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政策・行政関係

2018/11/20

林業の「重要文化的景観」

鳥取県の智頭駅前には、こんな碑があった。
 
2
 
幾十年かけて育てし杉の木を伐り給うなり嫁ぐわがため
 
ええ、詩やなあ(^o^)。
 
ほかにも「町有林造成顕彰碑」なんてのもあって、えらく人工林に力がこもっている。
 
さて、「智頭の林業景観」が国の「重要文化的景観」として選定されたそうである。(今年2月13日)
 
これは何か?と思えば、できたばかりのようだが。2004年に文化財保護法の改正に伴い、有形や無形の文化財の種類の中で、景観の文化的な価値を評価し、地域で守り継ぐために新たに制度化されたものという。
さらに文化的景観の中でも特に重要なものを「重要文化的景観」として国が選定する制度が整えられた。「重要文化的景観」は、いわば「風景の国宝」なんだそう。
 
そして智頭は、林業にまつわる歴史によって形成された「山村集落と周辺の人工林」「林業で栄えた宿場町と周辺の山林」さらに「天然スギと広葉樹林広がる中山間地」として、重要な文化的景観だと認められたわけだ。林業景観としては初だろう。 
 
そうした制度で地域に町民に誇りを持たせるのもよいかもしれない。
 
もし、我が町の林業景観だって……と思われる方は立候補してほしい(^o^)。
 

2018/11/15

薄利多売、赤字多売の林業

先日、林野庁およびOBなど関係者と簡単に話をする機会があった。

 
そこで私が振った話題が「近頃は薄利多売の林業になっている」という点だ。ようするに単位当たりの利益が薄くなって、それを量でカバーする林業。当然、私は批判的に述べたのだが……。
 
なんと、彼らは肯定的に捉えていることに気づいた(゚д゚)。
 
そして“質の悪い木材”は、施業(生産)を低コストにして利益を確保し、量を出荷するのが最善の方法だという。 
 
バカなのか? 
 
そもそも「薄利多売」の経済学的な条件をわかっているのか。
 
まず多売するほどの商品量が確保できること。工場生産なら稼働日数を上げるとか、残業を増やすとか、生産効率を上げ生産期間を短くするという手もある。そこにはスケールメリットの論理も入ってくる。同じものの大量生産は効率を上げ、コスト削減になるという論理だ。
ただし、原材料を確保できるという前提が必要になってくる。原材料がなくては商品も作れないし、仕入れも大量に行うことで安くする=コストを下げる。
 
次に、多売できるほど需要があること。薄利、つまり安いものが大量に売れることで利益を増やすのだ。売れないと、薄利少売、いや赤字だろう。そのために安くすると売れる商品でないとできない。
 
 
さて、これを林業に当てはめると、大量生産というのは単に伐採量を増やすことではない。原材料の生産、つまり植林から始める育成も多くなくてはならない。だが、樹木の生産、つまり生長は長くかかるため何十年も前からの準備が必要だ。成長速度を人間が早めることはできない。結果的に大面積を確保するしかないのだが、それでも50年以上という期間を短縮するのは不可能だ。
早生樹植林とか林地施肥なんて考える人もいるが、基本的に失敗例ばかり。あえて言えば伐期を短くして細い木を収穫し、それを集成技術で使えるようにする……という方法があるのだが、これも加工コストが上がってしまう。
 
さらに木材生産の低コスト化のために機械化推進というのは矛盾していることに気づいていない。機械化は高コスト化なのだ。機械を使えば人件費を圧縮できる現場だったら一時的に低コスト化できたように見えるが、それも一過性。作業面積を延々と増やしていかねば機械の稼働率が落ちてコスト高になる。
つまり林業の場合、機械の価格とランニングコストは人件費より高くつく。ましてや人員そのものも削減するのは至難の業だ。機械化で伐採量を増やしてもかさばるものの処理には人手が多くいる現実がある。結果的にコスト増を招いている例が多い。
にもかかわらず低コストを無理やり進めれば、林地を傷めたり施業技術を失って将来の生産に悪影響を与えるだろう。工場でもコスト削減した結果、故障が続発するようなものだ。
 
そして需要はどうか。これも縮み続けている。木材消費量は基本的に右肩下がりなのだ。それを増やすために取っているのがバイオマス発電の燃料なんだが、これは完全に捨て値販売だ。鳴り物入りで仕掛けたCLTも全然売れていない。ここで薄利多売ではなく多売薄利(多く売っても利益は少ない)いや赤字多売(売れば売るほど赤字)を余儀なくされている。
 
 
こうした林業の経済構造を、彼らは理解していないらしい。目先の(自分たちが管轄する)林業家(山主ではなく素材生産業者=伐採業者)が儲かるだけなのだ。その陰で赤字に沈む人々が数多くいるのに。それを「薄利多売の林業がよい」と思っているのは度し難い。
また設備などのコストは補助金で補うという発想だが、これは日本の財政にとって赤字。つまり林業界のごく一部を設けさせるために、日本という国を売り飛ばしているようなものだ。
 
税金を投入してつくる需要は、しょせん一過性の色物だ。公共施設に木材を使うことを強いるのも反則だろう。量的には2割に達しないから民需なくして真の需要とならない。
さらに商品価値を落とす需要も赤字の元だ。バイオマス燃料が典型だろう。それは商品自体のブランドイメージを落とし、将来のじり貧につながる。
 
薄利多売のビジネスモデルは、どんな業界でもリスクを伴うのだが、林業は、とくに向いていない業界だ。もう少し、頭を使ってくれ。

2018/10/27

WEBRONZAと「この木どこの木?」キャンペーン

WEBRONZAに「疑問だらけのクリーンウッド法 」を執筆しました。

 
これは有料サイトだが、前半部分は読める。核心の(はずの)後半部分は、Yahoo!ニュース やブログでも記してきたことで、目新しいのは前半でしょう(^o^)。
 
このところクリーンウッド法に関する記事を多く書いているが、眼目はこの法律ではなく違法伐採の取り締まりだ。外材の場合はトレーサビリティの確認と輸入規制をしっかりすべきであるし、国内でも盗伐や森林経営計画を始めとする違反した木材は少なからず出回っている(補助金の不正とか、皆伐後に再造林をしっかりしているのか?など、突っ込めばいろいろあるだろう。)から、しっかり検査・監査をしてもらいたいということだ。
 
違法木材の流通は、国の内外の森林破壊を助長しているだけでなく、合法的な施業によるまっとうな木材を駆逐することになって林業の健全な経営を妨げる。
逆に言えば、違法木材を追放することが、林業を健全にする。たとえば輸入される木材のうち1割を超すという違法木材・グレー木材を追放できたら、市場でだぶついている木材量を削減できて、材価を上げることができるだろう。国内も同じく。
つまり違法木材の追放は、まっとうな経営をしている林業家を応援することにもなる。もちろん、国際的な評価も上がる。環境、経済、国際世論。いずれをとっても悪い話ではない。
 
本来ならこの点をもっと強調して推進すべき国は、完全に及び腰でやる気がないのはなぜだろうか。 
 
多少とも世相を読めば、世界的に違法木材の追放と木材のトレーサビリティは大きな潮流になりつつある。日本だけが内向きになっても、5年10年の間に、木材の扱いは大きく変わる。マイクロプラスチックの問題、ディーゼル規制などから連想できるはずだ。
日本はいつまで背を向け続けるのか。これには国だけでなく、企業や大寺院も含まれるのだが。
 
その点は、WEBRONZAの記事後半に記した力点でもあるのだが、まずは日本国民が目の前にある木材を見て、「これはどこから来た木だろう? ちゃんと合法的に伐りだしたのか? 伐採後の林地の環境はどうなっているだろう?」と考えること。それを世間に表明することだろう。 
 
 
ところで「この木どこの木?」キャンペーン が始められている。そのためのサイトが立ち上げられた。
これは有志の女性が立ち上げたForestream(フォレストリーム)という運動体である。
 
この女性は「林業ガール」として知られ(笑)、バイオマス発電の問題を考えるためにボイラー技師の資格も取った人(゚д゚)。森林、そして林業をよくするために考えた結果、違法木材問題に焦点を絞ることにしたのだという。 
 
個々人が、それぞれの思いを持って行動するところから始めて行くことに期待したい。
 
 
1 この南洋材はどこに行く?

2018/10/22

林学は林業のビジョンを示せるか?

少し前になるが、時事通信のネット版で、

 
 
という記事があった。 
 
これが気になってメモをとっておいた。だって、「農学」を「林学」に置き換えたら、そのまま通用しそうだから(笑)。
 
少しだけ引用しよう。
 
リードがこれ。 
日本農業の衰退が止まらない中、最高学府である大学の農学部は何をすべきなのか。東京大学総長を務めた三菱総合研究所理事長の小宮山宏氏は「日本農業のビジョンを示せ」と訴え、こうした取り組みを行わない農学部をゼロから作り直すべきだと「農学部解体論」を唱えている。
 
本文の小宮山氏の発言の一部。
 
少なくとも農学部全体としては、日本の農業に具体的な指針を示してほしい。
チャンスはあるのに、そういうことを何もしていない。学部全体や、農業大学なら大学全体として、そういう指針を打ち出す責任があると思う。学会全体としても同様だ。だから解体せよと言っている。林業についても、日本の林業をどうするか、きちんとビジョンを出すべきだ。
 
分散した小さな田畑でも、機械化し、GPS(全地球測位システム)やITを動員した一括管理が可能だろう。今まで大学や各地の農業研究所が蓄積した知を全部AI(人工知能)に入力しないといけない。暗黙知も形式知も、あらゆる情報を集めて、食や社会の動向も含め、全体像をつくれるのは大学しかない。
 
日本の人口が減っていくのは確かだが、海外の人口もいずれ減っていく。世界人口は今76億人だが、19世紀から20世紀に入る時は16億人だった。それが今76億人まできて、今後、最大96億人でピークアウトすると言われている。
 
それほど、海外人口が増えるわけではない。日本が飽和しているから輸出だと言うが、世界も飽和に近い。だから、あまり輸出に頼りすぎるのは無理だと思う。
 
日本の学府・研究機関は、個別の小さなテーマを研究することが多い。上記の例で言えば、稲の遺伝子とか。林業ならスギの品種改良や木材の強度とか。あるいは山村の製材所とか海外の木材生産組合の動向などを研究する。
 
それもいいが、それらを統括した林業の未来像を描く研究はないのだろうか。
品種改良に機械化に山村経済に金融システム……それらを組み合わせた日本の林業のビジョン。
 
これは大学だけでなくむしろ政府系の研究機関がすべきだが、政策づくりの指針となる研究と提言だ。個人や有志レベルの提言はあるが、きっちり公式に「日本の林業かくあるべし」という研究を出して政治家に突きつけるような迫力のあるもの。 
 
それがないから、研究と現場の乖離が指摘されてしまう。
あげくは林業に素人の政治家が思いつき政策を推進してしまう。官僚は自身の意志がないかのように唯々諾々と従う。
 
現在の施策に反論、ストップをかける動きがまったく見えないのが不思議なのだ。それは外野が叫んでもダメで、インサイダーがやるべき仕事だと思う。
 
ま、どんな提言出しても、自分の任期中にできることしか興味を持たず、聞く耳持たず論文読めない政治家と官僚相手では暖簾に腕押しかもしれないが。

2018/10/09

木材自給率50%をめざす計算方法

林野庁が平成29年木材需給表を発表していて、ようは昨年(2017年)に、木材自給率が36,1%に達したことを発表している。昨年から1,3%アップだ。 

 
 2017
 
 
毎年のことなんで、今年は無視しようかと思ったのだが、思えば2025年に木材自給率50%を目指しているのだった。ということは、あと8年で14%近く上げねばならないということだ。
あえて50%に達するにはどうすればよいか考えてみた。
 
少なくても毎年1%の上昇では足りない。1,8%アップは欲しいところだ。すると今年の上昇率でも足りないのだ。 
 
今年の中身を見ると、木材消費量がここ数年少しずつ上がっている。今年は4,7%。
しかし中身を見ると、用材の伸びは2,3%であるものの、燃料材が34,3%も増加したことが大きく効いている。
供給は、国内・輸入とも伸びているのだが、自給率に関しては国内が増えないといけない。
国産材は8,8%増加。内容は用材が3,7%増加、燃料材が35,4%増加
つまり需要も供給も、燃料材に圧倒的に頼っていることがわかる。 
 
2017年の木材総需要量は、8172万2000立方メートル。これは今後大きく伸びることはないだろう。とりあえず25年が8000万立方メートル程度だとしても、自給率を半分にするには4000万立方メートルを国内で生産しなければならない。
 
今年の国内生産量は、2952万8000立方メートル。つまり、今後8年間で1000万立方メートル以上増産しなければならない計算だ。
1000万立方メートルの木材増産のためには、どれほどの森を伐らねばならないか。これは森林蓄積がどれぐらいに設定するかによってガラリと変わるのだが、(林齢40年)1ヘクタール300立方メートルぐらいにしておくと、毎年3万4000ヘクタールの森を皆伐して増産すればよいか。もちろん間伐でも木材生産はするし、林齢もいろいろだから全然目安にならないのだが、なかなか目標達成は大変であることはわかる。 
 
 
もう一つ方法がある。そもそも需要を増やさなければよい。そうすれば供給量が少なくても50%に達する。
だったら、いっそ燃料材を計算から外せばいい(笑)。いや、数年前まで計算外だったのだから別に斬新なことではない。
 
製材の自給率は、すでに約48%だし、合板は約38%。足を引っ張っているのは16%しかないパルプ・チップだ。合板は伸びしろがあるし、燃料にしている木材を製紙チップに回せばグンと伸びる。用材需要の伸びは2,3%。国産用材供給は3,7%。用材だけで計算した方が木材自給率は高くなる(笑)。計算外とするバイオマス発電燃料は全部輸入に頼る。
 
いや、そもそも木材自給率は製材用材だけで計算することにしたらよい。だったら、あと2%底上げするのは簡単だろう。
計算方法を変えるのは、統計のいつもの手だ。木材自給率なんて、マスコミもたいして興味を示さないからこっそりやったら気づかれない\(^o^)/。私も口をつぐもう(^^;)。
 
 

2018/09/08

森の聞き書き名手・名人は?

国土緑化推進機構が主催する「森の聞き書き甲子園」と、そのための「森の名手・名人」(後に「海・川の名人」を追加)選定を、今年もやっている。

 
平成30年度は、新たに82名の「名手・名人」が選定され、これまでに選定された「名手・名人」は、森と海・川を合わせて約1,600名になりました。
 
平成14年から、とあるからすでに16年間か。もはや名手・名人も品切れ気味なのだが、一度始めたら止まらない体質は官庁・官僚から引き継いだかのようだ。 思えば関連NPOもあるから、簡単にやめられないのかもしれない。
 
ただ緑推機構のHPを見ると、
 
なお、「森の名手・名人」の選定は、本年度をもって終了することとなりました。今後は、聞き書きの対象地域を公募し、その地域内で聞き書きを行う名人を選定することとなりました。
 
さすがに限界を感じたようです(^o^)。 
 
もともと林業の名人技を顕彰・記録する意味があったはずだが、今ではどちらかというと、聞き取りをする高校生の教育効果の方が表に出ているように感じる。聞かれる方にとっては、若い学生に話をするのも楽しいのかもしれない。
 
ただ、徐々に幅を広げているとはいえ、林業および周辺の仕事に携わっている人口が数万人しかいないのに、1600人も名人にしてしまうというのは、無理がある。これまでもヘンなケースがいくつも見かけた。たとえばある技の師匠が選ばれずに弟子が選ばれたり、知る人ゾ知る業界で評判の悪い技術の持ち主だったり……。
 
今回の一覧 を見てみる。毎年チェックしているわけではないので、今年の傾向かどうかはわからないが、杣師という名の「特殊伐採」が幾人か。これ、ようはアーボリカルチャーなんだろう。しかし、経験年数が30年とか40年というのは……。自己流でなく現代的な安全技術を身につけている人であってほしい。 
 
カスタネット製造」というのは珍しいかもしれない。これ、伝統的な木工ではなく、楽器製造に入るのだろうか。ならばバイオリンとかギターも選ばれているのだろうか。しかし、そこからどんな「森」が聞き出せるんだろうか。
 
 
「聞き書き」というのは、簡単に言えば取材と執筆であって、我々が仕事としている技術だ。
 
ちなみに今の私は、聞き書きが下手な方だろう。かなり力が落ちたと実感している。
昔は、嫌々対応している人をのせて盛り上げて話を聞きだすなんてこともした。取材しながら意見が対立して喧嘩腰で怒鳴り合いながらも相手から必要なことは聞き出した。取材量も、1週間で5本して5本の記事を書いていたから、身についたのだ。
だが、今はすっかり……手抜きが上手になった(笑)。取材量も減った。取材力とは、体力と正比例しているように思う。ただ執筆量は増えたかな。ブログ毎日書いているし(笑)。
 
少し初心にもどらないといけません。
 
ただ先日手にとった本は、非常に多くの人を取材しているものだった。関係者を訪ね歩く粘り強さに感心したのだが……、実は最後まで読めなかった。あまりにも面白くない、読みにくい書き方なのだ。話がどこに向かうのか、各エピソードがどこにつながっているのか、読み出したら頭が痛くなって投げ出した。文章力もさることながら構成力がない本は、読むのが辛い。取材力だけではダメだなあ、と思い知った。
 
 
いっそ「森の聞き書き名人」を選定してみたらいいかもね。

2018/08/06

バイオマス熱のFIT

木のルネサンス」(熊崎実著・エネルギーフォーラム刊)を読んでいると、ちょっと面白いイギリスの施策が紹介されていた。

 
まあ、この本には、日本のバイオマス発電がいかにダメダメかを詳しく書いているのだが、成功例とされがちなドイツでもバイオマスでも問題は山積みだそうだ。
 
とくつに問題は、FIT(固定価格買取制度)だ。バイオマスなど再生可能エネルギーとされたもので発電された電気料金を固定価格、つまり事前に定めた高い金額で買い取ってくれる制度で、日本はその制度の不備だらけのため、バイオマス発電が森林を破壊し、さらに海外から石油を使って輸入するバイオマス燃料を高く買い取る有り様だ。
 
日本の場合、未利用材から一般木材、建築廃材まで区分けするという世界に類を見ない大馬鹿な方法を取ったが、これは一部の業界に金を回す裏施策だったのだろう。
 
そもそもバイオマスエネルギーのうち電気に変えられるのは1~2割なんだから、そこにFITを当てはめたのが間違いなのである。8割方、熱としてエネルギーは放出されるのだから。
 
で、イギリスが考えたのが「熱のFIT」のような再生可能な熱の生産コストと化石燃料の差額を政府の補助金で埋める政策。これをRHIというそうだ。2011年にスタートした。
 
電気料金に上乗せするのではなく補助金なのだが、熱利用を進める方が意味があるのはたしかだ。実際、イギリスではバイオマス熱の利用が一気に拡大したそうである。
 
ま、その結果、補助金の底はついて、痛い目にあったそうだが……。ちょうど石油の値段が下がって、差額が大きくなりすぎたのである。
 
何をやっても、バイオマスエネルギーは上手くいかないというわけだ。それでも電気のFITよりは熱のFITの方が意味あるように思える……。
 
 
それでも熱を固定価格にした方がよかったような気がする。発熱なら小型ボイラー中心になって、大規模な燃料木材の調達に走ることはないからだ。しかも熱が届く範囲という地域経済に金が回るのである。
 

2018/07/28

「防災省」設立構想

今晩は、近畿圏を台風12号が通過予定。緊張した時間を送っている……と書きたかったのだが、今のところ雨も降っていない(~_~;)。風もほとんどないなあ。近隣には避難勧告の出た地域もあるのだけど。 

さて、そんな相次ぐ災害に備えて防災省(仮称)の創設案が登場している。

 
先日、札幌で開かれた全国知事会議でも「国難レベルの巨大災害に負けない国づくりをめざす緊急提言」の創設が提案され、採択されていた。また自民党総裁選挙に出ると噂される石破茂議員が「防災省創設」を掲げたことも話題になった。官邸側としては、こうした政策を潰そうとしているから実現可能性はさほど高くないが。
 
防災省構想は、もともと阪神大震災が起きたときに総合的な防災・災害対応を行う部署が必要として、アメリカのFEMA(緊急事態管理庁とでも訳すのかな?)のようなものをつくろうとしたのが最初のはず。それを関西広域連合が提案するようになり、石破議員も取り上げたというのが流れだと思う。
 
実は先日、英字新聞の記者から、この防災省案についてのコメントを求められた。
私が以前にYahoo!ニュースに書いた「山川省構想」を読んで、防災省と似ているからだという。
 
山川省構想とは、土倉庄三郎が唱えたもので、時期と内容もかなり違う。明治時代だけに、山川省は、防災のための緑化と森林整備が第一義であった。ただ、山と川を扱う官庁がバラバラでは効果が出ないという発想は、防災省にも通じるところがある。つまり縦割り行政を廃する目的である。
 
求められたコメントは、
 
・防災省を創設すると、防災強化の名目で政府は自然破壊に繋がる無駄な公共事業を認可しやすくなる恐れがあるか。
・政治家、学者たちは防災省に「被災地の復興まで担当する権限」を描いているようだが、町村レベルで山川の復興をどこまで考えているか。
・仮に農林水産省が分割され「山川省」を創立すれば、防災省よりうまく行くと思うか……。
 
というものだった。
 
想像される防災省の役割は、
各省庁がバラバラに取り汲んでいる防災・災害対応を調整すること。
防災内容などの基準を一元化すること。
専門知識・技術を持つ職員の養成と専属にすること。
 
この3つだろう。その点からすると、
防災省が、公共事業を認可して自然破壊が進むとは考えにくい。むしろ、権限のないまま提案する無力な官庁になるかもしれない。また専門知識を持った職員を本当に養成できるのか。数年ごとに転勤させる体制を改変できるのか。
日本の中枢は、遠い未来の姿を描くのが不得手で、社会の将来像や自然環境の保全に対する意識が低い。防災省ができても、インフラの復元や、防災施設の建設など目先のハコモノと復興ばかりを優先するだろう。防災名目なら自然破壊も仕方ないと考える可能性だって大。
インフラが復元できた頃には、そこに住む人がいなくなるかもしれないのに……。
 
と返事した。
 
つまり、関係省庁(気象庁、消防庁、警察庁、防衛省、国土交通省、農水省、林野庁……)に命令する権限はなく、あくまで「調整」官庁になるだろう、ということだ。
とはいえ、縦割りゆえの弊害が減るのなら、考えてみるのもよいかもしれない。防災という錦の御旗で「開発」に待ったをかける力になるのなら。 

2018/07/25

農水省・林野庁人事のことなど

霞が関で大きな人事移動。

農水省事務次官が奥原正明氏から末松広行氏に。末松氏は、現在経産省に出稿して産業技術環境局長だそうで、出向中の人がいきなり次官というのは異例の人事だそうだが、そんなことにはあんまり興味はない。
 
林務では、奥原次官が森林経営管理法のほか、一連の「改革」という名の「林業の成長産業化」を主導したわけだが、果たして交代がどんな影響を及ぼすか。
 
末松氏は、もともと農水畑……畑といっても米作中心(~_~;)だそうだが、以前は林政部長だったこともある。官僚らしくない、という評判だったが、私的には官僚そのものに思えた。
 
そう感じたのは、在籍中に立ち上げた木材ポイント制度のとき。私は、これこそバラマキ以外の何ものでもないと思っていたし、最後は外材にまで木材ポイントを与えることになって、終了したわけである。 それが林業に与えた影響への評価も??だ。
国産材の建材をせっかく注文したのになかなか手にはいらない、と建設業者に不信感を植え付けたような気がする。
もっとも、最近では木材ポイント制度で国産材家具が増える契機になった……という声もあって、何がどう転ぶかわからない(笑)。
 
一方で林野庁長官の沖修司氏も退任し、後任は次長の牧元幸司氏だそうである。
沖氏が唯々諾々と奥原次官の路線に従ったわけだが、さて、こちらもどうなるか。
 
沖氏は技官出身だったが、牧元氏は事務官出身である。東大法学部出身ながら、在学中から緑の会に属していたとかで、わりと植物系・森林系には馴染んでいたらしい。
 
※ちなみに「緑の会」で検索すると、NPO緑の会というのがヒットするが、これはEM菌などをばらまく団体である。また東京大学法学部の緑会は、学生自治組織のこと。東京女子大学の緑の会は、カフェ巡りをするサークルのようである。多分、いずれも関係ない(~_~;)。
 
林野庁では、トップが技官出身と事務官出身が交互に交代する。 
日本の官僚は、ほとんどが東大法学部出身者がトップに立つ状況にあるが、林野庁だけがかろうじて技官もトップに上がれるのは、戦後占領軍であったGHQの勧告があるからだという。林政のトップは森林のことを知っていないといけない、と強力に押したからだ。
 
そのためか今度はどちらか気にする声がある。技官だったら林業のことを知っている……という期待があるのかもしれない。たしかに法学部出身でしかも農水省から来たと聞いたら林業のこと知らないだろうな、とは感じる。
 
ただ、最近はあんまり関係ないような気がする。林業のことを知っていると言っても、下手に業界に染まっているだけかもしれないし、事務官出身の方が素直に勉強して世間の視線で林業を眺めるから、改革には向いているようにも思える。
 
さて、お手見拝見である。(期待していないけど。)
 
 
なお、まったく関係ないが、現在「LGBTは生産性がないので支援は不要」と月刊誌に書いてお騒がせしている杉田水脈自民党議員は、鳥取大学農学部林学科卒だそうである。
現在の活動に、この経歴が反映されるようなことはまったく感じられないが、大学の専門とはその程度のものである。
 

2018/07/16

水産認証MSCとMEL

気がついたら、今日は休日で、土曜日から3連休だったらしい。あまりに暑い日が続くので気付かなかった……。(関係ない)

 
この時期、スーパーマーケットの水産物売り場を覗くと、否が応にも目立つのが「土用の日」のウナギの蒲焼だ。
 
絶滅危惧種に指定されたり、シラスウナギの漁獲が激減したり、ということが話題になってもやっぱりウナギを売るのね……と少々呆れ気味に眺めていたが、そんな売り場で目についたのが「MSC」認証。
 
ようするに海洋管理協議会(MSC)の水産物の環境認証だ。ところが、それだけでなくMEL(マリン・エコラベル・ジャパン)というのもあることを知った。こちらは、大日本水産会が2007年に立ち上げたのだそうだ。すでに10年以上も経っているわけだが、まったく知らなかった。
 
MSCだって影は薄いが、イオンでは比較的よく扱っているので目につく。しかしMELは……。
 
ここで両者の違いを説明する元気はないが、簡単に言えば、国際基準のMSCに比べて、国産のMELは基準がゆるゆるで、審査の透明性も欠ける代物らしい。そして、審査費用が安いのが売り物。
なぜか国際基準を嫌がって日本独自の制度をつくりたがるのだが、嫌がる理由が透けて見える。
 
 
まるで、FSC(森林管理協議会)とSGEC(緑の循環認証会議)の関係に似ているなあ(^o^)。
 
森林認証をなぞるがごとく、水産認証もできていたのだ。
ただSGECは、PEFCに合流したから国際基準になったし、基準も多少は厳しくなったようだけど。
 
 
私は、,FSCを取得しているスギ、ヒノキの価格を一定程度高く買い上げるビジネスを考えているのだけど、安定供給できる山はどこにあるだろうか。

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