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森と林業と田舎の本

2022/06/23

『虚構の森』を検証!森は増えている?

『虚構の森』の冒頭で取り上げたのが、「地球上の森は増えている!」であった。ネイチャー論文に従った内容である。

一般に世間では地球上の森は人間が破壊して減っていると思い込んでいるだろう。それに対するアンチテーゼを紹介して、さて、どちらが正しい?と考えさせるのが目的だったのだが……。

この命題にすごい人が挑んできた (゚o゚;) 。私の紹介したソン博士の論文の検証に取り組んだのだ。

その結果が次の通り。

世界の森林面積、減ってる?増えてる?

書き手は、森林リモートセンシングの専門研究家である。これが面白い。なんと同じような衛星画像の解析は多くの学者がやっていて、そのうち5つを取り上げて比較して内容を精査した論文が出ているのだ。

中国ハルビン工業大学のChen博士の研究グループが、2020年に「Remote Sensing」誌に発表した論文である。

詳しくは読んでいただきたいが、単純比較したら、こんな具合。

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森が増えたというのは、ソン博士のものだけだった。。。。

どうやら農園なども森林にカウントしていたのではないか、という結論で、このネイチャー論文の信憑性は怪しいものと結論づけている。

お見事ですなあ。私は『虚構の森』を、単純に常識をひっくり返すネタを集めて紹介したわけではない。常識を揺り動かして、もっと考えてみようという提案であった。それに見事に応えたわけだ。何も否定されたからとつむじを曲げることはしないよ( ̄∇ ̄) 。こんな検証は、むしろ大歓迎だ。

ちなみに拙著にも触れたが、ソン博士の研究では、高さ5メートル以上の植物を樹木とし、それが被覆している地を森林としている。しかし、5メートルぐらいならアブラヤシやアーモンド、オリーブ……そのほか多くの果樹でも達している。つまり農地を森林にカウントしてしまう可能性はあったのだ。

単に結論だけをつまみ食いするのではなく、経過を追って、本当かどうか疑問を持って考えてみることの大切さを確認したい。

 

 

 

2022/06/14

リアル書店で自著を探す

ジュンク堂書店難波店を覗く。

当然、自分の本を探す v(^0^)。

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あった。「森林学」の棚だ。ここにあるのは『虚構の森』だ。

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こちらは「環境一般」の棚。ここにも『虚構の森』がある。平積みなのが嬉しい。ちゃんと環境を論じていると内容を確認してくれている。あれ? 『絶望の林業』がないぞ。ええと、別に林業本の棚があるのかな? えええと。。。。ま、よい。よいことにする。

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さらに新書コーナーで『獣害列島』を発見。この本、イースト新書はあまりリアル書店では見かけにくいので、有り難い。私もリアルに書店の棚で見たのは数回だ(笑)。

リアル書店とネット書店の差や使い分けはいろいろ語られているが、やはり「何かわからないけど、読みたい本、資料を探している」時は、リアルだと関係しない周辺の本を見ることができるので楽しい。無駄の多いゆえの楽しみだ。ただ目的の本が見つからないと焦る。それが自分の本だとムカつく。ネットだと検索で一発で出てくるのに。

というわけで、今回は資料本ではなく、目についた小説本を購入したのであった。
でも、いつ読むだろうか。最近、本を読む時間が激減しているんだよね。ネットの文字は追いかけるが、本を開くのが億劫になって。開くと眠くなるし(> <;)。読んでいない本は家に数百冊あると思うが、リアル書店ではついまた買ってしまう。ネット書店ではない傾向だ。これも違いだろうか。
結局、ネット書店だと無駄に購入しないから、全体として売れる本は減るのではなかろうか。必要な情報も切り取ったようにポイントで得られるから、本丸ごとを購入する必要がなくなる。

そう言えば音楽アルバムも売れなくなったと聞くが、それは聞きたい音曲だけを単品でダウンロード購入するから、という。何曲かセットになってつくられたアルバムの世界観を楽しむ購入をしないのだ。

リアルかネットか、という購買環境の変化というより、出版・音楽業界を沈滞させるのは、この無駄を追放した販売にあるような気がしてきた。無駄な購入で支えられてきたのだ。で、拙著は無駄の塊かもしれんなあ(泣)。

2022/05/17

学校図書館速報版に『虚構の森』

なんだか最近忘れてねぇ? と言われそうだが、『虚構の森』せっせと売ってます。売れてます( ̄^ ̄)。

「学校図書館」という新聞があるらしいのだが、その速報版(5月15日号)。

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そこで取り上げてもらった。もともと私は『虚構の森』を執筆する際には「教育」を意識していたから有り難い。みんな、もっと考えろよ、考えてから判断しろよ、というのが私の思いだったから。

ちなみに私は図書館とはわりと関わりがある。

別に小学生の頃に図書館の棚の制覇をめざした……わけではないのだが、通いつめた。中学校では1、2年で図書委員を、3年で図書委員長をやっていた。高校になると面白いことに図書館運営がクラブ活動化していて、私は図書部員だった。そして図書部長も務めた。書棚のどこにどんな本があるのか暗記していた。何も山岳部や探検部だけではないのである。おかげで学校図書館の裏側の世界はわりと知っている。いや、現在はどうなっているのかわからない。何十年も前の話だから。

 

今も図書館は仕事上の愛用の場だ。コロナ禍もあって取材するより文献探しが強まっている。10分で行ける地元の生駒市図書館のほか、奈良県の図書情報館、大阪側に越境して大阪府立図書館、そして京都の国会図書館関西館が、いずれも車で30分圏内にあるという地の利が有り難い。

全国の図書館よ、『虚構の森』を購入してね。それだけで在庫が捌けるから(^^;)。

 

2022/05/02

ナショジオ最新号は丸ごと森林特集

東京では、また本をたくさん買い込んでしまったと記したが、もちろんまだ全然読んでいない。いつ読めるのか、いや読まねばならないのだが。

とりあえず目を通したのは雑誌だ。ナショナルジオグラフィック2022年5月号。

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「未来に残す世界の森林」とあるが、実は今号は丸ごと1冊、森林特集なのだ。特集記事の一部は、こちらにも掲載されている。ただ、ほかにもグラビアやコラムなども全部、森の記事。

  • <div class="bpimage_title"> <u><a href="/atcl/news/22/041300170/" target="_blank">森林の未来</a></u></div>

    世界各地で、猛暑と干ばつによって森林の木が次々に枯れている。しかし、世界の国々が力を合わせれば、被害を最小限に抑えることができる。

    <div class="bpimage_title"> <u><a href="/atcl/news/22/041300171/" target="_blank">火をもって火を制す</a></u></div>

    オーストラリア先住民の人々が伝統的な火入れを復活させて、増加傾向にある大規模な森林火災を抑えようとしている。

    <div class="bpimage_title"> <u><a href="/atcl/news/22/041300172/" target="_blank">マルミミゾウの森</a></u></div>

    ガボンの森林では、夜の気温上昇や降雨量の減少によって果実の量が減り、マルミミゾウの生存が脅かされている可能性がある。

    <div class="bpimage_title"> <u><a href="/atcl/news/22/041300173/" target="_blank">森を救う四つの方法</a></u></div>

    別の土地へ移植するか、植林を進めるか、遺伝子を組み換えるか、それとも、何もせずに自然に任せるか? 炭素を吸収してくれる森林を助けるには、どの方法がベストだろう?

実に興味深い。100年以上生きるセコイアのアルビノ……ようするに葉緑体がないのにどうして生きられるの?成長するの?
とか、オーストラリアのアボリジニーの焼畑ならぬ火をもって火を制す技術。焼畑を連想する点もいい。
とか、森をつくるゾウ。ゾウが自らの好きな木の実を散布する?
などなど興味深い。

だが、もっとも目が引きつけられたのは、「森を救う四つの方法」だろう。上記にも記されている通り、気候変動が起こる中、いかなる方法があるか。移動させる、植える、遺伝子を組み換える、まではいかにも欧米的発送だな、と思えたが、最後の「放自然に任せる」。これは、ようするに放置するというわけ。これがいい。

ドイツで新しい考え方が生まれた。森をそのまま放置して、自らの自然の力で治癒させるのだ。

私の持論にもっとも近い。放置するというのは人の手を加えないこと。すると自然は自分で環境にあった新たな森をつくろうとする。これが安上がりで自然の摂理に則している。時間をかけるだけなのだ。記事には馬搬まで登場するが、なんとなく東洋哲学的。

写真が豊富で図表もあって、雑誌ならではの読みやすさもある。林業抜きに面白い。

2022/04/30

神保町巡りで「見つけた」もの

東京で過ごした中で、少し空き時間ができることがある。

そこで朝から神保町を巡った。たしか三省堂書店本店が閉店するとか……もう閉まっているかとおもいきや、5月8日が最終日なのだそうだ。

そこで、開店と同時に入って何をするかと言えば、やはり自分の本をチェックするのだ(^^;)。

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絶望の林業』あった。まだ平積み\(^o^)/。

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鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』も動物コーナーにあった。

が……最新刊の『虚構の森』は? 森林本のコーナー、ない。環境本のコーナー、ない。科学の本のコーナー、ない。。。。

で、検索する。

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がーん。在庫なしであった。もしかして、閉店するから補充はしないとか? それとも版元で底をついた?しかし、天下の三省堂書店がこれではイカンでしょ。

その後、農文協の図書センターに行く。

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ありました。『虚構の森』と『森は怪しいワンダーランド』も並んでおります。ちなみに『絶望の林業』は別の棚に平積み。ただ、『獣害列島』がない。。。。

ま、そんなわけで古書店巡りもしてしまい、また本を買い込んでしまった。重すぎる……。

まあ、何かと散財したわけでございますよ。

 

2022/04/26

「焼畑が地域を豊かにする」で思い出す

焼畑が地域を豊かにする 火入れからはじめる地域づくり」(未生社 2400円+税

という本が届いた。

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帯文にあるとおり、焼畑を環境破壊ではなく、地域起こしにつながるよ、という本だ。具体的には焼き畑の伝承もしくは復興への取り組みや、それに取り組んでいる人びとを紹介している。編著者は21人に及ぶ。また版元の未生社は、誕生したばかりの京都の出版社。

前書きも版元ドットコムで読める。とりあえず目次を引用すると、(長い!)

もくじ
 ◎第1部 焼畑は「環境破壊」か――みなおされる現代の焼畑
1 今、なぜ焼畑なのか? 新たな可能性を紡ぎだす試み 鈴木 玲治/2 焼畑の現代史――「消滅」から継承・再興へ 辻本 侑生/3 焼畑は「よくわからないけれど面白い」 大石 高典

 ◎第2部 全国にひろがる焼畑の輪――焼畑が豊かにする地域
4 伝統の継承と復興
4-1 継続は力なり――宮崎県椎葉村 焼畑蕎麦苦楽部 椎葉 勝/ 4-2 焼畑から森づくりへ――静岡県「井川・結のなかま」の活動 望月 正人・望月 仁美 聞き手・構成:大石 高典/4-3 蕎麦屋と焼畑――静岡県 焼畑蕎麦にあこがれて 田形 治 聞き手・構成:大石 高典/4-4 焼畑実践の魅力 ――静岡県静岡市 井川における実践から 杉本 史生

5 焼畑カブのブランド化 
5-1「焼畑あつみかぶ」ブランド化の軌跡――山形県鶴岡市温海地域 中村 純/ 5-2 焼畑を活用した資源の循環利用で持続可能な森林づくり――山形県鶴岡市 温海地域 鈴木 伸之助/ 5-3 「灰の文化」が育む赤カブ栽培――新潟県村上市 さんぽく山焼き赤かぶの会 板垣 喜美男

6 村外者、移住者と焼畑実践
6-1 「遊び」で続けた30年――福井市味見河内町 福井焼き畑の会 福井焼き畑の会 聞き手・構成:辻本 侑生/ 6-2 7世代先の森づくり――熊本県水上村 水上焼畑の会 平山 俊臣/

7 教育・研究と焼畑実践
 7-1 焼畑は山おこし・村おこし――高知県吾川郡仁淀川町 山口 聰/ 7-2 焼畑再生という試みのちいさな幾きれか ――島根県仁多郡奥出雲町 面代 真樹/ 7-3 創造=発明作業としての焼畑 焼畑は骨董技術ではない――島根県仁多郡奥出雲町 小池 浩一郎

(コラム)焼畑のやり方として書籍にはまとめられていない、あるいは発明かもしれない焼畑の技法 小池 浩一郎

 ◎第3部  山を焼く、地域と学ぶ――滋賀県?浜市余呉町
8 余呉の焼畑プロジェクトと「火野山ひろば」 増田 和也/9 余呉の焼畑を発展的に受け継ぐ 黒田 末寿/10 暮らしを支えた「原野」――女性たちの語りにみる焼畑と山の草地利用 島上 宗子/11 焼畑と土壌・昆虫・植物 鈴木 玲治/12 在来品種「余呉のヤマカブラ」を選抜採種する 野間 直彦/13 焼畑のヤマカブラを食べ継ぐ――おいしさに気づき、変化をめざして 河野 元子/14 結節点としての焼畑――外部者の関わりが生み出す可能性 増田 和也
(コラム)野ウサギ、ワラビ、サシバ舞う「くらしの山野」――子らと先人は出会う 今北 哲也

【番外編】漫画でわかる! 大学教員が焼畑をはじめてみた 原作・火野山ひろば/漫画・西村 佳美

最後は、漫画でも紹介している。

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さて、ここでは本書の内容は触れない。というか、上記のリンク先などを読んでほしい。代わりに私の思い出話を書く。

私は、20数年前から(1990年代)焼畑に興味を持ち、各地を訪ね歩いている。きっかけは、本書でも少し紹介されているが、村尾行一愛媛大学教授(当時)の「山村のルネサンス」を読んだことだった。ここに焼畑こそ育成林業の出発点であり、農林複合の技術だ、という言葉にピピピピと来たのである。そして焼き畑は森林破壊どころか、森林を育成する、いや森を救うのではないか、という思いから、全国各地の焼き畑をやっているところを訪ねたのだ。
もっとも、当時はギリギリの時代で、どんどん焼畑が消えていく過程でもあった。当時は5,6か所もまだ焼畑をやっているところをルポしたら本が書けるぞ、と思ったのだが、そもそも焼畑をやっているところがない。資料を探すのも、みんな昔の民俗的伝承になってしまっている。

宮崎県の椎葉村を訪ねたら、道が途中で崩れて通れないと言われ、林道づたいの抜け道を地元のタクシーで走り、途中タヌキの交通事故に出くわしたりしつつ到着した。が、そこから焼畑の場所までまたタクシーで走らねばならない。
ようやくたどりついたら、「ああ、遅かったね。もう火を入れて焼けたばかりだよ」……(泣)。

そこで海外の焼畑を求めてボルネオのイバン族の焼畑を訪ねていったら、前日火を入れたばかりだった。。。でも、まだ火は残っていて、そこに野菜の種子を撒くお手伝いをさせてもらった。さらに、別の場所で、わざわざ私のために火入れをやるという。そして私も火付けを体験させてもらう。森に火をつけるのは楽しい!

ちなみに、この当たりの体験談は『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)にも一部執筆しているのでご笑覧あれ。

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ボルネオの少数民族イバン族の焼畑。焼いた翌日だが、うっすらと煙が上がっていた。

ほかにも直前に雨が降ったから中止とか。現代的な林業と結びつけた焼畑をやっている宮崎県の相互造林にもお世話になった。そこで諸塚村の焼き畑跡地を訪ねて、アグロフォレストリーの片鱗も見る。そうそう放棄田でやる焼畑実験にも参加した。まあ、これは火入れだけで、森を燃やすのとは違う。

そんな取材というか経験を積み重ねたのだが、結局は本にはしなかった。ちょっと「世間の焼き畑」と「私の焼き畑」にはズレがあったのだ。文献などでも焼畑を扱うのは、民俗学、文化人類学、そして農業技術の面が強くて、ちょっと私のめざすテーマと違っていた。

私は森づくりの環境技術として取り上げたかったのだ。正直、民俗とかは興味ない(^^;)。焼畑やる前に神様に何を拝んで備えて……という作法はドーデモよい。焼畑をすることで土壌がどうなるのか、生態系がどう変化するのかを知りたかった。いわゆる「ファイヤーエコロジー」である。

まあ、本は書けなかったけど、それなりに楽しかった。取材と文献渉猟の勉強になった面もある。記事は、無理やり雑誌にねじ込んだこともあるが、ほとんど発表しないままなのはもったいなかったか。

さて、そこで本書であるが、当時より20年近く経って、今や焼畑の復興ブームらしい。焼畑フォーラム(2017年~)も開催されているらしく、それが契機で本書もまとめられたとか。先進国では唯一と言われた焼畑も、90年代を境に消滅していく。そこで焼畑技術も途切れたのだが、本書によると、2010年以降に再びつむぎ直しつつあるという。
読んでいると主体は研究者なので、焼畑研究そのものが広がっているらしい。私の目のつけどころは早すぎた? いや私のあきらめが早すぎたのか。まあ、私ができなかったことをやってくれたのだからヨシとしよう。
隔世の感があるが、ただ目を通すと、やはり農業と民俗の本になっている。うーむ。

ファイヤーエコロジーの切り口から焼畑を描くのなら、まだ切り込める面があるぞ。人類は、ホモ・エレクトス、ネアンデルタール人の時代から、火入れをしてきた。縄文文化も焼畑で成り立っていた面がある。阿蘇の山焼き、若草山の山焼きに共通点はあるか。地面を焼くことは人類にとって必然なのだろう。これは人類心理学とでもいう分野を切り開けるかもしれない。

とくに世界中で気候変動がらみの山火事・森林火災が相次ぐ時代となったのだ。アマゾンの森林火災と焼畑の違いは何か。なぜヨーロッパの焼き畑は消えて、日本の焼き畑は残ったのか。地球規模の焼き畑論も展開できる。

そして、今や火入れのコントロール技術(コントロールド・ファイヤー)が、今こそ世界中に必要かもしれない。

焼き畑の虫がまた騒ぎそうだ……。

 

2022/04/08

農水省の書店で『虚構の森』

ふとAFCフォーラムという雑誌の2022年4月春号をめくっていると、農林水産省の三省堂書店の売上ランキングが載っていた。

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ちなみにこの雑誌は、日本政策金融公庫の発行で、農業・林業・水産業の雑誌である。だから農水省の地下にある書店の農林水産関連書籍の売上を調べているのだ。この号は2月分の売上がランキングされている。

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見よ、『虚構の森』が7位に入っている。なかなか健闘かな。昨年発行の本が今頃売れだすとは面白い。本当は環境省向きかもしれないが。
もっとも1~5位までは本というより要覧、便覧、名鑑、六法、漁業法解説と、資料的なものだ。なお8位には、『「やりがい搾取」の農業論』が入っている。

そういや『絶望の林業』は、半年ぐらい2位に張りついていた。こうしたランキングを見ると、ある程度、官僚が興味を持っている分野がわかる。

またAmazonの環境問題分野のランキングは、今日は11位である。これまで3,4位から20位ぐらいまでの間を行ったり来たりしている。

ともあれロングセラーをめざそう。

2022/03/19

林野庁図書館ニュース創刊。そこに…

林野庁の図書館が、ニュースレターを創刊した。その名も、「林野庁図書館ニュース」。そのままやん。

詳しく読みたい方はリンク先に飛んでもらって、ダウンロードしてください。

ここでは触りを。

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林野庁というか農水省庁舎内に林野庁図書館(正確には、林野図書資料館)があるのは知っていて、実は以前訪ねたこともある。ふらりと寄れたのだ。当時は、土倉庄三郎がらみで明治時代の林業を調べようとしたのだったかな。かれこれ20年ぐらい前? そこまでは行かないか。今は庁舎に入るのも敷居が高くなったので気軽に閲覧することもできなくなった。

ともあれ昔からあった図書館が、今になって(pdfとはいえ)情報誌を発行するとは。それにしても、創刊号で特筆すべきは、新着・注目図書の紹介の中に拙著があったことだ。

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虚構の森』が登場していて驚いた。紹介していただいてありがとうございました。

ここで3年前の『絶望の林業』も紹介してくれ~というのは厭味かもしれない(笑)が、森林・林業関係の書籍は、一般には目に止まりづらく、そもそも存在を知ってもらうのも大変。ぜひ珍品・稀少資料を紹介してほしい。

なお林野庁図書館は国会図書館の支部と書いてある。国会図書館も、敷居が高いんだよなあ。以前、地元の図書館に問い合わせるとレファランスやコピーが届くのに数か月かかると言われた。。。で、国会議員の秘書に頼むと、2日ぐらいで届いたことがある。今は、車で30分圏内の国会図書館関西館に直接出向くようにしている。

我が家の20キロ圏内に、いくつも生駒市・奈良県・大阪府、そして国会図書館と、段階的にそろっているのは有り難い。せっかくある情報に、いかにアクセスするかは今も悩みの種だ。

 

 

2022/02/27

木器時代があった!『「木」から辿る人類史』

『「木」から辿る人類史』(ローランド・エノス著 NHK出版)。

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これ、発売後すぐに購入(21年9月)して、さっと半分ぐらい詠んだのだが、なぜかそこで止まって、ほかの本を読みだしたりして長く放置、年を越えてハッと我に帰って(^^;)、このほど読み終えた。近頃何かと流行りの人類史に樹木と木材の視点から切り込んでいて、なかなか面白いのだよ。(だったら、なぜ途中で投げ出した?)

目次は、こんな感じ。

第1部 木が人類の進化をもたらした(数百万年前~1万年前)
 第1章 樹上生活の遺産
 第2章 木から下りる
 第3章 体毛を失う
 第4章 道具を使う

第2部 木を利用して文明を築く(1万年前~西暦1600年)
 第5章 森を切り拓く
 第6章 金属の融解と製錬
 第7章 共同体を築く
 第8章 贅沢品のための木工
 第9章 まやかしの石造建築
 第10章 文明の停滞

第3部 産業化時代に変化した木材との関わり(西暦1600年~現代)
 第11章 薪や木炭に代わるもの
 第12章 一九世紀における木材
 第13章 現代世界における木材
 第4部 木の重要性と向き合う
 第14章 森林破壊の影響
 第15章 木との関係を修復する

一般に人類の文明は石器時代から始まるように語られる。これは旧石器時代と言われる原人の時代も含めてそうだ。だが、石は後世に残るからであって、その前に木の道具時代があったはずだ、木は腐るからわからないだけで! という主張から始まる。まさに木器時代。石を割って使う前に木のこん棒を使ったし、木の槍もあったはず。また火を使いだしたのも木材があってこそ。だから土器も木がなくてはつくれなかった。石器の槍だって柄は木製だし、何から何まで木のお世話になっているのだ。
そう言われれば、なるほど納得。(だったら、なぜ途中で投げ出した?)

そして石器から金属の時代に入っても、木材は欠かせない存在として文明を支え続ける。金属精錬には薪や炭が欠かせないし、石造建築だって木材の骨組みなしに建てられない。たとえば壮大なゴシック建築も、ほとんどが木造だった。なんとイギリスの古代遺跡ストーンヘンジも、元は木造だった可能性を示している。
さらに驚いたのは、イースター島の文明だ。一般にモアイ像をつくるために森林を破壊して船を失い、農地を失って滅んで行ったとされるのだが、よくよく調べると森林がなくなったのはヨーロッパ人が入ってかららしい。結局はヨーロッパ人が持ち込んだ疫病で、先住民はほとんど死に絶え、さらにヒツジが放されたことで森林植生を失った、というのだ。通説を否定するので、もう少し検証が必要だが、なかなかいい線を突いていると思う。

一方で木組みなどの技術の発展やエネルギー源としての価値を熱量計算までしている。歴史だけでなく理系技術の知識も遺憾なく発揮。やがて植林の発達などから林学・林業の発達過程とその限界も描く。そしてコンクリートなどの登場や気候変動対策でバイオマスエネルギーを利用することの矛盾……。果たして、現代社会は、木の復権の時代なのか。それとも破壊を続けるのか。

人類と木の利用に関する通史として、実に面白い(だったら、なぜ途中で挫折していたんだ)。

 

2022/02/19

日経に『虚構の森』評

なんということでしょう!

今度は日経新聞の書評欄に『虚構の森』が取り上げられた。短評ながら、根幹を押さえた紹介で、感謝。

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実は、北海道の友人より連絡があって知った。教わらなかったら気づかなかっただろう。

紙面では、こんな感じ。

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日経読者に届くかなあ。書評というのは、ある程度重なるものなんだな、と合点。実は近くラジオ出演も決まった。ここで何を話せるのかわからないが、わたしはいかに『虚構の森』話をツッコムかを考える(笑)。こちらは、またご紹介させていただこう。

 

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