ミゾウユウの大不況が広がりつつある。このままでは「バルブ崩壊」時の不況なんて、可愛いものだった……と言われるかもしれない。
モノが売れない時代になる。
そこで、最近耳にするのが「感動経営」だ。顧客を感動させることで、モノを、サービスを売るという発想なのか。
たとえばスーパーマーケットやファミレス・居酒屋などが、テーマパークのように飾りつけたり魅せる、笑える、驚かせるイ商品展示にする。ときにパフォーマンスもある。
宿屋・ホテルが、手書きのメッセージやら、グッズ類で心憎い演出をする。
手取り足取り、かゆいところに届くようなもてなしとサービスを行う……。
さらに、商品の完成までのドラマをつけ、製造者の顔を見せたり、開発秘話を語る。ついでにトレーサビリティまで保証する。
私も、顧客の立場からすると、そうしたもてなしを受ければ嬉しい。喜んで、また買おう、また行こうと思うかもしれない。
だが、疑問を持っていた。そうしたもてなしやサービスの対価はどうなっているのだ?
過剰なインテリアなどを設置すれば、コストに跳ね返る。手間暇かけたサービスを従業員がすれば、その分の人件費は誰が払う? モノやサービスの価格を上げているのではないか。もし払わずに従業員にただ要求しているだけなら、それは労働強化であり、雇用主の傲慢ではないか。
これが非日常の旅先や宴会だったら、多少高くなっても喜びの方が大きくてもいいかもしれないが、日々の食品を買うスーパーだったら、「そんな演出いらないから、価格下げてください」と言いたくなるだろう。過剰包装したって、家に持ち帰ると破って捨てるだけなのである。
今や、全国どこでも同じメーカーの商品が手に入り、マニュアル化した同じサービスが受けられる時代だ。系列店では、価格まで差がつけにくい。「感動経営」とは、そうした一律の商品を並べた店が、他店と差別化を図るために行うことではないだろうか。いわば消費が飽和した時代に生れた販売方法に思う。
それが、この不況時代、環境問題を抱えた時代に必要なのか。過剰投資・過剰もてなしでが必要なのか。消費飽和状態はいつまで続くのか。
そう、思っていた。
ところが、ちょっと考えが揺らいできた。「感動経営」の主体を勘違いしていたかもしれない、と思い出したのである。感動するのは、消費者ではなく、事業側のスタッフではないか?
「感動経営」を売り物にする事業体は、従業員を感動させようとしていた。何もちやほやしているのではない。むしろ仕事はきつくなるけど、達成感とか、人の喜ぶ顔を見たいとか、仲間と楽しく仕事ができる、といった要素で感動させている。
思えば「ローカル線ガールズ」の書評で紹介したえちぜん鉄道のアテンダントは、その萌えるサービスで十分な対価を受け取っているわけではなかった。客の要望に応えることに生きがいを感じていた。
店をテーマパークのようにしたスーパーやレストランの人も、楽しそうに仕事をしている。みんな仲がよい。給与や待遇で対価を受け取っていなくても満足していた。
私が訪ねた元気な組織---企業やNPOから役所、学校まで---は、みんなそうだった。仕事・仕事場が楽しいから、対価をもらわないサービスをスタッフは行える、いや客や仲間の喜ぶ顔が対価になっている。また責任を負う立場になって、やりがいも出る。
※ 以前、雹でやられたキャベツ1600個を持ち込まれたレストランに居合わせたことがある。店の買い付け担当者は、まだ若い女性だったが、即決で全部購入した。そして捌くことに奔走した。その度胸と、売りさばく自信。その決断を支持して捌くのに協力する同僚。それが彼女のやりがいになっていた。
その雰囲気を言葉を変えて説明すると、「感動経営」になるのではないか。感動するのは、仕事をした従業員。これは、モノスゴイ経営資源だ。
すべてはお客様のために、ではなく、すべては従業員の満足のために(笑)。
そう気がついた。
もちろん、そのための仕掛けはあって、そうした団体には内部に表彰制度を作っていたり、社内の風通しがよくして、権限が十分に移譲されている。
リーダーの資質も必要だ。先日訪れたNPOの代表は、多くの学生たちにいじられて笑われながらも、実はちゃんとみんなを指揮していた。スタッフの気持ちをうまく誘導しているのである。和を作る名人だと感じた。
逆に、一人でも和を乱すスタッフがいる組織は、空気が悪くなっている。それも、単に身勝手とか、空気が読めないなど個人の資質だけならともかく、始末に悪いのは、外づらはいいのに、内づらの悪い人。自分の意見・立場を通すために同僚に攻撃的となり、ねじ伏せることに満足を感じる輩だ。そうした人の存在によって、場の雰囲気はガラリと変わる。途端にほかのメンバーのやる気は失せる。
感動は消え、もはや、どんなよいアイデアも、提案も、システム改善計画も、機能しない。スタッフの気持ちがバラバラになったら、おしまいだ。
こういうのを「不機嫌経営」と呼ぼう。
そんな組織内雰囲気になったら、遠からず事業は沈滞するか、内容が変質する。
これが営利の縛りのないNPOなどの運営体なら、組織は分裂し、崩壊は近い。
……近頃、経営コンサルティング的な依頼もあるもんだから、こんなことも考えるようになりました(^o^) でも未曽有の不況に突入したのだから、経営は真剣にね。
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