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森と林業と動物の本

2026/09/09

Y!ニュース「…年間5万トン以上の死骸の後始末…」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「害獣駆除。年間5万トン以上の死骸の後始末は限界に来ている」を執筆しました。

このところ気に留めている「害獣駆除の後始末」問題。調べれば調べるほど深刻な情況であることがわかってきた。

今後、駆除数は増加の一途をたどりそうなのに、現場が追いついていない。いや問題を認識している自治体もあるにはあるが、何も有効な対策を打てずに手をこまねいている。

もちろん野山に横たわるのは、人が駆除という形で動物を殺して放置する野生動物の死骸だけでなく、病気や怪我や高齢……などで自然死する動物もそこそこの数になる。それらはいうまでもなく、自然界でほかの動物や虫に加えたり、微生物、菌類などに分解されて、自然界にくもどっていく。つまり物質循環だ。それは、さほど目立たない。たまに登山者に白骨状態で発見される程度だ。

しかし……ある程度集約された形で存在してしまう死骸の処置は、目を背けて済ませるわけには行くまい。

なお、これは序章である。今後も追跡すれば何か出てくるか……でも面倒だし、そもそも気持ちよいテーマではないし(´Д`)、私も放置するかもしれない。

世間の反応を見ようかね。

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解体しているシカ肉。きれいな色をしているが、これは食用にならないんだって。ペットフードに回せるか、無理なら廃棄。

2026/09/07

Wedge ONLINEに「クマが増えたのは日本だけじゃない!…」を書いた裏事情

Wedge ONLINEに『クマが増えたのは日本だけじゃない!人里への出没はアメリカでもヨーロッパでも…各国の対策から見える「駆除ばかり」が手立てではない』を執筆しました。

今年の秋も、多分多くのクマが人里に出てくるだろう。その時にまた「なぜ日本ではクマが増えたのか」とか「昔見こんなことがなかった。今の日本社会、自然がおかしくなってくる」という声が出てくるに違いない。

どうも日本だけの特殊事情だと決めつける人がいて、「日本の自然界は開発が進んでボロボロで野生動物を苦しめている」ことに原因を求めたがるようである。それをひていするのも疲れるので、とりあえず海外事情をば。

さすがに海外のクマの写真を私は持っていないので、編集部にお任せしたら、いい写真を見つけ出してくれた。

なんとクマに餌を与えている写真。これがあるなら、と観光客の餌やり問題も文章に付け加えたほどだ。

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ほかアメリカのフードロッカーの写真もあったとは。

今や野生動物ジャーナリストになった私は、写真を調達しなくてはならないな。

2026/08/23

種まき?それともおすそ分け?

今夏は、暑い。珍しく夏ばてしている。

で、仕事はできるだけしないようにしていたら、本当に仕事は激減した(笑)。まあ、最低限の連載ものとか、ルーティンだけをこなしている。
自営業としては、先行き不安なのだが、それを考えるのも夏ばて中は先送りだ。

その代わりと言ってはナンだが、面会者が増えた。7月から8月にかけて、面会希望者がやたら多い。それぞれ別の分野・目的なんだろうが、仕事しないのだからと、彼らに積極的に会っている。

なかには自身のIT企業を売却して、結構な財産が有るので林業に参入したいとか、ゴルフ場の危険についてとか、林業界へ外国人労働者を派遣したいとか、野外教育施設を建設・運営したいとか、獣害問題についての意見交換とか……。さらに某神社の由来に関することでもお呼びがかかる。

我ながら、幅広い分野。いろいろあって、求められればアドバイスや感じるところを話すが、別に仕事ではない。情報提供にはなるが、なんら利益を得ることもなく、下手すると持ち出しだ。

これを将来の仕事への種まきと考えるか、これまで積み重ねてきた私の著述業の成果のおすそ分けと見るか。

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それなりに私も改めて考えるきっかけになったし、将来何かに活かせるかもしれん。

残暑をだらだら過ごしつつ、未来を考えよう。

 

2026/08/18

改めて「義烈く空挺隊と藤波健彰」は明日!

12日に告知したnewszeroの特集で「義烈特攻隊」を取り上げ、そこに撮影した藤波健彰氏に触れられる、という予定。千葉の大雨特別警報で流れてしまったが、明日の夜に放映されることが決まった。詳しくは、こちら。

newsZERO「義烈特攻隊と藤波健彰」

※正確には「義烈空挺隊」だった。

もし、もし、またもや特別警報が出るような災害や、トンデモな事件、ニュースが発生した際は、翌20日になる。

とまあ、これまでこれだけだと前回と同じことしか書けないので、余談を。

これまで私の終戦特集?みたいに日本軍の特務工作について紹介してきたが、もう一つニアミスしたことを触れておこう。

藤原機関というのをご存じF機関とも呼ぶが、藤原岩一中佐がつくったインド独立を支援する特務工作機関である。チャンドラ・ボースと結び、インド人が多くいるマレー半島(マライ、タイ)でインド国民軍の編成に動いた。中野学校の教官もしているから、日本のスパイの養成もしているし、戦後は自衛隊に属したから、別班立ち上げにも関わっているんじゃないか (゚o゚;) 。

その部下に、中宮悟郎という人物がいて、彼がタイで実質的な組織作りをしていたそうである。「藤原は単にいうだけ」だという(笑)。

で、彼は戦後、マレーシア連邦サバ州(ボルネオ)でビジネスをしていた。そして私がサバ州のサンダカンに行った際に会う予定だったのだ。これは当時の大学の教官の紹介。ところが、中宮の使いが私達の宿舎に現れたとき、私はいなかった。そして応対した者が、知らん、と言ってしまったらしい。私は帰ってから悔やんだが、住所も何も教えてもらっていないから連絡が取れずに会えなかったのである。

私と戦時中の特務工作員とはすれ違いで逃してしまったのであった。

せっかくだから調べてみると、Wikipediaに次のように記されている。

サバ州に森林伐採のトーア・キギョーを設立。ラハダト地区に2000ヘクタールの土地をサバ州政府から貸与を受け、森林伐採と同時に跡地にバナナ栽培事業を手掛ける。これはマレーシア初のバナナ栽培となった。マングローブに着目し、レーヨンパルプ材として利用する技術を開発。この頃中宮は常に「おれはジャパニーズマレーシアだよ」と語っていた[25]。1964年、中宮は亜細亜大学の学生8人を事前研修に呼び寄せ、現地に動物園設立を計画。目的はプランテーションを保護するとともに、その地域に生息する象、ワニ、オランウータンなどを保護することにあると中宮はロイター通信に語った。

1979年だったと思う。惜しかったなあ。ただ、ボルネオ遠征に絡んで、藤波氏と中宮氏に接点があったとは奇遇である。

写真は、サンダカンの日本人墓地。「サンダカン8番娼館」読んで、訪ねたなあ。

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2026/08/14

陸軍中野学校で何を学んだのか

昨日に触れた小野田寛郎は、いわゆるスパイ養成機関の陸軍中野学校出身で、特務工作を学んだ人物とされている。

アナザーストーリーズでも、その点に触れていた。

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私も中野学校および旧日本軍の特務工作について調べたことがある。

そこからすると、番組は若干説明不足である。まず中野学校といっても2種類あること。いわゆる東京の中野に陸軍中野学校。そして静岡県の二俣に設立された二俣分校。小野田氏は後者だ。

中野では、諜報や防諜など情報、そして破壊や後方攪乱の工作を行う、まさにスパイ養成を目的とした。一方で二俣分校は、ゲリラ戦要員の養成を行っていた。両者、ちょっと違うのだ。そして最大の違いは養成期間。中野学校は1年間で、二俣分校は3か月であったはず。

私は何人かの中野学校出身者に取材をしたが、「3か月じゃ何も覚えられないよ」と苦笑していた。いや、1年でも多岐にわたる分野を身につけることは不可能なのだ。

ドラマ「VIVANT」のようなレベルの技術を身につけるのは無理(> <;)。

では、何を学ぶか。知識や技術としては幅広く学んだが、結局は心構えだという。絶対の愛国心、でも捕虜となっても生き抜け、そして裏工作で出し抜け、絶対に秘密はばらすな、といったものである。私が取材した時は晩年で、「もういいだろうと思うから、話す」と言ってくれた。時期がよかったのだ。

だから、小野田少尉はゲリラ戦をしていたわけで、諜報工作が任務だったわけではない。

なお海軍にも特務機関はあった。ただし、養成機関を持っていなかったから、民間人をスカウトしていたらしい。

鳳(おおとり)機関というのがあって、戦前からポルトガル領ティモールに南洋興発などの会社員として潜入していたらしい。私が聞いたのは、どこだったかで映画館を経営していたそうである。またオートらラリアにも多数潜入していて、戦時中も情報を日本側に情報を送っていたらしいが、詳細不明である。

ただ、評判はそんなによくない(^^;)。憲兵もどきの真似もしていたようだ。陸軍との軋轢もあった。

日本のスパイも千差万別だが、私の印象としては、それほど特殊な技術によるものではなく、コツコツと軍隊の裏仕事をしていたイメージだ。

まあ、こんな戦中の話の発掘も、今となっては手遅れかな。

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東ティモールの少数民族の少年たち

2026/08/13

小野田寛郎はいつ終戦を知ったのか

一昨日は、チモールの日本軍は終戦を8月8日、そして12日に知っていた……と記した。すると、その晩にNHKで小野田少尉を取り上げた。

アナザーストーリーズ 運命の分岐点 小野田少尉 帰還〜戦後29年ジャングルの中で

いわずとしれた、フィリピン・ルバング島に潜伏していた日本兵小野田寛郎の物語である。そこで、面白い矛盾を指摘していた。

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記者会見では「終戦を知らなかった」というが、厚生省の聞き取りでは「ラジオを手に入れて、日本の情報を知っていた」というのである。

ほかの資料では、「日本は中国と戦争をしながら貿易をしていた」から、今も同じような状態ではないかと想像していたという証言もしている。もともと小野田氏は商社マンとして中国と貿易していたのだから、考えられなくもないが、どうかな。

私は、太平洋戦争の最前線の日本兵はいつ終戦=敗戦を知ったのか、という点に興味を持っている。小野田氏の前にグアム島の横井庄一氏が戦後27年目に発見された。小野田氏は29年目、インドネシアのモロタイ島で中村輝夫氏(台湾アミ族出身)も29年目に投降した。中村氏は終戦を知っていたが残留したという。

実は、この3人以外にも、終戦後何年も経ってから投稿した日本兵はたくさんいる。そして投降せずに、ジャングルで朽ちていった人も……。

ソロモン諸島には、長く終戦を知らずにジャングルに潜伏していた将兵は数多くいた。ベララベラ島には、40年以上後まで日本兵がいるという噂が尽きなかった。私は、その噂を追ってベララベラ島の森に分け入ったこともある。

この点は、『不思議の国のメラネシア』に記している。正直、ソロモンの森は、グアムやルバングとは桁違いの難関だ。マラリアもあるし、毒ヘビもいる。雨期は土砂降り続き。

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ベララベラ島の少女たち

そういや、昨年見た映画「木の上の軍隊」や「ペリュリュー楽園のゲルニカ」でも、投降するのは終戦後数年経ってからだ。彼らも、どちらかというと終戦は知っていたが、なかなか投降できなかったといった方がよい。

さらに樺太や千島列島などではポツダム宣言受諾後にソ連軍に攻め込まれているから、物理的に終戦は9月に入ってからだ。

もっと突っこんで彼らが「終戦を知った時期」を取材したい気持ちはあった。日本兵にとっての終戦はいつだったのか……。

今となってはきびしいが、終戦記念日は1945年8月15日と決めつけない方がよいのかもしれない。

2026/08/12

newsZERO「義烈特攻隊と藤波健彰」

日本テレビ系の午後11時からのニュース番組、news zero。

13日の終戦特集で沖縄で米軍に奪われた飛行場に強行着陸して米軍機を破壊して玉砕した『義烈空挺隊』を取り上げるそう。ここで貴重な映像を撮影したのが、藤波健彰というニュースカメラマンだ。戦前戦後の第一線で16ミリフィルムを回し続けた人である。とくに終戦直前には、特攻隊の飛行機を追いかけて飛び、特攻シーンを撮ろうとした(さすがに無理)そうである。実は原爆映画(被災直後の広島に入って惨禍を記録を撮影している)も撮っている。東京裁判も記録した。映像ジャーナリストの先駆けのような人。

そして、実は私が取材協力した。藤波氏が生きている頃にお会いしたことがあるという点で。もっとも私がお会いしたのは、私が学生時代にボルネオのキナバル山に登ることに関連して、戦前戦中のボルネオの映像を見せてもらったのだ。もう40数年前の話である。その映画は、戦闘シーンのない戦争映画として貴重だろう。

これが貴重な映像で、一時は空襲で焼けてなくなったと言われたフィルムが見つかったのである。

そんなことを20年以上前に拙HPに記していた。これを読んで日本テレビの報道の人から連絡をくれたのだから、何がリンクするかわからない。義烈特攻隊の訓練や出撃シーンの映像もあるらしい。再放映とか配信はない(著作権の関係でできない)そうである。

戦争中の探検カメラマン・藤波健彰

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放送は、明日13日午後11時以降。現在のユーチューバーも、見た方がよいと思うよ。これほどの覚悟を持って動画撮ってる?

 

2026/08/11

VIVANTよりスゴイ!「チモール逆無電」の終戦

TBSドラマ「VIVANT」~自衛隊の非合法組織・別班を取り上げたことからか、諜報とか特務工作に注目が集まっている。もしかしてスパイ防止法制定にも絡んでいるのかもしれない。

が、ここで取り上げたいのは、戦時中に行われた『チモール逆無電』作戦である。同名の書籍も出ている。ただし、これはフィクションじみた作品。

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戦時中、オーストラリア北方に位置するチモール(現ティモール)島は、当時蘭領インドネシアとポルトガル領だった。ポルトガルは中立国なのに、日本軍が占領したのである。約4年間支配していたが、そこにオーストラリア軍は特殊工作部隊を送り込んだ。リーダーはポルトガル軍人だ。以前のチモール人の部下を使って、日本軍の動向をスパイしようとしたのである。

だが、日本軍はその部隊の存在を察知してメンバーを拿捕する。ただ捕虜にするだけでなく、その部隊をそのまま残して日本軍が隊員に化けて運営した。つまり、オーストラリアの本部と無線でやり取りを続けたのである。そして連合国側の情勢・情報を得ていたのだ。

もちろん、偽情報を流す。実際は武器も食料も尽きて飢餓が発生するほど追い詰められていたのに、どんどん陣地を構築して兵力も増しているように報告していた。チモールへの反攻を起こされないようにしたのである。

世界戦史上でもまれに見る諜報工作として知られている。私はそれを取材したのだった。

『チモール知られざる最前線』

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出版後、オーストラリアからも反響があって、その時に拿捕されていたオーストラリア軍兵士の関係者(遺族かどうかわからない)とも連絡を取れたこともある。日本側とオーストラリア側の言い分には齟齬があって、それが面白くもある。

その話は、ここでは置いておく。ただ終戦記念が近づく中で気になったのが、オーストラリアからチモールに打電された情報だ。それは
「8月8日、日本は降伏した」というものだった。

え? だろう。だって8月8日……ポツダム宣言を受諾したのは8月14日である。

そりゃ記憶違いだろうと片付けていたが、後にそうでもない可能性が浮かび上がった。なぜなら日本政府は、8月8日にポツダム宣言受諾の打診を連合国にしているのだ。国体維持などの条件を認められるか……といった交渉段階だが、連合国側は日本が降伏!と解釈してもおかしくない。
ならば、連合国の一角であるオーストラリアにも伝えられていたかもしれない。

実際は、10日に受諾を伝えて、12日に連合国は日本降伏を世界に発信した。

その12日の放送をチモールの通信部隊が受信した。チモールの日本軍は12日に終戦を知っていたのである。

ちなみに日本軍は、チモール島からオーストラリアに小船で特務工作員を送り込んでいる。実際にダーウィン近郊の海岸から上陸して内陸部を偵察したという。これは松機関の「松工作」である。そこで拾った石が、戦後に重要資源のありかを示す可能性が出てくるのだが……。フローライトではない(^^;)。

どうだい?VIVANTより、迫真的諜報、特務工作だろ。

2026/08/10

Wedge ONLINEに「キツイ・危ない下刈り…」を書いた裏事情

Wedge ONLINEに「キツイ・危ない下刈り作業の“カイゼン”から見える日本の労働生産性の問題点、林業所得を高める秘策とは」を執筆しました。

同記事は、Yahoo!ニュースにも転載されています。

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この記事、わりと難行した。7月掲載の予定が8月になったのである。今回は林業ネタを、と考えていろいろ悩んだ末に「下刈り」を取り上げようと思ったのだが、何を切り口にするか。下刈りのキツさ、重要性なのか。いや、下刈りなんてしなくても意外と植林木は育つんじゃない(^-^)/ という発想もある(ただし、植えたうちの何割か)。

結局、幾度か取り上げている大分県の佐伯広域森林組合の事例と組み合わせて、労働生産性の問題に行き着いたのだが、実は伏兵がいた。同じWedge ONLINEに執筆する、元林野庁職員の中岡茂氏が「再造林が進まない理由」という記事を書いていて、危うくパッティングしそうになったのである(´Д`)。

まあ、それはいい。お互い林業問題に切り込むのは切磋琢磨にもなる…というか、もう林業関係はアチラに任せようかな(^^;)。

実は、より厄介なのは下刈り中の写真がなかったこと。私の手元には、雑木林の草刈り写真しかなかったので、吉野林業全書まで取り出した。明治期の下刈り図である。この中に人は何人描かれているでしょう……とクイズにしたい。

結局、編集部に頼んだのだが、よさ気なのを森林管理局のHPから見つけ出して申請したらしい。まあ、記事の内容を知ってか知らずか、許可が出るまで時間がかかり、とうとう8月になってしまったわけである。

ともあれ、酷暑の夏に読んでいただきたい。

2026/07/07

Y!ニュース「県が上告断念した平群メガソーラー…」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「県が上告断念した平群メガソーラー裁判、その争点を追う」を執筆しました。

この記事のアップ時間を見てもらいたい。午前10時12分である。

いつもなら昼前を狙う。お昼に読む人がいるだろうということからだが、今回は超特急で仕上げた。

なぜなら、前回控訴審判決が出た際は、記事をアップするのを出遅れたからだ(T ^ T)。
メガソーラーを止めた専門知識と、本質見ない行政の許認可

もちろん、今回もテレビ局などの速報はその日のうちに出たから敵わないのだが、せめてネットの解説記事では、負けない速度で出そうという野望?を持っていた\(^o^)/。

まあ、平群メガソーラー関係では、もうYahoo!ニュースには書かないから最後を飾ろう……というさもしい発想。

ちなみに記者会見場では、これまでになく優しい空気が流れていた。ただ現実に返ると、この建設中の現場が放置されたら大変なことになる。あの崩れ方は、盛り土として欠陥だらけだから。今後も崩れ続けるだろう。

仮にメーラーパネルを設置してから、今回のような雨(これでも、計画時の最多雨量ではない)で崩壊したら、業者は大損害を負うはず。だから今止めたのは、業者側にとっても得したはずだ、というのが住民側の意見である。

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