森林学・モノローグ

2009/11/03

稲刈りと複合経営

今日は祝日だった。世間は休みなんだなあ。

島根県で訪ねた奥出雲町。そこで案内された人の田んぼを見た。

Photo                                                   

                                                 

写真のとおり、田んぼの一部に刈り残しがある。これは何かと尋ねたら、
「稲刈りの時、そこの稲だけまだ青くて成熟が足りなかったから」
という。ちゃんと稲穂を観察して、刈り取る穂を選んでいるのだ。これが大型稲刈り機、コンバインなどだったら、そんな真似はできないだろう。この田んぼは、有機栽培米だから、ていねいな手法を取っているらしい。

刈り残したところは、水の取水口近くで、水分が多いことが成熟を遅らせたのではないか、というが、こうしたきめ細やかな気遣いが日本の農家の真髄かもしれないぁ。

ちなみに、この方は、十数ヘクタールの山林をもつ林家でもある。少し見せてもらったが、管理が行き届き、そのうえ林床にはアテ(ヒバ)が植えられていた。そしてウシも飼っている。また、改めて紹介したいと思っているが、シイタケ栽培を行い、今度は製材も始めた。

まさに農林畜産複合経営だ。いずれも規模は小さい。しかし、小規模ゆえの有機低農薬栽培の取組や、自慢のシイタケ・ナメタケを見せられると、規模ゆえの経営の仕方があることを感じる。
たとえば始めたばかりの製材は、材をどこへ売るか決まっていないという。まだ乾燥中なのだ。一見場当たり的な新規事業だが、心配しなくても1年に1棟くらいの材木量なら、口コミで捌け口が確保されるだろう。急がないのだ。

8                                                   

家族経営ならではの、小回りの利く、複合経営である。

新生産システムなんぞとは、正反対の方向性かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/11/02

3倍速杉苗のその後

昨夜、島根より帰って来た。

2日間、ずっとしゃべっていた気がする(^^;)。

本番前の昼間から林業話に盛り上がり、本番後も宴会を通して林業の話ばかり。飲み過ぎ、食べ過ぎ、しゃべり過ぎ、であった。おかげで喉が痛い。ついでに睡眠不足も重なって、身体がヨタヨタしてしまった。年です。

出席者は、私と、東京の林業家・田中惣次さんである。「二人の田中」のシンポジウムであった。田中惣次さんは、「これまで全国を回って、行っていないのは長崎と島根だけだった」と、島根を楽しんでおられた。私も、先日、最後の未踏の地・千葉に足を踏み入れて全国制覇をなし遂げたわけだが、同じことをやっておられた(^o^)。

ちなみに私は島根には何十回と訪れている。とくに林業関係では、島根緑化センターを訪れて、「3倍速の杉苗」を取材したものだった。(『「森を守れ」が森を殺す』収録)

なんたって、5年で直径10㎝にもなるスピード生長。しかも偽年輪が入って強度も申し分ない。10年で柱材が採れるようになるぞ、これは林業を変える! と期待されて当時の関係者と盛り上がったのである。
そして今回の会場は、奇しくもその緑化センターだった。そこで、当時の杉苗が10年以上たってどのようになっているのか楽しみにしていた。

ところが、ないのである。かつて10本くらい植えて、そのうち数本を検証のために伐っていたが、まだ数本残っているはずなのに、ない。

どうやら3倍速苗は、その後不幸な歴史をたどったらしい。そして期待を裏切られて姿を消したのだろうか……。あの苗の価値は、いろいろあったのに。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009/10/25

里山のCO2吸収量

昨日、京都で森林総合研究所関西支所の公開講演会があった。
ようするに関西支所の行っている研究発表会である。それが「里山の二酸化炭素吸収量をはかる」と題したもの。

森林総研と言っても、林野庁の外郭団体なのだから、林業の研究しろよ、と思わぬではないが(^^;)、ここでは悪態つかずにおこう。

私は南都銀行の座談会があったのだが、その前に少しだけ顔を出す。時間的には、最初の触り部分しか聞けず、肝心の部分まで居られなかったのだが、一つ勉強になった点がある。

006                                                 

森林の二酸化炭素吸収(光合成)と排出(つまり呼吸)について紹介している。呼吸は、夜の葉っぱや枝、幹などが行うものである。こちらは酸素を消費してCO2を出すから、光合成で吸収した分との差が問題となる。この点は、私も繰り返し執筆しているところだ。

一般的には、光合成量と呼吸量を比べると、大雑把ながら2対1くらいになるとされていた。ところが、ここでは1対0,85という数値が出ているらしい。つまり、光合成が固定した炭素の85%を呼吸で排出してしまっていることになる。

森林のCO2固定量は思いのほか小さいのである。

これに里山全体だったら、別の排出源もあるだろうし、あまり期待できないことになる。もっとも、土壌など、植物以外の炭素固定要因もあるのかもしれない。この点は、最後まで聞いていなかったからわからない。

政府は、今後CO225%削減に向けて、国際的には吸収源を管理された森林だけでなく、もっと幅を広げるべく国際交渉に向かうと想像している。その中で、里山の整備も課題に上がるかもしれないが……この数字だと、あまり期待できないか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/10/04

沈思黙考

今日は、早朝より夜まで山の中にいた。

幸い時間はたっぷりある。そこで現在抱えている課題の資料を持ち込んで、何らかのヒントを得ようと目論んでいた。

たとえば……

●林業は、地域産業か、それとも国際産業か。

あるいは……

●各県の森林環境税は、なぜさしたる反対もなく可決したのか。

●ボランティアで森林施業を行うのは、本来の林業と言えるのか。同じく、補助金で支えられている林業は、本来の産業と言えるのか

●明々後日に訪れる但馬では、カニを食べられるか。

●来週訪れる福井では、何を食べるべきか。

答は、いずれにもまだ出ていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/26

八ツ場ダム報道

鳩山政権になって、今一番注目されているのが、八ツ場ダムの建設中止問題ではなかろうか。前原国交大臣が現地視察したとか、連日ニュースだけでなく、ワイドショーでやっている。とくにワイドショーの力の入れ方が大きい。

面白いのは、その報道スタンスがみんな同じこと。

登場する住民は、八ツ場ダム推進派で、ダム建設中止に異議を唱える人ばかり。しかも、かつては建設反対派だったが、泣く泣く建設に同意して新しい生活を始めよう……としていた矢先に政権交代をして建設中止するなんてケシカラン! と繰り返している。
また工事がストップしたら、仕事がなくなるという建設現場の声も頻繁に出る。それらの映像をニュースもワイドショーもこぞって使っている。

なぜ、同じダム推進派ばかりがマスコミに出るのか。おそらく、彼らの苦吟する姿が、抗議する姿が絵になるからである。さらに民主党政権が困っている様子も面白い。判官贔屓?いや、単に絵になるからである。
ダムを建設する理由は、雇用対策か景気対策だったのか? ダムそのものの必要性はあまり言及されない。それに群馬県そのものが民主党の圧勝で、その点からもダム反対派が多いことになる。まあ、ダムのできる土地は群馬5区で、自民党の中身空っぽの世襲議員が当選したけど。

だけど、おかしいなあ。選挙前にも八ツ場ダムを取り上げる特集は幾度もあって、その時は建設反対している人ばかりが出ていたのに。彼らは、今どこにいるの? あの時は、ダム推進派なんて、ほとんど小さな扱いだったよ。
あの時は、反対派の言い分が絵になったのだ。無駄な公共工事とごり押し自民党の構図を示すのに便利だったからだろう。

多くのマスコミの報道スタンスが常に一方に偏るのは、何も報道者全員がその立場に共感・支持しているからではない。単にオイシイ絵があること。他社の報道していた視点に追随した方が楽なこと。それだけだ。新しい視点から番組を作るのは、かなり労力がいる。

なんでこんなことを書くのか。

ゴルフ場も、同じだったからだ。派手な反対運動があり、赤い水が流れる沢がある。農薬に過敏に反応する市民も多くて、視聴率を取りやすい。そして深く考えることを面倒がるニュース記者がいる。

今のニュースを見ていると、あの頃をまざまざと思い出した。

そして、今はゴルフと言えば、石川遼クンに声援を送る。

八ツ場ダムが完全に中止されたら、その決断がまた絵になる。その時は鳩山さん、前原さんに声援が送られるだろう。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2009/09/06

石田三成の末裔

NHK「天地人」を見ていて、青森県で見知ったことを思い出した。

石田三成と言えば、関が原の合戦を仕掛けた戦国時代の最後を飾る武将。テレビドラマの方でも、まさに関が原へと向かおうとしているが、いうまでもなく彼が組織した西軍は破れる。そして光成も捕えられ、首をさらされるのだが…。

その子孫はどうなったのか。一族郎党討ち取られたのか、と思っていたら、なんと津軽の地に逃げていたらしい。

もともと光成の娘・辰姫は、津軽家に嫁入りしている(側室)のだが、次男も合戦が負け戦になったことがわかると、いち早く津軽に渡っているのだ。そして津軽藩の歴代藩主は辰姫の子の系譜だというから、まさに石田家の命脈は、津軽の地に残されたことになる。

また次男・石田重成は、杉山源吾と名を変えて、その後杉山家は、家老職として藩を支えたという。シャクシャインの乱の鎮圧にも活躍したらしい。

また杉山家は、ヒバの山の売り買いで財を築いたとも伝えられる。現在、青森で木と言えば青森ヒバだが、その基礎を使ったのかもしれない。

折角だからインターネットで青森県の杉山家を検索してみたら、「杉山木材」という会社が引っかかって、青森ヒバを中心に扱っていた。木材からエッセンシャルオイルまで。
果たして、この杉山家が石田光成の系譜と重なるのかどうかはわからないが。

こんなところに歴史ドラマを見るとは思わなかった。

実は青森では、何かと津軽の歴史を聞かされてきた。たとえば白神山地も、2代目藩主は植林をして、3代目はニシン漁を広げ、4代目は木材を大規模に伐って、白神の山を荒らしたのだという。(ここは記憶で書いているので、本当かどうか確認していないよ。)

やはり地の人は思い入れがあるからなあ。

| | コメント (0)

2009/09/02

白神のガイド

青森では、白神山地を訪れた。と言っても、「暗門の滝」を巡る観光コースである。

ガイドに付いてくれたのは、おばさまであった。女性のガイドとは想定外であった。年齢は67歳で、ほとんど最高齢らしい。

が、この人がすごいのである。世界遺産になる前から白神を山歩き・沢歩きしていて、その後も独学で勉強したらしいが、話にポンポン専門用語が出てくる。正直言って、この話に付いて行ける人は、かなりの森林生態学の知識がある人だ。

私は比較的おとなしく対応していたのだが、ついガイド内容に反応してしまうから、向こうも張り切ったのかもしれない(~_~;)。

で、彼女が強調したのは、「白神山地は、幾度も伐採の手が入っていて、今あるブナ林もほとんど二次林です」ということだ。(二次林という言葉も、一般人は知っているのかな。)
また、地質が弱く非常に崩落が多くて、その跡地にブナが育っているという。だからブナは、そんなに昔からあった植生ではないことも語る。たしかに、よく見ると、山のアチコチで崩れた跡があり、そこには樹齢の若い木が生えている。

私はそのことを知っていたが、一般の人には驚きの事実だろう。なかには原生林に憧れて来た人もいるから、落胆させてしまうかもしれない。それをあえて話す点が面白かった。

そして、ホオノキを見つけると、お土産に、と言って葉をちぎってくれる。サルナシの実も採ってくれた。世界遺産の地は、こうして採っていいのかなあ~。
「白神は、昔から人の手が入って、今の姿があるんですよ」

同感である。だから、私も葉っぱをちぎった(笑)。勧められるままに蔓にぶら下がってターザンごっこもした。フキを折って臭いを嗅いだ。ミズ(山菜)を採集して、食べてみた。こうして遊ぶと森は楽しくなる。

ちなみに白神にガイドは、約30人くらいはいるそうだが、中には数度コースを歩いただけの人もいるらしい。団体さんを誘導するだけなら、それでもよいのだろう。が、森の魅力は伝えられないな。結局、観光客の大半は、滝見学で終わるらしい。

森はガイドの優劣によって、価値が変わる。

600                                                   

白神の入り口にある樹齢600年のカツラの大木。ブナは、せいぜい400年まで。ほとんどは若い木だ。

| | コメント (6)

2009/08/27

女子高生の感性

実は昨日のシンポジウムでは、上原さんの講演だけでなく、事例発表もあった。

その一つが泉谷繁樹氏なんだけど、紹介したのが神戸松陰高校のエコ活動。ご存じの人も少なくないと思うが、3年生の女子高生が、さまざまなエコ活動に行動を起こすのだ。有名になったのは、何と言っても割り箸だろう。国産割り箸振興を訴えて、アドバシを10万膳も配ったこと。ほかにも商店の暖房を下げさせるウォーム・ビズ運動など実践だからスゴイ。

彼女らを見ていて、女子大生もいいけど、女子高生もいいなあ~と、萌えていた、わけではないよ。いや、少しは感じたけど(~_~;)。

実は、彼女らは毎年3年生の3学期、早めに進路の決まった生徒が取り組むのだが、最初に川上村を訪れて林業の現場を見てくるらしい。そこで体感したことが彼女らの行動力の原点なわけである。

そして発表の中で興味深かったのは、伐り捨て間伐の現場を見たときの感想だ。
大人、とくに多少林業をかじった人は、間伐が行われて光が入るようになった森を見て、ホッとする。無間伐で林床が真っ暗な人工林を見て、嘆息する。

だが、彼女らは、累々と伐り捨てられた間伐材を見てショックを受けるのだ。何か禍々しさを感じるらしい。それが、間伐材利用の商品づくりにも向くらしい。

女子高生の感性は、間伐地で残した木々が育つことを喜ぶよりも、伐り捨てられた木に「良くないもの」を感じるのである。
先に「良い森、悪い森」で見た目の感覚が森の健康にも重要ではないかと論じたが、女子高生は伐り捨て間伐地に悪い森を見たことになる。この点をもっと重視すべきではないか。林床に転がる伐り捨てられた木々に目をつぶって、光の射し込む林冠ばかりを見ているのは片手落ちだろう。

ちなみに私が伐り捨て間伐を批判するのも、その汚らしさが原点だ。つまり、私の感性は女子高生並ということになる(^o^)。

| | コメント (0)

2009/08/25

良い森、悪い森

以前、里山に関するセミナーの講師を務めたときに、会場から質問が出た。

森にも、荒れた森と立派な森があることはわかったが、それを素人が見分ける方法はあるのか

これは、結構イタイ質問である。
たしかに講演では、人の手が入って間伐や草刈りをすると、生物多様性が高くて生態系として優秀になること、逆に緑に覆われていても、森林内はまっくらで立ち枯れしている木も多くて劣化した生態系があることを話した。
また留保付き意見ながら、一般的には生物多様性が高いほどレベルが高いとも定義づけた。

もし森林ボランティア的に、これから里山に関わりたい、自然を守りたいと思っている人からすると、「では、どの山に何をすればよいのか」という活動原点が求められる。
これが禿山と木々が豊かな山で区別するなら簡単だ。木のない土地に植林をすればよい。あるいは種子を散布するか、宮脇氏のように土壌をまくというのも方法としてある。

が、素人目には緑に覆われている山を、これは手を入れるべき、これは(放置ではなくて)人の手を排除して原生状態を保つべき、という区別はどうしてするのか。下手に手を加えて、貴重な自然を破壊してしまうことはないのか。

もちろん、厳密なことを言えば、生物環境調査が必要だろう。動植物だけでなく水質・土質、微生物まで含めた調査を行い、近隣の同様の調査結果と比べて、多様性度が高い、低い、を判断すれば大きな誤りは犯さない。それこそ、エビデンス(科学的根拠)が揃う。

が、一市民にそんな能力も手間も時間もない。もちろんコストもかけられないだろう。それでも「里山を守りたい」という思いを無にせず活かす方法はないのか。

そこで私は、こう応えた。

見た目で判断しましょう。美しい森は、だいたいにおいて『良い森』です。ざっと見て、なんだか気分が悪くなり汚く感じたら、多分『悪い森』です

私は、こう見えても人の感覚を信じている。いや、人の感覚というのは、人にとって益不益で生まれるものだと考えているので、人間にとって害悪を与える環境はイヤな感情が発生すると思っている。逆に心地よい環境は、おそらく人間にとって益のある生物多様性の高い環境としてよいのではないか。

もちろん汚水の方が微生物多様性が高いとか、誰もが美しい森と認めても生物的には飢餓状態……なんてケースはあるから、エビデンス(笑)はあまりない。しかし、清流の水なら飲んでも腹をこわさないし、美しい森は木材生産量は高いという点で、人間には有為ではなかろうか。

だから森林療法でも、森を歩いて心地よいのなら健康にもよいし、森自体の環境度は高いと言えるのではないか。逆に森を歩いて不安に陥ったり苛立つことがあるとすれば、その森の環境度は劣化しているのかもしれない。

あくまで大雑把な話ですよ。しかし、その程度には「環境センサーとしての人の感情」は現状把握を外していないと考えたい。

4                                                                17

| | コメント (6)

2009/08/20

ワタ畑

022 写真は、木綿の実。

今日は、河内木綿の世界を覗いてきた。

江戸時代の衣料は、その多くが木綿で作られていた。その一大供給地が、河内である。現在の大阪府東部、東大阪市や八尾市を中心とする地域だ。

ここでは、広大な木綿畑が作られ(当時の耕地の7割を占めていたという)、紡がれ、染められ、機織られ、衣料ほかの商品に加工されていった。それらは、北前船に乗って、日本全国を席巻した。米を運ぶ北前船が、帰りに綿を積み、さらに昆布やニシンを大坂に運び、それらは肥料として木綿畑に鋤込まれた。

つまり、河内木綿は、日本の流通の要の一つだったのである。

まだ不勉強で詳しくないが、当時の綿畑は、どれほどの面積になっただろうか。

しかし、明治になると米綿が入ってくる。これは河内木綿とはかなり品種が違い、ワタ実が非常に大きく量産がきくうえに繊維が長くて機械織りに適していた。そのため河内木綿は壊滅的打撃を受けて、姿を消してしまう。

変わって、養蚕が盛んになり、全国に桑畑が作られて蚕を育てるようになった。その最盛期、日本に桑畑は70万ヘクタール以上あった。

こうなると、もはや畑だ作物だと言っていられない。森林面積に占める割合も3~4%になっただろう。それは生態系に大きな影響を与えた。

木綿畑が生み出した生態系が、やがて桑畑の生態系に変わり、それが今や雑木に包まれたり、スギやヒノキの人工林と化してしまった。そして、そこにはまた別の生態系がある。

潜在植生こそ本来の生態系とのたまうセンセイもいらっしゃるが、水田のほかにも生態系を変えた作物はたくさんある。それを無視して日本の自然は語れないし、こちらこそ人の営みとともにある本来の生態系ではなかろうか。

| | コメント (4)

2009/08/13

立体緑化

いよいよお盆に入り、このブログのアクセス数も減っているこの頃(~_~;)、私も休もうかな、と思っていたが、軽く話題提供。

こんな壁面緑化の技術が開発された記事があった。竹中工務店が開発した「樹木対応型壁面緑化システム」http://journal.mycom.co.jp/news/2009/08/04/025/?rt=naである。

建物の屋上に留まらず、壁面も緑化する案はよく出ているが、実際は蔓植物ぐらいしか無理だった。それを樹木でも育てられるようにしたもの。

実は、我が家の前の道の拡幅で、我が家のみならず、隣家の庭が大きく削られる。私も借景にしているのだが、その庭は、樹木と山野草がたっぷりの空間なのだ。

そこが削られ、面積が減るだけでなく、コンクリートの壁になるらしい。それも道路面からかなり下がって、高さ3mくらいの壁になる。これまで野草を育ててきた隣家の夫婦にとっては、単なる拡幅ではなく、家から見た景色が激変することになる。精神的にもよくないだろう。

そこに、こんな壁面緑化システムを導入できたら、と思うのだが。

| | コメント (2)

2009/08/05

「食育は大嫌い」

昼間、たまたま付けたテレビのNHK「スタジオパーク」に、なんと西原理恵子が登場していた。生である。思わず見入る。

今や「毎日かあさん」がテレビアニメ化、「いけちゃんとぼく」に続いて「女の子物語」まで実写映画化と、まさに今年はサイバライヤーなのだ。

そこで語る話題は、亡夫のアルコール依存症であり、子育てだ。そこでズバリといったのが、 「食育って、大嫌い」である。

たしかに最近、やたら「食育」という言葉が氾濫している。ファストフードではなく、スローフード、手づくり、安全安心食品、素材の味……といキーワードが使われて、食事の大切さが訴えられる。そして食をしっかりさせれば、子供の健康が守れて、教育効果があり、非行も防げる……と、いいことづくめに語られるのだ。

しかし、当然のことながら、手づくりやスローフードを実行するには、時間も必要だし、金もかかる。共稼ぎの家庭で、仕事を終えて帰って来てからしっかり調理していたら、二時間くらいかかって、食べるのは深夜。子供と触れ合う時間がなくなるじゃないか! 出来合いのものを買ってきて、さささっと作って食べて、その後を豊かに過ごす方が、よっぽど子供のためよ、というのが西原理論である。なんたって、食べ物より親子の触れ合いの方が何倍もの教育効果があるのに決まっている。
その後見せた西原料理では、「素材の味を思い切り消した唐揚げ」を披露していた(^^;)。

私も、そうした「豊かな食卓」の教育効果自体は否定しないが、たいして重きを置いていない。私も、かつては昆布と鰹節から取った出汁しか使わなかったが、今やお手軽「白だし」愛好家(笑)。安い食材をいかにいじるか、が勝負だよ。

                                                           

食育とともに、最近では「木育」「森林教育」も語られるようになった。木に触れ合う教育である。これも否定しないが、あまり押しつけちゃ逆効果だ。木のオモチャを与えておけば、情操教育になるってもんじゃない。森林に入って遊ばせたら、子供たち全部が元気になるわけじゃない。木や森の力を過信してはいけない。だいたい木や森そのものに力があるのではなく、その中でどんな体験をするかが重要だ。そして、何より会話だろ。

そのうち、森に連れて行きすぎたためにぐれた子供たちや、木のオモチャのために木材嫌いの人が登場しないとは限らないぞ。ほどほどに。

| | コメント (4)

2009/08/02

時代遅れの学問

昨日の合コン、もとい……(しつこい)女子大生木材商品開発会議のこぼれ話。

女子大生参加者の中には、林学系の学科出身者も何人かいた。彼女らに、私は「なぜ森林ジャーナリストになったのか」と問われたのだが、その答として「私は森林学をやりたくて林学科に入ったのだが、林学科は林業学を教わる場であったこと、それで意気消沈してマスコミに進路を変えたこと……」などを語った。

ところが、彼女らは最初から林業をめざしていたというのだ。ところが、入学してわかったのは、今や大学では林業を教える部分は縮小していて、森林学にシフトしているというのだ。それが不満でサークルや学外組織に加入する形で林業に触れているという。また学科の3分の1は女性であるとか。

これはちょっとショックだった。

私が学生の時代、世間は森林生態学に注目が集まり、私のような森林学をしたい学生は少なくなかったと思う。ところが大学は時代遅れ?の林業学を相変わらず教えていた。
それからン十年、ようやく世間は林業という産業学から脱皮して、自然学系へと舵を切った。学科名も林学から森林科学ナンタラ学科と変えたところが多い。ところが、その時代に女子学生が自然学問よりも、林業という産業社会へと興味を移しつつあるのだ。

若い女性は時代の先端部への感度が高いという説を取り入れれば、まさに時代は林業なのに、大学は時代遅れ?の学問を提供していることになる。
本来、林業系の研究機関であるはずの森林総研も、今や林業に役立つ学問から遊離して、純粋学問へと傾斜してしまっているし、林野庁さえ林業とは距離を置き、里山だとか森林セラピーに飛びつく人が増えているが、いまに時代に置いてきぼりにされるだろう。

ところで学生の中には、某林野庁への就職を考えている人もいた。そこで林野庁について意見を求められたので、私は正直に(^^;)思うところを語ったが、ため息を付いていた。その人も、実際に職員に接触して、同じ感想を持っていたらしい。

私の意見としては、せっかくだから勤めて、内部情報を私にチクッてくれるのが、一番うれしい(笑)と伝えた。

| | コメント (7)

2009/07/23

Satoyamaイニシアティブ

たまには「思いつき」ではない、硬めの話題も。

Satoyamaイニシアティブ」 というのを、ご存じだろうか。

環境省などが進めているもので、人が関与した2次的自然、いわゆる里地里山の重要性を世界に訴える動きだ。里山の自然の持続的な利用は、生物多様性の保全と両立できるとし、、自然共生社会のモデルになるべきものと位置づけている。
環境省では、国連大学高等研究所と連携して、人と自然が共生する地域社会を実現していくための国際的なパートナーシップとして、来年度に名古屋で開かれるCOP10の場において「Satoyamaイニシアティブ」を提案する予定である。

国際的な枠組みづくりとしてのイニシアティブ構想は、我が国の里地里山に見られるような景観や土地利用における持続可能な自然資源の利用と管理に関する情報を、収集するとともに共有することをめざす。そして世界的に推進されることを期待するという。

すでに日本の里地里山のような二次的自然の重要性については、参加各国から一定の合意が得られた。そして持続的利用の重要なポイントとして、生態系サービスの評価、自然の保全と人間の福利を両立させること、利害関係者の参画などが指摘されている。

今回のイニシアティブは、日本の里山を世界に売り出そうという構想? と理解してよいのだろうか。これまでの自然保護の潮流は、どうしても原生自然に目を向けがちだった。しかし、人類と自然の共存共栄を考えると、里山こそモデルになる。

私は常々、日本の里山は、珍しいほどうまくできた自然だと思っている。人が自然からさまざまな産物や利益を得つつ、自然も生物多様性などをよりよく達成しているのだ。そこには一方が得をすると他者が損をするというゼロサムゲームとは違った構造がある。
しかも何も事前に精緻な設計をしたわけではなく、あくまで人間が農業を通じて手を尽くしてきた結果として、うまく自然と人間の利益がかみ合っている。あえて言えば、自然界の大いなる意志があったかのように。

他の国の自然に、こうした例があることを私は知らない。部分的に東南アジアの田園地帯や農家の果樹林を中心とした共有林・あるいは庭、またイギリスの放牧地を囲むブッシュとかが近いとは思うが、精緻さと地域的広がりでは、日本の里山の方が上だろう。たとえば日本の里山は、森林(雑木林)だけでなく人工林も竹林も包含しているし、農地と森林、草地と水辺゛といったつながりが見える。さらに文化的装置(宗教施設など)も多い。

(もちろん、今後新たな里山的環境の発見報告があることを望む。)

私は、林業地そのものを里山にすべきだと思っている。木材だけでなく、多くの林産物を人工林内で生産し、人間側の利益が増すと同時に、生物多様性が高くなる施業をめざすのだ。それは景観もよくすることにもつながる。森づくりの歴史を文化として前面に出す。それらを全部含めて環境教育の場に人工林を利用する。人工林と天然林の違いが出なくなるかもしれない。

とはいえ、現在の日本の里山が、そんな理想的な状態かどうかは、はなはだ疑問。むしろ森林環境を悪化させ、里山から離れていく人工林が増えているような気がする。

森林の理想化モデルづくりにもイニシアティブを発揮してほしい。

| | コメント (3)

2009/07/20

Nスペ「マネー資本主義」

今夜は、NHKスペシャルの「マネー資本主義」の最終回だった。

世界中を巻き込んだ金融危機の正体を解説する5回シリーズだ。ぼんやりと知っていた金融の世界で起きていた事象を、うまく整理して紹介していて、ストンと喉を通ったような気分になる。この10数年、金融の水面下で何がうごめき、モンスターに化けて、やがて破綻したのかわかってくる。硬い内容だが、価値ある番組だ。

と言っても、今夜見たのはゲストに西原理恵子が出るからである(^^;)。残念ながら、あんまりぶっ飛んだ発言はなかったが(止められたかな~)、結構本質を突いている。

それは、お金は麻薬だ、ということである。一度、儲かった経験ができると、止まらない、止められない。損をしても、次取りもどす気持ちになる。本当は「投資はギャンブルだ!」ぐらいの発言をしてほしかったのだが、それは番組上、マズいのだろう。

しかし、ギャンブルは麻薬であり、依存(中毒)症状があるのと同じく、マネーゲームも中毒になるのである。貨幣経済になって以降、世界はマネー依存症になっている。

それでも、コツコツ稼ぐかぎりは、依存症状も小さく、すぐに抜け出せるし、我に返る余裕もあるから、結果的に健全な経済状況を展開できる。しかし「濡れ手に泡」を経験すると、脳内麻薬が発生して、さらに「泡」を求めて手を濡らし続ける。

たとえば補助金を求める手でもある。補助金をもらい続けると、補助金なくして成り立たない身体になる。しかし、補助金は、「泡」である。ものづくりでもなければサービスでもない。天から降ってきたようなもの。
以前、講演で「補助金止めますか、それとも人間止めますか」と口走って顰蹙を買ったが、もはや止められないんだろうなあ。

現在、景気後退をストップさせようと、世界中がジャブジャブ補助金なら補正予算やらをつぎ込んでいるが、いずれも借金なんだから「泡」である。おそらく、再び泡が弾ける時が来るだろう。

金融という実体のないものが弾けた後は、何がどうなるか。通貨自体、たとえばドルが弾けて、世界機軸通貨機能が停止するような、通貨危機に陥るかもしれない……。

そんなことを考えながら、テレビを見ていたのだった。

| | コメント (6)

2009/07/11

松の木の下に

Photo 写真は、生駒市の街路樹。

ちょっとした道の合流地点の真ん中だ。

で、見た通り、松が植えられているが、枯れかけている。そして、その林床には、花が。

以前は、松だけだった。もちろん松は生き生きしていた。

その下に草花が植えられるようになった。おそらく、松だけでは空間がもったいないと感じたのか、彩りが足りないと感じたのか。

しかし、草花のポット苗を植えるということは、そこに栄養たっぷりの土壌が加わるということだ。痩せた土壌を好む松には、よくない。

私は、結構以前から、折に触れて関係者にこんな植え方はおかしいのではないか、と言っていたのだが、そのままであった。

しばらくは元気だった松も、今年くらいからかな、急速に樹勢をなくして枯れてしまった。案の定、である。松は、土壌に菌根菌が繁殖しないと元気に育たない。そして菌根菌は、貧栄養土壌でないと腐食菌にやられてしまう。

マツの育つ環境を無視して、彩りだけを考えた「みどりのまち推進」は、成功しないのだ。
もっと、街路樹も科学的に管理しましょうよ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009/06/05

可愛いカイコ?

カイコを可愛いと言ってくれる人がいて、嬉しいです\(^o^)/。

そこで本日は特別サービス。

2                                                  

                                                

                                               

も一つ、アップで。

15                                                

                                               

                                                 

養蚕農家は、当然、カイコが大好きみたいです。可愛がってるもの。でも、一般の人は気持ち悪がるかなあ。
私も、最初はともかく、よく見ていると可愛くなってきた(^o^)。触ると、ポニョポニョしてま~す。

でも、少し口直しに。桑の実の写真も見てください。

4

| | コメント (8) | トラックバック (0)

アド米袋

昨年、秋田のJAうごがあきたこまちのパッケージを、萌え美少女キャラクターのイラストにしたところ、爆発的な注文が殺到して、一時出荷をストップしたニュースがあった。

みんな萌え人気に注目したものだが、私は別の感想を持っていた。それは「米袋」というパッケージが媒体になることだ。これまで、ほとんど誰も注目しなかった米袋のデザインが売行きを左右する、そして米袋をしっかり見る消費者がいることに気づいたのである。

そして先日取材した、岐阜の(資)龍の瞳では、米袋に広告を載せられないかと提案していた。

龍の瞳とは、新たに誕生した米の品種で、コシヒカリよりはるかに大粒で食味も日本一の折り紙付き。その販売会社として設立されたのが(資)龍の瞳なのだが、もう一つ、NPO法人龍の瞳倶楽部も設立している。こちらは米づくりや森づくりを行うボランティア・交流団体をめざしているが、その資金源として米袋に目をつけたわけだ。米袋に載せた広告料をNPOに回そうという構想である。

まだこれからなので、実物はお見せできないが、米袋を媒体として利用しようと思い付いたことに私は萌え米袋と同じ発想を感じた。

これって、すごいことではないか。

割り箸の箸袋を広告媒体として利用する「アド箸」を私は紹介してきたが、米袋もその路線に乗るかもしれない。

これまで広告媒体は、マスへと動いてきた。チラシから新聞、雑誌、ラジオにテレビ。ところが、今はインターネットが勢いが増している。インターネット広告は、サイトを見る人という括りで消費者を選別できる。その方が広告効果は高いのである。だが、それでもマスには変わりない。

だが、箸袋や米袋は、もっと広告を目にする人を選別できる。箸を手にする人は、これから食事をするのだろう。だったら飲料の広告を載せると効果的だ。同じく、米袋を手にする人……とくに龍の瞳のような食味が良く高価な米を買う人に、適切な商品広告を載せれば効果はぐんと高まるのではなかろうか。

今後は、消費者をぐっと絞り込んだ広告が注目されるかもしれない。商品パッケージが持つメッセージ性を利用すると、その商品の売行きだけでなく、周辺商品にも波及させることができる。

ちなみにJAうごは、その後「羽後牛ビーフカレー」のパッケージにも、同じイラストレーターによる萌えキャラクターを採用したそうである。

農協の中でも、頑張っているところはある(笑)。ビジネスなんだから、自分であの手この手を考えなければ。
林業界もオチオチしていたら、アカン。他人に補助金ばかりか、立て直す具体策まで求めているようでは、何も始まらないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/05/24

バラ農家のカーボン・オフセット

生駒山が、バラの産地であることを知っている人は多くあるまい。

奈良側の平群町にはバラの温室栽培を行っている。何も園芸でバラの庭園を作っているのではなく、切り花として出荷しているのだ。年間250万本を出荷する堂々たるバラの産地なのである。

ここでは約100種類ものバラを20棟ばかりの温室で栽培している。加温して年中出荷できるのが強みだ。

ところが、昨年、一昨年からの石油の高騰で、経営が苦しくなった。重油の値段がウナギのぼりになったからだ。温室栽培は、暖房など温度管理が生命線である。

そこで考えたのが、電気によるヒートポンプ式冷暖房に切り替えること。電気代は、重油代よりは安くすむ。そこで1基何百万円もの電気ヒートポンプに替えたのである。

すると、金融危機以後の石油価格の暴落で、また安くなってしまった……。

ところが、そこに神風的アイデアが生れた。それがカーボンオフセットだ。重油を燃やすより、ヒートポンプはCO2の排出が少ない。電気だって重油による火力発電だろうけど、効率が違うし、直接熱を発生させるのではないからだ。

ここにカーボン・オフセットの可能性が出てきた。排出を減らしたCO2を売ることができるのだ。電力会社は、CO2排出削減ノルマがある。自前の削減だけでは限度があるから、他者から買い取ることでカバーしようとしている。そこで減少したCO2量を金銭換算でバックしてくれるわけである。

しかも、電力会社側からすれば、ヒートポンプを導入して電気を新たに買ってもらえるお得意様にもなってもらったわけだから、売上が上がる。一方的に金を払うわけではない。カーボン・オフセットの取引は、たいした出費ではないのだ。

これでバラ農家は、出費増を抑えることができた。なかなかのアイデアである。

こうしたアイデアは、林業界にも応用してほしいものである。

重機をみんな電気自動車にするとか(^o^)。それはさすがに無理か。
だが毎年太る木の蓄積量を測定して公表するくらいの努力は必要だろう。施業も工夫して、無駄な作業を減らす。それは森林認証の取得にもつながるはずだ。伐り捨ての間伐材(腐って、CO2をまき散らす)を減らして、どれほど有効な木材製品にして世間に販売したかという指標があってもいいのではないか。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009/05/06

林業はニッチ産業

ラジオ出演の際にも聞かれたのだが、「森林ジャーナリストって、何?」

相変わらず私は、「日本でこの肩書を持っているのは、おそらく私一人です」と自慢? しておいた(笑)。だから日本一や! とまでは、さすがに言わなかったけど。

まあ、森林ジャーナリズムというのがあるのかどうかもさておき、こんな分野を扱う人が少ないのは間違いない。おかげさまで敵なしなのである(笑)。

実は先日、酒の席で話になったのだが、ニッチな分野を扱うと不況に強いのではないか、と言われた。その時の話題は、田舎の仕事だったが、狭い世界を相手にすると、大きく儲かることはない代わりに、いきなり仕事がなくなることも少ない。
ほかに取って代わる人がいないし、微妙な裏ノウハウがあって、それをマスターしないと新規参入はしづらい。そもそも小さな業界が変化する時は、人脈も密だからたいてい事前に察知できる。

そしてそれは、農業や林業といった分野もニッチ(隙間)産業ではないか、と気がついた。

自動車だ土木建築だ、といった巨大な工業系の産業の合間には、木材という素材が薄くはさまれている。一見何も見えないけれど、木材がなければその製品は成り立たないのだ。
あるいは外食産業も、農業なしに成り立たない。どんなに輸入しても、国産農産物は絶対に必要なのだ。

だから田舎業界は、意外と不況でも生き残れるのではないか? そして、林業も強いのではないか? これまで世間が好景気に沸いているときだって、田舎も農林業も不景気感が強かったのだから、今更金融危機だ、不況になったと騒いでも慣れっこ(^^;)。バブルの部分がないから、バブルが弾けてオタオタすることがない。

今も、不況や不況や、と叫んでいる林業関係者は多いが、実はこれは口癖にすぎず、補助金を取ってくるための作戦である(^o^)。また下手に新規参入が増えたら、ニッチがニッチでなくなるから、むしろ妨害しなければならない。

むしろ心配なのは、林業をニッチな世界と思わずにやっている人々だ。黙っていても政府は間伐促進の補助金を出すと思っている人とか、目先の木材の値段に右往左往する人。こういう人は、本当の林業ではなく、林業の表面に沸いたバブルなのである。

ちなみに私は、ニッチな林業や森林、山村といった業界?の、さらにニッチに食い込んでいることになる。隙間が狭すぎて、バブルも発生しようがない。これなら将来、安泰だ!

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2009/05/04

スギの樹肌

Photo こんな倉出し写真。

                                                  

                                                  

この木は、あきらかにスギなのだが、よく見ると、その皮の模様がナンカ変だ。まっすぐ並ぶべき筋が、幹のここの部分だけ、交差して編まれたよう。

なんで、こうなったのか、よくわからない。強風で幹が揺さぶられた結果なのだろうか。
それとも、遺伝子的な問題なのか。

このスギの木質部の木目がどうなっているか知りたい(^o^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/05/03

薪の山

連休のど真ん中に、このブログを読んでいるのは誰だ(笑)。

というわけで、あまり小難しいこと書くのは止めよう。

013

                                                                                                      写真は、見てのとおりの薪の山。これだけなら、どおってことのない風景なのだが、場所が問題だ。

この写真を撮ったのは、生駒のマンション街なのである。

巨大マンションが立ち並ぶ一角に、エアポケットのように畑が残され、その脇にあったのが、この薪の山。

畑は、まだわかる。開発を拒否して残ったのか、マンションの緑地代わりなのか、とりあえず残されたのだろう。

しかし、この薪は、どこから運んできて、何に使うのだ?

かなりの量である。まさか薪ストーブではあるまい。マンションに薪ストーブは設置できないだろうし、薪の調達先にも困る。おそらく旧住民(昔ながらの生駒住民。移り住んできた人々は新住民)だろうが、わざわざ山から伐りだして?薪をつくり、わざわざマンションの立ち並ぶ一角に積み上げて乾燥させているのか?

なんとなく、風情を感じるのであった(笑)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009/05/01

絶滅危惧?コナラ

昨日に続いて、また山に行く。

森遊び研究所の周りにテープを張りめぐらせるためである。

本当はこんなこと、景観的に好きではないのだが、この季節は勝手に森に侵入する輩が増えるから、多少とも心理的バリアーにしようという作戦だ。もちろんテープなんて、簡単に乗り越えることができるのだが、ここに所有者がいて縄張りをすることで、侵入するのを躊躇させようという父の命でもある(^^;)。

自分の土地で焚火をするのを封じられた代わりに、他者の侵入を止めるのも意趣返しになるかもしれない。

そこで、昨日のテーマ「里山管理の陥穽」の続きになる。

日本の雑木林でもっとも多い樹種は、おそらくコナラだろう。かつてはアカマツだったと思われるが、マツクイムシにやられて激減している。その代わりに伸びたのがコナラだ。
コナラ自体は、二次林の代表的な樹種だ。生長は早く、乾燥したところや寒冷地でも育つ。しかもドングリも付けるし落葉樹として土地を肥えさせるし、薪に木炭にシイタケ栽培にと使える便利な木である。景観的にも美しい。とくに今は新緑が抜群によい。

このコナラの将来が危ぶまれている、と書けば、疑問を持つ人も多いだろう。私もそうだった。

が、その危険を指摘する研究が森林総研にあったのだ。

その理由は、コナラが太くなりすぎたこと。コナラは、伐採しても萌芽が生えるから、減少することがないとされた。ところが、太くなると萌芽しなくなるのだ

実は、私も感じていた。毎年、シイタケ原木用にコナラを1、2本伐採しているが、当然伐採後に出ると思った萌芽が出ない切り株が少なくないのだ。どうやら樹齢40年を越えると、萌芽の出る能力が減退して、50年を越えると期待できなくなるらしい。そして、雑木林の放置が進んで、そろそろ40年を越すと思われる。

もちろん、ドングリも付けるから種子更新も可能なはずだ。
ところが、ドングリは、あっという間に虫や鳥獣に食われてしまう。私もドングリを採取して一晩置くと、ドングリから虫が這い出てきて驚いたことがある。地表に落ちたドングリには、すぐに虫が入り込むのだ。

しかも芽が出ても、上に大きな樹冠が被さっていたら、暗くて新芽は伸びない。種子更新が成功する確率は低いという調査結果が出ていた。

となると、今後、現在生えているコナラの寿命が尽きたとき、次に続くコナラはなくなるのではないか? 絶滅危惧種になるのだろうか?

そんな極端でなくても、現在興隆している種が、ある時にガクンと勢力を減退させる可能性はある。そもそもアカマツ自体がそうだった。ほんの30~40年前までは、日本の里山の大部分はマツに覆われていたのだから。

次はコナラか。その際に新たに現れる樹種は何か。いや、そんな木があるだろうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/04/30

里山整備の陥穽

タケノコ堀りをしながら考えた。

生駒山の森遊び研究所も少し荒れてきた。かつて築いた階段が崩れたり、枯れ木が増えている。笹や草も野放図に繁っている。もともと冬の間に森を整備していたが、焚火事件のために、この森に通う意欲が減退したこともあり、今年の冬は何もしていない。

だが、このままだと荒れる一方だ。夏はきついので、今のうちに多少は手を入れなくてはなるまい。

ところで、里山の整備とは何か
最近は里山ボランティアが流行っている。私も生駒市の里山ボランティア講座に協力していて、今年7月にも開くことになっているのだが、肝心の整備の仕方に根本的な問題を抱えていることに気がついた。

たいていのボランティア的里山整備では、下草を刈り取り、幼樹やら低木を間伐する。大木は残す。そして見通しのよい、見た目もすっきりした雑木林を作る。

なるほど、大木が点在して、その林間や林床がすっきりすれば、景観的には美しくなる。荒れた山を美しくした達成感も大きいだろう。

しかし、そうした林相は、あえて言えば人工林そっくりだ。スギやヒノキの大木を残して、ほかの木を無くした状態とよく似ている。だが、それが里山生態系にとってプラスだろうか。

本来の里山は、常に薪や木炭、あるいは用材として利用するために太くなった木から伐られた。おかげで森を覆っていた樹冠がなくなり、太陽の光は林床までよく射し込む。

すると草が生え、明るいところを好む幼樹が生え、それらを狙って昆虫類が増え、虫を餌とする鳥獣もやってくる。そこに生物多様性を増やす要因があった。また老齢になる前の木は、切り株から萌芽が出やすいので更新も進む。常に若々しい森林を維持できたのだ。

だが、今多くの地域で行われている里山整備の手法は、大木を残すから林床まで十分な光が入らない。逆に下草とともに低木を刈り取るということは、次世代の木を育てないということだ。大木となった老齢樹が枯れた後に、大きく伸びて取って代わる中層の木々をなくしてしまうのだ。生物多様性は十分に回復しないだろう。

これでは、本来の里山生態系を復元できない。むしろいびつな里山を作ってしまっている。もし、この状態で大木が枯れたら禿山になりかねない。かと言って大木を伐採した直後は、光がさんさんと照るため草ぼうぼうになり、景観的にはよろしくなさそうだ。

人は往々にして景観を重んじて生態系まで目を向けない。達成感も感じたい。その思いが、正しい里山復元活動を行えなくしている。そのうえ素人が大木を伐るのは危険であるから、簡単に大木を伐りなさいと言えないところにも問題がある。

さて、森遊び研究所はどうするかなあ。直径60センチくらいのコナラがたくさんあるんだよ……。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009/04/22

お婿さん募集中

昨日紹介した「嫁さん」募集中の、中島彩さん。

よく話すと、お婿さんも募集中だそうだ(^o^)。

だから、今日は改めて募集し直す。

彼女のお婿さんになりたい人は、手を挙げてください。私が面接します(^o^)。

ただし、やはり条件がある。
まず最大の条件は、広島県廿日市市の吉和に住めること。彼女は、吉和から出るつもりはないのだ。何より、吉和の住民が放してくれない(笑)。
近頃凝っているロードバイク、つまり自転車が好きであること。たまの休み、なぜかアップダウンの激しい中国地方山間部を走り回る。普段身体を使っているんだから、ゆっくり休めばいいのに……と思うが、肉体派なのだ。ちなみに前職は、ダンサー。
そして、当然ながら林業にも理解がないといけない。彼女は林業から足を洗う予定はなさそうだ。グラップルを操り、チェンソーの目立てにこだわり、炎天下の下刈りをこなす。苗木づくりにも挑む。

053この雄姿を見よ。

チェンソーを軽々と?持ち歩き、太くなった腕を自慢する。                                                   

                                                  

彼女は、数少ない女性の新規林業従事者である。安田林業に勤めてまだ1年だが、地拵えから植林、伐採、搬出まで、ほぼすべての林業の行程を経験している。今後は森林施業計画づくりも学ぶ予定……らしい。

加えて、女性・単身ゆえの田舎暮らしの大変さも背負う。迷うことがあっても、立ち止まる暇はなさそうだ。おそらく走りながら、答を見つけていくのだろう。

そんな彼女を支えたい人はいないか。

そうそう、やはり婿の条件は、家事ができること。ここんところ、嫁さん募集と同じ(笑)。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009/04/20

野鳥が減った理由

毎日新聞によると、森林総研の調査で、鳥類の生息域が大幅に減少しているらしい。

国内の森林面積は1970年代から変わらないのに、、林業の停滞で明るく若い森が減って、それを好む鳥が減ったのだというのだ。

なるほど、若い林齢の森林なら日光が林床まで差し込み、草が生えて、その草目当ての昆虫が増える。すると昆虫を餌とする鳥なども増える。逆に林齢が高くなると、日光が地表まで届かないため草などが生えず、鳥獣や昆虫が減る。

現在、森林が伐採されないことで鳥類を含む生態系が狂いだしている……。

この研究に異議を唱えるつもりはないが、疑問が湧かないだろうか。
林業が伐採するのは基本的に人工林。人工林の伐採跡地だって草はよく生えて、昆虫や鳥類を増やしているかもしれないが、少し植生のズレを感じる。それとも天然林の伐採をもっと勧めるべきか。

そして、もう一つ。日本全国に林業地が広がったのは、戦後ではないか。それ以前の伐採は、林業というより薪の採取や焼き畑だった可能性が高い。こちらは雑木林だ。里山と言ってもよい。つまり、鳥類の生息域の減少は、里山崩壊が原因だ。林業に要因を求めるのは、ちょっと無理がある。

それも含めて人為が生物多様性を作ってきたというのなら結構なのだが、では人為のない時代の自然は、元から鳥獣はさして多くなかったことになる。
つまり、人が森林を伐採して生物多様性を増やし、自然を豊かにしたのであり、それは一種のバブルだ。現在はバブルが崩壊して、多様性が落ち着きだした時期に当たる……。だから、あまり悲観的にならなくてもいいのではないか。

こんな理屈をこねたら、世間はどういうだろうなあ(笑)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009/03/29

フラメンコ

昨日は、神戸巡り。

近鉄奈良線と阪神電車がつながって、相互乗り入れし始めた。

奈良と神戸が乗り継ぎなしで結ばれたのだ。で、奈良人は大挙して神戸に行くが、神戸人は大阪難波で降り、奈良まで来ない……という現象が(笑)。そのうち奈良の人口は神戸に吸い取られて減るんじゃないか。

私も久しぶりの神戸を歩いた。友人のやっている日本最古のスペイン料理店でフラメンコダンスを見る。写真はリハーサル中だが、色っぽいよ(^^;)。008

                                                        

                                                      

そして夜も、飲み会に参加。

各所で『森を歩く 森林セラピーへのいざない』を宣伝しつつ、本を売った。行商である。

自己紹介の時間でも、本を紹介して「森を歩きすぎて、疲れたからタイ式マッサージに行く」話をしたら、すかさず「森で癒されていないじゃないか!」と突っ込んでくれて、美味しい。

でも、ラジオ局のパーソナリティが興味を示すなど、広告活動としては一定の成果を上げたかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/03/28

図書館に「林業新知識」

昨日、ちょっと地元の図書館に寄ったのだが、用事を済ませてロビーに出ると、そこに書棚があるのに気づいた。

ふと覗くと、なんと「林業新知識」があるではないか。

数少ない林業雑誌の一つで、全国林業改良普及協会(全林協)の発行だ。私は、ここの「現代林業」は取っているが、こちらは講読していない。たまに読む必要に迫られるのだが、一般書店にはなく、図書館だって滅多に置いていない。以前レファランスで検索したら、石川県の図書館にあります、という返事でがっくりきた。(現在は、奈良県立図書情報館にある。)

ところが灯台もと暗しで、地元の図書館にあるとは。

聞いてみると、寄贈雑誌だという。だからバックナンバーは保管してなくて、次号が届くと捨てているという……。思わず、「ください」と言ってしまった(笑)。それで切り替え時の4月1日にもらえることになった。

何も毎号ほしいというより、必要なときにバックナンバーを閲覧できる方が助かるのだが、贅沢は言うまい。
ちなみに、ほかにも多くの寄贈雑誌があった。行政関係の広報誌が多いものの、宗教?とか何らかの業界?関係誌もある。これって、図書館の表に出ない情報源だ。一般マスコミでは扱わない話題が頻出するので、面白いし仕事に使えることもある。

林業関係の情報は、非常に得づらい。全林協の雑誌以外では、論文誌とか林政ニュース誌がある程度だ。いずれも定期購読などしなくてはならない。最近はネットで探すことも増えているが、それだけでは得られない情報があるから、悩む。

最近は、メールで情報を寄せてくれる読者の方もおられて重宝している。これこそ一次情報なので、有り難い。

このブログを読まれている林業関係および森林関係の皆さん。知られざる情報を寄せてくださいね(笑)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009/03/11

漫画のセリフで「木を燃やすとCO2」

たまたま立ち読みしたマンガ誌「ビッグコミック・オリジナル」。

その中に「黄昏流星群」という、中年から初老の男女を主人公にしたシリーズがある。私も、これに当てはまるかな……と身につまされているのだが、

今回の登場人物は、訳ありの旅館の女将。「薪で焚く風呂」を売り物に客足を伸ばしたという設定だが、そこでつぶやく言葉がある。

うろ覚えだが、「地球温暖化防止のためにCO2を削減しなくしゃならないのに、CO2を吸収してくれる木を燃やすようなことはいつまでもやってはいけない……」

う~ん。あくまで物語の中の小さな言葉なのだから、めくじら立てることではないかもしれないが、こういう考え方は、今も根強いのかしらん、と考えてしまった。原作者も、そう考えているのか。それとも作中の人物のセリフとして、後に何か訂正させるエピソードが入るのか。
おそらく、このセリフは、女将の学歴の高さ・頭のよさを説明するつもりで挿入したのだと想像するが、ちょっと的外れ。

たしかに、木は生長時にCO2を吸収するだろう。木を燃やすと、それらが発散するだろう。しかし、カーボン・ニュートラルという考え方もある。何より、薪を使わず風呂を沸かすとなると、やはり重油、あるいはガスなど化石燃料系を使うことになるだろう。そちらだってCO2を出すし、しかも、再び固定されることはない。

それとも、てんぷら廃油を使います、とか言うのかな(^^ゞ。

とにかく、木はCO2を吸収する
      ↓ 
木を伐って燃やすのは、CO2の吸収源を失う

という発想は、結局のところ、

木材を使うものはみんなダメ 
      ↓ 
林業は自然破壊産業

につながるのではないか。憂慮すべきか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/02/22

グランドホステス

結局、本日帰宅した。昨夜は、深夜に出た羽田行き臨時便にもぐり込むことに成功、しかし東京から先へは進めず一泊、翌朝帰り。千歳空港で泊らずに済んだというべきか、せっかくの貴重な経験(^^;)をしなかったと悔やむべきか。
延長初日は、まだ札幌を楽しむ余裕があったけど、さすがに2日目は疲れたよ。

その中で感心したのは、新千歳空港のグランドホステスだった。つまり地上職ね。グランドスタッフの中の、主に接客の女性たち。

なにしろ何百便もの欠航が起き、空港内には数千人の乗りそこねた乗客があふれたのだ。彼らに直接対応するのは、地上勤務の彼女らである。

私だけでも2時間並んだが、全体なら4時間以上、いやもっと長時間、手続きするために巨大な列を作っている。それらを立って一人一人さばく彼女らの表情は、常に笑顔で、ときに困った顔をしたり、心配そうに話しかける。焦る客の話に耳を傾け、要望に対していくつかのアイデアを出し、素早く処理する。その間にも指はキーボードを叩いて、振替便を探したり、払い戻し手続きを行う。ときに通常時なら規則で無理なことも、臨機応変に対応する(私もその一人)。そしてまったく疲れを見せないよう振る舞う様子に驚いてしまう。
カウンター外では、情報を常に放送したり、客の誘導や困っている人への声掛けをする。女性の航空職と言えば、キャビン(フライト)アテンダントばかりが注目されるが、グランドホステスにも非常時はあるのだ。

平常勤務の際には、単なるチェックインカウンターのオネエサンなのだが、こういう非常事態にこそ、真価が問われる。しかも2日続きだ。2日並んだ私も辛かったが、彼女らも2日間拘束された人はいるはずだ。
もちろん、欠航時の対応マニュアルがあって訓練も受けているのだろう。しかし、一人当たり百人以上の対応に、まったく笑顔を崩さない姿勢にはプロ根性が伝わってきた。並びながら彼女らを眺めていて、凄味とともに、色気さえ感じたよ(笑)。

ちなみに、羽田でも、同じことを感じた。2日前のチケットを出した私に、すぐ千歳の状況を察して言葉を掛けてくれる。そして、ようやく乗り込んだ飛行機の座席は……ファーストクラスだった。(チケットは、安価な早割なんだけど 笑)

次は、フライトの非常時に彼女らがどのように対応するか経験してみたい……って、それは危険すぎるか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009/02/14

花粉症の効用

またもや花粉症の季節である。今年は例年より早く、しかも花粉量はかなり多いらしい。きっと、世間では「杉憎し」の声が高まるだろう。

それに合わせて私も、何か花粉症について触れようと思うが、あまりネタはないなあ(^^;)。

そこで、「花粉症の効用」について考えてみた。

花粉症は現代病として登場したが、この世の出来事には何事も原因と結果が結びついていて、それぞれに意味がある。その点からは、私は花粉症もシグナルだと思っている。

では、何のシグナルなのか。

一つは、人体の変化だ。花粉症はアレルギーだが、今や日本人の3人に1人が罹患するという。数年前までは4人に1人だったから、あきらかに増えている。花粉の量が年々増えているわけではないから、これは人体に何らかの変異が起きている兆候かもしれない。
なぜ、無害な花粉に過敏に反応する人が増えているのか、もっと研究が進んでほしい。おそらく免疫系の機能に何らかの変化がおきているはずだ。それは、日本人にとって重要なシグナルになる可能性がある。言い換えると、花粉症が人体研究を進めるという効用になるのではないか。

次に、当たり前のようだが、日本国土にスギが多いということを示している。つまり、花粉症が注目されることによって、一般の人も国土に生えている樹木について知ることができた。ついでに林業に関する知識を身につけた人もいるかもしれない。スギを恨む人は多そうだが、いくらかは戦後の日本の林業の状況に理解を得た人が出てきただろう。

もう少し突っ込むと、戦前、そして戦後すぐの日本の山は、禿山だらけだった。それがスギやヒノキを植林することで緑豊かな森林が復活した。花粉症はその代償と見ることもできる。くしゃみしながら、日本の緑に思いを馳せてほしい。

もし、将来スギ花粉症が減ったら、スギ林の伐採が進んだことを意味して、またもや禿山の増加を示す指標になるかもしれない。そして水害や土砂崩れの心配が起きる。花粉症は、災害の危険を示すシグナルである。

そして、今や花粉症産業が誕生している。その経済効果はいかほどか知らないが、マスクなと花粉症グッズが売れ、花粉症対策の医療費が使われ、花粉症逃れの旅が増え……結構な金が動いている。いきなり花粉症がなくなると、それらの業界は仕事が失われる。

う~ん、これ以上書くと、花粉症患者の反発買うだろうな(^^;)。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009/02/09

道路拡幅の人間模様

現在、我が家のすぐ近くで、道路拡幅工事が行われている。

ここは、急坂でカーブがあり、そして幅は車が通れるかどうか、という幅しかない。歩行者がいるところに車が通ると、壁に張りつくことになる。そこで拡幅は、地域の悲願? だったのだが、昨年よりようやく動きだした。

昨年は、一部に車のすれ違える空間を作ったのだが、今年度は一部の家が敷地を提供して30メートルあまりの拡幅を行っている。来年度は、さらに別区域の拡幅が進むはずだ。

私のところは駐車場の一部が削られて狭くなる程度の影響がある。どうせ借家借地なので私がどうこういうことではないが、この工事を通じていろいろな人間模様が見られた。

まず通行に関しては、たしかに狭かったのだが、景観的にはカーブした坂の小路は絵になる。その点を惜しむ声がある。一方で、面した家々の中には、道が広がるのはよくても自分の土地を供出するのはいやだという人もいる。わずか70㎝でも削られるのはイヤなのだろう。また、町内の人間関係も響いていて、推進派と仲が悪い人は反対する……なんてことになる。

また自然石の塀が飛び出しているので引っ込めるように交渉したところ、親はOKを出したのだが、地域社会と交わらない息子が断固拒否、なんて家庭もある。

一方で、別区画での拡幅の際に、石垣を取り壊して拡幅を願い出たところ、拒否されたので自治会がその顛末? を広報に流していざこざになった事件もあった。

私も自治会役員をしたことがあるから、それなりに双方の事情は読めるのだが、結構ドロドロしている(^^;)。案外、田舎社会では、こんな賛否は出ないかもしれない。内心はともかく、地域の公的意識が強いからである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009/01/27

森と脳

森が人の精神に与える影響を探っている時に、以下のような言葉を見つけた。

「脳をコンピュータにたとえるよりは、長い年月を経て成熟を迎えた、鬱蒼とした大きな森と比較した方が良い」

脳科学者として知られている茂木健一郎の発言である。

なるほど、脳の働きは、森林と似ている……正確には森林生態系に似ているのかもしれない。数多くの生物は個別の機能を持ちつつお互い干渉し合い、全体として森林生態系を作っている。脳も、各脳細胞の働きをニューロンで結びつつ全体の統一を保っている。

外界からの刺激(五感)に反応して、何か行動する。それによって脳もまた進化する。

ならば、逆もまた真なり。森林と、よくニューロンを伸ばした脳と比較したら、森林の働きがわかりやすいのではないだろうか。

森林には、脳の旧皮質と新皮質のように、本能を保っている面と、外界からの刺激に対応して変化する部分がある。
外界からの刺激は、少しずつ森を変身させ、進化させる。たとえば温暖化に合わせて構成樹種を入れ換えて、森の質を変えていく。それでいて、昔からの動物や昆虫も滅びないように居場所を残す。一方で新たな生物を受け入れる。その繰り返しで、生物多様性は増していくだろう。

ただ、刺激が強すぎれば、森は破壊される。草原になるかもしれない。沙漠にだってなる。森として残っても、生息する動植物がガラリと代わる可能性もある。
脳も、刺激が強すぎてストレス溜めて鬱になったり、トラウマ抱える場合もあるだろう。

そんなときに森の中を歩いて、森というもう一つの脳にシンパシーを感じると癒されるのではないか……。

「森の癒し」とは何か、と考えていると、……頭が痛くなるなあ。

ちょっと体調不良。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/01/20

投稿「若者よ故郷に」から考える

失業者を安易に農業へ送り込もうとするな、と先日記したが、今朝の朝日新聞投稿欄には、「若者よ故郷に帰れ」という意見が載っていた。

筆者は青森県の限界集落在住のようである。本人もかつて農業では食えず、黒四ダムで働いた経験があるそうだが、現在はトウモロコシの地域ブランドを立ち上げて成功したらしい。そして故郷を出て都会で失業して苦しむのなら、故郷の農村へ帰れ。父、母が待っている、米と野菜を作れば食うに困らず、四季の自然が心を癒すだろう……的な呼びかけだ。

自ら真正面より農業に取り組み、限界集落に住む人からの声は胸を打つ。

思わず陶淵明の漢詩歸去來兮を思い出した。あわてて高校時代の詩文集をひもとく。

帰りなんいざ 田園将に蕪せんとす胡ぞ帰らざる,
既に自ら心を以って形の役と為す,
奚ぞ惆悵として獨り悲しむ,
已往の諌むべかざるを悟り,
來者の追う可きを知る。
実に塗に迷う其れ未だ遠からず
今は是にして昨は非なるを覺える

……

自分で訳すのが面倒なので、検索する。
http://tao.hix05.com/102kaerinan.html

(現代訳)
さあ帰ろう、田園が荒れようとしている、
いままで生活にために心を犠牲にしてきたが、
もうくよくよと悲しんでいる場合ではない、
今までは間違っていたのだ、
これからは自分のために未来を生きよう、
道に迷ってもそう遠くは離れていない……

この詩には二段、三段目があって、故郷に帰り和み、田園に暮らす喜びを謳い上げていた。そして四段目では人生の無常観を表している。

なんだか、じ~んと来た(笑)。

農村が故郷で、限界集落といえど帰るところがある人、そして農地も多少は残り、また父母がいて農業を教えてもらえる可能性がある人は、たしかに都会で失業してホームレスになるくらいなら、故郷に帰り農業に取り組むという選択肢は捨てず、様々な事情を乗り越えて選ぶ価値はある。

ただ、そもそも農業では食えないから故郷を捨てたという点は拭えない。限界集落は、陶淵明の詩のように温かく迎えてくれるだろうか? 
先日の取材を受けたときも説明し、先方が驚いたような声を上げたのだが、農業は雇用ではない。基本的に自営業だ。始めるにも資金がいるし、失敗したら自分で責任をとらねばならない。だから農業に就くということは、起業である。ベンチャービジネスに挑むのと同じである。その点では、派遣労働より厳しい。

出稼ぎを経験しながらも歯を食いしばって農業で成功して見せた投稿者のように、現代の失業者は農業がてきるか。少なくても、その気概を持たねば勤まらないだろう。

さて、考えてみれば私も自営業である。歯を食いしばって、残りの原稿書かねば(笑)。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009/01/18

「失業者を農業へ」を望む人々

1月9日の本ブログに、「不況になったら農林業へ」と題して記した。

ようするに派遣切りなどで世の中にあふれ始めた失業者を、もっとも人手不足な農業や林業の現場へ送り込め、という意見が増えてきた、という内容である。
その後も、こうした声は強まり、最近は「農業で募集しても人は集まらない。これは失業しているのに仕事をえり好みしているからだ」と批判する意見まで出てきた。さらにエスカレートして、派遣で切られた人の自業自得論まで飛び出している。

実は、私も「新規就農」に関する取材を申し込まれた。私に取材して記事を書け、というのかと思ったら、私を取材してコメントを取ろうというわけ。ま、私に意見を聞かれても辛口にしかならないのだが、ここで素人が農業を始めることの厳しさを論じても仕方がない。

むしろ、なぜ「失業者を農業へ」という発想が生れるのかに注目したい。

どうも、多くの記事の構成は、「都会には仕事がない」「製造業は人員が余っている」だから大量に首を切られてさまよう人が出るのだが、一方で「農林業は慢性的人手不足」で、しかも中国製食品などへの不安から「国産食材の需要が増している」「でも、国産食材は足りずに困っている」「作れば求める人は多くいるはず」「そうすれは食糧自給率も上がる」と考えているようだ。

言い換えると、欲しい国産食品を、失業者に作らせようという発想なのだ。

自分が作ろう、とは思わないんだな。作れば売れると思うのなら、これは起業のチャンスと転職を考えてもよいはずだが、自分は農業するの無理だ(やりたくない)から、失業者にやらせれば? と思い付いたのではないか。

そして、失業者がそれに興味を示さないと、「贅沢だ」「仕事ないのにえり好みしやがって」と罵っている図式に見える。

失業者にだって、職業選択の自由はあるし、得手不得手もある。だいたい、農業は雇用ではなく自営業だし、仕方なしに農業に参入させても、絶対に成功しないだろう。
また国が至れり尽くせりの補助をして農業を教え込み雇用の場を作っても、絶対赤字になるから、その分財政負担が増えるだけ。そして補助金を打ち切った途端に農業参入者は食えなくなり、今度は農村でホームレスになるかもしれない。これを世間は、派遣切りではなく、農民切りとでも呼ぶのだろうか。そして派遣村ならぬ、農民村を立ち上げる。……って、最初から農村やん、と突っ込めるか。

もし、自分が失業したら、農業をやるか? この根本的な問いにイエスと言わない人が、「失業者を農業へ」などと口走るべきではない。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009/01/04

謹賀新年、だけど……

2009年になった。

謹賀新年、とめでたくスタート切りたいところだけど、どうもいかん。

元旦の朝に新しいシャツを出して着ようとするとサイズ間違いで買っていたり、夜には室内の電球が次々と切れたり、娘が忘れて風呂を沸かしたので1日の垢をさっそく落としたり……。年末大掃除にするようなことを新年にやっている。
また急にテレビの映りが悪くなった。暗くて色が出にくくなる。ほとんど見えないシーンもある。寿命だったら買い換える必要があるだろう。当然、地上波デジタルに液晶テレビ……という選択が浮かぶが、これまでビデオ内蔵型だったので、一緒にビデオやDVDレコーダーも買う必要もありそうで、するとブルーレイやらHDD内蔵なんて機種も頭の中に並ぶが、セットにすると馬鹿高くなるじゃないか、なんてことを考えていると、今日はパソコンのプリンターが壊れてしまった(>_<)。あわてて修理に出したが2~3週間かかるというから、もう年賀状の刷り増しはできない。いや、仕事先に送る書類もあるから今すぐ必要なのだが。どうしよう。

そもそも年末よりインターネットがつながりにくくなっていてメールもネット検索も止まってしまい、仕事をするのにイライラする。これはサーバーの問題か。おかげでブログの更新等もしにくい。

こんな調子だから、どうしても幸先よい出だしとは言い難いのである。世間の荒波に比べたらたいしたことない、と慰めたいところだが、しょっぱなから凹む。一年の計は元旦にあったら、もー大変だよ。

少しは景気のよいことも書こう。

今年は最低でも2冊本を出す予定である。

まず3月。テーマは、昨年さんざん森歩きをしてきた成果としての「森林療法」である。写真たっぷりで紀行文も含む、私にとっては珍しい形態の本とある予定。
森林セラピーはちょっと胡散臭い、とこのブログで書きつらねてきたのに、本を出してよいのか(笑)と思わぬでもない。
そして、もう一冊は夏ごろには出したいと思っているのだが、こちらはゴルフ場がテーマ。これまたゴルフをしない私が書いていいのか(笑)と自分で突っ込みたい。

いずれも林業とは関係のない内容という点が、私の著作としては珍しいかもしれない。
一方で、ガチガチ林業に関したテーマや、大上段に田舎論、地域づくり論に切り込む構想もあるのだが、それはまだ発表する段階ではないだろう。

ともあれ、なんだかんだと愚痴を言いつつもコツコツ仕上げていきたい。今後、大乱世が来るかもしれないが、こういうとき生き残るには、自らの筋を曲げない、忘れないことだと思う。

ちなみに初詣の御神籤は、「吉」であった(^o^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/30

回顧する1年

久しぶりにコナラの木を伐りに、山へ父と行く。

シイタケの原木にするためだ。今回は道端の木を選ぶ。なるべく細いものを、と思ったが、みんな太くなっているから根回りで60センチくらいあるだろう。ただ枝分かれしているから、上の方はわりと細身の幹を収穫する。車の後部座席が原木で一杯になった。

これだけで、結構汗をかいた。

原木に菌のコマを打ってシイタケを栽培するのは父の仕事なのだが、原木調達は私の仕事。今年は珍しく、一緒にやった。老いた父はよく転んだが(^^;)、無事にコナラの原木を持ち帰った。
なんだか、年末の風物詩(笑)か、毎年繰り返している気がする。

そこで世の習いではないが、1年を回顧してみたい。

いろいろあった。

仕事の面で言えば、新たな仕事もたくさんできたし、切れたかと思っていた仕事が復活した。そして懐かしい仲間がゾクゾクと再登場した。自分の関心のあるテーマに取り組めることが多く、非常に充実していたと思う。何より、フィールドに多く出ることができた。

今年は出版しなかったが、来年への種子はたくさん播いた……というより育てたから、いよいよ収穫したいと思っている。

ところが、秋から釣瓶落としのような景気失速と派遣切り、リストラの嵐の世相を間近に感じて、過去から怨霊が甦ってきた気持ちになった(x_x)。頭の片隅で、そのうちアメリカのバブルが弾けるだろうことは予想していたが、こうも早く日本まで飲み込まれるとは……。そして十年、いや何十年前と同じ状況が繰り返されるとは。

思えば、初夏に訪れた沖縄で、私は南洋の光を浴びながら、20代の悪夢をフラッシュバックさせた瞬間がある。
失業、サービス残業、給料遅配、無ボーナス、無年金、派遣。そして首切り。会社に寝泊まりする、ワーキングプアの世界をどっぷり演じていた時代。私は、自分が体験するだけではない、横目で見たり行使する側にも回った。

間近にそんな世界に浸っていると、大会社や公務員など、安定した職に就いている人(就きたがる人)に対する憎悪が生れる。もっとも当時は若くて、これも修業みたいな気持ちがあった。底辺這いずる快感? だってあったのだが。

それでも現在の社会状況を真正面から考えると、血が沸騰する思いにかられる。当時の私と同じ思い、いや何十倍も厳しい思いを抱いている人が街に満ちているのではないか。

さて、フリーランスの私は、世間がどうであろうと自らの力で世の中渡り歩くしかない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/11/30

中野美術館

日曜日の昼下がり。仕事場に閉じこもるのに嫌気が差して、ドライブ&散歩に出る。

自宅から散歩に出たら、歩くコースが決まりきってくるので、車で出てどこかポイントを決めてそこから周囲を歩くことにしたのである。

どこに行くか決めていないから、車でグルグル回った後に、ふと目についたのが中野美術館。日本画で有名な大和文華館は通りすぎたのに、こちらには惹かれるものがあり、車を止めて覗いてみる。所蔵の日本の洋画と日本画の展覧会を開いていた。

こちらは小ぶりながら、結構贅沢な造りの美術館であった。スリッパに履き替えて中に入る。広い池に面しており、そこから大和文華館が見えた。作品は、いずれも明治・大正・昭和初期の古いものが多い。大家の名前もあるが、展示の絵画や掛け軸は、残念ながら私の好みに合わなかった。だた気になるものがあった。

3

                                              

直径1,2mくらいはあるだろうか。展示室の椅子代わりに置かれている。

                                                 

                                               

4

展示室の一角に茶室もある。ところが、その茶室に使われている木がただ物ではない。柱も框も天井もすべてスギであるが、一点の節も見当たらないのだ。四方無地・三方無地ばかり。

あきらかに吉野杉。それも赤杉である。

この美術館は、中野皖司氏の寄付による収集品という。パンフレットを見ると林業家だとある。それで、ピンと来た。

なるほど、中野皖司とは吉野五大林家の一角を占める中野林業の当主だったか。今、吉野では中野林業の事業はほとんど聞くことはないが、数千haの山を持っていることに違いはないだろう。林業で成した財を美術につぎ込んだか。現代の林業家には望むべくもない。
林業は斜陽になっても、こうした文化財に金をつぎ込むと、形に残る。今となっては吉野の山より価値があるかもしれない。

美術館を出ると、隣接している緑地を歩いた。周りは住宅地だが、意外と静かな雑木林が残されていた。

さて、明日より旅に出る。それも北の端から南の端まで縦断するような宮崎大旅行(^o^)。これが今年最後の取材旅行になるだろうか。
実は風邪気味なのだが、気合を入れていこう。宮崎地鶏食べられるかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/11/29

葉の造形

Photo 家の前に飛んできた落葉。

桜の葉だが、この虫食いの穴に魅せられて、思わず拾ってしまった。ちょっぴり自然の造形を楽しめる。

                                                   

                                                

                                               

1 こちらの葉は、高野山で見かけたミズヒキの葉だ。すべてに黒い斑が入っているわけではないが、なぜか左右対称。そのため、お坊さんが、この葉で筆を拭いたからとさえ「フデフキソウ」という異名もある。

ちなみにフデフキソウは、ミズヒキだけでなく、同じような斑入りの葉を持つ草ならどれでもそう呼ぶ。

Photo_2

散歩に出て迷い込んだ路地の奥に、思いがけずカエデの巨木を発見。その赤は薄汚れた路地を華やかに彩っていた。

                                                 

そろそろ玄関先や庭の鉢植えを、寒風から守るため室内に移さないといけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/11/27

愚痴・焚火事件

さつまいもをもらったので、久しぶりに野外で焼き芋にすることを思い付いた。

そこで、生駒山の「森遊び研究所」に出かけ、焚火をする。うまく灰ができた頃を見計らって、アルミホイルに包んだ芋を放り込む。

よい加減だ。うっすら上がる煙と炎を楽しみつつ、焼き上がりを待っていた。

ところが、そこに男が乱入してきた。火を消せ! と怒鳴る。地元の町内会のものだという。山火事になるではないか、というのだ。

たしかに森の中だが、私も無防備に焚火をしているわけではない。周りはそこそこ伐り開いているし、バケツにいっぱいの水を用意している。何より地面に穴を掘り、さらに三方を石で壁(高さ30㎝~50㎝)にしたコンロを作っている。万全を期しているつもりだ。着火時は白い煙が上がったが、その後は炎の大きさにも気をつけていた。

しかし、ものすごい剣幕で怒鳴るので消すことにした。その前に芋を取り出そうとすると、「火の粉が上がった!」とまた怒鳴る。バケツの水をかけたら、「もう一杯かけろ」と無理をいう。あげくに尋問するような言いぐさなので黙りこんだら、警察を呼ぶ! と言って、本当に電話しやがった。

途中で警官と電話を代わったが、
「自分の土地で焚火をしても罪にはなりませんが、気をつけてくださいね。水を用意して、周りの落葉も払って……」

いや、そうしているんだって。

だが、その警官の言葉を伝えると、さらに相手は激昂するのは目に見えている。少し考えて、ひたすら謝ることにした。

山火事が怖いのはわかる。しかし他人の土地なのだから、その旨伝えて「焚火は遠慮してくれ」と頼むのが筋だろう。それなら、私も対処のしようがあるし、十分気をつけていることの説明もできる。いきなり怒鳴りつけて、すべて自分の言うことを聞かねばならないと許せんという態度をされては、たまらない。だいたい他人の土地へ断りなく入り込んで来たのだから不法侵入だ。

言い返す言葉はいっぱい浮かんだが、ぐっとこらえて止めた。

法的に問題なくても、地元の者に逆らったって、埒があかない。まさに田舎の論理が優先するのだ。私も田舎論の中で書いてきたことであり、どう論理的に抵抗しても地元と対立して言い分が通ることはない。突っぱねても、今後楽しく森遊びはできないだろう。

我が身を持って、田舎の論理に触れてしまった(>_<)。

林業関係者と山に入ると、森の中でも焚火するのはごく普通だ。水さえ用意しないので私も驚くほどだが、ちゃんと安全な焚火のやり方があるのだという。私もそれを習った。
しかし、そんな理屈や事情を説明しても無理だろうなあ。棚田などでは、よく地元の人が野焼きをしているが、ようするにヨソモノの焚火だから心配だ、というのではなかろうか。

あああ。これまで癒しの場だった森も、今後は(焚火抜きでも)イヤな気分を思い出すだけになる。それでは、癒しにならない。最近では焚火をするのは年に一、二回にすぎなかったのだけど、焚火ができないと思うだけで魅力半減だ。森の中にガスコンロ持ち込んで料理しても楽しくないよ。

生焼けの芋は、自宅でオーブンで焼き直したが、美味しくなかった……。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2008/11/09

奇跡のシュノーケリング

ここ数日、日本列島は寒気に覆われ、雪が降ったところもあるらしい……。

が、沖縄は猛暑(^o^)。もっとも大雨と快晴が交互に来る不思議な天候だった。
森に入ると、大雨で全身ぐっしょりになるかと思えば、ギラギラ日が照りつけてサウナ気分を味わった。その合間?に海に入る。なんと、この時間帯だけは晴れたのだ。

591t                                                 

まさに、奇跡のシュノーケリングとなった。 やはり沖縄は、森より海が似合っているぜ! 

そして、今日本土に帰ってくると、やはり寒いなあ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/10/27

雨の日の焚き火

昨日は、朝の6時から夜の8時まで取材で出かけていた。

で、移動の乗り物と取材で入った建物の中以外は、ずっと雨の野外。小雨だったけど、これは結構きつかった。
あるNPOの主催するイベントで、森で木を伐って、それを薪割りするという内容につきあっていたのだが、寒いし、濡れるし、座れないから疲れるし、たまたま足で折ろうと踏み込んだ木が跳ねて右足の間接を直撃、じんじんしびれるほど痛いし……。

その中で、私の慰めは焚き火だった(^o^)。

伐採風景は、私が立ち会っても邪魔だろうし、私にとっても見慣れている?ので退屈。そこで、昼飯用に焚き火をするというので、私はこちらにつきあった。

雨の中でも、焚き火は難しくない。もともと多少の乾いた薪と落葉を持参されていたので、すぐに火をおこした。地面に薪を引いて、その上に粗朶を乗せて一気に火力を付けると、その上に濡れた薪を積み上げて、乾かしながら燃やすのがコツである。

103

おかげで雨の中の焚き火で温まることができた。そしてダッチオーブンが持ち込まれて、焼き芋とみそ汁が作られた。ほっ。

                               

104_2

102_2

                                         

                                      

                                     

※画像の表示の仕方を以前と同じようにもどしました。画像をクリックしてください。

                                            

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/10/17

白い彼岸花

先日、高知に行った際に、白い彼岸花を見かけた。

思わず叫んだが、他人の運転する車だったので、止まってゆっくり観察することも撮影することもできなかった。

それでも、赤い彼岸花に混じって、かなりの量の白い花が咲いていた。形は彼岸花だったのは間違いない。

そうか、白い彼岸花もあるんだ。変種か亜種か……と思っていた。

ところが、たまたま資料の整理をしていたら、昔の新聞の切り抜きを見つけた。今から14年前の記事である。
それは、赤い彼岸花の中に白い花が増えている、というニュースだった。初めて見つかったは京都の盆地内。白や白い縁入り花弁の彼岸花だそうだ。その後、熊本、千葉でも見つかったという。

そこで新品種として学名も付けられた。和名は、ワラベノカンザシ、白縁はニシキヒガンバナとなったそうだ。

ところが、その白い彼岸花を栽培すると、翌年には半数が、翌々年には全部、普通の彼岸花になってしまった。染色体も通常の彼岸花と違わない。

そこで、白い花は、農薬か除草剤の影響か、ウイルス感染の変異だと考えられている。白い花も美しいと思っていたが、そう単純に新種発見とは喜べない。案外、環境要因による変異というのは多いかも。

う~ん。あの白い彼岸花、写真撮れていたら貴重だったかも……。

せっかくだから、正常な彼岸花の写真を。

2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/10/14

落書き

084

              

                              

写真は、山形県小国町のブナ林で見つけた落書き。この写真ではあまり読めないと思うが、年月日や自分の名前が書いてある。

これをケシカランと思う? 

しかし、これを落書きしたのは、地元の人、それもマタギだ。山とともに生き、クマ狩を続けてきた人々である。観光客の落書きとは違う。

「昔から、マタギは木にこうして書きつけるんだよ。そして何年かしてから、ああ、あの時はどうだったかなと思い出す」とは、現職のマタギの言葉。たしかにいくつもあった。20年も前の書込を見つけて感慨にふけることもあるとか。

最近、白神山地のブナに鉈で傷つけた跡が見つかった、とニュースになっていた。観光客か登山客の仕業とする見方で報道されていたかと思う。でも、あの報道した人が、こうした落書きを観たらなんというかな。記事にできたかな。

落書きがよいとは言わないが、別にたいして害のない行為でもある。いや、傷ついた木を見て観光客が嫌がったらブナのブランドイメージが傷つくかもしれないが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/10/13

引っ越しの日

10月13日は何の日か知っているだろうか。

「体育の日」だけではない、「引っ越しの日」だそうである。なぜなら、140年前のこの日に、明治天皇が京都御所から現在の皇居(当時の江戸城)に引っ越したから。俗に言う遷都だが、実はちゃんとした手続きを踏んでいないから、とくに京都の人間は「単なる引っ越し」という(笑)。
ともあれ当時の公家さんは、関東に足を踏み入れて何を感じただろうか。

先日、山形から新潟を抜け、群馬を抜け、埼玉近辺から関東平野に入ったと感じたが、山また山の風景が、だだっぴろい関東平野に変わった時は何となく「ここまで来たか」という感慨があった。いや、5時間を越える長旅に疲れていたんだけどね。それにしても、関東平野は、日本列島で最大の平野であり、十分な広がりのある唯一の沖積平野である。本当の意味での地平線が見える可能性があるのは、日本でここだけだ。

関東平野に生まれ住んだ人以外は、東京に入ってしばらくは気になることがあるという。「山が見えない」ことだ。それが精神的にまいると言う人は意外と多い。私も、長く滞在すると、そんな気分になったことがある。

どんな都会にいても、日本の他の地域なら、少し高いビルの窓から見渡せば、たいてい山が見える。しかし関東平野に入ると、視界に山はほとんど入らない。天気がよければ富士山辺りが見えるそうだが、それもあまり期待できない。何気なく普段目に入っている地形がないと、落ち着かなくなるものだ。これが精神に及ぼす影響は、案外大きいと思う。

明治天皇も、しばらくは神経衰弱になったのではないか(^^;)。

ちなみに、私は関東平野から一気に奥多摩に入ったから、その山の険しさに驚いた。ほとんど紀伊半島並。東京も広い。

ところで明治神宮を訪れた後に、私は日比谷公園を訪れようかと考えていた。なぜなら日本初の洋風公園である日比谷公園は、本多静六の設計だからだ。

奥多摩を東京の水源として森林整備を進めたのも本多静六なら、明治神宮の造営設計を担当したのも本多静六。本多つながりのつもりだった。
しかし、当日、日比谷公園では鉄道イベントが開かれる吊り広告をJRの車両で目にした。ごった返している中、ザック背負った大人が一人歩いていたら、鉄道オタクと思われそうで止めた……。

なお10月14日は、鉄道記念日。1872年10月14日に新橋駅と横浜駅を結んだ日本初の鉄道が開業したからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/09/27

森の赤

霧の森を歩いてたどり着いたのは……

25_2                                                 

ヒメシャラ林だった。

                                              

その明るい赤茶の幹は、白い霧に包まれた緑の森の中で人一倍映える。それも小道沿いに林立しているのだ。思わず、おおお! と声を上げたくなった。

ヒメシャラは、ヒメが名につく通り、シャラ(沙羅、サルスベリ、ナツツバキ)よりも小さな木とされているが、ここではかなりの大木が見られた。しかも全体で300本は越えているだろう。これだけのヒメシャラの群落はなかなか見られない。

森の中の赤色は、ひきたつ。輝いて見える。これを見られただけで満足。お仕事、おしまい! j思った(笑)。

ちなみに今日は、生駒山に取材。そこには彼岸花が咲き誇る。こちらも「森の赤」である。

005_3

                                            

ヒツジの白に似合う?

                                                     

※ ココログの写真が、うまく大きさを調節してアップできなくなっている。それも、かなり小さめ。以前は、かなり大きくアップできたのに。故障らしいが、早く直してくれ!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/09/26

雲の中の美林

四国カルストの標高1300m地帯に宿泊。
ところが朝から土砂降り。せっかく、5時起きして早朝の森林散策に出ようと思ったのに……。

その後も雷まで鳴る有り様で、外へ出られないかと思っていたが、9時を過ぎて、ほとんど小雨になる。だが、見事なまでに外は真っ白だった。霧に包まれたのである。

1 この写真は、まだ少し霧が晴れた頃かな。視界は20mとなかっただろう。

                                               

それでも森に入ると、なんとも幽玄な世界が広がっていた。霧の中の散策とは、実に素敵だ。これって、瓢箪から駒?、じゃないけど、雨が降ったからこそ見られた景色かも。

7                                                   

不気味で、それでいて引き付ける素敵な森の世界であった。

そして、その奥にあったのは、私がもっとも美しい森の木と思える……の群落なのである。さて,その木は何でしょう。解答は明日(^o^)。

ちなみに、この霧は、山の上だけだった。単なる霧ではなく、雲の中だったのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/08/28

「水源地の村からの提言」

昨日は、奈良県川上村主催のシンポジウム「水源地の村からの提言」に招かれて、講演と森林放談を行った。

私は20年前に初めて川上村を訪れている。この村は吉野林業の中心地であるが、その時の訪問理由はホテルオープンだった。思えば、林業から観光へと舵を取った時期だったのだろう。

ただ私には、これが直に林業と触れるきっかけとなった(大学の林学科なんて、机上の学問だからね……)わけで、私が森林ジャーナリストを名乗って仕事をする原点がこの村にある。その後、私は川上村に通い続け、林業を実地に体験しつつ学び、山村の暮らしに触れた。さらにダムの建設の進展を観察し、洞窟を探して潜り、村へIターンで移住した人を何人も取材したりする。そして土倉翁に迫ることにもなる。

「放談」では、その頃の思い出を語った。壇上から当時の懐かしい顔も見えた。
もっとも、その後話が吉野の林業の現状になるや思わず「やる気がない!」と罵倒し、さらには「ソフトのない箱ものは、一度見たら飽きる」と口走った(^^;)。

ただ、今回のシンポの運営の主力となっていたのは、村の施設に「就職」した村外から来た人々ではないかと感じた。さらに会場周りの案内や設営など準備に汗を流していたのも、ボランティアで来ている村外のNPOの人々である。
箱もの観光施設にソフトを生み出し付けているのも彼らだし、そのソフトによって村のファンとなり村の応援団を引き受けている人々も村外者である。

「村からの提言」も、私が口走ったのがその一つなら、村外からの意見ということになる。こうした村外者のパワーをどこまで活かせるか。

あと、一歩、である。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008/08/12

森林環境教育

今日は、月末に奈良で行う講演の準備をしていた。

テーマは、森林環境教育なのだけど。

意外と、この手のテーマは難しい。林業とか割り箸とか田舎暮らしとか地域づくりとか……ある程度決まったものは、事例もたくさんあるし、結論(持論)も固まっている。
ところが環境教育となると、結構しぶい。実態があるようでない。実例も、ケースバイケースすぎる。相手に環境、とくに森林について興味を持ってもらう、知識を伝える、という作業は一筋縄ではいかない。

やっぱり森林インストラクターは必要だ(笑)。

実は、私は奈良県の森林環境教育指導員の資格を持っている。研修では、題材の探し方や見せ方、指導の仕方も習っている。別に目立った自然がなくても、コンクリートばかりのところでも環境教育はできることを学んだ。
では、私にも環境教育を施せるかというと、まったく自信はないのだが……。

ただ、この研修中に、おそるべき報告書を目にした。

某中学校は、木材の町にあるので、比較的生徒も林業に対して理解がある。だからアンケートによると「人間が木材を得るために木を伐ることは必要だ」といった意見が多く出ている。
ところが、その中学校で環境教育の授業をやってから、再びアンケートを取ると、「人間の都合で森林を破壊してはいけない」的な意見が多数派になっていたのだ。

これって、環境教育の成果か? もしかしたら報告書のデータは、誤って教育前、教育後を入れ代えて掲載してしまったのではないか、と疑ったほどだ。

あるいは環境教育を担当した指導者の個人的意見が強く反映したのかもしれない。責任は重大である。

環境教育は、受講生を洗脳することにあるのではない。環境に、森林に、興味を持ってもらって、自分で考えるきっかけを作ることだ。
しかし、「木は生きているんだよ」なんて、きれいごとの知識と感覚だけを教えることで、結果的に林業を否定する意見を生み出すかもしれない。本当の環境教育とは、世の中の経済・社会の仕組みについても考えさせる、そして人間が生きていくことに必要なことを教えるべきではないか。

今は亡き(笑)、義務教育に設けられた「総合教育」科目のテーマ、「生きる力」を身につけることこそ、環境教育ではなかろうか……。

こんなことを考えているうちに、講演の内容が煮詰まってきた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/07/24

明治神宮の森の未来

明治神宮の森について少し調べている。

ご存じの方も多いだろうが、明治神宮は明治天皇を忍んで建設されたが、その森づくりの指揮を取ったのが、本多静六林学博士。当時、ススキ原やアカマツ林だった代々木の土地にどんな森を作るか考えて、目標としたのが、仁徳天皇陵だったという。

天皇陵の墳墓は、人が入れないから原生状態となっている。それを再現しようと考えたのだ。彼は、100年かけて極相の森になるように設計して、当初はマツ林と落葉樹林、次にスギやヒノキの針葉樹林、そして最後に常緑広葉樹、つまり照葉樹林の森になるように植栽した。

着工が1915年(竣工は1921年)だから、もうすぐ100年になろうとしている。そして、見事に照葉樹の森が明治神宮を覆っている。植生遷移を計算した見事な森づくりだった。

その目的は、やはり自律的に生育するから維持管理費がいらないことだそうだ。そして土地か照葉樹林に向いていると判断したのである。

ところで、現在の生態学では、極相という考え方が否定されつつある
極相とされる植生も、それで安定するのではなく、再び破壊されることで、遷移のサイクルを回すと考えられているのだ。自然界では、森林火災や洪水、山崩れ、気候変動、病害虫、そして局所的には寿命の来た大木の倒壊も含む。数百年単位なら、十分起こることだとされる。

では、明治神宮の森は、100年以降、どんな方向に向かうのだろうか。雷でも落ちて焼けるか、致命的な樹木の病気が蔓延するか。それとも温暖化の影響で亜熱帯植物が繁茂するのだろうか。
そして、その時に人間は、手を出すのだろうか。火事が起きたら消すだろうし、何らかの理由で木々が枯れたら捕植するかもしれない。でも、それでは本多博士の狙いとは違うような気がする。

ところで、明治天皇に森があるなら、昭和天皇も崩御後に記念公園が作られたはず……と思い出して調べると、「国営昭和記念公園」が東京立川にあった。が、ホームページによると、完全なファミリー公園のよう。バーベキューハウスまである……。ここに荘厳な森を望むべきもないが、神社林ではないのだから仕方ないか。
でも、維持管理に手間がかかるだろうし、どんな森を作ろうと考えたのか、哲学がないよな。100年後のことを考える気にもならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/07/20

緑の小径

Photo                                                  

写真は、海上の森の中の小径。

                                               

この道を歩くと、木漏れ日のシャワーを浴びます。

やがて視界が開け、白い光に包まれます。
目の焦点がようやく合うと、そこには緩やかな棚田と畑、そして農家が映るでしょう。
あるいは池が目に入るかもしれません。水面には立ち枯れた木が林立しています。

鳥の鳴き声が聞こえます。風を感じます。土の臭いがしました。

……と、五感が働くと、気分が変わる。これが、森林療法の効果の元かもしれない。まっ、実際は暑かったんだけどね(^^;)。

と、そんなことを考えたのは、ダーウィン展に、よく似た展示があったからだ。
ダーウィンが研究にいそしんだロンドン郊外のダウン。ここに後世ダウンハウスと呼ばれるダーウィンの屋敷があるが、その屋敷内には散策路が作られていた。距離は約500mだという。繰り返すが、屋敷内である。それはサンドウォークと名付けられている。
ダーウィンは、この小径を散歩するのが日課だった。ここを歩きながら研究の段取りを考えたり、論考を深めたとされる。

ダーウィン展には、この小径を1・5mごとに写真に撮って、それを大きな液晶画面に数秒後とにスライドさせて映し出していた。それを眺めていると、あたかも自分がその小径を散歩しているかのように景色を味わうことができる。学芸員が実際に(自費で)訪れて撮ってきたのだそうだ。

ダーウィンは、知らず知らず森林療法を施していたのかもしれない。だから身体が弱いといいつつ齢80を越えるまで生きられたのか(笑)。

その翌夜、「隣のトトロ」がテレビで放映されていた。同じような緑の小径が随所に描かれていた。それどころか、トトロに会う重要な小道具でもある。アニメの中で緑の小径を歩く疑似体験ができる。これが「トトロ」がジブリの中でも最高の人気を持つ秘密かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/07/06

ワーキングプア時代

沖縄話は、軽いものばかり書いてきたので、たまには……

たしかに森遊び・川遊び・海遊びにいそしみ、そして街歩きも楽しんだ。ホタルにキノボリトカゲにヤンバルクイナ(嘘)など数多くの動植物に出会い、海にも潜ってサンゴに触れたし、幻の琉球紅茶も味わったし、市場では期待のオバァに出会えたし。毎晩酒を飲んで沖縄料理を口にした。朝の散歩も欠かさなかった。そうそう、米軍基地を間近に見る経験もした。異郷気分を満喫した、はずだった。
ところが、沖縄本島を縦断するように車で走る最中に、何かにつけて脳裏に甦り、記憶を反芻してしまったのは、かつて私が過ごした「ワーキングプア」時代である。

若い頃いくつかの会社を渡り歩いたが、概して楽しい時代ではなかった。
朝7時前に出社する日もよくあったし、帰るのは午前様がほぼ日常。土休もほとんど取ったことはない。週に1度は会社に泊まっていた。そのために社の自分のデスクの下には寝袋を備えていた。徹夜になって、会社で朝焼けを見た日もあったっけ。
もちろん残業代なんて言葉もなかった。有給休暇も名ばかり。身体を壊して入院し、1週間ほど休んでから出社すると、給料から休んだ分が引かれていた。
いや、給料そのものが遅配されることも多く、ボーナスはハナからなかった。年末に「餅代」1~2万円が配られる程度。もちろん定期昇給もなし。
一応株式会社の正社員ではあったが、保険さえ入っていなかった。そのことを社長に指摘すると、「入っていない会社、多いよ。国保に入ってよ」とシラッといいのけた。それでも、なんとか健康保険には入らせたが、厚生年金はどうなっていたのか今となっては忘れた。だから、今の年金問題なんて、鼻で笑ってしまう。何十年も前から末端では制度自体が機能していなかったのだ。

そうそう、私は部次長という肩書で、「名ばかり管理職」も経験している。何の手当ても権限もないまま、部下?やフリーの人々の管理をしていたわけだ。彼らの中には今で言う「派遣」もいた。他社に送り込んで、上前をはねるわけである。そのうち私まで派遣されそうになった。幸い逃げられたが……。

仕事先には、露骨な下請け扱いも受けた。大手には傲慢な態度を取る者が、必ずいる。会社の大きさが自分の実力と勘違いしている輩である。やつらは今でも許す気になれない。

今もワーキングプアのニュースに触れると、ときとして瞬間的に血が沸騰する思いにとらわれる。破壊衝動に襲われる。時を飛び越えて、当時の自分の鬱屈した感情にとらわれるからだろうか。それでも私は、親元から通っていた期間も長かったので住むところの心配はしなくて済んだ。やはり恵まれていたかもしれない。

なぜ、沖縄であの頃のことを思い出したのか。勤め先の会社の社長が南島出身者であったからか。あるいは、あの時代、心の中では南国の風景を見ていたからかもしれない。事実、会社を辞める度に出かけたのは南の国々だった。ほとんどバックパッカーとして異国に身を置いた。その旅が心の底に溜まった澱を溶かす役割をしていた。

あの時代を乗り越えられたのは、 若かっただけでなく、仕事がとにもかくにも望んでいた「書く仕事」だったからだろう。内容がきつくてもくだらなくても、修業と思って割り切れた。そして、いつか今の境遇から飛び立ち、自分なりの夢へと向かう気合を養えていたからだ。
仕事に飲まれず流されず、自分の立ち位置を見失わないこと。それが、心をすり減らしてしまうことを防いだのではなかろうか。

おかげで今の自分がいる。昔の友人と会うと、少し太って、目が優しくなったと言われる(^o^)。
それなのにフロントガラス越しに目に映る沖縄の景色がフラッシュバックを誘ったのか。その時は少しだけ、厳しい顔つきになっていたかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/07/03

沖縄の日差し

沖縄より帰って来ました。

やっぱり沖縄は、別の国だわ。この国で7月1日を迎えると、夏に入った! という気がした。日差しが半端でなくきつい。空の青みが深い。
街ゆく人も信号待ちで日陰を探して、横断歩道の前にあまり立たない。

ところで、那覇の街で見かけたビルディング。

010                                                  

                                               

これほど高層まで蔦が繁っているのはすごいが、これが断熱効果を出しているのだろう。わざと育てたのかもしれない。

実は、那覇市役所である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/06/22

お土産

今日は、天の橋立のある京都府宮津市に行ってきた。日本海望む景勝地である。

往復6時間以上車を走らせ、かなり疲れた。最後の方は、高速道路を居眠り運転していたんじゃないか(笑)。しかも雨だから、最低のコンディション。景色も何も見えない。

そこで、天の橋立温泉につかってきた。でも、それだけじゃあ……。

せめてお土産に海産物でも、と思ったが、なんと土産物店もほとんど閉まっている。仮にも日曜日だよ。雨降ったら、客は来ないと見込んでいるのか、あるいは最初から日曜休みと決まっているのか。

仕方なく、高速道路のサービスエリアを覗くが、イマイチ欲しくなるものがない。干物はあるが、冷凍物。触るとカチカチだった。それでは、近所のスーパーで買っても同じ。地元食堂で食べた昼飯の干物は抜群に美味かった。生だったからだろう。

代わりに買ったのは、ソフトクリーム(笑)。こうした冷たいものを食べて、眠気を覚ます魂胆だ。多少は効いたかな。

ところで、これは、先日生駒を吉野川上村から訪れた私の林業の師匠? からいただいたもの。

001                                                

ちまきである。もちろん、手づくり。

ちまきと言えば端午の節句だが、川上村は旧暦なので6月なのだ。

通常は笹の葉で巻くが、これはなんだろう、笹にしては大きすぎる。それをくくってある紐も、植物性の繊維だ。そのくくり方が不思議。結び目がどうなっているのか……。こんなところにもノウハウというか、伝承文化がある。

これを蒸すと、茎の部分から蒸気で出る。すると出来上がり。私は、ちょうど川上村で買ったユズ味噌をつけて食べた。

やっぱり、お土産とはこうしたものを指すのだよ(笑)。

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2008/06/13

吉野山の桜危機

昨日は、朝から深夜まで吉野にいた。

いくつかの用件があったのだが、中心は吉野山である。吉野山の桜に異変が起きているというだ。この問題に取り組む人と、その会合を取材した。何が異変かというと、いろいろあるのだが、なかでも

5                                               

わかるかなあ。

桜の幹にびっしりとついたもの。

これはウメノキゴケという。コケとあるが、苔ではなく、地衣類だ。

地衣類とは、菌類と藻類の共生体で、もっとも厳しい環境条件でも生育するから通常は岩の表面てどにも繁殖する。枯れた木にも付きやすい。樹木の幹にもつくことは珍しくはない。

しかし、吉野山の桜は異常だ。とにかく全身に広がっているのだ。今のところは、桜も大半が花を咲かせているが、やがて枯れることが多い。

なぜか調べると、樹木内にナラタケ菌が繁茂していた。このままだと桜は枯れる。

で、どれくらい侵されているかというと、なんと下千本はほとんどだという。中千本にも広がっている。上千本はまだ少しというが、代わりに

21                                              

この写真、何を意味しているか、わかる?

そう、真ん中のもっこりした鳥の巣のようなもの。

これはヤドリギである。

桜にヤドリギが繁茂しているのだ。ヤドリギは寄生植物であることは知られている。実は共生でもあるのだが、ともかくヤドリギがついたら樹勢が弱っている証拠にもなる。

このままだと、数年以内に吉野山の桜は壊滅する?

そんな危機を迎えているのだ。

明治初年に、吉野山の桜を伐って薪にして売る計画が進行していたが、土倉庄三郎が金を出して止めた話がある。今回の危機は、果たして救われるか。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008/06/10

遺品

先週末、叔父が亡くなった。

私にとってもっとも近しい叔父であり、幼少の頃から世話になり続けただけに、記憶が数多く残る。クリスチャンであり、ボーイスカウトの指導者も務めた親族では変わり種? の叔父だ。私が「探検」に興味を高めたのも、ボースカウト体験から来るだけに、影響は大きい。
ところで私は、仏教の教えに共感し、多神教としての神道にもシンパシーを持っているが、一方で聖書をそらんじ、讃美歌を口ずさむこともあるのは、この叔父の薫陶を受けたからと言えよう。

そのため3日間葬礼の儀に張りついた。叔父夫婦に子供がいなかったため、甥たちが代わりを務める意味もあった。みまかった翌日は実家で偲び、次の日は通夜、そして葬式(キリスト教式のため、前夜式、告別式と呼ぶ)と続いた。

よく田舎の葬式は、仕事を3日間休まなくてはならない、と言われる。それを例に田舎の人づきあいの大変さを示すこともあるが、何も田舎だから、と決めつける必要はない。大阪でもそうした状況は起こりえる。ようは関係者の思いをどのように表現するかという差なのだろう。なんでも田舎と都会の違いにするのは間違っている。
それでも手慣れた業者が入って仕切ってくれるし、キリスト教式の葬式ということで、一般に比べるとかなり楽だった。葬儀は礼拝であり、通夜のように夜なべの宴席もないからだ。何より意味のわからない念仏ではなく、説教は現代語で意味がわかる(^o^)。

納棺の際には、故人の遺品も柩に納める。ところが、ここで意外なことを知った。必ずしも何でも入れられるものではないのだ。たとえば電子手帳など金属製品はダメ。メガネも金属製のフレームはダメ。燃えないからだそうだ。

自らの遺体と一緒に愛用品を棺桶に入れてほしければ、生前から燃えるものを選んだ方が良さそうだ。できれば木製の品を愛用しましょう……と、ここで強引にブログの趣旨に結びつける(^^;)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/06/01

投稿に見る林業家の意識

少し前の新聞の投稿欄にあった声を紹介する。
投稿主は、70歳になる林業家……と言っても現在は無職だが、今も間伐をしているそうだ。

まず、森林と林業環境は未曽有の危機にあるとする。80~90年も手入れをしてきたヒノキ(太さ60~80㎝、長さ12m)が、1本5000円以下でしか売れないことが例に上げられる。そして国産木材が売れるような施策がほしいと訴えるものだ。

ただ、よく読むと、山から下ろすのはヘリコプターであり、「安い外材に押され」たことが原因としている。そして木材自給率は20%を割っている……。
そこで林業活性化のためには、外材の輸入を抑えて、住宅や家具に国産材をもっと使うよう国民の意識を改革する必要がある、そのためには国政の力に期待するしかない、とある。

このブログをお読みの方なら、いくつも問題点を指摘できるのではないかなあ。
まずヘリ集材のような高コスト伐出の問題性、外材は安くなく国産材の方が安いこと、自給率は昨年で22%、今年は23%になろうとしていること……。ついでに言えば、1本5000円なら高い方かもしれない。

そして外材輸入規制なんて、管理貿易であり自由主義経済に反しているだろう。国民のニーズにも合っていない。ましてや国民の意識を変えるのに国の力を借りようというのも「なんだかなあ~」という気持ちにさせる。

残念ながら、林業の現場の人は、意外と林業の最新情報を把握していない。そして他力本願になりがちである。自分で全部ナントカしろ、とまでは言わないが、自分のつくった商品なんだから、いかに高く売るか方策を自分で考えて、その手助けを国や自治体に求める(もちろん規制ではなく)程度には、努力は必要だと思うよ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/05/21

ブロッコリー

ブロッコリーは好きだろうか。どこを食べるだろうか。

ブロッコリーで一般に食べる緑のモコモコした部分は、花蕾である。まさに花が開く前のつぼみである。全体のごく一部でしかない。ブロッコリーは、その見かけに比して、体積的には軸部分が太くて、花蕾は少しである。
花蕾だけを食べるのは、いわばマグロの大トロだけを食べるようなものだろう。

私は、実は軸部分も好きだ。薄くスライスして炒めたり煮てもよい。今度発見したのだが、軸を糠漬けにすると、非常に美味い漬け物になることがわかった。いまや花蕾よりも好きになっている。
中国には、ブロッコリーの軸ばかりを集めた缶詰が売っていると聞いた。通は、軸を食べる(笑)。

ブロッコリーは花蕾を食べるもの、というのは思い込みではないか。

森から得られるものが木材というのも思い込みかもしれない。木材の中では太くてまっすぐな部分がよいというのも思い込み。森林が酸素を出すというのも思い込みなら、ゴルフ場が森林破壊というのも思い込みかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/18

ゴルフ場のCO2吸収力

たまたま某誌の編集長から質問された。

芝生は、意外とCO2の吸収力が強いと聞くが、それならゴルフ場もCO2吸収源となるのか、と。

たしかに、私も聞いたことがある。芝生というより、草本類は、基本的に生長量が大きい。樹木よりも1年間に育つ(有機物生産量=炭素固定量)は多いのである。

ただ、草は伸びても樹木より短時間に枯れるわけで、それが分解されたらまたCO2として空気中に放されることになる。だから、草を刈り取って、それを腐ったり燃やしたりせずに保管しておけばよいのではないか。……そんなことを答えた。

それが完璧に正解かどうかちょっと自信はないが、たしかに草本のバイオマスはバカにできない。保管しなくても、燃料として化石燃料の代わりに使うことで、カーボンニュートラルを利用した実質的なCO2輩出削減が可能かもしれない。

ただ芝や牧草を燃料にするには輸送コストとエネルギーとかも考えないといけない。
それなら刈り取りコストは折り込み済のゴルフ場で、刈った芝を燃料にしたバイオマスストーブとか、ボイラーを普及させられないだろうか。エコ・ゴルフ場として宣伝材料にもできるのではないか。

次のCOP13では、ゴルフ場もCO2吸収源に含める交渉をしてみたらどうだ?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/05/07

病と緑

身内が入院したので、終日、病院にいた。

比較的新しい病院で、内装も立派ならサービスもよい。看護師も若い(笑)。
その中で気に入ったのは、病室から生駒山が見えること。それもベッドから絶好の角度で新緑に覆われた山体が目に入る。(私がベッドに寝たわけじゃないけど)今日は青空だったから、とくに美しかった。

実は数年前、別の身内が駅前の病院に入院したことがあるが、その際は窓がほとんどなく、あっても外は別のビルの壁しか見えなかった。内装も薄汚れたノッペラボウの白壁。
これは精神衛生上よくなかった。花を添えたりポスター張って誤魔化していた。

こうした目に入る景色の影響は、病状にも影響があるのではないか。森林療法ではないが、病後の回復に影響するような気がする。こうした研究はしていないかな。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008/05/05

宮滝にて

昨日・今日と吉野に行ってきた。

そこで見たこと聞いたこと話したことはいっぱいあるけど、とりあえず写真は、宮滝。Photo

                                               

                                               

壬申の乱など古代史の舞台であり、万葉集に詠まれ、吉野離宮があった奇岩の並ぶ景勝地である。が、この連休中は、水遊びの若者に占拠されていた。

それは、まあ、いい。ただ不思議なのは、彼らは大音響で音楽を流していたこと。それも黒人ミュージックとでもいうのだろうか、よくわからないが、自然の中では絶対に似合わない音(笑)。

なぜ流す必要があるのかわからない。別にその音楽が嫌いとは言わないが、どう見ても、薄暗くて密室のクラブなどで聞いている方が似合うと思う。

もしかして、自然と向き合うのが怖くて、「都会的な」音楽で武装しているのか?

それで思い出した。随分昔になるが、ボルネオのイバン族のロングハウス(村一つが一つの家になっている高床式伝統的家屋)に泊り込んだ際のことだ。

夜は打楽器を持ち出して、イバンの伝統的ミュージックで踊りが披露された。結構盛り上がってきたのだが、なんの瞬間だったか、急に電子音に切り替わり、ディスコ・ミュージックが流れたのだ。そして若者たちがディスコ風に躍り狂った(笑)。

参加者である我々には大ウケであった。だが、ほどなく長老たちに怒られて止められた。

でも、若者らは外来の音楽に憧れていたんだよなあ。

宮滝で音楽流していた連中は、地元の人間ではない。都会からレジャーできたのだろう。早くも川に飛び込み泳いだりバーベキューしたりと大騒ぎだったが、彼らは新たな刺激に憧れたのではなく、都会の音の鎧を着ないと怖かったのだろう。まったくイバン族の若者とは反対だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/04/22

CO2削減は町内会の役員から

表題を見て、地球温暖化防止の運動も町内の小さな活動から……という意味と想像してはいけない。そんなくだらないことは書かない。

昨夜は、横浜から来た旧友と何年ぶりかに会った。そして飲み食いしながらいろいろな話をしたのだが、彼はかつての知床伐採反対運動の裏側を見てきた男。環境問題にも関心が強い。

一方、私は一昨日に地元町内の自治会総会に参加してきた。議長を務めたのだ。
そんなこんなの話の中から出た二人の結論は、「CO2削減は、町内会の役員を務めてから唱えろ!」である。

これは私の持論であるが、小さな自治会の役員や小学校など子供関係の組織の役職なども、政治であること。場末の政治場だ。自治会役員なんて、何の権限もない中、さまざまな意見と利害がぶつかる町内をまとめていかねばならない。あちらを立てればこちらが立たず、ときにクレーマーとぶつかり、ときに論客をなだめ、行政組織となれあい、それでも必要な目標に近づけていく。

実は、この作業が市議会、県議会、国会、そして国際社会にも広がっていく。どの場でも、それそれの言い分と利害をどうさばくか、一見みんなが納得するアンサーを見つけつつ、実は自分の利益もちゃっかりとる……そんな芸当を繰り広げる。

友人は、現在国際的な仕事をしていて、フィリピンや中国に通っているが、そこでも同じことが起きている。NPOやNGOだって、まったく同じ。日本のチャチなNGOは時に甘ったれた理想を掲げるが、海外のNGOなど、もろ国益で動く。

それらを捌くには、町内会の役員でもして、利害調整の手法を学んだ方がよい。理屈をこね、情に訴え、おどしすかし、頭を下げ、なんとかまとめていく町内会役員を立派にこなせたら、国際会議の場でも、活躍できる……かもよ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/04/19

見えない桜

雨上がり。気分転換に裏山を歩く。

ふと気づくと、足元は、桜の花びらがてんてんと雪のよう。

004

                                            

                                           

が、見上げてもサクラの木は目に入らない。もともと雑木林であり、結構繁っているから、上の木は見えにくいのだ。しかし花びらがあるんだからサクラが咲いていたのだろう。

しばらく行くと、道一面がサクラの花びらに覆われた。

005                                                

                                               

しかし、サクラの木は見えない。かなりの大木で、背も高いのだろう。

ようやく広い道に出た。

あった!

006                                               

                                              

結構、大木だ。この木が花びらをまき散らしていたのか。でも樹木の花よりも地面の花びらに見とれてしまう。

                                       

サクラというと、今や密植されたサクラの園が当たり前になっているが、本来のサクラは数ある樹木の一つとして、里山に点在しているものだろう。しかも山桜のように葉と一緒に咲く種である。つまり、ほかの木も若葉が繁りだしているから、花はあまり見えないのが普通ではないか。

サクラは人間の鑑賞のために花を咲かせるわけではない。
でもサクラの花からはハチミツが採れるから、ミツバチは確実にサクラを見つけ出してくれる。しかしミツバチの目は、色がわからないはず。言い換えると、ミツバチは、視覚ではなく匂い?でサクラを発見しているのだろう。そこでは匂い物質で森林を感知している世界があるのだ。

視覚で森を見ているのとは、違った世界が作られているのではないか。人間はその森林には気づいていないのかもしれない。

せめて、落ちた花びらから桜吹雪を想像する感性くらいは持ち合わせたい。

雨上がり 靴の裏みて花見かな

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008/04/06

さくら、さくら…

早朝6時半に車で家を出る。
向かうは吉野。道行く沿線には、桜が咲き誇る。同じ並びなのに、一方は満開、その隣に葉桜…しだれ桜も八重桜も見かける。

せっかくだから、音楽は森山直太朗の「さくら(独唱)」を聴く。
桜の木の下には死体が埋もれている…と言ったのは誰だったか。梶井基次郎だったか。運転しながら考える。そんな連想がはたらくほど、サクラの花は、人の心を湧き立てる力がある。

一斉に咲いて一斉に散るサクラの花を日本人の心と謳う人もいる。
和歌に歌われた「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う山桜の花」がそう示す。
そして神風特攻隊の名前に使われた。しかし、パッと散るのは、ソメイヨシノの特徴だ。明治になってからの品種である。山桜は、葉とともに花をつける。こちらの方が日本人の心ではなかったのか。

車を運転していると、次々連想がはたらく。パッと咲いてパッと散るのが人気だったら、スギもパッと花粉を散らしたのに人気が…出なくなった。今、遺伝子をいじって無花粉のスギを作ろうと研究されているが、いっそスギにもパッと咲く花をつけさせる研究をしたらどうだろう? 人気が出ないか?

吉野に近づく。いつもより車が多い。吉野山も下千本が花盛りだから、人波に埋もれているだろう。晴天の日曜日である。奈良はサクラの古木が多い。
土倉庄三郎が、このサクラを買い取った話がある。薪にされようとしているのを知って、サクラを守ったのだ。
今、その逸話の裏を取ろうとしているのだが、まったく出て来ない。本当なのだろうか? 

吉野に着いた。実は目的は、サクラではなくチェンソーアート場の当番である。

が、受け付けが終わると、仕事はサクラの苗を植えることだった。
なぜか大量のサクラの苗木が届いた。それをチェンソーアート場の周りに植えようという計画である。ただ掘り出すと、あまりに土質が悪いのでまいった。石だらけだ。かつて吉野の山でスギの造林を手伝ったことを思い出す。あそこも石だらけだった。その時習った吉野式造林法を試す。
20~30本植えたが、根付くかどうか心配。水もないので撒けない。今晩から雨が降るという予報に期待する。いつか大きく育ったら、新しいサクラの名所になってほしい。

日が暮れて、帰り路に着く車には余ったサクラの苗木を積み込む。家の庭に植えられるだろうか。

サクラ尽くしの1日。私にとってのサクラは、カードキャプターだけではないのだった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008/03/03

黄砂とヘイズと木粉

黄砂が日本列島を襲ったそうだ。とくに西日本は酷かったというが、奈良は雨のおかげか、あまり目立たなかった。それでも、車のフロントガラスに汚れが目立つ。

黄砂はアルカリ性の微細砂粒なので、酸性雨を中和しているという。ところが、最近の黄砂は中国沿岸の酷い大気汚染物質を吸着しているため、黄砂そのものが汚染物質化が進んでいる。

一方で、東南アジアではヘイズが相変わらず発生している。森林火災による煙害だ。こちらも微粒子が大気中を漂い、健康被害が深刻化している。ヘイズは、南アメリカやアフリカでも発生している。

それで思い出したのだが、木材の微細な粉末は身体にどんな影響を与えるだろうか。実は昨日のチェンソーアート場で、チェンソーの切り屑をもろに顔に浴びてしまった。おそらく少し吸い込んだだろう。1日くらいなら心配いらないだろうが、もし職業的に木質粒子を吸い込み続けたら、身体に悪くはないか。
アスベストだって、昔は身体に悪いとは思われなかった。水に溶けないので体内に吸収されないと考えたからだ。ところが取り返しのない健康被害を引き起こすことが、今になってわかりオタオタしている。

それにスギの木粉は、スギの花粉症患者に何も影響を与えないだろうか。 
木は自然物だから人体には無害だ、と決めつけないで、ちゃんと調べた方がよいと思うよ。さもないと何かあってから後手に回る。そもそも自然物の中にも猛毒はあるし、プラスチック以上に分解しないで半永久的に残る物質も作る。(たとえば花粉もその一つ。) 天然素材は何でもよいと思い込まない方がよい。 

それに、もしかしたら健康によいというデータが出るかもしれない。それならそれで、もうけもの。そういえば、スギの香りは花粉症に効くともいうなあ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008/02/26

個性化競争

たしか養老孟司の「バカの壁」だったかに、教育で子供の個性個性というが、それはおかしいということが書いてあった。

人だけでなくすべての生物は、一個体ごとにみんな遺伝子レベルから違いがある。最初から個性があるのであって、むしろ重要なのは「それでも人」であるという共通部分があることである、だから教育で教えるべきは、まずみんな同じところがあるんだよ、人はみんな同じということではないか……うろ覚えなので間違っていたらごめんなさいだが、そんなことを書いてあった(と思う)。結構、目からウロコであった。

最近は、どんな業界でも他者との差をいかに生み出すかということが至上課題になっている。ほかにはない商品を作れ、ほかにはないサービスを生み出せ、というプレッシャーが生れている。そして産地間競争を行い、工夫を凝らさないと生き残れない。
それは熾烈であり、ある種の自由主義経済にどっぷりはまることを意味する。

実は私もそれを田舎や林業に対して主張している一人であって(^^;)、ほんと、厳しい競争を煽っていることになる。

でも、ねえ。本当にすべての地域が地域の産物使って、個性あふれる商品やサービスを生み出せるだろうか。新商品開発にしのぎを削って、乏しい予算と人材をすべて費やしたあげくに失敗、ということはないだろうか。もてなし競争やって、結果的にもてなす側が疲れ果ててしまったり、十分な対価を受け取られずに破綻することだってあるのだ。そうなると、もはや立ち直れない地域も出てくるだろう。

仮に完成した新商品だって、あまりに親切すぎて必要ない機能を付けただけだったり、デザインやネーミングを一新しただけかもしれず、それって環境を無駄に消費したことになるかもしれない。
もてなしだって、かゆいところに手が届くようなことせず、自分でかけよ、と思ってはいけないか。そんな過剰サービスが、下手するとモンスターコンシューマーを生み出すのかもしれないよ。

それは貪欲なグローバル化の尖兵になる危惧だってある。反グローバル化の立場から地域の個性を売り物にした競争を展開することが、結果的に勝ち組負け組の色分けを推進する、それって自由主義社会に則している……皮肉な運命ではないか。

今本当に求められているのは、そんな競争ではないはずだ。大多数の「負け組」(競争しない組)に合わせた社会づくりが求められている気がする。それは福祉的に救ってあげるのではなく、「勝ち組」(競争大好き組)から切り離した社会を展開すること……。もしかして人生の選択としては競争しない方が勝ち、となるかもしれない。

※コンピュータを使って競争社会と共存社会のシュミレーションを行うと、結果的に栄えるのはお互いが助け合う共存社会となった実験があったっけ。相手を出し抜き合う社会では、一時期の繁栄の後に滅ぶのだ。

どちらの社会に入るのか、その選択権も個人にゆだねてほしい。……こんな思考をしているのは、私が疲れている証拠か?

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008/02/07

花粉症とダム

大阪に出たら、マスクをしている人をよく見かけた。

どうやら花粉症対策らしい。今年は、かなりスギ花粉の量が多いと推測されている。関西圏も、すでに放出が始まっているようだ。これからしばらく、また騒がれるに違いない。

早く花粉症が修まるような治療法が見つかるか、あるいはスギやヒノキの花粉を抑えられるようになるか願っている人もいるだろう。

しかし、今や花粉症は産業になっている。医療費はもちろんマスクなどの器具類も売上は大きい。また花粉症対策の商品も多く出回っている。
和歌山県北山村特産の柑橘類じゃばらの果汁は、花粉症に効くということで引っ張りだこだそうだ。それを飲むとウソのように鼻がスキッとするのだそうだ。実は柑橘類の果汁には、抗ヒスタミン効果があるのだが、とくにじゃばらは強いようである。おかげで、北山村は、じゃばらを中心とした村おこしを進め、かなりの恩恵を受けている。もし花粉症がなくなると、じゃばらが売れずに困るかもしれない……。

そこで不謹慎かもしれないが、花粉症とダムの相似性に気がついた。

ダムも、環境派からは嫌われている。そしてダムの撤去を求めているところもある。
たしかに無駄なダムはあるし、ダムによって渓流の生態系は破壊されたことは間違いない。しかし、ダムができて数十年もたったところでは、すでにダム生態系が完成されている。そこにしか棲めない動植物が広がっているかもしれない。もちろん、ダムによる洪水調節や利水などの役割もあるだろう。
だから、ダムを撤去すると、ダム生態系を破壊することになる。それでいいのか?

まあ、乱暴な比較だが、花粉症にも、そんな要素があるかもね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/01/24

食器のすすぎ(安全と環境2)

1月4日に記した「安全と環境」の続きではないが、同じテーマでこんな話題はどうだろう。

1月21日の朝日新聞に、読者投稿に応える形で食器を洗うときに水ですすがない国があることを取り上げていた。上がっているのはニュージーランド、オーストラリア、ドイツ、イギリス、オランダ…などは、シンクに洗剤液を溜めて、そこに汚れた食器をつけて擦るとオシマイ。あとはふきんで拭くだけなのが主流のようだ。(もちろん国のなかでもいろいろあるだろうが)

日本人からすれば、洗剤が残るではないか、と思うのだが、逆に水ですすぐのは「水がもったいない」と言われるという。そして「洗剤がついていても大丈夫」「皿は食べない」。

水が貴重品だった時代や風土・気候などが作り上げた文化・感覚かもしれない。

安全と環境の二律背反性が浮かび上がる。ただ、ここで問題になるのは「安全」というより「安心」ではないか。なぜなら、たしかにすすがなくても残留する洗剤の量は、微少で人体に影響があるように思えないからだ。それに「皿は食べない」(笑)。
それは客観的な「安全」ではなく、主観的な「安心」がないからである。あまりに神経質すぎるかもしれない。それに水道から水を出しっぱなしですすぐのも、決して褒められたことではない。水も大切な環境だ。

でも、やっぱり気色悪い。洗剤の毒性以前に、異物が皿についていて平気な欧米の神経ががさつだと感じる(笑)。

実は、日本でも確実に洗剤をすすいでいるのは思えない。私が学生の頃、ある食堂でアルバイトしていた女友達が、「洗いかけの食器をそのまま乾燥させて、次の客に出している」実態を教えてくれたことがあった。おそらく、真っ当な洗浄をしているかどうか疑わしい店が少なくない割合で存在する。

自宅ではしっかりすすぐ人も、他人に供する外食では手間を惜しむことはあり得る。とくに皿洗い係がアルバイト店員の場合。だから割り箸を塗り箸に代える外食産業も私は信用しないよ。それこそ「安全」の前に「安心」がないから。
そのうち、食べ滓がついた塗り箸が出てきて問題になる事件が発生するかもね。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2008/01/20

薪割りと割裂性

今日は、吉野チェンソーアートスクール開講日。

私もお手伝いに行くが、仕事は受付のほか……薪割り。使い物にならないスギの丸太を伐って、割って薪にする。

と言っても、実は斧で割るのではなく、薪割り機があるのだ。油圧でバシッと割っていく。随分楽になったものである。

これが面白い。単に割るという行為だけでなく、スギは実に割裂性のよいことが実感できる。そして割れ方を観察すると、木目の繊維がよくわかる。節があると、その節の周りに曲線を描いて割れる。赤身と白身の間が削げる時もときもある。これで「樽丸」を作ったり、ヘギ板を生み出した先人の知恵を感じる。

そして何より美しい。切ったのではなく、割った表面は繊維のデコボコがあるが、それが光を乱反射して、えも言われぬ陰影をつくる。微妙に不規則な木目は、幾何学模様とは違った安心感がある。これが「自然らしさ」なのだろう。

日本は縦挽きのノコギリがなかなか誕生しなかった。たしか室町時代までは横挽きしかなかったのだ。縦挽きできないと板を作りにくく、建築も発達が遅れる。それでも済んでいたのは、スギに代表される割裂性のよい木材が豊富だったからだろう。同時に、昔からスギは板材として使われたことも感じる。
割ることで板をつくることは、効率は悪い。下手すると1本の丸太から1枚の板しか取れなかったりする。しかも表面はまっ平らとはいかない。その後ヤリガンナで削って成型するとしても、微妙なずれが出るに違いない。それでも、室町時代以前の日本人は、これでいいかぁ、と思っていたのかもしれない。こうした板の表面が気に入っていたのかもしれない。そして、こうした板の様子が日本文化に影響を与えたのかもしれない……。

……とまあ、薪割りをしつつ、こんな大袈裟なことを考えていた。薪割り機のおかげで疲れないから考えられたのかも。斧を振るっていると、頭は真っ白だからね。

割った薪を積み上げた。

013 これも不規則の美である。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008/01/14

ファイヤーサイコロジー

昨夜、若草山の山焼きが行われた。

山に火を放ち、草を焼き払う。春からの草萌えをよくすると言われるが、樹木が育つ素地は奪う。

全国各地で山焼きは行われている。阿蘇に秋吉台に曽爾……。かなりの数になるだろう。目的はいろいろ言われているが、火を放つ行為は、結果的に樹木を排除することになるようだ。

最近は、この火が自然生態系にもたらす影響を前向きに捉えるようになって、ファイヤーエコロジー(火の生態学)と呼ばれている。実際私も凝った時期があって、各地の焼き畑を追いかけることもした。
大地を焼く行為は、破壊だけではない。焼けることによって自然界の循環をよく進め、生物多様性にとってもプラスに働く。それに適応した植物も多い。焼けないと芽吹かない、育たない植物も数多いのだ。
動物だって、山焼きの跡地に育つ草がないと餌場を失うケースがある。奈良の鹿もその一つかもしれない。

私が、「自然は変化する」というテーゼを身をもって感じたのは、焼き畑と接したことが大きかったかもしれない。

しかし、昔の人は゛そんな効用ばかりを考えて火をつけたわけではなかろう。単純に人には、山に火をつけたい欲求があるのではないか……。枯れ草があると火をつけたくなる。意味もなく燃やしたくなる。だから火を放つ。理屈は後からついてくる。まさにプロメテウスの火であって、火は、自然を再生し、文明を進めもすれば、破壊も生み出す。
これをファイヤーサイコロジー(火の心理学)と呼べないか。この心理こそ、地球の生態系を変えてきた……こんな仮説を立てて人類史を描く挑戦をしてみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/01/04

安全と環境

今度、「食料環境セミナー」で講演を頼まれている。テーマは、「割り箸はもったいない?」である。

参加者は、食べ物の安全問題に興味のある人が中心とか。こういう人たちは、環境問題にも関心が高いようだが、そこで割り箸となると、おそらくマイ箸派が多いのではないかと推測する。その点は東京の割り箸シンポの際と違って、“敵陣”に乗り込むような気持ちになる(^^;)。

昨今の食品偽装問題でもわかるとおり、食べ物の安全というと、賞味期限とか原材料の産地・成分、そして添加物などが取り上げられることが多い。しかし、これらの点を厳密に追求すると、環境問題とは相反することになりかねない。

なぜなら、賞味期限を厳しくすると、食べる前に捨てることになりやすいし、美味しいところ、本物の材料にこだわることで、その周辺を切り捨ててしまう。また保存料などの添加物がないと、まず食品は傷みやすくて破棄する分が増えるだろう。また味を添加物で誤魔化さないと不味くて食えないものも大量に出る。廃棄物を大量に出すということは、環境的に問題があることになる。

ミートホープの偽装も、一面では使い道のない屑肉を食えるようにした、という見方もできた。赤福の売れ残り利用も「もったいない」精神の発露だった。製造現場からすると、「まだ食べられるものを捨てる」ことへの拒否感が偽装を引き起こしたとも言えるのだ。

世の中の「本物志向」は、無駄を生み出し、環境的にはマイナスが多いのではないかと疑っている。うまく騙されることも大切かもしれない。

実は、木材に関しても同じ思いを昔から持っていた。
日本人にある無垢信仰は、合板や集成材を嫌うことになり、大径木をありがたがる。しかし林業的には、育てた木質部を利用し尽くすために合板・集成材はもちろん、パーティクルボードやファイバーボードなどは貴重な製品だ。木質を使い尽くすことで、伐る木の本数も減らせるだろう。それは環境に貢献する。
合板に使われる接着剤の問題をどうのという人もいるが、その考え方は、食品の安全と環境の対立と似ている。

ただ木材で有利なのは、おそらく口にすることはないことだ。安全と言っても、食べ物ほど神経質にならずに済む。ただ割り箸は、口に付けるという点で、その端境にいる。敵陣で私は、どんな話をしようか。

さて、環境と安全、どちらを優先しますか?

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008/01/02

大局的判断

正月は、しばらく休もう……と思っていたが。

フジテレビの「かくし芸」番組を録画で見た。全部見てチェックするのがうっとおしいので、ビデオに録画して、早送りでチェンソー芸のシーンを見つけて、そこだけを確認したのである。

内容は、がっかりである。たしかに「頭の上のリンゴ」シーンはカットされていたが、「手で持ったキュウリの皮むき」や、「口にくわえた鉛筆の切断」シーンは完全に放映されていた。まったく無防備である。

私は、頭の上のリンゴにしても、たとえば鉄製の帽子をかぶるなど、見えないように防護しているのではないか、と想像していたが、キュウリや鉛筆を見る限り、そうした配慮はまったくない。素手のキュウリに、素顔の鉛筆である。鉛筆をくわえた出演者は、飛び散るオイルを顔に被ったのではないか。ほんの数センチ、バーがぶれるだけで観衆の面前で惨劇が起きたのではないか。

見た人は、ぜひ、抗議を続けてほしい。

それにしても、結果的に番組を止めなかった、というより止められなかった……テレビ局の判断は、いわば止められない公共事業と同じである。大局的判断ができない。
差し替えるネタもないし、番組の盛り上がりを考えると止めると内部的に自分が責任を追わねばならなくなる。外部の反響より自分の身分の保全が優先されたのだ。仮に放映後に批判されても、じっと嵐を過ぎ去るのを待つという選択を選ぶ。

昨年の偽装発覚もそうだが、ほかの会社が摘発されても、我が身に置き換えて偽装を止める会社が少なかったことに驚いた。それも大局的判断の停止である。

バブルを弾けてからの10年間、それなりの地位の人には、本来取るべき政策はわかっていたと思う。不良債権の処理である。しかし、自分がそれを手がけることで火の粉を被るのがイヤで、「失われた10年」になってしまった。結果的に小泉政権が手がけて、それなりに成功したが、傷口が大きすぎて格差社会を生み出した。

この格差社会の処理の方法も、わかっているけど、やりたくないのだろうな。
取ってつけたようだが、林業・木材産業でも、やるべき改革方法はわかっているけど、現在の経営者は、なかなか手をつけたがらない。フジテレビしかり。みんな同じ構造だ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/12/12

オセアニア大航海展

大阪の国立民族学博物館では、12月11日まで「オセアニア大航海展」をやっていた。

私は、開会当時から行きたい行きたいと思いつつ、機会を取れずにいたのだが、最終日となって無理やり時間を割いて駆けつけた。雨の日のためか渋滞に入り込み、イライラしつつたどり着く。

そこには、かつて私が訪れ、苦くも甘い思い出のある景色が広がっていた。

オセアニアの大航海というのは、ミクロネシア・ポリネシアへの人類の拡散を意味している。太平洋の諸島は、人類最後のフロンティアであった。なぜなら大陸周辺に拡散するのには時間をかけなかった人類も、大洋の向こうの芥子粒のような島々にたどり着くには、まず遠洋航海のできる船(アウトリガー付きカヌーやダブルカヌー)が必要であり、同時に航海術を身につけないといけなかったからだ。動力なし・コンパスなし、何より地図もない世界に出かけるには、莫大な経験と炯眼なくして不可能だったのだ。

そうした展示を見つつ感じたのは、巨大なカヌーを建造するためには木材がある土地でないといけないということだ。そしてたどり着いた島には、珊瑚礁のため真っ当な植物も土壌もない。そこで、それらも運ぶ必要があった。椰子の木もみんな移植したものだ。

しかし、それらの島で暮らすにも、カヌーは必要だ。交易するには遠洋航海しなくてはならない。結局、木材の取れる土地から離れると、身動きとれなくなるという事実に気がついた。またイースター島のように戦乱と乱開発で森を失い、かつての文化を忘れてしまった島もある。舟が作れず、交易できなくなったことが致命的だったのだ。

今、それらの島々は、地球温暖化による海面膨張によって波に削られ沈みつつある。これも森を失った結果だろうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007/12/11

家の中の大樹

昨夜は、忘年会。その内容は裏ブログにでも記すが、その会場に向かう間に不思議な家を発見した。

会場は大阪の空堀商店街にあるのだが、そこまで私は地下鉄の最寄りの駅まで行かず、手前から歩いた。時間があるからだが、谷町の裏通りを覗いてみたかったからである。

とはいえ、時刻は夕暮れを通りすぎてもはや暗がり。それでも裏路地などを縫って進んでいると、なんとも妙な大木が見えた。人家の屋根にかぶさるように枝葉の樹冠を広げているのだ。とはいえ、庭からではない。暗くてわかりにくいが、棟と棟の間の屋根を抜いて伸びている。

001                                               

写真は可能なかぎり、明るくしてみた状態だが、どうやら先に樹ありきで、住宅を建築したらしい。おそらくクスノキだろう。

いいなあ。ベランダから飛び移ったら木に登れるなあ。夏は涼しいだろう。鳥や虫も寄ってくるかな。実は、家の前にもイチョウ?らしき大木があった。狭い路地の長屋のような家なのに、大樹があるなんて羨ましい。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007/12/09

薪ストーブ

薪ストーブ
昨夜は薪ストーブのあるログハウスに泊まった。シンシンと冷え込む中、炎を眺めるのは至福である。

帰宅後の追伸・ 自宅に帰ると、ブレザーに着替えて大阪のシンポジウムへ。何やってんだかわからない1日だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/12/07

カニと木材

昨夜はかにすき。今朝はかにめし。かにを堪能したが、お土産に買って帰ろうかな。

とは言っても、ちゃんと仕事もしている。
ただ昨日出会った森林組合長は面白い?不思議だった。とにかく地元の木材は低品質だと強調するのだ。黒芯が多い、目が荒い、太くない…。私や周りが、そんなことないと言うのだが、納得しない。これでは、いかなる新提案も受け入れられないなあ。

カニは自慢でも木材は卑下するんだなあ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007/12/02

頭脳ゲーム

この1週間、ほとんど生駒に留まらず、毎日出歩き講演、会議、研修、飲み会、絵画鑑賞…をしてきたが、ようやく一休み。今週後半からまたドタバタと忙しくなるが、その合間に原稿と事務仕事を済ませなくてはならぬ。

ところで昨日は、橿原神宮の鎮守の森の中で、ネイチャーゲームをしていた。というと楽しんでいるようだが、結構くたびれる。今日は朝から身体がだるかった。
改めて思ったのだが、ネイチャーゲームとは、自然と遊ぶことではなく、自然の中で何を見つめるか考えるかが重要となっている。その点は、頭脳ゲームなのだ。それに意味づけとか安全管理など他人にも目を配るポイントもある。とくに私が参加したのは、ある意味仕事なので、余計感じたのかもしれない。意外と癒しを得るより、身体を動かすだけのアクティビティより疲労がたまりやすい気がした。

とはいえ、なかなか楽しめた。講演などで聴衆の心のつかみ方とか、つかみの勉強にもなる。一連の出張が終わってから学んだのでは手遅れだが。

004                                                

ところで写真は、上野公園の一コマ。樹木の剪定をしているのだが、地下足袋で木に登り、チェンソー片手で枝を切り落としている。危なっかしいなあ。安全管理に気をつけてね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/17

石垣の表情

石垣にも秋が見られる。

  003004

                                          

                                      

でも、

13_2 これは…。

もともと棚田のところに木を植えたのだろうが、まるで木を植えるために石垣を積んだようにも見える。山村では、木こそ作物だから。

ちょっぴり石垣の表情が暗く感じる。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007/11/10

足元の秋

いまだに昼間は陽気が残っていて、暑いほどの日もある。

だから秋を感じにくいのだけど……

002_2                                                       

                                                    

足元に秋を見つけた。

そういえば、月下美人が咲いたので、月を空に探したら見当たらない。考えてみると、立冬。旧暦の月初めということは、新月の時期か。秋から冬へと向かっていたのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/30

諫早湾干拓地

長崎で飲んだ際、諫早湾干拓地の話題が出た。

思えば10年前の1997年4月、ギロチンのごとく湾の潮受け堤防の水門が閉め切られる映像で話題となった。「止まらない公共工事」の代名詞となり、海苔の不作、タイラギガイの全滅……と騒がれた。
実は、私も閉め切って遠くない日に現地を訪れて、干拓地を歩いた。沖に向かって行けども行けども、泥の海が続いていたが、もう足は深く潜らず乾きつつある大地だった。

今ではすっかり忘れられている? あの当時、「もし民主党が政権を取ったら、すぐに堤防を開ける」と菅直人代表(当時)は言い放った。だが、その海苔不作に関して開放実験を行うよう答申が出ても、結果的に堤防が開けられることはなかった。しかし、今や民主党の政権奪取が現実味を増してきている。近い将来、民主党政権が生まれたら、今からでも開門できるか?

絶対、無理、というのが県庁の声だった。

すでに堤防内は農地になっている。それを水没させることは不可能だ。海苔だって、今では豊作だそうだ。一時期混乱した生態系も、諫早湾がないものとして再構成され、落ち着いたのだろう。もし無理に開門したら、農地の有機物が海中に流れだし、またもや生態系破壊が行われるだろう。そして、再び元の干潟生態系にもどる保証は何もない。

最初の干拓計画が正しかったかどうかはともかく、時間が作る結果を巻き戻すことは至難の業だ。
同じことは、山でも感じる。ダムの撤去が話題になることがあるが、それは今あるダムとダム湖を含んだ生態系の破壊にほかならない。ダム湖に棲む生物の全滅と、止水域を利用した鳥獣の生活圏もあるだろう。水位の変化による地下水脈の変動、堆積物の分解、そして貯水しないことによる影響……。それを覚悟しないと、ダム撤去はやらない方がよい。(逆に言えば、覚悟した上で、ダムでも何でも撤去してほしい。)

森林も、天然林の伐採は、その後同じ植生を復活させるにはとてつもない時間が必要となるだろう。

自然保護、あるいは開発計画において、単に時間を巻き戻すことを願うよりも、新たに何が作れるのかを念頭に置いてほしい。止まらない公共工事を止める時には、その後何が起こるか考えておく必要がある。

今の干拓地の姿を見てみたいと思っていたが、残念ながら時間の関係で見逃した。次に期待しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/24

書く理由

今日は、ちょっと真面目?な話。

様々な記事を書いていると、当事者が読むこともある。とくに、このブログには森林・林業関係について記すわけだが、そこに登場させたり関係している人が、プログを読んでいるケースも少なくないようだ。

取材した人はもちろん、周辺の人も。単に見てきたことを書いただけでも、見られた人がいる。すると、読み手の中にそういう人たちがいることを最初から想定しておかないといけない。そこで問題となるのは、どれだけ配慮して書くべきか、という点だ。

私の文章は、辛口だと評せられることが多いが、もし配慮が強まれば、本来の自分の意見や感想、そして書くべきことが抑制されてしまわないか。それはよいことなのか、それとも堕落なのか。

結果的に私が選んだのは、読み手の不愉快さも引き受けた上で書くことである。不愉快にならないよう、悲しまないよう、怒らさないよう、と考えて書いたのでは、その時点で書く価値は失われる。ただし、不愉快、さらに怒りも引き出しかねないことを充分に自覚して、それでも書くという理論武装を自らの中に持たねばならない。
その点から言えば、私の職業は、まさに因果な商売なのだ。

当然、書いたことに対するリアクションをも引き受けなくてはならない。
もちろんそれは表に出さないことなのだけど、相手の痛みを知りつつ書く。そうした痛みを想像できないまま書く方が、よほど危険なことだと結論づけた。

こんな執筆活動をしていると、反発もある。とくにネットは、まさに他人の痛みを引き受けない言語であふれている。それに触れて、一晩眠れない思いをしたこともあるが、それでめげているわけにはいかない。単に泣くのではなく、反発するのでもなくて、図太く対応する覚悟を持つ。これも、私なりの結論だ。
ネットで自分に対してイヤなことを書かれたことがあるだろうか? 経験としてはなくても、最近は、知らないうちに、どこに何が書き込まれているかわからない。
一番簡単なのは読まないことだけど、むしろ読んだ上で鈍感力を身につけることも大切だと感じている。知らないでいるより、知って無視するか、反論する力を身につける。

同時に傷つかないのがよいとは思わない。むしろ傷つきながらも、傷に負けない回復力も持ちたい。傷つき、傷つける。鍛え鍛えられて、次の段階に進める。それがフリーランスになって十数年の間に身につけた技だろうか。

……以上の文は、ある特定の人に送ろうと思って綴ったメールを元に記した。結局原文は、送るのは止めたのだけど、改めて自分のスタンスを確認する作業になったという点で書いてよかったと今では思っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/10/09

森の“聞き書き甲子園"と総合学習

今年も、森の“聞き書き甲子園"が始まっている。

森の生活の技術で卓越した人「森の名手・名人」を100人選び、そこに高校生が話を聞きに行く……という趣向。毎年100人なら600人もの名手・名人が選ばれたことになる。第6回ともなると、名人探しが大変だろう……と思ってしまう。ただ今年は、新たに選定した88人とこれまでに選定されている12人と合わせての100人らしい。もともと名人の顕彰というよりは、聞き書きする高校生の教育効果に重きを置いているのである。

ま、そんなことに難癖つけるつもりはないが、今春の森の“聞き書き甲子園"フォーラムで、第5回の選評を述べた塩野米松さんは、「今回はとくに優秀な作品が多かった」と言っている。その理由を考えたところ、「ゆとり教育の成果かもしれない」。

ゆとり教育。今や風前の灯火というか、むしろ否定されている。政府の方針は、再び学力強化に大きく揺れているからだ。しかし私は、塩野さんの言いたいことがなんとなくわかる。インタビュー(聞き書き)力とは、付け刃の知識では身につかない。自ら考え世間全体を見る力が必要だ。自分で調べるという経験を積み重ねないと、他人に話を聞けない。そしてゆとり教育の目玉が自ら調べる「総合学習」だった。

小中学校で総合学習の時間を通過した生徒が、ちょうど今高校生である。総合学習のために一般科目の勉強時間が減った、と一部の保護者や教育関係者に目の敵にされたが、それが森の“聞き書き甲子園"の優秀さを支えているとしたら……。

こんなことを考えたのは、たまたま娘に現在の総合学習について聞いたら、復習の時間に刷り変わっていたからだ。自主学習を過去の勉強を振り返る時間にするとしたら、まさに「ゆとり」は無くなっている。
私が常々娘に言っているのは、「勉強しすぎたらアホになる」であるが、ゆとりをなくしたら考える力は落ちる。

塩野理論が正しければ、数年後の森の“聞き書き甲子園"は、レベルが落ちていくかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/10/08

木霊神社

4_2 

                                                 

                                                 

東吉野村の丹生川上神社中社の中にある木霊神社。

本殿の内と外に分かれて林立する夫婦スギ。寄り添っているようでも、立つ位置は別の世界なんですね。なんだか、人生を表しているよう……なんて書いたら、腹を探られ疑われるかも(笑)。

ところで、この霊木の樹齢はおそらく数百年ある。でも神社は、おそらく木材関係者が明治以後に祀ったのだろう。つまり、本殿建てる時にあえて2本の木の間に塀を作ったことになる。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007/09/24

携帯電話

ここ2週間ほど、携帯電話が鳴っていない。
どこからも電話が来ないし、私もかけない。メールも来ない、送らない。

誤解のないよう付け加えれば、自宅の電話は、そこそこ鳴っていて仕事もやっている。メールもパソコンにはじゃんじゃん……というほどではないけど、かなり来る。ただ携帯だけが鳴らない。

ただ、では携帯を使っていないかというと、そうでもなく、スケジュール管理……つまり目覚まし時計のように使ったり、ワンセグを愛用するようになった。

実はこの夏に携帯の機種変更した。懸案のFOMAをいろいろ試して、今や電波の届く範囲はあまりMOVAと変わらないことを確認して交換したのだ。そこにワンセグが付いていた。なんで携帯にテレビなんかが付いているんだ、と多少反発していたのだが、あると結構便利♡。  暇つぶしにも見るし、案外楽しめる。下手すると自宅のテレビより画面がきれいに感じることもある。
それに携帯が鳴らない寂しさを、これで慰めている(^^;)。

携帯メールが欲しくて出会い系に登録してしまう誘惑に負けないでいるのは、ワンセグのおかげだ(~_~)\(-_-メ;)。

最近、携帯依存症が増えているようだが、心の隙間に依存の闇がある。そういう人は、田舎暮らしもできないだろう。社会学者の調査によると、戦前から戦後すぐの時代は、日本人は大変無口で孤独だったそうだ。商店主が1日にしゃべる時間を調査すると、10分もなかったという。家族の集まる夜でも、1時間に8語しか発話しなかったという結果が出た。それも相槌が多い。寡黙な国民性だったのだ。
それがラジオやテレビの影響か、それとも交通網やサービス産業の発達が関係あるのかどうか、今や日本人は饒舌の民となった。
常に誰かと言葉や視覚・触覚で接していないと不安になる、不安だから何らかに依存する、という状況は、現代人の精神的宿痾かもしれない。

私は、わりと一人を楽しむ方だろうが、孤独に強くならないと総理大臣にもなれないよ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/09/21

深夜、目覚める

日々の深夜、キッチン・ドリンカーになる。できるだけ暗くして、バーをイメージして。

突然、水槽の金魚が跳ねた。動物は、周囲に何の変化もないのに、急に思わぬ行動を取ることがある。ふと十数年前を思い出した。

それはまだ勤めていたときだが、たしか伊勢の方に取材に行き、宿に泊まった。その夜は、嵐だった。風の音が部屋の中まで響いた。暗くした部屋で寝ころびながら、天井を眺め、風で宿全体が揺れる感覚を味わう。

突然、会社を辞めることを決意した。

考えてみれば、まだバブル景気の最中であり、待遇は悪くない。仕事の内容に不満はあっても、少なくても記者であり、書く仕事という希望を保っている。出社も退社の時間も自由。経費は使い放題だし。それなのに……
辞めて、山に通い、林業を学ぶ。その体験を書きたいと考えた。おそらく夢うつつのその夜の思いつきが、今の私を作ったのだろう。

実際には、それから会社を辞めたのは半年以上先だし、山に通いだしたのはさらに先。とりあえず目先の食える仕事を探すことに必死にならざるを得ない。ちょうどバブルが弾けて、世の中の景気は急激に悪化していた。私が辞めたからバブルが弾けた、と周囲には自慢? していたが、当てできる仕事はなく、何がやりたいのかも明確につかめなかったあの頃。

人生の選択なんて、実はいい加減だ。正解だったか、失敗だったか、誰も判断できない。あの嵐の夜の風の音がなかったら、とふと、考える。

もちろん、今もキッチン・ドリンキングでほろ酔いだよ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/08/27

屋久島のガシュマル

屋久島のガシュマル
屋久島に来ています。屋久杉もいいけれど、亜熱帯性のガシュマルもあります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/08/15

サントリー美術館

サントリー美術館
暑い日中は、東京ミッドタウンのサントリー美術館で涼をとる。タイトル通りの展示(写真)だが、「東海道五十三次」の版画では背景に禿げ山を探してしまう。

そろそろ夜の仕事の準備しようか。

……と言いつつ、実はミッドタウン内の休憩イスで寝てしまったよ。これで元気回復(^o^)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/08/14

清流に足を

世間は、まだまだお盆休みなんでしょうねえ……。

実は、明日から東京に行くのですが、この帰省ラッシュの中、乗るのも大変。しかも、せっかく行くのだから、アチコチ編集部に寄ろうかと思っても、肝心の編集部が休みだったり相手がいなかったり。まあ、それだけのんびりした東京滞在になりそうです。

でも、暑くてあまり歩き回れそうにないなあ。

というわけで、高知土産の写真で涼んでおきましょう。

4

                                            

                                                                    

1

                                            

                                                     

これは吉野川の支流・立川川。実は、この流れに足を浸して涼んだのです。それが高知滞在一番の思い出かも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/30

鹿の糞

毎日新聞によると、奈良市長のところへ、観光客がメールを送ったそうだ。

「県外から観光で来たが、東大寺参道がシカのフンだらけでとても不愉快だった。二度と奈良には来たくない」
Photo_5

                                              

                                            

奈良と言えばシカ、だが、その糞にいちゃもんが付けられるのか。シカは見たいが、糞はイヤとは、いかにも観光客の要求である。そもそも奈良の景観は、シカとシカの糞が重要な役割を果たしている。

人がを伐り開き、明るくなったところへが生える。草を食べるシカが増え(それを人は神の遣いとして保護し)、シカはをする。糞はコガネムシなどの糞虫によって地面に引き込まれ餌となるだけでなく、土壌の栄養となる。それが次の草を育て、シカが生息できるだけの草の量を保てる…こうしたサイクルができているのだ。
ただ、シカの数が増えたり、東大寺のようにシカが集まってくるところでは、糞虫の活躍も間に合わないため、糞は必ずしも全部片づけられない。もちろん東大寺も毎日掃除はしているだろうが、昼間の分は間に合わないだろう。

Photo_6

そのうえ、別の要因もあるようだ。本来のシカの糞はコロコロしているのだが、最近はベタャ、としているそうだ。それが汚く感じる面もあるらしい。

ただ、それにも裏があって、なぜ糞の質が変わってきたのかというと、旅館店主の説(^^;)によると、草やシカ煎餅(成分はぬか)よりも、観光客がスナック菓子を与える量が増えていることが関係あるという。菓子の脂肪分が糞の質を変えるという。
そうでなくてもスナック菓子は香辛料を含んでいるので、シカは腹を壊す。実際、そのために死ぬシカも数多い。奈良公園では年間200頭あまりのシカがなくなるが、その原因は交通事故のほか食あたりが非常に多いのだ。

シカ煎餅の売上が落ちているのも、スナック菓子を与えるせいらしい。売上の減少が、シカの管理費用が出ない原因でもある。今や奈良のシカ愛護会は、運営が立ち行かなくなってしまい、伝統の角きり行事も中止しかけているのだ。

観光客も、この連鎖を知ったうえで、わがままを言ってもらいたいね。

奈良公園では、ごみ箱に頭を突っ込んで弁当の残飯を漁っているシカも見かける。こうした食料事情がシカに与える影響を考えないいけない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/06/26

日本チェンソーアート協会?

先日、吉野まるごとプロジェクトの会議を開いた。といっても、現在の中心的事業であるチェンソーアートスクールの運営に関する内容が、大半を占める。
考えてみれば、チェンソーアート事業の具体的な立ち上げを決めたのは、昨年の6月。たった1年で、よくぞここまで成長したなあと思う。

上半期の中間決算も含めて、事業報告では、極めて順調である。練習場建設関連の負債も、今年中には返済できそうだし、講習会等の内容も充実してきた。今後の受講生の募集とか、安全面の徹底など課題はいろいろあるが、これまでのようにあの手この手試行錯誤しつつ進めるしかあるまい。

その中で話題に上がったのが、(仮)日本チェンソーアート協会のような全国組織の立ち上げ。もちろん長期展望であるが、各地に多くのカーバーとクラブが生まれているのだから、将来的には情報のネットワークと、何かと世間に対しての窓口として求められるのではないだろうか。

吉野が手を挙げるというわけではないが、誰かが作らないと困る時期が来ると思う。その時にどこがどのように声を上げるか、各地の団体・個人がどれほど参加してくれるか。また我々は、山村地域の振興を目的に掲げている。それが果たして全国の愛好者に通じるのかという問題もある。加えて、その仕事量を考えると気軽に「作ろうよ」という気持ちにはなれない。

それに、もっと近々の課題として毎度上げている安全マニュアル指導マニュアルの作成がある。なかなか進まないけど、これも、単に吉野だけでなく全国を視野に入れて早く作らねばならないだろう。問題が起きてから悔やむことになりかねない。

世間には、様々な全国団体があるが、それらをどのように立ち上げたのか、運営したのか(今も運営しているのか)、詳しい人はいたら教えてもらいたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/06/22

とりあえず「地球温暖化論」

『割り箸はもったいない?』に続いて『森林からのニッポン再生』。

どちらも地球温暖化問題に絡めて語られることが目立つように感じた。それは結構なのだが、私が手放しで地球温暖化が進んでいる! と論じているように思われる方もいるようなので、今回は少し大上段に、この問題に関する私のスタンスを記しておこう。

私は、ここ数十年から約100年、地球の平均気温が上昇していることを認めている。
同じ時期に先んじて、大気の二酸化炭素濃度が尻上がりに高まっていることも認めている。
そして、この時期に二酸化炭素濃度が高まったのは、人類の活動(化石燃料の大量使用など)が関係していることもかなり疑っている。

三段論法的に言えば、人類が地球温暖化を招いたことは疑いなし! ということになるだろう。実際、少しでも二酸化炭素排出量を減らすべきだという意見にも賛同する。

だが、本当に地球全体が温暖化しているかどうかには疑問を持っている。短期的な気候変動を、地球史レベルまで広げることには、違和感がある。
100年なんて、宇宙の時間の中では瞬きの時間にもならない。時間の尺度を広げれば、地球の気温は、常に変動を繰り返していた。

遠くは、恐竜の跋扈していた白亜紀は、二酸化炭素濃度は現在よりはるかに高く、当然気温も湿度も高く、サウナ状態だったようだ。もしこの時代に人間がタイムスリップしたら、窒息するとは言わないが、すぐバテてしまうだろう。爬虫類向きの地球だったのだ。
そして氷河期を持ち出すまでもなく、気温が極端に低い時代も何度かあった。人類が登場してからも寒冷期と温暖期を繰り返していたの間違いないだろう。

二酸化炭素量も、巨大火山が噴火したら、すぐ跳ね上がる。人類が苦労して排出量を削減しても、セントヘレナ火山級の噴火が幾つか続けば、すぐ努力は無になるだろう。深海流の変動も人類とは関係のない次元で起きているし、太陽の黒点の数なんぞ、まったく神のみぞ知るで、お手上げだ。
むしろ、ここ数千年間は、地球史の中で希有なほど気候が安定していたのである。

それでも、とりあえず短期的には地球温暖化が進んでいるとして、そして原因は人類にあるとしても、それを押し止めようとバイオマスエネルギー開発に邁進したり、森林整備を進めたりするのは巨大な地球を前にした蟷螂の鎌のように感じて仕方がない。むしろ、温暖化なんて、2万年も待てば収まるんじゃない? と、うそぶきたい衝動に駆られる。

だから何もしないでよいという、ブッシュ大統領並の空っぽ頭にはなりたくないが、どこか冷やかに思ってしまうのだ。著作では、客観的事実として地球温暖化が政策課題に上がっていることから森林に関した部分で触れているが、地球全体の変動に関しての意見は表明しないようにしている。

ただ、危機意識こそ改革を進める原点だ。これを機会に人類の進む方向が多少は修正されるなら、悪いことではない。
どう考えても有限の化石燃料をバカスカ使うのは危険だし、森林に興味のなかった人も森林の現状に目を向けてくれるなら温暖化論を利用するのもよいかと思う。好き放題、野放図に暴れている人類が、多少とも地球環境に気を配っておとなしくなるのは賛成だ。

バイオマスエネルギーは、地球温暖化を持ち出さなくても、推進すべきだろう。森林整備を進めることで林業が立ち直り、生物多様性が増す可能性も好ましく感じる。ついでに「美しい森林づくり」にもなるかもしれない。

ま、地球温暖化論に関する私のスタンスはこれぐらいにしとこか。語り尽くせぬ気分ではあるけどね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/06/17

榛村純一氏

静岡では、森林組合振興会の集まりに呼ばれたのだけど、そこでは榛村(しんむら)純一氏とご一緒した。

榛村氏は、昨年まで静岡県掛川市長を28年も続けた、この筋(どの筋?)では有名人。実は市長になる前から森林組合長を務めており、現在も静岡県森林組合連合会の会長だし、財団法人「森とむらの会」理事長など要職を務めている。林業政策や地域づくりに関する発言や著作も多い。私も何冊かと読んでいる。だいたい28年間市長ということは、私が静大の学生の頃から市長だったということだ。

それだけに発言は鋭いというか、厳しいというか。パネルディスカッションのコーディネーターのはずなのに、パネラーより微に入り細にいった指摘をされる。結構、政治の生臭さもありつつ、突っ込むところは突っ込む。これでは、下にいるものは大変だろうな、後継者は育たないぞ、と余計なお世話なことまで考えてしまった(笑)。

まっ、私に関しては、途中で榛村氏の期待とは反した意見で暴走していましたけどね。

ちなみに、会場に持ち込んだ『割り箸本』と『森ポン』をさっさと持って行って、その代わりにと分厚い2冊を渡された。『生涯学習まちづくりは村格・都市格へ』と『森林と報徳と温暖化と』である。

その後の宴席では、隣の席に配されたのだが、参加者の皆さんが榛村氏に挨拶とお酌に来られるものの、帰らなくてはいけないため酒は飲まないという。そこで私が代役としてせっせと杯を空けては受けておりました(^^;)。

で、私らは2次会で延々4時間林業話で飲み続けていた。みんな、意外と真面目な林業をテーマに議論が続く。普段は林業のことを話す相手がいない?のかもしれないなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/06/07

新幹線の車窓から

東京から帰りました。疲れた…。

帰りの新幹線のぞみで静岡駅を通過した。
7秒だった。
ひかりの時は、もう少し、わずかに長かった。

車窓の風景を写真で撮った。
流れてしまった。
速い速い。

来週は静岡に行く。
今度はゆっくり眺められるだろう。

と、いうわけで、森とも木とも、田舎とも関係ない思いでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/06

東京にて

東京にて
今日は東京です。平凡社で新刊を受け取りました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/05/19

木曾桧

木曾桧
木曾檜の大木。減ったとはいえ、まだこんな木が伐られています。今日は南木曾で一泊。

| | コメント (0) | トラックバック (0)