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本の紹介

森林学・モノローグ

2018/01/20

巨大枝うち

某公園で見かけた樹木。

 
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ううむ。デカい切り口。枝を打ったというよりは二股の幹の片方を落としたような断面だ。サイズがわかりにくいかもしれないが、幹の直径は30センチ弱で、切り落とした枝の太さはそれに優るとも劣らない太さ。
 
 
吉野で枝打ち体験した際に、「力枝を打ってはいけない」と教わった。下方の枝ならなんでも落とせば枝打ちになるかと言えばそうではなくて、力枝と呼ぶ元気のある枝を打つと本体を枯らしてしまう……というのだ。
それはヒノキの場合らしいが、広葉樹(そういえば樹種を見るのを忘れた)の場合は、これほど太い枝を伐っても大丈夫なのかね。
 
まあ、切り口の樹皮が少しずつ巻いているようだから、枯れる心配はなさそうだが。(でも、完全に傷口がふさがるかどうか。。。)
 
樹木の剪定も下手にやると逆効果だろう。造園業者はちゃんと技術を持っている……と信じたい。

2018/01/12

人口を支える食料と木材の生産力

小学生の頃から不思議だったこと。

 
地理の時間だったか、ヨーロッパの国々の人口はほとんど日本より少ないことに気付いた。イギリスもフランスも日本の半分ぐらい。ドイツだって東西合わせて8000万人に届かない。しかしヨーロッパは基本的に平地が多く、農地面積は広い。
それに比べて日本は山がちで平野はわずかだし、その中に町をつくっているため農地は少なめ。山の斜面まで農地にしているが、たいして増えないし効率悪い。それなのに、なぜ多くの人口を支えられるのか。逆にヨーロッパはなぜ人口が増えなかったのか。
 
 
そんな素朴な疑問を持ち続けていたのだが、最近読んだ本で解答を得た。
 
日本は米を生産している。ヨーロッパはよくて小麦。北側ではライ麦がせいぜいで穀物の育たない地域も少なくない。ところが米と小麦の収穫量が全然違ったのだ。
米は播いた種子(米粒)の110~140倍の収量が見込めるのに対して、小麦は20倍前後にすぎないらしい。これが15世紀だと、米が20~30倍、小麦で3~5倍だったそうだ。
 しかも日本では米の収穫の後に麦を植える二毛作も可能だった。ヨーロッパの冬はほとんど農業は不可能で、せいぜい牧草を育てて牧畜を行う程度だった。
 
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 秋の稲穂と、春の小麦畑
 
 
さらに日本の米はカロリーベースで1アール10万キロカロリー。トウモロコシを植えるアメリカは2万8000キロカロリーしかない。
 
そうか、日本は少ない耕地で多数の人口を養える生産力があったのだ。だから日本は(正確には米を生産するアジア全体が)人口を増やしたのか。日本の農家当たり耕地面積は2ヘクタールもないが、その中で生産性を上げてきたのだ。
もちろんスゴク手間がかかる。水田をつくるには地面を平坦にしなければならないし、水の管理もきめ細かい。肥料も多投しなければならない。草取りも大変……。でも、おかけで小さな面積からおおきな収穫を得ることができた。
 
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お米、バンザイ。
と、これで終わってはつまらない。
 
 
ようは面積ではなく、生産性である。これを林業に応用すると、どうなるか。
 
もちろん日本固有のスギやヒノキは、外材の主な樹種に比べて生長が早いわけでもなければ木質が優秀とも言い切れない。お米に相当する作物の力はない。
しかし、農産物をカロリーベースで見るように、価格で比べたらとうか。ようは木材が生み出す富がどれほど人を養えるか、である。
 
そんなこと言ったら、スギはメチャ安いではないか、と文句が出てくるだろうが……ほんの少し前、日本の銘木と呼ばれる木々、たとえば京都野北山杉の磨き丸太は世界一高い木材として有名だった。
せいぜい20年生の丸太1本が10万円どころか100万円するものもあったのだ。吉野杉も、完全に無節の柱材にすると、とてつもない価格になった。
 
それは樹木そのものの性質による銘木ではなく、人が作り上げたものだ。絞り丸太だ錆丸太だ出節丸太だ、あるいは四方無地だと生長過程に人が手を加えることによって達成した。
そんな産地は手間隙かけた作業を行った。その点、粗放林業とは一線を画す。それゆえ大面積は無理で、人里近い山(毎日のように通わなくてはならないから)で、狭い面積の持ち山で丹精こめて作り上げた木材であり林業だったはず。
 
つまり小さな山で木を一本一本手をかけて高く売る品を作り出す林業もありではないか、と考えるのだ。
たとえば山から100本だけを選んで徹底的に手をかけて育てる。多すぎると、手が足りなくなるからだ。そして収穫後も加工に知恵と手間をかけて高く売れる商品に仕立てる。
もちろん、今では磨き丸太なんか高く売れない。今風の感性とアイデアを元に開発するという前提だが……。
 
どんな商品かって? 美しい庭木や緑化木かもしれないし、よりインテリアになる形状や色合い・木目をしている木かもしれない。
たとえば伐ってみると断面が虹色だとか、輪切りすると猫の顔が現れる木目とか(笑)。幹が二重螺旋しているとか。。。(そんなアホな。)
もっとも材質より加工が大切だ。ようは高くても売れるニーズを見つけることだ。 
 
量の林業とは、大面積が必要で低コスト育林と低コスト伐出が欠かせない薄利多売の林業である。
それに対して質の林業とは、小面積で一本の価格を追求する林業。育林にも加工にも手間とコストをかけて、それでも報われる品を生み出す。
ある意味後者の方が、趣味的なこだわりの林業として行える。
 
そんな林業も存在してほしい。それは意外と日本に向いているのではないか。

2018/01/11

カーボンニュートラルの罠

年末に、ちょっと驚いたニュース。
2017年9月に、約200人の科学者が「バイオエネルギーはカーボン・ニュートラルではない」という内容の声明をEUに送ったという。
 
カーボン・ニュートラル。地球温暖化を防止するための大きな武器として唱えられたものだ。木材など生物由来物質(バイオマス)を燃やしてエネルギーを取り出した場合、熱量に応じてCO2を排出させるが、それは樹木が成長時に空気中から吸収したものであり、再び燃やした木材と同じだけの樹木が生長する際には同じ分量のCO2を吸収するから、プラスマイナスゼロになる……という理屈だ。
 
わかりやすいのが木質バイオマス発電。木材で発電して、その分化石燃料を燃やす火力発電を減らせば、結果的に化石燃料が排出するはずだったCO2を減少させることができる……というわけだ。
 
それに対して200人もの科学者が反対する声を上げたというのである。
発端は、イギリスの巨大火力発電所をバイオマス発電所に改変したことのようだが、そのために年間約650万トンの木材ペレットが供給されている。それは大西洋を横断してアメリカのノースカロライナ州、ルイジアナ州、ミシシッピ州の森林から運ばれ、さらにルーマニアの森が破壊されていると主張している。
詳しくは、こちらのサイト のものを。
英文だが、翻訳すればだいたいの意味はわかる。
 
いくつかの推定では、EUで伐採されている木材のほぼ半分が、発電と暖房のために焼かれているという。とくに危険な状態なのは、オーストリアからルーマニアまで伸びるカルパティ
ア山脈で、ルーマニアから輸出された木材の大半が不法伐採で、オーストリアとドイツの発電所で燃焼されている……(グリーンピースと環境調査機関)と報告している。
 
正直、わかりきっていたことだ。カーボン・ニュートラルの理屈はあくまで机上のもので、実際は木材の伐採や移動によって排出されるCO2量は馬鹿にならない。それどころか森林破壊が進んで、逆に森林吸収分も失われることになるだろう。
 
ヨーロッパのCO2排出量の削減も、結構やばい部分が多いのではないか。
 
それを科学者が声明を出したことに価値がある。
 
 
私は、それに加えて間伐を推進したら森林をCO2の吸収源にできるという点も嘘だ、と声明を出してほしいところだ。
現在の議定書の理屈では、既存の森林の吸収分は認めず、面積を増やしている森林、適正に管理している森林だけをカウントするとしている。日本はこれを最大限に利用して「適正に管理」の部分を「間伐を施した人工林」と読み替えて、税金をドバドバ注ぎ込んで間伐を進めているが、それがどうして森林のCO2吸収量を増やしたと言えるのかどうにも納得しがたい。
 
間伐したら、残した樹木がより生長する、という理屈は、現実にはほとんど当てはまらないのではないか、と思うのだ。新たに枝葉がどれだけ増えるのか。幹の太る速度が増すのか。
もしかしたら森林土壌に蓄積されていた腐葉土などが微生物による分解が促進されて、その呼吸でCO2を多く排出するようになるかもしれない。
 
 
でも、この二つを外すと、日本の取っている地球温暖化防止策の根幹が崩れるだろうね。

2018/01/10

冬の雑草

今日は雪の舞う1日だった。

 
かなり冷え込んだのだが、ベランダを見ると緑がある。枯れそうな鉢植えは屋内に避寒させているのだが、プランターに草が繁っているではないか。
 
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なんと旺盛な成長力。冬の雑草はたくましいというか、美しくさえある。殺風景のベランダ、庭にみずみずしい緑に彩るとは。なぜ寒さに耐えられるのだろうか。そして緑を保てるのか。成長力だってハンパない。冬なのによく育つ。
同じ草が春~夏に生えているとうっとおしいのだけどね(~_~;)。夏には嫌われる雑草も冬には歓迎されるのだよ。
 
何という草かと調べると、ハコベのよう。春の七草の一つだ。ということは食べられるのだ……。
 
というわけで、収穫しました。
 
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2018/01/09

スギのある海外

正月に読んだ「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ」(川上和人著・新潮社)。

その中に、大西洋の真ん中アゾレス諸島で開かれた島の生態学の国際会議に参加した話が載っている。
 
英語での発表に悪戦苦闘したエピソードに続いてフィールドトリップに出かけた話があるのだが、そこで見かけたのが林縁部に青い花が咲き誇り、背後に針葉樹林の広がる一角を歩いたそうだ。
 
初めて歩くのに懐かしい気分? ……なんたって、青い花はアジサイ、針葉樹はスギだった、というのである。
そう、アゾレス諸島はスギ林業が盛んなのであった。アジサイも日本の花だが、こちらまで広がっていたのか。アゾレスを代表する花になっているそうだ。
 
その点に関しては、以前本ブログでも紹介した。(大西洋上にあったスギ林
ほかにもインド洋にもスギ林はある。(インド洋上にあった杉林)
上記の本のエピソードの一節には、ハワイにもスギ林に出くわしたことがあるという。
 
意外と海外にもスギは人気なのである。
 
で、今回はニュージーランドにもスギ林はあるというブログを読む。
 
 
主に境界林・防風林として広がっているらしい。もともとニュージーランドは外来樹種の導入に熱心だったので、スギも試されたのだそうだ。結果的にラジアータパインに落ち着くのだが。
 
日本でも、植物園などで、いきなりテーダマツとかに出くわすことがあるもんなあ。幸か不幸か、外来樹種は日本の林業現場では広がらなかったようだ。

2017/12/29

森林ジャーナリストだからって、森が好きだと思うなよ。

今読んでいる本は「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」(新潮社刊・川上和人著)。
 
鳥類の研究のために絶海の孤島やジャングルを走り回る話だが、この本のタイトルをパクれば、私も「森林ジャーナリストだからって、森が好きだと思うなよ。」と言いたくなる1年であった。
 
 
森林が好きだからこそ森林環境の素晴らしさを強調し、森林のもたらす機能を謳い上げ、森林に関わる仕事である林業に肩入れする……というスタンスの人も多い。
それらの多くは、なんとか森林・林業のよい話題を見つけて紹介する……というものではないか。その点、私は反対の立場を取る。
 
振り返ると、森林林業に関して非常に不愉快な1年だった。
今年私が多用した言葉は「絶望の日本林業」だ。何から何までがんじがらめで前へ進めない状況を感じるからだ。出口が見えない、直しようがない。。。
現在のシステムの根幹を変える改革には背を向けて、量の林業、競争の林業ばかりを推進する。イノベーションに背を向けて、目先の利益を餌にばらまく補助金投入林業も断末魔の様相。林業従事者の待遇をよくしようという動きは潰す。もはや身動き取れなくなってきた。そこに将来の森を夢見ることはできない。
 
何が問題かって、絶望的であることに気付かない人々ではないか。問題点を指摘すると、今は悪くない、成長産業だと信じようとして、現状維持バイアスが強烈に発動される。新しいことに取り組もうとする足を引っ張り、リスクを嫌がり、目先の利益に終始。批判には敵意剥き出しになる。
 
とにかく今が良ければよい、100年後どころか10年後20年後のことも考えない……。
 
ちょっと実例。
 
Photo森林林業白書の図。
 
現在の状況を表わす水色の盛り上がっている部分をドンドン伐っているわけだが、50年後(黄色)100年後(草色)の齢級構成を見てほしい。「林齢の平準化」を掲げてコアな蓄積部分を皆伐したあげく、森林蓄積の絶対量を激減させるのだ(;´д`)。
 
 
ここ数年のキーワードでとしてよく使われる反知性主義とか不寛容社会は、林業界にもすっかり浸透してきたようだ。不都合な将来予想や地球環境や生物多様性がどうたらというと嫌われるようになった。揚げ足取りや感情的な反論が増えた、いや反論というより考えるのがイヤなんだろう。
 
それよりもいい面を見つめて気持ちよくなりたい。「日本スゴイ!」と一緒で、頑張っている人や、新たな取り組みを探し出して、林業は成長産業だ!と叫ぶ。例外的な人やケースをクローズアップして「日本の林業は素晴らしい人がやっている」「こんな斬新な取り組みを行う地域もある」と主張しても虚しさを感じないのだろうか?
 
 
 
自身のことを振り返ると、手がける分野の幅を広げた。加えて取材を受ける側に回ることも増えた。肩書も増やした(^o^)。
 
最近だけでも砥石ジャーナリストやミツバチ・ジャーナリスト、ベンチ・ジャーナリスト、森の伝統工芸ジャーナリスト……といろいろつくったなあ(笑)。ほかにもナラシカ・ジャーナリスト、獣害ジャーナリスト、生駒山ジャーナリストもやっている。
 
いずれの分野でも、私はケシカランことには悪態をつき続け、キレイゴトを言い続ける。これが私の来年へ向けた所信表明です(笑)。
 
 
本日を持って今年のブログの更新はオシマイとする。年末年始は休むものだよ(~_~;)。
(と言いつつ、ツイッターやインスタはアップするかもしれないけど~_~;)。
 

2017/12/28

池の中のナラシカ

大晦日も近づき、すっかり列島は冷え込んでいる。そんな寒さに震えている人々に送る写真。

 
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池の中のナラシカでした\(^o^)/。
 
なんで、こんな寒い時期に池の中に入るのかよくわからない。左に写っている部分は池の中の島なんだが、水に浸からないとたどり着けない。別に島には美味しい草が生えているわけでもない。
 
もしかして、外にいると観光客に囲まれてウルサイので逃げ込んだか?
 
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ま、こんな愛くるしい目で見つめられると文句言えません(~_~;)。

2017/12/17

ナラシカ二態

今日の奈良は、春日若宮おん祭のお渡り式。

 
この祭、もっと有名になってもよいと思うが……と言いつつ、実は私もよく知らなかった(笑)。春日大社の中の若宮社の祭だが、900年近い歴史があって一度も途切れることなく続いている。3日間のうち、今日のお渡り式は町中を行例が練り歩くのだから、なかなかの見もの。
 
ま、私もよく知らないからまずは経験しようと思って訪れたのだが……。
 
そこで見かけたナラシカ(奈良の鹿)の姿。
 
相変わらず外国人観光客に持て囃されていたが、こんな姿を見た。
 
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何をしているかと言えば、落葉を食べているのである。カエデの落葉が溜まっているところでボリボリと食っていた。落葉喰いというのは、ほかに食うものがない時に行う、いわば非常時、餓死寸前の行動なのである。。。
 
実は、ナラシカは全体に栄養失調なのである。狭い空間に1200頭もいるから、さすがの芝草も樹木の葉も食べ尽くして、さらに樹皮も金網を張って食えなくしている。
 
 
が、こんな姿も見てしまった……。
 
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おい、死んでいるのか! 
いや、食べすぎて苦しいらしい。周りに散乱するシカせんべい。ほかにも観光客が解きだすシカせんべいにそっぽを向く姿も見た。与えすぎなのである。
 
だいたい反芻動物であるシカは、食べただけでは消化できず、その後胃から口にもどして反芻する。その暇を与えずやり続けると、食えなくなるのである。
 
ほかにもチラシを食わせている観光客もいたので、私が怒鳴って止めさせたのだが、ナラシカの食欲と食事事情とどうなっているのだろうね。

2017/12/09

蔓か幹か

某寺院の境内林で、こんな木を見つけた。

 
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真ん中の樹木、何かおかしい……直径10センチばかりの幹がひょろりと伸びているが……上の部分は?
 
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なんだ、巻きついている……って、蔓か?
 
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蔓は二股?に分かれて、隣の2本の木にまたがって伸びていた。肝心の本体は小さな木に巻きついたものの枯れてしまったみたい。
 
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一応、肝心の樹木?蔓植物? の根元。太いがやっぱり蔓かねえ。元何か木があったのかもしれないが、それを枯らして、枯れた木は腐って落ちて、蔓が自立した? のかもしれない。
 
 
ちなみに、このお寺には結構な照葉樹の天然林が広がっていて、いつも何かヘンな木を発見できる貴重な場である。

2017/12/04

薪ストーブの売り場

薪ストーブの売り場

 
ホームセンターで、薪ストーブが売っていた。当たり前のようで意外(笑)。
しかも安い!3万円代であるとは。
もちろん本体だけで付属部品は別料金、工事費も別。薪も買えば、総額はそこそこになるが、ホームセンターだからね! 薪ストーブを備えることだけにロマンを感じる男には安上がりだろう。

私は隣の時計型ストーブに目を奪われたが。

でも、設置できる家に住む人はどれほどいるかな。。。

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森と林業と田舎