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森と林業と田舎の本

2019/10/08

「健康と自然」の研究は信じられるか?

最近、森林や自然と健康に関する記事がよく目に入る。

たとえば、週に何分以上を自然の中で過ごせば健康さや幸福度が増すのか、その最低ラインが研究で判明 という記事。

イギリスで2014年から2016年にかけてイギリスで暮らす2万人を対象に、自然と触れ合うことで効果が得られるようになる時間を調べたという。具体的には、過去7日間の間に何時間、自然(公園、森林、海浜……)と触れ合いましたか、というアンケートをとって、詳しく調べたらしい。
その調査の結果、少なくとも週に2時間を自然の中で過ごしている人は、自然の中で過ごす時間がゼロの人に比べて「健康状態がよい」「幸福感がある」らしい。逆に2時間以下の人は、全く自然の中で過ごさない人と、健康やウェルビーイングの感覚が同程度。また3時間以上になると、増加割合が緩やかになり、5時間以上自然の中で過ごしてもそれ以上大きなメリットが得られるわけではない……という結果が出たという。

ま、これはインタビューによって得られた主観的感覚なので、それほど確度が高いようには思えないが、自然の中に1週間でたった2時間? その程度でいいの? 私は、どう考えても2時間以上になる。1回森に入って散策すれば、やはり1時間は過ごす。週に2、3回はあるんじゃないか。5時間を越えるかどうかは微妙だが、1回朝からずっと森に入っている日があれば5時間を超すだろう。

どうも、私は無駄に自然と触れ合っているようだ(´Д`)。。。山村住まいだったら、林業関係者だったら、毎日5時間以上かもね。健康には無駄に緑と触れ合っている(笑)。

 

さらにオーストラリア在住の4万6786人を対象に健康状態について調査を行い、居住地から半径1・6キロに占める緑地面積の割合との関連性を調べたという研究結果も出ている。
この場合の緑地とは、樹林地、草地、その他の緑地の3種類。すると樹林地の占める割合が0~9%の環境に居住している人と30%以上のところに住んでいる人を比べると、前者の方が心理的苦痛を訴える人31%、自身の健康状態が悪いと評価した人33%……と、統計学的に有意な低下を確認できたという。そして草地やその他の緑地環境と健康状態には関連性を認められなかった。

少なくても、我が家は数十メートル離れたところから森が始まり、森の入口までも100メートルはない。半径1・6キロ内の面積比だと6割ぐらいが樹林地(笑)。

なんだか私は、えらく健康に効果のある生活を送っていることになるではないか。

こんな取ってつけた「自然と健康」なんて研究結果に惑わされてはイカン(笑)。

 

 

「そこで夕方になってからごそごそ動き出す。とりあえずタナカ山林へ。思えば夏の間はほとんど来ていなかった。やはり酷暑の中運動を控えていたのだ。
見ると草ぼうぼう。ジャングルと化していた。

2019/09/30

「超学際的研究」の時代……のツボ

森林に関することは何でも扱う……森林生態学から樹木葬まで……と私は公言しているが、何もすべての分野に詳しいわけではなく、苦手な科学的分野もある。その一つが水文学だ。
幸いというか、縁あって人間環境大学の谷誠先生(特任教授)と知り合って(メールだけだが)、森林と水に関する記事を書くときにお世話になってきた。

その谷先生から、「水文・水資源学会」で発表した資料を送っていただいた。

学際・超学際からみた洪水流量の研究の方向性」である。超難しいタイトルだ(笑)。それでも幾つか抜き出して紹介する。

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極めて大雑把に私が説明すると、これまでいくつもの学問分野をカバーする「学際」という考え方があったが、今後は学問分野だけでなく社会分野も含めて考えていかねばならない「超学際」的な研究が必要だ、ということだろうと思う。そして、それを水文学に当てはめると……どうなるか。現在のような地球規模の問題となる気象変動の時代になると、大雨時の河川の洪水流量をどのように考えるか、というテーマである。

激烈化の進む気象に対応しようと、現在の政府は「国土の強靱化」を打ち出している。ようするに土木工事によって、堤防の嵩上げ、治水ダムの建設、河川流量を増加させて速やかに排水……などで対抗しようとしているわけだ。

しかし、それが可能なのか? 自然界の動きはわからないことだらけのうえ、莫大な資金が必要なだけでなく技術的にも限界がある。生物多様性や人間社会への影響も考えると、強靱化だけで完全に洪水を防ぐのは現実的ではない……というか無理。そこで、「超学際的」に考えてみる。

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ダムや河川改修に加えて、森林・林業の再生、農山村の生活、弱点の自覚と住み方の分散・変更……など社会的な課題を加味して研究すべき、というのである。

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これは学問分野だけではなく法律の壁を越える必要もあり、縦割り行政をも超越しなければならない。その点では、極めて政治的な研究となる。そもそも地球環境問題とは、科学を包含した政治的なものであるのだけど。

当然ながら、これは洪水など水文学分野に限ったことでなく、今後はすべての自然科学でも超学際が求められるだろう。研究から一歩踏み出した、政策づくりと言えるかもしれない。

なお、この説明の1ページに、このような内容もある。なんと! 拙著『絶望の林業』が登場する。……これが今日のエントリーのツボだ。書きたかったのはこれか(⌒ー⌒)。

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なお、スライド全ページは、こちら

水と森林 谷誠ホームページはこちら。

 

2019/09/27

アスペルガー症候群の人類史

国連の気候変動サミットにおけるグレタ・ショックは世界中に広がっているようだが、それとともに彼女に対する誹謗中傷も後を絶たない。世界中のメディアや、サイトにも、そして私の記事につくコメントにも読むに堪えない言葉が並ぶ。怒るだけでなく、否定し、あざ笑い、裏に陰謀があるとうそぶき、あげくは地球温暖化現象まで嘘だと言い出す。

彼女の演説内容は、実はシンプルだ。科学者が地球温暖化を指摘しているのだから、早く対策をとれ、と言っているだけだ。
なぜ16歳の少女が語ったことに、ムキになって貶めようとするのか。仮に意見が合わなければ無視すればいいだけなのに。しかも理屈で対応するのではなく感情的になるのか。そこには一種の怯えや歪んだ対抗心が見られ、深層心理からの自己防衛反応が見られる……と脳科学的に分析してみるのも面白いのだが、私は彼女が自身をアスペルガー症候群だと述べたことに興味がわいた。そして彼女個人の症状としてではなく、アスペルガー症候群の人の存在意義について考えてしまったのである。

以下は、そんな考察というか論考、いや私の思いつきの妄想である。

アスペルガー症候群は発達障害の一つで、一般に対人関係やコミュニケーション、そして想像力に障害があるとされる。いわゆる空気を読んで臨機応変に動くのが下手で、一つの事象に強いこだわりを持つ。それは、巨大で複雑で、多くの人と交わらねばならない現代社会の生活には不利に働くだろう。

地球史から考えると、生物は適者生存であり自然淘汰がなされることによって進化を遂げてきた。生存に不利な遺伝子は篩にかけられて消滅に向かうはずである。発達障害を持つ個体は、コミュニケーションが重視される人間界では生存しづらく減っていくはずなのだ。

それを説明するのに、一昔前には、これは遺伝子の転写ミスによって生じるという説があった。いくら自然淘汰されても性細胞が分裂する際のDNAの転写ミスによって生まれてくる、と考えられたのだ。しかし近年の研究では、むしろ積極的な役割があるのではないか、と考えられ始めている。つまり一見生存に不利に見える遺伝子も、何らかの点で人類に有利に働いている可能性があるというのだ。

たとえばアフリカには鎌状赤血球症と呼ぶ遺伝病があるが、貧血ばかり起こして生存には非常に不利なのに残り続けている。やがて鎌状赤血球は、アフリカに蔓延するマラリア病に対する耐性を持つという特性があったからとわかってきた。

話は変わるが、同性愛者は原理的には子孫を残せない。だったら、その遺伝子は次世代に引き継がれず消えていくはずである。しかし、いつの時代にも同性愛者は一定の割合存在するとされる(約1割という説も)。実は同性愛者も子孫を残すケースが多いのだが、それにしても生活に不利をもたらすはずの遺伝子保有者がなぜ減少もせず一定数存在するのか。……そんな研究もされており、同性愛にはそれなりの役割があるという結論が導かれている。

同じことが、アスペルガー症候群などの障害にも当てはまるのかもしれない……と思いついたのだ。

いや別にアスペルガーを持ち出さなくても、人同士の関係に漂う言葉にしない空気を読めない、一つのことに集中すると周りが見えない、常に他人と同じことはしたくない、という人は一定割合存在する。通常は疎まれる(時に社会を混乱させる)そうした性格の人も、自然淘汰にかからず人間集団の中にはいなくてはいけない、いることで集団の生存可能性を広げるのではないだろうか。

それは、集団全員が同じ方向に歩いている際、そちらは滅びの道だ、と叫びストップをかける役割かもしれない。あるいは誰もしないことに挑戦することで、新たな生存領域を発見することでもある。

歴史を振り返ると、多くの優れた発明家、技術者、探検家、芸術家、そして戦いの指導者などが、これらの役割を持っていた。そして彼らの多くは奇矯な性格の持ち主だったと伝記などに記されている。他者と同じ行動をとっては上手く行かないときに、突破口を開く役割を人類史の中で与えられていたのだ。ただし、それは日常の破壊でもある。日常に生きる人にとっては脅威だ。

……そう考えると、今の時代にグレタ・トゥーンベリさんが登場したことがわかるような気がする。彼女の意志そのものより、時代の意志、人類史の意志と言えるかもしれない。そして、多くの人が必死になって彼女を否定したがるのも「今の時代」「今の生活」を守りたいという旧人の防衛本能であると読み取れる。

ただ、彼女はそんな誹謗の声にまったく興味をもたないであろうことも想像できる。他者の反発なんて小さなことより、はるかに大きな(地球の)問題に「こだわり」を持っているからだ。


この考察が的中するかどうかの答は、そんなに長く待つ必要はないかもしれない。グレタさんのいうような気候変動のティッピングポイント(後戻り不可能の時期)を迎えるのが約10年後だとしたら、もう「今の生活」が守れなくなるまでさして時間は残っていない。その時に「あのときのグレタの演説はこのことを指摘していたのか」と語られるだろうから。

 

 

 

 

2019/09/24

グレタの言葉と『絶望の林業』

国連の温暖化対策サミットスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんが各国の代表を前に演説した。その幾つかをネットで聞いて戦慄する。苦手な英語の言葉なのに、その迫力たるや、身体が震える。

ちなみに演説にも翻訳にも幾通りかあるが、私へはクーリエの[緊急全訳]が一番、しっくり来るかな。日本語の言い回しが自然で、内容をよく伝えるだと感じた。

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【緊急全訳】グレタ・トゥンベリ、国連気候行動サミットでの怒りのスピーチ

グレタさん演説全文 「裏切るなら絶対に許さない」涙の訴え

グレタ・トゥーンベリさん、国連で怒りのスピーチ。「あなたたちの裏切りに気づき始めています」(スピーチ全文)

グレタ・トゥーンベリさんによるCOP24でのスピーチ 

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地球温暖化の進行については、よほどの懐疑論者・陰謀論者でないかぎり認めざるを得ない(懐疑論は、すでに論破されている)はずだが、それでも政治家も経済人も、そして庶民も含めて本気で取り組もうとしない。そして言い訳を繰り返す。私自身は、温暖化はもう止まらないだろう、そして対策も、今後、対症療法に終始するに違いない……という諦めの境地というか“絶望”している。

卑小化するようだが、それは今の日本の林業問題への絶望感と限りなく似ている。私が今夏上辞した『絶望の林業』には、日本の森林の危機的状況とそれを招いた林業現場~林業政策のおかしな事例をたんまりと紹介したが、問題の根幹は事例ではなく林業関係者に対する絶望にあるからだ。

今の林業に問題があるのはみんなわかっている。だが問題は、単に政策や行動が間違っているというレベルではなく、担当者はそれが間違っていると知っていても実行していることにある。それに反対するどころかなしくずしに推進する……そして傷口を広げ続ける人に絶望する。

そもそも改革意欲からしてない。私が「絶望」の事例を上げたら怒るでもなく嘆くでもなく、ましてや正そうとすることもなく、面白がる。絶望ネタを漫談のように聞く。一方で改革案の内容も吟味せず、提案や目標そのものを否定する。「どうせ、できないよ」と。「できない」ではなく、したくないのだろう。

今のあり方がオカシイと指摘する人も、世間が変わらないとしてもせめて自分だけは間違った政策に抵抗する……かと言えば、そうでもない。流されるように「間違った行動」をとり続ける。その理由としては、断ったら目先の仕事がなくなる。反対すると世話になった上司が困る。同僚と上手くやっていけない。職場の居心地が悪くなる……。だがそれは、反対したら出世できない、飛ばされる、収入が減る……それがイヤというのが本音だ。
ようするに、自分の収入と日本の森林の運命を天秤にかけて、待遇・収入を守るためには、森林が破壊されても構わない、と言っているだけだ。目先の仕事や人間関係を持ち出して、自分のやるべき仕事をしないでさぼる理由にしているだけ。そして愚痴を言うだけ。結果には目をつぶる。

自分のやるべき仕事のためなら身の回りの人でも切る。。。というのが私の信条だ。だが、世間は“心優しき森の破壊者”ばかりらしい。きっと彼らは、地球が破壊されるときも同じように振る舞うのだろう。そして、嘆く。自分も加担してきたくせに。

だからグレタさんの言葉が刺さる。「How dare you!

 

 

2019/09/17

Y!ニュース「千葉大停電の遠因か……」を書いた裏事情

Yahoo!ニュースに「千葉大停電の遠因か。倒木処理の難しさと山武杉の悲劇を振り返る」を書きました。

このタイトルはマズかったかな。この記事を「え、千葉大学が停電?」と読んだ人が少なくなかったから(笑)。千葉大学の先生まで……。あくまで、千葉の大停電です!

ともあれ、これで私が千葉で視察した災害のことを書かなかったかわかったでしょう。こちらを準備していたのです……と書いて、後でバレたら恥ずかしいから、正直に書こう。今回の千葉行は、何も台風災害の視察ではなく、以前から決まっていた仕事。
ただ、この時期に千葉に行くのに災害現場を見ないわけにはいかないでしょ、と現地でもなんとか見て歩いた。まあ、行き来だけで目にするのだが。駅に私を迎えに来た人に聞いたら「うちの家の屋根も飛びました」。。。。その上で感じた点を記したのである。

 

ちなみに,千葉の停電ニュースは、少々食傷するほど流れているから深堀りした記事を書いたわけだが、その分マニアックでウケるとは思わなかった。それなのに、意外や反響が大きい。とくにマスコミからコメント依頼が次々と来る。

さて、どう応えようかなあ……。とりあえず、くだらない質問はたたく。「スギの根は浅かったから倒れたのか」と私の記事を読んだのか?否定したいのか? という噴飯ものの質問もあった。あとは、現地の詳しい人に振ったり、どうしても私のコメントを……という場合は、ギャラを要求する。あるいは『絶望の林業』の紹介とバーターに挑む。

これぐらいの体制で臨むか。

 

 

2019/09/15

これもヒガンバナ?

千葉で泊まって朝散歩した。

おや、ヒガンバナが咲いている…が、なんか、違和感。なんか、違う。

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よく見た。

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これ、ヒガンバナだろうか。たしかににているのだが。

なんか、違う。単なる変種?ヒガンバナの中の亜種か。いや形態の変異か。それとも別種?

どことなく違うんだよなあ。

誰かわかる人いる?



2019/09/12

「スタジアムに森」はアート?

乱高下する気温と天候のせいか、風邪を引いたよう。体調悪い。寝込むほどではないけれど、寝ていた。。。

 

そんなわけで、こんなのを紹介しておこう。

オーストリアのクラーゲンフルトにあるサッカースタジアムが、木々のインスタレーション作品で埋めつくされた。簡単に言えば、スタジアムのピッチが森になったのだ。

サッカー場が森に オーストリアで期間限定アート


クラウス・リットマン氏の作品「For Forest」。「これまでにない状況に置かれた森林」というイメージだそうである。約300本の樹木が植え付けられた。ポプラ、ブナ、カバノキ、カラマツなどで、会期終了後には撤去されるとか。

日本ではできないだろうなあ。。。。

 

 

2019/09/07

暑い街、暑い薪

暑い。また暑さがぶり返した。

もっとも近畿はよく雨が降ったので、多少和らぐこともあったのだが、実は昨日まで岡山に行っていた。あちらは「晴れの国」がキャッチフレーズ。かんかん照り。暑い……。

ま、その中でも烏城こと、真っ黒な岡山城を見てきたよ。

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真っ黒に塗られた外観は有名だが、熱を吸収して暑いだろう……という想像しか働かん。

 

ところで、7月から8月にかけて訪問した長野市のホテルを思い出した。

ホテルの玄関に薪が積んであったのだ。

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ロビーには薪ストーブがあったから、本気の薪である。オブジェではない(^^;)。その証拠に、薪の山の前面に積んであるのは、割ってないし半分腐ったような材……。見映えを気にしたら積まないだろう。赤いコーンやブルーシートも見映えという点からは失格。本気で夏の暑さを利用して薪を乾燥させているのか。

あえて暑い日に暑いシーンを紹介しました(⌒ー⌒)。

 

 

2019/08/30

イオンモールの素敵な店

雨の日はイオンモールを徘徊して……おっ、なんだかスッキリして素敵な店? と思って近づくと……。

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!!!

「閉店のお知らせ」付きであった。

ガランドウにするのが寂しいと思ったのか、イスとテーブルを並べてあるのだけど、これぐらいが素敵に見える。ほかの店(開店中)がゴタゴタしすぎなんだな。
イスが木製だからだろうか。落ち着いて座りたくなる。これがパイプイスだと素敵に見えなかったはず。

ついでに言えば、やたら館内放送が多いというのも頭が痛くなる。それも内容のない呼びかけやら、音楽やら。あれは頭を麻痺させて、深く考えさせないことでドンドン商品を買わせようということなのか、と思ってしまう。

世にあふれる過剰さを引き算したら、世の中が素敵になると思うんだが。

 

2019/08/29

マクロン大統領の3つの提案

Yahoo!ニュース「アマゾンは地球の肺ではない」を書いた後から、

NASAの調査による、アマゾンはトータルでは二酸化炭素を吸収している という記事を示す声を各所からいただいた。問い合わせも相次いでいる。

ま、これにマジに推論すれは、アマゾンは成長途上の若い森なんだろう、というしかない。成熟していないから、まだ成長余力がある(=二酸化炭素を吸収する)ということになる。さもないと原理的にありえない。それとも、まったく知られていない二酸化炭素を吸収する細菌が存在するとでも想定するか? アマゾン川の底に酸素発生装置が仕掛けられているとか? その前に調査結果自体を疑うことも必要だけど。

アマゾンに熱帯雨林が成立したのは数万年前らしく、数億年前から森林があったボルネオやアフリカ中央部と比べたら若い。とはいえ、それでも数万年経っても成熟していない森って、なんだ? 

おそらく、アマゾン自体が幾度も破壊されて再生を繰り返している森なのだろう。もともと樹種分布の偏りから、アマゾンの先住民が焼き畑をしたり、自分たちに都合のよい草木を植えて改変した証拠が示されているし、自然発火や洪水などで森は定期的に破壊されてきた。だいたい数百年ごとに焼けているというデータもある。そこからの復活途上の森を、NASAは計測したんじゃないか。

森林は一筋縄に行かないというよい証拠だろう。


ところでエマニュエル・マクロン仏大統領は、アマゾンの森林火災を受けて、3つの提案を示している。

1、可及的速やかに再造林できるよう資金を募るため、G7メンバーおよびその他の国々を結集すること。
2、これまでよりもはるかに強力な火災防止メカニズムを構築すること。
3、グッドガバナンスを見いだすこと。これまでよりNGOや先住民に参加してもらい、産業化された森林破壊プロセスを食い止める必要がある。

2と3に異存はない。問題は、誰がメカニズムを構築するのか、誰がグッドガバナンスを見出すのかという点だけど。それが成立する地盤がないままの絵に描いた餅。きれいごとの机上の空論になりかねない。

だが最大の問題は1だ。再造林を進めるというのだが……。

熱帯雨林の再生を行う技術は確立されていない。部分的にある樹種(その森の主要な木)を育てる手法を開発したというのはあるだろうが、複雑怪奇な熱帯雨林を人工的に再現するのは厳しいだろう。そんなことをしなくても、自然に芽吹く草木があるから、それを大切に育てるべきだ。集めたお金は、森を立入禁止するために使ってくれ。
日本でも照葉樹の森を作るといって、いきなり照葉樹の苗を植えても根付かないケースを聞くではないか。じっくりパイオニア種から育てて遷移させるのがもっとも確実な方法だ。

植林するには、苗や種子の調達の問題もある。

調達できる苗があり、育てる技術もわかっていて、植える経費を少しでも節約するために有用植物を植えた方がいいね、その方が先住民の暮らしにも寄与するから……というわけで、再造林するのはユーカリかアカシア、いや油ヤシが一番!てなことになりかねませんよ(^^;)。アマゾンを油ヤシの森にするのも再生かな?

なんだか、『絶望の林業』と構図が似てきた。できもしないプランを並べて、結局は従来の利権が守られるという……。絶望のアマゾン再生になりそうだよ。

 

 

 

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