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森と林業と田舎の本

2021/11/07

絵画の力による地域づくり

京都府南丹市立文化博物館で「森と共に生きる」という特別展が開かれている。

私は、まだ足を運んでいないのだが、その目録というかパンフレットが送られてきた。

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この展覧会の中心は、「知井地区を中心に」ということだが、ようするに芦生の森が舞台だ。京都大学の研究林であるが、同時に貴重な原生林として知られる。ただ原生林といっても古くから人の暮らしと結びついてきた地域でもある。

展覧会は神仏の世界から歴史的な古文書、民俗等々幅広く扱っているが、実は第2部は「芦生の森を描く」として絵画が並ぶ。

この企画が面白いのは、写真だけではなく絵画でこの地域の魅力を知らしめようとした点だ。

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実は、私はその画家たちのスケッチ行に同行していたのである。そして皆さんのスケッチ風景をスケッチしていた(^o^)。

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綿染み常々、「絵画による地域起こし」というのを提案している。写真ではなく、絵画だ。そしてアートでもない。あーとによる地域づくりは各地で行われていて、芸術祭などが開かれている。それはそれで面白いし、人を集める力もあるのだろうが、そうしたイベントではなく、地域の魅力を伝えるのは、写真より絵画の方が適しているのではないかと思っていたからだ。

もちろん高名な画家に描いてもらって、その風景画の価値か出たら、地域に注目が集まるだろう。フランスのバビルゾン村のように。今や印象派の前段階のバビルゾン派画家を生んだ村として人気だ。そこに描かれた田園風景が人気に拍車をかける。
が、それだけではダメだ。正直言って、絵画の価値ではなく描かれる風景の価値を世間に知らせるべきなのだ。それには写真より絵画にした方がよいと思う。よく植物図鑑などでも、写真よりイラストの方が植物の細部や特徴を描けてよくわかるというのと同じ意味だ。

だから無名の画家でもいいから、その村の美しい風景を発見してもらって何十枚と絵を描いてもらうといい。その絵によって村の魅力を伝えるのだ。あご足付きで画家を多数招いて、描いた絵を何枚か提供してもらう、なんて形の地域起こし手法はないか。画学生なら喜んで来てくれそうな気がする。そうした展覧会って素敵だろう。

このパンフレットにも、描いた絵からテキスタイルにしたものまであって、展開の面白さを感じる。

なんなら私を地域づくりアドバイザーとして招きたまえ(笑)。

2021/10/25

誰が「おかえり」と言うのか

朝ドラ「おかえりモネ」が最終盤である。私は、さしてハマることもなく、淡々と、ただその時間に起きて朝飯を食っていることが多いという理由から見続けていた(^^;)。このドラマの終わり方の理想として「地元に帰っても上手く仕事ができず、また東京にもどり、そこで東京の同僚らに『おかえり』と迎えられる」状況を期待していたのだが、どうも違うようだ。そりゃそうだろうなあ。

今はすっかり離れているが、かつて私は田舎暮らし評論家であり(笑)、実際に田舎取材ばかりしていた時期があるのだが、その頃に「住みやすい田舎」とは何かとわりと真剣に考えていたことがあった。

ちょうど、こんな記事が。

若者が地方から逃げ出す本当の理由 流入のカギは「適度な無関心」

居住満足度に与える影響は、「親しみやすさ」が最も大きい。この親しみやすさとは、「気取らない親しみやすさ」「地元出身でない人とのなじみやすさ」「地域の繋がり」「近所付き合いなどが煩わしくないこと」「地域のイベントやお祭りなど」といった要素を含んでいる、とのことだ。
これをまとめて「適度な無関心と距離感によって形成された緩い人間関係」としている。

つまり「親しみ」という言葉から連想する田舎の人間関係のイメージとは違って、都市圏の方が親しみやすいわけだ。もちろん生活サービスや交通などの点からも圧倒的に都市の方が有利だろう。

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ちなみに、こんな記事もある。日本で最も自殺の少ない町の調査から気づかされたこと

生き心地のよい町~この自殺率の低さには理由がある』(岡檀著、講談社) という本の著者の執筆だが、具体的には日本で最も自殺の少ない町(徳島県海部町~現海陽町の一部)の秘密を研究者が調査によって解きあかしたものだ。

そこでも語られるのは町民の「異質な要素を受け入れ多様性を認める」姿勢や、「緊密すぎない、ゆるやかなつながりを維持する」人間関係だ。人間関係が緊密でない方が自殺は少ないのだ。ほかにもいろいろあるが、それは本書を読んでいただきたい。

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人は他人との関係を求めるけど、それはあくまで緩やかなものであって、緊急時以外は生活に介入しない・されない姿勢が幸福度に響いてくる。それは田舎と都市と二元化できないな、と感じる。

行政の政策で、流出を防ごうとか、移住者を迎えようという動きはたくさんあるが、単に仕事場をつくるとか、住居を与える、地域住民と仲良くさせようとする世話焼きは、かえって逆効果かもしれないよ。どうやって人を迎え入れるか、ではなく、元からの住民の対応を教育することが必要になってくるかも。(無理だけど。)

私なりの結論としては、歴史的に人の出入りが多いかどうか、ということが住民性に大きく影響するように感じた。都市だけでなく農山漁村であっても、わりと人々の往来(移出入)が多いところは、「ほどよい親しみやすさ」の感覚が保てている。昔から交通の要路で商工業の取引があったり、好景気時期に出稼ぎを多く受け入れ、彼らが定着していたりしているからだ。山奥の住民と話をしていると、ときに「実は〇〇の出身でよお。〇十年前に仕事を求めてやってきたんだわ」なんて聞かされることがある。今は田舎でも、よそ者をわりと受け入れている地域はある。

逆に見た目はそこそこの中核都市であっても、人の移入が少ないと、よそ者排除意識がじわりとにじみ出る(^^;)。一方で完全な大都市圏でビジネス中心地だと流入・流出が多すぎて「おだやかな親しみやすさ」が形成されにくいかもしれない。


……なんで、こんなことを考え出したのかと言えば、私も、自身に関わる人間関係の対応を考察していたからかもしれない。

ただ昔とった杵柄?からすると、地方創生とか、田舎暮らしなんて、行政が入れ込みすぎない方がいい(笑)。

2021/10/13

週刊東洋経済へ寄稿

週刊東洋経済10月16日号に寄稿した。

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特集は「実家のしまい方」。う~む。なかなか身につまされる特集である。これ、大問題になっていることを感じている人は、日本人の何分の1だろうか、と考えてしまう。親の家や土地の問題から始まり、自分の亡くなり方にまで考えてしまう。残された遺産をどうするか、どうされるかを考えねばならない時代だ。最近、週刊誌、この手の特集増えているし。

人口減時代、もはや財産は相続するもんじゃないのかもしれない。

さて、私がこんな記事を書いたのか、と言えば、ちと違う。書いたのは……山林購入!

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思えば昨年は、この手の記事が大ヒットして、私もいろいろ書きまくってテレビやラジオにまで引っ張り出されたのだが、1年後になって蘇るとは(笑)。まあ、山林の相続もあるし、それを売る・買う問題も起こるだろう。

私としては、売る側、つまり持て余す山林を持つ人向きの記事(いかに山林を都会人に売るか)を書きたかったのだが、編集部としては読者層はやはり都会の購入側だから、というので視点としてはそちらになった。ちなみに右下の焚火をする写真は、私の山だ(^^;)。

でも、webではなく、紙の週刊誌に記事を書くのは、なんだか楽しい。東洋経済オンラインなどには私も記事を書いたことがあるんだが、週刊誌の方がなんとなく愛着湧くなあ。でも紙は、発売日を過ぎると買えなくなる。週刊誌は1週間だけ。もう数日過ぎてしまった。

興味のある方は早めに書店へ。「実家のしまい方」には山林も含まれると思うよ。

2021/05/24

来るか、山岳居住の時代

タナカ山林を訪れると、森の中に渓流ができていた。

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ここ、本来は里道だったのだが、廃棄され藪に埋もれている状態だった。ただ土地の境界線でもある。そこに水が流れこんで、長年のうちに地面を削って渓谷になっていたのだが、先週の大雨続きで新たな渓流が誕生したらしい。

見ると、わりと急流も深みもあり、滝までできている(高さ1~2メートル)。思わず引っかかっている枯れ木をどけてやると、水はあふれて別の方向に。自分の森の中に渓流のあるのはいいなあ。と、喜ぶわけにもいくまい(-_-;)。

だいたい、水はいつまで流れているのか。ここ数日は晴れたが、また降り出すだろう。

ちょうどテレビで水害の番組を見たのだが、川が増水⇒洪水⇒流路拡大⇒流路変更……という状況を説明していた。河川津波という現象もあるそうだ。蛇行する河川がつくった平坦地に築かれた住宅地がいかに危ないかわかる。

そこで大和川の亀石を思い出した。写真の右下方である。

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奈良盆地に降った雨と川の水は、すべて大和川を流れて大阪湾に注ぐのだが、もっとも狭い部分を亀ノ瀬という。この瀬にある亀石が動くと、地すべりが発生するという伝説があるのだ。
実は近代になっても幾度も地すべりは発生。鉄道のトンネルを埋めてしまったり、大和川自体を土砂でふさいだこともある。その度に上流部は水が貯まり、即席の湖が出現する。で、決壊すると今度は下流の大阪平野を水浸しにするという……。

300万年~1万年前まで奈良盆地には巨大な奈良湖という湖があった。この亀ノ瀬が詰まっていたのだろう。かなりの面積で古琵琶湖の水も流れ込んでいたほどだ。もしかしたら奈良県は、滋賀県のようにど真ん中に巨大な湖を抱えた県になったもかもしれない。

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(別冊宝島「竹村公太郎の「地形から読み解く」日本史より。)

そこで古代人は盆地には住めず山麓や高地に住居を築いていた。つまり、現在なら一等地である平坦な土地は人が住む場所ではなかったのである。実際、古代人の遺跡はおしなべて山間の高台部にあるのは全国的な傾向だ。

そもそも平野というのは氾濫原で湿地帯が多いうえ、見通しが利かないから住むのに適していなかったのだろう。稲作も、最初は谷地田といって扇状地につくられたはずだ。たとえば関東平野なんて、長く人の住めるところじゃなかった(笑)。今があるのは、江戸幕府が開かれてからだ。家康はは堀を掘り、埋め立てしたり堤防を築いて、関東平野の氾濫と水没する土地を減らして、ようやく住めるようにした。今や平地こそが人間社会の中心になってしまっているが、歴史的には極めて最近。

しかし気候変動で、もはや人間の力で水害は防げなくなる時代が来るのではないか。あと30年もすれば、人知の及ばない豪雨大風が日常茶飯事になる。そうすると再び関東平野に暴れ川が出現し、下町は水没するかもしれない。
しかし力付くで水害を防ぐ時代ではなくなってくる。ウォーターフロントは危険地帯となり、居住地の見直しが必要になる。その時、めざすのは山岳地帯かもしれない。高原地帯を空路で結び、斜面を楽に行き来できる乗り物を活用する。科学技術は、低地を埋め立てるのではなく、山岳地を住みやすくするように使った方がよいと思う。(そう思えば東北沿岸部は、先を行っている。)

代わりに氾濫原となった平野部に森林を造成する。津波を防ぐのにもよい。そして林業は平地で。重機も使いやすく搬出も楽。

来るか、山岳居住と、平地林業の時代。

2020/10/14

小さなギャラリー

愛媛の西の方の小さな町に来ているのだが、古ぼけたホテルに泊まっている。

朝からの講演会も終わり、結構ヘトヘトなのだが……ホテルの周りで見かけたのが、「小さなギャラリー」。

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ガレージを改造したらしい。

看板に引かれて中を覗くと、

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絵画がどっさり展示されていた(笑)。

うーん、一人の手によるものかどうか。テーマも雑多だが、いかにも野の画家によるもの。

実はこの地に来てまだ山も海も見ていない。どちらかというと人に会ってばかりだ。この地の林業がどこに向かうかとは関係なく、こんなギャラリーにホッとしたのである。

2020/09/13

宮崎の台風被害の原因は?

9月7日の台風10号では、宮崎県椎葉村に山崩れを発生させて、4人が行方不明になった。今も捜索は続けられているだろうが、事態は絶望的だ。

それに関する新聞記事。まずは朝日新聞だが、写真を見てほしい。

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いかにも山の斜面が中腹より崩れて麓の川沿いの民家を襲ったように写っているのだが…。

実は宮崎日日新聞の記事を送ってくださった方がいる。こちらは共同通信配信のようだ。どちらもヘリを飛ばして、だいたい同じ位置から撮影したように思える。ただし、違いがある。

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宮崎日日新聞では、崩れた起点の少し上も写っている。そこには、明らかに伐採跡地とそこまでの作業道が入れられていたことが写し出されている。崩れたのも、はっきりと道からだとわかる。

その点、朝日新聞側は、なぜかその場所を切り取っていてわからない。できるだけ崩れた場所を大きく載せるためにトリミングしたのかもしれないが、印象がガラリと変わるだろう。朝日の写真だと、山の中腹が崩れたのは仕方ないように思えるが、宮崎日日の場合は、林業こそが山崩れを誘発したと自然に感じるのだ。

まさか、伐採されている土地は、盗伐ではないだろうな、と疑ってしまうが、流れ出た土砂に丸太が混ざって見えることから土場があったのではと想像する。

宮崎の各所に続々と発見される盗伐地。それらが台風などの被害を増大していたら、もう誰が謝るのだ?盗伐被害者が、水害の加害者扱いされかねない。

2020/09/05

奈良に農業高校開校!

来年、奈良県にフォレスター・アカデミーが開校するのはすでに紹介した。どうやら来春は、それとは別に新しい農業高校ができるらしい。五条市立西吉野農業高等学校だ。

正確には、五條高校の賀名生(あのう)分校を独立させるようだが。市立の農業学校が新設されるとは知らなかった。ちなみに奈良県には県立の別の農業系・食系の学科を持つ磯城野高校もある。さらに大学校に相当する「なら食と農の魅力創造国際大学校」なるものも存在する。それを言えば林業系の高校もあるのだった。吉野高校森林科学科だが、来年度には大淀高校と合併して総合学科になってしまう。それなのに林業大学校もつくるわけだ。何か農林系の学校が増えてきた。

そういや大学には、ここ数年大学に農学部新設が相次いだ。奈良には近畿大学の農学部があるが、その中にも森林系の研究室が設けられている。
農業とか林業の学校というのは、ある意味ブームなのかもしれない。農林業……というか自然産業系への注目が生まれているらしい。もっとも、それは作り手の気持ちのようで、十分な生徒が集まるのかどうかはわからない。いずれも県内ばかりでなく、全国的に募集をしようとしているのも、今風である。

今回は市立の農業高校だから、なかなか勇気ある。寄宿舎もつくるというから、遠方からの入学者も見込んでいるのだろう。ただ高校としては、生徒集めが難しいように感じる。もっと社会人を受け入れる仕組みがあればいいのだが。

ちょっと毛色は違うが、森のようちえんもいくつかある。そしてそのうちの一つは、全国ネットワークの理事を務めていて、わりと全国の要になっているようだ。……このように紹介すると、奈良県は自然系の教育を重視した教育機関は、わりと充実している方なのだろうか。残念ながら、いずれも連携していない(笑)。どうせなら、幼稚園から成人までつなげるコースになればいいのだが。森の小学校、森の中学校、森の高校……農林にこだわらず、アウトドアやフィールドワークを総括するような。もう一つの教育の縦線ができたら面白い。

しかし、生徒集めはどこも苦労している。つくれば入学希望者が殺到する時代じゃないのだよ。

ちなみに賀名生は、昔南朝の御所があった地である。「皇居」という扁額を掲げる農家があるほどだ。いっそ南朝立農業高校とか後醍醐農業高校を名乗ったら、注目されるだろう(笑)。

 

 

2020/08/27

日本も「退耕還林」の時代?

人口減少時代の農山村の土地利用を考える農林水産省の有識者検討会が開かれているようだ。第3回会合では耕作放棄地に植林する森林化をめぐって議論されたという。

耕作放棄地の「森林化」議論 農水省の土地利用検討会

いわゆる「退耕還林」だろう。中国で広まった耕地を森にもどす政策だ。産経新聞は「中国の真似」になるこの言葉は登場しないが(笑)。

もっとも中国は砂漠化防止の観点もあるが、日本では何を心配しているのだろう。

是非の議論よりも何も、すでに耕作放棄地への植林は随分進んでいる。とくに山間の棚田では、住民が去る前に木を植えておくのが普通だ。おそらく木は掘っておいても育つし、太くなったら金になるだろう……という発想があったのだろう。今や金どころか伐採自体が難しい(棚田の石垣があると林業機械はなかなか使いにくい)だろうが。

もっともスギやヒノキ木の植林をするとは限らず、本当に放置して竹が繁っている場合や、雑木が石垣を崩している現場もよく見る。私自身は、山奥の道のない山林を進んでいて、急に石垣が現れると、なんだか古代遺跡に出会ったようで興奮するのだが。

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検討会では、ケヤキやセンダンの植林例が出たようだが、それだって植えた後は放置では使い物にならないと思う。やるなら、林業として熱心に経営しないと、結果的に数十年後に使い物にならない木々ばかりになってしまいかねない。野生動物の巣となってしまうかもしれない。

一方で人口減社会では、完全放置しかないのではないか。それなら自然林にもどすことだ。

より面倒なのは、たいていの土地の地目が農地(もしくは宅地)のままであること。これでは農地法に引っかかるとか、林業補助金も使えないだろうから、地目転換も急がれる。その手間の簡略化は国ならではの法整備をしてほしいところ。そろそろ「地目」という考え方自体を一新するか、地目そのものを破棄できないか。農林の区別をなくして「雑地」というか「自然地」といった指定にしてくれたら、利用の幅も広がる。ビオトープ的にしてもよいし、放牧を試みるのもいいように思う。して一元的に自治体が預かる必要も出てくるだろう。それこそ森林経営管理法みたいに、自治体が預かり「意欲のある」業者に委託する。そうすれば目標を定めて土地利用ができるのではないか。

たとえば山口県では山口型放牧と名付けて、耕作放棄された棚田などにウシを放牧している。草を食べてきれいにしてくれるし、大型動物(ウシ)がいることで野生動物が近づきにくくなる。棚田の石垣が柵代わりになるから、逃げない……。ウシは、生育すれば肉牛として肥育に回してもよいし、繁殖用にもなるのではないか。ウシは次々と棚田を渡り歩いてもらうといい。

ウシの糞が有機肥料になって土地が肥えたら、有機農法で耕作を再開することも考えられる。

農と林と畜産をもっと有機的につないだアグロフォレストリーにする。これぐらいの壮大な構図を描いてほしいなあ。

 

2020/06/12

限界集落に人を呼ぶ方法

福島で訪れたのは、旧・いわき市立田人第2小学校南大平分校。旧とつけている通り、廃校になっていて、現在は㈱磐城高箸が入っている。

ここで何を取材したのかはおいといて(^^;)オイオイ、こんな風景を目にした。

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なんと、ウマが。朝から乗馬体験が行われていたのである。近くに乗馬クラブがあって、そこの主催なのだが、旧小学校の木造校舎と校庭に似合うこと。青空だっただけに、余計に絵になる。

といっても、この地区ははっきり言って限界集落に近いだろう。分校の維持もできなくなり、人口は100人を切っていると思う。その点は、先に訪れた愛知県岡崎市の千万町町と同じぐらいなのだが、そこに乗馬の客が集まって来るのである。

私は、客がいなくなったら、挑戦するつもりで構えていたのだが、なんと途切れることがなかった。久しぶりにウマに乗ってみたかったのに。

告知は乗馬グラブと磐城高箸のSNSで行った程度だそうだが、意外や遠くからも集まってきていた。なかには、車で通りがかって「乗馬体験」の看板を目にして飛び込んできた人もいた。多くは子供連れだが、カップルもいる。乗るのはほぼ女と子供で、男の姿はなかった……。

そして、もう一つ校庭に開かれたのは……移動カフェ。

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軽自動車改造?のカフェである。しかも幟には「野生のコーヒー」とか。エチオピアの森に自生するコーヒー豆を使っているらしい。なんでも近くでカレーの店を開いているらしいが、このほど移動カフェに挑戦したとのこと。

そうか、こうしたアイテムを幾つか備えて、月に何回か開くだけでも結構な集客は可能なのだ。入れ代わり変化がある方がさまざまな客を集めるにはよいかもしれない。ネパール喫茶のようにその地に根付いて、じっくりファン層をつくるのもよいが、いくつものアイテムを組み合わせる手もいいかもなあ。

もちろん、こうしたお客は、木造校舎の中も覗くだろうから、そこで割り箸やら鉛筆やらを目にするはず。相乗効果を生み出すはず。

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こんな「おがべこ」と、「木粉(こふん)さま」も待っているし。

 

 

 

 

2020/06/01

コロナ明けの仕事始めはネパール喫茶「茶流香」

6月になった。ようやく学校も再開、店も仕事も動き始めたところは多いので見なかろうか。

で、私もようやく長距離の取材に出ることになった。

その第1弾は……愛知県岡崎市の千万町町(ぜまんぢょうちょう)である。そして訪れたのは「茶流香」(ちゃるか)という名のネパール喫茶。この難読地名の集落は、人口がおそらく100人を切っているはず。いわば限界集落だ。そこにネパール喫茶? 

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店主の藤井さん、なんでもネパールの日本料理店で夫婦で働いていたとかで、帰国したから今度は日本にネパール料理店(^o^)。
でも、実はオープンが先週末というが、事実上今日か。いや、まだオープンしていないのかも。だって、私が飲んだチャイの代金を受け取るのに躊躇していたから\(^o^)/。オイオイ

とにかくグーグルマップにも、もちろん食べログにも載っていない。そもそも店の看板がない。空き家を改造したというが、幹線道路にも面していないし、近づいても店とはわからない。今行きつけたら自慢できる。なお、この店を紹介してくれたのが、会ってみると大学の後輩、それも探検部出身というのも何かの縁。

ちなみに私は限界集落カフェ評論家だ( ̄^ ̄)。いや限界集落カフェ・ジャーナリストを名乗ろうか。
カフェが田舎を救う? その集客力は地域づくりの力になる」なんて記事も書いている。

それにしても、片道車で約4時間。帰りは5時間かけてしまったが、なかなかコタエますよ。。。日帰りにはちときつい(笑)。

 

 

 

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