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森と林業と田舎の本

2022/08/16

シャジクモ?オオカナダモ?

我が家の庭には小さな池がしつらえてあるが、長く生き物がいなかった。以前は金魚を入れていたのだが、サギに食われてしまったのである。

そこそこ高い金魚を買い入れては放して、また食われるを繰り返したので、このところ放置していたのだが……。

このほど復活させることを考え、金魚を入れた。まずは小さな小赤で様子を見る。小さいゆえに食われない。また隠れ家を水底にいろいろつくり、サギに狙われないようにする。

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そして夏になると、睡蓮とともに藻が発生した。シャジクモだろうか。車軸藻と書く。これがかなり繁ったので、隠れ家になる。もう大丈夫と大きめの金魚も放す。

さて、そこで気がついた。白い花が咲いているのである。藻に。

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シャジクモって、花を咲かせたっけ? そう思って調べると、これ在来のシャジクモではなく、外来のオオカナダモであることに気づく。なんと、いつのまにやら侵入していたのか。南米原産で、金魚とともに持ち込まれることが多い。藻と名付けられているが、被子植物トチカガミ科の沈水植物である。 細胞観察にも向いているという。とにかく成長が速いし、水の汚れに強い。在来の水草類を駆逐して増える。だから侵略的な外来種なのである。ちなみにシャジクモは、藻類。全然違っていた。

しかし、これだけ繁って、小さな白い花も咲かせているとなると、あえて駆除することもあるまい。よい金魚と池の風景になる。庭から出すこともないだろう。

当面、楽しませていただこう。

2022/08/14

寺社の木々はネタの宝庫?

地元の宝山寺をお参りした際に、境内の一角にある切り株に近づくと……。

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根元に穴が空いていた。そしてその奥に……。なんだ、妖しい。この錦布に包まれた容器は。妖気漂う(^^;)。

思わず手を伸ばしかけたが、周りに小銭も落ちているので賽銭を盗んでいるように見られてもイヤなので引っ込める。それに、妖気いや容器は何かお骨入れ、骨壺を連想する。もし中を開けてみて人骨でも入っていたら不気味すぎる。ウワァァ━━━━━。゚(゚´Д`゚)゚。

たまに神社やお寺に行くと、こういうのがあるんだよなあ。。

ちなみに、某神社の参道では、こんな木が。

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このこぶは、気根ではないと思うが、とにかく仏様っぽい。神社なのに。。。でも、これは爽やか系。

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こうした根曲がりのスギのあるお寺も。根性が曲がっていても、育ちがよければすくすくと真っ直ぐ育つ……と見るか、見た目真っ直ぐでも根っこは曲がっている、と見るか。

私は、寺社を見かけると、わりとすぐお寺参りや神社参拝をするが、実はこんなネタを探すためためであった(⌒ー⌒)。

 

2022/08/10

雨の山

昨夜、急に思いついて某村の山に登ることとして、朝出発。

天候は晴れ。猛暑とするでしょう。山裾ではにわか雨に注意……そんな天気予報だった。

実際にすそ野に着いた頃は、青空も残る曇りで、仕事を済ませながら登り始める。が、中腹辺りで、空はにわかにかき曇り……バサバサと大粒の雨が降り出した。ヤバい、と思ったが、にわか雨ですぐに止むだろう、ちゃんと雨具も持ってきているんだぜ、と強気に登る。

しかし難点は、この山、草原なんだわ。まったく雨宿りできる木々もない。ひたすら雨に打たれるしかない。ようやく尾根に着くが、実はここまでは大粒だがまだらな降り方だった。それが、ここで土砂降りに。。。

仕方ないので雨具を着込んだうえに、ザックに入っていた傘まで広げる。しかし、もう尾根を登るのは無理。そもそも山道が川になってきた。ついに引き返す決断。もっとも必要な写真は撮れたので、仕事としては必要最低限のことはできた。

そしてかなり濡れた状態で降りてきたら、雨は止む。まあ、あるある話なのだが……。

その後、ち服も着替えてょっとだけ取材などにも回ったのだが、帰り道はまたもや雨であった。やはり山村は雨なんだ……と思いつつ下界に下りたら、そこでも雨。とうとう前が見えずに車のワイパーを高速で振り続けなくらはならない。ワンセグのテレビをつけると、「奈良県に大雨警報が出ました」だと。

そんな状態で、なんとか帰り着いたのだが……なんでや。生駒は地面が乾いとる。私がびしょ濡れの服を持って帰ったのに、庭木に水をまかねばならないのであった。。。疲れた。

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写真は、出会ったウシさん。奈良の山奥にも牧場があるんだねえ。

 

2022/08/07

達磨で、映える寺

ふらりと大安寺に参ってきた。

大安寺と言えば、聖徳太子建立の日本最古級の寺で、飛鳥から幾度も移転と名称変更を繰り返した大寺院である。が、平安遷都の頃から衰退して今は、奈良市の都心から少し離れた田園風景の中にある。ちょうど国立奈良博物館で「大安寺展」をやったことからか人気が出ているが、私は行ったことがなかったので、ちょっと足を延ばしたわけ。と言っても、我が家から車で30分かからないのであるが……。

現在は、すっかり小さくなったということだったが、訪れてみると、なかなか見せる寺であった。何がって、達磨さんが。

7_20220807214401竹取達磨

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境内のいたるところに小さな達磨さんがいる。それが映えるのだ。インスタ向きのお寺であった。

種を明かせば、この寺のおみくじがだるまさんの中に入っているのだが、引いた後に達磨さん人形を境内に置いていくらしい。みんな、置く場所に工夫している。置くのはおみくじを引いた参拝者なのか、寺側で置き直すのかわからないが、みんな魅せる。

もちろん、お寺としてはインドの聖地と西国八八か所を合わせた巡礼ルートなどもつくって工夫しているし、境内がおしゃれな野外カフェぽい雰囲気だし、寺宝もすごいのだが、やっぱり人気第一はだるまさんだろう。

昨今は寺もSNSで人気が出ないと参拝が増えないのかも。頑張っているわ。こんなちょっとしたことで「映える」のだから、森でも何かできそうな気がする。自然のままを見せるだけでなく、参加型でおしゃれな風景づくりをしてもらえば人気呼ぶかも。

今日はとにかく暑いので、早々に退散してしまったが、気候のよい季節にのんびり滞在してみたくなる。

ちなみに、一つ気になったのがこれ。

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ナンキンハゼなのである。つまり外来種。よく見れば、ドイツのケルン大学の学生会が記念植樹したとあるが、気をつけないと大繁殖してしまう。とにかくナンキンハゼは奈良公園や若草山を席巻して駆除が大変な樹木なのだから。

1_20220807215301大安寺山門

後で、インスタにもアップしておこう ♫

2022/08/05

『神々の山嶺』で思い出すあの頃

久々に映画館で見たのが『神々の山嶺』。上映館は少なく、上映期間も限られているようで、私が入ったときもガラガラだったが、いやあ、よかった。アニメなんだが、大人の映画だわ。

内容については、リンク先の『神々の山嶺』公式サイトを参照のこと。

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原作は、夢枕漠だが、製作はフランス。アニメーションである。山登りの映画って、だいたいマニアックで冗長なんだが(笑)、これは魅せる。そしてアニメでしかできないだろう、山のシーンが見事に描かれる。ああ、こんなシーンを実写化するのはCGつかっても難しいだろうな、そもそも登攀できる役者を見つけるのに困るよなあ、と思う。
人物は、東洋人はみんな同じ顔みたいとツッコミたいところもあったが、山岳シーンは実写並に細かくリアルに描いている。今では山というと、森と同義語的に使っているが、本来の山は高みであり、より岩に覆われているものなのだ。

ちょうど先日、BSプレミアムで「幻の剣大滝」の番組を見たが、こちらはドキュメンタリーとしてガッツリ岩登りを魅せてもらった。こちらも、よくぞ撮影したなとは思わせたが、今回のアニメも負けてはいない。

なお原作へのリスペクトは感じるが、ストーリーなどはかなり変えているように感じた。モチーフとしてのマロリーは登場するが、本筋とはちょっと離れている。ミステリーにはなっていない。
でも登場人物はほぼ日本人だし、舞台も日本が多い。よくぞ、フランス人が描いたものだ。都会の隅々の日本語の看板とか、居酒屋シーンとか。時代は1990年代らしいが、過去を幾度も振り返っているから、おそらく話の半分ぐらいは70~80年代。そしてマロリーの時代の話は戦前だから、時間感覚には気をつけて見なくちゃいけない。

Q

たしかに、あの時代は、山にとりつかれた登山家が多かった。最高峰だ、未踏だ、ヴァリエーションルートだ、冬季だ、単独だ、無酸素だ……。自分でハードルをつくって、それを乗り越えることにハマっている人々。私は、ほとんど登山にも氷雪にも岩にも興味はなく、ましてや筋肉勝負のようなアスリートも嫌いだったので、そちらの世界には足を踏み入れなかったが、一つだけ。未踏である場所にはこだわった。

そこで選んだのが洞窟の世界だった。どんな高い山でも、すでに登った人がいるなら興味が湧かない。どんな小さな洞窟でも、誰も潜ったことのない穴なら、先頭をもぐりたくなる。私が発見したり初ケービングした洞窟は、5つ6つあったはず。

もっとも、今はそれも関心から外れてきた。すでに未踏も飽きてきて、より広く未知の世界を探したい。でも体力はできるだけ使いたくない。みんな知らないけど、すぐ近くにあって、苦労なくたどりつけるところ……。
これは学生時代より言っていたのだが「温泉探検家」になりたい。温泉を探検するのではなく、昼間は探検に出かけて、帰って来たら温泉旅館に泊まって温泉につかって美味しいものを食べて、翌朝また探検に出る……そんな探検家になりたいのである。ないけどねヾ(- -;)。

その結果行き着いたのが、森林ジャーナリストだった(゚o゚;) 。。。この肩書は誰も使っていなかったし、森から人間社会を見るという視点の書き手もほぼいない。未知の世界だったのだよ(笑) 。

今? そろそろ森林ジャーナリストも飽きてきたかな。『神々の山嶺』の登場人物のように“未踏”を追い続けない。むしろ過去ばかり繰り言して「昔の俺は凄かった」といって周りに愛想づかしされつつ、でも嫌われない程度の老人が夢。あ、こんなブログを書いたいるのは、すでにその境地か。

 

2022/08/04

熱帯雨林で読んだ松本清張

8月4日は、松本清張の命日だそうだ。それも没後30周年。そういや、最近いくつかのテレビで松本清張もしくはその作品が取り上げられていた。

私は、さほどミステリーは読まないが、松本清張には思い出がある。作品というより読んだ場所に。

それはボルネオの熱帯雨林の中だった。生まれて初めての海外がマレーシア連邦サバ州、つまりボルネオ島なのだが、テーマは野生のオランウータンの観察。当時、野生のオランウータンはほとんど研究はおろか観察例もなかった。とにかく見つけて、その行動を可能な限り追いかけて観察するだけで論文がかける(^^;)と言われたので、学生でも取り組みがいがあったのだ。それ探検部の遠征として行うことにしたわけだ。

実際に現地を訪れるまでのドタバタは省略するが、とにかくサバ州の東部に突き出したデン半島の南海岸に流れる川スンガイ・メラが目的地だった。スンガイは川、メラは赤だから「赤い川」という地名だと思えばよい。当時はデン半島にはまだ原生林が残っていて野生のオランウータンがいると思われたから。

ところが、現地の森林局と交渉の結果、スンガイ・シバハットに向かうことになった。スイガイ・メラの隣の川だ。そして、この川を遡るとティンバーキャンプがあり、そこに泊めてもらいながら周辺のジャングルで調査する計画である。

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まあ、その途中のすったもんだも飛ばすとして、なんとかキャンプにお邪魔して泊めてもらうことに決まったのだが、考えてみればティンバーキャンプ、つまり伐採基地があるのだから、周辺の森はすでに伐られているのである。今考えると、この時点でどこか間違えていたのかもしれないが、現実にはキャンプの周りは深いジャングルなのだから、そんなに気にしなかった。

そして、毎日土砂降り(スコール)の合間を森に出かけては歩くわけだが、泥だらけ汗だらけになって帰って来ては、マンディをする。水をかぶって、与えられた鉄のベッドにゴロ寝する生活。今考えても安楽で楽しかった。ただヒマでもある。

そんなときに見つけたのが、キャンプに置いてあった本。それも日本語の文庫本。そうか、このキャンプにはかつて日本人が滞在していたのか。それも伐採した木の買いつけなんだろう。それをむさぼり読んだ。

その本が松本清張だったのである。書名も忘れたが、短編集だった。そのうちの一つは、ある男が殴り殺されて、犯人はある女が怪しいのだが証拠がない。凶器もない。幾度も女のところに訪ねるが、正月が過ぎて雑煮の餅が出された。それを食べさせてもらう。……そして気づくのだ。硬く乾燥した餅こそが凶器だと。だが、その証拠を私は食べてしまったのだ……。

今、調べたら「凶器」という短編で、「黒い手帳」に所蔵らしい。熱い熱帯で読んだ、雪の降る土地の餅の話。なんとも印象深く覚えている。逮捕されることもなく終わったという点も(当時は)斬新だったように感じた。

その後、長編も含めて清張はいろいろ読んだはずだし、またドラマなども見たが、この短編がもっとも印象深いのである。

 

 

2022/07/31

マンディ、マンディ!

このところ1日に幾度も風呂に入っている。正確には水浴びしている。

とにかく暑いからね。一度家を出て帰っていたら、まず水を浴びて汗を流す。夕食後にはぬるま湯の風呂に入る。寝る前にも水を浴びる。体を冷やしてから寝床に入ると、エアコンなしでもよく寝つけることに気づいた。

この3回を基本にして、気分次第で水浴を繰り返している。別にエアコンを節約、ということではなく仕事中はかけているが、熱くて汗だらけのときは、エアコンを効かすより水を浴びるのがてっとり早いと気づいたから。

実は、こうした作法?を覚えたのは、若いころボルネオに通ったから。あちらでは水浴のことをマンディ(マライ語)という。MandIと書く。ホテルにもバスタブというよりはマンディ用の水瓶があったりする。さらに天然の川やため池のことも多い。泥水ぽく見えるが、かぶるのは雨水だったりするが、その後川に飛び込んだりもするので一緒(^^;)。とにかくすぐ水をかぶる。

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ここは湿地帯につくられたスラム街。そこにもマンディ用のスペースがある。私は1週間ほど泊めてもらったが、よくマンディをしていた。みんなでマンディしつつよもやま話をすることも多いので、マンディとは井戸端会議を意味することもある。

すると気分が変わるのだ。暑さを忘れる。現在の日本は、当時のボルネオ並の暑さだから、当時の経験が生きている(^o^)。

日本でもやらないかな。

2022/07/28

庭の“熱帯雨林”で「商品開発」実験

今年の我が家の庭は一味違う。

私が植え付けたのだ。キュウリ、ミニトマト、ゴーヤ、シシトウ、トウガラシ、そして青ジソ……もある。

問題は、それをほとんとゴッチャに植えたこと。同じ畝に。同じ支柱で組んだ棚に。それぞれが蔓植物系なので、巻きついていく。最初の頃は、どこに生えているのが何かわかっていたが、最近はもう入り乱れている。そして、もはや向こう側が見えない緑の壁となった。

実は、それを狙っていたのだ。隣の家からの目隠しにするつもりで。

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とはいえ、それぞれが稔る。あちらこちらにキュウリがぶら下がり、そろそろゴーヤも稔りだしたし、赤くなったトマトももはや鈴なり。

朝、それを探すのが娯楽と化している。どこで稔ったのか探さないとわからなくなり、気がついたら30センチ級の大物キュウリがちらほらとある。そしてシシトウやら青ジソも茂りすぎるから、切り捨てるほど。ただし多品種少量生産である。一つ一つは多く稔らない。でも、それでいい。食べきれないから。

ま、これが森林用語で言えば混交林、いや熱帯雨林と思おう(^^;)。「ドン・キ・ホーテ」ではないが、どこに何があるかわからない商品配列をして探す楽しみを与える店づくり。実際、収穫物が目的ではなく、収穫行為が目的というか。

それでも食べきれないものは、調理法を考える。デカキュウリは、炒め物や煮物にしてみる。最近は皮を剥き、種子を取り、瓜のような漬け物・ピクルス材料にもする。トマトもたくさん取れすぎたら、ミキサーで攪拌してゼラチンと砂糖でゼリー仕立てにしてみた。ゴーヤもいろいろ。シシトウも炒めたり煮たり。シソもいろいろ。今そこにある素材からさまざまな食べるものをつくる。

……そこから連想したのが林業の収穫物である。同じもの(たとえばスギ材を何万立米とか)ではなく、何種類もの木材を少しずつ収穫して、それぞれを売れる品に加工する。柱に一本しか取れないが、造作用や家具用、彫刻用、なかには薪にもってこいとか、アロマオイルが採れるとか、まず木があって、それを売れるように加工する。

これはプロダクトアウトの発想だ。売れるものをつくるのではなく、つくれるものを売る。

世の中、これまでは消費者至上主義に陥っていたのではないか。しかし物価狂乱が始まり物不足時代の到来だ。生産者主体の経済に重心を移すべきだろう。

 

2022/07/26

スキー場が潰れた理由

今日は早朝より1400m級の山に昇ってきた。これ、日帰りはきついよ……。

面白いのは、その山にはかつてスキー場があったこと。なんと森林を皆伐した跡にスキー場をつくろうと思い立ち、いきなり300人収容できる山荘を建てるわ、リフトも完備するわ。奈良県にそんなデカいスキー場があったとは感動もの。
もちろん昭和30年代の話だが。スキーが日本で広がり、ブームになると睨んだのだろう。この開発会社の社長、なかなか鋭い。その読みは当たった。たしかに、それから10年ぐらいすると日本中にスキー場がつくられるようになったのだ。奈良は先んじていた?

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昭和39年にオープン。 が、5年後に閉鎖される。なぜか。それが笑える。雪が降らなくなったとか、ではない。

そこまで開発したのに、スキー場までの到着する道がつくれなかった\(^o^)/。だからスキーヤーは歩いて山を昇らなくてはならなかった。

ちなみに私は、最寄りの駐車スペースから1時間50分でたどりついたが、なかなかの道であった。渡河すること何回か。ロープを伝わって渡るのだ。そこに梯子を昇ったり、崖に設置された橋を渡るのだが、どちらも腐っている……。かなりの急難コースだろう。道そのものはしっかりあるので迷うことはなかったが。これが夏の場合。雪があれば何時間かかるのか。

でも、5年間は登ってたどりつくスキーヤーがそこそこいたらしい。当時のスキー好きはたくましい。

当時は、もう少しマシな道でも着けていたのだろうか。しかし、ゲレンデとなる平原まで周りは急斜面ばかりである。山荘を築くのに資材搬入の道は入れたのだろうか。あそこに車で登れる道路をつくるのは当時も今も、かなり難関だろう。

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リフト跡か。残骸が各所にある。

伐採跡地をスキー場に、という先見の明はともかく、開発の順番が間違っとる。

目先ではなく、先を読むこと。流通ルートが大切なこと。どんな事業にも当てはまる。なんだか今もありそうな開発である。

 

2022/07/21

小笠原諸島で見つけた鳥類の骨の話

「日本の研究.com」に、こんな研究結果が載っていた。

外来種駆除後の鳥の増加は「回復」ではなかった! —小笠原の鍾乳洞で見つかった骨が明かす鳥類相変化—

詳しくはリンク先を読んでいただきたいが、概要を引用すると、

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所と小笠原自然文化研究所の研究グループは、世界自然遺産に指定されている小笠原諸島の南島の鍾乳洞で多数の鳥類骨を発見し、人間が小笠原に住み始める前の海鳥相を明らかにしました。その結果、現在の南島では繁殖が確認されていない固有性の高い海鳥類(オガサワラヒメミズナギドリ、オガサワラミズナギドリ、シロハラミズナギドリ)が、過去には最も普通に見られる種類だったことがわかりました。(中略)
南島をはじめとした小笠原の島々では、ノヤギやネズミなど外来種の駆除を進めた結果、オナガミズナギドリ、アナドリ、カツオドリといった海鳥が増えています。しかし、これらの種は在来種ではあるものの、もともと主要な種ではなかったことがわかりました。これらは世界的に広く分布する移動性が高い種です。つまり、増えやすい種類だけが増えており、人間の入植前の海鳥相とは全く異なる状態に変化していたのです。(後略)

さらに簡単にまとめると、外来種を駆除しても昔の生物種が全部もどってくるわけではない、ということか。

まあ、それはその通りでしょう。が、私がこの記事に目を止めた理由は、全然違うところにある。それは小笠原諸島父島の南に付属する南島の洞窟で鳥類骨を発見していた…という点なのである。 もちろん、この研究よりはるか前に!

ここ、私は40年前に行ったぞ。そして鳥類骨を発見していたぞ! と叫び、いや言いたいのである(^o^)。

南島は、島全体が天然記念物に指定されていて、そこに上陸するのも1日の人数制限があるし、歩ける範囲や時間も決まっている。無人島なのでツアーに参加しないと渡れない。

だが、学生時代の私たちは、カヌーをチャーターして渡り、制限もなく、丸1日島で過ごして全島歩き回って探検した。主な目的は洞窟探しだが、地質や動植物への興味もあった。規制がなかったからこそできたのだ。

 

それで当時の写真を探してみる。

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この写真だけだと、砂漠に椰子の木か、と思わせる。全島石灰岩で断崖絶壁に囲まれているが、内陸部は砂の盆地であり、美しい日本離れした景色が広がっている。

そして洞窟は大小無数にあった。その中に鳥が住んでいたのである。

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上陸ポイントの鮫池を臨む大鍾乳洞。

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これは匍匐前進するような狭い洞窟の奥。鳥の鳴き声が聞こえたので、フラッシュを焚いてみた。カツオドリだろう。

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そして、骨!周辺には羽毛が散らばっていた。

当時私は、母島のオガサラワラオオコウモリ探しをしていて、母島の洞窟でも無数の骨を発見したので、すわ、コウモリがいた証拠!と色めき立ったのだが、持ち帰って鑑定してもらうとオオミズナギドリが大半だった。そしてがっかりしたのである。なんだ、鳥類の骨か、と。しかし、鳥類の骨としても貴重だったかもね。もっと調べたら絶滅危惧種のものも混ざっていたかもしれない。ちなみに当時は、それが新種だとわかっていなかったらしい。今ならどうなるか。

そしてほかにもすごいものを幾つも見つけたのだが……学生の悲しさか、その価値がわからなかった。写真ももっと撮っておけばよかった。

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これは、たまたま私の雄姿も写っていたので(^^;)。バックは扇池。その周辺にはカタマイマイの半化石がいっぱいあった。
しかし若いぞ。髪が長いぞ。痩せているぞ。

 

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