無料ブログはココログ

本の紹介

書評・反響

2017/12/11

『季刊大林』58号は森林特集

ゼネコンの大林組と言えば、今や時の会社。なんたってリニア新幹線建設の入札で不正があったと東京地検特捜部が捜索を開始したからだ。
 
かなりデカい談合疑惑に発展する可能性があり、多分広報室もてんてこ舞いだろう。御愁傷様、と言いたいが……。ここではそのことに触れたいのではない。
 
実は大林組の広報誌『季刊大林』は、ときどき大きな構想プロジェクトをぶち上げる。私のお気に入りは古代出雲大社の復元だが……11月30日に発行された58号は、なんと森林特集である。そこで“森林とともに生きる街「LOOP50」建設構想”をぶち上げている。
 
Img001
 
これ、表紙。なんともシンプルだ。
 
概要は、リンク先を見てもらいたい。『季刊大林』58号
 
Img002
 
大雑把に説明すると、本州の中山間地域に居住人口1万5000人、約5500世帯の都市を建設する。所有する森林は約2万8000ヘクタール(人工林は、そのうち2万ヘクタール)だ。ここでエネルギーから建設資材まで自給・循環する都市を築くという構想。
 
住居はループ棟と名付けた直径650~800メートル、高さ80~100メートルのドーナッツ形木造集合住宅。30階建てだそうだ。施設は50年ごとに更新(部材ごとに交換)し、その木材は周辺の森林から調達する。そして古材はエネルギー源となる。
 
なかなか面白い。ツッコミドコロはそれなりにあるのだが、ここは森林と共生する木造循環都市構想をぶち上げたことに賛意を示したい。
 
あえて私がツッコムとしたら、住居が全部集合住宅というのは嫌だなあ……。森の中に分散して住む街を描いてほしかった。一軒家が難しければ10軒集落のクラスターを森の中に点在させる方向を選んでほしかった。5500世帯が一緒に同じ高層施設、基本的に同じ設計の部屋に住むのって、抵抗感があるのだよ。結局はマンションじゃねえの? 
 
 
 
ほかの記事も面白い。私はいろいろなトピックが好きだね。
しょっぱなに紹介されているのはポーランド・グラヴィツェ市にあるラジオ塔。高さ111メートルで世界一とか。
フランスにある1本の木の中にあるチャペルとか。うろの中にあるそうだ。
最も値段の高い樹木は、埼玉県の大宮盆栽美術館にある五葉松とか。評価額1億3800万円だそう。
 
こんなネタ、よく仕入れたねえ。
 
 
興味のある方は手に入れてください。1冊1000円。でも、今の大林組広報室は対応できるだろうか……。

2017/11/08

コンフォルト159号は杉特集

隔月刊の雑誌「コンフォルト」。建築資料研究者の発行している、一応はインテリアやリフォームの雑誌。そうでもない記事も多いのだけど……。

 
現在発売中の159号(2017年12月号)の特集は、「杉を生かす、スギと生きる」である。
 
買ってしまった(~_~;)。1800円もするのだけど。。。
 ゛
Img001
 
記事のトップが「吉野杉の挑戦」であり、コラム4本が「杉と建築」であり、板倉づくりのケーススタディーであり、全国各地の「杉図鑑」に国産材建築カタログ……。
スギコダマもたっぷり登場する。あ、表紙からしてスギコダマであった。
 
だから、知っている人もたっぷり登場する。
 
なかには海杉さんこと、宮崎県の海野さんの「パレットホーム」も入っていた。
これ、日常的に使われる運送用パレットの形で保管しておく、仮設住宅である。安くて早くて素人でも組み立てられる……そうだ。
 
 
ちゃんと書けないのは、まだ読んでいないから(~_~;)。だって、買ったばかりだから。
 
しかし、興味のある人は手に取って損はない。実は、私は近隣の書店で結構探して見つけた。意識しないと見つからないのが、こうした専門分野の雑誌である。

2017/10/11

ノーベル経済学賞と「この国の息苦しさの正体」

私がノルウェーに滞在している期間は、ちょうどノーベル賞の発表時期と重なっている。

 
一般にノーベルはスウェーデン人で、ノーベル賞もスウェーデンで発表されているからスェー電の賞と思われているが、実は賞を創設した1901年は、ノルウェーとスウェーデンが連合していた。同じ王を抱く一つの国だったのである。だからノルウェーの賞でもある。実際にノーベル平和賞は、ノルウェーで選ばれるのだが……。
 
2
 
オスロのノーベル記念館。中の見学はしなかったが……売店ではノーベル賞のメダルを売っていた(^o^)。中身はチェコレートのようであるが。。。
 
ところで帰国後に発表となったのが、ノーベル経済学賞である。シカゴ大学のリチャード・セイラー博士が「行動経済学」で受賞したのだった。
 
私は、このことに結構興奮している。経済学? と不思議に思うかもしれないが、私の最近の考察テーマにぴったりなのだ。
 
この「行動経済学」では、人は感情で動くものとしている。伝統的な経済学は、人は合理的で、常に冷静で最適な選択をすると仮定している。しかし、現実には、常に感情に振り回され、判断を間違えることも多々あるという想定なのだ。
 
 
このところ私は、人は何によって突き動かされているのか、という点にこだわってきた。文化、政治、経済、人間関係、そして進化まで。。。
 
一般的な学問では、生命体の選択の条件を「損得」とか「益不益」を想定する。生物進化の自然淘汰説も、どちらが有利に生きられるか、生き残れるか、が進化の原動力だとする。
それは国のレベルから、個人の人間関係まで当てはめる。今どきの政治も、どの政策が得か損か、誰にしたがうのが自分にとって益があるのか。。。で動くとされる。
 
だが、私は違うのではないか、と思っていた。 損得を超えた行動原理があるように思えるのである。それは……好き嫌いである。好きとか嫌いという感情が損得を越えて歴史を動かしてきたのではないか……。
それで、このところ文明論や脳科学、心理学の本などを読みあさっていたのである。
 
ちなみに読んだ本でピンと来たのは、「この国の息苦しさの正体~感情支配社会を生き抜く」(和田英樹著 朝日新書)である。
 
和田氏は、マスコミにも登場することの多い精神科医で、なんと著作が600冊という。基本的にこういう人は苦手だが(~_~;)、サブタイトルに惹かれて読んだのである。感情支配社会。これだよ、これ。
 
Photo
 
極めて平易に書かれており、最後は医者らしい処方箋もあるが、正直、そこはどうでもよい。
むしろ「現状維持バイアス」とか「自己愛不足」「不安感」「高齢化」「今だけ、カネだけ、自分だけ」といった項目にピンときた。
 
たとえば、なぜ十分に満足できない生活を送っている人が、そんな社会をつくった体制側を攻撃するのではなく、媚びるように支持するのか。それは「さらに落ちていく不安感」や「自分肯定感の不足」などの劣等感が、今以上に落ちたくないから現状維持を求める心理を生み出すことで現状のままを求めるらしい。
またネトウヨ・レベルの「日本スゴイ」言質もここから来ている。落ちてない、と思いたいのだ。昔からスゴイのだ、と思って自分を慰める。
 
なんか、今の日本社会をひもとかれたような気がする。
 
 
そこに「行動経済学」なんてのが示されたのだから、これだ! と思ったわけ。
つまり人間はよく間違うし、好きだったら損してもかまわないし、意地になって得にもならないのに嫌いなヤツを攻撃する。そこにポリティカルコネクトなんてないのだよ。。。
 
相田みつを並に「人間だもの」好き嫌いこそが、社会や生物の行動原理なのだ。そう考えると、何もかもが理解できる。
 
 
でも……そんな好き嫌いとか不安な感情を理性や知性・知恵で抑えるのが「人間」のはずなんだが。人類が長い年月をかけて築いてきた感情コントロール術をかなぐり捨てる現代社会って、なんだ?

2017/09/11

『文明崩壊』とFSC

昨日の新聞の裏面にこんな広告があった。

 
Photo
 
見た通り、王子製紙のネピアの広告だが、FSCをこんなに大きく扱っているので目に止まったのだ。材料がFSCの紙を使った商品はそこそこ増えてきたが、それを前面に謳った広告はそんなに見ない。日本も、ようやくここまで来たか……と思ったわけである。
 
 
実は、現在読んでいるのが『文明崩壊』(上・下)。ジャレド・ダイアモンド著。草思社
 
Dsc_0595  
 
2冊で厚さが6センチにもなる。正直、全部通して読みきる自信がない(-.-)。
とはいえ、実に興味深い内容だ。イースター島、ピトケアン島とヘンダーソン島、アメリカ先住民(アナサジ族)、マヤ、ヴェンキングとグリーンランド、ルワンダの大虐殺、ドミニカとハイチ、中国、オーストラリア……多くの国の文明とその盛衰を説き明かし、その根底に環境破壊があったことを指摘していく。
環境の歴史と文明論という、私的には涎の出そうなテーマなので懸命に読んでいる。
 
この場合、破壊される環境の多くが森林である。
そして、森林を守った文明として取り上げられるのが、ニューギニア高地と日本。それにトンガとティコピア島なのだ。(世界最古の農業を始めたのはニューギニア高地民。)
 
日本も、ご多分にもれず森林破壊を続けてきたが、江戸時代にそれにストップをかけることに成功している。それはなぜか……?
 
一方で、大企業と環境をテーマに論じる中で、唯一の成功例、というか希望のある取り組みとして紹介するのが森林管理協議会、つまりFSCだ。
 
オレゴン州の2つのホームセンター「ホーム・デポ」で行った実験が紹介されている。
同じ質・大きさの合板にFSCのロゴマークラベルを張ったものと張っていないものを用意して売上を見るのだ。
すると同じ値段の時は、倍以上も売上が違う。もちろんFSC付きの方が売れるのだ。
ラベル付きの方を2%高くしたときも37%の客がFSC合板を選んだ。
 
アメリカでは、FSCがそんなに普及しているのか。オレゴン州は、そんなに先進的な「意識高い系」の州ではなく、平均的なアメリカ人の住む地域である。
日本では、そもそも区別のつく客自体がどれほどいるのか心配になる。
 
ちなみに本書の発行は2005年だが、原著の発行は当然ながら数年前だ。そして執筆期間を考えると、この実験が行われたのは2000年前後ではないか。今から20年近く前でも、アメリカでは森林認証制度について広く知られていたのである。
 
その点、日本はようやく広告に大きく出たことを驚くレベルなのだから……政府も相変わらずFSCを横目に見ているしね。
 
国内の森林は守ったが、海外の森林の破壊には知らんぷり。これが日本の実態かもしれない。

2017/07/19

『明治乙女物語』と土倉翁

今日は土倉庄三郎の没後100年を記念して、翁が設立に深く関わった同志社を探訪するツアー(川上村主催)に参加した。主に見学したのは、同志社大学、同志社女子大学である。

006
 
私が土倉庄三郎を追いかけた際、多くの事績の中でも興味を引いたのは、女子教育に力を入れた点だった。自らの娘以外にも多くの女子に教育を就けさせるための援助しているし、女子校に多額の寄付も行った。女子が学ぶことを大切とする発言も数々示している。
 
当時の時代背景や山里の古い名家の出身であること……などを考えると、なぜ庄三郎がこれほど女子教育に理解があったのか不思議なのだ。
同時に、幼少時にいきなりキリスト教(西洋)式の学校に親元を離れて預けられる子供たちに思いを馳せた。世間の眼も学ぶ女子に決して温かいとは言えなかっただろうに。。。
 
 
さて、今日は翁の命日だからこそ、小さなわだかりを爽やかな風でぬぐってくれるような小説を紹介したい。
 
Photo明治乙女物語』 滝沢志郎
 
時は明治21年、いわゆる鹿鳴館時代の高等師範学校女子部。今のお茶の水女子大である。
 
ここで学ぶ女子学生の青春の群像劇を、当時の文明開化の風俗とともに、軽いミステリー仕立てで描く。帯文にあるとおり、今年度の松本清張賞の受賞作で選考委員の絶賛を浴びた作品だ。
 
緻密に描かれた明治ならではの社会背景を舞台に、今と変わらぬ感性を持った女子学生が精一杯生きる。虚実取り混ぜたストーリーなのだが、それは世相と戦う「戦う乙女」であり、新しい世を切り開く女子の姿を感じる。
※ストーリーは、Amazonのリンクにでも飛んで読んでほしい。
 
 
彼女らを前にして行われる森有礼文部大臣の演説には、ついジーンと来てしまった。それは結びにかけて限界を見せるのだが、それもまた時代に翻弄される象徴のようでもあり……。
本書は、明治の女性を通して現代社会の内面を照射しているかのように感じたのだ。
 
 
私は、土倉翁を追う過程で、自由民権運動の中の女性たち(影山英子ら)や、新島襄と八重、また広岡浅子を知った。同志社女学校の生徒たち、中でもアメリカに留学後、陰の外交で活躍した土倉政子らの姿を知った。それが登場人物と重なってしまう。
 
とりわけ今日のツアーでは、新島八重の存在を改めて感じた。会津戦争では男の藩士に混じって戦ったジャンヌ・ダルクであり、後半生では戦場で傷ついた兵士を治療するナイチンゲール(看護師)となり、晩年は男のものだった茶道を女性に開放した。時代と戦う乙女そのものだ。
 
八重の背後に小説のような乙女が続いたかと想像するのも一興である。

2017/05/07

村尾行一著『森林業』は、森林文化論である

村尾行一先生の新著『森林業 ドイツの森と日本林業』、ようやく読み終わった。

 
1537 築地書館 2700円+税
 
さて、何から紹介すればよいか。この本の感想を記してまとめると、別に1冊の本になりそうな気がするのだが……。
 
Dsc_0498
 
とにかく、気になるところに付箋をつけていくと、こんな感じになるわけ。内容的には村尾氏のこれまでの主張や著作の集大成であり、そして私は大半の著作を読んでいるのだが、それでも、こんなに付箋をつけてしまったのだ。
 
それなりに林業のことを知っている(つもりの)人が読めば、おそらく愕然とするに違いない。一体、これまで学んできた林業の理論や林業史は、さらにヨーロッパの森林史はなんだったのか、と。
 
目次は以前にも紹介したが、大枠だけ記すと
 
第1部 ドイツ林業の個性
第2部 ドイツ林業前史
第3部 ドイツ人にとって森とは何か
第4部 最高の頭脳の集まる森林業の人材育成
第5部 日本林業再興への処方箋
 
タイトルでわかる通り、ドイツの話題(一部スイス)が多い。またドイツ語も多出する。さらに膨大な見出しがある(詳しい目次は、版元ホームページへ)。
ただ見出し数に比して、全体は300ページあまりだから一文は短めで、読みやすい。文体も、村尾節ともいえる調子(^o^)なので楽しめる。
 
また一応テーマは林学・林業なのだが、ドイツ人の森に対する思いの変遷や、森とのつきあい方にもかなりのページを割いており、いわば文化論ともなっている。むしろ林業・林業史というより森林文化論と思って読んだ方がいいだろう。
 
 
全体を総括するのは難しいが、いくつか私があえて本文の言葉をいくつか引用するのなら
文化論なくして林業論なし であり、生態学的林学 であり、林業は社会的市場経済 であり、そこから導き出される フリースタイル林業……ということになろうか。
 
ドイツでは、100年以上前に木材栽培業の学問として生れたターラント林学から、生態系を重視しフリースタイル林業へとつながるミュンヘン林学に大変革された。そこでは主伐や伐期という考え方も、法正林や森林経理も否定されているという。
 
それなのに明治時代の日本の留学生は古いターラント林学を持ち帰り、さらに林業改革を打ち出した21世紀になっても古いドイツ林業から離れようとしないという失敗の上塗りをしているわけだ。
 
いくつか意外感のある記述を紹介すると、
 
ヨハンナ・シュピーリの『ハイディ』(日本的には「アルプスの少女ハイジ」の原作と言った方がわかりよいか)はマルクス・エンゲルスの『共産党宣言』よりもはるかに革命的な思想の転換を記した「ロマン主義宣言」だという。自然賛美を禁止していた従来のキリスト教に反して、初めて自然の美しさを唱えた書だからだ。
 
19世紀までドイツでは林業は賤業、林業従事者は賤民だった、とある。現在のドイツでは林業を憧れの職業だというが、真反対だったのだ。それはわずかな期間で逆転した。
一方で「私たちドイツの森林官はドイツ人の公徳心には全然期待しておりません」という言葉も紹介している。
 
 
私がとくに喝采したのは「保育間伐」「優良材生産」「将来木施業」の否定である。たとえば《優良材》という獣道への逃避 なんて言葉も登場する。やった! と思ったね。
 
私は、上記の施業が納得できずにいた。はっきり言えば間違いだと思っていた。
 
私の考えを簡単にまとめると、間伐はすべからく利用間伐(優勢間伐)であるべきで、保育のために木を伐り捨てる(劣勢間伐)のは労力も経費も無駄である。
 
また優良材とは高く売れる木材のことで、将来何が求められるかわからないのに木目や形状で「優良」と決めつけるのはおかしい。よって、将来に向けて優良材にする木を選んで育てる「将来木施業」自体が有り得ない……と思っている。(その代わりとなる施業の指針に関しては、私なりに考えるところはあるが、別の機会で。)
 
だが、いくら私がこんな主張しても林業界の面々には届かない。そこに村尾節が炸裂したのだ。私的には、溜飲の下がる思いなのであった。
 
 
最後に日本の林業の実態を紹介しつつ、再生の処方箋を示す。これも斬新な発想ぞろいである。その根幹には、森林業の人材育成の重要性を説く。
 
ちなみに私は、すべてに同意するわけではない。村尾氏は列状間伐は劣情間伐とあるが、私は、一部では列状間伐もアリと思っている。
また「日本でも天然更新は容易」とするが、私の意見は可能だが難関でコスト高だから、あまり採用すべきではないと思う。
木屑から野生動物まで全部資源という考え方自体は同意するが、これらの資源を経済の俎上に乗せるのがいかに難しいか、ということも指摘したい。
さらに含水率は9%以下にしろというスギ材の乾燥も簡単ではない。伐採時の方策だけでは厳しいし、普及もしない。
 
もう一つ違法伐採や盗伐を、かつての入会権の視点から敵視していないが、現在問題になっているのは、レベルが違ってあきらかに森林破壊である。あまく見ない方がよい。
 
何よりもドイツにならって行うべきとする林業人材の育成は、私には絶望的に思える。今から取り組んでも50年以上かかるのではないか。
 
ただ、「森林業は情報産業」という言葉は、私も20年ぐらい前から使っていて、我が意を得たり、であった。
 
 
とにかく、森林や林業に対して一家言ある人、興味のある人なら、本書を巡って話題は尽きないのではないか。議論のテーマを提供してくれるだろう。ここは賛成、ここは反対、ここの意味がわからない……等々、議論百出になったら面白い。
 
まずは一読を。
 
サイドバーにリンク
 
 
 

2017/04/25

奈良ジュンク堂の『森怪』

奈良のジュンク堂書店(大和西大寺駅前の奈良ファミリー内)で発見した。

 
何がって、『森は怪しいワンダーランド』を(笑)。
 
Photo_3
 
見よ、平積み(表紙面を見えるように陳列する意)だぞ。。。。たった1冊だけど(^o^)。
有り難いです。出版して半年以上経ってもこの状態で置いてくれているのは。
ちなみに昨年の秋に見かけたのは、こんな状態だった。
 
Photo_2  
それから半年経って昇格したか。。。
最後の1冊でしょう。お早めに。
 
 
ちなみに『森は怪しいワンダーランド』には、昨日紹介したランビルの樹上回廊を訪ねた時の記事が載っています。

2017/04/24

樹上小説!『薫香のカナピウム』

このところハマっている上田早夕里の小説の一つ『薫香のカナピウム』を読了。

 
Img002 文藝春秋・定価1500円+税
 
これ、なんと紹介したらよいのだろうか。思い切って「樹上小説」なんて、どうか……と思ってしまった。ちなみにタイトルのカナピウムは、キャノピー(樹冠)からの造語。樹上世界の意味と思っていただければよい。
 
上田早夕里といえば、『華竜の宮』で日本SF大賞を受賞した本格ハードSFの系統を継ぐ作家だが、実はパティシエ小説とか、妖怪小説とか、純文学ぽいものまで紡ぐ。
 
で、本書は帯文にあるように「ファンタジー」だとする。裏帯には「たおやかなる少女のビルディングスロマン」とも紹介されている。主人公は、地上40メートルもの樹上世界に生きる少女だ。オランウータンも出てくるし、あふれる生命の楽園としての樹上世界は、おそらくボルネオの熱帯雨林の樹上らしい。
 
出だしから樹上の枝から枝へと渡り歩きつつ生活をする人々の描写が続き、ファンタジーらしき異次元の民族を活写する。ジャングルの樹上は、香りで道筋がつけられているなど斬新なアイデアもあふれる。
 
読み進めると、本当に主人公は「少女」なのかも疑問になってくる。身体が角質で覆われている描写もあれば、「巡りの者」と出会うと子供を孕むのは配偶者側だという。そして男でも女でもない人物も登場する……。
 
まさにファンタジー小説だなあ、と思わせるのだが、第2章の最後の1行でギョとするのだ。
 
やがてハードSFとしての輪郭が浮かび上がっていく。そこに描かれるのは、森林生態系とそこに人類がいかに関わってきたか。自然と人為、人工物と生命体。共生と融合、そして反発。そして人類進化の途方もない方向が示されることになる……。
 
 
あんまりネタバレ的な紹介はしないが、この小説はマレーシア・サラワク州のランビル国立公園をモデルにしている。事実、著者は、雑誌『科学』の林冠生態系の号を読み、井上民二京都大学教授の研究を知って、小説の着想したらしい。
 
実際、文中に井上教授が建設したツリータワーや樹上のウォークウェイも登場するのだ。 
 
153  109
ランビルのツリータワーと、樹上の回廊。
 
最初は、ハドソンの『緑の館』を想像させたのだが、やがて小松左京の一連の作品、たとえば『継ぐのは誰か』なんぞが頭に浮かんだ。どちらもアマゾンが舞台で、妖精のような未知の種族の少女や、新人類が登場するのだが……。
 
私が一時期通い続けた熱帯雨林の樹上世界が、まったく装いを変えて小説の舞台になったことに感激。
 
やっぱり樹上小説というカテゴリーを設けてみたい(笑)。

2017/04/17

村尾行一著『森林業』が出版へ

現在、愛媛大学客員教授を勤める村尾行一氏の新著が、まもなく出版される。

 
 
4月下旬には書店に並ぶと思われる。
 
私が、読んだどころか出版もされていない(~_~;)本をなぜ紹介するのか。実は本著の出版には私も多少関わったからである。それだけに概要をそれなりに知っている。
 
目次を見るとわかるだろうが、村尾氏のこれまでの著書の内容も網羅している予感。
そもそも私なりの林業に関する理解のバッグボーン……焼畑林業、日本林業の裏側、恒続林思想、森林ロマン主義……をつくった元の多くが村尾氏の著作である。それらが改めて整理されて本になるというのだから、期待しない方が無理だろう。
 
上記リンクでは、序章が読める。
 
ここでは目次を引用しておくが……長いよ(~_~;)。膨大なテーマが盛り込まれている。
 
なお、サイドバーにAmazonそのリンクも張っておく。すでに予約できる。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
序章 日本林業とドイツ林業
1 ドイツ林業とは何か
2 「ドイツ」とはどこだ
3 ドイツにも山岳林がある
4 日独林業の本質的違い

第1部 ドイツ林業の個性

第1章 ロマン主義の申し子
1 《自然》と《弁証法》を発見したロマン主義
2 文化論なくして林業論なし

第2章 「ガイアー革命」
1 生態学的林学の成立
2 ガイアー林業思想の要諦
3 不定形で、多様で、小規模な森林こそ最良

第3章 多機能林業論
1 林業とは一つの森林から多機能の同時発揮
2 林業の社会性重視と主要産業化
3 「社会的市場経済」の熱情的な擁護者
4 多様な事物の多様なままでの総体把握

第4章 森林機能計画制度
1 ディーテリヒ多機能林業論の制度化
2 バイエルン森林機能計画制度の骨子
3 「利用機能」の発揮はどの森林でも

第5章 「フリースタイル林業」
1 林業における資本主義の限界性
2 森林の多様性・動態性ゆえの「フリースタイル林業」
3 「育林は森の心で」
4 《経済》と《公益性》と《森林美学》と《保健休養》の自同律

第6章 「フォルスト」と「ヴァルト」
1 かつて「フォルスト」は森林とは別概念だった
2 「木材窮乏」がもたらした「フォルスト」の意味変化
3 「林業」から「森林業」へ――森林利用の発達

第7章 「持続可能原則」の揺らぎ
1 「持続可能原則」は発想のコペルニクス的転換ではない
2 「ヘルシンキ総指針」

第8章 ミュンヘン・チューリヒ同盟
1 スイス林業の大改革 
2 日本に輸入された「近自然的河川工法」
3 アルプスの国・スイスにおける小私有林の意義

第9章 北ドイツへの宣教
1 「森林業」を題名にした「人間・森林系総論」
2 遅れた北ドイツ林業制度

第10章 「照査法」
1 徹底した現実重視の単木施業
2 照査法を大成したギュルノとビヨレイ
3 日本はクヌッヒェルの提言に学べ

第11章 「恒続林思想」
1 プロイセンでも生まれたミュンヘン・チューリヒ流林業思想
2 「恒続林」とは何か
3 「恒続林施業」はアカマツ林に特化した施業ではない
4 「恒続林施業」と森林美学

第2部 ドイツ林業前史

第1章 かつて森は魔界だった
1 森は恐怖の暗黒空間
2 林業人・山村民は賤民だった

第2章 絶対主義の財政基盤
1 木材依存型体制
2 自己否定する重商主義

第3章 「木材窮乏」が生んだ「持続可能な林業」原則
1 苦肉の策の「保続原則」
2 劣悪なドイツ林業従事者
3 成果なき人材養成策

第4章 コッタによるターラント森林アカデミー創立
1 《林学古典派》??「ゲーテ時代」の人びと
2 近代的林学高等学府の創立
3 《ターラント林学》の特性

第5章 伐期齢問題
1 林業における「伐期齢」の意義
2 自然的伐期齢説
3 工芸的伐期齢説
4 材積収穫最大伐期齢説
5 貨幣粗収穫最大伐期齢説
6 森林純収穫最大伐期齢説
7 土地純収穫最大伐期齢説

第6章 ユーダイヒ──ターラント林学の大成者
1 ユーダイヒ森林経理学
2 日本林業のモデル

第7章 「ノルマールヴァルト」(法正林)とは
1 「ノルマールヴァルト」とは
2 理念型か達成目標か
3 現実の多様性を捨象してのみ措定できる法正林思想

第8章 ターラント林学の限界性
1 林業の思弁的規律
2 排除の論理
3 「マスト林業」──豚と共にある林業
4 ターラント林学は過渡期の林学

第9章 ドイツ林業の地域的多様性
1 目標林形の設定
2 生産目標の設定
3 西南ドイツ林業の問題性

第3部 ドイツ人にとって森とは何か

第1章 森と都市
1 森あってこその近代都市
2 かつてのミュンヘン
3 森の中の都市、都市の中の森
4 都市林の改造
5 都市林の造成

第2章 都市林こそが森林業の精華
1 人と猪の母子が一緒にお散歩
2 都市こそが森林に最も多くを、しかも最も強く求める

第3章 森で憩い、楽しむ
1 大工業都市だからこそ「市中の山居」
2 「氷雨でも森へ行くッ」
3 「森の幼稚園」
4 「市中の田舎暮らし」──クラインガルテン
5 「ウアラウプ」(有給休暇)の第一の行き先

第4章 森のウアラウプ
1 道路
2 森林立入権
3 宿泊施設
4 食事
5 国有林の役割

第4部 最高の頭脳が集まる森林業の人材育成

第1章 医師は一時に一人を救い、森林官は同時に万人を救う
1 憧れの職業
2 ムルナウにて

第2章 林業従事者の職種と職務

第3章 高等森林官の職務と養成課程
1 高等森林官の職務
2 高等森林官の養成課程

第4章 上級林業技師の職務と養成課程
1 高度な人材を求める新事態
2 林業大学校の履修課程
3 上級林業技師の主たる職務

第5章 林業士の職務と養成課程
1 ドイツ林業士の質
2 林業士の養成課程
3 作業士学校の主要履修科目
4 国家試験と主たる就職先
5 さらなる進路

第5部 日本林業再興への処方箋

第1章 過去の栄華が現在の禍根
1 「吾ガ咎ハ常ニ吾ガ内ニアリ」
2 未曾有の活況に惑乱した戦後林業

第2章 《外材時代》への誤った対応
1 外材輸入解禁問題
2 《優良材》という獣道への逃避
3 いわゆる「将来木」について
4 枝打ちの危険性

第3章 間伐と枝打ちの生態学
1 森林は隙間だらけ
2 林分総葉量一定の法則
3 間伐するなら集約的な「定性収入間伐」を
4 列状間伐は〝劣情間伐〟
5 《上層枝打ち》もありうる

第4章 乾燥の重要性──ヨーロッパ材が吉野まで来る理由
1 木材の良さは乾燥材なればこそ
2 伐採の機械化、運材と貯木の陸上化が乾燥工程を省略した
3 無乾燥材の致命的欠陥

第5章 東濃檜物語
1 東濃檜はなぜ天下一の銘柄材になれたのか
2 東濃檜はあくまでも「製品銘柄」
3 東濃檜の教訓

第6章 「分裂せる市場」構造
1 「貧困の価格」か「価格の貧困」か
2 流通の「蛸壺」化による「一物多価」現象
3 「多種目少量」を「少種目一括」に《変圧》できない流通
4 「そんなに材は集まらない!」

第7章 秋田の国有林で見たこと
1 秋田杉問題
2 実際の国有林は《分国有林》
3 「ノン・キャリア」組の難点
4 広域販売こそが要諦
5 ドイツ高等森林官の高い移動性

第8章 「盗伐問題」と「違法伐採」
1 入会とは何か
2 「林野官民有区分」の目的と実態
3 『夜明け前』悲劇
4 「国体」VS.「入会」
5 「違法伐採」・「合法木材」問題私論

第9章 木材栽培業から森林業へ──日本林業の発達的回生
1 日本林業起死回生策要綱
2 日本でも天然更新は容易
3 「焼畑林業」再考
4 〝有害動物〟の林産物化
5 農業モデル化の弊害
6 梶本式立木乾燥法を起点とする乾燥システム
7 楽に伸びる国産材需要
8 日本森林業の主要産業化
9 里山私論
10 担い手の集団と担い手の養成

終章  「社会的市場経済」と森林業
1 「全ての国民に繁栄を」
2 なぜ「人間の顔を持つ資本主義」なのか
3 「社会的市場経済」に日本林業が学ぶもの
4 森林業は情報産業なのだ

あとがき──本書の思考様式的背景
 

2017/03/28

Yahoo!ニュース月間MVAに選定!

Yahoo!ニュースには、月間MVAとMVCがある。
 
MVAとは、Most Valuable Article のこと。ようするにアクセス数とは関係なく、優秀記事という観点で選ばれる記事である。MVCは、Most Valuable Comment。優秀なコメントの賞だ。
この2月のMVAに私の記事が選ばれた。
 
 
 
月間に数百本の記事がアップされている中から選ばれた5本のうちの1本なのだから、それなりに誇りたい。ちなみに私は2度目。
 
選定コメントを求められて、その場で書いたのだが、つい「~である調」にしたところ、他の方々はみんな「~ですます調」であった。これは外した、と思ったね(笑)。
 
 
Yahoo!ニュースは、最初のうちこそ、金にならないもののどうせ無料のブログ記事を書き散らしているんだし、ブログとは違う読者層だから世間の反応をうかがうのにはよいか……という安易な気持ちで始めた(笑)。
しかし、どんどん進化していて、アクセス数だけでなくこうした賞を設けるなど執筆者支援の方策が次々と打ち出されている。一部に取材経費も出してくれるようになった。私は、まだ申請したことはないが……。
 
ネット記事というのは、まだまだうさん臭く思われる部分もあるが、その中で良質なジャーナリズムを築こうという意気を感じる。
やっぱり有難いね。

より以前の記事一覧

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

森と林業と田舎