無料ブログはココログ

本の紹介

地域・田舎暮らし

2018/10/13

鍛冶屋は絶滅危惧種

鍛冶屋は絶滅危惧種

 
岡山県北部の津山に来ている。
実はこの街、20年くらい前に幾度も通っていて、当時は町中を歩いて詳しかった。特に伝統的な古い町並みが残る城東地区はよく歩き、鍛冶屋に通っていた。当時は何軒あったか覚えていない、しかし多くの鍛冶屋のある町だったのだ。

そして私は訪ねた鍛冶屋で包丁を買ったのだった。それは今も使っている。毎度研いでいるが、そろそろ刃先が鈍ってきた。

今回の久しぶりの訪問では、新たな包丁を購入しようと思っていた。
事前に調べたところ、まだ2軒残っているはずだ。最盛期は26軒あったらしい。

で、訪ねたわけだが……見つけたのは1件のみ。それも閉まっている。近所の人に尋ねたところ、やっているはずだが、90歳を越えている(@_@)という。

あかん。絶滅危惧種だ。器だけの伝統的建造物を保存しても、中身がなくなりつつあった。。

2018/06/16

棚田経営管理法案?

梅雨に入る頃には、棚田も田植えが終わっている。
 
6_5
 
これは生駒山の棚田地帯。ほとんど峠に近いところだ。やっぱり棚田は水が入って、稲の苗が植えられたこの時期がもっとも美しい。
 
6_1
 
これも同じところである。中辺りの黄色い草は小麦畑。麦秋……と言いたいところだが、風雨で倒れてしまったようだ。この小麦は、生駒大社の神事に使うものなのだが、立ち直るかなあ。。
 
 
棚田の維持は大変だ。手間とコストがかかる。が、収穫量は少ないので、放棄が増えている。生駒山の棚田も、写真以外には放棄して森に帰ったり、草ぼうぼうだったり、畑に変えられたり、と完全な棚田景観ではなくなっている。
 
 

ところで森林経営管理法が国会を通ったと思ったら、今度は自民党で棚田に関する法律をつくろうとしているらしい。

 
まだプロジェクトチームを立ち上げた段階だか、棚田の景観保全を行わせる補助金を出すつもりらしい。美しい棚田を選定して、その維持にかかる経費を補助していこうという趣旨である。ついでに村おこしとか棚田に関するイベントにも使えるようにするとか。。。。
 
一見よさそうな、反対しにくい法案だが、しょせんはバラマキである。はっきりと棚田をネタに観光事業でもするというなら別だが、景観という名でメリットのない耕作を所有者に押しつけても事態は変わらないだろう。
そのうち、棚田を維持する「意欲と能力のある事業体」に管理権を譲り渡せ、と言い出すかもしれない。もっとも、皆伐して儲けるようなことは棚田では不可能なので、引き受け手も現れない気がするが。イネではなく大麻でも栽培したらペイするか(@_@)。
 
 
結局、自治体が直接耕作したりして。財源用に棚田環境税を新設する(笑)。
 
 

2018/05/08

地方都市を知る方法

連休中に訪れた大分県の臼杵市。

昼間は山に入っていたため、町をあまり見られない。そこで夜中と早朝に町中を歩き回った。さすがに人気は少ないし施設も閉まっている……連休の真っ只中なのに、人が少ないのはどうかと思う……が、歩けば歩くほど見どころがある。
 
132  153
 
 
町を歩くのは、私にとって本能のようなものだ。その土地を知るために欠かせない。
 
私は、初めての町を訪れた際は、可能な限り歩き回る。あまり大きいと不可能だが、地方都市は概ね歩くことで全体像がつかめるのが有り難い。
裏通り、とくに路地を求めて歩く。商店街は寂れていても見て回り、その裏手にも入る。駅前も同じだ。そして路地を一本一本しらみ潰しに歩く。
ただし名所旧跡も外さない。繁華街や表通りも重要だ。流行っている店、閑古鳥の店、デザインも目にしたい。興味を引く店や施設があったら、まず入る。面白い人がいると聞けば訪ねていく。
 
列車の本数が少なくても駅に行けば、そこを利用する人が集まっている。シャッター商店街であっても訪ねる。ロードサイドに並ぶ店は全国チェーンであっても、1軒1軒覗く。
 
そうして初めて地域が見えてくるはずだ。全国チェーンであっても、そこで働くのは地域の人々だし、売れ筋が違うので品揃えも微妙な違いがある。
 
現場を徹底的に見て、時間があれば歴史や地理なども詳しく調べる。市史、町史など郷土史を読んでみる。5000分の1くらいの地図を手に入れて(今ならネットでも間に合うが)、にらめっこする。まだ歩いていない道はないか。知らない施設はないか。
 
そんな過程が、地域を理解する一歩だろう。私が生駒に移ってきたときは、そうしたもんだ。
 
 
地方都市の疲弊と衰退がよく語られる。たしかに人口推移や経済力を指標にするとそうなるのだが、それを語る前に町を歩くべきだ。
 
近頃、地方都市に住んでも困らない、買い物は全部Amazonなどで間に合うし、情報だってパソコンで得られる、とのたまう人がいる。だから一応街の拠点である駅前の商店街には行ったことがない、ロードサイドのチェーン店も興味がない……だと? それで地域を論じるなよ。
Amazonで買い物するから地元の店は衰退するんだよ。Amazonは地域にお金を落とさないんだよ。
 
どんな町でも何かある。あるかどうかを探すために歩く。
その上で論じてほしいね。町を歩いて見る景観は、今後の大きな観光の魅力である。
 
 
ところで臼杵は、着いてから気がついたのだが、戦国時代の大友宗麟の根拠地だった。
 
2321_2  207
 
臼杵城跡。宗麟の拠点だ。かつては海に浮かぶ城だったという。現在残るのは江戸時代の稲葉家のものだが、実にユニークな構造をしていて、城ファンなら興奮するのではないか。
 
大友宗麟は一時期九州全域を制覇する勢いだったが、島津に破れて挫折する。だが重要なのはキリシタン大名だったことだ。そして臼杵はキリシタンの都となり、フランシスコ・ザビエルなど多くの宣教師が訪れて「東洋のローマ」とカトリック協会に報告した土地だったのだ。多くの南蛮からの船が行き来する国際都市だった。
 
天正遣欧少年使節も、この町から出発した。(船に乗ったのは長崎だが。)思わず千々石ミゲル、中浦ジュリアン、伊東マンショ、原マルティノ……この4人の少年の運命に反芻して時空を馳せる。
 
そのほか臼杵石仏もよかった。奈良に住んでいると、石仏なんて捨てるほど見かける(笑)のだが、なぜ臼杵石仏が国宝になったかわかったよ。でも、誰がつくったのか謎なんだという。
 
034
 
 
臼杵はポテンシャルの高い町であった。それなのに観光客が少ないのはもったいない。宿泊する場があまりに少ないことと、近くに大分や別府など温泉の出る大都市があるからか。
どちらも奈良が宿泊者数全国最下位になりかけているのと通じる理由である。
 

2017/12/23

「座る」まちおこし

巨大イオンモールを訪れたのだが……さすがに空間がゆったりとしている。通路も広い。収益につながらぬ床面積をたくさん取るのは余裕の現れか。もっとも、週末などには、そんな空間にも来客があふれているが。

 
そんな通路に目立ったのが、こんなベンチ。
 
Dsc_0805
 
そこかしこに、座るところを設えてあるのだ。通常、通路の真ん中にベンチを置けば、通行の邪魔になりかねないし、地価を考えたらもっと有効な利用法があるだろうに、テナント何軒分の面積をベンチに費やしているのか。。。゛
と考えがちなのだが、最近はイオンに限らず、各地にベンチが目立つような気がする。
 
一つは高齢者対策かな? 老人は歩き回ると疲れてへたる。休むところを提供しないと地べたに座り込みかねない。いや、イオンモールに行くと疲れるからと次は来なくなるかもしれない。ゆっくり休める場所をつくることが、再来訪を促すのかもしれない。
さらに座るところを設けたら、そこに人が座ることによってモール滞在時間が長くなり、買い物をするチャンスも増えるという戦略か。そういや子ども連れもよく座っている。
 
ショッピングモールの経営としては、よいところに目をつけたと思う。
 
ベンチを設置することによるまちおこし提案は、私も結構前からやっていた。(たとえば最近ならブログの「ベンチをつくろう!」 ) こちらに私が見かけた事例も紹介している。
 
 
もともとは、商店街の滞留時間を増やすにはどうするべきかという発想だった。各地に寂れた商店街をよく見かけるからだ。地元にもある。。。
私自身も、散歩していて、ちょっと腰掛けるところがほしいという気持ちがあった。また友人などと話すときも、喫茶店に入るほどではない時に、目の前の街角にベンチがあったら、座るかもしれない。そして、その前にアイスクリーム屋とかたこ焼き屋があったら、つい食べるかもしれない。そんな思いつきだった。
 
 
それで思い出した。アメリカに7000のベンチを設置した町 があったはずだ。
 
そのことを探してみると、アメリカ・フロリダ州のセントピーターズバーグであった。
詳しくはリンク先の記事を読んでいただきたいが、実に面白い。やっぱりベンチを街角に置くだけでまちおこしになるのだ。
 
 
もっとも私がさらに驚いたことは、この記事の筆者らはベンチ・プロジェクトを立ち上げ「ベンチ研究家」という肩書を使うと宣言していることだ(笑)。やられた。先に取られた、と思ったね。私は肩書を付けていなかったよ。
 
こういうのは早い者勝ちなのである。潔く譲ろう(;´д`)。私は……また別の肩書を探すよ。ベンチ・ジャーナリストとか? オイオイ

2017/12/08

私が涙ぐんだコーヒー

常日頃から公言しているが、私はコーヒーが嫌いだ。

 
取材などで黙って出された際は失礼にならないように飲み干すが、後々胃が心地よくなくなる。香りも味もみんな嫌いだ。
 
そんな私が、コーヒーを飲みに大阪に出かけた。片道1時間と少し、交通費だって1000円以上費やして、なんとコーヒーのために出かけたのである。
 
正確に言えば、あるシンポジウムに参加するたのなのだが、実は4時間ある中で私の目的としているテーマは15分しか発表されないようだった。
それでも行った。そして、そのテーマに関係したコーヒーが提供されるところに並んで!!!! 飲んだのである(@_@)。
 
4 コーヒーとチョコレート。
 
チェコレート(カカオ)も、日本のチョコレート会社が指導して仕入れているインドネシア産。
 
 
2 並んだ列。
 
 
このイベントとは、「“おいしい”から考えるアジアの環境問題」と題されている。副題が、「地産地消と知産知消」。
 
内容はコウケンテツさんの講演とかもあって、それなりにほかの発表者の分も興味深く聞けたものもあるのだが……私のメインターゲットは、
 
コーヒー生産地と消費地をつなぐ、そして学びあう~東ティモール高地の環境保全に向けて~」。
スピーカーは、現在は総合地球環境学研究所の嶋田奈穂子氏。
 
1 撮影禁止なので、始まる前。
 
実際、彼女がしゃべったのはきっちり15分だったが、実に面白かった。
 
すでに私がなぜこのイベントに参加したのか気付いている人もいるかもしれない。
そう、東ティモールである。
 
私は約30年も前に東ティモール(当時はチモールと表記)を訪れている。正確に言えば、潜入しようとして捕まった。外国人立入禁止だったのだ。
この件に関しては、拙著『チモール 知られざる虐殺の島 』参照。
 
私は、その後ティモール島を訪れていない。(当初はインドネシアのブラックリストに載っていると言われたから。)東ティモールが独立してからも訪問する機会を持てなかった。
 
それでも、気になっていたのである。今がどうなっているのか。
東ティモールには、戦前幻と言われるコーヒーがあった。抜群にウマイと言われつつも、ほとんど出回らなかったそうである。そもそも、現在世界に広がっているコーヒーの木は、サビ病に強い品種の原木がティモール産で、ほとんどティモールの遺伝子を引き継いでいるという。
独立後はコーヒー生産が再開されたが、残念ながら栽培技術を失って品質はかなり落ちたと聞いていた。それがどうなっているのか。
どうやら、日本が技術指導を行って、かなり向上しているらしい。
 
そして意外なチャンスがあった。戦乱でかつてのプランテーションが放棄されたことで、その地が森林化してしまっており、無農薬有機栽培が可能になっていたのだった。コーヒーは陰樹なので、カバーツリーの木陰で育つ。つまり森の中で栽培できるわけだ。
 
周回遅れのトップランナーという言い方をしていたが、もしかしたら今なら有機栽培の美味いコーヒーとして世界に誇れるものが作れるのかもしれない。
しかもコーヒーづくりが森林再生にもつながるというのだから。
 
 
ちなみに、コーヒーだが……なんと、すんなり飲めたよ。しかも美味しかったよ。思わず目頭が熱くなった。。。
 
嫌いなモノも、そこに思い入れのあるストーリーが語られると、モノ・ガタリになる。物語は、脳内の味覚中枢にさえ影響を与えるのかもしれない。
 
これを機に、私もコーヒーが好きになる……てなことは、絶対にないと思うけどね.。ooO(~へ°)/。。

2017/09/25

生駒山のパパイヤ

意外なようだが、生駒山系にも「道の駅」はある。生駒市の南隣り、平群町にある「くまがしステーション」である。

 
最初作られたときは、観光地でもなければ交通量の多い幹線道路でもないのに……と思っていたのだが、意外や流行っている。地元農家の直売店になるうえ、地元ニュータウンのお客さん、さらに地元の人々のたまり場(~_~;)、と地元密着型で経営しているのがよいのだろう。
 
私も、ちょくちょくと足を伸ばす。販売されているものもよくある野菜だけでなく、なかなか工夫を凝らした商品が多くて、それなりに楽しめる。
 
今回見つけたのは、なんとパパイヤ。
 
2
 
なんと、生駒山麓でパパイヤの栽培が行われていたのか。しかも9月に収穫とは。露天なのだろうか、それとも温室? 一度、栽培している農家を訪ねてみたいものだ。
なお見た通り、青パパイヤなので、果物ではなく野菜だろう。東南アジアはもちろん、沖縄でも常食されているが、果物としてより野菜としての需要の方が多いのではないか。
 
さっそく購入して、タイ風サラダにしてみた。ちょっぴり南国気分を味わう(^o^)。
 
南洋だと、珊瑚礁の砂地の上でもよく成長して、すぐに実をたくさんつける。なかなか有用な作物なのだ。しかし、それを生駒山麓で栽培しようと思いついたことに感服する。
 
 
今日たまたま訪れた奈良の農水産物直売所には、なんと「カメノテ」が売っていた。もちろん水産物である。カメノテは、岩場に張りついている本当に亀の手のような肌に指のような分岐がある。濃く各塁の一種でエビやカニの仲間だが、通常は食べないだろう。しかし、隠岐島などではローカルフードとして人気だった。
それが、まさか奈良の直売所で売っているとは……。
 
 
今や直売所は、単に地元の産物をフツーに並べるだけではダメなのかもしれない。競争時代に入り、いかに珍しい産物を地元でつくるか、あるいは面白い産物の仕入れルートを見つけるか、という努力が必要なのだろう。
 
商売は、やっぱりのんびりやっていたら生き残れないのかなあ。
 

2017/09/05

消える道

このところ、生駒山系や矢田丘陵を歩いていると思うことがある。

それは、山道がどんどん廃道ぽくなっていること。
 
私が歩くのは、もともと人があまり通らないルートなのだが、それでも一応は道として開かれたところが基本。途中、脱線する場合は別として……。
 
ちゃんと標識がある道でも実際に歩いているうちに、草ぼうぼうになってきたり、倒木が前を塞いでいたり、土砂崩れなのか道そのものが崩壊していたりと、まともな道でなくなっている経験が増えているのだ。
 
それもハイキング道ではなく、里道というか、多分昔は交通の要路と思われる道。今は別の車道などが開通して必要度が低くなって山の中の抜け道ぼくなっているが、かつてはこちらが幹道だったと思われるところもある。
 
029 かろうじて道の痕跡を残す
 
 
いやいや、舗装された車道さえも、最近は各地で草に覆われている。両側から伸びた草が道をふさぐかのようだ。草が車に触らずに通れなくなっているのだ。
実は、先日もそんな道を車で走っていたら、草の中からかなりのスピードで対向車が飛び出してきてヒヤリとした。細い道なのに飛ばすな、と言いたいが、実は草のおかげで見通しが悪いことも理由だろう。
 
こうした道は、本来行政が整備しなくてはならないはずだが、財源が減って草刈りの回数も少なくなって来たのかもしれない。
 
 
人口減社会になると、田舎の田畑が消える、集落が消える、さらに相続未登記によって所有者不明の森が、人家が、土地が……と問題化しているが、実は消えると言っても現実に山や宅地が存在しなくなるわけでみない。家だって古くなって倒壊する恐れがあるかもしれないが、基本的に空き家になっても残っている。
 
その点、本当に消えてしまいかねない筆頭は道かもしれ ない。草が生えてもしばらくは踏み跡が残るが、長い年月の間には本当に消える可能性がある。もし崩れたり、路面に樹木が生えて太くなれば通れなくなって完全に道でなくなるだろう。
 
おそらく縮小社会では道路などインフラ維持も厳しくなるから、今後道の消滅は加速するだろう。
 
私は廃道ファン? ではあるが、こうした道の消え方はあんまり喜ばしくはない。道とは、人が通った記憶の残る土地だ。ときに深い歴史があったり、ドラマが展開されたかもしれない。
 
それがかろうじて残っているうちは、廃道としても楽しめるが、完全に痕跡さえ消えたとき、人も消える。
 
2
 

2017/08/08

風景画で村おこし

もし、好きな画家を挙げろと言われたら、まず浮かぶのはムンクだ。

「叫び」で有名だが、神経症的な画風は、なんか頭から離れず昔から虜になっている(^o^)。

Photo  ムンク

一時期は、ムンクの展覧会を追いかけて結構遠くまで足を運んだり、画集を集めたりもしていたのである。だから、そのうちノルウェーのムンク美術館に行ってみたいと思っている。

もっとも、ムンクが好き! というと、私の精神状況もアブナイと思われるかもしれないので、バビルゾン派の風景画も好きであることを強調したい。

プレ印象派的な位置づけがされるが、初めて風景の美しさを芸術の対象としたと思えば、画期的ではないか? 

バビルゾン派とは、フランスのバルビゾン村に住んだ、広義には村を訪れたことのある画家まで含めるが、コロー、ミレー、テオドール・ルソー……総勢100人以上に及ぶ画家の画風を指す。彼らがこの村の風景や住民の生活を描きまくったことで、今やバビルゾンは、観光地だ。

ムンクのように一人の画家の魅力で人を呼ぶのではなく、多くの画家に描かれた舞台として人気を呼んでいる。

Photo_3 コロー

 
そして、これは村おこしになる、と感じるのである。
土地の風景を絵にしてもらうことで、地域の人気を高めることはできないだろうか。写真もよいが、やはり絵画だ。
 
近頃、芸術祭が目立つ。それも地域起こしの手法としてだ。なんでも全国100か所以上で開かれているらしい。みんながみんな成功しているわけではないが、上手くいったところは100万人以上の訪問者、それも海外からも集めているという。
 
 
フランスで始まった「もっとも美しい村」運動は、日本にも飛火して、「日本で最も美しい村連合」が作られている。それはよいのだが、加盟地域はどんな情報発信をしているのだろうか。
 
いろいろ模索するしかないが、風景画という手はどうだろう。たくさんの画家(の卵)を招いて村のアチコチの風景を書いてもらう。滞在費を面倒見ると言えば魅力にならないだろうか。
そして最低何枚かの絵を描いてもらう。
 
もし、参加した画家のうち一人でも将来大物になれば、風景絵を通して村は人気を呼ぶかもしれない。 アニメや映画の舞台の「聖地巡礼」が流行る昨今だから、絵画の舞台を巡ってもらえることを期待したいなあ。
 
もちろん、描かれた風景を後世に残すという義務も発生するのだけどね。
 

2017/07/28

ベンチをつくろう!

昨日のYahoo!ニュースの記事 で、オリンピックの選手村施設に木材を無償提供すると、大会後に返却されて「オリンピックで使用された木材です」と掲げて再利用できる、という発想であることを紹介した。

 
ただ、要項をよく読むと、
 
後利用においては、国際オリンピック委員会の規定により、商業目的での使用はできない。譲渡や売却を行う際にも、商業目的での使用を禁止することを条件づけることが求められる。
 
とあった。なんだ、オリンピックのレガシー(遺産)だぞ、と自慢して再利用するにしても、窮屈なことではないか。実質的に民間には使わせないということか。無償提供しても、その金額を取り戻せるような使い道は禁止なのだ。
 
では、公共施設で何に利用できる? 一度使われた木材ということは寸法も決まっているし、量もしれている。せいぜいベンチくらいではないか、と私はSNSに皮肉ぽく記したのだが、ふと我に返った。
 
ベンチ。いいじゃないか。
 
地元生駒の駅前に「日本一短い商店街」なんて自慢?している通りがあるが、ご多分に漏れずに廃れている。シャッターが下りた店も結構ある。私は、せめてここにベンチを置かないか、と提案したことがあった。
なぜなら商店街を歩くのはお年寄りが多いからだ。彼らに座ってもらうことで、滞在時間を長くできる。幾人か座ればよもやま話に花が咲いて賑やかになる。どうせなら、ベンチの周辺に飲料やスナック系の食べ物の出店を出せば、座った時に食べたり飲んだりするだろう。
そのうち小中高生も学校帰りに座りだすかもしれない。もしや年寄りと小学生の交流が始まるかもしれない。馴染になれば、そのうち買い物もするだろう。
 
……という発想であった。私も、その商店街をしょっちゅう歩いて座るところが欲しかったし、学生がつるんでいるのを見ていたからである。
 
そして、先例もあるのだ。
 
 
2
 
これは、長野県上田市の駅前商店街。空き店舗のシャッターの前を見映えをよくしようと木材で飾りつけ、ベンチを置いた。すると人が溜まりだしたそうである。それも地元の人だけでなく、観光客が座って話し込んだりしているらしい。(上田市は真田一族の里であり、上田城もあるのでわりと観光客が多い。)
 
5
 
これも殺風景な配電盤を隠すために木の囲いをつけたのだが、横にベンチを置いた。プランターもある。
 
8
 
すると、このようにお年寄りが座って愛嬌を振る舞ってくれる(^o^)。チェンソーアートの展示場にもなるし、街の雰囲気をよくすること間違いなし。
 
 
そういや、生駒にもあった。
 
商店街ではないが、某テーラーの前のバス停に。
 
2_2
 
木のベンチに、パックワークした布を張るだけで、いきなりオシャレになるではないか。バスを待たなくても座りたくなる(笑)。ただし、このベンチは、テーラーが引っ越した際に取り除かれてしまった。。。
 
 
ベンチから始まるまちづくりだ。ただし、金属や樹脂製のベンチでは、風情がない。やはり木製だろう。ある程度、デザインに統一感を出すことも必要かな。あるいはデザインを競い合うか。
 
こうなりゃ、オリンピックのレガシーなんぞドーデモよいから、ベンチをつくろう。

2017/06/12

Yahoo!ニュース「森林再生は街の長屋再生…」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「森林再生は、街の長屋再生に学べ 」を執筆しました。

 
長屋再生の現場を歩いたのは、別に取材のつもりではなく、たまたま近くに行ったので飲みに行こうぜ、ついでに前から聞いていた長屋再生事業も見せてよ、というノリでお願いしたものだが、歩いて見れば、まさに私が考えていた「森林の資産価値を上げる」発想とピッタリ合致。
 
本文に書かなかったことにいくつか触れると、並の不動産屋なら、古い家屋は撤去して駐車場にしましょう、と勧めるのが常套。それを手間ヒマかけて、リノベーションするとともに入りたい人(入れたい人)を探してくるわけである。すると、駐車場なんかよりずっと長く利益を産むだけでなく、地域全体が豊かになるわけだ。
 
これって、よい木材がない森林を負債として、伐採してバイオマス発電燃料にし、跡地にはソーラーパネル並べて太陽光発電しましょ、と言っているコンサルに対するアンチテーゼと同じようなものだ。
 
もはや日本は空き家1000万戸時代を迎えようとしている(現在でも800万戸を越えた)が、空き家を負債ではなく資本にする手段を考えないと底無しの負債地獄に陥るだろう。
同じく日本には数百万ヘクタールの森林が、世話もせずにまともに木が育っていないとか、皆伐して荒れたまま放置されている。これを負債の処分として先のしれている発電事業に走るのか、森林のリノベーションを考えるのか。地域により利益をもたらすのはどちらか。
 
 
森林再生、林業振興を考えるのなら、山村で悩んでいるより、街の長屋再生現場を見た方がよいと思うよ。ちなみに補助金を使わないところもね。
 
 
ちなみに、昭和町の仕掛け人の正体を明かすと、丸順不動産の小山隆輝氏だが、街案内と解説は有料である(笑)。物見遊山や本気度のない視察は避けるように。私は踏み倒したから、お詫びにYahoo!ニュースに書いたけどね(⌒ー⌒)。

より以前の記事一覧

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

森と林業と田舎