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森と林業と田舎の本

2019/08/18

「喪失の国、日本」で知る木の文化

ブックオフだったかで見つけた古書『喪失の国、日本・エリートビジネスマンの「日本体験記」』(文春文庫)。

Photo_20190818100201 M.K.シャルマ著 山田和訳

インド文化というか、インド人のメンタリティを知りたくて購入。日本は近年、インド経済圏に食い込もうとしている。だが、中国人も音を上げるインドビジネスの厳しさに、日本人が太刀打ちできるのか? ちょうどカシミール地方で起きている不穏な動きも気になるところ。多文化が混濁?しているイメージのあったインド文化だが、今やヒンズー至上主義が席巻しているらしい……が、私は肝心のヒンズー文化をよく理解していない。新たな世界のホットスポットだけに注視したい。……という気持ちであった。

これは1990年代前半に日本に滞在したインド人の記録なのだが、訳者の奇跡的な著者との出会い、余りに詳しい日本社会の描写などから想像するに、訳者の意訳?部分が相当入っている気配はする。原著は私家版だとかで、他者が確認することもできないだろう。ただヒンズー教徒インド人のメンタリティを知るには恰好の書となった。

一つ一つのしぐさや思考方法がここまで違うのか!と感動するほどで、カーストの文化?も、いかに根深いか思い知る。一つ一つを取り上げても侃々諤々の議論ができそうだが、まず奈良を訪れた際の感想を紹介したい。

おどろいたことに、いたるところに鹿がいた。牛も、馬も、ラクダも、象もまったく見かけなかった日本で、突然鹿があふれているのを見て、私はどう理解していいのかわからず、佐藤氏に「これは食用か」と訊ねて笑われてしまった。」

この一節だけでも楽しい(^o^)。奈良の鹿に関しては、「インドだって牛が町中を歩いているじゃないか」という声があるのだが、発想が違う。

その後、法隆寺や中宮寺などを訪れて、日本人の樹木への深い理解に驚嘆したという。

日本は、思想と美学のすべてが木への解釈と共振している国なのである。
インドでは、大樹の樹上はジャッカルや魔物の棲む所だが、日本では神が降りる場となっている
インドやヨーロッパでは、古くから「生命樹」という紋様が愛された。しかし日本では生きた樹木そのものが愛された。抽象と具象との差は大きい。日本では、樹木は生活の中に「生命」のイメージをもって深く浸透し、精神世界で大きな規矩の役割を果たした。
日本人が木を生きたまま捉えようとした証拠は、「白木」と呼ぶ塗装されていない状態を好むことにもよく現れている。

その後、大阪に行くが、コンクリートだらけで「木の文化」の片鱗も見られず、別の国みたいだと、不協和音を感じている。

そして日本の木の文化を論じる。

日本人はこの二千年、何を作るにも木を用い、木と向かい合って生きてきた。木と相対する無限の時間の中で、人生と美とを学んだ。木の中に神を見、木の中に心を見た。木は人生の教師であり伴侶であった。そのような木との交感の中に、日本文化が生まれたのだと私は考える。」

さて、どうだろうか。本当に2年足らずの滞在だったインド人がここまで深い考察ができるのか?なんか日本人が望んでいる日本文化論ぽくないか?……という疑問はさておき、インド的視点を知るつもりで読めば興味深い。

ちなみに、彼の滞在中(1992年~)にインドではヒンズー至上主義者がモスクを焼き討ちするアヨーディヤー事件が起きる。それは各地に飛火し、パキスタンの核保有へと広がり世界を震撼させたのだが、それについて彼の見解も面白い。ただ、当時は過激派の犯行とも言えたが、今や国の指導者が同じようなことを口にするのだから、現在の方がより深刻だろう。

著者は、当初日本の文化に感動していたのだが、やがて幻滅し始め、インドと日本の文化的狭間に落ち込んでいく。そして文明社会への危惧・絶望を強めていった……らしい。

若干古い本(初出2001年)だが、インドとの結びつきを強めようとしている今だから読んでも面白いのではないか。

 

 

2019/08/09

同じことを語りつつ正反対?『森と人間と林業』

『森と人間と林業』(築地書館)が刊行された。著者は、村尾行一氏。村尾先生、これが最後、これが最後と言いつつ次々と新しい本を出すのだから……笑)。『間違いだらけの日本林業』『森林業』に続く第3弾だ。

ちなみに発売日は、7月31日になっている。拙『絶望の林業』とかぶっていること(笑)。校了日も、ほぼ一緒。この夏は、林業本の出版ラッシュか?(改めて『絶望の林業』は、奥付けを見ると、発売日が8月17日になっていたよ (゚o゚;) 。)

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目次も引用しておこう。

まえがき

序章 日本林業の心理と行動
1 森との永遠の会話
2 大きなチャンス
3 「木材栽培業」の不条理
4 日本林業、こうすれば復活する
5 日本林業近代化の道
第1章 森と木の文明史的意義
1 木材活用の意味するもの
2 木材の長所
3 木材の新用途
第2章 日本林業の基本問題と基本対策
1 日本林業はこれから伸びる
2 林政が目指す方向とは
3 「外材問題」の所在
4 「木材革命」が折伏した役物信仰
5 好況時代
6 「拡大造林」の原罪
7 乾燥の勧め
8 林業における流通の意義
9 里山の意味と意義
第3章 ドイツ近代林業前史
1 近世林業の誕生と破綻
2 近代林業の曙
3 ターラント学派の限界
第4章 ドイツ近代林業の個性
1 ドイツ近代林業の確立
2 「合自然的かつ近自然的林業」とは何か
3 近代都市における森とは何か
4 近代林業の経済的メリット
5 「多機能林業」
6 「フリースタイル林業」
7 「恒続林施業」
第5章 林業人はいかにして育てられるか
1 林業は「人」なり
2 初等教育と「森の幼稚園」
3 中等教育
4 零細林家と林業作業員の育成制度
5 上級林業人と高等林業人の育成制度
6 ドイツ語圏の「フォレスター」
7 日本林業と担い手問題
第6章 森へ行こうよ
1 ドイツ人にとってのウアラウプ
2 最も人気のある滞在地は森
3 森での歩きのレクリエーション
4 森の宿
第7章 日本林業で実践されていたドイツロマン主義林業
1 回顧
2 接点
3 暁鐘
あとがき

内容というより、私が読み取った点を紹介するが、前半は、ドイツ林業の変遷を追いかけつつ、いかに方針を転換してきたかを描いているが、そこで日本が「いつの」ドイツ林業を学び、本家が転換してからも昔のままの理論を振りかざして続けているかということが浮かび上がってくる。本家?が先に進んでいるのに、分家の日本は駄々をこねて100年ほど昔のまま座り込んでいることがよくわかる。
その結果、いまだに単一同樹齢林の育成と、大面積皆伐を繰り返す断続的な林業を続けているのだ。

次に感じたのは『絶望の林業』でも取り上げた林野庁の姑息さをより鋭く突いていること。具体的な例を引くと、

「新たな森林管理システム」の徹底批判の中でも指摘するのは、一見、国は都道府県を飛ばして山林にもっとも近い自治体(市町村)に権限を譲るように見せて、実は林野庁が瑣末な事柄まで指導(通達、準則、課長解釈、課長補佐指導、係長説明……)を行い、実質的に林野庁の直轄事業にしてしまいかねないこと。

森林林業白書2017年版にあるオーストリアのフォレスターの業務説明に、「林業経営の集積・集約化」というありもしない業務を付け加えた我田引水。さらにスイスのフォレスターの業務を説明する文面に、もっとも肝心の「造林育林業務」を含めない姑息さ。いずれも、日本のフォレスター(林業マネジメント者?)に合うようにこっそりいじったのだろう。

ただ拙著と決定的に違うのは、悪いのは人間なんだから、人間が変わればすぐによくなるよ、という明るい未来、見通しを語っていることだ。理想の恒続林や持続システムなんて、すぐ作れる、ドイツはそうだった、というのである。
その点私は、人間が悪いんだから、よくすることは不可能だ、日本人には無理だ、絶望だ、と結論づけている(笑)。私の語る「希望の林業」は、できるもんならやってみな、と突き放しているのだから。

同じことを語って正反対の結論にたどり着く。さて、どちらを信じるかな。

2019/08/07

書店で『絶望の林業』見つけた

書店で『絶望の林業』を見つけました、というメールをいただいた。場所は三省堂成城店。

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なんと、ネットでも購入していただいているのに、改めて買っていただいた。感謝。
が。どこにあるの? という戸惑い(笑)。送っていただいた写真でも、なかなか難問だったりして。

「背表紙、目立ちません」とのこと(^^;)。

そのとおりだなあ。表紙カバーのデザインはわりと気に入っているが、背表紙はグレーのためかイマイチ目に飛び込んでこない。帯を原色にしたらよかったかな。

ちなみに私も見つけました。こちらはイオンモール四條畷内の未来屋書店。

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隣が真っ赤な帯……(^^;)。これに負けている。赤に目を引かれてから横の緑を見てください、というか。
平積みされるほどの部数ではないから、背表紙に気をつかうべきであったか。

ともあれ、順調にスタートしたようだ。Amazonでも一時期品切れ表示が出たが、今はまた復活。
発売当日は売上順位802位、ノンフィクション部門で94位だった。

林業という狭いゲットーもとい、業界の中でどこまで健闘するか。

 

 

2019/06/13

書評「森林未来会議」vs「〇〇」

「森林未来会議」(築地書館)が送られてきた。

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ありがたく読ませてもらう。ただし、今私は忙しさの佳境なのだよ(泣)。だから、みっちり読み込んだというにはほど遠いが、まずは感じたことを記してみよう。

一言で言えば、執筆者たちは日本の林業の未来を探し、理想状態へと導こうという意図を持っているのだな、と読めた。

まず【目次】を引用しよう。章タイトルだけだ。詳しくは、上記リンク先へ。


序章   豊かな森林経営を未来に引き継ぐ―林業家からの発信(速水 亨)
第1章 オーストリアとの比較から見た日本林業の可能性(久保山裕史)

第2章 小規模な林業経営と大規模な需要を繋ぐドイツの木材共同販売組織(堀 靖人)
第3章 森を有効に活かすアメリカの投資経営とフォレスターの役割(平野悠一郎・小野泰宏・大塚生美)
第4章 ドイツの森林官が持つ専門性と政府の役割(石崎涼子)
第5章 政策と現場を繋ぐ自治体フォレスターの可能性(中村幹広)
第6章 市町村フォレスターの挑戦(鈴木春彦)
第7章 多様な森林経営を実現させるための技術者育成(横井秀一)
第8章 科学に裏付けられた森づくり(正木 隆)
終 章  新しい「木の時代」がやってくる(熊崎 実)
あとがき(石崎涼子)

12人の著者が、それぞれの経験や研究テーマなどから日本の林業を分析し、未来に向けての処方箋をまとめている。

それぞれの書き方には強弱はあるが、現代の林業の問題点を指摘しつつ、その改善すべき点を模索している。時に自身の成功談もあれば、海外の事例もある。また歴史的な変遷にも触れられているから、戦後の林業の流れを読むこともできるだろう。欧米がいかにパラダイムシフトしたか、日本が出遅れたのはなぜか。……欧米の林業も近年まで苦しんできたし、今だって言われるほど上手く行っていないことも伝わってくる。外国を手本にすることの危険まで感じる。

もし、林業に関心があり、未来に希望を抱きたければ大いに参考になるだろう。ちなみに本ブログの左サイドにリンクを張ってあります。

 

ところで、私が今忙しさの佳境だというのは、実は7月に出版を予定している本の準備に追われているからだ。

その本のタイトルは、「絶望の林業」(新泉社)

こちらで私は、いかに日本の林業がダメダメであるか、救いようがないかを記した。まだ校正段階なので内容を紹介できないが、日本の林業は構造的なダメさ加減を抱えているから、何をやっても救われないよ、という本だ(⌒ー⌒)。
一応、最終章には「希望の林業」という項目も設けているが、これは私の考えた理想状態を描いたもので、「できるもんならこんな形に改革してみな(無理だろうけど)」という挑戦状(笑)。

どちらも林業界の問題点に指摘しつつ理想にも触れてはいるが、スタンスがまるで逆(笑)。

もちろん第一線の林業現場や研究現場で活躍する10人が手分けして記した「森林未来会議」と、部外者の私が一人で記した「絶望の林業」とを比べてもどうなるものではないが、どちらが林業クラスタの人々の琴線に触れるか。どちらが現実になるか。「未来」か「絶望」か。

2019/05/25

毎日の「国有林改革」記事の裏事情

毎日新聞で、このところ林業記事が増えている。17日は一面トップだったが、22日にも国有林管理経営法改正案の衆議院通過に則して宮崎からのレポート。

国有林法改案 生産性向上への期待と資源枯渇を憂える声が交錯

……ところで、この記事が22日の新聞に掲載されるということは、遅くとも前夜に入稿しないといけない。
つまり21日に宮崎で取材して、そのまま執筆して写真とともに送った(当然、メールで)ということだ。

いやあ、よく頑張った、寺田記者(笑)。

なぜって、21日の夜は宮崎市内で私と会って飲んでいたから\(^o^)/。

何も待ち合わせたわけではない。まったくの偶然。私が宮崎を訪れたところ、たまたま毎日の記者が取材に来ていたよ、と教わって、たまたま電話で話をしたら、なんと以前東京の講演会で会った人だった。別に宮崎支局の記者ではない、東京の特別報道部所属で、たまたま宮崎に来ていたという。それで、つい夜会うことになって、たまたま情報交換会(笑)。

いや、朝までに原稿を書かないといけないのですよ、飲めないんですよと言っていたが、私は3杯は飲んだかな。私はその後ホテルに帰って寝るだけであったが、あれから書いたのかあ。だから、上記リンク先の記事も、アルコールを燃やしつつ書いたに違いない(⌒ー⌒)。

なお新聞紙面で林業記事を掲載するのは大変なのだそう。やはり一般読者がどれほど興味を持ってくれるかにかかっているから。今回の国有林法改革は、かろうじてそのニュースバリューがあったということだ。

 

それにしても、この法律。樹木採取権なんて、持って回った言い方をしているが、ようするに伐採権であり、それも皆伐にかぎるわけだ。間伐を繰り返して長伐期に……なんて考え方をする業者は落札できないのだろう。民間に国有林の経営管理を長期間任せるのではなく、単に伐採する労働を外注するだけなんだな、と改めて気づく。

ちなみに私の宮崎訪問は、こうした取材が目的ではない。ただ記事の最後にあるとおり、業者の中でも若手ほど「こんな施業は持続的でない」と不安を抱えている点はみんな一緒だったよ。

 

2019/02/12

『誰も農業を知らない』を林業に当てはめる

誰も農業を知らない』(有坪民雄著 原書房)を読んだ。

 
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先に言っておくが、私は農業本もわりと読むのだよ。さらに漁業本も。林業ばかりを追いかけてはバカになる。ついでに経済学だって社会学だって脳科学だって読む。
 
さて、本書は農業本としても出色の出来だろう。私が密かに?思っていたことをズバリ指摘している。それも裏取りされているから、私も安心してこれから引用できる。
 
たとえば「農薬は安全」であり、「遺伝子組み換えの何が悪い」であり、「無農薬がもっとも危険」であり、「邪悪なクレーマー」であり、大規模化は低コストではなく、むしろリスキーであることも……。私は農薬をやたら危険視する人を「真性バカ」か「勉強しないバカ」か「カルト信者」だと思ってきた。現状を知れば、生態系を壊す危険性はあるが、人間の健康への影響を心配する次元ではない。少しは科学を学べよ。自分の頭で考えろよ。
 
ちなみに著者は、元経営コンサルタントで現農家(米作と畜産)。実は私は、随分前に会ったことがあるというか、取材したことがある。わりと意気投合した記憶がある(^_^) 。本書はビジネス系ネット記事で連載したものなので、若干まとまりに欠きバランスの悪い面もあるが、全体は読みやすい。
なお、農業を「誰も知らない」理由は、あまりに多様だからだ。作物も地域も気候も違えば、立場も多様。全体像を把握しているのは政府でも学者でも農家でもない。誰もいない……ということを指している。
 
もちろん私とは意見の相違もあるが、ここで論じられている点を林業に置き換えると、結構見えにくかったものが見えてくる。
とりあえず細かな目次を掲載しておくので、「農業」を「林業」に置き換えてみたらよい。
 
◆目次
◎第1章 第二次農業機械革命の時代
IoTは革命になりうる
もうひとつの革命――遺伝子組み換え・ゲノム編集
農業のイノベーションの歴史
いま、農薬は安全である
農業IoTは地域振興と矛盾する
◎第2章 無力な農業論が目を曇らせる
無知な人ほど言いたがる「農業にビジネス感覚を」
「農業にはマーケティングが欠けている」のか?
大規模農業のアキレス腱
夜逃げする無農薬農家
六次産業化は絵に描いた餅の典型
ハイテク農業の大失敗を直視せよ
日本農業の問題点は戦前から指摘されてきた
なぜ農家は儲からないのにやめないのか
現実の議論をしよう――コメ輸入をシミュレーションする
◎第3章 農家も知らない農業の現実
誰も農業を知らない
農業知らずの農業語り
実は農家が変化するスピードは速い
農林水産省は本当に無能か
ピントがずれている農協改革案
農協解体は得か損か
◎第4章 農業敵視の構造を知る
「農家は甘えている」
農業が儲かっていた時代
「明るい農村」の時代
農家出身のサラリーマンがいなくなる意味
邪悪なクレーマー
明るい材料
◎第5章 新しい血――新規就農・企業参入・移民
脱サラ就農はラーメン店をやるより何倍も有利
誰をバスに乗せるのか――新規就農者に望むこと
農薬を否定する人は農業の適性がない
企業が農業参入で成功するためには
農業は外国からの移民を認めるべきか
◎第6章 21世紀の農業プラン
遺伝子組み換え作物の栽培を実現せよ
兼業農家を育てよ
中央官庁移転は農業道県に
海外市場は開拓可能
辺境過疎地は選別せざるをえない
農協の経済部門を半アマゾン化せよ
地元から優秀な農業起業家を育てよ
「農業経済学・経営学」を農学部から追い出せ
食育を推進し、学校給食予算を増額せよ
農家よ、戦え!
 
最後の「農家よ、戦え!」の冒頭部分を、林業に置き換えてみる。
 
林家は勉強と戦闘力が足りません。ここでいう勉強とは林学や樹木栽培法のことではありません。人文科学、社会科学、自然科学をもっと勉強しなければならないということを言いたいのです。そして得た知識を使って、林業の未来をつぶそうとする者を論破し、孤立に追い込む能力を持たねばなりません。
 
※サイドバーに追加。

2019/01/27

書評『保持林業』

『保持林業』(柿澤宏昭+山浦悠一+栗山浩一[編] 2700円+税 築地書館)を読んだ。

※サイドバーに掲載してリンクを張っている。
 
分厚くて高い本である。多人数の編著は論点がばらついて読みにくく、あんまり気が進まなかったが、文献として必要だろうと。
 
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読み終えて感じたのは、新たな林業界の方向性を紹介していて、興味深かった。編著も読むもんだ。 
 
最初に「保持林業」とは何かと説明しておくと、retention foresty の訳語として考えられたもの。
基本的に皆伐施業が前提である。だが、より生物資源の一定の保全と生態系の復活がしやすくなるようにすべての樹木を伐採せず、立ち枯れ木や生立木を残す施業法である。木材生産をしながら生物多様性を保全する、しやすくなるための施業と考えたら良いだろうか。
 
これが択伐などと違うのは、択伐は木材とする木を選んで抜き伐りするのに対して、こちらは生物多様性を残せるような木を選ぶこと。正反対の発想だ。
完全な森林保全にはならないが、その木があることで回復が早くなるとか、動植物の絶滅を防げるなどを意図する。
 
また傘伐など保残伐施業とも違う。そのため従来の言葉を使わずに新たに考えたのが「保持」だというのだが……はっきり言って語感がよろしくない。また保持という一般用語のイメージもあって、イマイチ林業や森林生態に関した言葉としてはこなれていない。この点は、私的には不満である。もうちょっと言葉が喚起する人々の感性にはこだわってほしかった。
 
ともあれ、世界的に注目されていて、今や1億5000万ヘクタールの森林で実施されているという。なお森林認証制度とも関わっている。これほど広がっているのに、日本にはほとんどこれまで紹介されなかったのはなぜだろうか。保残伐施業と混同していたのか。
 
では、どれぐらい残すのかと言えば、5~20%と幅があるようだ。皆伐と言いながら2割残せるのなら悪くはない。非皆伐施業と較べると、伐りすぎだが……。(もっとも、日本なら2割も残したら皆伐じゃないからと補助金対象から外れるだろう。)
ただ皆伐の場合と較べて木材生産量が落ちることや、選木眼も重要となるだろう。
 
詳しい世界的な状況や、技術的な面については本書を読んでほしいが、日本でも研究的に試みている森はあるし、民有林で挑戦する林業家もいるらしい。
 
とにかく施業法の選択肢を増やすという点からは注目に値する。何がなんでも全国画一的に行わせようとする林野庁の“悪魔の施業計画”から外れるためにも、選択の一つに加えられたら。
皆伐から完全保護までさまざまな森林に対する人の関わり方があって、所有者・管理者が将来まで目を配りつつ考え、自分で選ぶというスタンスを持たないと救われないと思うのである。
 
より貪欲に世界の潮流をつかみ、咀嚼するためにも、本書は価値があるのではなかろうか。
 
目次等を引用しておく。
成熟期をむかえる日本の人工林管理の新指標
オリンピックを契機として森林認証が注目されるなか、

そdiv>環境に配慮した伐採をどう進めるかがクローズアップされている。

だが、生物多様性の保全に配慮した施業のガイドラインは存在しない。
本書は、欧米で実践され普及している、
生物多様性の維持に配慮し、林業が経済的に成り立つ「保持林業」を
第一線の研究者16名により日本で初めて紹介。
保持林業では、伐採跡地の生物多様性の回復・保全のために、
何を伐採するかではなく、何を残すかに注目する。
北海道道有林で行なっている大規模実験、世界での先進事例、
施業と森林生態の考え方、必要な技術などを科学的知見にもとづき解説。
生産林でありながら、美しく、生き物のにぎわいのある森林管理の方向性を示す。
はじめに
第1章  保持林業と日本の森林・林業………………… …山浦悠一・岡 裕泰
第2章  アメリカ合衆国における保持林業の勃興…………中村太士
第3章  カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州の事例
             ── 保持林業が渓流生態系に及ぼす影響……五味高志
第4章  保持林業の世界的な普及とその効果
              ── 既往研究の統合から見えてきたもの……森  章
第5章  北海道の人工林での保持林業の実証実験………尾崎研一・山浦悠一・明石信廣
第6章  保残木が植栽木・更新へ与える影響…… ………吉田俊也
第7章  保持林業と複層林施業……………………………伊藤 哲
第8章  諸外国の生物多様性を保全するための制度・政策…柿澤宏昭
第9章  日本における生物多様性配慮型森林施業導入の課題と可能性…柿澤宏昭
第10章  生物多様性の保全を進める新たな手法…………栗山浩一・庄子 康
おわりに
 
 
 

2019/01/19

『山漁村生活史辞典』の価格!

ふと古本屋で見つけた本。

 
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山漁村生活史辞典とは。40年近く前の本である。シリーズの1巻であるが、ばら売りらしい。
 
手にとると、驚きの内容だった。山村と漁村の生活、生業が図版で紹介してある。古今の古文書の絵を抽出しているのだ。 これは有り難い。各書を個別に調べないで済む。
 
たとえば……。
 
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林業関係も多くページを割いており、多くは「吉野林業全書」の引用だが、ほかにも木曽や秋田の林業書などから引用されている。
林業だけでなく、金銀鉄、石炭など鉱山系も多いし、木工、木炭、狩猟、漆、紙漉き、そしてコンニャクまである。
 
こういう文献は、昔の世界を知るだけでなく、現在にも応用が効く分野もあるので興味津々。昔の獣害対策なんてのは、今も通用するかもよ。
 
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いやあ、面白い文献だ。こうした文献は、新刊書ではなかなか見つからない。でも、高いんだろうな……。
 
と思って値段を確かめると! 表紙にシールが張られていましたよ。
 
200円。税込み。
 
いやあ、たまりませんわ。重いけど、即買いました。

2018/11/25

新手のウトウヨ本『日本が売られる』

今、『日本が売られる』(堤未果著 幻冬舎新書)という本が売れているらしい。

 
私も宣伝を見て、ちょっと書店で手にとってみたが、「読むに値しない本」と認定してスルーした。が、某氏より「この本の内容、どう思います?」と質問された。内容に「森が売られる」の項目があるからだ。そこで改めて手にとった。今度も立ち読みだけど(笑)。
 
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目次は、こんな感じ。
 
第1章 日本人の資産が売られる
1 水が売られる(水道民営化)
2 土がか売られる(汚染土の再利用)
3 タネが売られる(種子法廃止)
4 ミツバチの命が売られる(農薬規制緩和)
5 食の選択肢が売られる(遺伝子組み換え食品表示消滅)
6 牛乳が売られる(生乳流通自由化)
7 農地が売られる(農地法改正)
8 森が売られる(森林経営管理法)
9 海が売られる(漁協法改正)
10 築地が売られる(卸売市場解体)
 
1章だけで、こんなに並んでいるが、たしかに「森が売られる」の項目があり、そこで森林経営管理法を取り上げている。この法律を「売る」という感覚で記すのはどうかと思うが、まあ、それはよしとしよう。 
 
私も森林経営管理法について、その危険性についてアチコチに書いてきた。同じように批判しているのか……といえばそうではない。おそらく著者は日本の林業事情についてほとんど理解していない。林業現場に足を運ぶことなく上っ面をなでたような内容だ。この法律は民間企業が森林を買い取ると解釈しているようだし、所有者不同意の森林を伐採する意味もヘンな解釈。ちゃんと法律の内容を理解しているように思えない。
 
せっかくだからAmazonの本の説明文も引用する。
 
水と安全はタダ同然、医療と介護は世界トップ。そんな日本に今、とんでもない魔の手が伸びているのを知っているだろうか?法律が次々と変えられ、米国や中国、EUなどのハゲタカどもが、我々の資産を買い漁っている。水や米、海や森や農地、国民皆保険に公教育に食の安全に個人情報など、日本が誇る貴重な資産に値札がつけられ、叩き売りされているのだ。マスコミが報道しない衝撃の舞台裏と反撃の戦略を、気鋭の国際ジャーナリストが、緻密な現場取材と膨大な資料をもとに暴き出す! 
 
どこの現場を取材してんねん! とツッコミドコロ満載だ。そもそも取材したら、通常は関係者のコメントや経験談、現場の描写などが入るものだが、そうしたものは一切抜き。絶対に現場取材していないと断定しておこう。そもそも取材先はおろか、資料や元データをどこにも記していないのも不信をあおる。
インターネットの情報を拾い集めたような書きっぷりだ。とくに正否両方のある情報の吟味もしていない。都合のいい批判論調だけを集めたのだろう。 
 
森林以外で私が多少ともかじっている分野もいくつか立ち読みしたが、どれもこれも、なあ。。。(´_`)。
 
たとえばミツバチを殺すとされる農薬ネオニコチノイドに関しても、さまざまな研究結果が飛び交っている状態で、その危険性は確実に認定されたわけではない。相当、慎重に農薬化学を読み解かねばならないのに、エキセントリックな情報だけを並べている。
農地法や漁協法の改正に関しても、なんて薄っぺらなんだ。現状に問題があるから改正されようとしている(その改正のベクトルが正しいかどうかが論点)わけだが、改正そのものを陰謀かのように記す。
 
一事が万事なので、全部読まなくてもいいだろう。タイトルだけ見て、それをググれば、同じ内容がいっぱいネット上に出てくるよ。
 
そして、全体を通して感じるのは、「強欲な欧米諸国の資本主義が日本に襲いかかる」という論調だ。いわば「日本スゴイ」の裏返しのネトウヨ論調。いつぞやの「日本の森が外資に奪われる」とあおった本と同じ類だろう。「日本は美しく、優しい人々の国だったのに……」と昔を持ち上げ、現在の(外からの)危機を訴えるのだ。
 
こうした本を書けば売れるんだな。と寂しくなったのでした。
 
あ、私も書けばいいんだ!(゚д゚) 良心を捨てて。
 

2018/11/06

「サカナとヤクザ」と林業

先日、娘が帰省したので『パパ活』をやった。パパの活力増進運動(^_^) である。

 
で、私としてはいただいた活力を発揮しようと娘に何がしたい?と聞いたら「カニが食べたい」との答。ならば、とカニが食べられる店を探したのだが……ズワイガニの解禁日は大方11月6日だった(つまり、今日だ)ので、今手に入るのは店でも冷凍ものになってしまう……そんなわけで、料理店に行かずにスーパーで買ってきた冷凍カニで鍋をしたのだった。 
 
冷凍なのは、よい。というか仕方ない。が、そもそもカニはいつ、どこで食べても密漁品なんじゃないか、と思わせられたのが、この本である。
 
『サカナとヤクザ』(鈴木智彦著 小学館刊)
 
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日本の漁業がどーにもならなくなっているのは感じていた。スーパーに行けば、やけに小さなホッケの干物が並ぶし、サケもサバも多くのサカナが外国産だし。水揚げが落ちているとか、従事者が激減したとか、資源が枯渇しかけているとか。が、その裏にヤクザが絡みつきグダグダの関係が築かれているとは思わなかった。
 
本書で描かれているのは、主に三陸地方のアワビに始まり、北海道のナマコ、九州~台湾~香港のウナギ密輸シンジケートだが、その間に暴力団に支配されていた銚子の街や、北方領土を含んだカニやウニ、サケなどの分捕り合いの歴史的な事情も詳述されている。
 
ま、その具体的な様子は本書に目を通していただきたいが、すさまじいの一言である。禁漁期間や禁漁区域、量制限など、まったく無意味とも言える密漁の常態化。そして産地偽装のオンパレード。もはやカニやアワビの過半は密漁品だろうという。ウナギにいたっては、シラスウナギの段階で大半が怪しい。いくら国内で丁寧に養殖しても(丁寧じゃない養殖が大半だが)、すでに薄汚れている。
 
しかも、これがヤクザのせいとばかり言えないのだ。密漁に加担しているのは、漁師や漁協、市場、水産会社、そして水産庁も含まれるからだ。そして、それらの連鎖の最後に連なるのが消費者だ。出所がなんであろうと喜んで食っているのだから。
 
「おわりに」にある文章をいくつか引用すると、
「漁業をちょっと取材するだけで、密漁や産地偽装などの諸問題がごろごろ出てくる。叩けば埃どころではない。こびりついた垢に近い」
「その前に魚がいれば全部獲るのが漁師の本能だ」
「ほとんどの人間は水産物を金としか思っておらず」
「漁獲高が右肩下がりで落ち込んでいるのは、先進国の中で日本だけだ」
「日本の漁業を知れば知るほど、密漁など大した問題ではないと思えてくる」
 
きりがないが、東京オリンピックで提供できる食(水産物)が、国際基準ではほとんどないので、独自のゆるゆる基準を設けた(しかも審査するのが水産庁の外郭団体)……という下りで、思わず笑ってしまった。
 
それって、木材とまったく同じ!
 
そう、国際的な森林認証から逃げるように独自の穴だらけ基準を設けたのだから。
林業・木材産業界と、まったく絶望的な状況まで同じだ。業界内でつるんでいることも、規制破りも、産地偽装も、みんな重なる。私は常日頃から「絶望の日本林業」と口にしているが、実は「絶望の日本漁業」でもあったのだ。
 
幸か不幸か、現在の日本の林業で一攫千金を狙えるほどの高価格の商品はない。木材価格は落ち続けているし、銘木の需要も激減した。だからヤクザが付け入る隙はない……かと思えば、そうでもない。何しろ補助金という名の打ち出の小槌がある。とくにバイオマス発電は、極めて危険だろう。私のところにもたらされる情報だけでも、えぐい非合法行為と、合法的補助金詐取が蔓延している。
 
結びに「これこそが日本の食文化なのだ」という言葉があるが、「これこそが日本の木の文化なのだ」と言い換えてもいいんじゃないか。

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