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森と林業と田舎の本

2021/07/25

ニュージーランド産りんごについて考える

このところ果物売り場で目立つのが、ニュージーランド産りんご。

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よくよく観察すれば、ものすごい勢いで増えている。売れているのだろう。

しかし、りんごと言えば日本はりんご王国だ。その品質で輸出農産物としても注目株。それなのに外国産りんごがこんなに輸入されるなんて。
というわけで、ニュージーランド産りんごについて考察してみた。

実は、私はニュージーランド産りんごをわりと古くから食べたことがある。最初はソロモン諸島かパプア・ニューギニアだったか、市場で見かけて、つい購入してみた。輸入物であり、冷蔵されたものである。

日本に輸入されるようになったのはほんの数年前らしい。それが急速に伸びている。味は……以前(日本で)食べたが、あまり覚えていない。不味くはなかったが、印象に残るほど美味くもなかったと思う。やはり日本産りんごの方が美味しい。

値段は、5個入りで600円前後ということは1個100円以上。少し安めだが、小ぶりなりんごだから、そんなに低価格が売り物でもなさそうだ。なぜ売れるのか? JAZZとある。日本にはないが、もしかしてアップルパイとかに向いた懐かしい味? 
小ぶりなのがいいのかもしれない。昔は、日本のりんごも小ぶりで、そのままかぶりつくのが好きだった。しかし最近の日本のりんご品種はいずれも大型化が進んでいる。かぶりつけないし、量的にも一つ食べられるかどうか。甘いのは美味しく感じるが、甘い果肉はあまり大量には食べにくい。それに色づきを気にしすぎて、袋掛けをするなど手間をかけてコストを上げている。

ニュージーランドのりんごを見ていると、日本の農業が袋小路に入っているのかと考えさせられる。真の消費者の需要をつかむべきだ。

そうした日本産にはない需要をつかんだのか。そもそも日本のりんごは高品質に走りすぎかもしれない。気軽なフルーツでなくなりつつある。

そして、大きな違いがあった。日本のりんごは秋から冬だった。春から夏は稔らない。今出回っているのは、冷蔵ものだ。が、ニュージーランド産は今が盛りである。もちろん生。かつて冷蔵りんごを食べたときの味気なさを引っくり返してニュージーランド産の強みになる。南半球の強みを最大限に活かしたか。

ニュージーランドと言えば、キウイフルーツの国だが、そのほかワイン、そしてニュージーランド松ことラジアータパインも国の政策として売り出し中だ。いずれもニュージーランド原産ではない。

キウイフルーツは、中国原産の果実を品種改良して、ニュージーランドのシンボルである鳥キーウィにちなんでという名付けたものだ。アメリカ経由で日本に入ってきたと聞く。ちなみに日本にも原種に近いサルナシが山に生える。
ラジアータパインも、原種はアメリカ大陸東海岸だったよう。モントレーパインと呼ばれることもあるのは、その地名からだ。樹の成長の早さは魅力だが、それだけで成功したのではない。徹底的なコスト管理と工業的な栽培方法を取り入れ、システマチックな出荷によって世界の木材市場に食い込んだ。

ニュージーランド政府は、地元の種ではない農林産物を上手く育て上げて、輸出産品にすることに長けている。逆に日本は、品質ばかりに気を回しすぎて、販売戦略があるのかどうか。あげくに農家が月商の一途だ。そのうち日本でも、りんごと言えばニュージーランド産になる時代が来るかもしれない。

2021/07/23

石の上にも「草」www

我が家の家の前の話なのだが。

斜面に建つ家にありがちなように棚田の石垣のように石が積んであるわけだが、その石に草が伸びている。その上に少し凹みがあって、おそらく多少のヒビも入っているのかもしれないが、あくまで一つの石。石の合間とか隙間ではない。そこに土が溜まっている。そして、草が生える。

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これまでは、気づけばときどき抜いていたのだが、今回はどこまで生えるか観察のために放置した。決して、草引きが面倒だとかいうわけではない。あくまで観察のためであって、春から放置したのだ。間違っても草ほうぼうとか言ってはいけない。怠け者と言ってはいけない。

で、写真のようになったわけ。

おそらく凹みは深さ2センチくらいじゃなかったか。あるいは見かけ以上に凹みは深いのか。削岩機で30センチくらいあるとか。。。いや、これまでも草を抜いていたのだから、それはないなあ。

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根元はこんな具合かな。なんか、ほかの草も割り込もうとしている。

そもそも草の名前もわからないのだが、今後引き抜くかどうか迷っている。

2021/07/20

崩れにくい山は……これだ!

熱海の土石流を例に出すまでもなく、近年は毎年のように山崩れ・土石流が発生している。

では、山崩れを起こしにくい山とは、どんな山かと考えてみた。さて、みんなのご意見は。

034 十津川村の山崩れ

山の表面を森が覆っていたら起きないのか、と言えば、そうでもない。大規模な山崩れの場合は、森ごと崩れる。むしろ森、つまり樹木の重みが崩壊のきっかけになるケースだってある。樹木って、一本で1トンを超すような大木もあるし、樹根が張りめぐらされているのも、むしろ表土を剥ぎ取る力になることだってあるだろう。深層の岩盤から崩れる、いわゆる深層崩壊の場合は、表面の草木は関係ない。もっとも、表土と深層の接地面に水が流れ込むのには、草木の根っこも関係あるかもしれないが……。

で、気がついた。もっとも崩れにくい山とは……。

はげ山だ! それを端的に記しているのが、このホームページ。

はげ山では、毎年土が流れ出て山くずれはおきない

「水と土と森 谷誠ホームページ」である。京都大学名誉教授にして森林総研出身者。実は、私も「森と水」がらみの記事を書くときは、度々お世話になっているのである。

で、理屈は簡単、はげ山は毎日のように小さく崩れているから、大規模な山崩れは起きない・崩れる土砂がない……のであった(笑)。
そもそもはげ山になるのは、一度崩れて森林がなくなった場合も多い。一度崩れたら二度目が崩れるまで長い時間があるわけだ。

もちろん、そんな単純に言い切ったら怒られるが、崩れた部分が排水ルートになって地中の水位を上げなかったり、土壌が再生する過程で草木も生えて根っこが広がる……など複雑な作用が崩れにくくする。でも、長期的に見れば必ず崩れる。

……これは一例にすぎないのだけど、森と水と土の関係は複雑怪奇。あまり土石流が発生したのは●×▼が悪い!的な原因を一つに絞る(それも人為のせいにしたがる)のは危険だということだな。

 

 

2021/07/14

JDからJK飛ばしてJC!

解読できるか?

JDとは「女子大生」のことだ。JKはわりと知られているが「女子高生」。ならばJCは日本青年会議所ではなく、女子中学生とわかるだろう( ̄^ ̄)。こんなスラング略語を使ってみたくなったお年頃。

なにやら怪しげな香りが漂うが、全然そんなことはなく、女子中学生からメールが来た、という話(笑)。それも問い合わせ。

もしかしたら最若年かもしれない。中学生はこれまであったかなあ。たしか若い男の子が森林のことを知りたいと、わざわざ生駒まで訪ねてきたことがあったが、中学生だったか何年生だったか記憶していない。さすがにJS(女子小学生)はない。

今回は中学3年生。テーマは「人と動物の共生」について。総合学習のテーマに選んだんだそうだ。

もちろん、しっかり返信しましたよ。今日は午前中全部費やした。この返信より先に仕事なんかやってられるか。
文章に手加減なく書いたので、内容を理解してくれることを期待する。まったく大人相手と同じである。彼女からのメールの文章は非常にしっかりしていたから、その点は心配していない。

先日は女子大生からの問い合わせや面会希望が多いのだよ~と(ちょっとにやけながら)書いたが、少数ながら中高生もいる。最初は20年近く前に、拙著を読んで焼き畑に関する卒業研究をしているという女子高生だった。彼女はその後も時折メールをいただいて、大学進学から就職、結婚、出産……と報告を受け続けて、今もフェイスブックでつながっているv(^0^)。実際に会ったのはほんの1、2回だけ。(お~い、わかるだろ)

やはりきっかけは、学校の自由研究的なテーマで森林など私の執筆している分野を選んだことが多い。たまに読書感想的なものもあるが、時にケンカを売ってくる女子大生もいた。まあ、内容より(文章の)マナーがよければお相手するが、失礼なヤツは無視か、徹底的に反論してたたき潰す。ここでも手加減しないのである。

ネット時代というかデジタル・ネイティブ世代にとっては、メールアドレスさえ見つければ簡単にアクセスできる。メールで問い合わせることにさほど抵抗はないのだろう。(最近は名前検索でフェイスブックのページを見つけたら、messengerも使えるからより簡単。)
よい時代だな、とこの点に関しては思う。私の時代のように一大決心をして手紙を書くより、はるかにハードルが低い。受け身ではなく、自ら情報を得ようとする心構えは大切だ。高いハードルを超えなくてはたどりつけない時代よりつながりやすい。

私も、できる限り、とくに学生には(とくに女子学生には)できる限り応える。あんまり殺到したら(ないだろうけど)仕事はストップするが、まあそれもいいか。

先日会った女子大生に「学生には優しい、とくに女子大生には」と言ってから、これ、下手したらセクハラと追求されるワードかも、と頭をよぎったが、すぐに「女子大生でよかった~(笑)」と返された。ま、これぐらいたくましく切り返せる根性はあってほしい。

ネットは何より「つなぐ」メディアだ。お互いが知り合うことも難しく、連絡を取り合うのも手紙など時間も手間もかかる時代から、思い立てばすぐにアクセスする・つながることが可能になった。
私も、ある資料を探していて、ネットで検索を繰り返しているうちにそれを持っている人のメールアドレスがわかったので、すぐに連絡して受け取ることができた。こんな時代は有り難い。つながるのはJD、JK、JCだけじゃないのである。

ただし、くだらない内容のメールは無視するかきつく反論するからね。改めて念を押すが、くだらない愚痴や戯言につきあうつもりはない。

 

 

 

2021/07/13

「木のおなら」に幽霊の森……

なんとも妙なタイトルの記事。

「木のおなら」が臭い!幽霊化した森と温暖化の関係

ちょいと懲りすぎだ。読めば、幽霊化した森とはゴーストフォレスト、つまり立ち枯れした木々の森のことらしいし、「木のおなら」というのも、枯れた木が発生させる気体(二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素など)のことを勝手におならにしてしまったよう。ただし、これらの気体は、温室効果ガスでもある。

実は、これに類する記事は、すでに書いていた。

アマゾンも、水田も、シカも温暖化ガスを排出!

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ようするに、アマゾン川でも田んぼでも水没したところの有機物は腐ってメタンなどを発生させる、それが地球温暖化を進めるとしたら、森林に期待してばかりはおられないということ。むしろ森林が助長している可能性さえ出てくる。そして温暖化が進めば、海面だけでなく、水位を上げる地域は多くあり、そこにある森林や植物は水没して枯れる分も増えるだろう。それがまた「おなら」を発生させる……。別に与太記事ではなく、ちゃんと研究されていることなんだが。

これも「森林を巡る異論」の一つである。

ただ、考察が必要なのは量の面かな。質としては「森も温室効果ガスを発生させる」ことは間違いないが、それがどれだけ地球環境に影響を与える量なのか、まだわからない。

私は、よく林業に関して「量ではなく質」と言っているが、環境問題に関しては「質より量」ではないかと思う。
とくに感じるのはマイクロプラスチックだ。本当に生物体に害を与えているのかよくわからない。マイクロな状態になったプラスチックは、仮に食べても消化管を通り抜けて排泄させてしまえば、危険性はぐっと下がる。プラスチックが体内に入ることをヨシとはしないが、大騒ぎするほどなのか。

まあ、ボチボチ考えよう。

 

 

 

2021/07/09

カタツムリの思い出

車をガレージから出して走り出したときだ。フロントガラスに何か見える。

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……? カタツムリ?? なんで、どこから、やってきたんだ。

雨が降っているのにワイパーが動かせん。仕方ないので、適当なところで停車して、取り除かなくてはならなかったが。

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まあ、梅雨らしい一コマと思えばよいか。おかげでガラス越しにカタツムリの歩く姿を裏側から観察できたよ。

なぜか、昔、小笠原諸島の母島で、アフリカマイマイを食ったことを思い出す。握り拳ぐらいある巨大カタツムリを鍋で煮たら、腹から緑色のドロドロが出てきて、おえっ、となったが、それでも殻から外して、サザエの身のようになった身体を刻んで、炒めて食ったような記憶がある。

ああ、今考えても気持ち悪いか。でも、味は上手かった(^^;)。オカサザエと名付けたら売れるぜと思ったのあるが。。。

後にアフリカマイマイは非常に危険な寄生虫を持っているから、素手で触っては命に関わると聞かされたのであった。

そう言えば、小笠原諸島は゛カタツムリ(マイマイ)の種類が非常に多くて進化の実験場になっているらしい。カタマイマイの半化石も発見したなあ。またナメクジは、カタツムリからの進化形らしい。殻がなくなるように進化したのだ。(もちろん今のカタツムリは、ナメクジにはなれないよ。)

そんなことを考えているうちに、カタツムリはどこかに飛んで行ったとさ。

2021/07/05

夢のある土壌で炭素固定技術?

気候変動を抑えようと再生可能エネルギーを増やそうとメガソーラーを建設したら、気候変動の一つの豪雨で土石流発生とか、鬱陶しい話題ばかりが続く。

そこにこんな「夢のある二酸化炭素固定」技術はどうだろう。

森林総合研究所 立地環境領域・土壌特性研究室の藤井一至主任研究員が「熱帯荒廃地の炭素貯蔵を高める人工土壌のデザイン」という研究を進めているそうだ。これが国内の脱炭素プロジェクトとして注目されているという。

熱帯の天然林を農地に開拓すると、その後作物は育たなくなり熱帯荒廃地になる。それを放置すると草原になって、やがて二次林になる。
その過程の土壌変化を約30年間調べたところ、急に土壌が有機物を蓄積する現象を見出した。これを「土壌の酸性化と植物と微生物による適応機能」と名付けている。わかる?

メカニズムは、土壌の酸性が高まるとリグニン分解酵素が活性化して、木質を土に変えてしまう。だから土壌酸性化が土壌生成の駆動力になるのてはないか、というもの。わかる?

現在進めている研究テーマは「土壌酸性化の条件下で微生物群集の最適化を研究し、人工土壌を作製する可能性を探る」ことだそう。たとえば土壌作成の加速化技術や、コーヒーかすやヤシガラかすなどの“都市ごみ”の一部を土壌にすることも考えられるらしい。都市ごみの再利用や削減にもつながるわけだ。わかる?

私はあんまりよくわからない(^^;)が、ようは痩せている熱帯土壌を肥沃な土壌に変えてしまえば、そこに炭素を貯蔵できるから、大気中の二酸化炭素削減にも役立つよ、という遠回りな計画。脱炭素を至上課題とする日本が飛びついているわけだ。

 

ちなみに私も、ボルネオの熱帯雨林の土壌を採取して、日本に持ち帰ったなあ。さらさらの赤茶けた砂だった。ラテライト土壌とか言ったっけ。今も自宅のどこかに眠っているはずだが。

熱帯雨林の土壌は数センチしかない。非常に有機物の分解が早くて貯蔵するヒマがないのだそうだ。いわゆる腐葉土がない。
温帯だと腐葉土やら有機物を含む土壌は数メートルもあるのだから、炭素量は温帯林の方が多くなる。地上のバイオマスは熱帯の方が多いが、地中も含めると、温帯の方が熱帯の2倍になるという。

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ボルネオ・ランビルの熱帯雨林の林床。落葉がいっぱいあるように見えて、土壌はスカスカ。

しかし、温暖化が進めば、肝心の腐葉土もどんどん分解してしまう。

2021/07/04

ダンゴムシと似て非なるもの

生駒山中で見かけたのは、これ。

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おや、ダンゴムシか。。。。と思ったが、ちと姿が違う。ダンゴムシと言えばオームのような芋虫ぽい丸みを帯びた体つきのはずだが……。

ちなみに日常的に見かけるダンゴムシは、正確にはオカダンゴムシというヨーロッパ原産の外来種だ。在来種は森の中にいて滅多に見かけないと聞いているので、すわ、これこそ幻の在来ダンゴムシか! と思ったのだが。

調べてみると、これはダンゴムシではなく、ワラジムシぽい。ちょっと色が濃いのが疑問だが。いま一つ決め手に欠く。こちらも私はほとんど初見だ。

ワラジムシはダンゴムシと同じく甲殻類で、食性も生活誌も何もかも似ているが、わずかに両端がすぼまっていることや動きが素早い点がダンゴムシと違う。ワラジムシ類は世界に1500種以上いるが、日本にいるのは約100種類ぐらいらしい。ダンゴムシより遥かに種類が多いようだ。
ただワラジムシは全国にいると言うものの、主に生息するのは北海道と東北地方。東日本が圧倒的だ。だから私も、これまでワラジムシを見なかったのだろう。もっとも、観察した機会がないから、区別できないが。

気持ち悪いって? そうした虫嫌いの人は見ないでください。代わりにアジサイのお花写真を。

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2021/07/01

野坂さんが計測していたのは、地面に落ちない雨量?

今日は1日雨だった。明日もだという。まあ、今のところたいした雨量ではないので、気にならないが、かなりの大雨が降っているところもある。気象庁も、線上降水帯という言葉を使いだして、幾つかで警報が出たそう。

そこでふと思い出したのが、「おかえりモネ」の一場面。そんなに真剣に見ていないというか、新聞読みながら朝食とりながらのながら見だったが、森林組合を訪れた気象予報士の一人・野坂さん?が、レーザースキャナーで森の中にある樹木の本数や表面積などを計測するシーンがあった。それで何をするのか、と言えば、樹木が吸収する降雨の量を計測しようという話だったと思う。

森は、水を貯めるという言い方をする場合が多いが、実は森によって降った雨が地面に届かなくする効果もある。

森林総研の研究報告で「森の上に降った雨は、50~80%が樹冠通過雨として地面に降り注ぐ」と記されたものを読んだ。葉や枝に触れずにそのまま落ちる「直達雨」、葉や枝に溜まった後に大粒となって落ちる「滴下雨」、葉や枝で弾けて砕けて小粒となって落ちる「飛沫雨」の3つに分けてあるが、これらは最終的には地面まで落ちる。
これは言い換えると50~20%は地面に届かないということだ。では、それらはどこに行ったのか。

枝葉や幹の樹皮に付着したのだろう。「野坂さん」は、この樹皮について地面に落ちない水の量を計算しようとしているのか、と私は理解した(笑)。こんな裏設定は、どこかに解説でもあるのかね?

ちなみに別の論文だが、日本で行われたいくつかの実験では、雨量の6%とか20%が樹木に付着して地面に落ちないという結果が出ている。これらは少しは何日か時間をかけて地面まで流下するかもしれないが、多くは蒸発するのだろう。雨量や風、季節……などに大きく影響を受けるだろうが、ざっと降雨の1割が地面に落ちないというのは、わりとすごくない?

降雨の1割を山の斜面に流さず、さらに川に流れ込まないことで、洪水や土砂流出を起こさずに済むケースもあるのではないか。

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これは、生駒山の隣、矢田丘陵で行われていた計測実験。

これから数日間、雨が続く。森を見事に破壊したメガソーラー建設予定地は、どうなるだろう。おそらく雨量次第で崩れると思う。表土を重機でかき回しているから、土砂を止めるものがない。注視しておきたい。

2021/06/27

「あきらめる林業」

『絶望の林業』の続編は? とよく聞かれるが、通常は『希望の林業』と応える。ただし、つい『気泡の林業』になっちゃうかも。。。と付け足す(^^;)。希望や夢は泡となって消えていくのよ……という意味を言外に匂わせている(笑)。

『絶望の林業』を読んだ、という声がときおり届く。メールだったり、ネット上の発信だったり。内容的には、実際に林業を手がけた人の苦悩が記されていることが多い。それでも頑張りたい、年金をつぎ込んで林業振興に取り組んでいるとあると、神々しいというか、もはや林業信仰かも。
たまにほんの内容に反発した声もあるが、そこに並べている批判がむなしいほど間違いだらけだったり。(オレは林業のプロだ、と粋がっているのが余計に痛々しい。)

まったくの偶然なのだが、先日以前からの知り合いのある人に出会った。林業を盛り上げる活動をしていた人だ。そのため山村地域に住んで、いろいろ取り組んできた。

ここでは、この人が誰か特定されてはならないので、その人物がどこに住んでいるのか、出身地や年齢・性別・活動歴などは一切触れないから説明が難しくなる。ただ、林業界ではそこそこ有名ではないかな。その人が、もうその土地を離れる決心をしたと聞いた。というか、今では林業関係の仕事をしていないともいう。

誤解を生まないように記しておくが、地元との人間関係が悪くなったとか、林業が嫌いになったわけではない。ただ、その土地で何をしても実を結ばないことに疲れたらしい。あ、それ、よくわかる! と私も相槌を打つ。

お互いの経験談をああでもない、こうでもない、と話しだすと(立ち話なんだが)止まらない(^^;)。言いたいことがあふれて出る。もちろん手がけたことが全部正しいというわけではなく、また失敗したわけではないにしても、結果的に林業振興には役立たなかったという思いがあるからだろう。でも、今度は別の場所で……というから、私は「場所変えても同じじゃない?」と応えてしまった。やるなら都会でやった方がいいかと思う。

と、そこで思いついたのが「あきらめる林業」。そして「絶望の林業支援」。これ、続編のタイトルになるかもしれない(苦笑)。アホナ。。

それにしても立ち話2時間半はきつかった。。。。

 

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