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森と林業と田舎の本

書評・反響

2019/06/13

書評「森林未来会議」vs「〇〇」

「森林未来会議」(築地書館)が送られてきた。

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ありがたく読ませてもらう。ただし、今私は忙しさの佳境なのだよ(泣)。だから、みっちり読み込んだというにはほど遠いが、まずは感じたことを記してみよう。

一言で言えば、執筆者たちは日本の林業の未来を探し、理想状態へと導こうという意図を持っているのだな、と読めた。

まず【目次】を引用しよう。章タイトルだけだ。詳しくは、上記リンク先へ。


序章   豊かな森林経営を未来に引き継ぐ―林業家からの発信(速水 亨)
第1章 オーストリアとの比較から見た日本林業の可能性(久保山裕史)

第2章 小規模な林業経営と大規模な需要を繋ぐドイツの木材共同販売組織(堀 靖人)
第3章 森を有効に活かすアメリカの投資経営とフォレスターの役割(平野悠一郎・小野泰宏・大塚生美)
第4章 ドイツの森林官が持つ専門性と政府の役割(石崎涼子)
第5章 政策と現場を繋ぐ自治体フォレスターの可能性(中村幹広)
第6章 市町村フォレスターの挑戦(鈴木春彦)
第7章 多様な森林経営を実現させるための技術者育成(横井秀一)
第8章 科学に裏付けられた森づくり(正木 隆)
終 章  新しい「木の時代」がやってくる(熊崎 実)
あとがき(石崎涼子)

12人の著者が、それぞれの経験や研究テーマなどから日本の林業を分析し、未来に向けての処方箋をまとめている。

それぞれの書き方には強弱はあるが、現代の林業の問題点を指摘しつつ、その改善すべき点を模索している。時に自身の成功談もあれば、海外の事例もある。また歴史的な変遷にも触れられているから、戦後の林業の流れを読むこともできるだろう。欧米がいかにパラダイムシフトしたか、日本が出遅れたのはなぜか。……欧米の林業も近年まで苦しんできたし、今だって言われるほど上手く行っていないことも伝わってくる。外国を手本にすることの危険まで感じる。

もし、林業に関心があり、未来に希望を抱きたければ大いに参考になるだろう。ちなみに本ブログの左サイドにリンクを張ってあります。

 

ところで、私が今忙しさの佳境だというのは、実は7月に出版を予定している本の準備に追われているからだ。

その本のタイトルは、「絶望の林業」(新泉社)

こちらで私は、いかに日本の林業がダメダメであるか、救いようがないかを記した。まだ校正段階なので内容を紹介できないが、日本の林業は構造的なダメさ加減を抱えているから、何をやっても救われないよ、という本だ(⌒ー⌒)。
一応、最終章には「希望の林業」という項目も設けているが、これは私の考えた理想状態を描いたもので、「できるもんならこんな形に改革してみな(無理だろうけど)」という挑戦状(笑)。

どちらも林業界の問題点に指摘しつつ理想にも触れてはいるが、スタンスがまるで逆(笑)。

もちろん第一線の林業現場や研究現場で活躍する10人が手分けして記した「森林未来会議」と、部外者の私が一人で記した「絶望の林業」とを比べてもどうなるものではないが、どちらが林業クラスタの人々の琴線に触れるか。どちらが現実になるか。「未来」か「絶望」か。

2019/05/25

毎日の「国有林改革」記事の裏事情

毎日新聞で、このところ林業記事が増えている。17日は一面トップだったが、22日にも国有林管理経営法改正案の衆議院通過に則して宮崎からのレポート。

国有林法改案 生産性向上への期待と資源枯渇を憂える声が交錯

……ところで、この記事が22日の新聞に掲載されるということは、遅くとも前夜に入稿しないといけない。
つまり21日に宮崎で取材して、そのまま執筆して写真とともに送った(当然、メールで)ということだ。

いやあ、よく頑張った、寺田記者(笑)。

なぜって、21日の夜は宮崎市内で私と会って飲んでいたから\(^o^)/。

何も待ち合わせたわけではない。まったくの偶然。私が宮崎を訪れたところ、たまたま毎日の記者が取材に来ていたよ、と教わって、たまたま電話で話をしたら、なんと以前東京の講演会で会った人だった。別に宮崎支局の記者ではない、東京の特別報道部所属で、たまたま宮崎に来ていたという。それで、つい夜会うことになって、たまたま情報交換会(笑)。

いや、朝までに原稿を書かないといけないのですよ、飲めないんですよと言っていたが、私は3杯は飲んだかな。私はその後ホテルに帰って寝るだけであったが、あれから書いたのかあ。だから、上記リンク先の記事も、アルコールを燃やしつつ書いたに違いない(⌒ー⌒)。

なお新聞紙面で林業記事を掲載するのは大変なのだそう。やはり一般読者がどれほど興味を持ってくれるかにかかっているから。今回の国有林法改革は、かろうじてそのニュースバリューがあったということだ。

 

それにしても、この法律。樹木採取権なんて、持って回った言い方をしているが、ようするに伐採権であり、それも皆伐にかぎるわけだ。間伐を繰り返して長伐期に……なんて考え方をする業者は落札できないのだろう。民間に国有林の経営管理を長期間任せるのではなく、単に伐採する労働を外注するだけなんだな、と改めて気づく。

ちなみに私の宮崎訪問は、こうした取材が目的ではない。ただ記事の最後にあるとおり、業者の中でも若手ほど「こんな施業は持続的でない」と不安を抱えている点はみんな一緒だったよ。

 

2019/02/12

『誰も農業を知らない』を林業に当てはめる

誰も農業を知らない』(有坪民雄著 原書房)を読んだ。

 
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先に言っておくが、私は農業本もわりと読むのだよ。さらに漁業本も。林業ばかりを追いかけてはバカになる。ついでに経済学だって社会学だって脳科学だって読む。
 
さて、本書は農業本としても出色の出来だろう。私が密かに?思っていたことをズバリ指摘している。それも裏取りされているから、私も安心してこれから引用できる。
 
たとえば「農薬は安全」であり、「遺伝子組み換えの何が悪い」であり、「無農薬がもっとも危険」であり、「邪悪なクレーマー」であり、大規模化は低コストではなく、むしろリスキーであることも……。私は農薬をやたら危険視する人を「真性バカ」か「勉強しないバカ」か「カルト信者」だと思ってきた。現状を知れば、生態系を壊す危険性はあるが、人間の健康への影響を心配する次元ではない。少しは科学を学べよ。自分の頭で考えろよ。
 
ちなみに著者は、元経営コンサルタントで現農家(米作と畜産)。実は私は、随分前に会ったことがあるというか、取材したことがある。わりと意気投合した記憶がある(^_^) 。本書はビジネス系ネット記事で連載したものなので、若干まとまりに欠きバランスの悪い面もあるが、全体は読みやすい。
なお、農業を「誰も知らない」理由は、あまりに多様だからだ。作物も地域も気候も違えば、立場も多様。全体像を把握しているのは政府でも学者でも農家でもない。誰もいない……ということを指している。
 
もちろん私とは意見の相違もあるが、ここで論じられている点を林業に置き換えると、結構見えにくかったものが見えてくる。
とりあえず細かな目次を掲載しておくので、「農業」を「林業」に置き換えてみたらよい。
 
◆目次
◎第1章 第二次農業機械革命の時代
IoTは革命になりうる
もうひとつの革命――遺伝子組み換え・ゲノム編集
農業のイノベーションの歴史
いま、農薬は安全である
農業IoTは地域振興と矛盾する
◎第2章 無力な農業論が目を曇らせる
無知な人ほど言いたがる「農業にビジネス感覚を」
「農業にはマーケティングが欠けている」のか?
大規模農業のアキレス腱
夜逃げする無農薬農家
六次産業化は絵に描いた餅の典型
ハイテク農業の大失敗を直視せよ
日本農業の問題点は戦前から指摘されてきた
なぜ農家は儲からないのにやめないのか
現実の議論をしよう――コメ輸入をシミュレーションする
◎第3章 農家も知らない農業の現実
誰も農業を知らない
農業知らずの農業語り
実は農家が変化するスピードは速い
農林水産省は本当に無能か
ピントがずれている農協改革案
農協解体は得か損か
◎第4章 農業敵視の構造を知る
「農家は甘えている」
農業が儲かっていた時代
「明るい農村」の時代
農家出身のサラリーマンがいなくなる意味
邪悪なクレーマー
明るい材料
◎第5章 新しい血――新規就農・企業参入・移民
脱サラ就農はラーメン店をやるより何倍も有利
誰をバスに乗せるのか――新規就農者に望むこと
農薬を否定する人は農業の適性がない
企業が農業参入で成功するためには
農業は外国からの移民を認めるべきか
◎第6章 21世紀の農業プラン
遺伝子組み換え作物の栽培を実現せよ
兼業農家を育てよ
中央官庁移転は農業道県に
海外市場は開拓可能
辺境過疎地は選別せざるをえない
農協の経済部門を半アマゾン化せよ
地元から優秀な農業起業家を育てよ
「農業経済学・経営学」を農学部から追い出せ
食育を推進し、学校給食予算を増額せよ
農家よ、戦え!
 
最後の「農家よ、戦え!」の冒頭部分を、林業に置き換えてみる。
 
林家は勉強と戦闘力が足りません。ここでいう勉強とは林学や樹木栽培法のことではありません。人文科学、社会科学、自然科学をもっと勉強しなければならないということを言いたいのです。そして得た知識を使って、林業の未来をつぶそうとする者を論破し、孤立に追い込む能力を持たねばなりません。
 
※サイドバーに追加。

2019/01/27

書評『保持林業』

『保持林業』(柿澤宏昭+山浦悠一+栗山浩一[編] 2700円+税 築地書館)を読んだ。

※サイドバーに掲載してリンクを張っている。
 
分厚くて高い本である。多人数の編著は論点がばらついて読みにくく、あんまり気が進まなかったが、文献として必要だろうと。
 
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読み終えて感じたのは、新たな林業界の方向性を紹介していて、興味深かった。編著も読むもんだ。 
 
最初に「保持林業」とは何かと説明しておくと、retention foresty の訳語として考えられたもの。
基本的に皆伐施業が前提である。だが、より生物資源の一定の保全と生態系の復活がしやすくなるようにすべての樹木を伐採せず、立ち枯れ木や生立木を残す施業法である。木材生産をしながら生物多様性を保全する、しやすくなるための施業と考えたら良いだろうか。
 
これが択伐などと違うのは、択伐は木材とする木を選んで抜き伐りするのに対して、こちらは生物多様性を残せるような木を選ぶこと。正反対の発想だ。
完全な森林保全にはならないが、その木があることで回復が早くなるとか、動植物の絶滅を防げるなどを意図する。
 
また傘伐など保残伐施業とも違う。そのため従来の言葉を使わずに新たに考えたのが「保持」だというのだが……はっきり言って語感がよろしくない。また保持という一般用語のイメージもあって、イマイチ林業や森林生態に関した言葉としてはこなれていない。この点は、私的には不満である。もうちょっと言葉が喚起する人々の感性にはこだわってほしかった。
 
ともあれ、世界的に注目されていて、今や1億5000万ヘクタールの森林で実施されているという。なお森林認証制度とも関わっている。これほど広がっているのに、日本にはほとんどこれまで紹介されなかったのはなぜだろうか。保残伐施業と混同していたのか。
 
では、どれぐらい残すのかと言えば、5~20%と幅があるようだ。皆伐と言いながら2割残せるのなら悪くはない。非皆伐施業と較べると、伐りすぎだが……。(もっとも、日本なら2割も残したら皆伐じゃないからと補助金対象から外れるだろう。)
ただ皆伐の場合と較べて木材生産量が落ちることや、選木眼も重要となるだろう。
 
詳しい世界的な状況や、技術的な面については本書を読んでほしいが、日本でも研究的に試みている森はあるし、民有林で挑戦する林業家もいるらしい。
 
とにかく施業法の選択肢を増やすという点からは注目に値する。何がなんでも全国画一的に行わせようとする林野庁の“悪魔の施業計画”から外れるためにも、選択の一つに加えられたら。
皆伐から完全保護までさまざまな森林に対する人の関わり方があって、所有者・管理者が将来まで目を配りつつ考え、自分で選ぶというスタンスを持たないと救われないと思うのである。
 
より貪欲に世界の潮流をつかみ、咀嚼するためにも、本書は価値があるのではなかろうか。
 
目次等を引用しておく。
成熟期をむかえる日本の人工林管理の新指標
オリンピックを契機として森林認証が注目されるなか、

そdiv>環境に配慮した伐採をどう進めるかがクローズアップされている。

だが、生物多様性の保全に配慮した施業のガイドラインは存在しない。
本書は、欧米で実践され普及している、
生物多様性の維持に配慮し、林業が経済的に成り立つ「保持林業」を
第一線の研究者16名により日本で初めて紹介。
保持林業では、伐採跡地の生物多様性の回復・保全のために、
何を伐採するかではなく、何を残すかに注目する。
北海道道有林で行なっている大規模実験、世界での先進事例、
施業と森林生態の考え方、必要な技術などを科学的知見にもとづき解説。
生産林でありながら、美しく、生き物のにぎわいのある森林管理の方向性を示す。
はじめに
第1章  保持林業と日本の森林・林業………………… …山浦悠一・岡 裕泰
第2章  アメリカ合衆国における保持林業の勃興…………中村太士
第3章  カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州の事例
             ── 保持林業が渓流生態系に及ぼす影響……五味高志
第4章  保持林業の世界的な普及とその効果
              ── 既往研究の統合から見えてきたもの……森  章
第5章  北海道の人工林での保持林業の実証実験………尾崎研一・山浦悠一・明石信廣
第6章  保残木が植栽木・更新へ与える影響…… ………吉田俊也
第7章  保持林業と複層林施業……………………………伊藤 哲
第8章  諸外国の生物多様性を保全するための制度・政策…柿澤宏昭
第9章  日本における生物多様性配慮型森林施業導入の課題と可能性…柿澤宏昭
第10章  生物多様性の保全を進める新たな手法…………栗山浩一・庄子 康
おわりに
 
 
 

2019/01/19

『山漁村生活史辞典』の価格!

ふと古本屋で見つけた本。

 
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山漁村生活史辞典とは。40年近く前の本である。シリーズの1巻であるが、ばら売りらしい。
 
手にとると、驚きの内容だった。山村と漁村の生活、生業が図版で紹介してある。古今の古文書の絵を抽出しているのだ。 これは有り難い。各書を個別に調べないで済む。
 
たとえば……。
 
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林業関係も多くページを割いており、多くは「吉野林業全書」の引用だが、ほかにも木曽や秋田の林業書などから引用されている。
林業だけでなく、金銀鉄、石炭など鉱山系も多いし、木工、木炭、狩猟、漆、紙漉き、そしてコンニャクまである。
 
こういう文献は、昔の世界を知るだけでなく、現在にも応用が効く分野もあるので興味津々。昔の獣害対策なんてのは、今も通用するかもよ。
 
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いやあ、面白い文献だ。こうした文献は、新刊書ではなかなか見つからない。でも、高いんだろうな……。
 
と思って値段を確かめると! 表紙にシールが張られていましたよ。
 
200円。税込み。
 
いやあ、たまりませんわ。重いけど、即買いました。

2018/11/25

新手のウトウヨ本『日本が売られる』

今、『日本が売られる』(堤未果著 幻冬舎新書)という本が売れているらしい。

 
私も宣伝を見て、ちょっと書店で手にとってみたが、「読むに値しない本」と認定してスルーした。が、某氏より「この本の内容、どう思います?」と質問された。内容に「森が売られる」の項目があるからだ。そこで改めて手にとった。今度も立ち読みだけど(笑)。
 
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目次は、こんな感じ。
 
第1章 日本人の資産が売られる
1 水が売られる(水道民営化)
2 土がか売られる(汚染土の再利用)
3 タネが売られる(種子法廃止)
4 ミツバチの命が売られる(農薬規制緩和)
5 食の選択肢が売られる(遺伝子組み換え食品表示消滅)
6 牛乳が売られる(生乳流通自由化)
7 農地が売られる(農地法改正)
8 森が売られる(森林経営管理法)
9 海が売られる(漁協法改正)
10 築地が売られる(卸売市場解体)
 
1章だけで、こんなに並んでいるが、たしかに「森が売られる」の項目があり、そこで森林経営管理法を取り上げている。この法律を「売る」という感覚で記すのはどうかと思うが、まあ、それはよしとしよう。 
 
私も森林経営管理法について、その危険性についてアチコチに書いてきた。同じように批判しているのか……といえばそうではない。おそらく著者は日本の林業事情についてほとんど理解していない。林業現場に足を運ぶことなく上っ面をなでたような内容だ。この法律は民間企業が森林を買い取ると解釈しているようだし、所有者不同意の森林を伐採する意味もヘンな解釈。ちゃんと法律の内容を理解しているように思えない。
 
せっかくだからAmazonの本の説明文も引用する。
 
水と安全はタダ同然、医療と介護は世界トップ。そんな日本に今、とんでもない魔の手が伸びているのを知っているだろうか?法律が次々と変えられ、米国や中国、EUなどのハゲタカどもが、我々の資産を買い漁っている。水や米、海や森や農地、国民皆保険に公教育に食の安全に個人情報など、日本が誇る貴重な資産に値札がつけられ、叩き売りされているのだ。マスコミが報道しない衝撃の舞台裏と反撃の戦略を、気鋭の国際ジャーナリストが、緻密な現場取材と膨大な資料をもとに暴き出す! 
 
どこの現場を取材してんねん! とツッコミドコロ満載だ。そもそも取材したら、通常は関係者のコメントや経験談、現場の描写などが入るものだが、そうしたものは一切抜き。絶対に現場取材していないと断定しておこう。そもそも取材先はおろか、資料や元データをどこにも記していないのも不信をあおる。
インターネットの情報を拾い集めたような書きっぷりだ。とくに正否両方のある情報の吟味もしていない。都合のいい批判論調だけを集めたのだろう。 
 
森林以外で私が多少ともかじっている分野もいくつか立ち読みしたが、どれもこれも、なあ。。。(´_`)。
 
たとえばミツバチを殺すとされる農薬ネオニコチノイドに関しても、さまざまな研究結果が飛び交っている状態で、その危険性は確実に認定されたわけではない。相当、慎重に農薬化学を読み解かねばならないのに、エキセントリックな情報だけを並べている。
農地法や漁協法の改正に関しても、なんて薄っぺらなんだ。現状に問題があるから改正されようとしている(その改正のベクトルが正しいかどうかが論点)わけだが、改正そのものを陰謀かのように記す。
 
一事が万事なので、全部読まなくてもいいだろう。タイトルだけ見て、それをググれば、同じ内容がいっぱいネット上に出てくるよ。
 
そして、全体を通して感じるのは、「強欲な欧米諸国の資本主義が日本に襲いかかる」という論調だ。いわば「日本スゴイ」の裏返しのネトウヨ論調。いつぞやの「日本の森が外資に奪われる」とあおった本と同じ類だろう。「日本は美しく、優しい人々の国だったのに……」と昔を持ち上げ、現在の(外からの)危機を訴えるのだ。
 
こうした本を書けば売れるんだな。と寂しくなったのでした。
 
あ、私も書けばいいんだ!(゚д゚) 良心を捨てて。
 

2018/11/06

「サカナとヤクザ」と林業

先日、娘が帰省したので『パパ活』をやった。パパの活力増進運動(^_^) である。

 
で、私としてはいただいた活力を発揮しようと娘に何がしたい?と聞いたら「カニが食べたい」との答。ならば、とカニが食べられる店を探したのだが……ズワイガニの解禁日は大方11月6日だった(つまり、今日だ)ので、今手に入るのは店でも冷凍ものになってしまう……そんなわけで、料理店に行かずにスーパーで買ってきた冷凍カニで鍋をしたのだった。 
 
冷凍なのは、よい。というか仕方ない。が、そもそもカニはいつ、どこで食べても密漁品なんじゃないか、と思わせられたのが、この本である。
 
『サカナとヤクザ』(鈴木智彦著 小学館刊)
 
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日本の漁業がどーにもならなくなっているのは感じていた。スーパーに行けば、やけに小さなホッケの干物が並ぶし、サケもサバも多くのサカナが外国産だし。水揚げが落ちているとか、従事者が激減したとか、資源が枯渇しかけているとか。が、その裏にヤクザが絡みつきグダグダの関係が築かれているとは思わなかった。
 
本書で描かれているのは、主に三陸地方のアワビに始まり、北海道のナマコ、九州~台湾~香港のウナギ密輸シンジケートだが、その間に暴力団に支配されていた銚子の街や、北方領土を含んだカニやウニ、サケなどの分捕り合いの歴史的な事情も詳述されている。
 
ま、その具体的な様子は本書に目を通していただきたいが、すさまじいの一言である。禁漁期間や禁漁区域、量制限など、まったく無意味とも言える密漁の常態化。そして産地偽装のオンパレード。もはやカニやアワビの過半は密漁品だろうという。ウナギにいたっては、シラスウナギの段階で大半が怪しい。いくら国内で丁寧に養殖しても(丁寧じゃない養殖が大半だが)、すでに薄汚れている。
 
しかも、これがヤクザのせいとばかり言えないのだ。密漁に加担しているのは、漁師や漁協、市場、水産会社、そして水産庁も含まれるからだ。そして、それらの連鎖の最後に連なるのが消費者だ。出所がなんであろうと喜んで食っているのだから。
 
「おわりに」にある文章をいくつか引用すると、
「漁業をちょっと取材するだけで、密漁や産地偽装などの諸問題がごろごろ出てくる。叩けば埃どころではない。こびりついた垢に近い」
「その前に魚がいれば全部獲るのが漁師の本能だ」
「ほとんどの人間は水産物を金としか思っておらず」
「漁獲高が右肩下がりで落ち込んでいるのは、先進国の中で日本だけだ」
「日本の漁業を知れば知るほど、密漁など大した問題ではないと思えてくる」
 
きりがないが、東京オリンピックで提供できる食(水産物)が、国際基準ではほとんどないので、独自のゆるゆる基準を設けた(しかも審査するのが水産庁の外郭団体)……という下りで、思わず笑ってしまった。
 
それって、木材とまったく同じ!
 
そう、国際的な森林認証から逃げるように独自の穴だらけ基準を設けたのだから。
林業・木材産業界と、まったく絶望的な状況まで同じだ。業界内でつるんでいることも、規制破りも、産地偽装も、みんな重なる。私は常日頃から「絶望の日本林業」と口にしているが、実は「絶望の日本漁業」でもあったのだ。
 
幸か不幸か、現在の日本の林業で一攫千金を狙えるほどの高価格の商品はない。木材価格は落ち続けているし、銘木の需要も激減した。だからヤクザが付け入る隙はない……かと思えば、そうでもない。何しろ補助金という名の打ち出の小槌がある。とくにバイオマス発電は、極めて危険だろう。私のところにもたらされる情報だけでも、えぐい非合法行為と、合法的補助金詐取が蔓延している。
 
結びに「これこそが日本の食文化なのだ」という言葉があるが、「これこそが日本の木の文化なのだ」と言い換えてもいいんじゃないか。

2018/10/18

「森を守るのは誰か」のフォレスターズ・シンドローム

森を守るのは誰か フィリピンの参加型森林政策と地域社会 椙本歩美著 新泉社

 
この本のタイトルを目にして、すぐに『「森を守れ」は森を殺す』と『だれが日本の「森」を殺すのか』 (いずれも拙著)を連想した(^o^)。
とはいえ、内容はまったく違う。これは著者が博士論文として研究したフィリピンの森林政策をまとめたものである。そのためか文章は生硬だが、読み込むと示唆に富んでいる。
 
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目次を掲載しておこう。
 
序章  森林政策をめぐる「対立」を問い直す
第1章 フィリピンの森林政策と地域住民
第2章 森をめぐる現場の制度を捉える視点
第3章 タルラック州M村の暮らし
第4章 森は誰のもの?―参加型森林政策と権利主体
第5章 どの森を守るのか?―参加型森林政策と権利空間
第6章 どうやって森を守るのか?―参加型森林政策と権利行使
終章  森を守るとはどういうことか
 
 
副題で「参加型森林政策」としているのは、「コミュニティに基づく森林管理」を指している。つまり政府でも企業でもない、集落による森林管理をフィリピンは採用しているからだ。
コミュニティ林業、コモンズ(共有地)といった言葉も登場する。日本なら差し詰め入会地か。本来、国家がコミュニティに管理権限を委譲するのは矛盾を感じるのだが、フィリピンはそうせざるを得ない状況に追い詰められたのか……と想像する。 
 
コモンズは、歴史的な森林所有と管理の形態として研究されてきたが、近年、見直しが進み新たな管理体制の取組として注目を集めている手法だろう……しかし、そのまま日本などに当てはめることはできない。なぜなら、成立過程が全然違うからだ。
 
フィリピンではもともと共有地がないままスペインやアメリカの植民地になったから、最初から森林は国のものであった。独立してから政府は長期伐採権などの形で企業などに分け与えた。企業は、森林資源を枯渇するまで伐りすぎた。どうにもならなくなったから国に森を返すようになった。そこで国は、次はコミュニティに任せようとしている……(そこに森林官を派遣する)。
 
ところが日本の場合、歴史的慣習として入会地があったのが明治以降消滅過程をたどる。そして単一の土地所有者(行政・個人・法人)に管理させてきた。ところが最近は、所有権と管理権を分離して、管理を委託する方向に進んでいる。つまりフィリピンと正反対に進んでいるように見える。
 
さて、本書で描かれるフィリピンの事情などの部分は読みとばそう。ただ、決してコミュニティによる森林管理は上手く行っていないのが実情だ。むしろ住民間の分裂を引き起こしているという。
 
なぜなら森林官は、林学教育を通して理論的技術を身につける(これを「形式知」と呼ぶ)が、住民の森林利用は理論的裏付けのない慣習的な「暗黙知」で行動する。この対立があるという。。。そんな小難しいことは読みとばしてしまおう(^^;)。
 
上手く進んだケースもある。いかなる場合かというと、私には森林官の裁量に行き着くように読めた。森林官は、本来求められる政策規定の枠を超えて(つまり遵守しない)、集落の意図に寄り添うケースである。ある意味、法的な縛りを無視して、住民自治に任せる度量というか権限を森林官が持っているのである。(その森林官の出身地が管轄する集落だったりするわけだが。)
 
まあ、詳しい条件や事例は本書に任せるとして、これらの事例には、今後の日本の森林管理にも参考になる点がある。
 
日本でもフォレスター(森林官)の必要性が語られている。似たような資格も作られた。管理主体を市町村に移しているのは、多少コミュニティに近くなったと言えるかもしれない。
しかし、いかなるフォレスターであっても、国(もしくは自治体)の代理人として振る舞えば、コミュニティの意志と齟齬を引き起こす。常に現場の状況に応じて修正していく権限がなくてはならない……。さもないと参加型森林管理になり得ない。
 
森林官はえてして「樹木を愛し人を嫌うフォレスターズ・シンドロームに陥るのだという。それを乗り越えるヒントは、法令不遵守にあるのかもしれない……なんて読むと面白い。
本当に法律を破れというのではないが、それぐらい幅広い権限を持たないと森林官は機能しないのだろう。この点を、今後のフォレスター養成に活かしてもらいたい。
 
難しい論文みたいな本だが、森林管理の主体とかフォレスター制度に興味がある人は読んでおいた方がいいよ。
 

2018/10/02

月刊大和路なららに『鹿と日本人』

奈良の地域誌「月刊大和路ならら」10月号に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』の紹介が掲載された。

 
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今月号は正倉院展特集。毎年全国からこの展覧会のために人が集まる大イベントだ。いつも混んでいるが、今年は久々に足を運ぼうかな。この記事に目を通すだけでもたいしたものだが。
 
さて、この雑誌の書評欄ではなく、「なら旅いんふぉ」というページだった。
 
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なかなか詳しく紹介していただいている。ちょっと笑ったのは、中程にこんな記述があること。 
 
 まず語られるのは、奈良公園ではなじみ深い「鹿せんべい」の歴史や、ナラシカ(本書における天然記念物「奈良の鹿」の表記)の現代における“伝説”の数々。
 
やっぱりナラシカという言葉は、一般的ではないか!  まあ、当たり前だが。
しかし「奈良の鹿」「奈良のシカ」「奈良公園のシカ」……という言い方は、いかにもまどろっこしくて、ついナラシカと略すのが私の中では普通になっていたのだが……。全国ではともかく奈良県人ではフツーになってほしい(笑)。
 
 
ところで、福島県の郡山市で拙著を見つけて購入したお知らせも届きました。こちらは動物欄のようである。
 
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感謝である。感謝。ともに感謝。

2018/09/30

鹿本の棚

台風真っ只中の奈良ですが……。今はいたって静か。雨は降っているが、あまり風を感じることはなく、フツーの雨の夜を送っている。

 
とはいえ、雨戸は全部閉めたし、一応は酒も控えて待機中なんである。 
 
こんなときは読書でもするか。。。。
 
 
奈良市の啓林堂書店奈良店に、こんな棚を見つけた。どうやら鹿本の棚。とくに奈良の鹿の本が多数だ。
 
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上段は我が『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』がずらりと並ぶ。その下には「奈良の鹿」の本のほか、日本の鹿全般を論じた本。そして下段に置かれているのは、実はナラシカの写真集。何種類もある。これは奈良の書店ならではの特徴かもしれないが、ナラシカの写真集というのは根強い人気の模様。買うのは、奈良の人より観光客かもしれないが……。
 
なお、「奈良本」の棚もあって、そちらは歴史系が圧倒的に多いが、そこに『鹿と日本人』も平積みされておりました。感謝。
 
せっかくだから、こんな奈良本も紹介しておこう。 
 
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古墳ばかりを空撮した写真集。(「全国編」もある。)見ているだけで楽しい。 

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June 2019
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森と林業と田舎