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本の紹介

書評・反響

2018/07/24

啓林堂書店奈良店の『鹿と日本人』

近鉄奈良駅前の啓林堂書店。ここは奈良本が充実しているのだが、そこで見つけた。

 
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奈良本の棚は三列ぐらいあったかと思うが、その真ん中に。
 
ようやく、ここに並んだか、とホッとした(^o^)。
 
『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』は、動物本であり、善宅には獣害問題を考えてもらう本として書いたのだが、やはり第一義的には奈良のシカ、ナラシカのことを記したのであるから奈良本なのである。ここで売れないと困る。
 
ちなみにレジ横にも。
 
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奈良本、とくにナラシカ本コーナーができていた。
 
改めてみると、ナラシカの本は、読物は少なくて写真集が多い。ざっと見ただけでも5、6種類のナラシカ写真集が発行されている。
やはりナラシカは、逃げないし、数は多いし、人と絡むし、絵になりなりやすく撮りやすい、つまり非常に被写体として優秀であることを再確認(^o^)。
 
私も、奈良に行ったら、とりあえず鹿の写真撮っているしね。。。

2018/07/20

野生動物ジャーナリスト宣言

所用で神戸に行き、その帰りに大阪のジュンク堂書店難波店に寄った。

 
やっぱり、まず確認したくなるのは『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』のありか。
さすがに巨大書店だけに、科学系の棚も細かく区切られていて、生物と一括りではなく、動物棚、哺乳類棚まである。
 
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ありました(^o^)。ほっ。
 
奈良県内の書店では、郷土棚に置いてほしいよ~とごねていたが、大阪では順当かなあ。
しかし、新刊なんだから新刊棚にも置いてくれ……と次々に希望が出てくる(~_~;)。
 
それはともかく、ここは哺乳類棚で、ネコ本が多く並んでいる。が、『鹿と日本人』の下の段を見てほしい。
 
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こんなラインナップ。ここで注目してほしいのは、『イノシシと人間~共に生きる 』だ。
これ、私も執筆者の一人。
 
リンク先を見てもらえばわかるが、10数人の執筆者の中に私も混ざっている。当時、特別イノシシに詳しかったわけではないが、生駒山に出没するイノシシ?イノブタ?について取材したことがあって、そこから膨らませた話を記した。なんと2001年の出版。
 
つまり、二大害獣扱いされている、イノシシとシカの両方を私は抑えているわけだ( ̄^ ̄)。
私は、野生動物ジャーナリストなのである。。。。
 
そのつもりで見れば、タイトルだって似ているだろ?
 
『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』
『イノシシと人間 共に生きる』 
 
 
 
追伸・別の棚(森林)にこの本もありましたよ(^o^)。
 
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『森は怪しいワンダーランド』。この本にも、オランウータンだの、オオコウモリだの、湖の怪獣だの、森の精霊だの、動物ネタ?がいっぱい。

2018/07/18

ルネサンス本流行り?

このところ、購入した本。

 
森林のルネサンス
 
木のルネサンス
 
なんだか、ルネサンス流行り? もちろん、両者はまったく別物。だが木とか森にはルネサンスという言葉が似合うというか、使いたくなるのかもしれない。
 
 
森林のルネサンス」は、林業経済調査研究所発行で、これまで幾度も開かれてきたシンポジウムのまとめ。そのシンポ自体が、ルネサンス・シリーズなのだそうだ。
 
第1章 広葉樹ルネサンスで、 むら・まちを活かす
第2章 “里エネ”ルネサンス─活かそう地域のエネルギー
第3章 国産材ルネサンス!─創る・繋ぐ・調える 森と木のビジネス
第4章 森林と食のルネサンス─創る・楽しむ・活かす 新たな山の業
第5章 Wood Job ルネサンスへの道─若者を山村、林業へ
第6章 子どもと森のルネサンス─育てよう 地域の宝もの
 
木のルネサンス」は、エネルギーフォーラム発行、熊崎実著。ドイツと日本の林業を比較しつつ、木の時代」を迎えることを訴えている。
 
第1章 「木のルネサンス」を予見するラートカウの林業史観
第2章 世界に先駆けて育成林業の道を開いた東西の雄:ドイツと日本
第3章 この四半世紀の動向:興隆するドイツ林業と凋落一方の日本林業
第4章 森林資源の状況から予測される日独林業の将来展望
第5章 激変が予想される木質バイオマスのエネルギー利用
第6章 新しい「木の時代」をどのように迎えるか
 
 
どちらも発行間もない。実は、まだ全部読んでいないのでした(~_~;)。
 
でも、ルネサンス本と言えば、私にとっては、これだよ、これ。
山村のルネサンス」。これは発行が1986年だから30年以上前の本だ。著者は村尾行一氏。
内容は一口に言えぬ。焼畑から林業の根幹の理論、そして日本林業のダメダメさまで、全部、この本で教わった。
私は、この本で目覚めて、森林・林業問題を扱おうと決心したのだ。いわば私の思想の原点だ。 
 
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ルネサンス3兄弟(^o^)。
 
これらを全部読んだら、日本の森林・林業を見る目が変わる、かもしれない。

2018/07/15

図書館で『鹿と日本人』

ふと寄った生駒市の図書館。

 
用件を済ませて、帰りかけたら出口(入口)の前に入荷した新刊図書が並べられていた。
 
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おお、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』があるではないか。
 
やっぱり嬉しい(^o^)。
 
それで調子のって、調べてみた。生駒市には図書館は4つあるのだが、検索すると、なんと全館に入っていた。しかも、ほとんど貸し出し中。
 
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ありがたや、ありがたや。
図書館需要というのも、意外と重要なのだよ。初動大部数狙いの作品の場合、図書館に同じ本が冊も入ると売れ行きが落ちる、と問題視する版元もあるが、私の本にその心配はない(;´д`)。
むしろ時間をかけて知られるには図書館は有り難い。まあ、読みたい本は購入するという人が一番有り難いのは同じだが。

2018/07/10

毎日新聞に『鹿と日本人』

本日の毎日新聞奈良県版。

 
私の連載の「大和森林物語」が掲載されている。今回は畔田翠山(くろだ・すいざん)の2回目。畔田翠山は、かつて憑かれたように調べた幕末の人物である。残念ながら1冊の本にまとめるのは断念したが……。
 
このネットの記事の最後に記されていることに気付いただろうか。この部分をアップすると。
 
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そう、『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』が紹介されているのだ。私の記事につなげるように掲載してくれた。
 
これが紙メディア掲載の第1弾となった。
 
まあ、奈良県版だから、読むのは奈良県人がほとんどだろうが、問題は奈良県の書店にどれだけ並べられるか、だ。
 
啓林堂書店生駒店に行ってみると、ありました。
 
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奈良の本の棚、それも奈良のシカ写真集の隣(笑)。どちらかというと写真集の方がスペースも冊数も多いのだけど。
 
ところが、ほかの書店に行くとないのだ。決して小さな書店ではなく、ジュンク堂書店に匹敵する大型書店に行ってもない。これはとうしたことだ? 郷土棚どころか動物の棚にも、新刊の棚にもどこにもない。
 
想像だが、配本数が少なくて、全部売り切れたのだと思う。1軒に2、3冊だとありえることだ。発売して1週間。奈良のシカの本は奈良で売れるのだ\(^o^)/。
 
と、喜んでいられない。本当は、その後注文がどれだけ版元に入るかが重要なのだから。底をついたからそのまま放置されたらたまったもんじゃないだよな。
 
 

2018/07/05

奈良の書店の棚の並べ方~『鹿と日本人』

突然、携帯のエリアメールで警戒警報が鳴り響く。我が家のすぐ近く(直線距離2~3キロ?)の町で避難勧告が出たらしい。

ただし、生駒は全然たいしたことないんだよなあ……雨も昨日からそんなに強くない。むしろ風かも。ま、私も山裾に住む身としては気をつけねばならないのだが、「やはり霊山・生駒の神様に守られているのだ」という気持ちが強く……(~_~;)。
 
 
さて、昨日の新聞一面。
 
Img002 これは朝日新聞。11日に読売新聞に掲載予定
 
そっけない……もとい、シンプルな広告が出た。うむ。周囲が白抜きだと視線が集まるな。
娘からは、「書店で探したけど、なかったよ~」というそっけない……もとい、正直なメールが届いた。東京なんだから、もっと早くから書店に並んでいるはずなのに。
 
そこで私も探しに行く。チョー渋滞をかいくぐって、奈良のジュンク堂書店(ただし経営は奈良の啓林堂書店)。
 
ありました。
 
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ちゃんと配本されていますm(__)m。
 
が、ちと残念なのは、この棚は「動物」コーナーなのだ。
実は死角(シカく)なのが゛「郷土」の棚だ。そこに奈良本がたくさん並んでいる。とくに奈良の鹿の写真集が幾冊も。こちらも出版間もないのか山積みで目立つではないか。この隣に置いてほしい……。
奈良の郷土本と言えば、どうしても歴史系・観光系が強いが、たまには鹿特集もいかがだろうか。(ちなみに奈良の鹿の本は、読物はほとんどなく、写真集が多い。)
 
改めて広告を見てほしい。「神の遣い」 「信号待ちする賢さ」、あるいは副題の「1000年」というのも、奈良の鹿を指しているのだが、はっきりと「奈良の鹿」という文言はない。
 
これは版元の戦略なのだろう。つまり、「奈良の鹿の本だよ~」と前面に謳うと、奈良でシカ売れなくなる恐れがある。シカし、それでは部数が限られる。やはり全国の人々に興味を持ってもらわないといけない。だから「奈良の鹿」とは書かなかったのだ。
シカに、私もこの本は獣害対策を含む、野生動物とのつきあい方を考える本のつもりで執筆した。
シカるに全体の半分以上で奈良の鹿を取り上げたのは、鹿という動物を知ってもらうには、恰好の事例だと思うから。
 
それでも、奈良の書店だったら郷土棚にも並べてほしいなあ。わりと奈良の郷土本は、歴史ファンに根強いのだよ。拙著も、鹿から見た奈良の歴史も描いているから興味を持つはず。奈良の中世も面白い。
シカも奈良観光本とも相性がよい。奈良の鹿にまつわる観光客との裏話もてんこ盛りである。全国の鹿ファンにもオススメ。
 
 
こっそり並べ替えてやろうか、と思ったが、見つかったらシカられるから、止めておいた。店員に声をかけようかとも思ったが、忙しそうだったし、ちょっと恥ずかしい(@_@)。書店員にとって棚づくりはプライドを持って行っているから、口出しは反発されかねない。我慢するシカないか。(>_<) ←シカめっ面。
 
どこかの奈良の書店員さん、このブログを読んでいないシカ?(笑)。シカトしないでね。
 
鹿の写真を撮っているフォトグラファーとコラボしたら面白いと思うんだけどなあ。
 

2018/06/28

書評『カルピスをつくった男 三島海雲』

『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹著・小学館)を読んだ。

 
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タイトル通り、乳酸菌飲料カルピスをつくり、長くカルピスの会社の社長を勤めた三島海雲の評伝である。
 
実は私も少しだけ登場している。というのは、三島と土倉家は縁浅からぬ関係だからである。私も『樹喜王 土倉庄三郎を執筆する際に、三島海雲についてはそこそこ調べている。
 
三島は、大阪・箕面の貧乏寺に生まれ、若くして大陸に渡った。そして土倉五郎、そして四郎とも出会い、一緒に事業を興して内モンゴルに足を伸ばしている。そこで三島はカルピスにつながる乳飲料を知る。その後辛亥革命で大陸の商売をすべて失った後に帰国してヨーグルトやカルピスで起業するのだが、そこでは土倉龍次郎が関わっているからである。
 
ただ、私の三島に対する印象は、そんなによくはなかった。そもそも大陸で五郎と組んで始めたビジネスが相当怪しい。資金は、ほぼ土倉家のものを湯水のごとく使った。
そして最初は行商とはいうものの、途中から馬や武器を扱いだす。なかには青島駐在のドイツ軍司令官の馬を日本軍司令官に売りつけるというお行儀のよくない商売もやっている。
そもそも五郎は、相当柄が悪い。山林王の息子というには品格もなさすぎた。彼と意気投合したというのだから、三島の心情も相通ずるところがあるのだろう……。
 
 
ところが、本書を読むうちに、別の視点が開けてきた。それは当時の「海外雄飛」という言葉に象徴される大陸等に飛び出した日本人の群像である。
そのほとんどは、現代の目からは侵略の尖兵だったことは間違いないが、彼ら自身にその意識は少なく、むしろ熱に当てられたように新天地を歩き「自分探しの旅」をしていた姿が浮かび上がる。旧弊にがんじがらめで窮屈で打開の糸口のない日本を飛び出して、乾坤一擲、人生の勝負を挑んだのだろう。
 
それは侵略か否か、善か悪か、といった判断ではなく、時代の大きな風を背に受けて進むヨットのごとき生き方を示している。ただ風の起こす大波に飲まれて流され転覆するのか、向かい風をも前進のエネルギーにするヨットの特質を活かせるのか。人の真価はそこで問われる。五郎は前者、三島は後者かも、と思ってしまった。
加えて言えば、土倉家の長男・鶴松も前者だろう。彼も自身で大陸に行ったわけではないが、蒙古王(内モンゴルの領主)に肩入れして、随分散財している。彼も大陸熱に煽られた一人だろう。
 
 
著者は、とうとう内モンゴルに渡って三島の歩いたルートをたどるのだが、そこではなんと100年前の三島の人柄を今に伝えている人々に会う。奇跡的な出来事だ。
もともと著者は、大学卒業後の進路に迷ってモンゴルなどを放浪した経験があるのだが、それ自体が三島の歩いた道と重なるようだ。
 
さて、帰国した三島は、内モンゴルの経験を活かして国内で起業しようと企てた。それに力を貸したのが、龍次郎だった。資金や人脈紹介のほか、商品開発でもアドバイスをしていたらしい。上等なヨーグルトやキャラメルよりも、その副産物である脱脂乳を利用した菓子をつくれ、というのだ。それが後のカルピスにつながる。
 
当時の龍次郎は、南洋進出を夢見て台湾に渡り、そこで多くの事業を興したものの、それらを全部処分して日本にもどってきたばかりの頃だ。土倉本家を鶴松が破産させたあおりだが、ある意味、三島が大陸で興した事業を全部失った状況と似ている。
だが、夢を諦めたわけではない。東京で新たな事業として温室園芸を模索していた。これは、当時では相当リスキーな起業である。その点でも、龍次郎と三島は似た立場だったのだ。そして三島はカルピスで、龍次郎はカーネーションで成功した。その点については、これまでも記してきた。
 
 
 
 
本書の後半は、カルピスで起業した三島の経営者としての歩みに移る。ただ一読、彼の経営者としての適性には首をかしげる。あるいは古き良き経営者像かもしれない。経済成長期に勘と度胸と努力で突き進む姿である。今の時代には通じない。いや、失格だろう。
ただ、会社が存続し続けたのは、カルピスの商品力と三島の人柄に引かれて支え続ける周囲の人々がいたからではないか。
ちなみに三島が社長を退いたのは、1970年、91歳の時である。後を継いだのは龍次郎の長男・冨士雄だった。
 
 
カルピスの発売は1919年7月7日。今や七夕は、カルピスの日である。
 
※サイドバーに、本書を掲載しました。

2018/06/26

「半分、青い。」はフリーランサーの物語?

朝ドラ「半分、青い。」が盛り上がっているようだ。みんな胸をキュンキュン? させて見ているのか。私もだけど(~_~;)。幼なじみの話って、何か心をくすぐるものがある。

 
が、私がわりとマジで注目しているのは、漫画家というフリーランサーの生き方を描く点。
 
番組でも、ようやくアシスタントになれたとはいうもののデビューまでには遠い道のりで、さらにデビュー後5年経って生き残れているのは1割程度……というナレーションがあった。5年間は生き残れても、その後消えていく漫画家も多いわけで……(主人公・楡野鈴愛も、今のところそのよう。最初の連載作品が打ち切られたら、アシスタントにもどってしまった。)
 
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一方で漫画のアイデアを生み出す苦しみや、ストーリーが上手く開花したときの爽快感も描く。それを自分の経験と突き合わせて、ちと胸が痛む。
 
漫画家というのは、実はフリーランサーだ。自営業者であり、誰も仕事を保証してくれない。
そういや、この番組にはフリーランサーが多く出てくる。登場人物の親がやっている食堂も、写真館も、自営業。バイパスにファミレス?ができて客が減ったというセリフもあった。今後、商店街はどこへ行くのだろうか。最終回はシャッター商店街?
 
まさに他人事ではない(;´д`)。
 
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私が20代、30代の頃に知り合ったフリーランサー(ライター、カメラマン、デザイナー、イラストレーター……)のうち、何人が今も生き残っているか。たまに、当時の友人の名を検索してみて、なんとか生き残っていることを確認したこともあるが、たいていは消えている。
 
私は、かろうじて生き残っているとはいうものの、いつまで続くかなあ。。。もう余生の気分でもあるが。
番組の中でもあったが、仕事が途切れたから「充電中」なんて言っていたらダメなわけで、常に今の仕事をしていながら次の仕事の充電を行う気構えがいる。
 
 
そういや、この朝ドラの脚本家・北川悦吏子もフリーランサーだ。かつて大ヒット作を連発したが、このところ目立たなくなっていた。おそらく悩んだろうなあ。今回の朝ドラは起死回生?作品なのかもしれない。
でも、ツイーターでドラマの裏話を書いたり、登場人物の心の内を解説しちゃっていいの(笑)。「次回は神回です」とか予告までしているぞ\(^o^)/。掟破りじゃないか? ま、それでファンは盛り上がっているんだが。
 
 
 
……と書きながら気付いたが、私もやってるやん(°o °;)。
取材したことを記事にする前にブログにアップしたり(もちろん、本筋は書かないけどこぼれ話を書いてしまう)、Yahoo!ニュースに記事をアップしたら必ず「書いた裏事情」をブログに書いているし。
 
私の場合、ブログやSNSで発信することで、それを読んだ人の関心を高めるとともにコメントなどで寄せられる情報に期待しているのだが、北川さんも同じことをやっているらしい。
言い換えると、これも充電だ。新たなアイデアは現在進行中の仕事からも生まれるのだ。
 
いいぞ、北川悦吏子!やれやれ!! 私もやるぞヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ。
 

2018/06/09

『モリのいる場所』の庭

仕事が一段落したので、映画を見ることにした。頭の中に異物を入れて切り換えたい。

 
選んだのが『モリのいる場所 』(沖田修一監督)。
 
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モリ……森だからというわけではない。このモリとは、主人公・熊谷守一のモリなのだ。
熊谷守一は、今年で没40年を迎える実在した画家である。50歳を迎えてから世間に認められたのだが、それから約30年間家から一歩も出なかったとされる。引きこもりではない。毎日庭の宇宙に出ていたのだ。
 
毎朝、「行ってきます」と行って縁側から出る。腰には鹿革の尻当ても当て、本格的なフィールドワーカーぽい。そして庭を彷徨する。庭には縦横に小路があり、腰掛けるポイントは十数カ所。そこで観察する。草。樹、昆虫。池。魚。空。ときに茣蓙を敷いて寝ころがる。日がな、それで過ごす。ひっきりなしに客は来るが天衣無縫。
 
そんな日常が描かれた映画である。詳しく知りたければ、公式サイトへ。
 
すごいね。この映画。隣の婆さんらが上映中にペチャクチャしゃべるのに閉口したが、とんでもない宇宙を感じさせられた。
 
そして思った。こんな庭をつくりたい。庭を宇宙にしたい。
 
そうだ、森なんて、わずかな面積の庭があればつくれるのだ。何ヘクタールもなければ森じゃない、と決めつけなくてよかった。
 
と思って山に行く(^o^)。タナカ山林をこんな森にしようか。山林としては狭いが、庭としたらちょっと広い。
 
雨まじりの天気だったので、山に分け入ると濡れてしまう。でも、宇宙の片鱗を見た。
 
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ここ数年、せっせと植えたアジサイがいいように広がってきた。花はいくつか大輪に咲いていたが、まだ多くは蕾。各所から調達してきたので、どこにどんな花が咲くかわからないが、多くがヤマアジサイだろう。もう少しでアジサイ園ぽくなるかもしれない。
 
この中を歩き回る小路と、座る場所をつくって、日がなうろつく……そんな老後を送ろうか(笑)。

2018/06/06

『戦前の大金持ち』に土倉庄三郎

小学館新書から出版された、『戦前の大金持ち』。ここに土倉庄三郎が取り上げられている。

 
Photo (780円)
 
どんな本かと言えば、帯文にあるとおり。明治・大正・昭和(戦前。一人だけ戦後)の大金持ちを取り上げている。せっかくだから、目次を紹介。
 
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4番目が土倉翁だ。ちなみに、土倉以外はほとんど有名なのではないだろうか。名前程度は私でも知っている人ばかりだ。
ただ私は、土倉の章以外は、斜め読みしかしていない(~_~;)ので、本全体の評論はできない。あくまで土倉の章の紹介ということで。
 
 
まず編者となっているのが、出口治明氏。昨年までライフネット生命の創業者~会長だったが、退任して今年から立命館アジア太平洋大学の学長……という経歴の人物だ。たまにテレビでも見かける。
 
本の構成は若干ややこしくて、まず人物の評伝がある。こちらはノンフィクションライターの稲泉連氏と、山川徹氏が執筆。それを受けて「解説」を出口氏が書いている。「解説」というより自分なりの視点の人物論ということになるだろうか。
 
土倉庄三郎の章の「評伝」は、山川氏の執筆で、中に私が語り部として登場する(^o^)。
 
ちなみに出口氏の視点としては、当時の情報の拡散や移動時間は長く、東京の一極集中はあまり進んでいなかった。山村も相対化されていた……と見ている。文献から引用している文言に私の知らない・違う言葉が出てくるのは謎だが、「全国の山を愛する人とつながり、山に対する愛情を持つ人を育てていけば、山は将来にわたって生き続けていく。」と結んでいる。
その点からすれば、今は山に愛情を持つ人が少なくなったんだなあ……と思ってしまう。
 
 
ともあれ、土倉庄三郎の名を世間に広める一助になれば幸いである。Kindle版もあり。多分、私の本より売れるだろうな。。。
 
せっかくだから、サイドバーにAmazonへのリンクを張っておく。

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