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森と林業と田舎の本

森林学・モノローグ

2019/06/16

睡蓮

NHKスペシャルで、「モネ睡蓮 よみがえる“奇跡の一枚”」をやっていた。モネの幻の作品、それも半分ちぎれた巨大な「睡蓮」の絵を現代技術でよみがえらせる作業を追ったものだ。

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睡蓮なら、私もつい先日撮影した写真があるので紹介(^^;)。

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わざわざゴルフ場の池に侵入して撮りました。ゴルフ場と言っても、プレイヤーはコースから見ることができない場所にあるのだけど。

睡蓮の花は、今が盛りです。

 

2019/06/14

樹皮アート ?

樹木の幹を見ていると、不思議な?見事な?文様を見つけることがある。これなんかはどうだろう。

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見事な編み目模様に螺旋模様……樹幹に自然界が描いたアートか。え? 

もちろん、違うだろう。

これは春日山で見かけたものだが、おそらくシカに樹皮を剥がされないように金網で囲ったのだろう。ところが樹木が生長して小さな金網に圧迫され、こんな模様が着いたのではないか。螺旋の方は、金網ではなく針金でもグルグル巻きにしたのか。

気づいて外しても、遅すぎたらこんな模様が残るんだなあ。

ちょっと痛々しいけど、いっそ、樹皮アートとして案内板に記したら人気を呼ぶかもしれないよ。(^^;)\(-_-メ;)

 

2019/06/12

「大草原の小さな家」を見た

先日(土曜日の朝)、BSプレミアムで朝ドラの「なつぞら」を見て、そのままテレビをつけっぱなしにしていたら、なんと「大草原の小さな家」が始まった。デジタルリマスター版が、BS4Kに続いてプレミアムでも放映を始めたらしい。声優も一新している。

思わず見てしまう。

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昔、よく見たなあ。。。インガルス一家のアメリカ開拓時代の話だが、ちょうど「なつぞら」には北海道の開拓話が含まれているから重なるところがある。

しかも、私の過去の記憶では、すでに移住して移り住んでからの話ばかりだったのだが、今回目にしたのは、第1回目で移住を始めたところだった。森の中の家を発って、馬車で一家は大草原を旅する。そして、ここは、と思う場所に小屋を建てる。

それが、まさに伐ってきたばかりの丸太を皮も剥かずにそのまま積み上げるログハウスだ。隙間だらけで土間のまま。屋根は馬車の幌。
そうか、こんなスタートだったのか。しかも予告編からすると、どうやら、その地は安住できずにまた場所を移すらしい。何度もログハウスを建て直すのである。

もちろん現代の視点で見たらアメリカ先住民(インディアン)の土地を奪う話なのだが(それは「なつぞら」も一緒だろう。拓いた牧場は、アイヌの土地を奪ったのかもしれない……)、その時代にとっては汗の臭いのする開拓なのだ。ほんの少し前にあった「たくましい人々」の世界である。こんな人々から見ると、今の日本の田舎暮らしが児戯に見える(^^;)。

時代は、日本の明治維新の頃とほぼ重なる。当時のアメリカは、一方で日本に黒船を送り込んでいるのだが、西部に暮らす人々はこんな状態だったのだろう。意外と気づかない同時代の多面性。

ともあれ、今後もちょくちょく見そうな予感。

2019/06/10

世代交代杉とシカガール

春日大社の境内を歩くと、何かと発見がある。

今回見つけたのは、こんなもの。

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春日大社、春日山に生えているスギを春日杉と呼ぶ。実は吉野杉の元になったとも言われているのだが、こちらは天然杉だ。その大木がたくさんあるわけだが、なかには枯れるものも出る。とくに近年は台風の大風で倒れるものが多く出ている。

そうなれば伐って処理せざるを得ないわけだが……その切株に次世代が育っていた。

太い親スギ(の切株)と、その切株の中から生えてきた次世代杉が、ここまで見事な対比を見せるのも面白い。小スギは何年生だろうか。10年も経っていないように思える。切株は腐って栄養たっぷりに見えるから生長がよいかもしれない。

ちなみに春日杉はわりとウロをつくりやすく、とくに大木は早くから内部が腐るから、この子スギも早くから生えていたのかもしれないなあ。

 

ほかにも、こんな観光客も見所。最近は、ナラシカより観光客観察の方が面白いと感じるのであった。

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多分、中国人旅行者と思うが……ちゃんと角を生やしているよ。
ただ、この角はニホンジカじゃないね。トナカイだ。おそらく近くの土産物店・コンビニや百均ショップで売っているもの。通常はクリスマスだけの商品だが、奈良では年中売ってます(笑)。

 

2019/06/05

外国人が見た奄美と蝦夷地

奄美諸島は、鹿児島と琉球諸島に挟まれた地域である。沖縄の南国リゾートイメージ より弱く、なんとなく影の薄い存在。世界遺産認定も今のところ足踏み状態。

そんな日本でもイマイチ注目度の低い奄美諸島が、なんと明治時代にドイツ圏で非常に注目されていた、訪れる人もたくさんいた、という記録を目にした。

ドイツの園芸専門家やお雇い外国人、一般旅行者まで押しかけたのである。当時の世界旅行は船旅だったし、開国間もない日本から、さらに交通も宿泊も整備されていない奄美への旅の難易度は非常に高い。
それは1880~1890年代にかけてである。この時期、ドイツ人学者やプラントハンターが相次いで奄美諸島を訪問している。さらに観光客?いわゆる冒険的旅行者もいたようだ。当時の日本政府より熱心だったのではないか。本土では奄美の存在はほとんど意識されていなかった。
琉球王国は、フランス艦隊、次いでペリー艦隊が浦賀来航前に上陸している。が、奄美に関しては触れられていない。奄美は独立した王国であった時期はないし、長く薩摩の支配下にあった。それなのに、なぜ有名になったのか。

実は明治政府のお雇い外国人の一人である、ドイツ人動物学者ドゥーダーラインが、1881年(明治13年)に奄美諸島を訪問したことがきっかけとなった。彼の目的は、まだ世界にその実態がほとんど知られていない動物相、特に海の動物相についての研究であった。
しかし、報告内容はその分野に留まらず、広く奄美大島の地理、地質、植生、歴史に始まり、農業、林業、漁業、商業等々の産業、さらに言語、宗教、祭祀、風俗習慣、建築と多岐にわたっているそうだ。ちゃんと読んでいないけど(^^;)。

1894年に奄美大島の島司に笹森儀助が任命されているが、琉球に関する著書『南島探検』を残した彼も、奄美ではさしたる記録を残していない。むしろこの時期行ったトカラ列島視察の方が業績とされている。結局、明治時代の奄美の記録はあまりなく、日本人のものよりドゥーダーラインの記録が重要となっている。

言い換えると、科学的な報告書がガイドブックの役割を果たしたわけである。優れた報告は、世界中で注目される。それが100年以上前から得られる教訓か。
もう一つ、まったく方向的には反対の蝦夷地において、ヨーロッパ人の記録を見つけた。1618、21年のポルトガル人宣教師の報告である。おそらく蝦夷地のもっとも古い記録ではないか。これより古い日本人による蝦夷地を調べた文献があるのかないのか私は知らない。

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著者は、イエスズ会のジェロニモ・デ・アンジェリスとディオゴ・カルワーリョ。
何も学術的な調査をしたわけではなく、布教の可能性を探って旅した記録なのだが、各地の地誌や、アイヌ人の民俗の記録として貴重だ。
海外の文献に日本の古い姿を知るというのも一興。
この文献、つい購入してしまったが、結構高くついた。いつか、活かせることもあるだろう……なければならん(泣)。
ただ、まだちゃんと読んでいない(^^;)。

2019/06/04

ヤドリギが絶滅危惧種?

ニュースによると、京都市伏見区に群生していた「ヤドリギ」を、京都土木事務所が除去したところ、これが京都府では絶滅危惧種に指定をされていたことがわかって問題になっているという。

え、ヤドリギが絶滅危惧……? 

ちょっと驚いた。奈良では吉野山のサクラに多く寄生して問題になっているし、各所でヤドリギを見かけているからだ。それが京都ではレッドデータブックに載っていたとは。

除去したのは宇治川派流沿いの土手に並ぶ樹木に多数寄生していたもの。住民から「寄生した枝が道路に覆いかぶさり危険」「エノキが枯れる」「みっともない」などと除去の要望があったので寄生する一帯の落葉樹の枝を全て切り落としたとか。

それを組織の「縦割り」のため「環境の部署と連携がとれていない」と非難されているが、なんかカワイソウ。。。もちろん京都府という地域限定で絶滅危惧種になることはあリえるだろうが、私でもそんな珍しい植物とは思えない。

Photo_19 サクラの枝のヤドリギ

なお寄生とはいうものの、自ら光合成も行うから、正確には自立している。常緑だから宿っているのが落葉樹の場合は、冬には逆に栄養を供給しているんじゃないかとも言われている。単に宿る場所として多種の枝を借りているだけ……らしい。
それにヤドリギの実が鳥の餌になるので、生物多様性の維持にもなかなか寄与しているのだ。

もっとも、落葉した木のそこここに緑の塊があるのは、景観としてはよろしくない。また親木の光合成を邪魔しているとも見立てることもできる。実際、ヤドリギの除去はアチコチで行われているはず。

大阪の野間のオオケヤキは、ヤドリギだらけで有名だ。何度も除去しているのに枝に食い込んだ根からしつこく再生するらしい。

私は、そんなに無理せず、生やしておいてもいいじゃないか、仮にケヤキがそれで枯れたらそれも巨樹の運命よ、と書いたら噛みついてきた地元のアホがいたが、ヤドリギの葉でも煎じて飲んでほしい(笑)。ヤドリギは、そんなに悪者ではないし、巨樹は何がなんでも神聖なわけでもない。

しかし、京都府内はそんなにヤドリギがないのかなあ。移植して上げたくなる(^^;)。

1_18 野間のオオケヤキの冬景色

7_3 ヤドリギの塊

 

2019/06/03

スズメバチは人類より上位?

ホームセンターをぶらついて目についたのが、これ。

スズメバチ捕獲器。

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最近は、こういうのも商品化しているのか。以前は、自作しろとか言われたのだけど。

誘引するのは発酵臭らしい。が、好みがあるそう。地域によっては焼酎がいいのか酒がいいのか。あるいは醤油とか(^^;)。

ただスズメバチというのは、今や日本の生態系のトップだという。肉食獣はほぼいなく、人間が君臨しているように見えて、その人間を襲って苦しめるスズメバチこそ、生態系ピラミッド(があるとして)の頂上に位置する……らしい。それにハチ類は社会性昆虫だから、ある意味人類以上の社会性を示している。

それに対する捕獲に挑むのは、人間が万物の霊長の座を取り戻す戦い(笑)。頑張ってください。

2019/06/02

「田植え」の生物的最適時期

ぶらりと寄った土地。その近くにイオンタウンがあって、そこに車を置いて周辺を散歩していたのである。

田園地帯に入ると目に止まったのが、一面代かきの風景。

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あれ、今頃水を張って何を植えるのだろう。水田なら5月の連休時分にたいてい終わっているはずだが……野菜でこんなに水を入れる作物ってあっただろうか。

とか考えていると、田植えもやっていた(^^;)。やはり水田であった。

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この辺りは、みんな6月に入って田植えのようだ。植えるのが晩生品種のイネなのだろうと思ったが、よくよく考えれば関西の本来の田植えは6月初旬ではないのか? 梅雨の前に行うものだからだ。ただ、生駒ではほとんどが5月上旬に行われている。標高の高い棚田でもそうだ。あれば早稲を植えているのだろうか。

20190529_151640 生駒山暗峠付近の棚田(先月)

結局、兼業農家になると勤め人の休みに行うことが多くなり、やはり日程を取りやすい連休になるのだろう。人の都合で田植え時期が決まってしまう。だから早稲品種が持て囃される……。

ただ、この場所(正確には大和郡山市)はみんな晩生というか本来の時期を守っているらしい。しかも見かけたのは平日だが、みんな植えていたから農業優先の仕事ぶりなのだ。専業農家なのか、第1種兼業農家なのか。やはり早稲の米より、この時期に植える方が育ちがよくなる・美味い米が採れると考えているからではないか。

ふと気づいた。作物は人が必要な形に育てるものとはいうものの、植物にとっての最適時期はいつなのか。苗がもっとも活着しやすい時期は。さらに肥料の与える時期・量、その後のさまざまな手入れ、そして収穫。苗を植える時期がずれると、気温・日照などが合わず苗にストレスがかかる。肥料が少なくてもいじけるし、多すぎればぶよぶよに不健康に育つ。
大袈裟に言えば、生物的にも、生態系にも、もっともよい状態の育て方をすべきだ。それが健康的な成長ならば、食べ物だったら美味しくなるし、素材としても品質はよいと言えるのではないか。

……と、イネにかこつけて記してきたが、何が言いたいのかわかるかな?

2019/06/01

草原ジャーナリストになろう

誰もおぼえていないと思うが、私はかつて「草原ジャーナリスト」だった。いや、草原ジャーナリストになろうとしていた。いつまでも森林ばかりやってられんと思ったからである(^o^)。

でも、実際に草原生態系関係の取材や勉強ばかりしていて、それは焼畑や放牧畜産にも広がっていた。また森林とつなげて林蓄複合、混牧林業なんぞもかじったのである。草原は、生物多様性の観点からは森林より一部で高いし、実は生物生産量も森林より多い可能性がある。そして草がびっしり繁っていれば土壌流出だって起きない。災害の心配は少ないのである。

ま、イマイチ広がりが足りず、仕事も草原をテーマではあまりなく……下火になったが。
しかし、その後は「土壌ジャーナリスト」にもなった。こちらは世界土壌年に合わせて1年限定だったが、草原ともつながっていた。日本列島に広く分布している黒色土、黒木ぼく土を生み出したのは、草原の野焼きではないか、と言われたからである。土壌を見れば森林も草原も海も山も、人間の生活だってわかるのだ。。。

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というわけで、前書きが長いが、
森林の国・日本で草地は10万年以上維持されてきた ―近年の草地の激減は地質学的時間スケールで大きな出来事―

という研究が発表されている。森林総研によるものだ。

ポイントとして、以下のようにまとめられている。

日本では最近100年間で草地が90%以上消失した結果、多くの草地性生物が絶滅の危機に直面
全国的な遺伝子解析の結果、日本人になじみの深い草地性植物4種は過去10万年間にわたって国内で個体数を安定的に維持してきたことが示された
近年の草地と草地性生物の減少は、千年~万年を単位とする地質学的時間スケールでも大きな出来事

大きく意外感はない。かつて草原は国土の1割以上あったとあるが、あれ、縄文時代は2~3割が草原じゃなかったの? と思ったぐらいである(2~3割というのは、私の記憶。正しいかどうかは別)。

ともあれ10万年前からというと、あまり人為とは考えづらく、気候や火山噴火のような自然要因で草原が多かったのかもしれない。だが縄文人の居住地が広がると、森を切り開き野焼き⇒焼畑を始めたから継続したのだろうか。温暖になった西日本にも落葉樹林が残る元にもなった
そして100年前から急に草原が減ったとあるが、戦前~戦争直後は、まだはげ山が多く焼畑・野焼きも盛んだったことを考えると、本当に減ったのは戦後70年くらいかもしれない。当時の造林熱が草原を奪ったのだ。

 

私も再び草原ジャーナリストをめざそうかな。森林はともかく今の林業はつまらんし。林野庁よ、どんどん皆伐を進めろ、再造林はわざと失敗しろ、あるいはしたことにして放置しろ。天然更新に挑め(失敗するから)、そうして草原を増やすことこそ、長期視点による真の国家的生物多様性維持の深慮遠謀だ! と主張しようかな。

 

2019/05/24

青島の鎮守の杜

今更だが、宮崎に行ってきた。

どこに行ったかというと、青島である。チンタオではなくアオシマ。かつての新婚旅行先ナンバーワン(古い)
とはいえ「やっぱり青島」。外せない観光地ではないか。

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私は幾度目か覚えていないが、訪れるのは10数年ぶりだろう。ああ、この「鬼の洗濯岩」。波蝕地質ファンには、垂涎の的ではないか。

と言っても、さすがにこれだけではイカン。やっぱり青島なのである。青島神社も参拝せねば。

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ところで青島は、貝殻が積もった真砂島だそうである。たしかに砂浜も貝殻片が多かった。ちゃんと貝殻を奉納するところもある。

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だが、目に留まるのは、やはり島を覆うビロウ樹の森。これはヤシの一種だが、約5000本ぐらい生えていて、最高樹齢は350年にもなるという。ほかにもクワズイモやハマユウなども見える。亜熱帯植物群落として国の特別天然記念物に指定されている。つまり青島神社の鎮守の杜は、ビロウ林ということになる。こんな亜熱帯性の植物による鎮守の杜というのも珍しいだろう。海幸彦伝説の起源とも聞くが。

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なんにでも神が宿るのである。

 

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