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森と林業と田舎の本

2020/06/12

限界集落に人を呼ぶ方法

福島で訪れたのは、旧・いわき市立田人第2小学校南大平分校。旧とつけている通り、廃校になっていて、現在は㈱磐城高箸が入っている。

ここで何を取材したのかはおいといて(^^;)オイオイ、こんな風景を目にした。

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なんと、ウマが。朝から乗馬体験が行われていたのである。近くに乗馬クラブがあって、そこの主催なのだが、旧小学校の木造校舎と校庭に似合うこと。青空だっただけに、余計に絵になる。

といっても、この地区ははっきり言って限界集落に近いだろう。分校の維持もできなくなり、人口は100人を切っていると思う。その点は、先に訪れた愛知県岡崎市の千万町町と同じぐらいなのだが、そこに乗馬の客が集まって来るのである。

私は、客がいなくなったら、挑戦するつもりで構えていたのだが、なんと途切れることがなかった。久しぶりにウマに乗ってみたかったのに。

告知は乗馬グラブと磐城高箸のSNSで行った程度だそうだが、意外や遠くからも集まってきていた。なかには、車で通りがかって「乗馬体験」の看板を目にして飛び込んできた人もいた。多くは子供連れだが、カップルもいる。乗るのはほぼ女と子供で、男の姿はなかった……。

そして、もう一つ校庭に開かれたのは……移動カフェ。

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軽自動車改造?のカフェである。しかも幟には「野生のコーヒー」とか。エチオピアの森に自生するコーヒー豆を使っているらしい。なんでも近くでカレーの店を開いているらしいが、このほど移動カフェに挑戦したとのこと。

そうか、こうしたアイテムを幾つか備えて、月に何回か開くだけでも結構な集客は可能なのだ。入れ代わり変化がある方がさまざまな客を集めるにはよいかもしれない。ネパール喫茶のようにその地に根付いて、じっくりファン層をつくるのもよいが、いくつものアイテムを組み合わせる手もいいかもなあ。

もちろん、こうしたお客は、木造校舎の中も覗くだろうから、そこで割り箸やら鉛筆やらを目にするはず。相乗効果を生み出すはず。

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こんな「おがべこ」と、「木粉(こふん)さま」も待っているし。

 

 

 

 

2020/06/01

コロナ明けの仕事始めはネパール喫茶「茶流香」

6月になった。ようやく学校も再開、店も仕事も動き始めたところは多いので見なかろうか。

で、私もようやく長距離の取材に出ることになった。

その第1弾は……愛知県岡崎市の千万町町(ぜまんぢょうちょう)である。そして訪れたのは「茶流香」(ちゃるか)という名のネパール喫茶。この難読地名の集落は、人口がおそらく100人を切っているはず。いわば限界集落だ。そこにネパール喫茶? 

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店主の藤井さん、なんでもネパールの日本料理店で夫婦で働いていたとかで、帰国したから今度は日本にネパール料理店(^o^)。
でも、実はオープンが先週末というが、事実上今日か。いや、まだオープンしていないのかも。だって、私が飲んだチャイの代金を受け取るのに躊躇していたから\(^o^)/。オイオイ

とにかくグーグルマップにも、もちろん食べログにも載っていない。そもそも店の看板がない。空き家を改造したというが、幹線道路にも面していないし、近づいても店とはわからない。今行きつけたら自慢できる。なお、この店を紹介してくれたのが、会ってみると大学の後輩、それも探検部出身というのも何かの縁。

ちなみに私は限界集落カフェ評論家だ( ̄^ ̄)。いや限界集落カフェ・ジャーナリストを名乗ろうか。
カフェが田舎を救う? その集客力は地域づくりの力になる」なんて記事も書いている。

それにしても、片道車で約4時間。帰りは5時間かけてしまったが、なかなかコタエますよ。。。日帰りにはちときつい(笑)。

 

 

 

2020/01/17

某所某組織のゴタゴタとラーメンの味

今日は、朝から某県某所某山村地域に出かけていた。

そこで某組織の人たちと会ったのだが、いや、なんかヘンな感じ。というのも、書き入れ時の春~夏を休んでいて、それでいてその地元担当事務局と、全国ネットワーク担当のメンバーが分裂していて、それそれ別の場所で別のことをしている。そのうえ今度首長が変わる予定なので、それが決まるまで動けないという……。しかもかたや役所の出向であり、かたや民間会社からの出向であり、3月には引き揚げるらしくて……。

実は同行者(全国ネットワーク組織の人)がいたのだが、そちらにもなんだか揉め事の様子が伝わっているらしい。夏に休業していたのは、そのせいだろうか。でもって、今後どんな方針で運営していくのか全然決められなくて先が読めなくて、あああああ、 どうする?

複雑。場所も組織名も書けないのがもどかしい(^^;)。

でも、こーゆーことは、よくあることなのだ。熱心な首長や担当者が立ち上げた事業が、代替わりしたり転属になって次に納まった人が全然内容を知らない、やる気もないとかで、事業が立ち行かなくなるケース。さらに仲違いもよくあること。担当者同士が角突き合わせて、結局事業が止まってしまう。

もともと利益を生むとは思えない事業なのだが、それゆえ熱心になれずに宙ぶらりんなのかもしれん。

地方の悩みと言えば、過疎の進行とか少子高齢化とか広域分散化とかいろいろあるだろうが、実は根っこに人間関係のもつれが強くある。それも人材不足という以前の感情的で濃密な人間関係が生み出す障壁。

困りましたね。(´_`)。。。

 

ちなみに、お昼は秘境のラーメン屋に行きました。まさか、こんな未知の奥にお店が? と思わせるラーメン屋。これ、10年以上前に発見して、大いに通っていたのだが、やがて口コミでじわじわ人気が高まり入店できないほどの行列ができていた。が、ある時に店を閉じた。どうやら病気になったらしい。老夫婦でやっていたからね。
が、近年復活したというので久しぶりに訪れたのだ。今はオヤジ一人でやっていた。。。でも昼前なのに、客が次々と来ている。今はネットの情報とSNSで拡散されるから、遠方からの客が多いようだ。

で、ラーメン。見た目は変わらないが、ちと味が変わったかな……。パンチがなくなってユルイ味。時とともに味も変わる。

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2019/09/28

奈良シングル

取材帰りに生駒で行きつけのバーに入る。

「何か新しいスコッチ、ある?」

珍しくウイスキーを飲みたくなったのだ。(いつもはジン、もしくはスピリッツ系)

そこで出されたのがTOMATIN、トマーティチン・ク・ボカン。アイラではなくハイランドウイスキー。トマーティンは、スコットランドの古語で「ネズの木の茂る丘」を意味する村だとか。ロンドンの北西約900km、人口およそ500人の何もない村だそうだが、いい水があった。そしてピートもあった。この二つがウイスキーを生み出す。またク・ボカンは魔犬を意味する。

私はロックで頼んだ。

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一口、二口飲む。わりとあっさりの口当たりの中に穏やかなピート臭。ふむ。こんなモルトもあったか。

が、気がついた。写真のグラスを見て、気づかないか?まだ二口、おそらくグラス5ミリ分しか飲んでいないぞ。
それにしてはたっぷりすぎないか?

「これ、水割りじゃない?」

「いえ、ロックですよ。この量は『奈良シングル』です」

マスターの説明によると、奈良のバーは、シングルと言っても通常の店より1・5倍ぐらいなみなみと接ぐそうだ。それを奈良シングルと呼ぶ。ここでは生駒シングル。さらに増量しているような……。

で、度数を聞いた。なんと46度! 通常のウイスキー(約40度)よりずっと強い。これを、奈良シングルで飲むと……。

しかし度数に比して意外なほど口当たりは優しく、全然抵抗ないのである。すいすい飲んでしまう。

奈良シングル。奈良の独り者ではなく、奈良のシングルグラス。これ、奈良のスタイルとして売り物にできないだろうか。飲んべえが集まらないか。ただし、1杯でへべれけになる可能性高し。

それで思い出した。

先日、近鉄駅前の土産物店を覗いたのだが。

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買い物カゴにこれかよ。。。うむ。これも奈良スタイルだろうか。古都の情緒を求めて来る観光客は喜ぶに違いない。いっそ、スーパーマーケットもみんな、こんな買い物カゴにして奈良を盛り上げてくれ。

 

2019/09/14

千葉の天然ガス

千葉に来ている。もちろん台風被害地の視察……。木は倒れてる、屋根は飛んでいる、まあ、荒れてます。

が、一番驚いたのは、天然ガスが湧いていることだった!

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風呂が入れず、ホテルの風呂にいれてもらう。被災者はただです、と言われたが、よそ者なんで、ちゃんと払いました。

2019/03/13

生駒の山仕事は複合生業

生駒市には、「生駒ふるさとミュージアム」という小さな資料館がある。元町役場の建物を改造して作られたものだが、そこで「生命育む生駒山」というタイトルの企画展を行っていた。生駒山麓での生業の道具を紹介するという。

 
その中には山仕事の道具もあるというので、まあ見ておこうかなと訪れる。生駒は、今でこそ「都会(笑)」だが、そもそもは農山村なのである。
 
……まあ、想像通りで、さして意外感のない展示でした(^^;)。
 
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山道具……というか製材用の鋸や手斧、ヨキ(斧)などが並べられている。そして丸太をくり抜いて作られた水の導管。
 
説明文も、あまり詳しくないし、得るものはさほどなかった。山仕事の道具と言っても、実際に木を伐りだす仕事はあまり描かれていない。
実際は、結構な木材生産をしていたことは間違いない。私自身が「戦後すぐは山から丸太を橇に積んで牛に引っ張らせて出していた」話を聞いている。それに山には相当な面積の人工林がある。 
 
もう少し突っ込めば面白い展示にできたのに、と思う。
 
また山仕事の中に、生駒石の採掘、養蚕、茶栽培、そして寒氷(天然氷)出荷も行っていたことを示している。もちろん米の生産も大きかった。
 
それらの複合経営が山仕事だったのだろう。
そして、生駒に限らず各地の山村でも、実態としての林業は、おそらく木材生産だけではないはずだ。そういう意味では、戦前の農山村の生業の形がうかがえたかな。
 
どうも現代は、農村、山村と区分けして、その地区の生業は農業、林業、あるいは養蚕といったモノカルチャーを描きがちだが、そうではない産業構造をイメージした方がよいのだろう。
それは生駒山の植生や生態系を考える上でも大きな影響があったはず。
 
そういや、山の中に、いきなり野生化した茶の木を発見したり、生駒石を掘り出した痕跡があったり、ため池だらけだったり……と不思議な遺構を見つけることがある。それらの多くは、さまざまな生業の痕跡かもしれない。
 

2019/01/22

BS「奈良のシカ」番組

昨夜、BSプレミアムで、「奈良のシカの“野生”を見た!」 という番組があったのをご存じだろうか。文字通り、奈良のシカを取り上げたドキュメンタリー。
 
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「ワイルドライフ」という番組なのだが、これいつも海外の動物を取り上げることが多い。言い換えると外国の番組を購入しているように思えるのだが、今回は自前で制作したようだ。
なかなかの出来だった。丸1年取材をしたらしく、よいシーンがいっぱい。とくに撮影スタッフがシカに蹴り倒される?シーンは見所だ(笑)。
さらに親シカとはぐれて死んでしまう子鹿や、メスを20頭以上囲い込んでハレムをつくって、必死で逃げられないように囲い込んでいたのに人間に捕まって角を伐られてしまい全部逃げられてしまうシーンは、涙ぐむ?
 
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朝、県庁に出勤するシカや、奈良女子大に通学するシカもとらえていた。
 
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番組の冒頭に紹介していたが、ここまで人になれた野性シカは世界的にも珍しいし、それには1000年の歴史がある。そして外国人観光客のイチバン人気なのだ。
 
私自身は、奈良観光に古寺古社に仏像ばかり宣伝するのはもったいないと思っていた。こうした宗教施設は、異教徒である大半の外国人にはさして響かない。単に一度見たらオシマイ。大仏はさすがに大きさで圧倒するが、もっと大きな仏像だって世界中にある(ただし、石仏)。
その点、動物はファンが生まれてリピーターにつながるのだ。だから奈良観光には絶対シカの方が魅力的だよ。
 
この番組を見て、ナラシカ(奈良のシカ)に興味を持たれた方は、より深く知るためにも、この本を一読くださいv(^0^)。 
 
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2018/12/17

高取城址を歩く

先日、高取を訪ねた帰りに、高取城址に登ってきた。

 
高取城は、日本3大山城の一つとか天空の城、日本最強の城など、いろいろな言われ方をする。今や゛高取町の町中には、どこにも「日本最強の城」の幟が並んでいるよ。
 
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なにしろ標高540メートル以上の急峻な山の上に家臣の屋敷まで含めて建設された広大な縄張りの城なのだ。城下町から随分離れているのも特徴。近年の山城ブームで見直され、荒れていた城跡と石垣を整備して、人気スポットになりつつある。
 
この城が築かれたのは、南北朝時代の1300年代前半とされるが、近代城郭になったのは安土桃山時代の1600年前後とされる。なぜ、戦国時代も終わろうとした時代に、こんな巨大な山城を築いたのか不思議。
巨大石垣と急崖の上に立つ天空の都市城郭であることは、インカのマチュピチュと比肩される。ちなみにがマチュピチュが建設されたのは1500年前後とされるから約100年遅いものの、東洋のマチュピチュと呼んでもいいかなv(^0^)。
 
さて、登るために狭い山道を走るが、折しも雨模様でガスがかってきた。これまた雰囲気あるではないか。  
ようやく車を降りてからも、登るのに結構険しい(道が荒れているからでもあるのだが)。
 
 
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ようやく二の丸に着く。山城とは思えないほど広く、また石垣が高い。
 
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こちらが本丸。晴れていたら、奈良盆地南部が見渡せる。
 
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本丸の石垣と巨大な杉。根回り5メートル以上じゃないか。直径で1,5~2メートル級だ。
 
おお、天守閣もあった。。(笑)。
 
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チェンソーアート作品。切株にそのま彫るスタンプカービングというんだったかな。
誰が彫ったのかはだいたいわかっているけどねv(^0^)。
 
この後、急速に晴れて青空が覗きだした。それを待てば、また別の城址風景が見られたかもしれないが、高取城には霧の中にあった方が似合うと思うよ。
 
 
ちなみに、この険しさのゆえ江戸時代の城主・植村氏も太平の世に城を捨てて里に下りてしまった(^^;)。だから廃城に近かったが、幕末に一度活躍している。維新の先駆けと言われる天誅組が、この城を攻めたのだ。城兵は200人しかいなかったが、あっさり天誅組を撃退というか打ち破り撤退に追い込んだことで名を挙げている。
 
やりようによっては、まだまだ歴史ファンのみならず多くの人を集めるネタを作れそうだが、観光バスを入れて土産物店を開くわけにも行くまい。風情を守りつつ活かしてほしい。

2018/12/15

京の町家という田舎移住

京都に移り住みました、という連絡をもらった人の家を訪ねた。場所は二条通りの町家。

 
再会するのは10数年ぶりか。
彼は、東京の大手出版社に勤務していて、私の本を手がけてくれたこともあるのだが、その後いくつか会社を渡った上に自らの出版社を立ち上げた(正確には買い取ったらしい)。
東京で社員を何人も抱えて経営していたのだが、60歳を迎えるに当たって考えるところがあって会社を縮小したうえで地方移住を決意した。その際に縁があった京都を選んだのだそうだ。市長さんの紹介とか。
 
場所は二条城の近隣だから、“京都カースト”的にはかなりの上位である。よそ者でも、こうした位置は有利かもしれない。
 
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で、私と今後のビジネス戦略を話し込んだ……ということはほとんどなく、話題はお互いの老親と自らの老後の生活のことばかり(^o^)。さらに古い町家の改修苦心談。田舎社会(ちなみに京都の中心街である町家なんて、完全な田舎社会である。)に住む大変さ。仕事のことと言えば、いかに出版界のパイが縮んで本が売れなくなったかという嘆き(^^;)。
 
ただ、ある程度の歳になると、残りの人生を考えるのは同じだ。ガツガツ生きるのもよいが、身軽になって心機一転するのもいいなあ。私も、次の本を出版したら、生活を変えたい思いはある。たとえば林業界とはおさらばしようか、と……。
 
彼の計画は、町家でブックカフェ&コミュニティ・スペースを開くこと。
 
こんなクラウドファンディング を立ち上げている。
 
こんな記事にもなったそう。
 
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これも楽しいかもしれない。私が感じたのは、むしろ都心の田舎移住のこと。
これまで田舎暮らしに憧れる人は、それこそ限界集落ぽい農山村の田舎をめざすケースがよく紹介されていたが、日本全体の人口が激減していく中で、正直そんな移住は現実的ではない。むしろ地方都市こそ狙い目ではないか、ということだ。
 
地方の中核都市に人口を集中しろ、というと、以前の増田レポートみたいだが、意図は逆だ。あちらは地方の周辺集落の人々を中核都市に集めて地方を維持させるべきという論調だったが、反対に東京などの大都市圏の人間を、仕事ごと地方都市に移り住まわせるのだ。地方都市を元気にすることで、周辺の田舎を支える体力を身につけさせる発想である。京都だってインパウンドが増えたのはともかく、住民の暮らしの内実はヤバイからね。
 
私も老後の設計をしっかりしないとなあ。。。

2018/12/10

岸田日出男シンポジウム

昨日は、奈良県大淀町で開かれた「吉野・熊野をつないだ偉人・岸田日出男の遺したもの」というシンポジウムに顔を出してきた。

 
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岸田日出男関係では、すでにYahoo!ニュースに「再発見されたニホンオオカミ頭骨……
ほかにもブログに「大正時代の筏流し…… 」など、
さらに毎日新聞にも記事を執筆している。
 
一般には吉野熊野国立公園の父として知られるが、その業績はもっとは深い。自然や地誌のほか民俗にも踏み込み、自然保護運動の先駆者でもある。さらに映画フィルムも残していることも歴史的価値が大きい。
 
満席の会場で、新発見の資料について次々と岸田日出男研究を話すのは、地元の学芸員のほか奈良女子大や奈良県立大、そして古いフィルムを再現したIMAGICA Labの技術者……さらに会場には、観客と見えていたニホンオオカミ研究者もいて急遽前に出るなど、そうそうたるメンバーが揃った。
 
折しも奈良女子大学には大和・紀伊半島学研究所が設立されたという。ここで岸田研究が行われる意味は小さくない。
 
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そうした動きを見て思ったのは、大淀町は岸田日出男に総力を挙げて取り組み、町おこしにつなげていくつもりだな、ということ。その業績研究が進めば、南方熊楠に匹敵する人物となって、全国的に注目される日が来るかもしれない。当然、その故郷たる大淀町も注目されるだろう。 
 
地元の偉人の存在は、想像以上に人々の吸引力がある。 それだけに研究と情報発信は、重要な地域づくり手段だ。
 
ああ、うらやましい。土倉庄三郎に関しても、これぐらい総力を挙げて取り組む場があれば……。さまざまな分野の専門家が取り組めば、これまでと違った発見もあるだろうに……と思ったのでした(-_-;)。

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