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森と林業と田舎の本

2020/06/25

ジュンク堂書店の棚

久しぶりにジュンク堂書店奈良店に行ってみた。たまには大型書店で本を探したい……て、奈良のジュンク堂はちょっとしょぼいのだけど……

と腐してはイケナイ。

森林・林業棚を見て驚いた。

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今も平積みだよ。発売後10か月以上経ってもこういう置きかたをしてくれることに感謝。いい店や~。

ただ、隣が某宮脇氏の本なのだが……。これは奇縁ですねえ。潜在自然植生のことを記事にしたばかりに皮肉か? 
ちょっと、アチラの本の方が出張っているのが気に食わん(笑)。

2020/06/19

人類は脳を小さく進化させた

最近、改めて人類の進化に関する本をよく読むようになった。

改めて、というのは、10年20年前に同じマイブームがあったから。アウストラロピテクスからホモ・サピエンスにつながる進化の歴史が面白くていろいろ読みあさったのだ。

満足してしばらく離れていたが、ここ10数年の間に人類史の研究はすばらしく進んだ。新化石の発見が相次ぎ、新種もは続々と。単に形態だけでなく、生活や知恵までわかる遺跡も見つかっている。
そしてインドネシアのフローレンス島で、ホモ・フロレシエンシスが見つかった。これは、いわば小人種だ。身長1メートルあまり。一貫して身体を大きく進化させてきた人類が、いきなり小さくなった!という新種発見に私は驚いた。人類進化の根幹が変わる。そこでまたも関連書を読み込んだわけである。

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いずれの本もそれぞれ興味深かったのだが、とくに「絶滅の人類史」で驚くべきことを知った。

それは脳味噌の容量の変化だ。

たとえばチンパンジーは、約390ccだ。

初の直立二足歩行をして人類へと分岐したとされるサヘラントロプス・チャデンシスは約350㏄。むしろ小さくなっている。が、これぐらいなら誤差範囲か。

アウストラルピテクス・ガルヒは、約450㏄。少し後のアウストラロピテクス・ボイセイは約500㏄
同じ頃のホモ・ハビリスは509~680㏄
ホモ・ルドルフェンシスは790㏄
ホモ・エレクトゥスは時代によって変異が大きいが約1000㏄とされる。

そして、ホモ・エレクトゥスから生まれたホモ・ハイデルベルゲンシスは約1100~1400㏄となった。
そこからヨーロッパに渡って進化したホモ・ネアンデルタールは、平均で約1550㏄に達している。なかには1740㏄を越える個体もある。これは人類史上、最大の脳を持つ。
ところが、アフリカに残ったホモ・ハイデルベルゲンシスから誕生した我等がホモ・サピエンスの古い時代は、約1450㏄だ。つまり、ネアンデルタール人より小さい。そしてそして、現在の人類の平均は1350㏄なのである! 

なんと、ホモ・サピエンスは、脳を小さくしたのである。また身体もネアンデルタール人より華奢だ。

ちなみにホモ・フロレシエンシスは、ホモ・エレクトゥス(ジャワ原人)から進化したようだが、脳は400㏄とチンパンジー並。ジャワ原人の半分以下だ。知能がどうだったかはまだわからないが、少なくても5万年前までは生き延びていた。ほとんどホモ・サピエンスが誕生して広がった時代と重なっているのだ。人類は大きくなるばかりではなかったのである。

仮説として、脳はエネルギーを使いすぎるからではないか、と推測がある。脳は、ほかの器官より圧倒的にカロリーを食う。そのカロリーを得るためにはのべつなしに餌を探して摂取しないといけない。植物質を食べる動物(シカなど)は起きている間中餌を食べている。

ところが肉を食べることになると、短時間に栄養摂取が可能になったことで動きを俊敏にしたという。それが脳を大きくしてもよい下地ができた。
人類も、枝葉から木の実・豆・芋などでんぷん質やタンパク質を取るようになり、そして動物質の餌を得て脳を大きくすることができた。ところがネアンデルタール人ほど脳を大きくすると、やはり栄養摂取が大変になる。しかも身体も筋肉質だった。筋肉もカロリーを消費する。これでは食物探しに時間が取られて、文化・文明を発達させる余裕がない。事実、ネアンデルタール人は、初期の頃につくった石器を絶滅近くの時代までに、ほとんど改良することがなかったという。

そこでホモ・サピエンスは、脳を小さく身体も華奢にしたんじゃないか……。そんな仮説を立ててみる。食物を探す時間が短くてすめば、生活を工夫する余裕もある。打製石器から摩製石器、さらに刃物のような鋭利な切れ味を持つ細片石器を発明し、さらに使い方も棒に尖った石器をつけることで槍を生み出した。獲物を取るのが格段に効率的になる。

一方で、脳が小さくても効率的に思考できるようにした。その手段は、まず言語だ。言語を獲得することで抽象的概念を描けるようになり、脳が小さくても思考力が高まったわけである。言語はコミュニケーション能力を高め、共同作業をより高度にする。かくしてネアンデルタール人などを圧倒するようになった……。

まあ、これは仮説だ。何の証拠もない。しかし、脳が大きければ知能も高くなるとは限らないようだ。量より質、なのである。脳を大きくする進化は、もうピークをすぎて、今後は小さくしていくのがトレンドかもしれない。それでも思考力を高める方向に進化するだろう。

ひたすら脳を大きくして、エネルギーを大消費する動物は、結果的に小回りが効かず、未来は危ういかもしれない。何事も、みかけの大きさ、量よりも、いかに効率のよい肉体・思考力を持つかが決め手ではなかろうか。

今後は、もっと頭を小さくしていくかもしれない。思考は言語を越えたイメージで行うようになり、足りない部分はAIなどで補って生きていく未来人を想像してしまう。たとえば記憶データの蓄積や、データの検索・比較なんぞはAIに任せて、小さな脳の人間は、示された結果から最終判断だけを担う……そんな未来図を描くと、果たして人間にとって幸福なのか、不幸なのか。

もはや仮説や考察というより、想像の世界ではあるが、あまり明るい未来が浮かばない。

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ホモ・フロレシエンシス(国立科学博物館)

 

2020/05/30

現場主義を壊す「デジタルハンター」の世界

NHK・BS1で「デジタルハンター」という番組を見た。これ、すごい。

ウェブで公開されている情報、とくに画像・動画なとを元に真相に迫る新たなジャーナリズムの手法だ。これをオープンソース・インベスティゲーション(公開情報調査)と呼ぶ。違法ではなく、公開されている情報から、政府や犯罪者が隠している情報を割り出していくのだ。

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なにしろ、アフリカのどこともわからぬ殺戮現場の動画、それも数分のものから、映り込んでいる背景の地形、建物や木の大きさ……などを元に衛星画像と突き合わせて場所を割り出す。そして人の影から年月まで読み取る。

ウクライナで撃墜されたマレーシア航空機を誰が撃ったのかも、各地のSNSを精査して、ミサイルを積んだトラックを発見し、その走ったルートと行きと帰りは積んでいるミサイルが減っていることまで見つける。明らかにロシア軍の犯行だと証明したのだ。

Dsc04755_20200530223401 ウクライナに発射したミサイルを積んでいたロシア軍トラック。

ほかにも中国のウイグル族の強制収容所を見つけ出してそこで何が行われているか探り出したり、武漢における新型コロナ肺炎の蔓延具合をいち早く見つけ出したり、おそるべき調査能力だ。それを、すべて小さなパソコンだけで行ってしまうデジタル世界の新たなジャーナリストが生まれていることを知って戦慄した。彼らの多くは本来はゲーマーだったりするのだが、今や世界のメディアが競ってリクルートしているそうだ。BBCもワシントンポストも、みんな彼らを雇っている。

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しかし、この時代、どんな閉鎖した国でも、ネットに上げられている情報があるものだ。先のミサイルも、市民が何気なくネットに上げた映像を拾いだしたのだから。

ただ私が思ったのは、これはデジタルの話ではない、ということだ。ようは情報を読み取る能力が必要なのだ。
対極にあるジャーナリズムの「現場主義」というのを、私はあまり信じていない。もちろん現場に行くのもよいが、そこで見聞きしたことをいかに分析する能力があるかが問われている。見たことが真実と思い込むのは浅はかだ。それなら幽霊を見た、UFOを見た、だから霊界は存在する、宇宙人がいる、と主張するようなものである。目にした現象がなぜ起きたのか分析しなけりゃジャーナリズムにならない。また被取材者の言い分を丸飲みするのも危険だろう。それこそ広報・宣伝に利用される。
現場百編、というのはもう古いのかもしれない。現場に足を運ぶのは一度で良いから、いかに情報を読み解くかが問われる。

私はとてもデジタル世界を精査する能力はないが、負けずにコツコツとアナログも含めた公開情報を分析して隠された事実を掘り出したい。(ちょっと武者震い)

ちなみに、この番組、明日の深夜にも再放送するみたい。BS1午後11時。

2020/05/28

森林破壊は人類の進化の記憶?「第三のチンパンジー」

私が傾倒している学者というか著述家の一人にジャレド・ダイアモンド博士がいるが、現在読んでいるのは「第三のチンパンジー」(草思社)。

この本は、代表作の「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」などのエッセンスを濃縮して、さらに新しい情報にアップデートしたような作品だから、オススメである。

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ここで細かな本の内容は紹介しないが、大きな問題意識として人類の環境破壊がある。

一般に、古代の人類社会は環境と共生していたが、近代、産業革命以降は破壊を進めた、というイメージがある。とくに白人が世界中に進出していく過程で森林破壊は進み、人同士の殺し合いが頻発しジェノサイド(大量虐殺)を引き起こすようになった。なかには「日本人は自然を愛し共生社会を築いたが、西洋人の文明は自然を破壊しつくした」とゴタクを並べるトンチンカンな学者もいるが……。

ところが、そうでもない。そもそもジェノサイドは人間以外の動物でも起こす、というか人間以上にしでかす。異種だけでなく同族も殺す。そして人間も古代ギリシャ人やローマ人などは各地で行った。モンゴルもそうだろう。またニュージーランドのマオリ族の恐ろしさは、まさに各地でジェノサイドを繰り返していくつもの民族を滅ぼしたことにある。そして動物たちも殺して絶滅に追い込んだ。モアが滅んだのも、その一つだ。そして各地で森林を失っていった。

が、私が驚いたのは、中東ヨルダンのペトラだ。ここは映画「インディ・ジョーンズ」の舞台としても使われて有名になったが、細い渓谷の奥に岩に掘られた神殿のある古代都市遺跡である。まさに砂漠の中に眠る不思議な都市として知られるが、実はこの都市も、かつて森の中にあったというのだ。今でこそ、砂漠の奥に隠れた王国があったイメージだが、この遺跡に人が集っていた時代は、森に囲まれた都市だったのだ。

ほかにもエジプト、メソポタミア文明の各都市も、古代ギリシャもローマも、森に囲まれた都市国家群だった。インドや中国の各王朝も、北アメリカの大平原も、イースター島も、かつては森林に覆われていたらしい。人類の生きる場所はほとんどが森の中だったのだ。そして人が集まり都市をつくると、森は消えていった。これは日本でも当てはまるかもしれない。飛鳥時代は都をよく移したし、奈良時代以降も、周辺から遠くへと森林破壊をし続けた。

おもしれえ。人が住む土地は、常に森だった。そして森に人が集まると森を破壊してなくしてしまうのだとしたら。そこでその都市を捨てて別の森のある場所に移っていくわけだ。やがて都市を移動させずに遠くの森から資源を収奪して運んで来るケースも出てくる。が、それも森を破壊しないと生存できない人類の性かもしれない。

それは今も続いているが、そろそろ移る森が地球上になくなってきた。ようやく必死にSDGsなんていう「持続可能な開発目標」を訴え始めたが、かなり無理がある。クロマニヨン人数万年の進化の歴史に森林破壊が刻まれているとしたら。……止まらないかもしれない。

そうか、チンパンジー、ボノボに続く第三のチンパンジー(人類)の特徴は、森のない草原に出たことだと言われるが、それゆえ森を破壊し続けるのかもしれないなあ。

 

 

2020/05/23

「日本の林業は日本社会の縮図」

「日本の林業は日本社会の縮図」。これは『絶望の林業』のあとがきの最後の言葉である。文字通り1冊の本の締めくくりの言葉。

これは、実はさほど早くから意識したわけではなく、あとがきを書いているうちにそういうフレーズが浮かんで、まさに最後に付け加えたのであった。
で、なぜこの言葉を今頃引っ張りだしてきたかと言えば、今日会った人に、ここを強調されたから(^^;)。

彼はコロナ禍の中、東京からやってきた。古くからの友人で、かつて彼もライターだった(優秀なルポルタージュも出版している)のだが、今は建設業界で働いている。そして、いうのだ。「建設業界もまったく同じ」と。『絶望の林業』で記した問題点の多くが当てはまるらしい。補助金づけから始まって、ブツギレの業界、労働者の安全問題、欺瞞の視察旅行……。

聞けば、視察旅行には、コンサルや業界誌記者も同行させて、自分たちは酒飲んで、名所旧跡見て回って、そしてそのコンサルか記者に報告書を書かせて提出するだけ。当然、コンサルは、自分の仕事に都合のよいように内容をでっち上げて書く。記者も業界批判はしない。それを視察の参加者は読むことさえしないという。視察報告書を専門に書くコンサルタントがいるとも聞いた。

たしかに林業界・木材業界も一緒かもしれない。業界誌記者は、絶対に視察を批判的に書かないだろう。そして視察者は、視察先で見聞きしたことを自身が実行に移すことはないだろう。

ともあれ、建設業界も不動産業界も、そのほかいくつもの業界が同じような状態だというのだから、日本社会って、どこに救いはあるの?

そして、言われたよ。第3部の「希望の林業」の項目はいらないね、と。希望より、最大級の絶望で締めくくるべきだった、と。(泣)。(泣)。

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やっぱり、続編は『超絶望の林業』かなあ。

ところでネットに最近書かれた、『絶望の林業』の書評も見つけた。こちらもある。今でも読んで、書いてくれる人がいることに感謝。

 

2020/05/16

奈良の新しい書店と、書店業界の行方

ちょっと買い物に出かけたが、それだけで帰るのはもったいない、しかし雨の中、山に入るわけにも行かない……と車を走らせていたら、「奈良県コンベンションセンター」の標識が。よし、ここを訪ねよう。

この施設、4月にオープンしたのだが、即休業。コロナ禍で出番を失っていたが、その中心テナントが蔦屋書店。かなり大規模書店という噂である。それが奈良県の「緊急事態宣言」が解除したのを受けて開業したと聞いていた。そこを覗いてみようと思ったのだ。

奈良県に大型書店は少なく、しかもほとんどがショッピングモールなど複合施設に入っているので、緊急事態宣言で閉められると、自動的に書店も閉まる。だから長くリアル書店に行っていないのだ。久しぶりにリア書店で本を眺めたくなった。
もっとも、蔦屋である……。いくら大規模と言っても、その品揃えは。。。だが大規模である(^^;)。どうなっているのか確認したい気持ちもあった。私的には、理系の書棚を眺めたいのだが、あまり期待できないかなあ……。

幸い地下駐車場もあり、1時間まで無料。これは有り難い。奈良の中心街の駐車場は1日1000円とか取るのだ。観光地価格である。30分で済む野暮用なのに、停めると一日料金を取られてしまう。まあ、いろいろ裏技を駆使するが、1時間あれば書店見学としては十分。

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たしかに広さは十分。しかも1、2階を占める。期待できるか? もっとも蔦屋である……。

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やっぱりオシャレですなあ。しかも内装には木をたっぷり使っている。奈良県産かどうかはわかならいが、相当質のよいヒノキ。

さて、品揃えは……やはり蔦屋である(^^;)。広い割には少ない。雑誌なんかほぼ全部平置きだもんね。表紙を見えるように陳列すれば、場所を取り数は減る。ただ全般に奈良を意識した本も多かった。観光関係はもちろん、歴史本や古建築、木工芸などわりとこだわりの本が目につく。
その一画に「サイエンス」棚があった。その中に農林業本も含まれる。やっぱりスペースを取ってグリーンインテリアなんぞもあって、オシャレにキメている。

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ありました。森林・林業本はこれだけ。ま、そこに『絶望の林業』があったのだから、よい書店だ。蔦屋、頑張れ。


さて、これで所期の目的は達したわけだが、こうしたモダンな書店をウロウロすると、どうしても考えるのが書店の未来。いや出版界の将来。
1990年代と比べると、出版界の売上は半減している。書店数も半分近くになった。電子本はそれなりに伸びているが、ほとんどコミックだろう。そしてマンガ雑誌も売れていない。本当に本が売れない時代なのだ。

そして書店業界というのは林業界と並ぶほど、旧態依然として何にもしない工夫しない世界だった。単に配本を書棚に並べて、売れなかったら送り返すだけ。殿様商売、大仏商法だったと思う。

しかし、このところ、さすがに危機感を持って新しい取組を始める書店も現れた。その一つが蔦屋書店なんだろう。ビレッジヴァンガードもそうだ。スタンダードブックストアもあったか。

その方策と言えば、まず本だけでなくほかの商品も並べる。CD、レンタルビデオ、ゲームソフトもあったが、ほかにもグッズ類。これまでの、せいぜい文房具ではなく、積極的なグッズ販売だ。さらにカフェとかバーを設けたりもする。いわゆる多角経営。そして著者を招くなどトークイベントも主催して集客努力を行う。

それはよいのだが、問題は売れるのは本ではなくグッズの方が大きいこと。すると、だんだんグッズが主流になり、本の置き場が縮小されがちになる。たたでさえ本の数は少なめなのに。そのうち本屋ではなくなりそう。

やはり本丸の本を売ってほしい。最近は逆手にとって、グッズを扱う店に本を並べる動きもある。扱う商品に合わせて工芸本とか、服飾店にファッション雑誌とか。ほかスポーツ店などにもある。これも努力の賜物。頑張ってほしい。本を置くことで店のステータスを上げ、インテリア的な効果があるのかもしれない。だが……。

書評が出ても、あんまり影響力がなくなっている。そのくせSNSには反応するんだから、専門家の影響よりも身近な人のオススメが重要なのかもしれない。何か本に関する情報の流し方を根本的に考えないといけない。書店も独自にポップをつくって書棚に張り出したり、書店の店員が選ぶ(小説の)本屋大賞を設けたり努力していただいている。まあ、私的には、書店員が選ぶと文系本に偏りがちという恨みがあるのだが……。

出版点数は減っていないというか増えている。ロットは減っているのにアイテムを増やしている。これは多様性が出てよい面もあるが、書棚に全部並べられなくなり売りにくい。コスト高にもなる。書籍とは、マニアックなものになっていくのだろうか。

どうも書店の未来が見えにくい。執筆側としては、私は書き上げたら売るのはおまかせ、次の本の内容を考えるのに専心したいと思うのだが、そうも行かない。悩みは深い。

 

ちなみに蔦屋書店でもっとも気に入ったのは、これ。

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ガラスの壁をよく見たら、シカや鳳凰やらが描かれていた。奈良だなあ、と私は喜んだのである(⌒ー⌒)。

 

 

 

 

2020/05/12

『絶望の林業』と不要不急の産業

3月の霞が関の農水省地下・三省堂書店のランキングが出た。

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あああ、8位か。さすがに落ちてきたが、ここは林業本が出版後8カ月経ってもランキング入りしていると褒めておこう。

ちなみにAmazonのランキングは乱高下。品切れで視界外に去っていたが、ようやく入荷して先日はノンフィクション部門で1000番台だったのに、今夜は7000番台まで落ちているよ(涙)。

ところでAmazonを始めとするネット書店では、流通の負担を減らすため出入荷を絞っているそうである。そしてAmazonの倉庫でも底がつく。こうなると絶版扱いになりかねない。リアル書店も、なかなか開いているところが少ない(奈良では、大きめの書店はみんなショッピングモールとか百貨店などに入っているので、それが閉まると自動的にたどり着けない。)のだから、いよいよ紙の本は買いにくくなっているようである。しょうがない?のでブックオフに行ってしまう(笑)。いや、その前に購入してまだ読んでいない本が100冊以上自宅に積まれているのだから、そこから手を付けるべきか。

しかし、紙の本は生活必需品でないことを改めて思う。


コロナ禍は、世の中の「不要不急」性を洗い直す役割を果たしそうだ。同時に無駄な部分をそぎ落とすかもしれない。
そういえば食品ロスの量は、 17年度は推計約612万トンだったそう。これでも減ってきたのだが、各家庭から出る「家庭系食品ロス」約284万トンと、外食産業や食品製造業で出る「事業系食品ロス」約328万トンだ。家庭系の部分を国民1人当たりで見た場合、1年間で約48キロになる。やはり多いだろう。
しかし20年度になったら、多分事業系がガクンと減って、家庭系が伸びるのではなかろうか。ただし、生産現場(農業)で莫大なロスを生み出すかもしれない。出荷しなくても生育してしまう作物もあるから。

その調子で、木材の「不要不急」でのキャンセル量とかなんぞを計算してみてもいいなあ。ただし生産ロスは出ないようにできるはずだ。樹木は伐らなければ腐るどころかどんどん生長するのだから。いっそ、休養してその間に太くなった樹木の伐り方や製材・加工の仕方を研究しておくのが未来に備えることなんではないか。

林業全体が不要不急と言われないように。私も自身の執筆する記事の不要不急といわれないかと感じてしまう。

 

2020/04/23

謎の感染症の秘密?「特効薬コードKUJIRA」

コロナ感染症が流行る中で、思い出した小説がある。ところが、そのタイトルも著者も思い出さない。しかも短編だからどの本に収録されているかもわからない。とにかく相当昔に読んだのだ。記憶にあるのは、ストーリーと著者の相当若い時期の作品であること、解説が筒井康隆であったこと……ぐらいだ。
それを、ようやく書庫から見つけ出した。そこで紹介したいのだが……。

その前に、COVID-19に関する私の思いと疑問を記しておこう。世界的に感染に広がる中で、私が注目していたのは感染者数ではなく、死亡者数である。致死率でもない。なぜなら感染者数は、検査数によって変わるし、そもそも感染の定義が各国バラバラだから。中国などは無症状者はカウントしていなかったりする。その点、死亡者数は大きくぶれないはず。ただ率にすると母数の感染者数に左右されるから信用できない。そこで国ごとの人口の違いを補正する意味で、100万人当たりの死亡者数に重きを置くべきだと考える。

すると、日本がダントツに低いのだ。たしか、まだ1人に達していないはず。ほかの国と比べると圧倒的に少ない。それが謎だ。BCG接種仮説が出てくるのもそのためだろう。それでも同じBCGをした国とも差がつく。

こうした疑問を持っているからこそ、この小説を思い出したのだ。

その本は、『美琴姫様騒動始末』(結城恭介著)に収録されていた「特効薬コードKUJIRA」である。所出は1985年の「小説新潮」2月号。

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まず最初に、日本の捕鯨を巡る状況が紹介されている。反捕鯨国から攻められている様子だ。

その上で、大変な奇病が発生する。一応、ニューモンド症候群と名付けられたが、その症状たるやすさまじい。その部分を。Img001_20200423223401

身体が腐っていくうえに、致死率は極めて高い。そして特効薬は見つからないのだが……唯一、喫煙者は病状の進行が遅い。その点を記すと、

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しかも日本人はほとんどかからなかった。それが謎とされて解明が急がれたのだが……ここでネタばれをしてしまうが、数十年も前の本だからゆるしておくれ。

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なんと、クジラの肉を食べていると予防できるのだ。日本人はほとんどが給食などで鯨肉を食べている。だから!

かくして禁煙も反捕鯨も吹っ飛んでしまうのである。みんな競ってヘビースモーカーになり、クジラを食べるのだ。

まあ、小説のオチはまた別にあるので、全部ネタばれさせたわけではないが、お分かりのように世間の健康だとか環境だとかの風潮を皮肉ったわけだ。

さてCOVID-19、新型コロナウイルスに対する特効薬はないだろうか。日本人の死亡者が少ないネタが日常生活に眠っているかもしれない。私は鯨肉をバクバク食べているから安心なのだが(違)、たとえばスギ花粉をよく吸い込んでいるとコロナウイルスが体内で増殖しないとかv(^0^)。スギは日本の固有種だからねえ。

ちなみに作者の結城恭介氏が、この小説を書いたのは19歳である。18歳の高校生の時に書いた小説が小説新潮新人賞を受賞してデビューしている。その後も出版数は少ないのだが、今も健在。主にラノベを執筆し、さらに最近はオンライン小説に軸足を移しているようだ。

2020/04/14

農業と経済」誌に『絶望の林業』書評

まったく唐突に、20代の頃の飲み会の時に出た話題を思い出した。小さな出版関係者の集まりだったのだが、そのうちの一人が学生時代のアルバイトで勉強を教えていた女子中学生のことを話した。その女子は、その後高校を中退してしまったが、最近縁があって会ったら、未成年なのにヤクザの愛人になっており、ヤクづけになっていた……というのだ。

それだけでも衝撃の告白なのだが、へらへら笑って話しているので、「なぜ助け出す手だてをとらないのか」と詰問した。直接会って窮状を知ったのならやるべきことはいろいろある。薬物中毒に陥っているなら尚更だ。すると、その男は困った顔をして「いやあ、そんなに可愛くなかったから」と言い訳をしたのである。瞬間的に切れかけた。二度と口を利かなかった。


閑話休題。拙著『絶望の林業』の書評が出た。『農業と経済』5月号である。出版してから8か月。まだまだ忘れられていないようで、有り難い。

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筆者は、北都留森林組合の中田無双参事。これまでの書評で森林組合の関係者が書いたものはなかったと思う。

しかし、「林業関係者の間でも「あの本はもう読んだ」とこれだけたびたび話題に上がる書籍」と紹介されているが、それは知らなかった。失礼ながら、直接の林業関係者はあんまり読んでいないのではないかと思っていた。

それはともかく、さすがに林業の最前線におられる方なので、“林業を諦めないで”という気持ちがにじみ出ている(^o^)。「著者が指摘する諸課題~~本気で熱意を持って取り組んでいけば必ず解決していくことができる」。そのうえで「この本は、著者から林業界への熱い叱咤激励の本」と持ち上げくれている。感謝します。今後の取組に期待します。熱意があれば、必ず解決するはずだから。


せっかくだから、COVID-19がなければゴールデンウィークに開いて、林野庁長官と対決したかもしれないイベントの場で、ぜひ言いたかったことを記しておこう。

私が絶望するのは、林業を取り巻く諸課題そのものではなく、諸課題を解決する意欲が関係者に感じられないことだ。諸課題を解決する手だては十分にある。複雑でも少しずつ解きほぐせばいつか解けると私も思っている。だが、誰も解決しようと思っていないこと。リーダーシップを取るべき人が取っていないこと。そこに絶望するのだ。そして問いたい。本当に森を愛しているのか、と。(私の見たところ、過半以上の林業・木材関係者は森を愛していない。興味も持っていない。)

森も “そんなに可愛くないから” 放置するのか?

2020/04/08

農水省の書店ランキング!

今日は朝から体調悪く、少々寝込む。

いや咳は出ません、熱も出ません。悪いのは胃腸です。

おそらく、昨夜深夜になってから寝酒代わりにワインにジンに、何かとがぶがぶ飲んだことから来る胃腸の過労がもたらした一時的な機能の失調(世間では二日酔いともいうらしい)と推察されます。

たまに飲まないと落ち着かないのですな。台湾も大分も熱海も……4月5月のお出かけ予定もトンでしまい、仕方ないのでパソコンで仕事ばっかりしているのが悪い。これもコロナのせいだ、と全部某ウイルスに責任なすりつけたいところなのだが……。

たまには仕事しない日もあっていいだろう。そこで午後は森に秘密基地づくりをするために必要な資材を手に入れるため各所を回って……ついでに食材も買いだめ、もといお買い物をしたが、どこも人出は多かった。奈良は日常が続いています。


さて、このところ忘れていた『絶望の林業』の売れ行きの指針となる農水省の地下にある三省堂書店のランキング。2月分を見た。

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おお、しっかりまだ3位に張りついておる。半年経ってもランキングに残っているのはたいしたもんだ。

改めて全国的な売れ行きにてこ入れしたい。3月はラジオも出て本を紹介してもらったし、今一度……なんだが、残念ながらコロナ禍で「森の中で林野庁長官と懇談?激論?するイベント構想」も消えてしまったし、やっぱり影響は出ている。が自宅待機が推奨されている今こそ、本を読もう。本は買いだめOKなのだ。なんなら森で本を読もう(ただし、一人で)。森はコロナウイルスも蹴散らしてくれる。一人で深夜に酒を飲むより健全だ。

 

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