地域・田舎暮らし

2009/11/17

アニメ製作

昨夜は、地元のNPOを取材に行っていた。

具体的には、生駒市の隣の平群町にある「NPO法人うぶすな企画」というのだが、ここでは現在アニメを製作中。

もともと取材の意図は、生駒山系に戦国武将はいないのか? という疑問から、島左近を見つけ出した。石田三成の片腕として関が原に散った猛将である。彼は、平群の出身なのだ。

そして、うぶすな企画では、島左近を顕彰するためにラジオドラマを自主製作して、地元のコミュニティFMで1年間流したという。そして、現在はアニメ製作まで行っている最中なのだ。これは、生駒市のケーブルテレビで来年1月より1年間放映予定。

そこで、その現場を覗かしてもらおうと、ちょうど収録日だった昨夜訪れたのである。

アニメとは言っても、正確には静止画アニメで、画面は動かず数秒後ごとに絵が変わる、いわば紙芝居式ではあるが、製作に参加するのは全員有志のメンバーで数十人にもなる。

絵を描くのは神奈川、高知にまでいて、さらに近隣在住の絵画系の人々を集めている。さらに声優に劇団所属員など芝居心のある人々、編集や収録も、経験者が集結している。そして、全員ボランティア。場所は、代表者の家であり、地元旧家なのだが、その土蔵を改造してスタジオにしている。

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セリフ収録風景。

まあ、その馬力には恐れ入った。ほぼすべては代表者の女性とその娘の人脈であり、行動力が生み出したもの。毎週のように何十人も家に集め、夕食を提供している。もちろん各自の持ち出しも多いが、代表者が私財を投げうって? 取り組んでいるのである。

ラジオドラマなど、インドネシアのバリ州で放送され(日本語のままだよ!)評判を呼び、現地新聞の一面を飾るほか、バリ州知事より感謝状まで受け取っている。

ちなみに私まで、撮影中に出演させられた(~_~;)。島左近の部下のセリフを言わされたのである。有無を言わさず、出演を命じられたら断れましぇん。孫娘もだっこしていたし、こうして人を巻き込んでいくのだ。

なるほど、地域づくりとは、こんなブルドーザーのような人がいるから動きだすのだ、と思った(笑)。

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2009/11/14

素敵な小さな町コンクール2

先に提案した「素敵な小さな町コンクール」、まさに思いつきで書いたので、じっくり考察していなかったが、その後少しずつ考えている。

コメントにあるよう、たしかに基準が難しい。そもそも「小さな町」の基準、そして「素敵」と思う基準。それも「旅先の素敵」と、「住んだら素敵」の違いもある。

このところ日本海づいているが、今秋訪れた福井と富山は、常に「住みよいまち」の上位にある。ところが、住人は、あまり納得していないよう(^^;)。

とくに福井で会った女性は、県庁所在地の福井市の中心街に住んでいるにもかかわらず、「何もない町」とのたまい、「買い物は金沢まで行く」とか。やはり人それぞれ求めるものが違うので、基準もさまざまなのだ。

また鳥取は「順調に人口は減っています」という有り様だが、コンパクトで、限界集落のようなところが、町の中心部から車で10分圏内だったりする。そこに悲壮感はない。

そこで少し調べてみると、「東洋経済社」が、「住みよさランキング」を発表していた。引用すると、

「住みよさランキング」は、安心度、利便度、快適度、富裕度、住居水準充実度の5つの観点から16の社会経済指標――安心度:①病床数*、②介護老人福祉・保健施設定員(対65歳以上人口)、③出生数(出産年齢女性人口当たり)、利便度:④小売業販売額*、⑤大型店店舗面積*、⑥金融機関数*、快適度:⑦公共下水道等普及率、⑧都市公園面積*、⑨転入・転出人口比率、⑩新設住宅着工戸数(世帯当たり)、富裕度:⑪財政力指数、⑫地方税収入*、⑬課税対象所得額(納税義務者1人当たり)、住居水準充実度:⑭住宅の平均延べ床面積、⑮持ち家世帯比率、⑯住宅地平均地価――を採り上げ(*は1人当たり)、各指標について全国平均値を50とする偏差値を算出。各都市の単純平均を指標化したものである。」

だが、私の考えるのは、あくまで「小さな町」である。だから都会を求める人は外して、小さな町=田舎に近い町だ。そして旅先ではなく、住むことが前提。それも、「静かな田舎で定年後は悠々自適に過ごしたい、自然に包まれて暮らしたい、人づきあいは少なく」……なんてことを望むのではなく、活力ある地域であるべきだ。

たとえば自然を利用した産業が盛んか、なんて基準もありえる。農業、林業、漁業のほか、自然観光、食品製造などのベンチャーがあるとか。

もちろんカフェがあることも欠かせない(^o^)。

もう少し、考えないといけないなあ。

でも、コメントでも記したが、「ウッドマイルズ」という木材の輸送距離とエネルギーに着目した指標は、現在かなりの広がりを得ている。京都府などは、これを木材認証制度に取り入れた。このウッドマイルズをリードしているのは、卒論からスタートしたNPO「ウッドマイルズ研究会」である。
http://www.woodmiles.net/

ほかにも「日本で最も美しい村連合」なんてのもある。こちらはNPO法人になっている。

誰か、挑戦しないか?

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2009/11/12

素敵な小さな町コンクール

これは以前から考えていたのだが、「素敵な小さな町コンクール」を開けないか。

みんな小さな町は、過疎が進み、高齢化が進み、暗くて面白みのない町だと思いがちだ。実際、小さな町は住み心地が悪いとされ、大都市をめざす。地元の人も、卑下しがち。

だが、小さな町ならではのよさもある。私も、大都市から小さな町に移り住んで、コンパクトで便利だし、融通も効くし、知り合いによく逢うし(^^;)顔なじみになりやすいと幾つもの利点に気がついた。すぐに町全体の様子もつかめる。そして行政も身近。

本当に住み心地のよい小さな町もあるのだ。それを選び出して、顕彰することはできないだろうか。住み心地がよいと言われたら、きっと田舎暮らしを求める人も興味を示すだろうし、地元の人も元気が出るかもしれない。

もちろん基準は必要だ。それはみんなで考えたい。

まず小さな町の定義だが、人口は5万人以下、下限はないが5000人くらいか。もっとも人口よりも町の造りが大切だ。また行政区域による市町村では、近頃の合併でおかしくなっているから、集落単位でもよいかもしれない。その場合は、上限は1万人以下か。

コンクールの判定基準には、行政の透明性や街づくりに対する熱心さもあるが、中心部に銀行があるか、病院があるか、タウン誌があるか、なんてのも項目になりそうだ。さらに小中高校もないと、子供たちが出て行ってしまう。
ほかに就職口の範囲、賃貸住宅の家賃、若者人口、自然地域への距離……。山や海に近ければ、ポイントが上がる。

また映画館は必要ないが、レンタルビデオ屋が何軒あるとか、町挙げての祭があるかとか、も考えられる。うまいレストラン、居酒屋の存在も入れたい。

そして集落ごとのカフェの有無も重要だろう(^o^)。

そうした基準を選びつつ、「素敵な小さな町」を選定し、「住みよい町」と認定すれば、イメージアップにつながらないか。

この考察、続く。

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2009/11/10

富山の路面電車

ライトレール、私も探したのですが、見つかりませんでした。

これは、あんまり車高は低くないし……。単なる路面電車か(笑)。

002 LRTと呼ばれる新しい都市交通機関として注目されていますが、実際の経営状況はどうだろう。

                                                 

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2009/11/08

カフェのある田舎

昨夜、鳥取より帰って来ました。カニは食べられませんでした。

で、鳥取東部、とくに智頭町を回って思ったこと。それは、カフェがある集落にはと明るさがあることだ。

戸数10数軒しかない、もしかして限界集落になるかもしれないところに、ぽこっとあるカフェ。それが集落に明るい日射しを投げかけているように感じた。

一歩足を踏み入れると、オシャレな空間が広がっており、質のよいインテリアをまとっている。外の田園風景とマッチした古民家風あり、レトロ風あり。時にログハウスにジャズが流れていたりもする。

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写真は、廃屋になっていた旧郵便局を改造したカフェ。早くも大人気。

10こちらは、伝統的な山村集落を今に残すことで保存地域に指定された板井原集落にあるカフェ。

今や観光名所にもなった。

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そして袋小路の集落に、今年7月にオープンしたばかりのカフェ。
このオーナーはなんと70歳で、しかも家は新築である。

こんなところにカフェをオープンしてもお客さんが来るの? と思わせるのだが、意外や盛況だったりする。経営的にはどうかわからないが、フルオープンでなく週に何日かでも開店していると、お客さんが集まるのだ。

聞いてみると、店主の人脈で人が集まる場合もあるが、口コミで評判が広がっていたりもする。その評判が、トラベル雑誌などに取り上げられて、今度は遠くからの観光客も呼び込んでいる。それが地元紙・地元誌に紹介され、また地元の人が足を運ぶ。

なかには集落内の90歳を越えるおばあさんらが4人連れ立って、「生まれて始めてのカフェとやらを体験」しに訪れたところもあった。
いつしか地元の人々のたまり場となり、情報交換ンの場にも発展し、それが新たな動きを生み出している。

そして運営しているのは、多くがIターン、あるいはUターンの人々。彼らを受入れ、またお店を作ることを認めたことで、その集落のレベルが上がったような気がした。

田舎の活力、そして移住したくなる田舎をはかる尺度として、カフェがあるかないか、を取り入れてはどうだろうか。

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2009/10/02

宮崎駿「不便を忍んで……」

広島県の鞆ノ浦を埋め立てて橋をかける計画が、裁判所の判決で差し止めされた。主な理由は景観保全である。

ここは、宮崎駿が「崖の上のポニョ」の構想を練ったところとして知られ、それが埋め立て反対運動のシンボルにもなっていた。宮崎駿自身も反対運動に加担している。

だから判決後に宮崎駿がインタビューを受けた。そこで彼の発言が、これである。

「不便を忍んで生きるんですよ」

私は鞆ノ浦に行ったことはないし、その景色も知らない。同時に道が狭くて生活にどんな支障がきたすのかもよく知らない。また埋め立て計画を細部まで確認していないし、判決内容も新聞テレビで要旨をかじっただけだ。

だが、この発言はいただけない。これだけはよそ者が言っちゃいけない言葉ではないか。

不便を忍んで生活するのは、宮崎氏自身ではなく、住民である。自分がそこに住んでいないのに「不便なままでいろ」とは、推進派の神経を逆なでするだろう。

今や宮崎氏は、アニメ製作者というよりは哲学者か仙人みたいになっているから、こうした高みからの発言がよく出るが、住民を真っ二つにした裁判の判決への発言としては、もう少し配慮しないとこじれさせる元だ。

そもそも「救急車も入らない」と嘆き、不便だから街を去る人が増え寂れているのに、今回の判決では、解決策は示されていない。景観を守りつつ、生活を改善する計画はないのか。
(余談ながら、テレビに映し出された街並は、そんなに美しく思えなかった。新建材の家も見えたし、電信柱も多いゴタゴタした風景だ。そこに渋滞する車が連なっている。)

この手の問題は、世間に多い。開発反対運動も、多くが地元の住民ではなく、外部者が行っている。外からたまに来て「ここはいいところですね」というのは簡単だが、他人事にしかならない。景観も、そこに住む人々が生活してきた歴史の中で作ってきたものだ。(鞆ノ浦の景観は、明らかに人工物によるものである。)

それを「渋滞なんか、どこでも起きている」とか「不便だから愛着がわく」とは、個人的に思うのは結構だが、公的に言っちゃいかんだろう。宮崎氏が所詮よそ者で、本気で地元のことを考えていないことを世間にさらしたことにしかならない。
彼の立場からできる本来の仕事は、和解の仲立ちをすることではないのか。

私自身も「よそ者」としては、本当に美しい景観の街だというなら、一度訪れてみたい。ただ、安易に「ここはいいところですね」とは口にすまい。

     

我が家の前の道も拡張工事が決まった。景観的には、生け垣と石垣に挟まれ細くてうねった急な坂道は美しかったのだが、車が1台通るのがギリギリで、人とすれ違えない状態である。だから拡張するのに反対はしない(個人的には、人がすれ違えず壁に張りつくのも好きだったが^^;)。 ただ失われる景観をいかに心の中に納めるかを考えている。

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2009/09/30

田植え体験学習の真実

ある取材中に知った真実。

そこは大都市近郊の農村地帯。雑木林と棚田が折りなすのどかな里山風景が広がるが、農業は不振で、米を作ってもたいした収入は得られない。
そこに持ち込まれたのが、農業体験事業だ。都会の子供たち、いや大人も含めて田植え体験をしてみたい、というのだ。それは結構、多少の礼金が払われるし……。

田植え機を使えばすぐに済む田植えも、子供たちが水を張った泥の水田に入り、手植えをする。指導も大変だけど、農業の大変さと大切さを身をもって学び、同時に自然を体感する機会を与えるために自分の田んぼを提供するよ……というのは、建前(^o^)。

実際は、次々と田植えをしたい団体がやってきて、それを受け入れるのが結構な事業となったのだ。米づくりを教えるのも慣れてきたら楽しい仕事になる。礼金も重なれば、悪くない収益源だ。

問題は、使える田んぼはそんなに広くないこと。もともと狭い棚田である。何百人も毎日毎週来られても、田植えするほど水田はない。

そこで行うのは、田植え体験が終わると、その稲苗を引き抜くこと(^o^)。引き抜かなくても耕運機で水田をもう一度かき回せばいいか。
そして次の団体が来たら、また植えさせる。これを毎日繰り返しているのだという。

うまいなあ(笑)。

これを林業でもできないか。人工林はたくさんあるが、森林ボランティアと自称する人々がやりたがるのは人里に近くて傾斜もなだらかな場所だけだ。近くにトイレもないといけない。

そんな山を、林業体験用に提供する。でも、

植林した後に、またそれを引き抜く……のは、大変だ。山は広すぎる。
あるいは間伐した後に、またつなぐとか(^^;)。ムリだわ。

まあ、林業の場合は、そんなに希望者が殺到しているわけでもないし、必要ないか。
でも、木材を生産するためでなく、体験用の森を作るのもいいかもしれない。

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2009/09/13

人の本質は「いじわる」

昨日の朝日新聞夕刊の科学欄に載っていた記事。

東京で開かれた脳科学のシンポジウムで取り上げられた研究(大阪大学社会経済研究所)で、「人間の本質はいじわる」ではないか、という仮説が紹介されている。

例として上げられるのは、宝くじで①「自分は1200万円、他人が900万円当たる」のと、②「自分は1260万円、他人が1710万円当たる」のどちらがいい? という設問に、大学生男女30人を調べたら、39%が①を選んだという。 自分の取り分が少なくても、他人より多い方がいいというのだ。

また脳の血流変化を調べる機械で、いじわるされた時は変化がない(当たり前?)のに、自分の利益を減らして相手の利益を増やす「親切行動」を受けると、不審に思って脳の活動が活発になるという。

これらから「人の本質はいじわる行動」という仮説を立てたそうだ。

私には、この仮説がストンと胸に落ちる思いがした。

これまで私が関わったさまざまな局面で、誰もが得をする、いわばwin・winの方策が提案されたのに、不思議なことに反対されることがままあったからだ。

誰も損をしない、得をするのに、なぜその案に賛成しないのか。
全然、理論的じゃない反対理由を並べるのか。
相手の案をちゃんと聞いて検討せずに反対するのか。
とにかく意地になって、案を潰すことに熱中するのか。

私は、その事態を自分なりに納得するのに苦労した。これまで考えていたのは、

1、新しいことに取り組むのがイヤな怠け心
2、多少はあるリスクに対する恐れ
3、提案者との人間関係(感情的反発)

などである。が、ここに「いじわるしたい」という人の心の本質を加えてみると、ものすごく納得してしまった(笑)。
何も自分が気に食わない人物の提案でなくても、とにかく他人の意見は足を引っ張ってやりたいという欲望。
自分が得する分よりも、もっと得する人物がいることへの反発……。

さらに突っ込んで考えると、自分の意見とは違うものが出てきたら、常に拒否するという回路が人の心には設けられているのではないか。だから意見を咀嚼して賛否を考えることなく、反射的に反発する。これこそ「バカの壁」

この理論で身近な出来事を振り返ると、実によく理解できる(笑)。

常にいじわるしたい、というのは、一種の破滅願望かもしれない。とすると、地域づくりのような活動は、根本的に壁にぶつかるようにできているわけだ。しかも、それは無意識の領域で、本人も気がついていないのだ。

これが、合意形成の難しさの根幹か!

ちなみに研究では、アメリカ人より日本人の方がいじわる好きらしい。その理由として、遺伝子の違いを検証するというが、それよりも宗教教育の関係かもしれない。

 

もちろん、これは仮説。それを受けての私の妄想にすぎない。だが、よいことはみんな賛成するはず、得をすることはみんな喜ぶはず、という常識を考え直すことで理解できる面も多くありそうだ。

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2009/09/03

戸別所得補償と新規就農

次期政権を取った民主党のマニフェストにある、農家の戸別所得補償制度

マニフェストでは、農業における農産物の販売価格と生産費の差額を基本として補償対象にするようだ。販売農家でなくてはいけない。酪農業、漁業に対しても、同じような制度を作るらしい。

この政策に関しては、やる気のある農家が育たないなどの批判や、小規模農家が生き残れるという期待が入り交じっているが、私は少し期待している。ただし、一般とは少し違う点からだ。それは、新規就農者からの視点だ。

まずわからないのは、新規就農希望者は対象になるのか、という点である。Iターンで田舎暮らしを始めようとする人は、その多くが農業を指向するが、果たして補償の対象になるのだろうか。また農協との関係も気になるところ。農協外へ出荷する農家を支えないと、何も新しいことは始まるまい。

もし対象に含まれれば、かなり希望となる。何と言っても、農業は初年度が大変だ。技術だけでなくインフラのない新規就農者にとって、赤字覚悟の出発となるからだ。そこに最低限の金額が補償されれば、とりあえず食っていけそうな気がする。それが参入する意欲に結びつくだろう。

もちろん農地取得など難しい点は別にたくさんあるが、本気で就農を考えている人の背を、一気に押すことにならないか。これは、想像以上に大きな影響を与える気がする。新規就農者が増えたら、否応なしに田舎は変化するだろう。

もっとも完全実施は2年後で、来年度は制度設計を行う移行期間だとする。ようするに、まだ何も制度としては決めていないということだ。だから細部は検証しようがない。早く全体像を示してほしい。

ところで林業に関しては、間伐等の森林整備を実施するために必要な費用を森林所有者に交付する「森林管理・環境保全直接支払い制度」を導入する、とある。だが、こちらは全額という意味だろうか。こちらは森林所有者だけが対象だろう。
しかし山主はたいてい別に仕事を持っていて収入は確保されている。本当に大変なのは、森林組合などの作業員である。彼らの多くは、日当制で、金額的にも低すぎる。こちらの戸別補償も考えるべきではないか。

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2009/08/31

青森の宣伝力

昨夜、青森より奈良にもどる飛行機の中で、選挙速報を聞いた。

午後8時2分。民主党300議席をうかがう勢い……。最近は、飛行中でもラジオ? が聞けることに驚いたが、選挙結果は予想通りだ。開票が始まって瞬時に勝敗は決すると睨んでいた。それにしても開票2分後か(笑)。議席も予想通り。

さて、民主党の覚悟と腕っぷしをお見せいただこう。私は、1~2年間は楽観しているが、ともあれ、大多数の新人議員には、新人ゆえのたくましさを発揮してほしい。

で、青森の土産店で見かけたポップ。

Photo                                                   

読めるだろうか? 青森ヒバのエッセンシャルオイル商品なんだけど、その売り方は、いかに貴重か、若い木が樹齢150年あることをさりげなく紹介して、そして人気で品薄かをやんわりと示す。そして、その価格の高さを納得させる……なかなか高騰戦術のコピーだと感じた(笑)。

正直言って、価格は高い。20㏄で1050円。わずかなオイルが何千円もするのだ、それも基本的に生活必需品ではない。その独特の匂いは魅力的だが、これも好き嫌いがあるだろう。それでも、「ほしい? 買うなら今のうちだよ、貴重品だから……」と呼びかけている。

やるなあ、と思ってしまった。

もう一つ、気になったのは、泊まったホテルの部屋に置かれていた漫画「美味しんぼ」。

200908300830000 たしか100巻だったが、この巻は全部、「青森の食」がテーマなのだ。これに目を通すと、なんとか青森の郷土食が食べたくなる仕掛けである。

何も、このホテルで郷土料理が出るわけではない。しかし、青森全体の宣伝効果を狙っているのだろう。

この漫画によれば、青森の食文化は原日本人の文化を表しているのだそうだ。ウソかマコトか、それはどうでもよいが、こうした手の込んだ青森愛? には感心した。

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