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森と林業と動物の本

2026/07/13

意外と早い?森に還るまで

生駒山にある森林公園。一時期、ナラ枯れがひどかったのだが、枯れた木を全部切り倒して片づけた。

実は、私はその頃からこの場所を定点観測している。どう遷移していくのか記録しようという試みだ

その現場に行くと、こんな標識が立っていた。

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これによると、ナラ枯れで皆伐したらササなどの藪になってしまったから、そこにカエデなどを植樹しつつ、時間をかけて元の森に戻す計画を立てたらしい。まあ、何本か高木を残しているから傘伐かな。
そして50年後に元の森にもどす計画である。この活動を始めたのが2018年と記されているが、私の写真を探すと、2013年に皆伐したらしい。

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この6年間で、あまり変わっていない。まだ植樹した苗は小さい。

ところが、今は7年目。

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もはや標識の周りは高木で囲まれている。現在は、全域に高木がいっぱいの森にもどっている。もちろん樹種が早生樹、パイオニア種だと言えるが、意外と早い。最初の6年間はササに覆われて樹木は育たなかったのか。しかし、藪を刈り取ってカエデを植えたらいきなり森になるわけではなかろう。
現在生えているカエデは、まだ大きくない。さまざまな樹種が育っている。いわば雌伏しつつ地中で芽生えを備えていたのか、それとも別の要因か。

急にコナラやシイなどが高さ5~10メートルまで生長している。樹種はともかく、とりあえず森に還るという点では、7年で完成したことになる。

そういや明治神宮の内苑の森も、本多静六が150年かけて森にすると言って植えたそうだが、実際は100年経たずして極相に近い森になった。
またスギ林やカラマツ林から針広混交林化に挑んで成功した事例をいくつか見ているが、かかったのは30年ぐらいだった。樹木の生長という点からは、森づくりは意外と早いのかも。

 

2026/07/10

巨木だけでない多様な森

東京大学大学院の研究。

森の木々の熾烈な競争と共存の謎を解く
―なぜ巨木が独占せず、多様な木々と共存できるのか?―

わりと昔からある命題なのだが、植生が遷移していけば、最後に残る木は何か、というのがある。進化論でも、なぜ弱肉強食なら強い者だけが生き残らないのか、と考えがちだ。

動物の場合は食物連鎖の発想で、ライオンばかりになったら餌がなくなってしまうじゃないか、と説明すれば、とりあえず納得されるのだが、植物で成り立つ森林の場合は困る。

巨木が光も水も栄養も全部独占しないのはなぜなのか。

背の高い木が常に勝ち続けるのであれば、成熟した森には一部の巨木しか残らないはずですが、実際の森では大小様々な木が共存しています

だが、わかったのは、高い木は樹冠を広げて光を邪魔されずに多く獲得するが、肝心の利用効率は低い、強い日光が当たると十分に光合成できないという、わりと単純な構造であることだった。

森の年齢(遷移段階)にかかわらず、背の高い木は背の低い木に比べて、「光獲得効率」が高い一方で、「光利用効率」は常に低いという明確なトレードオフが確認されました。背の高い木は、強すぎる光による光合成の飽和や、水分を吸い上げる水力学的ストレス、さらには大きくなると体を支える幹や根への投資割合が増加するため、獲得した光を成長に変換する効率が悪くなるのです。

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そういや、夏の真昼は光合成をしないというなあ。木漏れ日の方が、光合成に向いた光の質なのだろう。土壌養分だって樹種によって必要とする差があるし、共生する菌根菌も違ってくる。菌によって吸収する成分や能力に差が出るらしいから、そこでも棲み分けができる。

もっと踏み込むと、異種同士の方か水や養分の交換をして両者共存・共栄できるのかもしれない。だから混交林の方が樹木の生長がよいとも聞く。

それが生物多様性を生み出す仕掛けなのか。

逆に見ると、スギやヒノキだけの単相林は、棲み分けができない偏った森ということになる。

森林林業を考える際に、この共生を可能とする理論は忘れないようにすべきだろう。

2026/07/03

脱炭素に「森林」は必要か

先月だったか、地球温暖化防止の講演を聞きに行った。

主催者が林業界の人だったので、当然ながら森林、そして林業が二酸化炭素吸収に関わる状況を取り上げると思っていた。

ところが、話にほとんど森林は登場しない。あれ?という感じ。

そこで質問で「日本の森林は日本の脱炭素の目標を達成するだけの吸収力があるのではないか」と投げてみた。ちょうど演者と同じ東京大学大学院の研究チームの発表があったばかりだから。

決定版!!ホントの日本の森林の二酸化炭素吸収量

が、返答はそっけなかった。そうした研究があることは認めつつも、関心がないらしい。脱炭素は発生源であるエネルギー消費の削減でなし遂げるべきと考えているようであった。

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こうした傾向は、この講演者だけでなく、全般に感じることである。日本では、意外と脱炭素は森林吸収分と結びついていないのである。
もちろん気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では森林吸収分を重要視しているし、京都議定書から始まる脱炭素政策の中で森林は大きなポイントとして掲げられている。日本も、それで恩恵を被っている。が、研究者(だけでなく、行政関係者も含む、脱炭素政策推進者)の頭の中では、両者は切り離されている様子だ。

加えて言えば、ネイチャーポジティブ、生物多様性にもあまり関心を示さない。だから日本で「脱炭素のために森林面積を増やす」とか「林業施業法を見直す」という論議にはつながらない。

むしろ林業関係者の方に「森林は二酸化炭素の塊」「だから森林の所有者に金よこせ」意識が強い(笑)。
だが、こちらはこちらで「森林を木材としてよりも脱炭素の道具として利用してくれ」と言っているようで気持ち悪い。

なぜか。ようするに脱炭素と森林の担当者が別々であるからだろう。縦割りなのだ。理屈では森林吸収分を使えば脱炭素になるとわかっていても、森林は自分の担当じゃないという意識が働いている。自分の担当は、企業に排出を減らさせることだ、と無意識の線引きが行われている。

森林林業担当者は、正直、脱炭素に興味がない。これを唱えたら金を引っ張ってこれるかな、ぐらいであろう。林業関係者は生物多様性にも興味が薄い。林業は単相のスギ林、ヒノキ林が舞台だから生物多様性を持ち出したら不利になると思っているかもしれない。

本来、総合的に考えるべきなのは政治家の役割なのだろうが、そんな意識高い系政治家はいない(´Д`)。

聞くところによると、ヨーロッパなどの脱炭素と森林の結びつきは非常に強いらしい。もちろん排出削減も強力に進めているが、森林も増やして吸収させようという政策を進めている。危機感が強いのだろう。日本は遅れているというより、次元が違う(低次元だ)。

さて、今夏も酷暑、熱波に包まれそうだ。こちらはヨーロッパに負けないよ。

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2026/07/02

『吉野山独案内』を読む…無理

古本屋で目についた本、『吉野山独案内』。

どうやら江戸時代に発行された観光ガイドブックのよう。もちろん、そのものではなく、昭和になったからの副製本だが。

本来は6巻ものだが、その合本となっている。ただ中身は、当時の本の書体そのものを複製しており、しかも和歌などが並ぶ高尚?な代物で、全然読めない(泣)。

それでもパラパラとめくると絵もある。何か参考になるかも、と思って購入した。だって、300円だもの。

調べてみると、以下のようになっていた。

『吉野山独案内(よしのやまひとりあんない)』は、江戸時代初期の寛文11年(1671年)に謡春菴周可(山岡元隣)によって著わされた古典的な地誌・案内書です。吉野山の名所、寺社、桜の見どころを網羅しており、現代の観光ガイドのルーツとなっています。

 

文学と巡礼の案内書: 『万葉集』や『古今和歌集』などの古典から連歌・漢詩・俳句に至るまで、吉野山を詠んだ名歌や文学作品の引用が豊富にちりばめられています。文学の世界に浸りながら吉野の名所を楽しめる構成となっています。

絵入りで分かりやすい: 当時としては珍しく、挿絵(絵入り)が盛り込まれており、吉野山の様子を視覚的にも伝えています。

地域社会の記録: 名所や社寺だけでなく、当時の吉野の里人たちの生業や生活の様子も描かれており、歴史資料としても非常に価値の高い一冊です。

 

ゆっくり見ると、吉野山だけでなく、飯貝、つまり五條の案内も含まれ、吉野山もきめ細かく地域別で、神社や仏閣のほか、細かな名所が登場する。が、読めない……。そさらに山を超えて天川村の蝙蝠窟という洞窟も登場する。ここは役の行者が修行したところだ。そして、大台ヶ原まで行くといくのだが……。

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ようやく、このページを見つけた。川上村の西河から大滝らしい。清明滝とか蜻蛉小野といった地名が見える。この絵が、何が書いているのか読めない。和歌だもの。

これでもガイドになったのだろう。昔の人の教養の高さを示しているかもしれない。残念ながら、吉野杉の絵はなかった。そもそも江戸時代初期には吉野林業はまだ確立されていなかったはずだ。植林が始まったものの、当時は樹齢20年~30年で伐採していた。だから杉林もなかったのではないか。もう少し探す。でも読めないだろうな……。

2026/06/30

樹木に人権を!ノンヒューマンツリー

カナダの小さな田舎町の議会が「樹木にも生きる権利を」という決議をしたそうだ。

カナダで樹木を「権利を持つ生物」として認める決議を採択

なんのこっちゃ、と思うかもしれないが、環境思想の流れとして、私は重要な一歩だと思っている。

モントリオール西方に位置する人口約2000人の自治体、テラス=ヴォードライユ町議会は、2026年6月9日、木を「権利を持つ生物」として認める決議を全会一致で採択した。

これにより、町は木を単なる景観や資源ではなく、保護されるべき生物として位置づけ、生きる権利や自然に成長する権利などを認めたという。

この決議によると、樹木には「再生する権利」「自然に成長する権利」「健全性を保つ権利」、そして「生きる権利」を有するとされている。町は「木の権利に関する世界宣言」にも賛同し、木々をより手厚く保護するため、今後は既存の条例や規則の見直しを進めるとしている

町は既存の規則や条例を見直し、木が適切に保護されるようにするとともに、やむを得ず伐採しなければならない場合には、確実に代わりの木の植樹が行われるようにしていくという。

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そもそも「木の権利に関する世界宣言」とは何か。AIに聞く。

「木の権利に関する世界宣言(Universal Declaration of the Rights of the Tree)」は、木を単なる資源ではなく「生命体」や「法的主体」として保護することを目指す国際的な市民運動・宣言す。2019年にフランスで草案が作成され、環境保護団体や法学者らを中心に推進されています。

現在までに世界中で8万7000人以上の署名が集まっており、法制化に向けた動きも起きています。

私は、街路樹の問題にコメントを求められることが度々あるが、その際に言っているのは、街路樹は樹木という生き物であり、それが健全に育つ環境を与えなくては街路樹をつくる価値がない、ということだ。これは公園木なども含むが、人は緑がほしいと市街地に無理に木を植えるものの、真っ当な植物が生育する環境を与えていない。あげくに枯れて倒れるなどの騒動が起きる。一方で、街路樹や市街地の緑地を伐採しようとすると反対運動が起きる。身勝手すぎないか、と思っている。

まあ、いくら主張しても反応は弱いのだが…。

その前には「ノンヒューマンパーソンズ」という概念を紹介した。動物に法的に人格に近い権利を認めるものだ。すでにインド政府など幾つもの国家や自治体が認めている。まず『獣害列島』などに記し、Yahoo!ニュースノンヒューマン・パーソンズ~動物に“人格”が認められる時代がやってきた)でも取り上げた。やはり反応は鈍い。(ついでにAIにも聞いた。すると上記拙文を引用していた…。)

これの植物版と思えばよい。ノンヒューマンツリーだ。

なお、法的人格と言っても、その対象には家畜や実験動物が入り人間が利用すること、そして野生動物だって狩猟対象にすることは認めている。何も極端な動物愛護、植物愛護とは違う。人が肉を欲して食べることもあるし、木材や緑を求めて栽培するにしても、それなりの植物が生きる環境を整えるべきという思想だ。

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日本人を「自然と共生してきた国民」と臆面もなく発言する人は、その精神を現代社会に示しているだろうか。

 

2026/06/21

ナラシカトレインに隠れシカ発見!

随時紹介している近鉄電車「ナラシカトレイン」。

車両のラッピングが奈良の鹿オンパレードで楽しい。これに乗れたら幸運と言われるが、地元民としてはたまに乗れる。

ナラシカトレインの床

先日も、ナラシカトレインの床に注目したばかりだが、新たなシカを車両に発見した。

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わかるだろうか。扉にシカがいるのは従来通りなのだが……。。。

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よく見てほしい。このすき間にもシカのシルエットが描かれているではないか。指詰め注意として。

これは以前はなかったのではないかなあ。日々進化しているナラシカトレインであった。

2026/06/19

メガソーラー裁判、その前に

昨日は、速報で平群町メガソーラー裁判の控訴審判決を聞きに行った。法廷は小さく満員だったのだが、幸い原告団の優先席に入れていただいたので真正面で見聞することができた。感謝。

驚いたのは、被告席に誰も来なかったこと。県の職員も弁護士もいない。原告関連ばかりが法廷を埋めつくす。

そして判決は、あっさり「主文。……林地開発許可を取り消す。」

一瞬、頭がこんがらかった。理性は取り消すのだから勝訴? だけど司法用語はややこしい。何か別の解釈があるのか。実際原告席も黙って動かない。が、その後判決文が読み上げられ、はっきりと奈良県の出した許可を取り消すと繰り返されたので、どわ~と法廷に流れる勝訴の感覚。声を上げないように、と言われつつも、盛り上がったのである。

その後、弁護士会館で記者会見と判決文の解説が行われたのだが、正直、弁護士も十分に読めていない(笑)。

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左4人が弁護士

メガソーラーの開発許可を取り消す判決は、全国で初だと思われる。とくに高裁判決だから重い。

この反対運動、もともとは生駒山の自然・森林を破壊するな、という目的があったのだが、まだ運動体が立ち上がる前に工事をはじめて48ヘクタールの森林を皆伐したという経緯がある。そこではげ山状態の山の防災に論点を切り換えざるを得なくなった。ただ「自然を守れ」というよりは豪雨で山崩れを発生したら下流で大災害になる、と言った方か世間には通じやすかった面もあったと感じる。

もちろん、今後県が上告する可能性もあるし、今回の裁判とは別に業者への差し止め訴訟もあるので、まさか違った判決が出る可能性は……という心配もある。そして、仮に業者も諦めたとして、本当に現状回復するのか怪しい。なんたって、主体となる共栄ソーラーという会社は、資本金10万円で社員ゼロ。全部出向社員なのである。倒産させて逃げる可能性は少なくない。そもそも現地は、かなり乱暴な施工をしており、また面積もインチキだった可能性が指摘されている。もっと広かったようなのだ。

つまり裁判に勝っても、防災面では何も解決しない。業者が逃げたら県がやらざるを得ないが、ン十億円かかりそうな工事、おいそれとは進まないだろう。(現在の工事費用だって踏み倒すかもしれない。)

……と難問山積みなのだが、私は、この裁判の前に中之島美術館で開かれていた「高島野十郎展」に行けたから、とりあえず満足\(^o^)/。

いやあ、よかったよ。日本のゴッホみたいな人。東京大学農学部水産学科を首席で卒業したという経歴も驚くが、独学ながら技量の高さもさることながら、光と闇を描く凄まじさ。

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「林辺太陽」と名付けられた作品。

 

2026/06/18

ナショナルコレクション認定制度で選ばれる木

日本植物園協会に「ナショナルコレクション認定制度」というのがあるそうだ。

植物園では、植物の保全活動を行なっているが、2017年から「野生種、栽培種に関わらず、日本で栽培されている文化財、遺伝資源として貴重な植物を守り後世に伝えていく」ことを目的に、植物コレクションを「日本植物園協会ナショナルコレクション」として認定する制度をつくったそうである。基準は、植物学的な分類群、園芸品種、歴史、文化など一定のテーマを持っているもの。

このほど京都府立植物園が開園時に植栽された樹齢100年を超える個体、日本国内への導入史を示す初期導入樹種、開園以前から残る原植生の樹木などがヘリテージツリーズ(歴史遺産樹木)として認定されたというニュースがあった。種数は、36属38種215個体。

京都府立植物園では、先にサクラ品種コレクション(186品種467個体)とか、野生ハスのコレクション(海外での調査等で採集された野生種2種の19 系統121個体)も認定されている。

私は植物園が好きで、見かけたらできるだけ入るようにしているが、こんな制度があったのだね。( ..)φメモ

ちなみに京都府立植物園で好きなのは、やっぱりこれ。

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ジュラシックツリー。オーストラリアで発見されたジュラ紀の生き残り樹木である。現地でも場所は秘密と聞いているが、それが日本の植物園に植えられているとは。

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東京の神代植物園にあったムニンノボタン。小笠原諸島の固有種だが、現地ではほぼ絶滅しかけていた。最後の1株まで減っていたが、それを植物園(東京大学附属植物園)で増やし、再び移植して現地で復活させようとしている。

そういや紀伊半島などでわずかに残存しているトガサワラは絶滅危惧種扱いで保護されているが、この種をたどるとダグラスファーに行き着く。ベイマツとして大量に輸入されているものだ。この2種は、同じトガサワラ属の近縁種。ただアメリカ大陸では繁茂したが、日本では希少な残存種になっていたのだ。

こういうのもヘリテージになるかな。

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2026/06/14

盗伐裁判の情報

しばらく音沙汰なかった盗伐問題。このところ立ち続けに情報が入った。

一つは宮崎県の裁判で、訴状を読ませてもらった。内容的には私の知っているものと同一だが、裁判資料としてはこのように記述するのだな、と司法用語?を改めて感じた次第。

ここで被告は宮崎市や県の責任を証言したそうだ。つまり盗伐をうながしたというのである。これって重大証言だろう。ま、県も市も否定するだろうが。

なんか暴力団の裁判みたい。親分の意を酌んで、下っぱが対立組織に銃弾撃ち込んだ……とかいう事案だ。命令はしていない(使用者責任を問われない)けど、忖度してやらせるのである。

 

もう一件。これは兵庫県佐用町で起きた盗伐案件。こちらが妙なのは、無断伐採した木を持ちだすことなく、刻んで転がしてあること。一部は斜面に置かれているので、そのうち崩れて下の民家を襲いかねない。そして大部分は、山林の下部にある墓地に重なるように転がしてあること。つまり墓地・墓石の破壊を伴う。

なぜ、こんなことをしたのかわからないが、驚くのは、伐ったのが森林組合であること。首謀者は別にいるのだが、彼の依頼を受けて森組がやったのだ。そして、その代金は払われていないらしい。しかも伐採届を出していないのだ。

動機から成り行きまで謎の事態なのだが、その裁判がもうすぐ結審するそうだ。そこで裁判所は和解を勧め始めたそうだが、さもないと棄却、門前払いしようとしているらしい。明確に無断伐採と墓地破壊、手続き違反などが見えているのに、裁判所は審理したがらないのである。

実に不思議である。仮に量刑(賠償額など)が納得いかないことはあったとしても、訴えそのものを棄却する理屈が思い浮かばない。どうせ山林の名義や境界線などの不備を持ちだして原告適格などを突くのだろうが、どんどん司法への信頼性は崩れていくな……。

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いずれの裁判の元となる事件は、『盗伐 林業現場からの警鐘』に記している。

さて、今週は盗伐ではない別の裁判が結審する。私も傍聴に行こうと思っているが、なんだか気分が上がらない……御籤で大凶引いた私は行かない方がいいかもな。。。

2026/06/11

パイオニア松!

某山を登ってきた。極めて傾斜がきつい山なので、車で尾根まで登って歩いた(^^;)。

尾根筋を歩くだけで相当な距離となったが、その一角で見かけたのが、風化花崗岩の岩場。花崗岩がポロポロの砂になってしまっている。真砂土だ。これは水を貯めないし、風でも動く。だから植生が回復しない。山全体は、相当密生しているし、ヒノキ林が広がっているのだが、ここだけは再生しなかったようだ。

ある意味、砂漠である。なぜ、こうなったのかわからない。何か人が手を入れたのだろうか。耕して畑を作ると、表土を剥いでしまい、草も生えなくなる。

が、そこに生えているのがマツだった。

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やっぱりマツは強いなあ。どうやって動く真砂土に根を張ったのか。菌類も協力したのかもしれないが、周辺には草も生えていず、真砂土が剥き出しなのに、しっかり根付いた。
もしかしたら、後100年も経てば、ここに森林が回復するかもしれない。まず松林となって、その後に低木の広葉樹が入ってきて、マツが枯れた頃に、高木も入って生物多様性の豊かな森になるかもしれない。まあ、300年はかかるかな……。

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