政策・行政関係

2009/10/18

森林環境税は今……

森林環境税が増殖している。

ご存じだろうか、都道府県の独自課税で、実質的に目的税(徴収は、ほぼ県民税上乗せ)で、森林関係の整備に使うことが義務づけられている。
6年前の高知県に始まり、今年の愛知県でなんと30県。だいたい平成17年以降に制定されたところが多く、5年で見直すことから、昨年今年は見直し前の総括を行うところが多い。私も、そこに招かれているのだが、そのため、この税金の意味を考察している。でも、わかんない……(笑)。

北海道や東京都、大阪府、京都府は実施していないので、全部県である。ただ京都府は検討を始めたようだ。また西高東低で、まだ導入されていないのは東日本に多い。

やはり森林環境税を制定した県は、森林面積が割合として多い自治体である。人口が少ないと、集まる税金も少ない。だいたい2~3億円程度が目立つのである。
こうした林業県では、そもそも林業関係の補助金が数十億円ある中で、1割以下にすぎない。焼け石に水というべきかも。

神奈川県、兵庫県、愛知県。ほか福岡県、広島県も100万都市は抱えている。こうしたところは、お金が集まりすぎて、使い道に困っている(^^;)らしい。神奈川県など、川の上流だからと山梨県でも使えるか調査中という太っ腹! 

だが、納税者は、この税金の使い道にどの程度気にかけているのだろうか。そもそも制定時に反対意見が続出した、なんて例は耳に届かない。たいていすんなり課税されているのである。

「森林を守るために」は魔法の呪文のようだ(笑)。

皆さん、この課税をどのように感じていますか? 何かヒントありません? (~人~)\(-_-メ;)

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2009/10/05

森の名手・名人と聞き書き甲子園

第8回「森の聞き書き甲子園」に参加する高校生と「森の名手名人」「海・川の名人」の組み合わせが発表になった。

http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/hozen/pdf/091005-01.pdf

名人を毎回100人ずつ選んで、何人まで行くのだろうと思っていたが、海川系も入れてきたか。それはいいのだが、今回選ばれた人を眺めて、随分変わったことに気がついた。

まず「名人芸」の中に、チェンソーカービングが入った! それも3人である。

北海道の木霊(児玉)光さんと、千葉の栗田宏武さん、そして岐阜の平野守さん。……ん?
平野さんて、以前吉野チェンソーアートスクールに通っていた生徒じゃないか?!

おいおい、講師より先に生徒が名手名人になっちゃったよ(笑)。講師の立場はどうなるんだあ。て、小さなことは言わない。この平野さんは、飛騨の合掌造りの村で生まれ育ち、その後も合掌造りの家を扱う工務店を経営していたと聞いている。断然、聞き書きするネタはあるやん。チェンソーカービングより、こちらの方が話は面白そうだぞ(笑)。

全体に建具や家具職人のような木工系が増えて、森から離れていく傾向を感じるが、これまでになかった?ようなログハウス職人や、森林ガイド、重機オペレーターまで含まれている。かなり枠を広げたというか、何を持って名人というか……。

私のかかわりのある人で言えば、奈良県川上村の辻谷達雄さん。吉野林業50年の人で、いつ選ばれてもおかしくはなかったのだが、その項目が「造林手」。あれっ?

彼の凄さは、その「語り」にあるのになあ。山のことを話させたら実に面白く語る。そこに名人芸を感じるのに、造林ですか。

まあ、いろいろ眺めて楽しむことができるよ。

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2009/09/27

民主党政権の林政方向性

そろそろ民主党政権の林政の方向性を推測したいと思っているが、実は何も手がかりがない。

だって農水大臣に赤松広隆氏、副大臣に山田正彦氏と郡司彰氏(参)という陣立てでは、何も林業とのつながりが見えないからだ。

せめて農林水産政務官には……と期待していたが、就任したのは佐々木隆博氏と舟山康江氏(参)。また衆院農林水産委員長は筒井信隆氏。ちなみに参議院の農林水産委員長は、平野達男氏。

いずれも林政に関わった経歴がない。大臣なんか、農政にも縁がない。どちらかというと、農民運動の経験者が多く、赤松大臣の引きを感じさせる。船山氏は、元農水省職員だが、まだ当選一回だよ。

林政に通じている議員は結構いるはずなのに、まったく入らなかったことを考えると、農水省は完全に農政シフトで、林政には目が向けられていない。おそらく農家の戸別補償制度を作り上げることに絞り込んだ人選のように思える。

もちろん林政につながるような発言も誰からも聞こえて来ない。つまり人事からは、今後の林政の方向が見えないのだ。

では、マニフェストはというと……自公政権の行っていたものと違いが見つからない(^^;)。

まあ、当たり前だ。民主党のマニフェスト作成に関わったのは、自公時代の推進者と同じ人なのだから。(・_・)...ん?  おっとっと(^x^)。

ようするに変化ないということか。ただ林業関係の補助金は、一括交付金になったら、林業に回すかどうか自治体が決めることになるのかね。

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2009/09/07

日米の「緑の雇用」

最近、新聞で「緑の雇用」という言葉が、散見される。ただし、国際面に、だ。

そう、こちらはアメリカのオバマ政権が打ち出した「グリーン・ニューディール政策」のこと。グリーン・ジョプとも呼んで、これを直訳すると「緑の雇用」になる。

と言っても、アメリカの緑の雇用は林業とは関係なく、環境政策であり、主にエネルギーに関することのようだ。太陽光や風力など自然エネルギーをもっと利用して環境産業を起こそうという意図である。そして、新たな環境産業の元に最大400万人の雇用を生み出す構想である。

それに対応するかのように日本の民主党も同じような環境政策を打ち出そうとしているようだが、こちらは「緑の内需」なんて呼び方をする。さすがに「緑の雇用」では、すでにある林業政策……というか、山村への移住をうながす研修事業と混乱するからだろうか。

もうすぐ発足する民主党政権の森林・林業政策は、まだはっきりしない。当面ウォッチングするつもりだが、大枠として自民党時代と劇的に変わることはなさそうだ。マニフェストにもあまり登場しないし、基本的な考え方が一緒に思える。

ただ、日本の従来の「緑の雇用」は、単に人を山里に送り込むだけで、山仕事を新たに作り出す効果は少なかった。補助金で当面の作業を作っても、旧態依然の失業対策に近い。それは何ら新たな産業になり得なかった。
移り住んだ人にとっても、研修受けても補助金が切れたら仕事はないのでは、やる気を削がれるし将来が見えない。となると、山里を去るしかない。無理して残ることでは「緑のワーキング・プア」を生み出したんじゃないか、とさえ思う。

真に必要なのは、新たな産業としての雇用を生み出すことではないのか。それがビジネスとして利益を生み出す構造ができたのなら、自然と移住者が集まるはず。順序が逆だ。その点からは、アメリカ側の発想の方が正しい。

だから、日本も「緑の雇用」は止めて、「緑の内需」に吸収させた方がよい
たとえば、輸入に頼る農林産物を国産に切り換える手だてを進めることで、外貨を払わず国内に資金を落とさせる内需になる。

林業(森林産業)を健全な魅力あるビジネスにすることで、雇用を増やすのが、世界に通じるグリーン・ジョブだろう。

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2009/06/25

ペレットは木材の有効利用か

セブンイレブンの売れ残り弁当(食材)を、安売りするか廃棄するかで公正取引委員会から独占禁止法に基づく排除措置命令を受け、ようやく加盟店の安売りをさせまいとした本部にストップがかかった。

この問題で腹が立つのは、「店のブランドイメージを守りたい」と言って、売れ残りは廃棄させようという発想である。一方で、販売機会の喪失(チャンス・ロス)にならないように、常に多めに仕入れさせようとしている。つまり、食材を一定割合で食べずに廃棄させることをビジネスに折り込んでいることだ。

自社のみの利益を得るために、地球環境を持ち出すまでもなく、もったいない精神のかけらもないことを露呈したと思う。

そこで持ち出される言い訳が、「リサイクル」だ。食材は何も全部捨てているわけではない、すでに半分近くを堆肥にして農地に返しています、という。そして、この比率をもっと高める努力をします……。

が、食材を堆肥にしたら、それは有効利用なのか。加工する際に出る野菜クズなどなら、まあそう言えなくもないだろう。野菜クズはほかに用途が浮かばない。が、ちゃんと人様が食べられる料理としての弁当なりおにぎりを堆肥にすることが正しいのか。そもそも堆肥の価格は食材に比べて極めて安く、それだけでは赤字だろう。処理費の代わりとして、それでも赤字の分は、売れた弁当などの価格に上乗せさせているのは間違いない。

食材は、畑なり牧場、あるいは漁で獲ったものを、ちゃんと食べることが基本である。その食べ残しや加工屑の再利用として堆肥などがあるべきだ。

こんなことをグダグダ書いているのは、木材でも同じことが行われているからだ。まず林地に伐り捨てしていることがある。が、それだけではない。林地残材を木質ペレットにするというのも、これに当たる。
まったく利用していない木材を、コスト(エネルギー)をかけて山から出し、木材として使う前に燃料として燃やすのは、リサイクルではなくて、直に最終廃棄につなげている。それも価格が高くて経営的に引き合うならともかく、大赤字で補助金(税金)を投入して帳尻合わせているだけだ。

必要なのは、木材を加工する際に出る端材・おが屑などをペレットにすることだ。あるいは建築廃材を利用することだ(ただし、建築廃材をペレット材料にすることを日本燃焼機器検査協会は認めていないらしい)。これならリサイクルにもなるし、廃棄物の有効利用である。そうすることによって、一本の木をあますことなく利用したことになる。また製造コストも安く済むから、経営的に引き合う。

どうしても最初からペレットにしかならないような木だというのなら、その木質ペレットを別の用途に使うことを考えてほしい。猫砂でも何でもいい。そして、猫のおしっこがしみこんだペレット廃棄物を燃料にしていただきたい(^o^)。燃えないかなあ。ペレットも崩れてぐずぐずになっているだろうが。

木質ペレットだけの問題ではないが、カスケード利用とかリサイクルの本来の意味を忘れて、コストも考えずに単に利用するだけでは「もったいない」。

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2009/06/03

農林界の三大愚策・ペレット

近頃、農林界の三大愚策として、「減反」と「伐り捨て間伐」を指摘しているが、よく考えたら(考えなくても)2つしかない。あと一つは何にしよう……と考えてみた。

で、木質ペレット

バイオマス・エネルギー自体もあやふやだが、まだ理屈は通る。そのためか、一部では救世主的に取り上げられている木質ペレットだが、実態は惨憺たる有り様だ。全国の製造工場では、在庫を抱えて頭を抱えている。

それなのに、まだ参入しようとする人が多い。また国も次々と計画をでっち上げて、金ばかりか夢までばらまいている。NPOまでペレット大好きな人が多い。

現状はうまく行っていないことを知っている人も、もっと性能のよいペレットストーブやボイラーを開発しようとか、ペレットの規格を決めたらよいとか、流通を整えれば需要が増える、なんて期待する声が絶えない。

そんな次元じゃないだろ。
もっと原理的に木質ペレット燃料は無意味なのだ。

まず肝心なことを押さえれば、木質ペレットの熱量は、石油系の約半分。
そして製造にかかるエネルギーは、木質ペレットの持つエネルギー量の3割~4割を食いつぶす。それに原材料の輸送エネルギー、製品の輸送エネルギーも計算に入れれば、さらに減退する。ほとんど半分以下。

同じ熱量を必要とする場合、確実に重量で灯油の2倍以上のペレットを使わねばならず、それとほぼ同じ量を製造で消費している。当然、コストは膨らみCO2排出削減効果は縮小するだろう。
一見、コストはトントンだという例も、実は廃棄物処理の補助金とか、直にバイオマス・エネルギー系の補助金を加えてのことだ。

原材料に、廃材や端材を使うのならよい。が、今話題になっているのは、林地残材を使おうという発想が元になっている。これは、カスケード利用の理念に反する。木材を木材として利用せず、いきなり燃料にするのは、もったいない。熱は、エントロピーの墓場である。って、関係ないか?

そして、もっとも肝心なことは、消費者はペレットストーブなんて求めていないこと。
なぜ、このことに気づかないんだろうな。薪ストープ愛好家はいても、ペレットストーブを愛好する人はいないよ。薪ストープは極めて情緒的なもので、燃える炎を楽しめる。が、ペレット燃やして何が楽しいの? 
扱いに便利なのは、石油やガス、電気ストーブだ。ペレットストーブは、どんなに自動投入できると言っても、やはり不便。しかも灰の処分や、こびりついた脂などの掃除が欠かせない。妙な頭の中の理屈だけでペレットストーブを購入した人も、コストがとてつもなくかかるだけでなく、扱いに不満を持っていることを知っている。

つまりペレット自体が、消費者不在の生産者サイドの発想にすぎない。

かろうじて事業系のボイラーならなんとかなるかもしれない。ただし、それは原料に近い所、山村地域だけだ。だが、事業系の大型ボイラーならわざわざペレットにするために輸送して、工場で加工させて、また輸送するなんてことをせず、薪のまま、せいぜいチップにして燃料にすればよいことだ。

どうしても、木質ペレットを作りたいのなら、新たな使い道を考えるべきだろう。たとえば、木質ペレットで家を建ててみたらどうだ? あるいは治山・砂防材料に使う。道の舗装なんかはどうだろう? いっそ農地に漉き込んで土壌改良材(笑)。

需要で引っ張りだこになってから、推進してほしい。

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2009/04/27

見えない森林

日本の森林率は、一般には67%とされている。大雑把に言えば、日本の国土には約2500万ヘクタールの森林があるといわれる。

しかし、この森林に都市公園の樹林部分は入らないそうだし、街路樹も無視される。詳しく調べたわけではないが、小さな神社仏閣の森、つまり鎮守の森も計算外ではないだろうか。

そしてもう一つ、大きな見えない森林として、耕作放棄地がある。最近の統計だと、全国で約47・4万ヘクタールあるそうだ。そのうち19万ヘクタールは農地にもどせるということだから、残り30万ヘクタール弱は、原野や森林になっていると想像できる。仮にそのうちの3分の1が、すでに森林相と化しているとしたら約10万ヘクタールにもなる。

実は、生駒の里山地帯にも、そうした森林がたくさんある。外目には、完全に森林である。中に入っても高さ5メートル以上の雑木や竹が繁っている。ところが、その中には平坦で石垣が組まれた土地が広がっているのだ。かつての棚田、つまり耕作放棄地だろう。

そのほか、田舎の宅地でも、無人化して森になっているところが結構ある。その一部は、転居する際に敷地にスギやヒノキを植えたケースを含む。

しかし、こうした放棄農地・宅地は、森林簿には載っていないだろう。つまり統計上は森林と見なされない。

このように統計上は「見えない森林」を合わせると、日本の森林率は70%くらいに達しているのではないか……と思うことがある。

が、時折混乱するのは、FAO(世界食糧機関)、つまり国際的な統計では64%になっていること。この差の理由がよくわからないのだが、どうやら伐採跡地でまだ再造林していないような木のない部分を除いているらしい。今は木が生えていない伐採地でも、日本の場合は放置しても徐々に木が生え森となるだろう。

さて、日本の真の森林面積はどれくらいだろうか。

誰か、統計を駆使して計算してくれ。ゴールデンウィーク中の頭の体操になるかもしれない(^^;)。

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2009/04/17

バイオマス活用推進基本法案

自民党や公明党は、今通常国会で、議員立法の形で「バイオマス活用推進基本法案」の成立をめざすことを決めたそうである。

この法案、ようするにバイオマス燃料などの普及を促すもので、関係省庁の調整を行う「活用推進会議」や有識者による「専門家会議」を設けることを柱にしている。政府に対し、基本計画の作成や財政措置を義務付けるほか、都道府県や市町村にも活用推進計画作成を求めるのだという。

まあ、内容はよくわからないが、森林整備で発生する間伐材も対象になっているのは間違いない。
そういえば岡山では、木質バイオマスから液体燃料をつくる研究を始めたそうだし、宮崎だったかバイオマス発電所の建設も決まった……記憶がある。

なんだか、ワンテンポ遅れでバイオマスに関する施策が動きだしたかのよう。

別に反対しないけどね~。

そこで思い出したのが、奈良県東吉野村だ。この村も、山に豊富に眠る木質バイオマスの利用について研究していたが、その結論が出たというニュースが流れていた。

その「木質バイオマス資源有効活用」案によると、薪、チップ、ペレットのコストを比較した結果、もっとも現実的なバイオマスの使い道は、薪にすることだと、費用の面からも適当と結論づけたのである。

おお、と私は大いに納得した(笑)。そうなのだ。いくら最新の科学技術を駆使しても、コストと手間を考えれば、薪なのである。そこで、 短期的には薪の利用を進めることにした。そこで今年度、村営宿泊施設「ふるさと村」に薪ストーブ3台を購入する。

もちろん将来的には、温泉への薪ボイラー導入、ペレット製造施設の設置などを検討するそうだが、薪用の木材を調達するため、山に放置されている材を、山林の個人所有者が自分で収集・搬出するそう。

水本実村長は「多少の負担があっても薪を使えば資源と金が村内で循環し、山林の手入れにもなる」と話している。(「毎日新聞」より)

そうだよ、これこれ。私が理想とするバイオマスエネルギーの形は、こうしたものである。

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2009/04/01

総務省の「地域おこし協力隊員」

今朝のワイドショーを見ていると、どこも自民党の「追加経済対策」を紹介していた。

そして「スギ300万本伐採」を取り上げている。だいたいスタジオの声は、そんなの雇用効果あるわけないじゃない という意見で一致。

やっぱり自民党の思いつき政策としか言えないのだが、今度は総務省が負けないような思いつき政策(笑)を公表していたよ。

都市部の若者を地方に派遣する「地域おこし協力隊員」である。
失業中の若者などに地方で活動してもらって、地方への就職、定住のきっかけにさせるというのだ。

隊員は各市町村が募集して、期間は1~3年間。仕事は農業や漁業、森林や河川など水源の管理(ようするにごみ拾いだろう)など。報酬は年200万円程度。住宅や活動に使う車も準備するというから、結構至れり尽くせりだ。今年度は300人程度を想定し、3年後には年3000人規模をめざすとか……。ちなみに費用の一部は国の特別交付税。1人当たり350万円程度を支援する。

オーマイゴッド! と天を仰ぎたくなる。

年度末だった昨日は、どの新聞も「田舎で働き隊!」の全面広告が幾つも載っていて、さぞかし苦境の広告業界や新聞業界を助けただろうと思わせたが、こちらもその延長か。

国の金で雇われた人が、田舎の仕事をどんどん行えれば、地元の人から仕事を奪うかもしれない。地元の人が同じ仕事に従事しても、国からの補助金は支払われないのだろう。
幽霊協力隊員をでっち上げて、交付金だけ取るケースだって出てくるかもしれない。

名称からは青年海外協力隊を想像させるが、あちらは、とにもかくにも地元に提供する何らかのノウハウを持って途上国に教えに行くわけだが、このケースは、何も教えるものはなく、むしろ教えなくてはならない。田舎から仕事もノウハウも収奪する政策かも。

しかし、考え方を変えて、この制度で都会人をとりあえず田舎に引き込み、単純労働に従事させるのもよいかもしれない。狙いは、国の特別交付金だ。受け入れることで、農林漁業に仕事を作り、協力隊員へ払う給料も、地元で消費させる。都会に買い物には行かさない。たこ部屋か(-.-)。どうせ1~3年で帰ってしまうんだから、こき使って使い捨てしても心は痛まない(笑)。

こんなこと、私が指摘しなくても、田舎の人はすでに考えているだろうな。

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2009/03/31

追加景気対策でスギ伐採?

自民党が、次の追加景気対策案を発表した。

その中に、「スギ花粉対策で東京近郊でスギを年間100万本伐採」なるものが紛れ込んでいた。3年間で300万本伐るのだそうだ。これで5000人の雇用創出になる……らしい。

よくわからん。

財源はどうする? といった一般的な疑問はさておき、なんでスギ伐採なのか?

しかも300万本というのは何か? なぜ本数で表現するのか?
300万本て、何ヘクタール分なんだろうか。間伐なら間伐率にもよるだろうが、なぜ面積で表現しなかったのか。

さらに言えば、なぜ東京近郊なのか。花粉症対策は首都だけのものなのか。
もっとスギの多い地域はあるじゃないか。スギにこだわるとヒノキ花粉症の人はどうする?

誰が伐採するのか。まったく素人に伐採できない。ようするに新規雇用ではなく、現在の林業従事者用に仕事を作って上げたのか。

そして伐採した木は搬出するの? 切り捨て? 出して売却するなら、またもや木材相場を狂わせるだろう。

と、まあ、わからないことだらけである。

ようするに自民党は、思いつきの事業を経済政策にしてしまったということか。

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2009/03/15

北欧バイオマスエネルギーの裏側

川崎汽船が、ノルウェーの木材ペレット供給会社バイオウッドノルウェイASと、ペレットの原料となる木材チップ輸送の長期契約を結んだというニュースを見つけた。
2010年12月から川崎汽船の木材チップ輸送船2隻で、北米や南米、アフリカなどからチップをノルウェーまで輸送するビジネスだ。年100万トン程度の輸送を見込んでいるという。それで木材ペレットを年間45万トン程度生産し、国内外の電力供給会社に販売する計画を持っているらしい。

ノルウェイを始めとする北欧の国は、バイオマス・エネルギー先進国とされている。とくに木材ペレットによる発電や熱供給が主力だ。林業が盛んで、大量に出る端材をエネルギーに変えるモデルケースになってきた。日本から視察にたくさん行っているはずだ。

だが、上記のニュースは何を意味しているか。

いまやノルウェイは、エネルギー用の木材を自給できなくなっているということだ。

ドイツに作られた巨大な木質バイオディーゼル工場でも、原料を集めるために広くヨーロッパ全域、ロシアからも木材を輸入していると聞いた。輸送距離が延びれば、輸送エネルギーも増え、おそらくCO2排出量も増えるだろう。

このことは、以前から指摘されていた。木質廃棄物を利用する手段としてのバイオマス・エネルギーとしてスタートしたはずなのだが、エネルギーがビジネスとして回転し始めると、もはや増減が難しくなる。安定供給するための材料が必要となるのだ。
そして、チップを輸入する必要が出てくる。同時に国内の林業でも、量産が課題となる。おかげで、いくら「持続的な森林経営」を看板に掲げても、過剰伐採が進んでいる。目先のエネルギー不足の解消のためには、背に腹は替えられない。

また金融危機などで木材需要そのものが細っても、製材等を止められない。製材量を減らすと端材も少なくなり、エネルギー供給が不安定になるからだ。
結果的に、製材や集成材も大量に作られるが、売り先に困ることになる。それらは、極端にダンピングして輸出される。とくに日本に……。かくして国産材の売行き不振は、いよいよ加速する。

さあ、どうする、ニッポン?

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2009/03/13

「世界遺産の森林を守ろう基金」から考える

200903121422000                                                   

訪れたスーパーマーケットで見かけたポスター。「世界遺産を守ろう基金」

この場合の世界遺産とは、紀伊半島の熊野古道と参詣道のことだ。その一部は奈良県なのだが、和歌山県が熱を入れている。

このスーパーが和歌山の資本系列だからかもしれないが、和歌山県が仕掛けた寄付金募集だ。スーパーの一部の商品が、この基金に協賛している。それらを購入すると、いくらかが基金に寄付されるのだろう。

世界遺産と引っかけたところが特徴だろうが、最近は何かと「基金」というのが目に止まる。しかし、寄付と基金は、どう違うのか?なんて考えてしまう。

先のスーパーマーケットと基金の場合、消費者は、どうせスーパーでは何か買うのだから、その時に協賛マークを付いた商品を選ぶのはおかしくない。値段はほとんど一緒。多少割高だとしても、許容範囲に抑えるのがポイントだ。店は、それによって売り上げ増を狙うとともに、店が環境問題に理解のあることを示せば、イメージがよくなり、客の入りがよくなることを期待する。

三方(客・店・森)一両得というわけだろう。

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かつては行政が金を出せ、という声が強かった。それが財政難から絞られてくると、新税が登場する。もっともわかりやすいのが、森林環境税だ。地方税に上乗せして、金を取る。これって、正直言ってイヤらしいと思う。単なる増税だ。森林だけに使う、なんて、誰が信じられますか(-.-)。その分だけ、従来の自然関係予算を削るに決まっている。

次に寄付金を求める声が強まってきた気がする。趣旨に賛同して、とはいうが、本当に自分に何の関係もない人が寄付するだろうか。会社なら、背任行為だ。
たしかに世の中の不況とは別に金を持て余している人もいるようだが、それにしても熊野古道に関心がない人が出すとは思えない。結局、奉加帳を回すことにならないか。

しかし、それも限界だろう。出した後は、どのように使われても口出ししない、なんて美しい? 寄付の時代は終わった。そこで「基金」が登場する。

お金を支払う側としては、やっぱりメリットデメリットを考える。金を出すことによって、自分にとって何が得られるのか。

そこで考えたのだが、社会事業の資金調達法として、ちゃんとした出資を求める仕組みはできないか。

今回のような漠然としたものではなく、環境、福祉、地域づくりなど何かの事業を行うNPOなどの団体に、事業説明をさせて、その趣旨に賛同するとともに成功の暁には、何らかのバックを保証させるのである。

いわば株式投資と同じである。株主としての出資であり、金を渡したら後は礼状以外何もない寄付とは一線を画す。もちろん補助金のように報告書づくりばかり忙しく、内実何もないつかみ金とも違う。
ただ株式ではないのは、出資者への還元は、配当金や株の値上がりではない。

もちろん事業で儲けて、出資金より多く現金でバックすることも大切だろう。しかし別の還元の仕方を取る。そこがミソだ。
株式投資と違うのは、配当を「出資者の満足」で行うことだ。金を出せば、後は忘れる寄付とは違う。満足の中身は、詳しく具体的な契約書を作成する。

ちゃんと現金で返すのが難しい場合でも、何らかの効果を提示する。
たとえば広告的効果でもよいし、名誉を与えるという手もある。(名誉会長位なんてのを出すのも一つ)。出資額に合わせて経営者に意見を言う権利を付けてもよい。森を確実に美しくすることとか、原野を何年後に森にする、村への年間観光客を1万人増やす……なども考えられる。福祉なら、何人の人に喜んでもらったか、何人の雇用を生み出したか、といった「満足」配当を行うことも可能だ。

契約を守り満足させれば、出資金返還を放棄するというのもあり得るかも。

また出資者は、権利とともに義務も追う。事業に、いかに協力するかがポイントだ。成功したら、自分も儲かるし、失敗したら自分の目利きが悪かったことになる。そして投資先への強制調査権も持つ。

そうなると事業主体も、経営に邁進しなくてはならなくなる。おのずと真剣になるだろう。事業に失敗したら、夜逃げしてもらう(^^;)。個人財産で保証しろとは言わないが、なんらペナルティがないのはおかしい。

……こんな基金のシステムを、もう少し煮詰めてみたい。

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2009/03/05

田舎で働き隊? 農林業だけやり隊?

相も変わらず、「農林業に向かう失業者や若者……」という記事が多いので、またこの話題で書こうかと思った矢先、ココログニュースに「農林漁業で働きたい人が急増中!」という記事タイトルが流れた。ココログというのは、このブログのポータルであり、NIFTYのブログのことだが、そこにあるニュース欄である。

で、書く前に参考にしようと、開いてみた。すると……
ブロガーたちの反応として取り上げられているのが、「出来杉計画」と「『だれが日本の「森と木と田舎」を殺すのか』であった……。つまり、拙ブログもネタ元だったのね。ちなみに「出来杉計画」は、拙ブログからもリンク張っているけど、林業やってるチェンソーアーティストの梶谷さんのブログ。

さて、気を取り直して。
実は先日、某農業組合法人を訪れた。そこでは、集落営農を請け負っていて、約21ヘクタールの田んぼを耕作している。ここの雇用は2人。そして大工(工務店)と一緒になって研修生の受入れを始めた。こちらには現在3人を入れている。住居を提供したうえ手当ても払いつつ、農業を教えているのだ。

そこで言うのは、「農業だけでは食べていけない」ことだ。

そこで建築も教える。春から秋は農業をして、冬場は建築を行う。家も建てられる農家、農業もできる大工、を養成しようという試みだ。どちらもものづくりであり、基本的な技術を身につければ応用が利く。もともと農家は、農業だけで食べているのではなく、副業を行いながら生活していた、という持論を実践していく場を作ったのだ。

副業は、建築だけでなく林業も土木も加工品づくりも販売も勤めも、なんでもあり。自然教室のインストラクターとかグリーンツーリズムも含めるという。

まさに百姓だ。百姓というのは、100の姓、つまり多くの仕事を持つ人のことを指していた。農業には100の仕事があるんだ、という解釈する人もいるが、本当は農業以外の仕事も多いのだ。

折しも、今日の参議院予算委員会では、民主党の主濱了議員が農政問題の質問をしていて、石破農水大臣と論戦を展開していた。
久しぶりに聞き応えがあったが、そこで奇しくも大臣が答弁していたのは、「農村は、常に副業で維持されてきた」という言葉だ。農業以外に土建や林業やあるいは村にできた工場に働きに出るなどして、総体としての収入を支えてきたことを語っていた。

そうなのだ。農業、あるいは林業、漁業だけで食べていく生活を描いては、おそらく大半は破綻する。

しかし、現在進められている政策は、大規模化など専業農家を優遇しようとしている。しかし専業でやっていくには、大規模化する資金とノウハウがなければ無理なので、個人の就農希望者には手が届かない。
そして「田舎で働き隊!」事業でも、その点を忘れているのではないか。農業の研修をいくらしても、それだけで食えないことは、地元の人が一番よく知っているはず。それを肝心の研修では、語られているだろうか。美しいきれいごとだけ見せるのでは、本当の研修ではないだろう。
農林漁業に新たに人を送り込みたいのなら、ちゃんと副業施策を付随させないと、棄民政策になりかねない。そして、就農したいと思う人も、農閑期には土木作業やってでも続けるぐらいの覚悟はあるのだろうか。移住先で、それを勧められたものの、嫌って都会に帰って来てしまった人もいたが……。

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2009/02/17

フォレストック認定制度

フォレストック認定制度が生れた。

フォレストック? なんて訳せばいいんだろう。こんな不思議な名の認定制度を作ったのは、日本林業経営者協会だ。今のところニュースとしてしか流れていず、協会のちゃんとした発表資料がインターネット上では見つからなかった。だから詳細は不明である。

なんでもCO2吸収量と生物の多様性保全レベルが一定基準以上の森林を認証するのだそうだ。認定を受けると、CO2吸収量を1トン当たり年間1000円で企業や個人に販売できるという。
フォレストック認定は、

(1)持続的経営がなされている
(2)生物多様性の保存がなされている
(3)間伐材が活用され、化石燃料の代替機能を果たしている

の3項目を審査する。

日本林業経営者協会の会長は、速水亨氏だ。彼は日本で初めてFSCの森林認証制度を取った人だから、森林の認証について詳しいのはいうまでもない。その彼が、こうした制度を改めて作ったのは、どういう意図があるのだろうか。

FSCやSGECなど既存の森林認証は、森林とその施業が適切に行われているかが基準である。CO2吸収量を算定したりはしない。
高知県が、間伐材を代替燃料として、独自のカーボン・オフセット・クレジットを発行する新事業を行っているほか、アミタ株式会社が、アサヒビールの森をIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の指針に基づいて、CO2吸収量を算定・認証した例はあるが、制度としては日本初だろう。

もっとも、生物多様性保全レベルは、どのように判定するのか。ちゃんと現地の調査をするのだろうか。それなりの時間とコストがかかるように思うが……。

またCO2吸収量を販売するところは、「企業の森」の民間版かもしれない。普通、企業の森というのは、公有林など公的な森林に企業が金を出して保全するものだが、こちらは民有林を、ほかの企業か個人が金を出して守る……。金額的にはたいしたことないけど、構造的にはそうなる。
ちなみに同協会の会員が所有する森林は約70万ヘクタールある。その森が年間に吸収するCO2は、420万トンだ。それを売買できる対象にしたのが目的かもしれない。

続報を待ちたい。

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2009/02/06

研修事業は誰のため?

農業や林業のほか、福祉関係は人手不足である。そこで働く人を増やそうと考えられ、まず行われるのが研修だ。それぞれの仕事に就けるように税金で職業研修を受けさせる。

一見、よいことのように思うが、実態を見ているうちに、どうもおかしく感じてしまう。

とくに驚いたのは、外国人労働者の受入れだ。今話題になっているのは、インドネシアからの看護師、介護職だろう。

これが不思議、というより不可解なのだ。高収入という餌で日本に呼び寄せながら、日本人でも難しい介護福祉士の国家資格を取得しろと言って研修する。3年で取れなければ失格だそうだ。とはいえ、漢字まじりの日本語で書かれた問題を彼らに解かせるのは酷だ。大半(全員?)は合格できず、帰国を余儀なくさせられるだろう。最初から仕組んだように。なんだか、研修することだけが目的のように感じる。

ちなみに外国人の研修費は、税金だけでなく施設側からも徴収される。それらは、しっかりと厚生労働省のほか経済産業省と外務省の外郭団体に落ちる仕組みだ

一方で、日本人の雇用ができない理由である福祉現場の低い待遇と過酷な職場環境の改善の様子は見られない。派遣労働者よりも給与は低く、仕事は厳しい。失業者でも、その現場を見たら逃げ出すという……。これで人員不足を言ってもしらけるばかりだ。

さて、この構造は、林業現場にも進んでいることをご存じだろうか。今、盛んに林業研修が行われている。ところが内容を見ると首を傾げざるを得ない。たとえば重機のない林業現場の人を集めて、重機の扱い方を教える。で、研修後は捨て置く。森林プランの作り方を教えても、肝心の森林組合は森林プランを作る気はない……。ほかにも研修は受けても、現場で活かされない(活かせない)ケースが多い。

そして、林業現場にも、すでに外国人労働者が入ってきている。主に中国人らしいが、人数的にはかなり増えている。主に重機を扱っている。林業的な技術はないが、(本国より給与はいいから)仕事の意欲は高くて、使えるそうだ。日本人の給与より安いのに。

労働現場の改革はせずに、過酷な現場に合わせられる(合わせるしかない)外国人を導入するのは、おかしくないか。

本当に研修が必要なのは、トップの人間だろう。たとえば森林組合の幹部を集めて経営学を研修するとか、改革意識を洗脳することから始めたらよいと思う。そして労務の改善やコストダウンによる収益増を達成させたら、現場の人も働きやすくなって、自然と増えるのではなかろうか。
だが、そうした抜本的改革は手を付けようとしない。研修対象は、常に末端の現場の人々だ。教えやすいから? 反抗できないし(笑)。

研修事業は、研修を受けさせる側のために存在する……そんな気がしてきた。

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2009/01/28

『田舎で起業!』は誰がする?

相変わらずニュースでは、雇用を農林業に求める声が強まっている。実際、どれほど求人が来ているとか、「緑の雇用」や「新規就農」窓口の開設が伝えられている。前途有望で、また地域づくりにもつながると明るい未来をのたまう。

もう何度も書いたが、農林業は雇用というより自営業で、自分で経営し食い扶持を見つける、作る必要がある。誰かに言われるまま働いて給料をもらう職場ではない。

そこで農で起業、林で起業、ようするに田舎で起業! しなくてはならない。それこそが、本当の意味での地方に活路を求めることだろう。

しかし、誰が起業する? 今、都会であぶれている人が、田舎へ行って、すぐに起業できるだろうか。投資資金さえほとんど持たないのに? ノウハウも持たないのに?

運良く、農業生産法人や森林組合に勤められたらよいが、枠はあまりに小さい。また雇ってもらえても、ずっと食えるとは限らない。そこで技術や経営について学んで、いつか独立するケースが多いだろう。

私は、農林水産業で起業するためには、もっとも優秀な人材を投入すべきだと考えている。彼らが全知全能を費やして起業し、雇用を生み出す。働く人も、そこでノウハウを身につけて、いつか独立する。決して、都会でうまく行かなかった人が徒手空拳で挑むべき世界ではない。

でも、「もっとも優秀な人材」って???

そこで思い付いた。もっとも優秀な人々、つまり霞が関のキャリアにこそ、田舎で起業してもらいたい。その優秀な頭脳を活かして……(笑)。別に農林水産省系でなくても、経済系なら田舎もしくは起業に興味あるはずだ。彼らの現場経験を積む意味でも貴重だ。

もちろんシステマティックにやる。起業できそうな地域を自ら選択し、テーマを決める。最低限の資金は融資(あくまで融資ね)してもよい。そして数年以内に軌道に乗せる。後継者の育成にも取り組めば、さっさと譲って自分は本庁にもどる。この引き際も勉強になる。ただし赤字を垂れ流していたら、ローンを組んで、それなりの清算はしてもらわんとなあ。

なかには事業が大きく成功させて、役人にもどるよりそのまま事業家として根付く人もいるだろう。成功者は、鼻を高くして実業界で活躍して、雇用も増やせばよい。そちらの方が儲かるし、一国一城の主としてやりがいもあるはず。政治家の顔をうかがう必要もない。役所にもどりたがるのは起業に失敗した人ばかり(笑)。
なんだ、失敗した者ばかりが本庁にいることになる、と思ってはいけない。

数日前に、成功事例は失敗の種、と書いたではないか。失敗した人が、その経験を活かして、本当に役立つ政策を立てるのだ。
そもそも、現場のビジネス経験もないのに政策作るポジションにいるのがおかしい。失敗経験こそが求められている。その苦い経験を活かして、現場の痛みを知った政策を作ってほしい。

……でも、彼らの起業が壊滅して、全部役所にもどって来たがったら、どうしよう……。

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2009/01/23

田舎で働き隊!

本日、山梨日日新聞の1月18日朝刊が届いた。なんで、山梨? なんで1月18日?  というのは、山梨県民だけの秘密(^o^)ということにしておいて、

その一面トップの記事が「農林水産業は求人ラッシュ

そう、派遣切りなどが問題になると、なんとか吸収しようと各地で手が上げられているが、なかでも農林水産業が多い、という記事だ。この時点で全国1800人を突破したという。主に農業法人や森林組合、水産会社である。

これは美しきことだと思うが、実際にこれらの求人に応募し、また根付ける人は何分の1だろうか。
そころが、こうした動きに便乗したとは言わないが、農水省でも第1次産業の雇用吸収に力を入れ始め、石破農相は、農業の雇用事業に乗り出し、二次補正予算、’09年本予算に「田舎で働き隊!」と名付けた政策を打ち上げた。正確には、農村活性化人材育成派遣支援モデル事業である。

この名前だけで胡散臭く感じた(~_~;)。

目的は、農村と都市部の人材をつなぐ仕組みづくりである。と言ってもわかりにくいが、都市部の人材を農村の活性化のために活用するための人材の仲介業務を支援することらしい。

事業内容は、人材マッチング支援事業と、農村への人材派遣事業

前者は、人材育成のためのコーディネート機関を支援する。農村での活躍を希望する人材を都市部で募集し、農村地域及び人材のマッチングを行っていくのだそうだ。
後者は、コーディネート機関の仲介により農村への人材派遣する。、農村が研修生を受け入れ、地域資源を活用した事業等に従事させ、自立した事業へと発展させる。また受入農村の希望・課題に合わせて、専門家も派遣う。

ここでいうコーディネイト機関だが、思い描いているのは、NPO法人・大学・観光協会・農業協同組合・森林組合・水産業協同組合・地方公共団体の出資する団体等らしい。
http://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/zinzai/dantai.html

……なんだかなあ。緑の雇用に似ているような。ただ、今のところ受入れ側に補助金出すわけではないようだが。
おそらく支援を受ける側が企画する「田舎を体験してみよう!」ツアーとか、交流イベント、グリーンツーリズムなどに補助金を出すのだろう。

でもこれって、どう見ても雇用対策じゃない。だいたい、今から交流して、いつ農業を始めるんだ。雇用拡大と名付けたら、財務省の査定が通りやすくなると思って考えたんじゃないのか。おそらく応募した各種団体も、そのことを重々承知で、農水省の意図に乗っかって、補助金取ることをめざしたのではないか。おそらく団体側では、すでにこれらの事業は展開済みだろう。

だまし、だまされ(笑)。片や予算を膨らませたくて、片やどんな名目でもいいから補助金採りたくて。さて、とうなりますやら。

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2008/12/16

智頭町の百人委員会

鳥取県の智頭町は、今面白い試みをしている。

町民による百人委員会を立ち上げ、公開予算ヒアリングを実施しているのだ。

http://mytown.asahi.com/tottori/news.php?k_id=32000000812060001

http://mainichi.jp/kansai/news/20081202ddf001040002000c.html

具体的には、応募して委員になった140人が、町の商工観光、農業林業、生活環境、教育文化、行財政改革などの検討部会に入って、政策提案に加えて予算折衝や事業運営まで行うという。たとえば林業・作業道の開設に3億850万円を計上すべし、という提案が出ている。森の幼稚園づくり、また町議の給与を日当制にすることや、役人の給与を町内企業並に引き下げる改革案も出たそうだ。
実は、私が先日取材に行った際も、住民側の提案による地域づくり案件への支出を行った例について聞いてきた。

言い換えると、議員の仕事のもっとも根幹部分[政策立案・予算折衝]を町民が無報酬でやるようなものだ。議員の立案能力は国会レベルからひどく、だから官僚が出しゃばって政策を作るものの、こちらも地に足がついていないものだから机上の空論になる面があった。この委員会は、その立案-事業化部分に住民が参加することでインパクトを与える可能性がある。議員の仕事は、単に提言の中から選ぶだけ、になるかもしれない。役人も、公開でヒアリングされたら住民の目が怖いだろう。

これこそ、直接民主制の中の、さらに進んだ直接自治の可能性を感じる。あるいは議員・役人に自己精進を求めるのは無理と最後通牒を突きつけたようなものになるのか。いずれにしても智頭町だけの試みに終わらせるのはもったいない。

もう、問題提起→陳情型の政治は機能しなくなるのではないか。あそこに問題があるから何とかしてくれ、と役所や議員に願い出るのは古い。解決法や財源も考えた上で、役所・議会と折衝するのが当たり前になるかもしれない。

ただ皮肉を言えば、これを広範囲に広げると、立案・折衝能力の高い住民のいる地域ほど自治もよくなるという、地域の弱肉強食時代になるとも言えそうだ。

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2008/10/31

日曜市のからくり

今日訪れた某山村では、日曜市を開いていて、農産物などが安いとかで評判だ。

ところが、そのからくりを聞いてしまった。

もともと農業は自給用だったこの地域、市を開くために出荷を促したが、あまり出ない。そこで農協が高く買い取ることにしたのだ。たとえばハクサイの卸値は通常100~200円なのに、300円で引き取る。ほとんど末端価格である。そして売値は100円

その差額はどうするか。なんと、農業振興局、つまり県の出先機関が補助金として拠出していた。つまり税金だ。

ようするに、日曜市を成功させるという目先の目的のために、金で繕っていたわけだ。昨日記した「金で政策を実現する」という姑息な手段である。これでは日曜市が流行っても、地域に何の変化も起きず、補助金の切れ目が日曜市の切れ目となるだろう。持続的な地域づくりにはならない。表面的に賑やかさを作りいかにも活性化しているかのように見せるため、補助金で糊塗しているのだ。
金(税金)で政策を実行させることは、地域のために全くなっていない。みかけの賑やかさの演出で担当者は出世できるのかもしれないが、地域はむしろ衰退するだろう。

そこに、ある学生(当時)が入って、その野菜を観光地の飲食店向きに販売することを思い付いた。その野菜のレベルが高くて、売れると思ったからだ。彼は会社を設立し、地域に入って提案した。とはいえ、買値はハクサイ300円なんて不可能だ。

そこで彼は、説得した。そして通常の卸値で買い取ることを了承させた。その代わり、定期的に出荷し、また売れる野菜を企画して栽培させることにも成功した。その輪は徐々に広がり、ビジネスとして育ちつつある。地域もやる気を見せている。年寄りが野菜栽培に力を入れ出し、その出来や調整作業(出荷用の手入れ)を気にし出している。

これこそ、地域づくりである。そして、「金を出さずに、口を出す」行政仕事のお手本ではないだろうか。行政と農協は、彼のやり方を真似なければならない。金も出さずに口を出しても誰も従ってくれないよ、という言い訳が通用しないことの証明である。

04                                                

林業の村に、意外な資源(高原野菜)があることを発掘するのも、地域づくりの出発点となる。

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2008/10/30

金は出さずに、口を出せ

昨日は、終日、徳島のシンポジウムに出席していた。テーマは、農山村の地域づくりである。私は、基調講演とパネルディスカッションに出た。200810291453000_2

                                               

ここで私が口走ったのが、上記タイトルの「金は出さずに、口を出せ」である。これは行政側への注文である。一般に言われる地域づくり主体側の「金だけ出して、口出すな」の反対だ。

その前には、「補助金を当てにするな」と強調しておいた。

「補助金は麻薬」
「補助金止めますか、それとも地域づくり止めますか」

とも口走った(^^;)(^^;)。

その上で、行政側には「金を出さずに、口を出せ」と訴えたのである。
この場合の口出しとは、地域づくりの内容を規制することではない。もちろん行政側の都合を押しつけたり、担当者の勝手な思いや暴走させることでも絶対にない。
あくまで前向きに、地域づくりを手伝うことである。たとえばアイデアを出す。法的な問題をクリアする方法とか、各地の手法などをアドバイスする。人脈を紹介するなり探し出す。面倒な手続きなどを手伝う……などいくらでもある。

ただ、金を出さない人のいうことを聞いてくれるのか、という点が最大のポイントになる。そこで求められるのが、知識と智恵と情熱だ。ヨソモノで、マチの人である行政関係者が、ムラに入るのに必要なものではないか。それらがあれば、金は使わなくてもムラ社会で一目置かれて地域づくりに役立つはず。
逆に言えば、知識も智恵も情熱もない行政マンは役立たないということ。金をばらまく、つまり金で人や施策を動かそうとするのは、ある意味楽だが、それを仕事だと思っている人はもはや必要ない。

さて、できるかな?

やっぱり、みんな補助金もらいたがるだろうな。行政も補助金出したがるだろうな。だって、みんな麻薬中毒者だから……。

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2008/10/05

吉野ハート・プロジェクト

昨日は、朝から吉野で植樹やったり、講演やったり、お酒飲んだり……で暮れた。

「吉野の地域産業を発展させる会(仮)の発足説明会」だったのである。これは吉野ハート・プロジェクトのスタートである。東京のマーケティングのプロたちが、吉野の産物を新たなブランド・yoshino-heartで売っていくというのだ。この計画の詳しいことは、http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/35c7323ca0693e9852f4a7367e433bdfへどうぞ。

牽引役の服部進・ハートツリー株式会社社長は、拙著『割り箸はもったいない?』を読んで、この企画を思いついたという。有り難い。
しかし、驚かされるのは、いきなり国産割り箸1000万膳の注文を取ってきたことだ。さらに吉野の間伐材入りペーパーを製作して、CDジャケットにすることも決まった。夢物語ではなく、本当にビジネスとして動きだしているのである。
そして、行政がまったくかんでいない点も素晴らしい。民間だけの事業なのだ。会場には、森林管理局の人もいたけど(^^;)。吉野・下市・大淀の町長もいたけど(^^;)

ちなみに割り箸1000万膳の発注は、ローソンである。印象に残ったのは、「最初は全ローソンの弁当箸を国産に変えようと言われたが、それだと5億膳必要になる。それは、とても無理だから、当面はナチュラル・ローソンだけにした」という話。ナチュラル・ローソンは、今のところ関東圏に82店舗しかないが、それだけで、これだけの需要があるのだ。

5億膳! これは国産割り箸全部ひっくるめた量だ。しかもローソンが決行したら、おそらく周辺のコンビニ業界や弁当業界も引きずられるだろうから、その数倍の需要が生み出される可能性が高い。これが、東京のマーケッターの力か。
今後、本当に稼働し始めれば、どこまで需要が生み出されるだろうか。むしろ、生産・供給面が心配だ。

もう一つ、印象に残ったのは、「奈良の宿泊観光客の数は、全国最下位。総観光客数でも、29位」という数字であった。古都・奈良が? 観光資源てんこ盛りの奈良が?

いくら良質の資源があっても、放置すると、この有り様だ。吉野の木材も、まったく同じ構図ではないか。

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2008/10/03

第二森林組合

夏に開かれた農協に関するセミナーで、東大の研究者は、現在の農協組織の根本的なズレ(組合員に本物の農家が少ない)を指摘して、新たな農協の設立をして競争原理の導入を訴えた。

一方で、農林水産政策研究所は、さすがに農協批判はできなかったようだが、市町村合併のために一自治体の中に複数の農協が存在する状態を指摘した。

実は、森林組合も同じ状況だ。あまりに堕落した森林組合が多く、絶望している森林所有者は多い。そして第二の森林組合結成の意見や動きさえ起きている。
また、市町村合併後も、森林組合の合併は進まず、同一地域内に2つ3つの森林組合が存在する例は少なくない。有名な日吉町森林組合も、実は自治体は合併して南丹市になっている。当然、ほかの地域には別の森林組合がある。

そこで、ふと思いついたのだ。

この同一地域複数森林組合というのは、案外よいのではないか。無理に統合させないでおくべきだ。いや、合併は阻止する。森林所有者からすれば、選択肢ができたことになる。従来のつきあいはあるだろうが、基本的にはどちらに加盟しても良ければどちらに仕事を頼んでもよい。
そして、競争させるのだ。

第2組合を作るより簡単ではないか。ただし、行政が両者に競争するようけしかける仕掛けはいる。さもないと談合しかねない(>_<)。
さらに森林簿の開示を後押しして、民間素材生産業者も加える。民間が事実上森林組合を乗っ取ることも可能にする。そんな政策つくれないか。

これも改革のインセンティブ+モチベーションにならないか。

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2008/10/01

リスクヘッジ

午前中は昨日からの流れで、雨風、そして霧の多い天候だったが、午後は台風一過なのか快晴となった。空気が澄んでいる。
台風の余波は、田畑にかなりの害をもたらしたようだ。おそらく今後は山林被害も表に出てくるだろう。農林水産業は自然環境産業は、常に自然災害のリスクにさらされている。

ところでアメリカのサブプライム問題は、不動産バブルの崩壊とともに証券会社の破綻や保険会社、そして銀行と波紋を急速に広げている。そして公的資金の注入が叫ばれつつ、それを民意が否定して出血を増やす……住専、山一證券、保険や都市銀行の破綻と再編へ進んだ日本の1990年代に歩んだ道とそっくりだ。

国際的な金融問題はよくわからないが、気になったのは、リスクヘッジのあり方だ。先物とか証券、保険といった金融商品は、本来は商取引を円滑に進めるために作られたものであり、それぞれが現物取引のリスクを回避する手段でもあった。先物なんて、まさにそうだ。

ところが金融ゲームが行き着くところまで行くと、デリバティブなんて、よくわからん代物まで出て、ハイリスクハイリターンを狙いだす。そして保険も、現物に対する保証ではなく、証券のリスクに対する保険まで登場する。
どんなにハイリスクでも、保険をかけておけば安心だとなると、より過激なハイリターン狙いへと向かうだろう。しかし保険の信用がなくなれば……そりゃ、破綻するわけだ。

本当にリスクヘッジする手段を構築するなら、農林漁業に対しての金融商品はできないものか。今だって多少の農林関係の保険制度はあるが、ほとんど機能していないことは関係者が証言している。造林して10年ごとに育林の手間をかけた分だけ、価値の上がる証券を作るとか。50年後100年後の先物取引なんてあったら面白い。二酸化炭素の排出権取引を絡めると可能な気もする。
証券化も、出資者のリターン狙いではなく、原点にもどって取引の円滑さを進める手段に限りたい。たとえば森林・立木を所有権の移転のような面倒な手間なしに転売するために利用するとか。

ま、金融の素人が口を出すと火傷するが、もっと機能を素朴にしてほしい。そして、本当にリスクを抱えて自然相手に立ち向かっている人を支える金融制度であってほしい。

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2008/08/23

国産材の潜在市場はどこか

また、政策論を一つ。

いくら森林管理をしても、生産した木材の出口がなければ産業として成り立たない。それが日本の林業の最大の問題点でもある。

昨今、国産材の合板や集成材が製造され始めて、ようやく売れないB材が動きだした。これは外材の独壇場だった合板・集成材市場に割り込んだことになる。その背景には、外材そのものの価格高騰と資源ナショナリズム、そして環境問題の絡みがあるわけだが、もちろん国産材からすれば歓迎ずへきことだ。

しかし、本来の国産材の市場だった製材、つまり無垢の建築材としての需要は今後どうなるだろうか。人口減少時代に一戸建て住宅の建築数が増えるとは思えない。基本的に縮小傾向にあると思う。

それなら、ここで新たな国産材商品の開発を行わないと、いかに努力してもロットとして取引が増えるとは考えにくい。ただでさえ、建築工法は広がって、木造以外の住宅も増えている。さらに木造も、集成材の柱と合板の壁が増えているのだ。

その市場を見つけて、そこに開発資金と流通網の確立をしないと、結果的に小さくなるパイを海外製品や木材以外の建材に市場を奪い合う構造になってしまう。

私が考えているのは、内装材である。それも木造住宅だけでなく、マンションやオフィスビルも含めた建築物すべての内装に木製素材を増やしてほしい。
私は、何もビルディング全体を木造化する必要はないと思う。技術的には面白いが、無理せず鉄骨やコンクリートで作ればよい。ただし、内装・外装を木質化することは切に望む。それだけでも莫大な木材需要を生み出す。またメンテナンス素材にも必要となる。また木質内装は、建物の中で滞在する人にとってもよい環境を提供することになるだろう。

しかし、そこで壁となるのが建築基準法である。とにかく、これまでの建築基準法は、木材を駆逐する方向に進んできた。近年、少しゆるんだものの、いまだに内装に木材を使うには多くの規制がある。
たとえば例のコンビニのファミリーマートも、街の中の密集地にある店舗を木造化するのは難しいはずだ。消防法にもひっかかるのではないか。

これらの法律をいかに木材の使用を可能にするよう改正するかという点も課題となるのではないだろうか。行き過ぎた木造規制を緩めると同時に、難燃化木材などの研究開発も進めなくてはならない。

この問題、政治的にはどうなるのかな。

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2008/08/20

民間林業経営者

それなりの森林所有規模があり、また林業経営の意志がある、すでに経営している山主に対しては、どんな政策が必要だろうか。森林組合とは別の枠組を設けなければならない。

なお、現在の森林所有者の73%が5ヘクタール以下で、その総面積は森林面積の19%である。ところが50ヘクタール以上の所有者は2%で面積比43%の森林を占める。つまり、彼らを無視して森林政策は成り立たない。

まず大規模と言っても、今では50ヘクタールでは林業経営にならない。100ヘクタール、200ヘクタールでも無理がある。おそらく専業で林業をやるには1000ヘクタールくらいを単位にしなければならないのだろう。その集約化も課題となる。

ただし比較的小面積(50ヘクタール以上)でも、自力で経営するという所有者の場合にも、不利にならない制度が必要である。

それは補助金の問題となるが、間伐・造林など各作業ごとの助成では経営者の判断能力を奪う。だから森づくり全体への補助金に変える。後払いか先払いか難しいが、よい森をつくれば補助金が出るとなれば、意欲を増すのではないだろうか。それこそ100年の森づくりにふさわしい助成制度を考えてほしい。

また大規模所有ながら、林業経営を行わない社有林もかなりある。林業会社、製紙会社以外は、ほとんど財産として持っているだけだろう。彼らも巻き込まなくてはならない。たとえば森林整備を行わないと、税金を上げるとか。

そして相続税問題も考えないといけないだろう。山林所有は、個人の場合が多いが、それを相続すると莫大な相続税を払わなくてはならなくなり、そのため山を売ったり立木を大量処分する例は多い。そのため家業としての林業経営は崩壊する。

森林の相続税を特別に下げることは難しいだろうが、公的機能を全面に出せば、一種の私権制限と組み合わせて考えられないか。
また法人所有に転換すればいいとは言っても、その前段階で譲渡所得税がたんまりかかり、それでストックはなくなる。これらを時限立法でもよいから撤廃・縮小して、法人所有森林への転換を楽に行えるようにすべきではないだろうか。

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2008/08/19

森林管理の主体はどこか

中村哲治参議院議員の林業政策案を受けて、すでに展開されている議論を整理し直すことにした。(本当は、当人が帰国する27日までにスタートすればいいや、とのんびりしていたのだけど。^^;)

まず最初に選んだ命題は、「森林管理の主体はどこか」あるいは「どこが担うべきか」。

現状を私なりに簡単に整理すると、国政レベルでは林野庁が日本の森林政策を発信している。その下に都道府県、市町村と続いて上意下達式に遂行させようとしている。
一方で、林野庁は国有林を管理運営する主体でもある。特別会計によって直接森林経営をになっているのだ。(ただし、来年度より国有林の独立行政法人化と一般財源化が施行される。)

一方、現場レベルから見ると、森林組合が行政の末端をになう形で“君臨”している。森林簿のような情報を一手に握りっているため、地域の施業計画を作るだけでなく、補助金の窓口となって森林の仕事をほとんど独占できる立場だからだ。また作業班によって施業そのものを遂行している。
もちろん大規模林家の林業会社や素材生産業者、造林業者など民間業者もいるのだが、現実問題として森林組合は、自ら森林経営力のない小規模林家を束ねていることと、行政と結びつき補助金と情報を握ることで圧倒的な力を持つ。だから民業圧迫にもなっている。

ここで感じるのは、林野庁と森林組合の構造が似ていること。
林野庁が全国の森林管理を管轄する司令塔であると同時に、国有林の経営を行っていることは、森林組合が地域の森林計画を立てる立場ながら作業班という施業実行部隊も持っていることと相似形だ。

自分で森林政策を作りながら実行もするというのは、唯我独尊になりがちだ。たとえば国土交通省が自前の建設部隊を持って道路や橋を作っていたら問題になるはずだ。それでは癒着や談合どころではない関係が発生する。

やはり両者は、分離すべきだろう。

私は、国有林は独法であろうが株式会社であろうが国の別官庁でも構わないから、林野庁ではない別の組織が運営すべきであると考える。ただ技術研究や実験するための国有林は保持しておきたい。いわば官庁の演習林・研究林として。
そして林野庁そのものは、政策提言官庁になってもらいたい。シンプルな方向性を定めることで、実際の森林管理は都道府県レベルで作成した方が全国同一の基準よりも地に足つけた管理になるのではないか。

同じく森林組合も、管理部門と作業班を分けて、作業班は民営化すべきと考える。森林施業会社として、既存の民間林業会社と仕事を取り合うことで腕を磨く。
身軽になった管理部門はフォレスターとして広く地域の森林施業計画を立てる。もちろん国有林も含めて行って構わない。またエリアも消して、森林組合同士の競争を起こして切磋琢磨すべきだ。
ただ環境的なアプローチは、利益重視に走らないよう歯止めがほしい。だから森林計画を立てる部門は、公的機関になるべきと感じている。また森林計画を立てるような仕事は、現実には金をとれないから公的資金でやらねばならないだろう。

これが私のたたき台だが、いかがだろうか。

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2008/08/15

民主党議員の林業政策

民主党参議院議員の中村哲治氏よりメール。

以下のような林業政策を掲げてみたとのこと。
http://d.hatena.ne.jp/NakamuraTetsuji/20080805

中でも注目は、後半の「森林評価の会計基準を策定」して、それに合わせて税額を変える発想。さらに管理をしていない森林所有者より林地を「林地共同所有株式会社を設立」して、強制現物(森林)出資させる。これにより、森林の所有と経営を分離する案。

さて、いかがだろうか。なかなか斬新であるが、穴もあるだろう。

ご意見を伺いたい。

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2008/07/17

間伐とCO2吸収

「海上の森大学」の講演で、少し森林のCO2吸収の話をした。
会場には林野庁の人も、県の農林関係者、森林組合関係者もいたので、意外と林業分野のことも話すことを期待されたようだ。

もちろん、私が話す限りは「森林は二酸化炭素を吸収もしないし、酸素の排出もしない」という世間の期待を裏切るものだ(笑)。ただし、木を伐って、それを木材として使うことで街に炭素貯蔵の「森」をつくる……という考え方を紹介した。
それについて、終わってからも反響があったこともあり、少し深く考えてみた。

林学を少しかじったことがある人なら、「一定の林地の森林蓄積量は、木の本数に関わらず変わらない」という法則を教わっているはずだ。つまり、たくさん木があると、それらの木は細くなる、本数を減らすと太くなる、というわけだ。
これを元に、間伐すると木を太くできることを知る。林業的には一般に太い木ほど価値があるとされるから、間伐の必要性を示せる。

これをイマドキの森林のCO2吸収論に応用すると、間伐したって、森林の炭素固定量は変わらないということになるんでないの?

それどころか、現実の森林を考えると、間伐して残った木が太る量は、完璧に(間伐で)減った分を穴埋めするとは考えられない。おそらく理論上の最大蓄積量には届かない。
つまり、間伐したら、森林の炭素固定量は減る可能性が高い。この点は、実は森林総合研究所が出した研究にもある。

国は、日本のCO2排出量の3,8%分までを「1990年以降に整備された森林」がCO2を吸収することを認められたとして、整備する(間伐する)ことに躍起になっている。しかし、これは単に国際政治上の取決めにすぎない。本当は、間伐すればするほど、CO2を排出していることになる

もちろん、間伐に重機を使えば、そこで消費する化石燃料のエネルギー分も排出に回るし、切り捨て間伐なら、切り捨てられた木が腐るなり燃やされることで、さらに排出される。

唯一、間伐した木を木材として利用し、人間社会に腐らないよう(建築物や家具の形で)保管された場合だけが期待できる。まあ、これだって数十年~200年程度で廃棄され燃やされるか腐らせると、またCO2排出になるんだけど、タイムラグを作るという効果はある。それに古い建物を破棄すると同時に新たな建物を(木材で)建築すると考えれば、カーボン・ニュートラルだ(笑)。

ともあれ、政治的な思惑によって作られた施策と、科学的な真実は違うのである。

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2008/07/14

マイクロクレジットと消費者金融

海上の森を訪れた際に、なんでか国際連合の人と知り合った。
そこで話題になったのが、バングラディッシュのマイクロクレジット。農村の人の起業に少額貸し付けるNGOの銀行が始めた制度である。このおかけで、貧困から抜け出る人が続々と出ている。

グラミン銀行は、ノーベル平和賞を受賞して有名になった。

だが、もっとも規模も大きく、重要な役割を果たしているのは、ブラック(Brac)銀行だ。

いずれも担保がとれない貧しい人が対象である。彼らに事業計画を立てさせ、場合によっては修正させたり足りない部分を支援したり、商売のそのものを教育したうえで、貸し付ける。担保がない代わりに5人組で連帯保証をさせる。そして、利子は結構高いという。
それでも返済額は99,5%と驚異的に高く、貧困層の底上げに役立っているのだ。政府の助成や、各国の経済援助が軒並み機能せず、腐敗の温床になったりする中、確実に人々を生活向上に貢献している。

思わず感じたのは、担保なしの高利子による貸し付けとは、日本ならば消費者金融と同じだということ。いわゆるサラ金。まさにサラ金が貧困を救っている構図だ。

もちろん、両者には大きな違いがある。NGO銀行では事業計画の徹底した審査と教育を行うことだ。理由も聞かずに(事業ではなく、生活費やギャンブル費用でも構わないというのが実態だろう)貸し付け、いかに取り立てるか指を鳴らしている日本のサラ金とわけが違う。そうした教育指導のコストもかかるから利率が高いのだ。

ただ連帯保証させることは、事業に失敗したら周辺の人に迷惑をかけることになるから、下手すると同じ村に住めなくなる。それだけに真剣に事業に取り組む。

ODAも、みんな紐付きにして、取り立てるようにしたら、効果的ではないか?

日本の助成制度も、そうしたらどうか。失敗したら取り立て、成功したら返還しなくてもよい、というのもいいな。いやいや、そもそも行政的な助成制度ではなく、地域づくり専門貸付の消費者金融を誕生させるというのはどうだ。
ハコモノ行政や思いつき研修などを排し、地域で本当に事業を成功させるための個人起業家に援助する。もちろん、地域に関わる事業であることが条件だ。地元の産物を利用する、地元に雇用を生み出す、など見込めれば貸し出すのだ。もちろんビジネス研修付き。結果的に地域づくりにつながるはずだ。ある意味、ベンチャーキャピタルである。
以前、テレビで流行らない料理店を番組内で店主を鍛え上げて立て直させる企画があったが、そんな金融会社があってもいい。

なお、マイクロクレジットは、本当の最貧者は相手にしない。事業能力のない人を助けるのは、また別の役割だ。底辺層のやる気と能力のある人をすくい上げ、その起業成功者が最底辺者を雇用などすることで彼らを救うことに期待しているそうだ。

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2008/07/04

沖縄の森林組合

沖縄の某村の森林組合の話になったとき。

今後どうすりゃいいかね?

木だって、リュウキュウマツのほかはイタジイしかないし。天然林ばかりだし。

木炭も焼いてるけど。木工品も作っているけど。

森林セラピー事業始まったけど、興味示さないし。

仕事ないよ。

本当だ。展望が見えない。仕方なしに、私も各地の例をいくつか紹介したが、今更画期的な商品開発を独自にできると思えないし、そもそも伐る木がないんじゃねえ。
紹介した中では、チェンソーアートに興味を惹かれたようだが、これだって講師がいないと難しい。

おいとましてから、ふと思った。山に伐るものがなかったら、海はどうだ?

サンゴを養殖して、育ったサンゴを伐って売る(~_~)。サンゴって、木に似ているじゃないか。それにインテリア用品とかアクアリウム関係にサンゴは人気があるはずだ。
これ、森林組合の仕事にならないかなあ。

ダメかなあ。

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2008/06/26

依存症

NHK教育で、「福祉ネットワーク」という番組を見た。

漫画家の西原理恵子が登場していたからである。テーマはアルコール依存症

ファンなら知っているだろうが、西原の夫だった故・鴨志田譲は、アルコール依存症だった。そして癌を患って亡くなった。その体験を語っているのだが、それは凄惨な生活である。
私は、西原のマンガも、鴨志田のエッセイや小説も読んでいるから、だいたいの状況は把握していたつもりだが、やはり生に語る迫力は凄い。

アルコールに限らず依存症者を抱える家庭は、とてつもなく闇の生活を覚悟させられる。周辺の人の介入もまずないし、できない。的確な助言をできる人は少なく、また聞く耳持たないところもある。目の前の事態をやりすごすことだけに縛られ、根本的に打開する行動はとりにくくなるらしい。ある種の「共依存」関係を築いてしまうのだろう。自縛されてしまうのだ。
やがて依存症者は、健康をむしばみ、人を人でなくす。

アルコールに溺れる者は、怠け者、気の弱い人間と思いがちだが、発症するまではともかく、中毒になった時点で、完全な病気なのだ。本人の努力だけではいかんともできず、治すことはできない。

結局、依存症から脱出するには、専門家のカウンセリングと治療法家族・周辺の人々の堅い結束と支え、そして本人の強い意志がないと無理…だと結んでいた。

この話を聞いて、思わず連想したのが、山村問題。 (^^;)イヤな奴

衰退していく山村は、お上と補助金の依存症という病にさいなまれているのではないか。いけないけいないと思いつつ、補助金にすがり、目の前だけ安楽に生き延びることを考える。そして自立する道を選べない、選ぼうとしない。

やはり山村問題を解決するには、山村だけに自立を求めて突き放すのは非道であって、共依存になった国が目覚めて距離を置きつつ支えないとダメだし、専門家による的確な処方箋を示す必要もある。そして当人たちの自覚も求められる。それぞれを精妙に組み合わさせて臨まないと、山村は、お上頼みの体質からは脱却できないのではないか……。

鴨志田さんは、最後にはアルコールから離れることができて、そして死んでいく。最後の言葉は、「人として死ねてよかった」だそうだ。山村も、本来の村にもどらないと、たとえ消滅せざるを得ない運命にしても虚しいよ。

なんで、こんなこと考えているんだろ? と思いつつ、西原の涙につられて私も涙をぬぐったのであった。

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2008/06/18

バイオ燃料のネック

いまさらだが、バイオ燃料の花盛り。とくに穀物からのエタノールが食料危機を招いたと騒がれたために、次に目をつけられたのが木質系のバイオエネルギー。

ただ、私がバイオエネルギーに冷たいのは、著書を読んだらわかる(笑)。前世紀の頃は、木質発電とか熱電併給とかカーボン・ニュートラルなどを紹介して、新しい森林利用のあり方を提案したこともあるが、『だれが日本の「森」を殺すのか』当たりから否定的になり、今やかなり冷たい(笑) もう少し正確に言うと、熱利用には賛成だが、発電は単体では微妙、そして最近注目株のバイオエタノールなどは??? になっている。

その理由は、まず、技術がまだ伴っていないこと。実は木質のセルロース、ヘミセルロースを糖類に分解するのは理論的には簡単だが、現場では難しい。しかも分解してできた糖類をエタノール醗酵させるのはもっと難しい。通常の酵母菌ではうまくいかないのだ。だから遺伝子組換酵母なども使われる。現時点では、全部の木質をエタノール醗酵させていない。だから効率も悪い。

次に、工程が増えることのコストアップの足かせ。今稼働しているのは、ほとんど補助金絡みだ。

そして、重大な問題は、原材料不足。まともに稼働させたら、どれほどの木質材料がいるか。通常は木屑を使うが、製材が少なければあまり出ないし、廃材集めも限界がある。かといって未利用間伐材を森から持ってくるなんて、コスト面から夢のまた夢。

しかも、各所から木屑の奪い合いが始まっている。バイオ燃料だけでなく、発電にも使われるし、製紙チップも不足気味だし、敷き藁代わりの需要が生れたり……と未利用のはずの廃棄物が引っ張りだこだ。

実は以前紹介したドイツの大規模バイオディーゼル製造工場も、原料難だそうだ。ヨーロッパ中から持って来ないと足りない。木質だけでなく、牧草まで使うらしい。
大規模施設でないと効率が悪いが、大規模になるほど原料が足りなくなる。もともと木屑などは広く薄く存在するものだから。日本だと、さらに厳しいだろう。

付け足しに記すと、ちなみに現在の日本の未利用木質資源は、約500万トン。仮に未利用木質資源を全部投入して、バイオエタノールを生産しても、その量は120万キロリットル程度しか生産できない。これは日本の原油消費量の2日分だそうだ。
とても、化石燃料の依存から離れられない。

だから必要ない、ということではないが、過分な期待をせず、むしろ地方分散型のエネルギー源として活用した方がよくはないか。たとえばリグニン利用と組み合わせる。セルロース分解の糖分を食品工業にも活かす。その上で熱利用や燃料利用も考える。
少なくても中央集中型のプラントで生産するより、少量で効率が悪くても小さな拠点で生産して、地元で消費するようなビジネスモデルを考えた方がよいように感じる。

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2008/06/02

補助金はベンチャーキャピタルに

農林中金が、「公益信託 農林中金80周年森林再生基金」の助成先を募集している。1億円まで出るという。

先日の山村再生セミナー等、補助金に関することを、このブログでもたまに書いてきたが、近頃思うのは、補助金の本分は「ベンチャーキャピタル」ではないか、ということだ。

つまりベンチャーにこそ、出資・助成する意味がある。……ここまでは、関係者にも異論はないはず。助成にはありきたりでない事業を求めているのだから。

しかし、ここでベンチャーキャピタルの性質を考えると、出資したうちの元が取れるのは10に1つだといわれていることだ。つまりベンチャー企業に出資しても、大半は失敗して出資額は回収できないということ。
それでもよいのだ。10に1つが成功してくれたら、その成功からの利潤で9つの失敗による損失は穴埋めできて、さらに儲かるのだから。

助成事業にも、この精神を持ってもらえないだろうか。助成した事業は必ず成功してもらわねば困る、という考え方を持たない。

いや原資は税金だから……という気持ちはあるのだろうが、これは公共事業とは違うのだ。実際、森業・山業関係でも、いくつかは失敗しているらしい。本当は返還を求めなければならないのだろうが、かろうじて許してもらったらしい(^^;)。

でも、助成を受けた事業がベンチャー的要素があるのなら、失敗はあって当たり前。それを繕って形だけ成功した、初期の成果を達成した、という報告書を書く必要はあるまい。
むしろ失敗例として、失敗した原因を探る報告書をまとめて提出したら、かなり価値があるのではないか。それをもって補助金の返還は免除する。

もちろん失敗例も含めて、世間に公開する。次回の募集でも、失敗例を示して応募者に気を引き締めてもらう。ただ採択を厳しくされても困るが。

なお補助金で事業が成功した場合、利潤から出資分を返還させるのではなく、成功した事業はやがて税金も払ってくれるのだし、地域づくりに貢献したことをもって「元をとった」と考えてほしい。

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2008/05/30

山村再生セミナー

福岡で開かれた山村再生セミナーに出席。

これは、まちむら交流機構が窓口になっていた「森業・山業」や「山村力」の助成事業を今年度から統一して行う山村再生事業の募集のもの。私は事例発表として、吉野チェンソーアートスクールについて紹介した。

あんまり派手にするとクレームが来るかもしれないので(^^;)、抑え気味に、淡々とこなした。チラシも配らず、名刺もまかず、ひっそりとやってます(^^;)という感じ。

001 「ひっそり感」、伝わります?

                                                

                                                  

それでも、わざわざ大分県日田市の中津江チェンソーアートクラブの面々がわざわざ訪ねてきてくれた。このグループは、九州でもっとも活発にチェンソーアートを行っている。大会も3回開いたそうだ。スクールというビジネスモデルを活かしてくれたら幸いだ。
ほかに会場でも「面白いなあ」という声が聞こえたし、事務局にもチェンソーアートに関する問い合わせはよく来るという。関西本面の方には吉野を紹介してくれているそうだ。

ところで、今年からの山村再生総合対策事業。
これは、昨年我々が七転八倒した自治体等の助成、民間からの助成の項目がなくなったのだそうだ。自治体の同意書さえ取り付けたらOK。さらに今年採択されても実施は来年度でもよくなったとか。昨年の「森業」採択で我々が苦しんだ2大要点が除かれたことになる。どうせなら、今年応募すればよかった……。
まあ、我々が「使いにくい!」と言い続けた声が届いて改革されたと解釈しますか。

でも、補助金は癖になるから、もう当分はお預け。自助努力しましょう(^o^)。

ただ参加者は、行政関係者が多い印象がある。やはり山村再生に必要なのは民間活力だろう。

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2008/05/19

山林の転売

吉野林業の歴史を調べていると、過去(江戸時代)、吉野では山林の転売が盛んに行われていたことを知った。

もともと農家が、焼き畑で農作物を作るより木の苗植えて木材育てた方が儲かると始まったのが、吉野の林業である。つまり木材とそれを育てる山林の商品化が進んでいた。
そこで畑に木の苗を植える。その後も下刈りなどして育てる。しかし、これらの「投資」が回収できるのは何十年も先ではたまらない。

そこで転売したのだ。たとえば10年~20年で、とりあえず木は高く伸び、育林の手間はずっと減る。それを山林ごと売る。買う方は、あとは太くなるのを待って伐採すれば金になる。自分で世話する手間が省けるから買う。売る方は、苗から育てた労賃を受け取って儲ける。

もしかしたら、ある程度間伐してその材を売った持主は、また転売したかもしれない。買った方は、またしばらく寝かせて80年100年たって大径木に育ててから、伐採して儲けることを狙う。あるいは、山林面積を増やすことが、山仕事のスケールメリットにつながったのかもしれない。
こうして持主が変わることは、結果的に資金回収のリスクと期間を減らせる。

これって、いいじゃないか、と思った。林業は育ててから収穫するまでの期間が長すぎることが産業の近代化を遅らせたと言われる。たしかに60年も待っていては経済情勢も変化してしまう。この「木の時間」こそが、最大の問題点だと。しかし、転売して、折々のメリットを取りつつリスク分散する手があるのではないか。

今ならどうだろう。森林の証券化がそれに当たるかもしれない。証券として森林の権利を転売していく。折々のメリットは買手が探し出すだろう。細い小丸太による商品開発に成功した企業とか、自然観察を目的としたり森林療法行う団体とかが一定期間森林を保有する。

もちろん山の生態や林業施業に熟知した人が実際の管理を行わないといけない。彼らを山守と呼ぶ(笑)。吉野林業でもかつて成立した役職だ。

温故知新ではないが、古い制度にも大きなヒントがある。古風な制度を今風に変えることで、林業に新風を吹き込めないだろうか。

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2008/05/01

「ふるさと納税」可決!

衆議院でのガソリン税の暫定税率復活の可決が話題になっている。明日からガソリンの価格は30円近く上がる……と騒いでいるが、その陰でもう一つ再可決した法律がある。

住民税の一部を出身地の自治体などに寄付することができる「ふるさと納税」に関する地方税法改正案だ。どうやら今年度より、ふるさと納税がスタートする模様だ。形の上では、寄付となり、その分住民税の一部(1割以下)が控除扱いするというややこしい仕組み。

ほかに地方税である法人事業税も一部を国税にして都道府県に分配する法律も可決した。また地方交付税法も改正して、地方再生対策費を盛り込んだとか。

ようするに、国税そのものは手放さないで、地方税の再配分ばかりを進めるわけである。これで地方間の収入格差を是正できるのか。
「ふるさと納税」構想は、少し前に話題になったのに、今回は静かなものだ。それに本当に機能するのだろうか。多少の郷土愛、あるいは贔屓の地方への納税希望者が現れるとしても、その事務手続き費用がどれほどかさむか。すでに自治体の中には、東京や大阪に受付窓口を設けたり、担当職員を増員するなどしているらしい。

なんだか沖縄とか北海道とか、好きな自治体ばかりに集中しそうな気がする。もし東京がその気になれば、東京への憧れを利用して、東京へ「ふるさと納税」させて地方から吸収することだって可能かも(笑)。

なんなら国際的に広げて、好きな国に納税するシステムも作ってくれないかな。

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2008/04/15

緑の羽根

今朝、NHKの「おはよう日本」をみていたら、登場するアナウンサーや解説者など、みんなが胸に「緑の羽根」を付けていた。

これ、緑の募金の印である。昔は、緑の羽根募金だったかな。

まだ、続いているんだ、というのが率直な思い(笑)。

私の子供のときからあったのを覚えている。小学校で募金運動をしていたのだ。
これこれスギの子、起きなさい、なんて歌もあった。

そう、緑の羽根は、植林のための基金集めだった。戦後の大造林時代である。林業推進のための募金だったのだ。
それが今は、緑化基金になっているのかな。少し調べると、主催は国土緑化推進機構になっていた。毎年23~24億円は集めている。でも、昔ほど学校など一般から集めていないのではないか。奉加帳回しているのかなあ。
使い道は、緑化工事など幅広くなっている。海外の緑化にも回っているらしい。まあ、天下り団体の人件費や経費に費やされていないことを望む。

緑化募金が悪いというわけではない。しかし、一度作った制度は、役割を終えてもなくならない、趣旨を変えて存続する、という典型かもしれない。道路特別財源と同じように。
本来なら、植林基金は打ち切って、緑化用の新しい募金を始めるべきなのだが。

なお、4月の「おはよう、ニッポン」平日から、お気に入りの首藤奈知子アナが消えた。土日祝日版に移ったらしい。ちょっと寂しい…(^^;)。

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2008/03/21

田畑地籍の森林

福井では、林業改良普及指導員の皆さんと交流があったのだけど(恐竜ばかりじゃなくて、ちゃんと仕事もしてきたよ^o^)、そこで、ちょっと気になる発表があった。

それは「田畑地籍の森林」のケース。

かつて造林ブームの時に、山間地で「農業はもうダメ」と思った人が、棚田などにも造林を進めた。なかには集落を出る際に家の庭や周辺(ときには取り壊した家の敷地まで)にせっせとスギやヒノキを植えた。

それらが、そろそろ伐期・間伐期に入っているのだが、地籍は農地のままのケースがほとんど。森林簿には載らないわけである。すると間伐補助金などでは対応できなくなっているというのだ。
おそらく、こうした書類では確認できない森林が相当面積あるのではないか。それを加えたら、また日本の森林率は上がる…かとうかは知らないが、放置が進むのは結構やっかいな問題である。

そのため手つかずになっているが、これをなんとかできないかと森林簿への編入手続きや法的な解釈を探っているところ…というものであった。もちろん書類上の手続きだけでなく地権者への説明やら集約化など、課題は相当あるが、これこそ行政の仕事だ。

間伐促進がさかんにお上から叫ばれているが、自治体が動くのが当たり前で、対象も森林組合だけしか眼中にないケースが多い。しかし、民有林の間伐などは民間がやるべき仕事のはず。本来の行政の仕事とは、こんな「手続き」の問題ではないのか。

私は森業・山業の補助金申請の際に、お役所仕事とは手続きにあり、と気づいたのだが、こうした法律の隙間に落ち込んだ森林の救済手続きこそ、重要課題にしてほしい。

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2008/02/28

樹林墓地と樹木墓地

東京都が、都立霊園内に「樹林墓地」と「樹木墓地」をつくる構想を発表している。来年度から調査に入るそうだ。

樹木を墓標に見立てた樹木墓地、樹林内に埋葬施設を作る樹林墓地。どちらも遺骨などを自然に帰す意図があり、骨は土に触れさせる。永代供養といった形で一家族が土地を占有するものではないようだ。つまり木が大きく育ち、骨も消えた?ら、そこにまた別の人を弔うこともあり得るという考え方である。

せっかくだから、人が死んで焼かれることでCO2が放出されるが、樹木を育ててCO2を回収する、とアピールしたらウケるかもしれない。
いっそ悪のりして、骨が溶け込んだカルシウム満点の土を売り物にするとか。(▼▼)

まあ、そうした形態の弔いを望む人が多いのなら結構だが、ちょっと疑問に思うのは、そんな土地が東京にどれだけあるの?ということ。木が育つことを考えると、一人の墓には10m四方くらい、つまり1aくらいの面積が必要になるのではないか。都立霊園の広さは知らないが、需要に追いつかないだろう。いっそ、日比谷公園も代々木公園も新宿御苑も、ついでに皇居も…(~_~)\(-_-メ;)樹林・樹木墓地にしてしまうか。

ところで随分前に、旧ブログでも紹介した三重県大台町の佛國寺で進められている「生命の森」計画と良く似ていると感じた。こちらも墓標の代わりに木を植える。そして森を作るという発想だ。一方は大都会で、片や過疎地で生れるとは不思議な符号だが、何と言っても山里だから400ha以上の森林を用意していた。しかも、育てた森で林業をやる。

この構想、佛國寺の勝ち(^o^)。

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2008/02/09

経済音痴の間伐促進

政府は、というより事務次官会議が、「森林間伐等実施促進特別措置法案」を内定させ閣議決定したそうだ。なぜ政治家ではなく役人が法案をつくるのか前から不満があるが、それはさておき、そのうち国会を通るのだろう。
いわずとしれた京都議定書に基づくCO2森林吸収源対策推進のためである。2012年度までに追加的間伐などを行う計画を市町村が作成し、国は市町村に法定交付金で助成するものだ。地方債の特例措置も講じるらしい。

補助金で間伐することの危険性をどのように考えているのだろう。別のところのトニーさんのコメントにもあったが、国産材を売ろうとする林家の努力を無にする危険性がある。また先に、『間伐材の新商品」報道』の項目でも論じたが、間伐すること、あるいは間伐材を出せばよいのではなく、その間伐材からどんな商品を作り、どのように売るかを考えていない。

売れないのに、補助金で間伐すれば、木材はだぶつき材価は下がる。それは、すでに努力してきた業者を圧迫する。廃業すれば、いよいよ真っ当に間伐材を買う人、使う人は減る。結果的に切り捨てにするか、大手企業が安く買い取って、合板にするかチップにするか…。安く買えたと高笑いする業者は出ても、林家は補助金漬けになるだけだ。そして国家は、またもや財政を悪化させる。
おそらく、目の前の国際公約の達成(CO2排出削減)しか興味がないのだろう。経済を考えない役人らしい。林家を見ず、外国の目を気にしている。そして天下国家の大計を論じず、自分の任期を気にしている。

百歩譲って国際公約だけでなく森林整備のために間伐促進するにしても、間伐材商品が売れるようにすることで誘導すべきだ。適正な間伐から出た木材を優先的に買い上げる、あるいは適正な間伐材を利用した商品を買うと何か特典が付いて儲かるようになれば(これも痛しかゆしだが)、自然と間伐材需要が増え、間伐が進むだろう。

経済は、流れである。資源-生産-加工-販売-消費-廃棄-資源…。この流れをよくして循環させることを考えないで、資源(間伐材)ばかりを補助金で生産現場に押し込んでも、市場にだぶつき、加工もままならず、売れず、糞詰まりになる。
やるべきは、消費を刺激することで販売、加工、生産…と遡らせる方策ではないか。

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2008/01/26

森林認証制度の昨今

昨日は、神戸で講演会。

テーマは、「森林認証制度とトレーサビリティ」。私のほか、2人の現場からの報告である。

実は、私は森林認証制度の最新事情をよく知らない。というか、変遷が激しくて、充分に把握できないのだ。認証森林面積でさえ、なかなか正確にはつかめない。一応、調べてはおいたが、年末に王子製紙の社有林がSGECを取得した…などのニュースも入ってきて、また面積が変わってしまった。一方、FSCはこの1年間、新たな認証を耳にしない。

私は、現場から2人も発表するのだから、制度の紹介や実際は、彼らが話すだろう、だから私はバッティングしないように、別の部分に目を向けよう…と思って、理念的な面に目を向けた。なぜ木材に認証が必要なのか、木材にとっての感性情報はどんな意味を持っているのか、といった点だ。

ところが事前打ち合わせでわかったのは、2人も制度について話すつもりはしていなかったということ(^^;)。「そんなの話しても眠くなるでしょう」。
たしかに。実は、誰も森林認証制度についての説明はしたくなかったのだ。まあ、制度そのものなら行政関係者の方が詳しいかもしれない。むしろ川上側では、こんな面倒な制度、どうせならやりたくない、と思っている人の方が大半だろう。川下側、つまり消費者の要求にしぶしぶ応えようとしているのではないか。

私は、森林認証制度は、日本で広がらないのではないか、とこの件から感じた(^^;)。

それでも、無難に講演会は終わった。私も多少の制度説明を加えた。

ただ無難でなかったのは、会場で販売した拙著。
終わってから確認したら、売れた冊数と残った冊数が一致しない。1冊少ない。代金払わないで持ち帰った人がいる……(;_;)。

昨秋の割り箸シンポジウムの際と同じことが起きた。会場は、関係者しか入れないはずなのに……。なんだかなあ(-_-)。

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2007/12/27

林野庁選定?

昨日、ついに「森業・山業」の申請書類を事務局に送付した。

おかげで昨日は申請書類づくりの最後の仕上げに追われたが、なんとか年内送付に間に合った。

これで、晴れて来年には吉野チェンソーアートスクールは「林野庁の森業・山業創出支援総合対策事業に選定されました!」という看板を掲げよう(^o^)。正確には、窓口となっている「財団法人都市農山漁村交流活性化機構」の選定と書くべきかもしれないが、まあ、実態は林野庁の事業である。

私が、これを申請しようと思ったのは、スクールが「チェンソーアートという趣味のアクティビティを教えるところ」と矮小化されないよう、という意図がある。これは公的な意味合いのある事業であり、地域づくりの一環なのだ、ということを宣言している。そして、このビジネスモデルは、どこの山村地域でも通用するということを示して、全国に広げる一里塚にしたい。
林野庁選定という看板に、どれほどの威力があるか疑わしくもあるが、少なくても国の機関の認定を受けたというイメージは大きい。

この過程では、県も窓口の機構も、みんな親切にしてくださって、また多くの人の支援も得て、ようやくこぎ着けたと言える。ただ今になって感じるのは、「こんな申請はもう二度とごめんだ!」ということかしらん(笑)。
この手の書類には、妙な癖があって、そうしたツボを押さえないといけない。それは慣れたら誰でもできる(公務員なら得意なのだろう)が、私は慣れないなあ。言葉遣いも、会計的な感覚も。最後まで、送るのは原本かコピーか、どちらがいいのか迷ったもの。

そこで気づいたのは、民間は「益・不益」の原理で動くが、役所の進行は「手続き」で成り立つということ。益がなくても(減っても)、手続きが正当に進むことを求める。(もっとも何が正当かは怪しくて、憲法九条を例に引くまでもなく180度反対の解釈も可能な代物だけど。)

申請は終わっても事業は、これからだ。3月まで、また書類に悩まされそうだなあ。

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2007/12/14

海のエコラベル

ちょっと山から海へ。

漁業の世界でも、エコラベルが広がりつつあることをご存じだろうか。林業界には、森林認証制度として、環境に配慮した施業を行う林業に対しての認証が進んでいるが、同じく「環境に優しい漁業」が求められている。

なかでも海洋管理協議会MSCによる海洋認証制度は、森林認証制度FSCの海洋版。すでに欧米ではかなり広がっており、日本にも入ってきている。京都府の舞鶴漁協が認証取得に挑戦中だ。また流通認証を取る卸し店も登場している。

ところが、それに対抗?して、今度は大日本水産会が中心になって、マリン・エコラベル・ジャパンMELという組織を旗揚げするそうだ。来春には動きだすという。

内容の差は、今後動きだしてから検討したいが、ようするにFSCに対するSGEC(「緑の循環」認証会議)と同じく、政府系の団体が国際的な組織に主導され縛られるがイヤだと、日本独自の組織・認証を始めようということだろう。

ま、どこの世でも、主導権争いはつきものなのだろうが、こうした認証組織に、政府の息がかかった団体が仕切るというのは、あまり好ましくないように感じる。事実、SGECも、MELジャパンも、FSCやMSCよりも認定料が安くて基準も緩くなりそうだ。

日本の森林認証は、今やFSCよりもSGECが面積を広げている。意図も基準も違うのだから比べるべきではないのだろうが、こうした争いが、認証制度の信頼度を下げて、結果的に本来の目的からズレていくことになりかねない。ちょっと底が見えているのである。

さて、海の認証の底は見えるだろうか。

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2007/12/05

上野公園の木製舗装

またもや上野公園ネタ。

上野公園には、木のブロックによって舗装された区域がある。

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その説明をしている標識があった。500平米の舗装に多摩材を使ったとあり、ほかにもガードレールやベンチに使っているそうだ。

ただ私が興味を惹かれたのは、木製舗装そのものではない。その説明に「木材を使用した舗装は、その特性としてやがて腐り取り替えが必要となります」とあり、そして「が、そのことにより間伐材の消費が促進され、多摩の森を守ることにつながります」と書かれてあったことだ。

ここで腐ることは欠点ではなく、循環につながるのだ、と説明していることに好感を持ったのだ。

腐るから長持ちしない、という理屈は、木材の使用を妨げてきた。腐ること=悪いことだから、腐らない、長持ちする金属製やプラスチック製、陶器製など別の素材に転換されてしまう方向に進むからである。あるいは「腐らない木」を作ることを考える。

だが、そもそも腐ることが生態系で果たしている役割がある。自然は、太古の昔から変わらないものではなく、常に変化してきた。腐る以外にも、壊れる、燃える、枯れる…みんな大切なことなのであり、生態系は止まらず動き続ける(循環し続ける)ことで動的平衡を保ってきた。

ま、東京都がそこまで深く考えて案内板に記したかどうかは知らないが、腐ることが間伐の促進になり、森を健全にすると踏み込んだことはホッとした。

割り箸も、使って循環させるのだよ(^o^)。

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2007/11/06

森業・山業の交付金

そろそろ報告しておこう。

夏ごろに、応募しようかな、どうしようかな、と書いていた「森業・山業創出支援対策事業」と言う名の、ようするに林野庁系の補助金システムだが、結局、応募した。

そして採択された。内容は「吉野チェンソーアートスクール事業」である。
http://www.mori-yama.net/thepress/index.html

チェンソーアートそのものを取り上げるのではなく(それは、すでに2年前に採択済)、その普及のためのスクールを開く事業である。すでに昨年からやっているので実績はあるし、内容はシステマティックに詰めているから自信はあった。私としては、お国のお墨付きをもらえば何かと便利という点と、この1年は設備関係を揃えるためにボランティアに近かったので、そろそろ本当の事業として収益を上げる体勢を作り出したいという考えである。

結果から言うと、取るのは簡単だった。が、その後が大変。

というのも、交付金の受け取りは採択と別なのだ。夏の記事でもブー垂れたが、そこには国の採択だけでなく、自治体等と民間の支援も取り付けること、という条件がある。

これも、私は粘り強く交渉すれば採れる自信はあったのだが、ぶっ飛んだのは、その締切が12月末であること。そして事業終了が今年度中、つまり3月までということ。私はてっきり来年度中のことと思っていた。
採択の通知がきたのが10月(正式には11月)なのに、年内に自治体と民間企業から支援を取り付けるのは至難の業。だって、予算を組んでいないのだから、出しようがない。事業だって1年間かけて行うスケジュールを事実上5カ月以下で行わねばならない。

この誤算のために、今アチコチ走り回って難渋している。皆さん、プラン自体は好意的に捉えて知恵を絞ってくれるのだが、いかんせん時間と(お金の)ポケットがない

さて、どうなりますやら。

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2007/10/18

焼き芋となまぐさ話

今日は朝から某県庁に某件で電話する。

思っていた通りの反応。そこで某件関係者に電話をかけまくって連絡と情報収集に時間を費やす。それを元に作戦を練る。情勢はなかなか厳しいぞ。これまで私自身は、あまり表に顔を出さないで正攻法で行こうと思っていたが、少々方針転換しようかな。 頭の中でいくつかのルートを模索する。

午後、父が育てたサツマイモを持って山へ。庭ではできない焼き芋をするため。

今日はよく晴れて暑いほど。久しぶりの森遊び研究所だ。ナタで指を切ってから初めてか。まだ落葉もないし、虫はブンブン飛んでいるが、さっそく焚き火を起こす。枯れ枝をたっぷり燃やしておき火を作り、その中へアルミホイルでくるんだイモを3つ放り込む。さらにその上から枯れ枝をどっさり入れて炎を起こす。灰に埋めるようにするのが焼き芋のコツだ。本当は枯れ葉が一番なのだが。

煙から逃れて、コナラの大木に登ったり(昇るための足場が腐りかけていた。ちょっと怖い)、デッキの上で一休み。森の中にいる気分になる。
そこでおもむろに取り出した携帯電話で、某政治家の秘書に電話。某件について、あれこれ事情を説明してアドバイスをもらう。某議員を動かしてくれることを約束してくれた。

焼き芋が焼けた。本当はゆっくり森の中で賞味したいところだが、時間がない。すぐに戻りかけたら電話。例の件、OKが出た。感謝。私の考えていたことよりも先んじて手を打ってくれている。

帰宅すると、すぐに某件の資料を作ってFAX。その合間に焼き芋をむさぼり食う。

と、また電話。某件(^^;)の事務局より様子伺い。向こうも動きだしたか? ああだこうだとコチラも文句を言いつつ、アドバイスをもらう。でもチクリと皮肉もいう。そして中華鍋を振る。ただ、私の正体がばれていることに気づいた。

なんだか丸1日、生臭い話と森のエキス(笑)を混ぜたような過ごし方をした。こんな生臭いことするのは、何年ぶりかな。前回は生駒の子供たちを泣かさないために、としゃかりきになったが、もう二度とやりたくねえ、と思っていたのにな。

明日から、丹波経由で東北巡りに出る。奥州では紅葉が見られるだろうか。牛タンジャージャー麺手打ちそばを食べられるだろうか。そしてパワーポイントがちゃんと映し出せるだろうか。天候が心配だ……。

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2007/09/26

10年前の予測

仕事逃避のための資料整理。あふれる資料を少しは減らそうと努力するが……。

その過程で、10年前の1997年に林野庁が立てた将来予測に関したものを見つけた。正確に言えば、その前年に作られた「森林資源基本計画及び林産物需給の長期見通し」である。
それによると、2015年の木材自給率は30%あまりになると予測している。ただしこれは、林道整備や機械化によって素材生産コストを下げて、国産材の供給力を増したと仮定したものである。また木材需要も1割以上増えるという予測だ。
一方で、数値を変えて近年の趨勢を取り入れたものもあり、そちらの予測値は、逆に10%落として14%になってしまう。木材需給は微増。

この差は、ようするに努力して改善した場合と、現状のままの場合ということだろう。

まだ予測した時代に達していないが、そのどちらに当てはまるだろうか。自給率は20%と落ちているが、反発傾向で一端落ちたもののもどしつつある。国産材供給も増えている。多少は機械化も進み出した。その意味では、改善した予測値に近づいていると言えなくもない。この調子なら、2015年には30%は無理でも25%くらいまでは行くかもしれない

ただ決定的に予測が外れているのは、どちらも木材需要が伸びていく(1億1000万立米以上)と思っていたのに、今や9000万立米を割り込むほど落ち込んだことだ。そして外材は、中国やインドなどの引き合い増のあおりで輸入量が減った。その結果、国産材の割合が増えたのである。つまり現在は、外部要因と需要の縮小で自給率が高まった。林野庁が夢見たように、積極的に国産材の供給力を増やせたわけではない
林野庁としては、木材需要の減少や外材の輸入量減は想定外だったのだろう。

今から20年後なら、どんな予測を立てるだろうか。日本は林業王国・森林大国になって世界をリードしているような将来像を描いてくれないだろうか。あながち不可能ではないと私は思っている。

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2007/09/22

巨木トラスト・巨木オーナー

以前、末端価格は1000万円はするであろう、巨木の立木価格を聞いて、ひっくり返った。

50万円だというのだ。なぜなら、生えている場所が非常にやっかいな場所で伐るのも搬出するのも難しいからだ。下手すると、伐れない、伐っても太いゆえ重くてヘリで釣り上げるのも難しい、失敗すると折れてしまうか、途中で切断して短くしないといけない。
それらをクリアして出した後、転売に転売を重ねて1000万円くらいになるらしい。

こうした特殊事例は別にしても、巨木が巨木ゆえに伐れない、伐りたくないケースもあるだろう。とはいえ、その木も財産だとすると山主にとって持っていてもよいことはない。

そこで立木トラストを使えないかと思いついた。

立木のまま、権利を売買するのだ。もともと自然を守るナショナル・トラスト運動の中で、土地を買うほどの金がない人むけに、立木を売る発想である。ゴルフ場反対運動などでよく使われた。一本5000円とか1万円で開発予定地内の立木の権利を買うと、開発業者は立木権利所有者全員を口説かないといけないから、物理的に手が出せなくなる。たった一人の所有者を脅しすかして口説くのとわけが違う。

これを伐れない巨木に適用する。都会のお金持ちに、樹齢200年の木を100万円とかで売る。宝石を買うような感覚なら可能ではないか。これが巨木トラストだ。もちろん、複数の人間がお金を出し合って1本の巨木を買ってもよい。あるいは棚田オーナーのように、10年10万円とかで契約して、巨木オーナーになってもらう。

買った本人は、直径1mの巨木を所有しているという気持ちで満足感を得る。たまには巨木のあるところまで行って、抱きついたり写真をとって、「巨木セラピー」を行う。
スギ・ヒノキでなくてもよい。自分の山で広葉樹も含めて巨木があったら、売り出すのだ。さらに管理費を毎年取るという手もある。もちろん伐らないし、伐れないだろう。

山主にも、多少のお金が入るのだから悪くないし、地域を巨木のある森というイメージを広げることにもつながるだろう。その金で森林を整備して、ついでに作業道も敷いて、契約が伐れたら巨木を伐採……これはマズいか(笑)。

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2007/09/06

殺人スギ花粉?

夏前に、NHKの深夜番組で「怪奇大作戦セカンドファイル」をやっていた。

昔懐かしい(懐かしい、ということは年がわかる。「ウルトラセブン」の後がま番組だもの)円谷プロの番組のリメイクだ。雰囲気は、昔そのままで音楽まで同じじゃないか。
ともあれ3作あったうちの1作が「人食い樹」だった。

簡単に紹介すれば、人が植物になってしまう……という奇怪な事件を追っているうちに、女性の植物学者と殺人スギ花粉に行き着くのだ。しかもそのスギは、人間の遺伝子が融合している。植物になった人間は、また花粉をばらまき、人間をほろぼそうとしていた。

ちょっとチープだけど、なかなかよくできた作品だ。見ていて子供時代の感覚を思い出してゾクゾクした。
昔の作品にも花粉を浴びると死ぬ、という作品があったけど、それを花粉症と引っかけて現代版にしたのだろうか。

それにしても、スギ花粉は嫌われたものだ。そこで気になるのが、林野庁が発表させた「スギを10年で半減させる」という政策である。来年度の予算案に26億4600万円盛り込まれている。これは花粉症対策らしい。

どうもよくわからないのだけど、全国にある450万haと言われるスギの人工林を半減させるという意味なのか、首都、近畿、中部、北九州の都市部に流れ込む花粉の発生源9万5000haを半減させようということなのか。
前者だったら、あまりにも馬鹿げた計画(林業を壊滅させる気か!)だし、後者なら都会の花粉症患者だけのために税金使って木を伐る気? と問いたい。所有者には1ha当たり20万円払うそうだが、これを手切れ金に林業やめなされ、というのだろうか。
なお都会に飛んで行く花粉の発生源であるスギが、森林林業として伐るべき木とは限らない。木材として出荷できなくても伐れ、というのは産業的なモラルハザードだ。
だいたいスギを半減させても、花粉の量は2割減る程度だという。林野庁が花粉症対策のために林業を殺す政策を推進するなんて、いつから厚生労働省の下請けになったのかね。林野庁は、実は林業嫌いということか。

スギの立場からしたら、それこそ殺人花粉を出したくなるのではないか。だいたいスギを伐っても、今度はヒノキ花粉が強くなると思うよ(@_@) 
また伐採跡地には広葉樹を植えるというが、まず無理だろう。もしかしたらヤシャブシが繁茂するかもしれない。ヤシャブシは荒れ地に生えるパイオニアツリーであるが、この花粉はスギの何倍も強烈な花粉症を引き起こす。

どうも樹が人を食うのではなく、林野庁の発想が人を食っているのではないか。

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2007/09/01

大台ヶ原の入山制限

9月1日は何の日か。もちろん防災の日など、いろいろあるが、ここでは環境省が画期的な入山制限を始める日であるこを紹介しよう。

奈良県の大台ヶ原は、標高1500mから1700mの台地で、昔から魔の山、精霊の棲む森扱いされていたが、今ではスカイラインもできて訪問者が数多い自然公園である。大きく分けて奇岩と大絶壁、立ち枯れ草原で知られる東大台と、苔むした原生林の残る西大台がある。

今回、西大台に入山制限が設けられた。1日平日30人、土日50人まで(夏や春・秋のシーズンは、多少拡大する)。それも事前申込が必要で、お金(1000円)も取る。入る際もレクチャーを受けなくてはならない。当日受付はしないから、実質的に一般登山者の締め出しとなるだろう。

なぜ、こんな措置を取るかと言えば、オーバーユースが心配だからだ。そもそも現在は笹原が広がる東大台も、以前は苔むした原生林だった。それが台風による倒木や鹿害などで開けてしまった景観なのだ。このままでは西大台も同じことになる、という心配を、NPOと環境省がして、こうした政策を取ることになった。

これまで西大台は、景観としては地味なので、さほどトレッカーが多いとは思えなかったのだが、徐々に増えてきたそうだ。たしかに苔むした深い森は、もののけ姫の舞台になってもおかしくない。わざわざ屋久島までロケハンに行かなくても……と思うほど(ただし、こちらは落葉広葉樹林であり、照葉樹林ではない)。
それにしても、オーバーユースと言えるほどだったろうか? 多少疑問だ。東大台の事情を風害や獣害を無視して、人だけを問題に取り上げるのもどうか。だいたい人を入れずに自然を守るんだ、という発想は、やはり理学生物系の人間を隔離したがる原生環境至上主義だなあ、と感じてしまう。

それでも、環境省の英断だと言ってもいいだろう。これまでは、常に横やりが入りそうな政策は避けていたからだ。前回くさした環境省だが、ここでは褒めておく(^^;)。

この大台ヶ原を明治期に聖地にして大台教会を築いた男がいる。古川嵩だ。彼は、当時はまだ大台にはいたニホンオオカミと語り合い、3カ月間一緒に暮らしたという、もののけおじさんなのである。ここでも、屋久島との共通項がある。実は古川のバックには土倉庄三郎がいて……という話もあるのだが、今回はパス。

ところで屋久島である。屋久島で縄文杉ツアーに参加した際、ガイドが大台のことを尋ねてきた。入山制限のことは知らなかったが、気になる存在のようだ。縄文杉コースも、そのうち入山制限の必要が出るかもしれない。今以上に登山者数が増えたのなら……。すでに登山者が撫で回すのか、傷んだ苔も目についた。

環境と観光。両立の狭間で人は悩み続ける。

Photo_2 

これは大台ヶ原の苔むした森

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こちらは屋久島のウィルソン株

                                              

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2007/08/31

間伐材用紙

屋久島の話題は、ひとまず置くとして、紙を巡って林野庁と環境省が対立しているお話。

林野庁は、間伐材を利用したコピー用紙を使いたいのだが、環境省はグリーン購入法を盾に、コピー用紙は古紙100%しか認めないからだ。

もともと環境省は、木材を使うことが環境に優しいということさえ認めたがらなかった過去がある。木材使用=森林伐採=環境破壊というお馬鹿な図式が頭に張りついていたからだ。今は、ようやく国産材の使用が日本の森林によいと認めているが、今度は紙か。

これは割り箸でも、ゴミの溶融焼却炉問題でもそうなのだが、「せっかく分別・リサイクルを進める運動を推進しているのに、たとえ環境には悪影響がなくても、運動の後退を招くから反対」という声がよく沸き上がる。環境省も、それに乗っかったか、と感じる。

しかし、その発想は、地球環境を考えるというよりは、運動のための運動ではないか。
もともと学閥的に言うと、林野畑(庁)は農学系、環境畑(省)は理学生物系出身者が多いと言われる。私も時折、両者の基盤となる考え方の差に巻き込まれることもあるが、それも影響しているのかなあ、と感じる。

ただ私は、古紙リサイクルが本当に環境に優しいのかも疑問があるし、間伐材を紙パルプにすることにも抵抗がある。パルプにする前に、もっと利用法を考えるべきだろう。それでもパルプにさえしなかったら、捨てられ朽ちていく間伐材をもったいないと思う。(環境系の人は、朽ちるのも生態系の役割で、人間が利用すればよいとは思わない、なんぞと理屈こねるだろうが。)

折しも、東京には、「オフィス町内会」という職場から出る古紙共同回収システムを運営するNPOがある。ここでも古紙再生紙を推進しているが、今度は間伐材用紙の共同購入に乗り出した。政府機関よりも柔軟に動くNPOの真骨頂だろう。

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2007/08/11

森業・山業

「森林ビジネスを支援」することを目的とした補助金に、「森業・山業創出支援総合対策事業」(財団法人都市農山漁村交流活性化機構)がある。
その募集が、昨日の新聞に大々的に載っていた。優良プラン募集とあって、絵入りなのだが、その絵にはログハウスやら炭焼きなら木工、ハイキング?など能天気な絵が並んでいる中、チェンソーアートらしき図も描き込んである。

実は、この春に吉野チェンソーアート事業に適合できないか、申請してやろうかと思ったことがある。目的は補助金そのものよりチェンソーアートによる地域づくりのアドバルーン的要素が強いのだが、その時に検索すると、昨年までの分は載っているのに、今年の分は「準備中」のままだった。
そのうち、準備中も消えて、どうやら今年は流れたらしいと思えた。予算はあるはずなのに??? だったが、どうやら緑資源機構のスキャンダルがらみで控えたらしい。

それが今頃の募集だもんな。それも期限は8月末まで。20日しかないじゃないか。

それでも一応、該当ページを見てみた。http://www.mori-yama.net/
相変わらず事業費の2分の1を自己負担せよとか、民間資金が10%以上、かつ自治体が15%以上出資させることを条件としている。お馬鹿ではないか。そんな自治体がどこにある。いや、自治体と内応したプランしか採用しないことを匂わせているのか。

それでも、無勝手流に応募してみようかな。助成書類を作る練習になるかも。誰か、アドバイスくれる人、いる?

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2007/08/07

緑のオーナー制度報道

今日は軽い話題を、と思っていたが、コメント欄に「緑のオーナー制度」が触れられたから、こちらにも一言。

でも、私の感想は、世間と少々違うのだ。「何をいまさら」。

これを最初に報道したのは、朝日新聞で、その書き方によると独自調査によるものらしい。それに追随して各マスコミが一斉に報道し始め、今や年金問題の次はこれだ、といわんばかりである。今や国家的詐欺だとか、法律違反だとワイドショーでコメントする法律関係者もいる。

しかし「緑のオーナー制度」で分収造林した国有林の多くが元本割れしていることは、満期を向かえた1999年度より常識だった。そして、これは私も切り抜きで持っているのだが、当時の報道はベタ記事扱いだったのだ。国の募集の商品が元本割れしていることの問題点を、当時の記者は気がつかなかったらしい

それが、今度は調査報道ということで世相と合わせて飛びついたのだろう。なんとなく国の制度たたきが流行しているかのよう。

そもそも「緑のオーナー」と名打っているが、分収林制度、あるいは部分林制度は昔から全国各地にある。出資者を募ることから言えば、和牛オーナー制度とも似ている。

本当は、出資を受けて造林して、それが伐採するまでの年季契約というのは林業の基本である。山林取引というのは、土地ではなく立木で行うものだからだ。

ま、林野庁の募集の仕方もいい加減だったのはケシカランし、そもそも集めた金を造林ではなく育林や管理に使っている。また募集の時点でも、林業は補助金づけだったはず。その時点で儲かるわけがないことがわかる。満期が十数年というのも短すぎる。40年でもまだ辛い。やっぱり80年くらいにしておけば、ばれなかったのに(^^;)。

また応募者は、本当に儲かると思って購入したの? と聞きたい。

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2007/07/16

助成金申請

先のシンポジウムのつづき。

会場からの声を拾ったところ、実際に街づくり事業を行っている人の声として面白いものがあった。「行政からの何の援助ももらわずやっている。でも金はほしいし必要だ。そこで助成金はないかと探すが、その申請書類を見たらイヤになる」
そして、「申請書を簡単に書ける人は、町おこしなんかしない。役所は書類を書かせることばかり考えないで、口頭で事業の説明を聞いて、現場に足を運んで実際にやっていることを見て、判断してくれ」

思わず会場から拍手と笑い声が起きた。
その通りと思う。分厚い申請書類を書く時間と手間があったら、ほかにやりたい、やるべき仕事が溜まっているのが現場だ。結果的に、申請書を書くのが得意な人材がいる団体ばかりががっぽがっぽと補助金(助成金)をもらって「使い切れない」と笑っている構図があるのだ。

本気で役に立つ助成をしたいと考えているなら、せいぜいペラ1枚の申請用紙で、そこに書くのもマークシート式とか箇条書きで済むようなものにすべきだ。それを元に部署で判断の上で、これはと思うものを選んで現地に足を運び、関係者から聞き取りをし、さらにふるいにかけて本気で取り組む価値があるものを見抜いて、役人自らが正式な申請書類を作る方式に変えられないか。
窓口の役人にとっても、自分で作った申請書が上部で審査を受けて通るかどうかが問われるわけだから、結構必死になるだろう。査定にもなる。通る申請書にするために現場に通い打ち合わせをすることで、一体感が出て、事業にも影響を与えるはずだ。仮に通らなくても、行政との関係は良好になるだろう。

実は、田舎に行くと、補助金の申請は、役場が実質的に代行しているところもある。いや、そもそも助成事業に申し込むのも、役場主導だったりする。やる気のない人を焚きつけて補助金を取らせるものどうかと思うが、地域に金を落とすために努力している。

申請書類という関門をクリアできずに、実のある活動が進まないNPOは多いのではないか。

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2007/07/15

シンポ「奈良のむらづくり」

地元・生駒で「奈良のむらづくり」というシンポジウムが開かれた。

案内をくれた人がいたので、台風迫る雨の中出かけた。参加費は1000円。この手のシンポでは有料も珍しいし、値段も高いなあ、と思って会場に入ると、もともと小さなホールの後ろ半分を各地の紹介ブースになっており、席は前の方だけ。それでも100人くらいはいただろうか。各地の出展者も含めてだが。

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始まってすぐ、私は勘違いに気がついた。「奈良のむらづくり」という演目から、山村の活性化がテーマと思っていたら、実は観光振興が目的だった。むらづくりのむら、は、群がるのむら、なのだそうだ。だから町の団体も多い。                                                 

観光の振興も地域活性化には重要な切り口だし、それが地域全体の嵩上げになることもわかる。が、私の考える地域づくりとベクトルが微妙に違うんだな。観光開発じゃない地域づくりだってあるじゃないか、と考えてしまう。むしろ、そちらの方が多いだろう。
それに「もてなしの心」が連呼されると、それもおっくうになる。もてなすのって面倒くさい。もてなされるのは好きだけど(^^;)。

もう一つの勘違いは、このシンポ、参加した各地の観光振興団体・人の交流を目的としていることだ。世間一般相手とはスタンスが違う。

それでも会場には、結構山村系の知り合いが来ていて、来週訪問するところの人もいた。おかげで会場が、打ち合わせの場に変じてしまった。またパネラーにも興味深い人がいたから、それなりに聞いていられた。
ただ、国土交通省近畿運輸局の企画観光部長(女性)は……いかにも政府の役人にありがちな、データばかりを並べて国の政策を無味乾燥に説明するだけ。もっと自分の意見を言えよ、と思ったら、なんと今年7月に赴任したばかりなのだそうだ。それでは、さすがに自分なりの観光に対する意見なんぞまとまっていないだろう。当然、奈良の事情にも詳しくない。あの年で部長なんだから、相当の切れ者だとは思うが、国家公務員の頻繁な配置換えって、人材の壮大な無駄遣いだぜ。

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2007/07/12

質より量

最近、政策でも新商品でもソフト関係は「質より量」ではないか、と思い出している。

一般に日本人は、「量より質」という感覚が強いように思う。商品にはきめ細やかな造りを要求し、ほんのわずかの汚れも嫌がる。作業もどんどんこなす人より丁寧な仕上がりが称賛の対象になりやすい。
また豊かになった結果もあるだろう。たとえば食べ物は「量より美味しさであり健康によいもの」という嗜好が強くなり、そのためには高くても構わない。

もちろん、そうした感覚にも一理あるのだが、ソフトの面からすると、あまり綿密な質を要求するよりも量で勝負してはどうか、と思い出した。

たとえばアイデアを考える場合、よりよいものを、と設定すると、なかなか浮かばない。何か思いついても「やっぱり無理か。くだらないか」と切り捨てる。政策的なものも、どんな条件でも対応できるシステムを作ろうとすると、複雑になり、運用も大変になる。

それより「いい加減なものをたくさん」作ってはどうだろうか。くだらないアイデアでも100出せば、その中には使えるものも隠れている。ただし大雑把だから、そのままでは無理で工夫しなければならない。その工夫が臨機応変の対応を生み出す。
たくさんの中から、どれを選ぶかは当事者に任せ、選んだものを使うまでの手間暇も選んだ者が自分で考える……こんな制度はどうだろう。どうせ、社会の動きは予測的ないことだらけなのだ。質を追求しても計算どおりには動かない。

政策も、思いつきと無責任で立案する(^o^)。ただし一つのテーマに、量は100や200くらい並べる。数を出した人が優秀とする。その方が、お役人も萎縮せず、また発想力が問われて査定しやすいのではないか。

商品も、消費者の思いがけない消費行動に期待する。これが売れる! と思っても、どうせ当たらないのだ。そして朝令暮改、右顧左眄、消費者の声に合わせてどんどん作り直す。そのうち当たるものも出るだろう……。

くだらないと思う中に、斬新なものが眠っている。

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2007/07/03

合法木材

いわゆる木材のグリーン調達が実施されて1年を過ぎた。
政府調達の木質製品(紙、合板等も含む)は、すべて違法に伐採されたものではないことを証明しているものしか購入しないという、アレである。

日本木材輸入協会は、昨年度後半(平成18年10月~19年3月末)の合法性・持続可能性の証明された木材の取扱量を明らかにした。合法性が証明された木材などの輸入量は、原木、製材、合板、集成材ほかの総輸入量の38%に当たる。ただし中身は、合板が81%。丸太は35%と低い。
国産材の割合はわからないが、とりあえず全国の県木連などに認定機関はできたはずだ。しかし、証明する事務手続きは増えたものの、そのコストを吸収するのは大変だ。

おそらく、この制度の裏には、環境のことだけでなく、外材の締め出しを意図していたに違いない。違法伐採が問題となっていたのは、熱帯諸国とかロシアが大きいからだ。ところが、下手すると国産材の証明が遅れて、逆に外材の方が合法証明木材が増える恐れもあるのではないか。

国産材は、これまでも同じことを繰り返してきた。
たとえばかつての外材は、未乾燥だった。乾燥が必要だと言われるようになって、外材は速やかに人工乾燥に移行したのに、国産材はいまだに遅れたまま。
住宅の品質に関する品確法が施行された際にも、強度などの表示が求められたのに、国産材はもたもたして、結果的に外材に席巻されてしまった。

今度の合法木材認定も、同じことにならないよう望む。

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2007/06/23

民主党「森と里の再生プラン」

民主党の作った「森と里の再生プラン」が届いた。

これは、民主党の森林・林業政策、いわばマニフェストと言ってよい。都市型政党から地方重視政党への脱皮をめざす橋頭堡?みたいなものか。
サブのフレーズには、「森と里から日本を元気にします」とあるが、タイトルと合わせると拙著『森林からのニッポン再生』をなぞったようでこそばゆい(^o^)。 いや、向こうの方が先に考えていたフレーズだろうけどね。

実は、このプラン作成の終盤で、私はコメントを求められて、急遽(ほとんど1時間程度で目を通して)疑問点を指摘するという形で関わっている。それらに関して多少は書きかえられたところもあるようだ。それだけに客観的な目で紹介することになるか怪しいのだが、「ブログに書いたことには責任持たない」というポリシーに従って(@_@)、他人事のように論評する。

ここでは、掲げた目標の一つにある「10年以内に木材自給率を50%まで高める」について考えたい。
まあ、大きく出たな、と誰もが思うだろうが、私は潜在的な可能性はあると考えている。日本林業のポテンシャルを考えた場合、不可能ではない。何より蓄積は、現在の3倍伐っても大丈夫だし、作業道の拡充、高性能林業機械の導入を前提としたならば、マンパワーも確保できると思う。ほかにも有利な条件はいくつかある。だから、やりようによっては10年で間に合う。

プランには、この目標を達成するための方法論も並んでいる。それらには賛同するものもあれば、アホな、と思う点もある。しかし問題なのは、それらの施策よりも、関係者のやる気について触れられていないことだ。モチベーションをいかに作り出すかという点の施策が全然見当たらない。これが致命的。機械化などへ金をつぎ込むより、人を動かす機微がほしい。その上での人材教育と人材参入の施策だろう。

建設業も同じだ。本気で国産材を使う気があるとは私には信じられない。外材と一心同体のごとく構築された市場を崩す手法が見えない。とはいえ、外材を規制するのは無理だろうし、禁じ手である。
国産材流通を抜本的に整備して、金融も含めた新しいシステムを作らないと動かないと感じる。さもないと、いくら国産材を増産しても捌けないで価格暴落を招くだけだ。

ようは、国産材の生産現場と消費現場に対する認識と施策が物足りない。

これが、私の他人事のような感想だ。まあ、政権取るまで、まだしばらく時間がかかるだろうから、その間に煮詰めてくださいね。温かく見守っています(^∧^)。いや、求められたら協力しますよ。(こんなこと書いたら、依頼は来ないか。)

でも、改めて考えると、森林や林業のことやっても、票は採れるのかねえ。\(-_-メ;)オイオイ

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2007/06/18

第3回森林ビジネス塾

今日は、朝早く起きて、丹波へ。第3回森林ビジネス塾開講日だからだ。今回は午前10時スタートなので、早起きした~。

実は、今回こそ、肝であった。なぜならテーマは、「商品企画会議の開き方」だからだ。
林業関係者にもっとも欠けている経験、企画の作り方を学ぶもの。講師は、この手のセミナーのプロ、大川恒さんを東京から招いた。

まずはチェックインと呼ばれる自己紹介や笑顔づくりから、アイスブレークなるチームの緊張を解くゲーム、会議のルールづくり、そしてブレーンストーミングと、通常なら何日かかけるメニューを2時間半に詰め込んだ贅沢な内容。
それにしてもプロだねえ。熱く、そして流れるように進行させて、気がついたら場は盛り上がっているという状態。

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午後は、私が引き継いで、ブレーンストーミングの2回目。これは回数を重ねるほど、頭が柔らかくなる。質より量、なのだ。意外と勘違いしている人も多いが、企画は質ではない。量である。くだらない思いつきネタを数多く出した方が、結果的に質がよいものも生まれる。「よい企画を」と悩むのはナンセンスだ。

ここで企画会議の開き方を体得して、何らかの商品企画を思いついてもらわないと、次回につながらない。だから重要な回だ。

気になったのは、2つ参加している森林組合の一方が、今回全員参加しなかったことだ。個人的に葬式があるとか怪我をした、などなら仕方ないが、4人全員というのは……。組合側で早くも腰が引け始めたのではないことを願いたい。いくら職員個人がやる気を出しても、組織としてのバックアップがないと何も稔らない。

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2007/06/12

ウッドマイルズへの疑問

先に森林セラピーと新月伐採、そしてウッドマイルズを並べて書いたことから誤解された方もいるようなので、改めてウッドマイルズを論じる。

ウッドマイルズとは、単純に言えば「木材の生産地と消費地の距離」である。それに「使用木材量」を掛けたものが、ウッドマイレージだ。木材は環境に優しい素材とされているが、実は輸送にどれほどのエネルギーをかけているかを見る尺度となる。
それにウッドマイレージCO2という指標も生まれた。輸送で消費するエネルギーをCO2排出量で表したもの。輸送に汽車を使うかトラックか船かによって、エネルギー消費量が変わってくるからである。そのほか建築物ウッドマイレージ…など、ほかにもいくつか派生した指標がある。

その概念自体はしっかりしていて、疑問を挟む余地はあまりない。だから、新月伐採のようなオカルトもどきと並べては失礼かもしれない。
しかし、実際の数値の計算や運用となると、途端に無理が出る。

そもそも産地を詳しく特定するのが大変な上、その輸送経路、輸送手段を確認するのも並大抵ではない。それに途中で製材したり、人工乾燥させれば、またエネルギーを消費する。しかも製材や乾燥で木材の材積や重量が変わると、その後の輸送にも影響が出る。計算する前のデータを集めること自体、極めて難しい。

ああだ、こうだと議論していても、何が正しいウッドマイレージなのかわからなくなる。しかも、根本的に木材を対象にするから、木材の使用量が少ない建築物ならウッドマイレージも小さくなる。これでは、木材を使うな、という主張になりかねない。
一応、計算を簡単にするため、産地と消費地を直線で結んだ距離と最終材積だけを使った「建築物ウッドマイレージL」という簡略版?もあるが、指標ばかりが増えて何がなんだかわからない、イヌのお巡りさん状態になってしまった。

しかも、消費者(建主)はそんな数値を見せられても喜ぶだろうか。外材で同じ家を建てるのより、ウッドマイレージCO2は3分の1ですよ、ぐらいのことを聞けば満足する人が大半ではなかろうか。細かな輸送経路と輸送手段を聞いても心は動かされないだろう。

ウッドマイルズの研修会に参加したことがあるのだが、発表者はわりと楽しそうに研究結果を話している。それは研究者の愉悦を感じているようだ。
また参加者の多くは、地方自治体関係者なのだが、自分の地元の木がどんな数値によって表されるか気にする雰囲気もあった。しかし、もともとは国産材と外材の違いを環境面(エネルギー消費面)から際立たせるためのものではなかったのか。国産材の中で地域材の数値を競う必要はあるのだろうか。

……といったところから、理論は万全、運用は愕然、消費者は憮然となることに疑問を感じたのだ。学問をするのもよいが、実際の効果を生み出す指標にしてもらいたいと思う。

ちなみに6月30日に、「ウッドマイルズフォーラム 2007 in つくば」が開かれる。

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2007/05/18

森の“聞き書き甲子園”

今年も、森の“聞き書き甲子園”が行われることになり、第6回目の参加者を募集している。

「聞き書き」とは、私の仕事そのものでもあるので、多少は気になる。高校生には負けたくない(^o^)。これまでの記録を読んでいると、ここをもっと突っ込め! 言葉遣いが甘い! とか考えてしまう。俺って若いな。

ところで、昨年度のこの行事で、吉野の福本雅文さんが「森の名手・名人」に選ばれて、横浜の女子高生に聞き書きされたことは、以前(前ブログで)紹介したが、その作品が最優秀4作のうちの1本に選ばれている。

その授賞式の様子が、「農林経済5月14日号」に掲載されていた。なんでも、昨年度はとくに優秀な作品が揃っていたという。それを選者の塩野米松さんは、「ゆとり教育のおかげではないか」と発言している。

昨今、学力低下の根源のように言われて評判の悪い「ゆとり教育」だが、ひょんなところで評価されたことになる。実は、私も始まったばかりの「ゆとり教育」「総合学習」などが、外野の声で変質させられつつあることに腹を立てている。ゆとり教育は、生きる力を養うんじゃなかったのか……。この話は、ここではやめておく。

ちなみに福本さんは、この取材のために樹齢120年の大径木を伐採したという。それを山側に倒す、非常に難しい伐採法を採用して…とある。難しいのは間違いないが、吉野では、みんな山側に倒すものだから、私はそれが当たり前だと思っていた。

まあ、この取材の様子は、福本さんから裏話を聞いていて、結構笑えるのだが(その話を、福本さんの話しぶりのまま聞き書きしたら、傑作になると思う)、私も大径木伐採の現場に行きたくなった。
ちょっと忙しくて手をつけられずにいるが、昨年企画に出た「吉野の巨木伐採ツアー」なんとか実現したいな。

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2007/05/13

キャッチフレーズ

「美しい森林づくり推進国民運動」のキャッチフレーズが選ばれたそうである。

応募総数519通。この中から、審査委員会において優秀賞に選ばれた作品が、以下の通り。

1  入選作
○ キャッチフレーズの入選作
   優秀賞  伝えたい木の文化、残したい美しい森

○ その他の入選作
   佳作   育てよう!小さな苗木の大きな未来

   佳作   森づくり 環境世紀の パスワード

   佳作   未来の森 もりもりひろがる 森林づくり

   特別賞  植えておけ!やがて役立つ、森林となる。

正直に感想を書く。 ダサい(笑)。もう少し何とかならんか…と言っても素人応募なんだから限度があるだろう。ただ、ここでは出来よりも気になることを。

「残したい」「育てよう」「ひろがる」、そして「植えておけ」(笑)。
ここで描かれる森づくりとは、植林であり育林だ。そもそも元が「美しい森林づくり」なのだから仕方ないが、発想が木を植えることに傾斜しており、伐るイメージがない
しかし、この運動の眼目は、間伐なのである。京都議定書で公約した二酸化炭素排出削減に森林の吸収分を認めてもらうためには、間伐を進めて「整備した森林」にしなくてはならない。そのため、どんどん伐ろうという政策・運動なのだが、それを感じさせるフレーズはない。もし応募者が、そのことを知ったらどう思うだろうか。

それにしても、特別賞は凄いね。実はこの作品を作ったのは、91歳の人なのだ。とにかく木を植えれば、いつか役立つ。この発想こそが戦後の大造林を押し進めたのだろう。

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