業者、仕事内容を自分で考えるのが苦手な作業員は、多分本当の林業が好きでないのだろう。
 
これを林業人の色分けに使えるかもね。 
 
……とまあ、そんなことを考えたものの、あんまり林業に入れ込むのもどうかと疑う。人間、もっと興味の幅を広く持たないと、結果的に自由に動けないのではないだろうか。
件の林業人と仮に一緒に住んだら四六時中林業のことばかり話されて鬱陶しく感じるだろうなあ、と私は思うのであった(笑)。
 

2018/03/31

林業従事者数は4万5440人

日本農業新聞 によると、2015年の林業従事者数は、4万5440人だったそうだ。

 
5年ごとに調査しているが、前回2010年が5万1200人だったから11%もの減少、ついに5万人台を割り込んだ。
 
Photo 農業新聞のグラフ。
 
Photo_2 林野庁のグラフ。
 
 
正直、ずっと減少しているのだから今更感はあるのだが、減少率が高くなったのは、高齢化した従事者が多く引退したからだという。まあ、それもあるだろうが……。
グラフを見たら、高齢化率も上がっていた。通常、高齢者が引退して数が減ったら、高齢化率は下がるんじゃないかね? それに若年者率も落ちていたし。つまり、高齢者の率が増えて若年者率が落ちたと読み取れる。
 
やっぱり若者も辞めていった、新規参入も減ったと見てよいのではないか。
 
林業は、人口減少しても若年者は増えている、というのが、近年の自慢ネタだったのになあ。
 
 
もともと私は、林業を志す人の割合はいつの時代もそんなに変わっていないのではないか、というのが持論なのだが、景気は回復していないが人手不足という世相の中で、やはり都会の企業に人を取られていくような気がする。
林業人材を育成するという目的で林業大学校が次々とオープンしているが、林業指向を持つ人の人数が増えていなければ奪い合いになるだけだ。結局、各大学校が定員割れしてしまう。
林業に興味のない人を参入(入学)させないと、林業人口はじり貧だろうね。
 
 

2018/03/24

アベマキ材の価値の作り方

昨日の「里山広葉樹活用シンポジウム」。

 
参加されたビーバー群だけでなく、内容にも少し触れよう。
 
Beaver_2_3 フリー素材のビーバーくん。
 
 
 
私がもっとも印象的だったところ。
 
1
 
これ、コナラとアベマキの材の口径と販売価格のグラフなんだが……。
 
わかるだろうか。ナラ材は口径が30センチを越えると、急激に価格が上がる。が、アベマキは逆に急降下。
 
あれ、なぜだろう。と思ったが、ようはナラ材は太いと板需要が生まれるのだ。だから価格は跳ね上がる。が、アベマキは相変わらず薪と製紙用チップ。太いと逆に割ったり砕く手間が増える。だから安くなる。
 
しかし、アベマキ材って、そんなに出来が悪かったっけ? 薪にしかならないほど?ナラ材に匹敵すると思うのだが……。
 
ちなみに、これは岡山森林管理署の発表。続いて森林総研の青井氏の発表だったのだが、その一部にこんな文面が。
 
3
 
おいおい、引き取り手によっては板単価が立米20万円だよ。。。。安くても10万円? 薪にするどころか、レッドオーク並の値段がついたではないか。原木価格はその何分の1かは質によって変わるとはいうものの、薪価格ではあるまい。価値を知らず、売り方を知らず、売り先を知らないで無にしてしまうのではないか。
 
ついでに言えば、アベマキの樹皮からコルクをつくって売り出さないか。国産ワイン向きに希少な需要があるかもしれん。
 
でも、今回のシンポジウムでは、結局安定した使い道は薪であることを示されてしまうのだね。ごくわずか、数年に1度の割合で銘木が見つかるという話もあったが。。。
 
 
なんか釈然としない。薪が悪いとは言わない。バイオマス燃料よりはよほど高いし、木材の魅力を示せる。需要も増えている。が、しょせん燃やしてしまうのだよ。
需要だって、いくら流行りとはいえ薪ストーブなんてマニア向けで、使える家庭はごくわずか。しかも一度購入したら次は何十年先か。そんな層が設置しても一巡したら打ち止めだろうし、数回使ったら面倒くさくなって放置する話もよく聞く。私は、近く頭打ちで薪需要も落ち着くと睨んでいる。
 
かといって、銘木に頼るのも時代遅れ。単なる広葉樹材をいかに普及させるかが大切だと思っている。いや、普及させるというより、すでにある。フローリングやデッキ、エクステリア材は人気が高く求められているが、本来広葉樹材で作るものだ。しかし手にはいらないから仕方なしに、薬剤含浸材とかプラスチック複合材(WPC)とか、ツキ板や印刷を化粧張りした擬木を使っている隠れ需要が多い。
 
里山広葉樹なんて言い方しなくてよいから、ニーズに合わせた加工法を開発すべきだろう。
 
パネルディスカッションでも、需要は大物の家具から小物のグッズへ移っている話が出た。
デカい一枚板のテーブルではなく、スプーンから始めよ。
 
 
……なんて思っていたら、家に帰ると「育てるスプーン」が届いていたよ(^o^)。
 
 
 
 
 

2018/03/15

コンテナ苗の運搬はいかに?

今後、林業界では造林苗が大きな課題となるだろう。

なにしろカイバツくんこと林野庁は「主伐」を勧める際に再造林をセットにしているから、どうししても造林苗が必要になる。とにかく業者側にすると、植えないと補助金もらえないし。(植えた後、どうなっても知らないが。)
 
で、イチオシがコンテナ苗だ。活着率がよくて、低コストで植え付けできて……という。
私は活着率に関しては全然よくないという声を聞いているし、何より本当に低コスト植林なのか疑問を持っている。
 
そんなときに「コンテナ苗の基礎知識」 のサイトを見つけた。
 
私が注目したのはコンテナ苗の運搬方法。とくに林道・作業道から植え付ける林地(伐採跡地)までの運び方だ。
 
なぜかというと、年末にお会いした林業家からコンテナ苗に対する不満をたっぷり聞いたからだ。彼ら(夫婦でやっている)もコンテナ苗の植林を請け負ったのだが、現場に十分運べないというのだ。
これまでの裸苗なら、苗木袋に100本200本を詰め込んで、背負ったまま袋から引き抜き植え付け作業ができる。これは私も体験したことがあるからわかる。
ところがコンテナ苗はかさばる。植え付け時はコンテナごと運ぶにしろ引き抜いて持ち運ぶにしろ、とても手間がかかるというのだ。
 
で、この「基礎知識」ではどのように説明しているのか楽しみに読んだ。
 
Photo
 
この写真を見ただけでわかった(笑)。こりゃ,たまらんわ。一度に何本運べるのか。苗木袋に移すにしろ、背負子に背負うしろ、数十本が限界だろう。裸苗の10分の1である。苗がなくなったら、また林道までもどってコンテナから苗を抜き担いで元の位置にもどらなくてはならない。下手すると高低差数十メートル、距離にして数百メートルも、急傾斜の造林地を往復するとなると、大変な負担だ。
それに、植えるリズムが悪そうだ。クワで地面に穴を掘り、背中のザックに手を伸ばして苗を引き抜いて穴に差し込み、エイっと踏み込んで根元を固める……こんな植林のリズムがコンテナ苗だと取れそうにない。
 
さて、1日に何本植えられるのか。
 
私は、1日200本植えた。ベテランは400本植えるぞ、と言われた。しかしコンテナ苗では、そんなスピードで植えるのは無理だろう。よほど緩傾斜ならともかく。効率が悪ければ仕事としての実入りもよくない。
嫌がるはずである。
 
コンテナ苗を普及させようと思ったら、活着率を向上させるとか、植え付け器具の開発も大切だが、労働効率も上げないとね。働き方改革が必要だろう。

2018/03/12

『吉野杉』に見る吉野林業の栄華

吉野杉』という本を手に入れた。

著者は芳野孝夫。刊行元は文芸社だから、多分自費出版だろう。あるいは協力出版のいう名の編集費を支出したものだろう。
 
内容は小説である。恋愛小説だ。舞台は吉野地方で、銘木店の一人息子と恋人の話。正直、小説としてはたいして読みどころはない。キュンキュンすることもなければ胸打つシーンもない。ただ背景となる吉野林業の描き方が面白いのである。
 
Img001
 
時代は、「昭和の高度経済成長期を迎え、吉野地方がもっとも輝いていた頃」とされている。昭和40~50年代だろうか。吉野地方としか書かれないが、おそらく吉野町から下市町周辺のことだろう。
ちなみに主人公は銘木店の跡取り息子の専務なのだが、この吉野の銘木とは一般に想像しがちな長伐期で育てた大径木・通直・無節……といった木材ではなく、磨き丸太のことである。
吉野は、実は京都の北山杉で知られる磨き丸太の大生産地であり、量的には北山を凌駕していた。樹齢15~25年程度の細い丸太で床の間の床柱にする建材である。一般の磨き丸太に加えて人工絞丸太や錆丸太、出節、面皮柱、桁丸太、垂木……などを生産していた。一部には天絞(天然絞丸太)もあった。
 
そんな世界を小説の舞台にしているのである。そこには丸太の育て方や皮のむき方・磨き方、人工の絞りの作り方、錆(カビ)のつけ方……などが描かれている。むしろ恋愛シーンよりも、生き生きとしている。
さらに銘木市場の様子も緻密な描写だ。競りの進め方を裏の様子から描かれる。出展者も競りに参加できるそうで、自分で自分の丸太を競って値段をつり上げるような芸当までする。結構ヤバイ(~_~;)。しかし天絞は上手く行けば1本で50万円になるそうである。物価を考えれば今なら100万円以上だろう。
 
ああ、この時代はこんな状況が展開されていたんだなあ……という勉強になる。
より勉強になるのは、こんなセリフである。
 
Photo  
 
床柱は日本人の心の部屋の建築用材や
近頃都会では、洋風の家に人気があるそうやが、ほんに困ったもんや
 
実は、これによく似た言葉を某シンポジウムで聞いたことがある。
最近は洋風の家が主流になって床柱などが売れない、もっと洋風に適した部材を開発しなくてはいけない……という話題の中で、会場の林業家の意見として
日本の木は和風の家に適しているんだ。洋風に合わせるんじゃなくて、和風の家を建てるような運動をしていかないかん」。
 
ああ、このメンタリティなんだな……と納得というか落胆というかしてしまい、そんな林業に先はないわ、と思った記憶がある。 むしろ「(床柱を)使わなんでも、いくらでも家は建つ」という言葉の方をかみしめるべきだ。
 
念のために説明しておくが、床の間のある家が広がったのは明治になってからである。もともと床の間のような数寄屋づくりは武家しかつくってはいけなかった。江戸時代後期に豪商などお金持には許されるようになるが、一般的な民家にはなかった。そして本当に庶民の家(長屋や団地まで)床の間がブームになるのは、戦後の一時期にすぎない。
そもそも吉野で床柱を生産しだした歴史も古くない。また床柱も、江戸時代は節のある間伐材を利用していたのに、明治以降は専門に育てていくようになり節をなくした。
そして90年以降は、逆に床の間が住宅から消えていく。さらに畳の間も減ってしまった。
 
ともあれ、この本の著者は、多分登場人物と同じような経験を積んだ人なのだろう。
ラストは、大雪で精根傾けて育てた14万本の床柱用のスギの山が壊滅するシーンが描かれる。その雪起こしシーンもまた読みごたえがある。
いっそ恋愛模様抜きで、当時の吉野林業の裏の世界を描いた方が読ませたのではないだろうか。
 

2018/01/25

木材輸出は好調だが

日経新聞にこんな記事。

 
Photo
 
昨年の木材輸出額が320億円前後に達して、40年ぶりの高水準なんだそうだ。
この記事を読んで最初に思ったのは、40年前というと1970年代だが、その頃に今より多くの木材輸出をしていたことに驚いた(笑)。
 
ともあれ国内木材生産額の約1割を占めるという。ここまで伸びたと見るか、まだまだ小さいと見るか。
 
それ自体は結構なことなんだが、量が書いていないので、山元の立米当たり木材価格がわかりにくい。輸送費込みで、これまでより10%値上げした価格が130~135ドルとあるが、中国までの運賃はどれだけかかるのか。。。
単純に総額をこの価格で割ると、220万立米くらいになる。
 
2000年頃に初めて宮崎が中国へ木材輸出を始めた時は、めざせ100万立米だったから、気がついたら超えていたというわけだ。
 
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鹿児島県志布志港の輸出用原木。
 
 
ただ中国向けは梱包材とあるから、上等な木ではないだろう。やはり量で稼いだ金額だと見る。ニュージーランド材より安いともある。
 
早生樹種で工業的なニュージーランド(多分、ラジアータ)材より安いというのは、しわ寄せを山主に被せて安くしているのではないか。
このままだと、日本の木材はブラックに安いと海外に情報発信していることになるだろう。
 
ただ、国内でもバイオマス材のようにFITで下駄を履かせて高くした用途があるのに、あえて輸出するのは、中国需要はバイオマス燃料よりは高いということ?
それならそれで歓迎すべきかもしれない。本の少し前に中国が日本の森を買い占めていると決めつけて大騒ぎしたのに、木材を買ってくれるのには文句言わないのね(^^;)。
 
ただいつまでも安い梱包材では持たないだろう。早く高価格用途を見つけ出さないと、本当に誰かが「中国が日本の山を丸裸にした」と言い出すかもしれないよ。

2018/01/16

バイオマス丸太

ふと訪れた生駒山尾根沿いにあるバイオマス発電所……と燃料置き場。

 
外から見ると、えらく丸太が積み上げてある。どうにも気になって(~_~;)、近づいてみた。
 
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なかなか大量の丸太だ。これが1ヘクタールぐらいの敷地にびっしり積まれている。発電所が稼働して1年以上が経つが、燃料となるてD材集めは軌道に乗ったのか、ずいぶん量が増えた。
 
それにしても、結構立派な丸太が混ざっている。素性がよいとはいわないが、長さも3メートルあるものが多いし、そんなに曲がっていない。多くが合板用B材としても通用するように思える。通常、バイオマス発電の燃料チップにするといえば枝や梢、切株、タンコロなどが目立つものなのに。……。
 
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独特の積み方をしている。これをどこから持ってきたのかが気になるところ。大阪の、それも県境の山の上に発電所をつくったのだから、近くに産地があるわけはなく、もっとも謎の部分だ。誰か、知らないか?
 
 
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こんな荷札のついた丸太を発見。でも、これでは仕入れ先がわからんなぁ。
切り口の印は、どこかの木材市場の競りでも通ったのだろうか。
誰か、解読しませんか(笑)。
 

2018/01/14

林野庁長官インタビュー

林野庁・沖修司長官インタビュー がサイトに掲載されていた。

 
国の森林環境税の整備について……ということだが、内容はあまり税金のことは少なくて林業事情について語っている。一般向きの記事だからだろう。
 
 
細かなツッコミドコロはいろいろある。たとえば……
 
日本の森林の3分の2に当たる1300万ヘクタールが人工林です。
 
人工林は通称1000万ヘクタールというのだが、増えたのだろうか? 長官が間違えた? それともライターの聞き取りミス?
 
 
幹が太くなると、柱など通常の木材製品よりもサイズが大きくなりすぎます。のこぎりを入れる部分が増え、歩留まりが悪いです。また、現状の製材工場では太い木を加工できる設備が少ないというハード面の制約もあります。ですので、適当な太さで主採した方がよいです。
 
これは納得いかないなあ。「柱など」というが、現在の需要は板に移ってきている。歩留りは太い方がよいはずだ。欧米では、もっと太くしてから伐るのが当たり前だし。それに製材工場の機械に合わせるというのも本末転倒だ。機械を変えるべきだろう。
 
 
管理が難しくなっている人工林を市町村が預かり、林業経営者に貸し出すのが森林バンクという考え方です。
 
これ、森林バンクが所有者を探し出して相続や名義も寄せて、境界線も確定して……という前提なのだろうか。この場合、バンクの主体は誰だろう。もっとも面倒な部分を肩代わりしてくれるのなら喜ぶ人はいるだろうが、ものすごく大変で、努力しても報われない。
そして「管理が難しくなっている人工林」を誰が引き受けるか。この場合の「引き受ける」は、伐採すると同義のように読み取れるが。
 
集約化の人材は民間に得意な人がいたらよいが、引き受け手がいるかな。森林組合だってイヤがっているのに。結局は地元自治体の職員に押しつけることになりそう。でも林業に詳しい人材がいない。業者のやりたい放題になりかねない。
そこで理事など幹部は林野庁から出向という名の天下り……なんてことになったら税金の無駄遣いが目に見える。
 
 
川中の製材工場に安定的に木材を供給することも、林業全体にとって重要です。今回のシステムで供給量も充実されると考えています。
主伐に視点を置くため、高額なA材を切り出せる森林が増えます。
 
やっぱり安定供給の主伐主体。森林環境税は主伐補助金とセットなのだ。森林整備という名の林業振興、木材生産増強が目的である。……でも、本当に10年後20年後も伐る木が残っているだろうか。
ボリュームゾーンである50~60年生の森を伐って大量生産のレールを敷いたら、業者も増えるかもしれない。が、資源が減ってきたらバタバタ倒産するだろう。その前に山を破壊するまで伐り続けるだろう。
 
 
宮崎県に視察行ったらよいと思う。資源が充実していると素材生産業者がたくさん生まれて伐りまくって、一時的に景気がよくなったが、いよいよ資源の底が見えだしたから。これから何が起こるのか。。。先駆的状況を示している。
再造林もする、と言っていたが、現実に再造林されているのか、育林も施して次世代の森が育っているか……見てきてほしい。そこに日本全体の将来があるかもしれない。
 

2018/01/07

就職の動機は

京都で開かれた「ライフ・アンド・フォレスト」というシンポジウムに顔を出してきた。

テーマは、「先生たちの本音~林業人材育成の現場から~」である。
 
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大学や林業大学校、そして自治体の研修センターの林業について学ぶ現場の声を聞くものであったのだが……はたして本音が出たか?
 
いろいろ情報としてはあったのだが、私としては気になる一項目があった。
 
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最近の学生は、就職口として考えると、いくら林業・森林の社会的使命を言っても「給料や厚生施設、休暇、勤務先など」を綿密に調べてしまう……という言葉が講演者から出たことだった。
 
当たり前だろ。まともな待遇なしに使命感で労働力を安売りすることが、現在の日本林業をダメにしたのではないのか。絶対条件、最低基準じゃねえか。
 
使命感とかやりがいとかで働かせようというのは「やりがい搾取」である。(by逃げ恥)
正月に帰省していた娘は、昨春就職したのだが、なかなか待遇のよい会社で、職場環境もよいし厚生関係はバッチリで、年に2回の帰省にも交通費が出るのだという。だから気に入っている様子は、これまでも幾度か聞かされていた。ところが、年末のボーナスが愕然とするほど低かったという……。1ヶ月分なかったというのだ。
 
どうやら厚生面の良さはボーナスを削ることで維持されていたらしい。そのことがわかった途端、娘は早々に転職を考え出した(~_~;)。
 
私は、これを正しい選択だと思う。
 
今や人材を得たければ、それなりの待遇を提供するのは当たり前だ。そのことを理解しない経営者は社員から逃げられるのだ。
 
ブラック企業になるぐらいなら、事業規模を縮小して少人数の職場にする(その分、残った従業員の待遇をよくする)。あるいは廃業する……でいいのではないか。  
 
林業関係で、そうした待遇を提供できないとしたら、それを「儲かる林業」ができないから、と逃げてはいけない。経営者の取り分を削っても社員に支払うべきだ。優秀な人材を確保してこそ、「儲かる林業・林産業」がある。石田三成が嶋左近を雇った逸話を思い出すべし。
 
そのことを理解できない事業体は……ま、どうなっても仕方ないね。

2017/12/19

日本を欧州材が席巻した時

現在の日本の木材需要量に占める欧州材は、7,6%(森林林業白書28年版)だそうだ。

 
随分増えたものだと思う。少なくても30年前はゼロと言ってよかった。
 
たまたま欧州材輸入始めの頃の思い出を語った総合商社マンの話を読んだ。それがすごい。
 
欧州材が日本に本格的に入ってきたのは1992年である。その前夜、アメリカの木材の輸出に規制がかかってウッドショックが起きていた。一方でヨーロッパではドイツマルク以外の通貨が大幅に切り下がり、とくに北欧では半値になっていた。木材価格も半値である。また日本国内でもプレカットが広がり始めて乾燥材を真剣に探し始めた時期でもあった。
 
……とまあ、こんな説明をすると、だから渡りに船と日本は欧州材輸入に踏み切ったのだ、と思いがちだ。ところが、そんな簡単ではなかったらしい。
 
なぜなら日本はバブルに浮かれていたからである。それに国産材に眼を向けたこともあったらしい。
しかし、そこに生き残りをかけたヨーロッパの木材業者が日本に乗り込んできたのだ。なにしろ大不況に陥って木材は売れずに倒産が相次いでいたから。輸出先として希望があるのは日本しかなかったのだ。
 
そこで行われたのは、徹底的に日本の木材市場を調べて求められているものをつくることだった。降水量や気温・湿度、木の動き……。国際携帯電話(まだメールもインターネットも普及していなかった)を持って、日本の工場を視察すると、その場で日本側の要求する仕様を本国に伝えて作らせる指示を出していたという。全量乾燥材で、寸法も希望通り。即断即決。
最終用途を聞き出すと、それに合わせた製品づくりを行うのだ。
そして、その最前線で走ったヨーロッパのビジネスマンは30歳半ばの若手だったという。
 
 
それまで欧州材という認識のなかった日本人、それも慣習に縛られて腰の重かった日本人を動かして、輸入を決めるまでに持ち込んだのだった。
 
 
ああ、これは敵わない……と思いましたよ。かつて高度経済生長時代の日本なら、工業製品を海外に売り込むときにはそんな頑張りを見せたのかもしれないが、90年代の頃にはハングリーさを失っていた。
 
 
そういや、ノルウェーでも彼らの現場力を感じたな。現場が権限を持っていて、どんどん話を進めていくのだ。
現在の日本の負けは、30年前から始まっていたのかもしれない。
 

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