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本の紹介

書評・反響

2018/04/24

「2020年の日本の森林……」を今読み解く

近頃、部屋の整理を始めた。老後に向けて少しでも荷物を減らさねばならないという思いからだ。

 
そして、最大の整理対象が書籍や雑誌、資料類である。これがまた、いじりだすと「これはもういらないのか、もう少し残しておいた方がよいのか」と悩まされる。。。結局、並び替えをして終わったりするのだが……。とはいえ、段ボール2、3箱は処分対象に選び出している。
  
 
そんな中で発見?したのが、この本。
 
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『2020年の日本の森林、木材、山村はこうなる』 全国林業改良普及協会。発行は2003年4月30日、つまり15年前なのだが、執筆はおそらく2001年から2002年にかけてだろう。
一応、「森林化社会の未来像編集委員会」編となっているが、企画したのが当時林野庁長官の加藤 鐵夫氏である。
 
今年は2018年。20年まであと2年あるとはいうものの、当時20年後の日本の林業や山村がどうなるかと予想・提言した内容と比べてみるのも悪くあるまい。
 
……正直、笑えるけどね。
 
タイトルだけで語ると、「巨木の森をめざして」とか「皆伐を見直し、自然にあった緩やかな施業-人工林のこれから」なんてあるぞ。「針広混交林で多様な需要に応える
 
今、短伐期施業と皆伐を推進しているのは誰だ。
 
ちなみに、この章を担当しているのは香川隆英、佐野真、津元頼光、中北理、原田隆行、福山研二となっている。このうち津元と福山を除くと森林総研のメンバーだ。森林の将来像を、実現性ではなく思い切り希望と期待で記したのだろうなあ。
 
 
木材需要はどうなる、の項目は、すごい。
 
すでにこの頃、木材需要は減少しつつあったのだが、非住宅建築に活路を求めることとして、「人口の減っている年においても市街地は拡大している」からと、木材需要は伸びるとしているのだ。これまた希望的観測。いや気泡的かな?
 
そこでは外材輸入が厳しくなることも触れているが、「木材流通は安定化の途へ」「バイオマスエネルキーの活躍」と期待をばらまく。
 
肝心の木材価格は、国際相場と連動することで、上昇するとしている。合板用国産材丸太ナ価格などを例に、当時の7000~1万円/㎥が1・5倍程度の1万5000円程度」と予測。
 
我が国の森林がまかなえる労働者数は、「労働者一人当たりの年間所得を600~800万円とすれば、5~6万人を雇用できる」\(^o^)/。  この所得は、何を根拠に設定したのだろうね。当時でもそんな年収を得られる人がどれほといたか。。。
その給与を半額にしたら10万人を雇用できることになるが……現実は当時の水準のまま推移した3~4万人だろう。
「少数精鋭若手林業労働者と高齢者の活躍」というタイトルが、もはやもの悲しい。
 
 
ああ、こうして突っ込みを入れるときりがない。何回かに分けて記してもよいか。
 
もちろん、これは予言の書ではない。あるべき将来像を個人が描いたものだ。が、現実はまったくあるべき姿を参考にすることなく真反対に暴走しているのではないか。
 
 

2018/02/05

樹木葬はいま

樹木葬という選択』を発行して、気がつけばちょうど2年になる。

 
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ちょっと、こちらの分野を忘れがちになっていたのだが、先日ひょんなことから拙著で取材したお寺さんと連絡が取れた。いや、ラインで勝手につながったのだけどねv(^0^)。
 
それで電話で話したのだが、先方は熊本県産山村の真宗正信教会。あの、熊本大地震の震源地近くではないか。
 
聞けば、やはり地震の被害は大きかったそうで、最近ようやく住めるようになったとか。大変な思いをしたらしい。。。
 
それはともかく、私が取材した際の0,7ヘクタールの樹木葬墓地は、もう埋まってしまったという。今は、新たな林地を取得して、新しい樹木葬墓地をつくったという。なかなか盛況な様子であった。
 
 
そんな話を聞いていたわかったのだが、樹木葬を求める傾向が変わってきていることだ。当初、私が取材で感じたのは、墓守などで「孫子に迷惑をかけない墓」としての樹木葬だ。将来的には森になるので墓守の必要がなくなることや、一人墓であることも相続の心配をしないで済む。ところが、今はそうした理由だけではなくなっているという。
 
もちろん、そうした意志で本人が契約する樹木葬もあるのだが、それは、現在生きている人々が死んだら入るつもりの墓。今増えているのは、すでに亡くなり埋葬された人の墓の改葬なのだそうだ。
つまり、墓じまいである。先祖が入ってきた石墓を遺族が撤去する際に、残った遺骨なり何なりを移す墓としての樹木葬なんだそうだ。
 
そうか! 実は別の樹木葬墓地をつくったお坊さんからも聞いていたのだが、せっかく本人が契約したのに、遺族はその樹木葬をやらないケースが多いのだそうだ。おかげで契約金は受け取っているのに、樹木葬墓地は埋まらない。それって、いちばんオイシイ……と言っては失礼だが、遺族が問題なのだそうだ。
 
ならば生前契約より、墓を持て余している遺族に、樹木葬を勧めるのもいい手かもしれない。
遺骨は分骨扱いすれば、石墓も残せて手続きが楽になる。
 
 
樹木葬を、もっと広げねばならない。。。改めて使命感に燃えてきたのであった。樹木葬ジャーナリスト、樹木葬宣導師の看板を掲げようかなあ。
 

2018/01/29

Wedge2月号の“反響”

ようやく風邪が落ち着きだした。
この1週間、ひたすら安静にしていたので運動不足も甚だしい。なまった身体を少しずつ動かすことにする。と言っても、まだ完全復調とは言えないので、軽く森歩きなどを。
 
そこで近隣の森林公園の中に分け入ったのだが、冷えた林間の空気が思っていた以上に心地よい。これで心機一転、遅れに遅れている執筆に取り組もう。
 
 
さて、Wedge2月号に私が執筆した記事が掲載されている。
もし新幹線を利用する機会があれば、ぜひグリーン席のポケットに入っているWedgeに手を伸ばしてほしいのだが(グリーン席を購入しなくてもOK)、こんな記事。
 
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タイトルにあるとおり、「山を丸裸にする補助金の危うさ」、つまり主伐補助金問題である。元をたどれば昨年11月にYahoo!ニュースに記した拙文である。より詳しくなったが、内容は変わらない。
同時期に東京新聞の記事にもなった内容とも同じだ。
 
 
で、本日、某所より電話がありました(笑)。政策を説明したいのだそうだ。
 
そりゃ有り難い。より詳しく知りたい。が、東京に来たときに……。。(・・?) エッ?
そちらが来るんじゃなくて、足を運べと。交通費は……出ませんか。そうですか。
 
それならギャラも出ないでしょうね(笑)。
 
私が東京に行くときは、別件の用事があるときで、当然滞在中はその用件に時間を割くわけである。泊まった場合は、夜に旧友とお酒を飲むのを楽しみにしているわけである。時間を割くには相応の対価と理由が必要なのである。
 
 
さあ、どうする……。思いついた。いっそ、その説明を「取材」と位置づけたらどうだろう。
聞いたことを記事にする。いや、こちらから思い切り質問する。それで私は何がしかの原稿料を稼ぐ。これで辻褄が合う。
 
でも、どうせならもうすぐ掲載されるWEBRONZAの記事も抱き合わせた方がいいんじゃないかなあ。こちらでは森林環境税を取り上げているし。ぜひ、こちらの「説明」も聞きたい。
 
 

2018/01/04

The Pen~池田学画集

謹賀新年2018

 
年末年始は、何かと散財する。娘が帰省して、一緒に買い物に出たら、コートを選んで買ってくれた。代わりに私が娘の財布を購入。加えて、なぜか誕生日の前倒しとやらでバースディケーキやらなんやら買わされる……。う~ん(~_~;)。。。
 
 
さて、新年最初に買った本の中で、もっとも高額なのは、これだった。
 
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「The Pen」(青幻舎) 。池田学という画家の画集である。ほとんど衝動買いで、私は知らなかったのだが、わりと有名な人らしい。各地の美術館やギャラリーで個展を開いている。昨秋にも東京・高島屋であったそうだ。
 
画風は、なんというか、イマジネーションを爆発させたような巨大な超微細画。アメリカやカナダに滞在しつつ製作活動をしている。ウィキペディアによると
カラーインクとペンを用いたボリューム感のある緻密描写が特徴的。アクリル顔料インク、丸ペン、フランス製美術用紙「アルシュ」を使い作品を描く[1]。全体の下絵は描かずイメージしながら緻密に描くため、1日(8時間)に描けるのは10センチメートル四方ほど。
趣味はロッククライミング、フリースタイルスキー」とある。
 
この人の作品は、ネットで検索したらいくつか出てくるし、Amazonの本書欄にも何枚か紹介されている。画材には樹木、とくに巨木が多い。連想するものとしては、映画「アバター」の巨樹とか空中に浮かぶ岩塊とか、ジブリの「天空の城ラピュタ」の巨樹などだろうか。
なかには、巨樹の中頃に滝があったり、町があって鉄道が走っている絵もある。棚田まであった。
 
根元に廃墟や破壊された街の車や列車、飛行機の残骸がある絵を見ていると、大津波の跡に生えた巨木なのかもしれない。
 
あんまり勝手に引用できないだろうが、1枚だけ。画集の中では小品だが、私のお気に入りでもある。
 
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ここに描かれているのは、いわば超巨木が倒れたら、そこにあった超巨岩の上に乗っかり、根元や梢などは消滅したのだけど幹だけ岩の上に乗ったまま。そこに種子が落ちたのか新たな木が根付き、倒木を栄養として育ち倒木更新を行って超巨木になった図。……そんなところだろうか。
よく見ると、人間も白抜きで描かれていて、樹木ほかの巨大さを引き立てている。
さらに目を凝らすと、足元には船が座礁しているから、周りは海のようだ。となると、巨木はどこに生えているのだ……?
 
大きさもさることながら、ここに至る時間を想像すると、いかなる単位になるだろうか。巨木の樹齢を数千年、いや数万年としたら、それが倒れて、その幹に次の世代の木が生えてまた巨木になるまで数千年~数万年……その間に地面は海に侵されたのかもしれない。
 
 
「盲亀の浮木」という言葉がある。100年に一度水面に顔を出す盲目の亀が、あるとき浮上したところ、ちょうど浮木があって、そこに空いていた穴にちょうど首を突っ込む……そんな確率を示す言葉だ。有り得ないほど小さな可能性を表わしているのだが、そんな現象を思い浮かべた。
 
樹木は樹木の時間を生きている。もしかしたら、人間には長すぎて有り得ないように思う話も、樹木は飄々と歩んでいくのかもしれない。

2017/12/26

「東洋経済」の林業批判記事

東洋経済オンラインに、以下のような記事が出た。

 
 
筆者は、 経済ジャーナリストの岩崎 博充氏。:
 
珍しく林業の批判記事。最近は「林業は成長産業」的なヨイショ記事ばかり目立ってカッカしていたからね(~_~;)。とくに副題の方を見て、私と同じ意見の人かと思って読んだのだが……。
 
初っぱながスギ花粉症の事例である。そして、なぜこんなにスギが多く植えられたのかを説明し、その植林事業の可否の検証が済んでいないことを指摘するのだが。
検証なら、否定ばかりせずに、はげ山をいかに早く緑化するか、という観点から見た場合の妥当性も指摘してほしいところである。
 
ほかにも森林全体の4割をスギとヒノキだけにしたというのは言い過ぎで、当時はマツやカラマツもたくさん植えただろうとか、国産材が売れなくなったのは「安い外材」のせい的な説も飽き飽きだが、聞き流そう。
 
ただ、何かと違和感を感じる林業批判なのである。もしかして花粉症の元を増やしたことがケシカランというのが筆者の本音ではないのか、と勘繰ってしまう(笑)。
 
しかし、次のところは大いに我が意を得たりである。
「林業の成長産業化はこれまで同様に、まったく同じパターンで全国一律の画一的な政策を繰り返そうとしているようにしか思えない。」
「筆者が疑問に思っているのは、なぜ中央政府が一括で山林行政を支配していかなければならないのか、という点だ。」
 
森林バンク構想批判も、農地バンクの失敗例を上げている。それも事例としてはよいが、森林バンクが森林整備を旗印にしつつ、実質的な森林破壊(皆伐)をめざしている点に気付いてほしかったと思う。
 
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ともかく、森林や林業の記事で、目の前の政策を批判する言論が少なすぎる。昔の失敗よりも今からやるえげつない政策に眼を向けたい。

2017/12/11

『季刊大林』58号は森林特集

ゼネコンの大林組と言えば、今や時の会社。なんたってリニア新幹線建設の入札で不正があったと東京地検特捜部が捜索を開始したからだ。
 
かなりデカい談合疑惑に発展する可能性があり、多分広報室もてんてこ舞いだろう。御愁傷様、と言いたいが……。ここではそのことに触れたいのではない。
 
実は大林組の広報誌『季刊大林』は、ときどき大きな構想プロジェクトをぶち上げる。私のお気に入りは古代出雲大社の復元だが……11月30日に発行された58号は、なんと森林特集である。そこで“森林とともに生きる街「LOOP50」建設構想”をぶち上げている。
 
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これ、表紙。なんともシンプルだ。
 
概要は、リンク先を見てもらいたい。『季刊大林』58号
 
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大雑把に説明すると、本州の中山間地域に居住人口1万5000人、約5500世帯の都市を建設する。所有する森林は約2万8000ヘクタール(人工林は、そのうち2万ヘクタール)だ。ここでエネルギーから建設資材まで自給・循環する都市を築くという構想。
 
住居はループ棟と名付けた直径650~800メートル、高さ80~100メートルのドーナッツ形木造集合住宅。30階建てだそうだ。施設は50年ごとに更新(部材ごとに交換)し、その木材は周辺の森林から調達する。そして古材はエネルギー源となる。
 
なかなか面白い。ツッコミドコロはそれなりにあるのだが、ここは森林と共生する木造循環都市構想をぶち上げたことに賛意を示したい。
 
あえて私がツッコムとしたら、住居が全部集合住宅というのは嫌だなあ……。森の中に分散して住む街を描いてほしかった。一軒家が難しければ10軒集落のクラスターを森の中に点在させる方向を選んでほしかった。5500世帯が一緒に同じ高層施設、基本的に同じ設計の部屋に住むのって、抵抗感があるのだよ。結局はマンションじゃねえの? 
 
 
 
ほかの記事も面白い。私はいろいろなトピックが好きだね。
しょっぱなに紹介されているのはポーランド・グラヴィツェ市にあるラジオ塔。高さ111メートルで世界一とか。
フランスにある1本の木の中にあるチャペルとか。うろの中にあるそうだ。
最も値段の高い樹木は、埼玉県の大宮盆栽美術館にある五葉松とか。評価額1億3800万円だそう。
 
こんなネタ、よく仕入れたねえ。
 
 
興味のある方は手に入れてください。1冊1000円。でも、今の大林組広報室は対応できるだろうか……。

2017/11/08

コンフォルト159号は杉特集

隔月刊の雑誌「コンフォルト」。建築資料研究者の発行している、一応はインテリアやリフォームの雑誌。そうでもない記事も多いのだけど……。

 
現在発売中の159号(2017年12月号)の特集は、「杉を生かす、スギと生きる」である。
 
買ってしまった(~_~;)。1800円もするのだけど。。。
 ゛
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記事のトップが「吉野杉の挑戦」であり、コラム4本が「杉と建築」であり、板倉づくりのケーススタディーであり、全国各地の「杉図鑑」に国産材建築カタログ……。
スギコダマもたっぷり登場する。あ、表紙からしてスギコダマであった。
 
だから、知っている人もたっぷり登場する。
 
なかには海杉さんこと、宮崎県の海野さんの「パレットホーム」も入っていた。
これ、日常的に使われる運送用パレットの形で保管しておく、仮設住宅である。安くて早くて素人でも組み立てられる……そうだ。
 
 
ちゃんと書けないのは、まだ読んでいないから(~_~;)。だって、買ったばかりだから。
 
しかし、興味のある人は手に取って損はない。実は、私は近隣の書店で結構探して見つけた。意識しないと見つからないのが、こうした専門分野の雑誌である。

2017/10/11

ノーベル経済学賞と「この国の息苦しさの正体」

私がノルウェーに滞在している期間は、ちょうどノーベル賞の発表時期と重なっている。

 
一般にノーベルはスウェーデン人で、ノーベル賞もスウェーデンで発表されているからスェー電の賞と思われているが、実は賞を創設した1901年は、ノルウェーとスウェーデンが連合していた。同じ王を抱く一つの国だったのである。だからノルウェーの賞でもある。実際にノーベル平和賞は、ノルウェーで選ばれるのだが……。
 
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オスロのノーベル記念館。中の見学はしなかったが……売店ではノーベル賞のメダルを売っていた(^o^)。中身はチェコレートのようであるが。。。
 
ところで帰国後に発表となったのが、ノーベル経済学賞である。シカゴ大学のリチャード・セイラー博士が「行動経済学」で受賞したのだった。
 
私は、このことに結構興奮している。経済学? と不思議に思うかもしれないが、私の最近の考察テーマにぴったりなのだ。
 
この「行動経済学」では、人は感情で動くものとしている。伝統的な経済学は、人は合理的で、常に冷静で最適な選択をすると仮定している。しかし、現実には、常に感情に振り回され、判断を間違えることも多々あるという想定なのだ。
 
 
このところ私は、人は何によって突き動かされているのか、という点にこだわってきた。文化、政治、経済、人間関係、そして進化まで。。。
 
一般的な学問では、生命体の選択の条件を「損得」とか「益不益」を想定する。生物進化の自然淘汰説も、どちらが有利に生きられるか、生き残れるか、が進化の原動力だとする。
それは国のレベルから、個人の人間関係まで当てはめる。今どきの政治も、どの政策が得か損か、誰にしたがうのが自分にとって益があるのか。。。で動くとされる。
 
だが、私は違うのではないか、と思っていた。 損得を超えた行動原理があるように思えるのである。それは……好き嫌いである。好きとか嫌いという感情が損得を越えて歴史を動かしてきたのではないか……。
それで、このところ文明論や脳科学、心理学の本などを読みあさっていたのである。
 
ちなみに読んだ本でピンと来たのは、「この国の息苦しさの正体~感情支配社会を生き抜く」(和田英樹著 朝日新書)である。
 
和田氏は、マスコミにも登場することの多い精神科医で、なんと著作が600冊という。基本的にこういう人は苦手だが(~_~;)、サブタイトルに惹かれて読んだのである。感情支配社会。これだよ、これ。
 
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極めて平易に書かれており、最後は医者らしい処方箋もあるが、正直、そこはどうでもよい。
むしろ「現状維持バイアス」とか「自己愛不足」「不安感」「高齢化」「今だけ、カネだけ、自分だけ」といった項目にピンときた。
 
たとえば、なぜ十分に満足できない生活を送っている人が、そんな社会をつくった体制側を攻撃するのではなく、媚びるように支持するのか。それは「さらに落ちていく不安感」や「自分肯定感の不足」などの劣等感が、今以上に落ちたくないから現状維持を求める心理を生み出すことで現状のままを求めるらしい。
またネトウヨ・レベルの「日本スゴイ」言質もここから来ている。落ちてない、と思いたいのだ。昔からスゴイのだ、と思って自分を慰める。
 
なんか、今の日本社会をひもとかれたような気がする。
 
 
そこに「行動経済学」なんてのが示されたのだから、これだ! と思ったわけ。
つまり人間はよく間違うし、好きだったら損してもかまわないし、意地になって得にもならないのに嫌いなヤツを攻撃する。そこにポリティカルコネクトなんてないのだよ。。。
 
相田みつを並に「人間だもの」好き嫌いこそが、社会や生物の行動原理なのだ。そう考えると、何もかもが理解できる。
 
 
でも……そんな好き嫌いとか不安な感情を理性や知性・知恵で抑えるのが「人間」のはずなんだが。人類が長い年月をかけて築いてきた感情コントロール術をかなぐり捨てる現代社会って、なんだ?

2017/09/11

『文明崩壊』とFSC

昨日の新聞の裏面にこんな広告があった。

 
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見た通り、王子製紙のネピアの広告だが、FSCをこんなに大きく扱っているので目に止まったのだ。材料がFSCの紙を使った商品はそこそこ増えてきたが、それを前面に謳った広告はそんなに見ない。日本も、ようやくここまで来たか……と思ったわけである。
 
 
実は、現在読んでいるのが『文明崩壊』(上・下)。ジャレド・ダイアモンド著。草思社
 
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2冊で厚さが6センチにもなる。正直、全部通して読みきる自信がない(-.-)。
とはいえ、実に興味深い内容だ。イースター島、ピトケアン島とヘンダーソン島、アメリカ先住民(アナサジ族)、マヤ、ヴェンキングとグリーンランド、ルワンダの大虐殺、ドミニカとハイチ、中国、オーストラリア……多くの国の文明とその盛衰を説き明かし、その根底に環境破壊があったことを指摘していく。
環境の歴史と文明論という、私的には涎の出そうなテーマなので懸命に読んでいる。
 
この場合、破壊される環境の多くが森林である。
そして、森林を守った文明として取り上げられるのが、ニューギニア高地と日本。それにトンガとティコピア島なのだ。(世界最古の農業を始めたのはニューギニア高地民。)
 
日本も、ご多分にもれず森林破壊を続けてきたが、江戸時代にそれにストップをかけることに成功している。それはなぜか……?
 
一方で、大企業と環境をテーマに論じる中で、唯一の成功例、というか希望のある取り組みとして紹介するのが森林管理協議会、つまりFSCだ。
 
オレゴン州の2つのホームセンター「ホーム・デポ」で行った実験が紹介されている。
同じ質・大きさの合板にFSCのロゴマークラベルを張ったものと張っていないものを用意して売上を見るのだ。
すると同じ値段の時は、倍以上も売上が違う。もちろんFSC付きの方が売れるのだ。
ラベル付きの方を2%高くしたときも37%の客がFSC合板を選んだ。
 
アメリカでは、FSCがそんなに普及しているのか。オレゴン州は、そんなに先進的な「意識高い系」の州ではなく、平均的なアメリカ人の住む地域である。
日本では、そもそも区別のつく客自体がどれほどいるのか心配になる。
 
ちなみに本書の発行は2005年だが、原著の発行は当然ながら数年前だ。そして執筆期間を考えると、この実験が行われたのは2000年前後ではないか。今から20年近く前でも、アメリカでは森林認証制度について広く知られていたのである。
 
その点、日本はようやく広告に大きく出たことを驚くレベルなのだから……政府も相変わらずFSCを横目に見ているしね。
 
国内の森林は守ったが、海外の森林の破壊には知らんぷり。これが日本の実態かもしれない。

2017/07/19

『明治乙女物語』と土倉翁

今日は土倉庄三郎の没後100年を記念して、翁が設立に深く関わった同志社を探訪するツアー(川上村主催)に参加した。主に見学したのは、同志社大学、同志社女子大学である。

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私が土倉庄三郎を追いかけた際、多くの事績の中でも興味を引いたのは、女子教育に力を入れた点だった。自らの娘以外にも多くの女子に教育を就けさせるための援助しているし、女子校に多額の寄付も行った。女子が学ぶことを大切とする発言も数々示している。
 
当時の時代背景や山里の古い名家の出身であること……などを考えると、なぜ庄三郎がこれほど女子教育に理解があったのか不思議なのだ。
同時に、幼少時にいきなりキリスト教(西洋)式の学校に親元を離れて預けられる子供たちに思いを馳せた。世間の眼も学ぶ女子に決して温かいとは言えなかっただろうに。。。
 
 
さて、今日は翁の命日だからこそ、小さなわだかりを爽やかな風でぬぐってくれるような小説を紹介したい。
 
Photo明治乙女物語』 滝沢志郎
 
時は明治21年、いわゆる鹿鳴館時代の高等師範学校女子部。今のお茶の水女子大である。
 
ここで学ぶ女子学生の青春の群像劇を、当時の文明開化の風俗とともに、軽いミステリー仕立てで描く。帯文にあるとおり、今年度の松本清張賞の受賞作で選考委員の絶賛を浴びた作品だ。
 
緻密に描かれた明治ならではの社会背景を舞台に、今と変わらぬ感性を持った女子学生が精一杯生きる。虚実取り混ぜたストーリーなのだが、それは世相と戦う「戦う乙女」であり、新しい世を切り開く女子の姿を感じる。
※ストーリーは、Amazonのリンクにでも飛んで読んでほしい。
 
 
彼女らを前にして行われる森有礼文部大臣の演説には、ついジーンと来てしまった。それは結びにかけて限界を見せるのだが、それもまた時代に翻弄される象徴のようでもあり……。
本書は、明治の女性を通して現代社会の内面を照射しているかのように感じたのだ。
 
 
私は、土倉翁を追う過程で、自由民権運動の中の女性たち(影山英子ら)や、新島襄と八重、また広岡浅子を知った。同志社女学校の生徒たち、中でもアメリカに留学後、陰の外交で活躍した土倉政子らの姿を知った。それが登場人物と重なってしまう。
 
とりわけ今日のツアーでは、新島八重の存在を改めて感じた。会津戦争では男の藩士に混じって戦ったジャンヌ・ダルクであり、後半生では戦場で傷ついた兵士を治療するナイチンゲール(看護師)となり、晩年は男のものだった茶道を女性に開放した。時代と戦う乙女そのものだ。
 
八重の背後に小説のような乙女が続いたかと想像するのも一興である。

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