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本の紹介

地域・田舎暮らし

2017/08/08

風景画で村おこし

もし、好きな画家を挙げろと言われたら、まず浮かぶのはムンクだ。

「叫び」で有名だが、神経症的な画風は、なんか頭から離れず昔から虜になっている(^o^)。

Photo  ムンク

一時期は、ムンクの展覧会を追いかけて結構遠くまで足を運んだり、画集を集めたりもしていたのである。だから、そのうちノルウェーのムンク美術館に行ってみたいと思っている。

もっとも、ムンクが好き! というと、私の精神状況もアブナイと思われるかもしれないので、バビルゾン派の風景画も好きであることを強調したい。

プレ印象派的な位置づけがされるが、初めて風景の美しさを芸術の対象としたと思えば、画期的ではないか? 

バビルゾン派とは、フランスのバルビゾン村に住んだ、広義には村を訪れたことのある画家まで含めるが、コロー、ミレー、テオドール・ルソー……総勢100人以上に及ぶ画家の画風を指す。彼らがこの村の風景や住民の生活を描きまくったことで、今やバビルゾンは、観光地だ。

ムンクのように一人の画家の魅力で人を呼ぶのではなく、多くの画家に描かれた舞台として人気を呼んでいる。

Photo_3 コロー

 
そして、これは村おこしになる、と感じるのである。
土地の風景を絵にしてもらうことで、地域の人気を高めることはできないだろうか。写真もよいが、やはり絵画だ。
 
近頃、芸術祭が目立つ。それも地域起こしの手法としてだ。なんでも全国100か所以上で開かれているらしい。みんながみんな成功しているわけではないが、上手くいったところは100万人以上の訪問者、それも海外からも集めているという。
 
 
フランスで始まった「もっとも美しい村」運動は、日本にも飛火して、「日本で最も美しい村連合」が作られている。それはよいのだが、加盟地域はどんな情報発信をしているのだろうか。
 
いろいろ模索するしかないが、風景画という手はどうだろう。たくさんの画家(の卵)を招いて村のアチコチの風景を書いてもらう。滞在費を面倒見ると言えば魅力にならないだろうか。
そして最低何枚かの絵を描いてもらう。
 
もし、参加した画家のうち一人でも将来大物になれば、風景絵を通して村は人気を呼ぶかもしれない。 アニメや映画の舞台の「聖地巡礼」が流行る昨今だから、絵画の舞台を巡ってもらえることを期待したいなあ。
 
もちろん、描かれた風景を後世に残すという義務も発生するのだけどね。
 

2017/07/28

ベンチをつくろう!

昨日のYahoo!ニュースの記事 で、オリンピックの選手村施設に木材を無償提供すると、大会後に返却されて「オリンピックで使用された木材です」と掲げて再利用できる、という発想であることを紹介した。

 
ただ、要項をよく読むと、
 
後利用においては、国際オリンピック委員会の規定により、商業目的での使用はできない。譲渡や売却を行う際にも、商業目的での使用を禁止することを条件づけることが求められる。
 
とあった。なんだ、オリンピックのレガシー(遺産)だぞ、と自慢して再利用するにしても、窮屈なことではないか。実質的に民間には使わせないということか。無償提供しても、その金額を取り戻せるような使い道は禁止なのだ。
 
では、公共施設で何に利用できる? 一度使われた木材ということは寸法も決まっているし、量もしれている。せいぜいベンチくらいではないか、と私はSNSに皮肉ぽく記したのだが、ふと我に返った。
 
ベンチ。いいじゃないか。
 
地元生駒の駅前に「日本一短い商店街」なんて自慢?している通りがあるが、ご多分に漏れずに廃れている。シャッターが下りた店も結構ある。私は、せめてここにベンチを置かないか、と提案したことがあった。
なぜなら商店街を歩くのはお年寄りが多いからだ。彼らに座ってもらうことで、滞在時間を長くできる。幾人か座ればよもやま話に花が咲いて賑やかになる。どうせなら、ベンチの周辺に飲料やスナック系の食べ物の出店を出せば、座った時に食べたり飲んだりするだろう。
そのうち小中高生も学校帰りに座りだすかもしれない。もしや年寄りと小学生の交流が始まるかもしれない。馴染になれば、そのうち買い物もするだろう。
 
……という発想であった。私も、その商店街をしょっちゅう歩いて座るところが欲しかったし、学生がつるんでいるのを見ていたからである。
 
そして、先例もあるのだ。
 
 
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これは、長野県上田市の駅前商店街。空き店舗のシャッターの前を見映えをよくしようと木材で飾りつけ、ベンチを置いた。すると人が溜まりだしたそうである。それも地元の人だけでなく、観光客が座って話し込んだりしているらしい。(上田市は真田一族の里であり、上田城もあるのでわりと観光客が多い。)
 
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これも殺風景な配電盤を隠すために木の囲いをつけたのだが、横にベンチを置いた。プランターもある。
 
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すると、このようにお年寄りが座って愛嬌を振る舞ってくれる(^o^)。チェンソーアートの展示場にもなるし、街の雰囲気をよくすること間違いなし。
 
 
そういや、生駒にもあった。
 
商店街ではないが、某テーラーの前のバス停に。
 
2_2
 
木のベンチに、パックワークした布を張るだけで、いきなりオシャレになるではないか。バスを待たなくても座りたくなる(笑)。ただし、このベンチは、テーラーが引っ越した際に取り除かれてしまった。。。
 
 
ベンチから始まるまちづくりだ。ただし、金属や樹脂製のベンチでは、風情がない。やはり木製だろう。ある程度、デザインに統一感を出すことも必要かな。あるいはデザインを競い合うか。
 
こうなりゃ、オリンピックのレガシーなんぞドーデモよいから、ベンチをつくろう。

2017/06/12

Yahoo!ニュース「森林再生は街の長屋再生…」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「森林再生は、街の長屋再生に学べ 」を執筆しました。

 
長屋再生の現場を歩いたのは、別に取材のつもりではなく、たまたま近くに行ったので飲みに行こうぜ、ついでに前から聞いていた長屋再生事業も見せてよ、というノリでお願いしたものだが、歩いて見れば、まさに私が考えていた「森林の資産価値を上げる」発想とピッタリ合致。
 
本文に書かなかったことにいくつか触れると、並の不動産屋なら、古い家屋は撤去して駐車場にしましょう、と勧めるのが常套。それを手間ヒマかけて、リノベーションするとともに入りたい人(入れたい人)を探してくるわけである。すると、駐車場なんかよりずっと長く利益を産むだけでなく、地域全体が豊かになるわけだ。
 
これって、よい木材がない森林を負債として、伐採してバイオマス発電燃料にし、跡地にはソーラーパネル並べて太陽光発電しましょ、と言っているコンサルに対するアンチテーゼと同じようなものだ。
 
もはや日本は空き家1000万戸時代を迎えようとしている(現在でも800万戸を越えた)が、空き家を負債ではなく資本にする手段を考えないと底無しの負債地獄に陥るだろう。
同じく日本には数百万ヘクタールの森林が、世話もせずにまともに木が育っていないとか、皆伐して荒れたまま放置されている。これを負債の処分として先のしれている発電事業に走るのか、森林のリノベーションを考えるのか。地域により利益をもたらすのはどちらか。
 
 
森林再生、林業振興を考えるのなら、山村で悩んでいるより、街の長屋再生現場を見た方がよいと思うよ。ちなみに補助金を使わないところもね。
 
 
ちなみに、昭和町の仕掛け人の正体を明かすと、丸順不動産の小山隆輝氏だが、街案内と解説は有料である(笑)。物見遊山や本気度のない視察は避けるように。私は踏み倒したから、お詫びにYahoo!ニュースに書いたけどね(⌒ー⌒)。

2017/02/20

「半林半X」って……

広島市は、今年になって「半林半X」の移住者の募集を始めたそうだ。
 
ようするに林業しながら、もう一つ何か職業を持ちながら田舎暮らしをしようというもの。
元ネタは「半農半X」だろう。
 
具体的には、市は最大3年間にわたり移住者を援助する。1年目は森林組合などで山仕事の技術研修を受けて、林業ができるように仕込む。2年目以降は、移住者の希望する仕事(これが半X)をサポート。市ができるサポートを斡旋するそうだ
そして、その期間中は、生活費として月17万5000円を助成するのだそう。ほかにも引っ越し代も半分(上限10万円)出すというのだから、かなり恵まれている。
 
 
狙いは、3年前の広島土砂災害の時に問題となった荒廃した森林を整備する人材を確保しつつ林業再生をめざすということらしい。 
 
ただ林業だけでは食っていけないから、あと半分は自分で仕事をつくれ、ということか? 
逆に考えれば、自分のしたい仕事(たとえば有機無農薬農業とか、芸術活動とか伝統職人仕事など)だけでは食えないだろうから、半分は林業で稼ぎなさいよ、ということかもしれない。
 
自伐林業になりなさいという意図らしいが、果たして1年間の研修で林業で稼げるほどの腕前になるのかどうか。どうせなら、どこかの林業大学校に留学させた方がいいかも(^o^)。
しかし林業も自分のしたい仕事も、半分ずつだから本気だせるのか?
 
 
ちょっと笑えるのが、定住を成功させる鍵は「地域住民との融和」にあるから、地域住民と普段から付き合いのある区役所職員が、移住直後は地域の会合や飲み会に同席してくれる、というシステム。
まあ……最初の1回くらい付き添って仲立ちしてくれるのはいいかもしれないが、自分の人間関係は自分でしっかり築こうね。田舎暮らしは仕事も人間関係も自己責任だよ。
 
しかし、広島市のような大都市が田舎暮らし募集を始めたら、ほかの貧乏市町村は困るだろうなあ。
 

2016/10/11

ギャザリングから考えた組織の寿命

福知山まで足を延ばして(奈良からなら近いだろうと思う人もいるだろうが、実は京都府の北辺に近く、結構な時間がかかる(泣)のだよ)、肝心のフォレスター&プランナー・ギャザリングのことを書かないと不満の方もいるだろうから……(笑)。

 
ギャザリングは、昨年同様ワールドカフェ形式、3つのブースをつくり、「フォレスターとプランナー」「現場・実行」「ネットワーク・ムーブメント」をテーマに話し合う形式で行われた。そして時間ごとにメンバーが入れ代わる。結論をまとめるのではなく、思いを吐露する……というのが目的だろう。
 
ま、私は取材というより傍観者? のつもりで、それぞれのブースを全部回った。もっとも、これまた昨年同様、意見を言わされる(^^;)機会もあったわけだが。
 
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もちろん、私もいろいろな思いを持っている。参加者の声を聞いて考えること、感じることもあった。フォレスターとプランナーを分けることに意味があるのか。研修と現場の乖離というが、社会のルールから乖離しているのは現場じゃないか。。。。等々、考えさせられた。
 
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が、ここではネットワークのブースで思ったことを。
 
意外や林業関係の人々をつなぐネットワークは数多いのだ。最近、とみに増えている。狭い業界なのに人々が分散しているゆえ、次々と作られるのかもしれない。そもそも今回のギャザリングだってネットワークの一つである。
 
で、聞いてちょっと驚いたのが、全国各地に広がった林業女子会が、早くも疲弊しているという話(^o^)。登録会員数は数百人にもなったが、参加者は毎回十数人、それも毎月人が集まる行事を考えて準備するのに疲れてしまった、次の会長の引き受けてがいない……というのだ。
 
他称・林業女子会ウォッチャー(そう呼ばれた)としては、気になる情報だ。
もちろん私は、数百人の会員がいて、今も元気で活動するところも知っているのだが、たしかにありそうな話だ。
 
私の持論(!)からすると、任意の組織は4年で壊れると思っている。立ち上げた1年目は勢いがあり、2年目は盛り上がり、3年目から不協和音が漏れだして、4年目にして方向転換か分裂か脱落者が出るか解散……それを乗り越え仕切り直して、組織が落ち着くのは7、8年以降か。。。
 
もちろん感覚的なもので、あんまり年数字に意味はないが、私もかつて市民団体の事務局を10年くらい続け、さらに多くの組織をつくったり参加したり壊したり……してきたので身に沁みている。
 
 
最初から期限を切って運営するという手もあるのだが、組織を維持するのに重要なのは、個人(とくにリーダー役)の意志だろう。
組織ではなく、一人でもやるという個人の思い。参加メンバーはその思いに寄ってくるのじゃないか。思いの強さの波によって組織も新陳代謝すれはよい。
 
 
フォレスター・ギャザリングも、多くの人と林業のこと、森林のことを話したいと思う人がいて、それをつなげる場を私が設けるという人がいて、存続するのだろう。その「私」の思いの強さは……どうかな?

2016/09/14

インバウンドに期待する時代

たまたま目を通していた本に、国立公園の成立に関する記述があった。

明治末から大正年間のことである。
 
 
いろいろな経緯があって、目的をレクリエーションや地域振興に定めるか、景観や動植物保護に重点を置くかで論争があったりと、なかなか面白いのだが、いよいよ法制化に向けて進んだところ、関東大震災が発生。(大正12年)
 
そうなると政府も国立公園どころではなくなる。
 
……と思いきや、復興がテーマになって国立公園選定運動は勢いを増すのである。
 
その理由は経済である。
 
第一次世界大戦時は、日本は好景気に湧いたのだが、その後は一転不況に陥る。そこに震災が来たのだから国際収支は赤字で経済は苦境に陥っていたのだ。
 
そこで国際観光を振興して外国人観光客に外貨を落としてもらうのがもっとも手っとり早い手段だという声が高まったという。
そのためには国立公園を整備して、日本の景観を売り込もう、というわけだ。
 
もっとも反対意見も出たという。国民の風紀が堕ちる、というのだ。つまり毛唐……外国人が来て日本人の気概が害される、というわけだ。
 
結果的には、国際観光振興に傾き、国粋主義者として知られる安達謙蔵が内務大臣として
国立公園調査会が設置、昭和6年に国立公園法が成立する……。
 
 
なんだか、読んでいて今の時代にも当てはまるな、と苦笑してしまった。
 
長期にわたる不況。東日本大震災の被害と復興という課題。悪化する国際収支
ここはインバウンドで! と外国人観光客が落とす金 にする声が高まっている。その一方でヘイトスピーチが蔓延して外国人を嫌う風潮が広がる……。
 
今では国立公園ではなく、世界遺産に選定してもらおうと各地が名乗りを上げる。 ただし自然遺産よりは文化遺産が圧倒的に多くなってしまった。観光客の増加につながると期待しているのだ。大人数が押しかけることの弊害なんて気にしない、自然や文化財の保護という発想より地域振興、いやインバウンドの金狙いであることは明白だろう。
 
 
私は外国人が多く日本に来る(他者の視線が持ち込まれる)のはよいことだと思っているが、露骨なインバウンド収益は期待しない方がよいと思う。
 
もともと観光とは移り気なものだ。流行はすぐに変わり、維持するためには不断の努力がいる。常に新たな企画をつくり、世界へ発信し、受け入れる能力を磨く……そんな力のある地域は限られている。基本、観光(いわゆるもてなし)とはマンパワーが重要で、過疎で人材力の弱い地域が取り組んでも息切れするケースが多いのだ。
 
一発狙いの名物をつくって、数年間の盛り上がりの末に地域全体が落ち込んだケースは後を断たない。以前より悪くなった例も珍しくない。
 
 
ついでにいうと、戦前の国立公園に対する期待は、戦争の硝煙とともに消えていったのである。
 
 
 

2016/07/28

物販こそ地域づくり

地域づくり、地域づくりの声が高いが、果たして具体的に何をすべきか。

 
まあ、人によりけり、地域によりけり、なのだが、肝心なのは、経済的に潤うことだ。人をどんなに集めても、地名が誰でも知っているほど有名になっても、観光客が殺到しても、地域にお金が落ちなきゃダメ。まず村民が自信を持つこと? それは入り口であって、その結果、儲からなければダメ。儲からずに誇りばかり高まった地域は救いがない(~_~;)。
 
以前、私の呼ばれたシンポジウムでこのような趣旨のことを述べた。
「人がたくさん来たから成功、と言っているイベントが、後で決算していたら赤字でした、ではダメなんです。ギブアンドテイク。来訪者を喜ばせたら金を取れ」。
 
すると後に、某地域の地域づくりをしている人は「ギブアンドギブだ。与えて与えて、それで満足してもらってこそ地域は盛り上がる」と反対意見を言った。
 
あの地域、今も生き残っているかなあ……(#^_^#)。。。
 
 
さて、儲けるためには何をしたらよいだろう。これが、そこそこの街なら、手はある。たしかに人が来たら自然と街で消費してくれたりする。サービスに対価を払ってくれる。
 
が、田舎では難しい。そもそもサービスが何かわかっていないこともあるが(~_~;)、目に見えない商品を売ることに長けていない。それこそギブアンドギブになってしまいがち。またサービスのつもりで一生懸命やっても、それが合わないと嫌われてしまうことだってある。
食物は魅力的なネタがあれば客を集めるのに効果的だが、外す場合も多い。B級グルメなどは、まず失敗する。しかも食材には賞味期限があるので、残ると捨てなければならない。
 
そこで思いつくのは、物販だ。物を売って儲けるのが基本。とにかく売れるものをつくれ。安い物から超高額商品まで、揃えておかないとお金は落ちない。
 
 
……そんなことを感じたのは、今大阪で話題の新感覚娯楽施設「ニフレル」を覗いたから。
 
ここは、水族館と動物園にアートを混ぜたような「……に、ふれる」施設らしい。
やはり一度は覗いてみなければ、と思って訪れたら、満員も満員。行列であった。それでも、変わった魚類などをいかに展示するか、触れる動物など展示の面白さは感じる。水槽を真ん中に置いて360度から眺めるというのはよい手だね。
 
2
 
さて、最後にたどりつくのがミュージアムショップ。ここが大賑わいなのだ。
 
 
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木工品。残念ながらインドネシア製。
 
 
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みんな競うようにお土産物を買う。この購買力こそが、地元に金を落とす原動力だ! と感じたのである(笑)。
ぬいぐるみも木工品も、腐らないからいいよ。
 
土産物とは何か。それは、その地域に来た証である。必要なものかどうかではなく、思い出が甦るもの。
 
思えば、土倉翁の百回忌でも、土産物を用意しておくべきだったな。何も土倉饅頭とか庄三郎煎餅を売れ、というのではない。ただ、土倉翁の故郷に来た証を用意しておくべきだったな……と思ったのである。
 
いかに地域の自慢(資源)と連携した土産物をつくって売るか。田舎こそ考えてみるべきではないかな。

2016/07/01

既視感? 里山住宅博

「里山住宅博」というのをご存じだろうか。

 
博覧会と付いているが、神戸につくられようとする新興住宅地である。
 
 
内容はなかなか複雑なので、サイトをよく読んでほしい。神戸市北区で新規開発する住宅地なのだが、全部木の家で、最大の特徴は全戸に里山(山林)が付いてくるという点。この里山は共有地として住む人々が管理していく……という。
 
誰が主催者なのか、いま一つわからないのだが……まあ、里山的環境に住み、その環境をみんなで守っていくという発想が売り文句。しかし、場所は三田駅、新三田駅から近く、中国自動車道のインターもすく側。しかも隣接してイオンモールとプレミアムアウトレッまである!
 
なんというか、都会生活(イオンだけど)を満喫しつつ、里山(高速道路の側だけど)を味わえるという好条件だ。
 
が、何か既視感がある。。。。
 
実は、私は今から20年も前に同じ企画を取材しているのだ。
 
それは兵庫県の西宮市北部の山間部だ。こちらは兵庫県が主導して、新興住宅地の開発を計画した。その際に、それぞれの家に里山部分を付けるという発想だった。
 
そして各戸の山林を共同で維持管理していく協定を結ばせる(結ばないと入居できない)という発想なのである。
私も現地を回ったが、なるほど当時は見事な田舎の田園風景であった。そこをバブルの余波の残る時期だったから、野放図な開発を防ぐために企画したのだという。
 
ま、バブルが崩壊して、あっと言う間に絵に描いた餅になったが(~_~;)。だって、1戸当たり1億円くらいの価格設定だったんだもの。
 
数年前にまたそこを訪れたが、まあ、よい里山でしたよ(~_~;)。そこを森林セラピー基地にできないか、という構想もあったのだが……。
 
今回の里山住宅博は、神戸市内だし民間主体ぽいから兵庫県は関わっていないと思うが、発想は似ている。
 
さて、どうなりますやら。価格はバブル時代のようにバカ高くはないだろうが、舵取りは大変だろう。住んでからの住民の意見の相違やエゴも出るだろうから。
 
一度訪ねてみたい気はするが……。誰か一緒に行かない? 
 

2016/03/13

図書館を拠点に

川上村には、図書館がある。

 
これはすごいことだ。人口1500人程度の山村に図書館があるのだ。奈良県では吉野郡でここだけだろう。図書室さえ備える町村は少ない。
 
そこで小さな催しをやっていた。
 
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土倉庄三郎を取り巻く人々に関連した書籍を集めた一角。
 
もちろん土倉翁百回忌に合わせたものだが、残念ながら土倉翁に関する書籍はわずかしかない。直接的には『評伝 土倉庄三郎』と拙著『森と近代日本を動かした男 山林王・土倉庄三郎の生涯』だけだ。そこ新島襄とか八重とか、ま、庄三郎に関係ある人物の書籍も集めている。 そもそも、蔵書がそれほど幅広くないだけに苦肉の策だろう。
 
多少無理はあるが、土倉翁のお膝元だけに智恵を絞ってこれくらいやらねば。
 
 
図書館は、人口も少ない自治体では軽んじられがちだが、私は図書館を核にした村おこしも可能だと思っている。という。、情報集積と発信する拠点として図書館を活かしてほしい。
 
 
川上村に図書館ができたのは、有体に言えばダム建設による補助金が下りたからだろう。さもなければ「贅沢な」施設として俎上にも上がらないはず。
まあ、規模としては小さい。蔵書は3万部くらいか。通常の街の図書館と比べても充実していると言えないし、いくら月々書籍や雑誌を購入しても、目を通す人がどれだけいるの、と問われれば心もとない。
だが、吉野でただ一つ、山村では希有な存在であり、しかも吉野の歴史や自然というバックボーンを考えれば、さまざまな可能性がある。村外からの利用者を集めるだけでなく、村民の誇りだって生み出せる。図書館としてではなく、村の情報発信の拠点として利用しなければ。
 
 
だいたい図書館があることをもっと利用しなければ、村の予算を食いつぶすだけの、宝の持ち腐れになってしまう。
村民だけでは少なすぎる利用者も、情報発信基地となれば、吉野の拠点となり得るのだ。
 
図書館の価値を世に知らしめた小説として「図書館戦争」があるが、荒唐無稽に見えて、世情に抗う前線基地なのだよ、図書館は。
 
以上、中学・高校と、図書委員長や図書部長として学校図書館に6年間君臨し続けた私がいうのだから間違いない(^o^)。

2016/03/04

ハラールラーメンとならまち

ハラールラーメン」の試食会に招かれた。

ハラールとは、ムスリム(イスラム教徒)が食べられる認証を取った食材のことだ。イスラム式のお祈りを捧げて解体された肉とか、酒(味醂を含む)を使わない調理法であることが肝心である。
 
そんなムスリム向きのラーメン店が、奈良のならまちに誕生したのである。店名は、「ならまちmoon3じんにいや」。(意味は不明)  
正確な開店日は、3月5日からだ。
 
2
 
ちょっと汁気が少なく、極太麺のラーメン。スープの味は、意外とあっさりしている。豚骨などはもちろん使えないから、ハラール鶏肉に野菜の出汁であろうか。スパイスがかなり効いている。時折、粒をかじると苦みがあった。これは……クミンかなあ。具は、野菜とゆで卵、それに鶏肉ミンチ、ナッツ類。そしてパクチーが乗る。
私はアラブ料理には疎いものの、中近東のイスラム圏というより東南アジアの味をイメージした。日本人にも向いている味だろう。
 
 
が、私の注目したのは、ラーメンだけではないのだよ(⌒ー⌒)。
 
写真をよく見ていただきたい。ちゃんと吉野の天削げ割り箸を使っているだろう。これでラーメンを食べる贅沢(^o^)。
さらに、真っ黒に写ってしまったが、テーブルは樹齢100年ものの吉野杉製である。
 
店そのものは、長屋を改造したもので、内装も木がいっぱい。
 
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実は、空き家だった長屋の各室を全部改装して、さまざまな店を出す計画だという。題して「ならまちスーク」。
 
店のある場所には、観光地になっているならまちの外縁部に当たり、訪問者が一見で来ることは少ないと思われる。が、こうした店が出ることで、新たに人を呼び込めるかもしれない。近くにはゲストハウスもできたようだ。
 
ムスリム向き料理店というのは、県がイスラム圏のインバウンドを期待しての要望らしいが、実際には旅行者よりも在日ムスリムや日本人が来るのではないか。
 
 
ならまちとは古い江戸時代からの町並みの残る庶民の住む地域だ。寺社仏閣の奈良ではない、いわゆる町屋である。そこが近年次々とオシャレな店に改造されて、観光客が訪れるようになった。路地が複雑に曲がりくねって入り組み、その奥に何があるかとワクワクさせられる。それこそスーク(アラブの市場)。
 
私も歩いて思った。江戸時代の町並みを保存しているような観光地はたくさんあるが、それらとちと違う。もっと生活感があふれている。実際に住む人もまだまだ多い。
なかには伝統的な長屋ではなく、モルタル安普請の長屋も混ざっている。ヘンな店もある。景観的にはミスマッチだが、逆に保存された町並ではなく、生きている人々の味も出す。
 
 
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なんじゃ、こら? と思わせる店。壁中にアイドルの写真がベタベタと張られている。それも前世紀のアイドルが多い。一応、「書店」の看板があるが……。
 
こういうのが街の魅力を生み出すのだろうな。
行政関係者が一点豪華主義的観光施設や、一流ホテルを誘致したがるが、そんなもので街は魅力的にならない。
もっと街の不動産屋的発想で、その土地に向いた小さな専門店や個性のある住民を誘致しないと。ならまちは、それに成功しているように思われる。奈良は、大仏様とシカだけではないよ。
 
 
せっかくだから住所も記しておく。
 
奈良市南城戸町33 「ならまちmoon3じんにいや」
路地を入った奥だから、なかなか見つけるのは大変かもしれない(笑)。

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